街に着いたことには、もうすっかり日が暮れていた。お互いこういう身だから、灯りには事欠かなかったが、それでも警戒すべきはちゃんとしていた。夜は特に、その目視距離の短さから、いつの間にか囲まれて一方的に、という例は後を絶たない。だがそのあたりは手練れの二人、そんなことはなかった。
「はー、ようやく息がつける」
「なにそれ。おっさん臭いよ」
「そっちに比べればもうおっさんだよ」
そんなやり取りをしつつ、俺はリズの店に足を向けた。さすがにこれだけ酷使した後だ、耐久値も相当減っているに違いない。
「で、今からはどこに行くの?」
「ん、馴染みの鍛冶屋にな。さすがにこれだけ酷使したんだから、メンテくらいしておかないと後が怖い」(いろんな意味で)
今使っている武器は、すべて少なからずあの少女の手が入っている。これだけ酷使した時点で説教の一つ二つくらいはすでに覚悟済みだ。というか、その説教を恐れてぎりぎりまで使ったら割と本気で怒鳴り飛ばすだけでは収まらなくなる可能性がある。と、言うのは直感で感じていた。
「そういやあいつはおたくと同い年くらいだったな。紹介してやろうか?腕は俺が保証する」
「ロータス君のお墨付きなら信頼できるし、お願いしようかな」
「ん、んじゃついてこい。こっちだ」
そう言って俺は歩き出した。
「で、なんでこんなに耐久値減らしてんのよあんたは」
「悪かったって。連戦続きでなかなか戻るに戻れなくてさ」
リズの下にたどり着いて耐久値回復を頼んだのはいいものの、やはり小言は免れなかった。もとより覚悟していたのであまり気にはしていないが。
「得物を変えるってことは考えなかったの?」
「結構ギリギリの戦いだったからな。得物を変えるほどの度胸がなかった」
「それで得物が無くなっちゃったらどうしようもならないでしょうが。・・・はい、耐久値フル回復」
「おう、サンキュ」
自分の得物を受け取って、ストレージにしまう。すると、リズの視線が俺の横に完全に固定された。
「ところで、その子は?」
「ああ、こいつな。お前と年近そうだし、紹介しようかなと思って連れてきた」
言いながら、軽く背中を押して前に出す。
「初めまして。リズベットっていいます。見ての通り鍛冶屋です。メンテナンスが必要なら、今すぐにでもできますが、いかがいたしますか?」
「じゃあ、お願いします。あと、私はレインっていいます」
そういいつつ、自分の得物を差し出した。それを受け取ると、リズは砥石にその刃を当てて研ぎだした。
「確かに年が近いとは言ってたけど、まさか女の子なんて思ってなかったなー」
「ちょいちょい噂は聞かねえか?腕のいい鍛冶屋のリズベットって」
「そういえば聞くような、聞かないような・・・」
「はい、お待たせしましたー。まったく、あんたもこれくらいで済むくらいにしておけばいいのにさ」
「いいじゃねえか。俺は俺のスタイルってやつがあるんだよ」
「はいはい。あと他に何か御用なら承りますが、よろしかったですか?」
「あ、今のところは大丈夫です」
「・・・てか、なんでお前らそんなに他人行儀なんだよ。ため口でも全く問題ないだろうに」
「いやいや、初対面の人にいきなりため口とかかえって難しいよ?」
「そうか?キリトなんか、クライン相手には初対面からずっとため口だって言ってたぞ」
「それは男同士だからじゃないの?あたしらは女だっての」
「同性同士ってことではどっちも一緒だろうが。年も近そうだし、ため口でいいだろ。俺が口出しするこっちゃないのかもしれないけどさ」
「ま、それもそっか。じゃあ、あたしのことはリズでいいから。リズベットだと長いでしょ?」
「あ、はい・・・じゃないや、分かった、リズ」
やはりこの少女、人当たりはいいらしい。俺の時もため口に速攻で順応していたことを思い出しながら、俺はぼんやりとそんなことを考えた。
「うんうん、こんなにかわいい子と知り合いになれるとか、やっぱり生産職ってこういうところがいいわよね」
「え?」
いきなりのこの言葉に、レインは素でかなり驚いたようだった。
「いやだってさ、かわいいは性別を超えた共通財産でしょ?ってわけでフレンド登録しよ」
「え、あ、うん、いいけど・・・」
そういいつつ、メニューを操作するレインはいまだにペースがつかめていないらしい。俺の時は名前ネタで無理矢理こっちのペースに持っていったから、同じ真似は不可能だ。
