ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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12.不穏と出会い―第二十五層フロアボス攻略会議―

 その次の日の昼、第二十五層攻略会議が開かれた。

 

「さて、いつもだけどみんなありがとう。知ってる人も多いと思うけど、俺はディアベル。第一層からずっと攻略レイドのリーダーを務めさせてもらってます。みなさんがよければ、また今回も務めさせてもらいます。よろしいですか?」

 

 その音頭に、そこかしこから拍手の返答が返ってきた。

 

「ありがとう。では、改めて攻略会議を。

 また今回も、多数の情報が寄せられた。これに関しては皆、特にその中でも多くの情報を集めてきてくれたALSの皆さんには感謝です。この場でプレイヤーを代表して言わせてください。本当にありがとう。

 今回のボスは“The Double Titan”。双頭と四つの手足を持つ巨人で、その腕には両手剣と両手槍が握られている。こちらの情報では、それぞれのソードスキルの重さは今までの比ではなく、しっかりと防御したタンクプレイヤーが一撃でゲージを警戒域(イエロー)まで落としたという情報もある」

 

 その言葉に周囲が騒然となった。防御をがっちりと固めているタンクで一撃警戒域ということは、その防御の分を攻撃に上乗せするビルトのダメージディーラーがクリーンヒットをもらったら、ほぼ確実に一撃危険域(レッド)、最悪一撃死もあり得る。もっとも、一撃死というのはさすがに考えられないが。

 

(・・・正直に言えば、考えたくないよな。そんなこと)

 

 その暗い雰囲気を悟ったのか、ディアベルが手を叩いた。

 

「はいはい、気持ちはわかるけど、あれこれ考えるのは後にして、今は話を聞いてくれ。

 確かに一撃は重たいけど、両方とも剣を振る速度にこちらと大きな差があるわけではないそうなんだ。つまり、片手剣並みの速度で両手剣が飛んでくるとか、そういうことはないといっていい。両手剣も両手槍も、それ相応くらいの速度でしか飛んでこない。ちゃんとモーションを見ることができれば、回避は十分に可能だ。

 敏捷性に関しては、見た目に違わずそんなに高くない。むしろ、一般的な基準で考えれば低い。最悪、レッドゾーンになったら足で無理矢理振り切ることは可能だろう、とのこと。

 

 俺が現時点でつかんでる情報は以上だけど、何か他に意見とか情報とか、あれば出してくれ。できれば明日にでもこの層は突破したいから、今日で話し合いは終わらせたい」

 

「ちょお待ってんか、ディアベルはん」

 

 最後の言葉に、キバオウが手を上げた。キバオウは攻略において、できうる限り多くのプレイヤーに分配すべきという考えを持っていたことで、その利をある程度独占しても仕方ないというディアベルと袂を分かち、今はアインクラッド解放隊(ALS)という一大ギルドの長となっていた。もっとも、ALSはその命令系統や規律の強固さなどから、半ば蔑称として”軍”と呼ばれているが。

 

「何だい、キバオウさん」

 

「今回は四分の一って節目や。茅場が何らかのギミックやなんやで、このボスの難易度をはね上げている可能性は十分にあり得ると思うんや。せやから、わいらALSボス攻略隊は今回、人員を大幅に投入する」

 

「へえ、確かに、人が多ければそれだけ生存率も上がる。それは助かるよ」

 

 ディアベルの言った通り、人が多ければいざとなった時のカバーなども含めて楽であることは確かだ。だが、多すぎると逆に命令系統が混乱し、かえって危険になる。が、軍ならあるいは・・・と、俺は思った。総じて、これは有効だという結論だ。ならば、なぜここで提案する?軍の連中が大量に人員を投入するなんて今に始まったことじゃなかろうに。

 

「正確には大幅増員、やけどな。できれば今回はツーレイドで挑めるくらいに投入したい、と考えとる」

 

 それに、ALS以外の攻略組がざわついた。

 

「無論、全体リーダーはあんさんに任せる。軍のリーダーはわいが務める。あんさんとの連絡役も、わいが担う。こっちがぐだったら、わいが全責任をとる。どやろか?」

 

 その言葉にディアベルは少し考えている様子だった。それもそうだろう。いくらなんでもツーレイドとなると最大100人近くがあのボス部屋に集中することになる。ある程度顔見知りならともかく、それだけぶち込むとなると知らない人間も大量に入ってくるだろう。そうなれば、連携をとるのは難しい。

 

「全体に聞いてみようか。今のキバオウさんの意見、反対だという人は手を上げてくれ」

 

 その声に手を上げたのはちらほら。やはり俺と同じ懸念を抱いた人は少なくないのだろう。だが、それはあくまでごく少数に過ぎなかった。

 

