ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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86.戦う理由

 ユージオがいるのはともかく、キリトとアリスはどこへ行った。周りを見ても姿が見えない。ここは比較的見通しがいい。それに、この下に開けた場所はない。キリトの黒い剣の能力の詳細はついぞ読めないが、金木犀の剣は開けた場所で真価を発揮する剣。引き返したという可能性は低いだろう。

 

「剣士ユージオ。ここに、騎士アリスがいたはずだが」

 

「あ・・・」

 

「警戒するな。事情を聞きたいだけだ。今ここで、やりあう気はない。最も、そっちがそのつもりだというのなら、こちらもやぶさかではないが」

 

「それは・・・できれば遠慮したいかと」

 

「だろうな。俺の実力はお前もよく知っているだろうしな。で、二人は?」

 

「それが、二人の力がぶつかった瞬間に、カセドラルの壁が崩れて、二人は外に」

 

「なるほど、壁自体は自動修繕機能で元に戻ったが、それが災いして戻れなくなった、と」

 

「あの・・・二人は、生きているんですか?」

 

「さすがにわからん。俺も全知全能じゃない。ただ、カセドラルの壁には隙間がある。それに、これだけの高さだ。神聖力もたんまりあるだろう。日が高いうちに、その神聖力を鋼素に変え、隙間に鋼の丸棒でも突き刺して、それを利用して登れば、あるいは。幸い、この上には四方が開けた階がある。アリスの神聖術と二人の体術を考えれば、そうさな、明日の日没までにはたどり着いていても不思議はあるまい。で、この先はその四方が開けた場所まで、整合騎士はいない。この意味が分かるな?」

 

「案内、ということですか・・・?」

 

「お前さんがたの剣を見たい、と言っているもの好きがいてだな。実力は俺が保証する。安心しろ、共闘するつもりはない」

 

「でしょうね。あなたなら、単騎でも僕くらいは倒せるでしょうから」

 

「そういうことだ。わかったのならついてきな」

 

 それだけ言うと、俺はユージオに背を向けた。後ろからついてくる足音を聞きつつ、俺たちは階段を上る。ベルクーリがいるはずの大浴場まで来ると、俺はすぐに扉を開けた。

 

「ベルクーリ、客だ」

 

「おう、少し待っててくれ」

 

 湯気と背中越しにベルクーリが返答する。

 

「悪いな、こういうやつなんだ」

 

「腕は保証する、と仰っていましたが・・・具体的には、どのくらい?」

 

「整合騎士最強格。それ以上の説明が必要か?」

 

「・・・いえ、それだけで大丈夫です」

 

 硬くなったのが気配で分かる。その気配を受けて、俺は言葉をつなげる。

 

「大丈夫だ。お前ほどの腕なら、間違いなく善戦までは持っていける。勝機はある。そこから先は・・・半分運、半分戦略、少しの賭け、といったところか」

 

「・・・わかりました。ありがとうございます」

 

 少々脅し過ぎたか。だが、ユージオの実力なら問題ないだろう。それは、実際に剣を交えた俺だから分かる。今のユージオは即座に整合騎士になったとしても、全く見劣りしないだけの実力がある。そんな会話をして少しすると、ベルクーリが近くまできた。

 

「待たせたな。そいつが?」

 

「ああ。おそらく、お前が思っている通りの客だ」

 

「そうか。なら、準備して待っていた甲斐がある、ってもんだ。わかってると思うがロータス―――」

「わかってるよ。俺は見届け人としているだけだ。手は出さん。ただ、天命全損しそうだっていうのなら介入するがな。これは創造神に誓っていい。二人とも、ここで失うにはあまりに惜しい実力者だ」

 

「ああ。それでいい。それで、若き剣士よ。名前を聞かせてもえないかい?」

 

「ユージオです」

 

「よし、なら抜け、剣士ユージオ。整合騎士長、ベルクーリ・シンセシス・ワンが尋常にお相手仕る」

 

 そういいつつ、ベルクーリ自身も剣を抜く。それに応え、ユージオも剣を抜き構える。それを見て、俺は壁際に移動した。

 

「その構え・・・。お前さん、もしや連続剣の使い手かい?」

 

「わかるんですか?」

 

「ああ。雰囲気で分かる。俺たちの剣は、一撃こそ重く、当たれば致命傷足りうる。だが、当たらない剣に意味はない。それを体現しているやつを、俺たちはよーく知ってる」

 

 そういいつつ、俺のほうに目線を向ける。確かに、俺の剣は重さよりも鋭さを、敵の防御を打ち砕く力ではなく防御の穴をかいくぐる技を磨いたものだ。だが、それはもとより、俺の剣術がそうであったから、そちらの方がより熟成させやすかった、というだけだ。

 

「だがな、心しな、ユージオ。そういう相手をよーく知っているからこそ、俺の剣は互いの弱点と長所を知っている。一筋縄じゃあいかんぜ?」

 