とにかく、この分なら心配はいらないだろうと思いながら、俺はぬるりとその場を後にした。
この後あっさりと消えた俺に、二人が少々以上にドタバタすることになるのだが、それはまた別の話だった。
そこから離れた後に、俺はある人物に会いに向かっていた。
「よ。相変わらず早いな」
「時間を守らない情報屋ほど信じられない者はいないと思っているからね」
今の時刻は20時少し前といったところだ。待ち合わせの時間は20時だから、お互いに少し早いということになる。
こいつは“ゲイザー”、情報屋だ。観測者という名前に恥じないほどの情報の詳細さ、そして特に個人やパーティ、ギルドの情報を得ることに長けていると有名な情報屋だ。アルゴが速度と正確さを重視するのに対して、少し時間がかかっても詳細な情報が欲しいときはこいつに頼る、というやつも少なくない。が、その反面、こいつの情報相場はやや高めで、しかも必要ならば売る相手は選ばないという悪辣さも秘めている。が、俺はそういうこいつのスタイルが気に入ってちょくちょくこいつから情報を買っていた。
「で、情報はいくらだ?」
「9000」
「少し高くねえか?」
「8000」
「・・・わーったよ」
実際、結構危ない橋を渡らせるかもしれない情報を要求したのはこちらだ。文句を言う筋合いはない。内心ではわかってはいるが、情報量だけで8000というのは、想像していたより少々かさんだ出費だった。
(必要経費だから仕方ない、か)「で、情報のほうは?」
「少し量が多くなってしまってね。ここにまとめたから、あとで読んでみてくれ」
そう言って手渡されたのは本。この世界では羊皮紙が一般的だ。羊皮紙一枚の厚さからすると、ここまで調べるのはそれなり以上に骨だっただろう。
「OK、サンキュ。それと、これ追加料金。受け取ってくれ」
よもやここまで調べてくれるとは思ってもみなかった。安価に値切ったことを後悔しつつ、俺はさらに2000コル実体化させて渡した。
「いいのかい?」
「いいって。もともと頼んだのはこっちなんだし。受け取れないってんならボーナスとでも受け取っておいてくれ」
「・・・そうか。じゃあありがたく」
「ほんとサンキュな。またな」
「ああ、また」
言いつつお互いその場を後にする。その後、俺は心のうちがまるで氷が生成されるように冷えていくのをはっきりと感じた。
さっき受け取った情報はあるパーティ、いや、小規模ギルドの情報と、あるプレイヤーについてのものだった。数人からなるその小規模ギルドは、普通なら問題にならないはずだった。
「よもやこんなところで会えるかもしれないとは・・・。皮肉って呼んでいいのかねぇ」
だが、その一般的な見解は、“俺の知り合いでなければ”という但し書きの元で、しかも対象が俺というかなり限定された条件下で例外足り得る。今は必要ないかもしれない。が、俺の嫌な予感が正しければ、いずれこれが重要な意味を持つ。外れてほしいと思う傍ら、外れてほしくないと思う自分がいることはもうとうの昔に自覚していた。
必要なことなら、手段を選んでいる暇はない。俺たちがこうしている間にも、リアルの体がどうなってもおかしくないのだ。手段を選んでいる時間があれば行動すべきだ。
拠点の部屋に戻ると、俺はさっそくゲイザーからもらった情報本を広げた。そこに書かれている情報は、俺が望んだ以上の情報だった。
「さすがゲイザー、名前は伊達じゃないな」
まずはざっと一通り流し読む。そこに書いてある情報から、まずは目下必要なところをチョイスして読む。
「あった、こいつだ」
そこにあったのはあるプレイヤーの情報だった。例の先ほどの小規模ギルドとは別口で頼んでいた情報だった。
今から考えて、三か月ほど前の話だったか。武器の強化を装って強い武器を半ば強奪するという、強化詐欺が横行した時があった。その時に、強化詐欺の手口を教えたプレイヤーがいた。そのプレイヤーはどうやら、オレンジプレイヤー―――犯罪行為に手を染めたプレイヤーの総称だが―――にその手口を教えているらしい。今はその程度で済んでいるが、この手のやつというのは完全に穴熊を決め込むか、最終的に自分の手を染めるかだろう。どちらにせよ警戒しておくに越したことはない。そのプレイヤーは、四六時中ぼろぼろのフード付きポンチョということだから、身元の特定は楽だった。
プレイヤーネーム、
