ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

15 / 128
13.序の口―第二十五層フロアボス攻略戦、1―

 ボス攻略当日。広場はいつも通りでもいつも通りではない雰囲気に包まれていた。具体的に言えば、いつもよりピリピリとしていた。当たり前だろう。ツーレイドでボス戦に挑むなど先例がない。それだけボス攻略レイドの緊張感も高まるというものだ。

 いつも通り15分前に来て、自分のアイテムなどを改めて確かめる。今ならまだ補給は間に合う。だが、日課のアイテム整理が功を奏し、回復アイテムなどが不足しているといったことはなかった。

 

「おはよ、ロータス君」

 

 後ろからかけられた声にゆっくりと振り返る。そこには、既にブレストプレートを装備したレインがいた。

 

「ああ。元気そうで何よりだな」

 

「もっちろん!強敵なんだから、準備はしっかりしないとね!」

 

 最初、リトルネペントの群れに囲まれて震えていた少女がこうなるとは、人の適応力とはたいしたものである。誰がそうしたかって?知らんなあ。

 

「そう、か。慢心だけはするなよ」

 

「言われなくてもしないって。案外心配性だね?」

 

「まあな」

 

 こういう時の度胸は俺よりこいつのほうがあるんじゃないか。今の自分とこいつを見ていると、そんなことさえ思えてきた。

 

「ちっとばかし、怖くてな。なんか起きそうで」

 

「珍しいね、強敵相手なのに」

 

「それとこれとは別だっての」

 

 今回俺が感じているのは所謂“嫌な予感”というやつだ。この戦いがボス戦だけでなく、もう一波乱起きそうな、そんな予感がしていた。

 

「・・・ま、予感的中しないことを祈るか」

 

 小さく呟いて立ち上がる。周りにはもうすでに多くのプレイヤーが集まっていた。

 

「さて、と。そろそろ行きますか」

 

「そうだね。最後の打ち合わせもやっておきたいし」

 

「そういえばそうだな」

 

 そんな会話をしながら俺たちは攻略レイドに合流した。

 

 

 

 最後の打ち合わせも終わり、総勢90名超という大集団がボス攻略に乗り出した。俺たちはヒースクリフも含めたタンク陣が受け止めたりパリングしたりした瞬間を狙って一気にブレイクポイントを作って攻撃のチャンスを作るという役割を担う。俺たちは完全なダメージディーラータイプばかりだから、おそらくその隙をつくということなのだろう。

 こうしてみると、アスナがBAは少数精鋭といっていた意味がよくわかる。メンバー数こそ少ないものの、その中で各々がしっかりと己の役割を果たし、無駄がない。俺好みの良いギルドだった。アスナとしても、このようなギルドに入ることができたのは僥倖だったに違いない。

 迷宮区までの道のりは、そんなことを考えていられる余裕があるくらいには楽だった。人数が多いのに、指令系統が混乱しないのは、軍のそれがあるからだろう。

 

 そして、ボス部屋の前までたどり着く。ディアベルとキバオウが合図をして扉を開けた。開き切った瞬間に、ディアベルが剣を前に突き出した。

 

「全員前進!」

 

 その声を待っていたと言わんばかりに、攻略レイドが突撃する。全体がボス部屋に入り、最初の突撃部隊が突っ込んできたところで、ボスが天高く吠えた。同時に、6本のHPゲージが出現する。相変わらず巨大なその咆哮の前に怯むことはない。いつぞやのレインのように、最初から恐怖を覚えている状態ならいざ知らず、普通の状態からこの程度を食らったところで怯むようなら、そもそもこんなところにはいない。

 

 戦闘のタンクが最初に振ってきた両手剣をパリングする。ジャストタイミングできれいにパリングしたにも関わらず、それを行った本人は軽く呻いた。続いて行われたソードスキルによる攻撃もあまり効果を発揮していない様子だ。

 

(やはり、そうそう簡単に勝たせてくれる相手じゃないか・・・!)