「そ、っか・・・。ありがとう、手を下ろしていいよ。反対の人には申し訳ないけど、ここはツーレイドということで納得してもらえるかな?」

 

 それに対する反対意見は出なかった。ディアベルのことだ、これでもし反対多数ということならば考え直しただろう。だが、反対意見が少ない状態でわざわざ却下するほどの理由はない。

 続くディアベルの言葉にも反対意見は出なかった。

 

「うん。なら、今回はツーレイドで挑もう。

 キバオウさん、ALSはどのくらいの人数を投入できる?」

 

「せやな・・・最大で50、ってとこや」

 

「増加分は30、か。よし、なら聖騎士連合(PA)も増員しよう。そうすれば、フルツーレイドに近い形で臨める。大抵の状況には対応できるはずだ」

 

 やっぱり慣れてない感じだな、ディアベル。聖竜連合から呼称を聖騎士連合にして日が浅いからか。ちなみに聖竜連合から聖騎士連合になったのは、今まで似合わなかったというのと、少し前にボスドロップでディアベルがマントを手に入れたことに起因する。

 ま、やっぱりそっちのほうがあんたには似合うけどな、聖騎士(パラディン)様?と軽く茶化すような目線を送る。と、向こうはそれに気づいたのか、微かに照れたような表情を浮かべた。

 

 それから参加するギルド、パーティの頭が集まって人員調整をした後、ディアベルが周囲に向けて号令をした。

 

「さて、では毎回恒例だけど、パーティを組んでくれ。その後で、どちらにつくかの希望を取りたい。数が揃わない分はこっちで振り分けさせてもらうけど、それは妥協してくれ」

 

 ディアベルの号令でプレイヤーが三々五々に分かれていく。今回もディアベルに加わろうかと思い彼に近寄ると、向こうからこちらに気付いた。

 

「ごめん、ロータス。今回君は別パーティになってくれるか?」

 

「・・・何があった」

 

 そのディアベルの表情がいつもより硬く暗いことに気付いた俺は声を潜めて言った。

 

「気になる情報があるんだ。例のPK集団が、こっちにもちょっかいをかけるかもしれないって。同じパーティじゃなくても全体の監視と情報共有くらいはできる。むしろ、今は―――」

 

「少しでも違う視点が欲しい、か。分かった。どこに入ればいい?」

 

「そこまで指定するほど面の皮が厚いわけじゃないよ。でも、」

 

 そこでいったん区切って親指で俺の視界の外を指差した。そちらには、こっちに向けて手を振る少女の姿。

 

「それを考える必要はないんじゃないかい?」

 

「みたいだな」

 

 短いやり取りの後に、俺は少女の下に歩いていった。

 

 

 近くまで来ると、向こうから俺に近付いてきた。

 

「ディアベルさんと何を話してたの?」

 

「ちょっと、な。今回は向こうの考えで、別パーティになってほしいらしい。そっちに空きは?」

 

「丁度こっちでもその話をしてたのよ」

 

 新たな声に顔を向けると、そちらには、新調したと思われる白に赤い縁取りがされたブレストプレートを付けた少女がいた。

 

「アスナか。久しぶりだな」

 

「ええ、久しぶりね、ロータス君。レインちゃんも」

 

 そう言ったアスナの表情は柔らかい。第一層であの捨て身の攻略を行っていた人物とは思えないほどだった。

 

「はい。どうなんですか、今度入ったギルドって」

 

「良いギルドよ。小さいけど精鋭揃いで、少なくとも今は私が女だからって侮られたり無駄に崇められたりってこともないし」

 

「おっと、おしゃべりはそこまでだ。

 で、アスナ。パーティメンバー云々の話、もしかしてそっちのギルド絡みの話か?」

 

 女子同士の会話をぶった切って推論を述べた俺に、アスナは顔を引き締めた。

 

「ええ、その通りよ。今回の攻略に私のギルドも参加するんだけど、人数が半端でね。今までのボス攻略ならそれでよかったんだけど、今回のこの様子だともう少し協力者が欲しいの」

 

「なるほどな。で、俺に目を付けたと」

 

「正確には君()()ね。二人が入ると、丁度よさそうだから。どうかしら」

 

 確かにそれだとかなりの少数精鋭だな。それなら、ある程度即席の連携もうまくいくかもしれない。

 

「俺としては断る理由がないな。あぶれ者だし」

 

 と、俺。

 

「私としても、アスナさんと一緒に戦えるのは久しぶりなので、楽しみです」

 

 それに続く形でレインもそれに従った。

 