ギルドやパーティに所属していない、完全なソロ。行動原理は不明。だが、どこかプレイヤーたちの憎悪や絶望といった、ネガティブな感情を煽って楽しんでいるような一面が見受けられる。
メインアームは短剣。その扱いのうまさから、リアルでも短剣ないしはそれに準ずるものを使用する武道の一種を習得していたか、
そのほかにも、身体的特徴や推測される現時点での拠点など、ゲイザーが手を尽くしたというのが痛いほどに分かる情報量だった。これがほとんどのページにある、とは考えづらいが、それなり以上の情報量がつぎ込まれていると考えるべきだろう。さすがに俺もここまでとは考えていなかった。チップを増額しておくべきだったかと俺は半ば以上に後悔した。
とにかく、相手はわかった。この情報は、今はこの手の中だけに留めよう。徒に恐怖を煽るのはよくない。ただでさえ今回は強敵揃いなのだ。その親玉が弱いはずがない。苦戦は必至だ。
それ以外のデータにも目を通す。正直なところ、役に立ってほしいようなほしくないような、微妙な心境だった。俺がこの情報を入手しようと思った動機を考えれば、役に立たないのに越したことはないのかもしれないが。
その本に目を通していると、眠気が襲ってくるのを感じた。視界の隅に表示される時間を見ると、読みだしてから数時間が経過していた。道理で眠くもなるわけだ。こういう時は欲望に従ったほうがいい、というのは今までの経験則だ。いったん情報書をストレージにしまうと、俺はベッドに寝転がった。その体勢でゆっくりと考える。
(今回のフロアボス、あいつは厄介そうだ)
双頭の巨人。二対の腕には両手剣と両手槍。どちらもリーチのある武器だ。それにあの武器の振るスピードは、攻略組のような毎日剣を振るう人間の速度に通じるものだろう。そうやすやすと打ち破れる敵ではない。そして、レインが竦んだのも納得のいく、あの威圧感。データの集合である以上、威圧感などというものはこの世界には存在しないと思っていたが、それは俺の思い過ごしだったらしい。おそらく呼吸音の大きさ、姿勢、視線、その他諸々が合わさってそういったものになっているのだろう。俺はそういうのを感じると逆に奮い立ってしまうので大丈夫なのだが、いくら肝が据わっているといってもレインは女の子だ。竦んでしまうのも無理はない。
有効な対策というのもなかなか思いつかない。しいて言えば、ダメージディーラーに攻撃の全回避を要求するとか言う無茶苦茶くらいだ。でも、そんなことを言おうものなら攻略人数は明らかに減るだろう。だとすれば・・・
「考えるのは後にするか」
思考の泥沼にはまっていきそうな感覚を覚えた俺は、今度こそ自身の欲望に従って意識を手放した。
その次の日、俺は迷宮区から少し離れた明るい森を歩いていた。ここは夜だと迷子になりやすいポイントで、狼なども出没する。囲まれて一方的になるときは大抵この狼モンスターたちの仕業だ。切り抜けるには、俺がやったようにスタンや麻痺で動きを止めて一気に撃破するか、一点突破で突破口を開いて切り抜けるか、森という地形を利用してアクロバットに回避しつつ飛び越えるというくらいしかない。もっとも、アクロバットなどリアルでその手の職にでもついていない限り成功しないし、広範囲スタン技なんてそうそうあるはずもなく、結果的に一点突破でぶち抜くのが一番確実でよく使われる手だ。そもそも囲まれる前にさっさと離脱するに越したことはないのだが、発見が遅れると即座に囲まれてしまう。煙幕の類を持っていれば話は別なのだが、その手のアイテムは現時点だとNPCから高額で買い取るか、その手のスキルを持っているプレイヤーに依頼して作成するしかない。そのリスクと表裏一体だからというのもあってか、ここはそこそこ以上にいい狩場だ。集中を切らせばお陀仏になること間違いないが。
昼では、そこまで迷子にはならない。囲まれるリスクも少し低めだが、厄介な敵が出て来る。
「・・・来たか」
かすかに聞こえる足音を耳が捉える。静かに俺の右手が剣に伸びた。ほとんど音を立てずに奇襲してきた人影に無造作に剣を振るう。軽い金属音と共に放たれた短剣を弾く。弾いてその先にいる暗い緑色の衣装の相手をはっきりと見る。
厄介な敵というのはこいつだ。所謂アサシン、暗殺者の類だ。薄暗い森の中に溶け込むようなその迷彩は本当に見づらく、戦い辛い。夜でもおそらく出るのだが、狼のほうが