 

 確実にこれは長丁場になる。まだ戦いは始まったばかりでも、俺はそれを感じ取っていた。

 

 

 やがて、前線のHPゲージが少しずつ危なくなってきたのだろうというのがこっちにも感じ取れるようになってきた。少しずつポーションを飲む人間が増えてきたのだ。今はまだパーティ内でカバーできる範囲のようだが、

 

「よし、A隊両方スイッチ準備!B隊、突撃準備!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 B隊というのが俺たちだ。即座に帰ってくる返答は力に満ちている。

 

「さて、と」

 

 もう片手の扱い方を心得た鬼斬破に手を軽く添える。一斉にA隊が揃ってソードスキルを発生させ、ボスが行動遅延(ディレイ)する。

 

「スイッチ!」

 

 前から入ってきた掛け声に、俺は微かに抜いてあった刀をしっかり握って前へ一歩踏み出した。そこからもう少しだけ抜く。刀に光がともったところで、もう一歩。瞬間、システムアシストで体が前へと一気に進む。その感覚を自分の体の動きでブーストし、一瞬で切り抜ける。微かに斜め上へ放った、刀系ソードスキル“辻風”はボスのわき腹を切り裂いた。ぱっと見た限りでは紛うことなきクリーンヒット。が、俺は技後硬直(ポストモーション)の中で顔をしかめていた。

 

「ちっ・・・!」(硬ってぇ・・・しかも、浅い!)

 

 ここまでのHPゲージの減り方から推測はついていたが、想像以上に硬い。そして、今の斬り角から察すると、おそらく相当浅くしか斬れていない。

 だが、この俺の動きで行動遅延が上乗せされ、追撃を入れるには十二分な隙が生まれた。ヒースクリフを筆頭としたタンク部隊ががっちりと前を固める。

 

「こっちこいおらぁ!」「かかってこいやぁ!」「よそ見しとんなぁ!」

 

 俺が技後硬直から抜ける少し前に、タンク隊から揃って雄叫びが聞こえる。おそらく、一時的にヘイトを大幅に高めつつターゲットを移させるハウリングスキル“バトルシャウト”だろう。あちらがヘイトを引き受けてくれたようだ。実際にそれはうまくいき、明らかにこっちに向いていたボスはタンクのほうへと目標を移した。それをいいことに、俺は隊に合流する。直後に、あきれ顔のプレイヤーたちに出迎えられた。

 

「相っ変わらずの突撃思考ね」

 

「切り込み隊長は必要だろ?」

 

「事前打ち合わせというものも必要だけどね」

 

「いいじゃねーか、どういう風にやろうとよ」

 

「それで死なれたら困るんだけど?」

 

 アスナにあっさりと反論したはいいものの、最後のレインの言葉と目に強制的に黙らされた。

 

「・・・はい、すんません・・・」

 

 その反応を見て、アスナが噴き出す。それにツッコミを入れようとしたときに、ヒースクリフから号令がかかる。

 

「アタック隊、突撃!」

 

「先陣は私が」

 

「俺も手伝う」

 

 短いやり取りの後、アスナと俺が飛び出す。それぞれの剣には光がともっていた。

 

「やあぁぁぁっ!」「食らっと・・・けぇ!」

 

 アスナのシューティングスターと俺の疾風ノ太刀が両足に炸裂。ボスが派手によろけたところを、タンクを使った人間砲台で位置エネルギーをこれでもかと蓄えた一撃が襲う。あの動きはおそらく“バーチカル”だろう。もっとも、あれだけの高さからの振り下ろしとなると、振り下ろしというより唐竹割りに近い。どちらにせよ、相当な威力になることは疑うべくもない。

 技後硬直に入った二人を、俺とアスナが文字通り放り投げる。強制的に隊列の最後尾に飛ばされたレインは空中で体制を整え、きれいに受け身を取って着地した。だが、文句は言われない。直後に振ってきた剣と槍は、俺とアスナ、そしてタンクの面々で見事にその威力を削がれていた。

 

「・・・ありがと」

 

「構わねえよ。数少ないアタッカーだしな」

 

 後ろから聞こえて来る声には顔を向けずに答える。その目はまっすぐと目の前を見たままだった。

 後ろから見てもそれと分かるほどに、タンク部隊には余裕がない。やはりこのボス、攻撃が相当以上に重たいのだろう。しかも鈍重というわけでもないから性質が悪い。

 

「俺たちもいこう。危険を冒しても、いざとなった時に一呼吸でフォローできる間合いにいたほうがいい」

 

「私も賛成よ。このボスは一撃が命取りだから」

 

 俺の提案に、アスナが賛同した。もっとも、反対されたら余計に状況はこじれるのだが、

 

「反対するつもりはないよ。ここ一発の判断は信頼しても大丈夫そうだし」

 

 その心配はなかったようだ。

 

「よし、なら微前進だ。数歩距離を縮めれば十分だろう」

 

 その言葉で少し前に出る。瞬間に、パリングを微かにミスしたのか、タンクの一人が大きく体勢を崩した。

 

「ちっ!」(言わんこっちゃない・・・!)