 明らかに雰囲気が変わる。それを察して、ユージオも剣を構え直した。俺も久しぶりに見る、ベルクーリの本気。おそらく、武装完全支配術すら使う気は無いのだろう。純粋に、剣士ベルクーリとして、剣士ユージオを見たい。そんな思いが伝わってきた。ならば、俺はその戦いを見届けよう。

 

 

 戦いは熾烈を極めた。ベルクーリは最終的に、彼の武装開放術まで使って対抗することになった。剣技だけなら間違いなく拮抗するか、ともすればユージオが上回っていたかもしれない。最終的に、ユージオが記憶開放術を使用した。決め手に欠けると踏んだのだろう。確かに、拮抗まで行くのは確かだが、あのままでは決め手に欠くであろうということは想像しやすい。だが、天命を吸い取って咲き誇る氷の青い薔薇を見て、俺は神器を抜いた。

 

「そこまでだ!」

 

 そのまま投げた神器は、二人の近くに突き刺さった。

 

「さすがにそこまで行ったら死人が出る。よもや道連れにする気はないだろうな、ユージオ」

 

「いえ・・・そこまでは。天命の上限はこちらに分があると踏みました」

 

「だとしてもやりすぎだ。手加減無用のやり取りである以上、そこまでするのは不思議じゃあないがな」

 

「助かった、と言いたいところだが――――」

「悪いがこれは宣言通りだぞ。お前を失うっていうのは痛手すぎるからな」

 

 反論はさえぎって宣言する。その反応に、ベルクーリは何とも言えない表情になったが、俺に理があると思ったのだろう。それ以上の反論はなかった。

 

「それは構いませんが、反逆者を放置してそんな会話を悠長にしているのはいただけませんねェ」

 

 そんなさなかに聞こえてきた、妙に粘着した声。俺とベルクーリはあからさまに不機嫌になった。ユージオは厳戒態勢になったが、それを俺が抑えた。

 

「お前は体を休めてろ」

 

「え・・・?」

 

「それは明らかな反逆行為と取られても不思議はありませんよォ?分っているんですかァ?」

 

「それすらも分からず行動していると思うか?それに、ベルクーリでも拮抗が限界だったんだ。俺単騎でも一人なら抑えきれる確信はあるが、複数人になるともそうなるとはわからん」

 

「ならばなぜ、あなたは私に剣を向けているのですか?」

 

「理由は二つ。一つは、ここでユージオほどの戦力を失うということの損失があまりに大きいということだ。もう一つは、単純にお前が気に入らないからだ。剣士の戦いの邪魔をするほど無粋な真似はないというのに」

 

「何を言っているか分かりませんねェ。外敵を倒すためならば最善の手段を尽くすのは当然でしょう?」

 

「それについては同感だがな。時と場合ってものがあるだろう」

 

 俺の後ろにいるベルクーリも同意する。

 

「お前も下がってろ。戦える状態じゃあないだろ」

 

「すまねえ」

 

「お前だけで十分だと?随分とナメた真似をしてくれますねェ、零号?」

 

「ナメたわけじゃあねえ、事実だ。お前ごときに負けるほど、落ちぶれてなどいない」

 

 ただの事実を淡々と述べる。チュデルキンの顔が歪む。

 

「気に入らない。気に入りませんねェ、その態度!私を誰かわかっていてその台詞なのだから余計性質(たち)が悪い」

 

「だが、俺を排することはできないぜ。俺の力はよく知っているはずだ」

 

「えぇえぇ、よくわかっていますよォ」

 

「で、そう来ると思って布石を用意していない、と思ってるくらいは簡単に読めるぜ」

 

 宣言と共に、俺が軽く腕を上げる。その瞬間、鋼鉄の糸がチュデルキンを縛り上げた。

 

「いかな雑兵であろうと油断だけはいただけないな。だから、こんな風になる」

 

 何か言おうとしても、それは鋼鉄の糸に阻まれ、モガモガというよくわからない音となる。それを確認すると、俺は首根っこをつかんで外に放り投げた。

 

「おいおい、大丈夫なのかよ」

 

「下には風素で即席の緩衝材を作った。死ぬことはあるまい」

 

 ベルクーリの心配に、俺はそのまま答えた。そして、振り返りざま、腕を横にひゅんと振った。それだけで、青薔薇によって凍り付いていた湯船が、元の温かい湯船になった。

 

「ベルクーリ、ユージオといったん体を休めてくれ。湯船につかっているだけでも、ある程度の天命回復は見込める。なにより、疲労も癒されよう」

 

「あいわかった。お前さんとしても、これほどの腕前のヤツと戦うのに、どちらかが手負い、ってのは不本意だろうしな」

 

「その通りだ」

 

 俺の意図を正確に読み取られたことに若干の苦笑を交えつつ返す。すぐにその表情を切り替え、俺は宣言する。

 