「さて、じゃあ団長に言ってくるね」

 

 くるりと背を向けて去っていくアスナの背を見ながら、俺は変化を感じていた。まあ確かに、この世界に囚われてから早半年。変化は多かれ少なかれ起こるだろう。肉体的な変化はなくとも、精神的な変化は様々なところに影響を及ぼす。アスナにしても、俺にしても、おそらくキリトやレインもそうだろう。それでも、アスナは本当に前を見て歩き出している。それを改めて感じていた。

 

「・・・若者ばっか大人になってくねぇ・・・」

 

 ため息交じりにつぶやいた声が二人の耳にも入ったのだろう、レインが怪訝な顔をする。それに「なんでもない」と答えながら、俺はアスナのほうに目をやった。と、

 

「アスナが呼んでる。いくぞ」

 

 俺のその言葉に促されて、俺たちはアスナと彼女の言う団長の下に足を運んだ。

 

 

 アスナたちのギルドの団長は、長身痩躯で、どこか鋼のような雰囲気の男だった。俺もこうして間近で見るのは初めてだ。

 

「増援というのは、彼らかね?」

 

「はい」

 

 短いやりとりの後、団長はこちらに向き直った。

 

「私はブラッドアライアンス(BA)の団長、ヒースクリフだ。このたびは協力感謝する」

 

 ブラッドアライアンス・・・血の同盟、か。なかなかいい趣味をしている。

 

「ロータスだ。こちらこそ、パーティに入れて貰えて助かった」

 

「レインです。よろしくお願いします」

 

 それぞれの名乗りを聞いて、ヒースクリフは微かに笑みを深めた。

 

「なるほど、ね。アスナ君から話はよく聞いているよ。

 さて、と。君たちは、やはりといっては何だがダメージディーラータイプみたいだね。では、ステータスはどのように振っている?」

 

「結構AGI寄りです。アスナさんほどじゃないですけど」

 

「AGIに多め。だけど刀を片手で振れる程度にはSTRも上げてあるから、結果的にバランス型に近い。・・・やっぱりステバランスは違うか」

 

 レイン、俺の順に明かす。同じレベルだとすると、STRは俺>レインになるんだろうな、というのはある程度戦ったことからついていた推測だったから、これ自体にはあまり驚きはない。むしろ問題は、

 

「どういう風に組めばいい?」

 

 ということだ。これによって俺たちの戦略は大きく異なることになる。

 

「君たちはアスナ君の指揮するBA2隊に入ってもらう。アタッカー側の指揮は基本的にアスナ君に任せるから、アスナ君の指揮に従ってくれ。それで構わないかね?」

 

 ヒースクリフの言葉に、全員が首肯する。それを見て、ヒースクリフは改めて軽く笑んで声を発した。

 

「それでは、パーティ申請をしてきなさい。よろしく頼むよ」

 

「改めて、こちらこそ」

 

「はい。お願いします」

 

 ヒースクリフに続く形で改めてお互い挨拶をする。

 

 その日の攻略会議は、明日の昼13:00に、街の中央広場に集合するということを最後に確認して解散となった。

 

 

 

 解散となった直後、俺は即座に街を出て森―――ハサンの森とは違う場所にある―――に来た。今はまだ夕方だ。レベリングにはおあつらえ向きだ。

 目の前の大蜂をポリゴン片に変えて、周りに敵がいないことを確認すると、俺はゆっくりと剣をしまった。蜂や蛾の類は、その大きな見た目を抜きにすれば空を飛んでいることが厄介たる条件にあてはまるが、俺の装備する刀は本来両手武器。リーチがその条件をほぼ無効化した。周囲を警戒しつつ歩いていると、また蜂が数匹こちらに飛んできた。

 

「まったく、なんでここらはこんなに蜂々天国なんだよ」

 

 呆れながらもう一度剣を抜く。だらりと自然体でぶら下げ、敵の動きをうかがう。尻尾の針の突きをあっさりと躱してその羽の付け根に刃を当てて斬った。こういう使い方をするたびに、鬼斬破の切れ味の良さを実感する。羽根をもがれて地に堕ちた蜂を足で踏みつぶして俺は冷静に他の蜂の動きを見る。ほかの蜂は攻撃態勢に入ってこそいるが、今は威嚇にとどまっているようだ。

 

「なら、こっちから行かせてもらうか」

 

 素早くピックを左手で数本抜き、そのまま並列投擲で一気にバックシュート。それらすべてが吸い込まれるように複数の敵に命中し、ディレイを引き起こす。そこを刀で横薙ぎに二閃すると、あまりにもあっさりと蜂たちはポリゴンとなって消えた。こうしてみると、並列投擲というやつはなかなかに便利だと分かった。