リーチが短い代わりに扱いやすさに長けた短剣を、まるで体の一部のように操り、こちらに攻撃を仕掛けて来る。それを見切り、すれ違いざまに首に攻撃を叩き込んだ。ソードスキルこそ使わなかったものの、背後で暗殺者の首が落ちる音と、続いてHP全損を示すポリゴンの炸裂音。念のため振り返って安全を確認すると、俺は剣を振って鞘にしまった。
気を抜くことはできない。だが、それはソロである以上ほとんど常時だと言っていい。それに、幸いなことにここは静かだ。自分の音と他の音を聞き分けるのは、俺からしたら簡単なことだった。
そのまま暫く歩いていくと、ガサガサと周囲から音がした。瞬間に、今までとは違うレベルまで警戒と集中を上げる。今までも何度か複数の暗殺者を相手取ることはあったが、この音は明らかに今まで同時に戦った最大数より遥かに多い。
(これは、ちっとばかしやばい、かな)
いくら強い相手や逆境に奮い立つ俺でも、強すぎる逆境の前には怯える。それが今の俺だった。
「ビビってる場合じゃ、ねえよな」
昨日パーティを組んで、はっきりと分かった。レインの存在というのは、思いのほか俺にとって大きかったのだ。あいつがいるから、俺は生きたいと思える。それを今ははっきりと自覚していた。自覚したからこそ、
「こんなところで負けるわけにはいかねぇんだよ」
素早くメニューを操作し換装した刀を握る手に力を籠める。今の俺の筋力値、鬼斬破の切れ味とステータス、今までの経験、すべてをもってすれば、この場でも生き残ることは可能だ。何となくとしか言いようがないが、それをはっきりと感じていた。
ただ静かな均衡は敵側から崩れた。飛びかかってきた相手を倒すのではなく、あえて体を右に捻って躱す。続いてかかってきた相手を投げ飛ばし、さらにかかってきた攻撃は横に飛んで躱す。追加で飛び込んできた敵をあっさりと鬼斬破で斬り捨て、そのまま包囲網をあっさりと突破した。この量の敵を殲滅するのはさすがに無理だ。適当に相手をして、撤退するのが吉だろう。先回りして仕掛けてきた暗殺者を素早く右左と刀を振って斬り捨てる。そのまま突っ走ると、目の前にさらに一人出てきた。今度は刀ではなく、左手で殴り飛ばす。想像していた以上にクリーンヒットしたレバーブローに相手が悶絶する。その隙に迷わず首を落とした。死んだことを確認せずにそのまま走る。すると、先に新たな影が現れる。軽く舌打ちをしつつ、後ろから飛びかかってきた三つの影の真ん中を潜りながら切り上げ、躱しつつ斬った。その時に、壮年というより老年の男の声が響いた。
「お前たちは下がっておれ。束になったところで、こやつには敵うまい」
そこでようやく、俺は目の前に他とは違う人物がいることに気付いた。
「てことは、あんたが親玉か」
「いかにも。ハサンと呼ばれておる」
ハサン。確か山の翁と呼ばれた暗殺集団の頭領だっけか。面倒な相手が出てきたもんだ。
「で、なんでわざわざ親玉直々に登場したんだ?」
「何、手塩にかけた部下たちを、こうもやすやすと倒されて、おめおめと隠居を続けるなどできんよ」
「なるほど。で、俺に何をしてほしいんだ?」
「知れたこと。わしと手合わせをする、それだけで構わん。さすればわしの秘法を一つ、教えよう」
直後にハサンの頭上に“!”マークが出た。なるほど、隠しクエストの類いか。
「なるほど、そりゃなかなかいい話だな」
技を教えるのはこの爺さんだろう。てことは生かさず殺さず、ってか。うまくいくかな。
「この身は確かに老いておる。だが、侮るのではないぞ、若いの」
「言われなくても慢心なんかしねえよ」
そう言って構える。右足を前に、右手は体側に。刀は地面に触れない程度に下げ、左手は体の後ろに隠した。
「行くぜ、爺さん」
「いつでもかかってまいれ」
その言葉に甘え、一気に肉薄して斬り上げる。が、それは隠し持った短剣によって容易く防がれる。もっとも、これくらいは俺も想定済みだ。だからこそ、俺は左手で間髪を入れずに正拳突きをかました。こちらはバックステップで回避される。その際に投剣をされるが、これは容易く防ぐことができる。が、俺はあえて大きく回避した。その判断は結果的には正解で、直後にもう一本短剣が飛んでくる。その位置は先ほどの攻撃を防いだり、最小限の動きで避けたりしていれば確実に当たっていただろうというのが分かるような位置だった。今度こそ攻撃を防ぐ。が、今度は防ぎつつ前に踏み込む。この刀はリーチがそこそこ長い。数歩踏み込めば確実に射程距離に入る。それが分かっているからこその判断だった。だが、相手も馬鹿ではない。後ろに飛んでそれを躱すと、再び投剣。片手で防ぎながらもう片手でこちらも投剣。相手の小剣が甲高い金属音と共に弾かれ、こちらの小剣が相手の膝頭に突き刺さる。