 

 一つ舌打ちをして一気に飛び込む。おそらくアスナもあとから続いているはずだ。両手のふさがった状態で完全に転倒してしまったそのプレイヤーはなかなか立ち上がることができない。対して、ボスは数歩下がって両手剣を上段に構え、ソードスキルを放ってきた。確かあれは、アバンラシュ。下手に受けると高いノックバックを食らう。そうなると、このプレイヤーの命はない。ならば、やることは一つ。

 刀を腰より少し上、剣先を少し上にして体の左で構える。外すことは許されない、一発勝負。だが、そんなことは、

 

「・・・こちとら今まで何度も経験してんだっての!」

 

 気合とともに跳躍する。放たれた刀は、俺の動きに従って円軌道を描き、一の太刀は両手剣の側面を叩いて軌道を逸らし、さらに踏み込んだ二の太刀で腕を斬り裂いた。強制的に外された両手剣は、他のタンクプレイヤーががっちりと受け止めたのは、音ではっきりと分かった。刀系二連撃ソードスキル“桜花気刃斬”だ。本来はもっと呼吸を合わせ、溜めを作ることで威力をさらにブーストすることが可能なのだが、今回はその必要は全くなかったし、している余裕もなかった。続いて、

 

「いやあぁぁあ!」

 

 アスナの気合が入る。背中を向けているからどのソードスキルを放ったのかはわからない。が、俺の作った隙に叩き込んだのだろう。

 

「はっ!とう!せいっ!やあぁ!」

 

 さらに続くのはレインのリズミカルな掛け声。おそらくはホリゾンタル・スクエアかバーチカル・スクエアあたりだろう。だがボスもただ食らうだけではない。お返しとばかりに槍を放ってくる。が、それは、

 

「なめんなあぁ!」

 

 とうの昔に硬直から逃れた俺がソードスキルなしで逸らす。そのままレインを後方へ投げ飛ばす。アスナのほうはAGIで無理矢理離脱したようだ。ということは、

 

「・・・俺だけってか」

 

 ぼそりとつぶやく。この間合いだ、逃れることは容易ではない。それに、レインを投げ飛ばしている間に、向こうは剣を拾っていた。腹をくくるしかないか。そう思ったときに、

 

「どこ見とんだぁ!」「お前の相手はこっちだぁ!」「ふらふらしとんなぁ!」

「C隊、スイッチ準備!」

 

 後ろから聞こえるバトルシャウト。その声に混じったディアベルの声。それらを聞き分けた俺は、文字通り跳んで後ろに下がる。

 

「アスナ、悪いが一番槍頼む。俺、レインの順で続くぞ」

 

「「「了解!」」」

 

 実質的な指揮権はアスナのはずなのだが、当の本人が承認したのならば文句はないだろう。そう思いながら、俺は大きく踏み込んで得物を振りかぶったボスの足にドライブツイスターをかまし、行動遅延を起こさせた。ほぼ間髪入れずにアスナがカドラプルペインを命中させ、レインがバーチカル・アークを当てる。連続で当たったことによる長い行動遅延を食らったのを確認したところで、とどめとして俺が蹴りを入れつつ後ろへと飛び退りながら、「スイッチ!」と叫んだ。瞬間に、C隊の面々が一気に突撃していく。後ろでB隊のタンクとC隊のタンクの交代を見つつ、ポーションの種類、飲む量からHPの減りをおおよそで推測する。

 

(あれは普通のポーションだな・・・がぶ飲みしてる感じでもない・・・。ってことは、まだまだ行こうと思えば行けたってことか。なるほど、確かにこれは頼りになる戦力だ)

 

 本当にアスナはいいギルドに参加したものだ。そして、このようなギルドがいるということは本当に頼りになる。背中を預けるに足る相手だということを、ここではっきりと認識した。