「剣士ユージオ。キリトとアリスが昇ってくるとしたら、間違いなくここから来る。四方が壁に囲まれていない場所で、あそこから一番近いのはここだからな。だから、ここで二人の到着を待て。俺の予想だが、おそらく1日、いや半日。早くて明日の朝、遅くとも昼には来るだろうよ。そして、これは二人にも伝えろ。

―――俺はこの先で、最後の関門として立ちはだかる。それまでに、戦う理由を見つけておけ」

 

 それだけ言うと、俺はくるりと踵を返す。

 

「あの、ロータスさん―――」

「さん付けはやめろ。少なくとも、この時から、再び和解するまでは。次に会ったときは、間違いなく剣を交えるだろうからな」

 

 毅然と背中で反論する。それ以上の言葉は必要ないと拒絶する。そのまま、俺は昇降盤へと向かった。

 

 

 

 最後の関門で、俺はただ待つ。間違いなく、あいつらはここを通る。なぜなら、俺の後ろにある昇降盤を使えばその先が玉座で、玉座へ向かうにはここしかないからだ。道案内ができる騎士アリスと共に来るというのであれば、ここが唯一の通り道。その時、彼らはどのような答えを持ってくるのか。それを、俺はひそかに楽しみにしつつ、おそらく今も眠っている、最高司祭の玉座のほうを見上げる。

 

(本来、俺の役目とはかけ離れているどころか、正反対といってもいいはずなんだがな)

 

 剣士として、戦士として、どれだけ成長しているか。それを、この手で確かめることができるのだ。これを楽しみといわずしてどう表現しよう。そして、願わくは彼らがこの世界を壊すに足ることを祈る。

 そんな時に聞こえた、三人分の足音。目を開いたときに見たのは、俺の想像通りの三人だった。

 

「来たか」

 

「ああ。あんたの望む最後を届けに来た」

 

 毅然としたキリトの態度。それに、俺は意志―――いや、覚悟の固さを見た。

 

「そうか。では、剣を交える前に、それぞれに問いたい。こちらから、回答の相手は指名する。

――――戦う理由は、見つかったか」

 

 俺の問いに、やはりといった反応を見せる三人。

 

「剣士ユージオ、君から聞こう」

 

「僕には、何が正しいのか、そういうことはまだ分かりません。でも、」

 

 そこでいったん言葉を切り、横にいる騎士アリスをちらと見る。その直後、俺の目を見て、はっきりと告げた。

 

「あの時、守りたいものを守れなかったのは、僕が弱かったからだ。だから、大切なものを奪わせたくない。絶対に。もう二度として。

―――この世界がその強さすらも奪うというのなら、そんな世界は壊れればいい。そして、誰にも、大切なものを奪わせない世界にしたい」

 

 まだ天命が回復しきっていない青薔薇。しかして、俺を斬るには十分な天命まで回復したであろうその剣を抜く。その様は、なるほど革命家と呼ぶにふさわしいものだろう。

 

「騎士アリス。君は?」

 

「かつての私が、どうしてこのような選択をしたのか。それは分かりません。ですが、きっと浅はかな行動の果てにそれがあったことは確実でしょう。それにより、私はたくさんのものを失った。それによって得たものがどれだけ大きくとも、私は、過去の私の浅はかな選択を後悔するのでしょう。ですが。

―――答えは、得ました。この世界が歪んでいるというのであれば、正すのが騎士たる私の勤めです」

 

 音高く、金木犀の剣を抜く。その、自身の矜持、誇りに殉ずる姿は、ただただ美しかった。

 

「最後に、剣士キリト。君の答えを」

 

「単純な話だ。

 この世界は歪んでいる。その元凶がこの先にいて、お前がそうさせまいと立ちふさがるのであれば。

―――お前は、邪魔だ」

 

 端的に答え、黒い剣を抜く。だが、端的であるが故、彼の目から見た状況は読み取れた

 その三人の答えに、俺は、こんな時にもかかわらず、自身の口角が上がるのを自覚した。どうやら、俺の想像以上に、彼らは目覚ましいほどの成長を遂げていたらしい。

 

「よかろう。であれば、改めて名乗ろう。

 我が名はロータス・シンセシス・ゼロ。欠番の整合騎士にして、この世界の調停者なり。

―――その思い、その力。この世界を壊すに足るか。見定めさせてもらう」

 




はい、というわけで。
今回は割と進んだ、んですかね?

主人公が迎え撃ったのは、原作でユージオが立ちはだかったところというイメージです。
問答はエースコンバットゼロの冒頭での片羽の妖精のセリフが元ネタだったりします。順番も合わせたのはちょっとしたこだわりポイントだったりする。おんどれはどこにこだわっとんじゃ。

正直これだけでこんなに文字数食うとは思ってなかったです。アンダーワールド大戦までは頭の中に構想があるので、そこまでは書きたいと思っています。ですがすでに書き溜めは底が見えている状態。・・・頑張ります。

ではまた次回。

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