 

「ま、この蜂が群れている分には、俺としてもまったく気にならないんだけど」

 

 しかもこの蜂、存外に経験値効率がいい。おそらく空に飛んでいるというのがその高めな数値の意味なのだろう。俺のようにカウンターを安定して成功させられるのなら、ここはいい狩場だった。そのうち、軍が管轄、もとい占領に入ると思うが。だが、

 

「あいつらがいるからこそ狩場の秩序が保たれているところはあるんだよなぁ・・・」

 

 アインクラッドでは、どういうからくりかいい狩場として広まると、そこの経験値効率が悪くなる傾向が高い。ならば、経験値効率が高いうちにその狩場に人が大量に集まるのは自明の理だ。だが少なくとも今のところは、軍が順番を作ったり時間を指定したりすることで狩場の秩序は保たれている。逆らおうものなら数の利をもって強制的にそのプレイヤーは排除されるため、実質的に逆らえない。大集団ならではの利点だった。

 そんなことを考えていると、目の前には大きな球体が現れた。まるでスズメバチの巣を異常に大きくしたようなそれから、先ほど倒した大蜂が次々に飛び出していた。すでにこちらの姿を認めて、何匹かが威嚇体勢に入っている。

 

「・・・あっちゃー・・・」

 

 思わずそんな声が出る。蜂々天国だったのはただ単純に巣が近くにあったからという理由だったのだ。この尋常じゃなく大きな巣にいったい何匹の蜂がいるのかは知らないが、これはゲームなのだから無尽蔵に出て来るだろう。

 さすがにこんな戦いを仕掛けるのは無謀というものだ。

 

「三十六計逃げるに如かずってなぁ!」

 

 こういうのは逃げるに限る。武器をしまう暇も惜しんで俺はさっさと逃げ出した。無論、蜂も大勢ついてくる。

 

「・・・なーんつって」

 

 ぼそりとつぶやきつつ、振り返りざまに腰だめに剣を構える。そのまま一瞬で踏み込みつつ放たれた斬撃は縦一列に近い状態で並んでいた蜂の群れをまとめて半壊させた。

 

「あっさり風味すぎて味気ないわー。つまんねーわー。てかああして逃げた時点で察しろよお前ら」

 

 もしこれが人型NPCやプレイヤーがいたら本当に完全に煽り文句だっただろう。だが、普段の鬱蒼とした攻略会議のストレスが溜まっている身としては、これだけでも十分すぎるストレス解消だった。

 結局、他の敵もあっさりと倒し終えたところで、蜂のテリトリー外に出たのか、ポップもほとんどなくなった。それを確認して、俺は森を出た。

 

 

 リズに武器のメンテを頼み宿屋に戻った俺は、再びあのボスの姿を思い浮かべていた。

 

(頭が二つだから腕とか足が多いのも、まあ理解できる。が、・・・足も四本必要か?腕は頭があるからどうにかなるかもしれないが・・・)

 

 それに、25というのは50の次に大きい100の約数だ。そんな大きな節目に、何もしかけてこないというのは考えにくい。少なくとも、ここまでは雑魚も中ボスもかなり強かった。

 

「ここで考えても仕方ない、か」

 

 そう思いつつ、俺はしっかりとタイマーをセットして眠りについた。

 

 




 一週間に間に合ってよかったです。
 というのも、今回の投稿分、最初はキリト君がいたんです。で、改めてSAO2巻を読んで見たところ、キリトと黒猫団の出会いはデスゲーム始まってから5か月ほどとのこと。ということは、そこから年内まではおそらくキリトは攻略組から一時的に離脱しているわけで。ここにいちゃだめじゃん!ということに気付いて大幅訂正。ついでにボス戦まで書き直す始末。グダグダここに極まれりですね!(白目
 たぶんこれで文の整合性は取れている。はず。

 PAのAはアソシエーションという意味を想定しています。ドラゴンっていうよりパラディンだろという勝手な判断で組織名変えちゃいました。こっちのほうがイメージ合いそうだし。
 BAの名称はオマージュです。別に隻眼の大男が出て来るわけではありませんのであしからず。もしかしたら幹部として出すかもしれませんが、いまのところ予定はありません。

 そして次回からようやくはっきりとしたバトルに突入します。いやー、詳細なバトルを書くのがここまで体力がいるとは思ってもみませんでした。先にも言いましたが、このボス戦、いかんせん長引きます。下手したら4、5話くらい消化してようやく終わるくらいのペースです。できるだけ駄長にならないような努力はしますが・・・果たしてどこまでうまくいくことやら。

 それではまた次回。

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