「ぬぅ・・・!?」
「はぁぁああああああ!」
相手の動きが一瞬だが確実に止まった。その隙をみすみす逃がす訳はない。素早い踏み込みと共に大きく胴を斬る。斬り抜けて残心のように向き直ると、ハサンは片膝をついて、くつくつとその体を揺らしていた。
「いやはや、慢心するなと言っておきながら、こちらが慢心するとはな。
誇れ、若人。これほどの一撃を浴びせたのはお主が初めてだ」
「へぇ、そりゃまた。で、これで終わりか?」
正直、これで終わりではあまりにも呆気なかった。そして、その俺の予想は的中することになる。
「いやいや。ここからが本気の本気、というやつよ。使うとは思っていなんだが」
そういうと、爺さんは短剣を取り出し、指の間に挟んだ。俺はただ単に複数本を、時間をおいて投げているからできているだけだ。それも二本持った状態が限界だ。だがハサンは四本も持っている。傍から見ればそれは意味の無いことだ。そんな持ち方でコントロールなどつけられるわけがない。しかも、スローイングタガーより少し大ぶりの短剣でそれをやろうとしているのだ。だが、この場面で出すということは少なからず意味があるということなのだろう。
「さて、では今度はこちらから行くぞ、若いの」
「ああ、いつでも来い」
油断なく構える。突っ込んだところに数本一気に投剣が来る。信じられないことではあるが、そのすべてが命中コースであると直感した。すべて躱すのは不可能。ならば、
(致命傷だけ避ける。こうなったら少々のダメージは覚悟だ)
頭と膝頭の部分だけを防ぎ、躱し、それ以外の体に当たるものはあえて防がずに突っ込む。
「・・・参った。読まれてたってことか」
「左様。
若いな。それが長所でもあり、欠点でもある。よく覚えておけ」
短いやり取りの後にお互い武器を納める。
「さて、約束は約束だからの。わしの秘法を教えよう」
そういうと、爺さんはこっちに歩いてきた。
「どうやらお主、投剣はそこそこやるようじゃな」
「ん、まあ、な」
「ならば、これがよいじゃろう。先ほどわしが使った技を覚えておるか?」
言われて、俺の脳裏には指に複数の投剣を挟んで一気に連続で投げてきたのを思い出していた。
「ああ、あの一気に何本も投げるあれか?」
「そうじゃ。まさにそれを教えよう。難しい技ではあるが、お主なら使いこなせよう」
「そう、か」
それから俺は、爺さんの教えの下に、短時間で気の遠くなるような本数の投剣を行った。正直に言って、ここまで投剣をしたのも、こんなに繊細にコントロールの訓練を行ったのもこれが初めてだった。なんとかあくせくしてこれをクリアしたころには、もうどっぷりと日が暮れていた。
「さすがじゃな。わしが見込んだよりよっぽどか早い」
「これで早いほうなのかよ」
思わず地面に大の字になったところに、ハサンの声が降ってくる。半日で習得できたというのは早いのかもしれないが、神経はかなりすり減らした。確かにこれによって習得できた投剣のエクストラMod、並列投擲は便利だが、この消耗に似合う利益かといえば微妙なところだ。
「当然じゃ。普通なら日をまたぐからの。
さて、再び手合わせしたいのであればまた来るとよい。新たな秘法を授けるかどうかは、その時のお主次第じゃ」
「ああ。そうさせてもらうよ」
そう言って、俺は立ち上がった。結果的には今日一日レベリングをさぼったことになるのだ。明日から本気出す。その覚悟の下に、俺は森の外に向けて歩き出した。
はい、というわけで。
ハサンの見た目はFateのそれを想像していただければ。わからない人は"Fate ハサン"で検索をかければ出てきます。
今回のサブタイは、まあそのまんまです。結構伏線張り巡らしたつもりなのですが・・・果たして回収できるのか俺。努力はします。
そして、長らくお待たせしましたが、ようやく次回攻略会議です。次々回からフロアボスの攻略に入ります。今書いている途中なのですが、かなりこれは長引きそうです。自己添削する分も含めると、そこそこ以上に時間がかかりそうです。気長にお待ちください。
ではまた次回。