 

 

 ボスのHPゲージが一本消えて、二本目も真ん中に差し掛かろうかといった頃に、ディアベルの号令が鳴り響いた。

 

「B隊、再スイッチ準備!C隊は念のためのカバーができるように準備してくれ!」

 

「「「了解!」」」

 

 思わず口元が緩む。鬼斬破だけでは耐久値が心もとない。念のため、携帯砥石を持ってきてはいるから、ある程度耐久値回復は見込めるが、刀も曲刀ももともとそこまで耐久値が高いわけではない。証拠に、俺の手には予備である店売りの曲刀をかなり強化したものが握られていた。ちなみに、こちらはどれを選んでもいいように、すべて鋭さと丈夫さを均等に、限界試行回数が奇数なら丈夫さ重視で鍛えている。

 そんなことを考えていると、目の前で息の合ったウェポンバッシュが一斉に命中、ボスを行動遅延させた。

 

「スイッチ!」

 

 その声に反応して俺が飛び出す。横で飛び出すもう一つの影、いや光がちらりと視界に見えた。

 

「いやあああぁぁぁっ!!」

 

 隣からアスナが一気に飛び出す。その光の色と軌跡からして、おそらくはリニアー。最初期のソードスキルにして、アスナの代名詞ともなったそれはまさに閃光。

 

「ぜやああぁぁぁぁあああ!」

 

 続いて俺もリーバーを使って突撃する。連続でソードスキルが入ったことによる長い硬直の間に、タンク部隊がハウリングスキルでターゲットを引き受ける。初期ソードスキルの硬直の短さを利用してさっさと離脱すると、そこにはタンク隊を指揮しつつ時折痛烈な攻撃を与えるヒースクリフが目に入った。

 

「すげえのな、あのおっさん」

 

「ええ。ペース配分、どこに誰を配置するか、どの攻撃に対してどのように対処するのか、反撃を入れるタイミングとその攻撃。常に流動的になりやすい中で、それを常に考えて動いている。きっと頭の回転がものすごく早いんでしょうね」

 

 何の気なしの呟きはアスナの耳に入ったようで、追随する形で肯定する。

 

「ま、じゃねえとあんなことできねえか」

 

「そうね。・・・アタッカーはカバーをいつでもできるように。タンクにほころびができたらウェポンバッシュやソードスキルで援護して!」

 

「「「了解!」」」

 

 やはり、俺なんかの付け焼刃の指揮より、アスナの冷静な指揮のほうがいい結果が出そうだ。いついかなる時も冷静に状況を分析できるからこそ、ヒースクリフもアスナに部隊を任せたのだろう。

 

 丁度俺たちは囲いすぎずに前線を維持しているタンクに均等に割り振られているような格好だ。こうしてみると本当にBAというのはかなりバランスよく、それでいて安全なレベリングシステムが構築できていることが実感できた。こうもタンクが崩れないのであれば、アタッカーは隙を虎視眈々と伺い、一撃必殺を狙うことができる。つくづく少数精鋭だ。

 

 まだ前線は崩れる様子はない。ボス戦は始まったばかりだ。

 




 はい、というわけで。
 スマホぶっ壊れて、バックアップ取るのに四苦八苦して、イベントは参加できそうになくていろいろブロウクンハートな緑竜です。なんでアンドロイドのバックアップはこんなに面倒なんだか。iphoneだとitunesでバックアップ取って終了なのに。公式でバックアップ取りやすくしてほしかった。せめてソフトバンクショップでバックアップ取ってほしかった。

 ・・・とまあ、主のリアルでのリアルな愚痴は置いといて。


 耳汚し失礼いたしました。

 今回は”序の口”です。本当にこんなのはふっつーに戦っているだけです。この後とその次あたりから、ようやくボス戦らしくなる&だんだん絶望させていく&少々無双風味です。

 さて、ネタ解説。

桜花気刃斬
モンハン、太刀狩技
 モンハンの太刀の狩技の一つ。本家だと後ろに飛び退ってからの二連撃だが、こちらはそんなことはない。ちなみに、こっちでは当てると暫く威力が上がるということもないです。こちらでは、前進しながら回転斬りというそこそこ範囲と威力の高い技ということで人気はそれなり。

 とまあ、こんなところですかね。

 それではまた次回。 

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。