二人が投獄され、黒天を飛竜の待機所に送り届けると、薄着に両手剣を佩いた壮年の男が出迎えた。
「まさか貴公が出迎えるとはな、ベルクーリ」
「当たり前だ。お前さんとこうして話すのも久しぶりだからな、出迎えくらいはさせろ」
「まあ、ね。そっちはその様子から察するに帰りか?」
「おう。境のあたりを巡行して戻ってきたところだ。特に何事もなかったがな」
「ふぅん。少し前まではかなり派手にやっていた印象があるが」
「俺の言えることじゃあねえが、お前さんの“少し前”は一般的じゃあねえからな」
「言っても高々10年かそこらだろう?少し前の範疇だと思うが」
「範疇じゃあねえな、少なくとも一般的には」
そういわれて、俺は思わず肩を軽くすくめた。まあでも、このベルクーリよりは長く生きているのだ、俺からしたら10年かそこらなんて少し前だ。
「お前さんはしばらくこっちにいるのか?」
「しばらくかどうかは分らんがな。あの二人の様子次第だ」
「連れてきたのは見てたが、そんなにやんちゃそうなボウズには見えなかったが」
「見た目詐欺なだけだ。特に黒いのはかなりの型破りだ。だから、あいつらがシンセサイズされるか、脱獄騒動が落ち着くまではこっちにいるつもりだ」
「その気になれば、お前なら文字通りひとっとびだからな」
「ま、そういうこと。脱獄騒動でやりあったら油断するなよ。実力的にはアリスが一番近いか」
「おいおいおい、整合騎士でも最強格と同等の強さってことか」
「型破りすぎて対策しづらいっていうのはあるが、それを抜いても十分強い。デュソルバートくらいなら十分倒されるだろうな。単騎ならファナティオやアリスと拮抗するくらいじゃないか?」
「お前さんの目は信用に足る、っていうのは理解しているが・・・にわかには信じられんな」
「まあな、気持ちは分らんではないよ。俺だって、あいつらの実力を見ずにそういわれたら、本当にそこまで強いのか、って思うだろうしな」
「だが、お前さんがそこまで言うってことは少なくとも弱くはないんだろ?」
「ああ。お前をもってしても十分に楽しめる相手だろうよ」
「そうか。なら楽しみにしておく。
それはそれとして、帰ってきて多少は疲れもあるだろう。ゆっくり風呂でも入ってきたらどうだ?」
「そうだな。特に、ここみたいな大きすぎるくらいの風呂なんてそうそうないしな。お言葉に甘えさせてもらう」
会話を終え、浴場に向かう。いくらあいつらが行動を起こすといっても、一度風呂に入るくらいの時間はあるはずだ。
少し風呂に入って体を休める前に、ふと下を眺める。早ければそろそろ脱獄の準備を始めているはずだ。良くも悪くも規定を逸脱するという発想がなかなかないこの世界の住人から外れたあいつなら、そろそろ穴に気が付くはずだ。ましてや、あいつらは神器を扱えるような人間だ。いかな頑丈な鎖であっても、頑張れば引きちぎれるはず。それに、仮にもキリトはセルルトの教えを受けている。となると、鞭の扱いにもある程度精通していると考えたほうがいいだろう。となれば、引きちぎった鎖はそのまま武器となる。それだけ手札があれば十分だろう。
空を見上げる。今日は見事な月夜だ。これだけ明かりがあれば、下の薔薇園あたりにはしっかり影が落ちる。遮蔽を生かした戦いの経験を忘れていなければ、これはかなり有効に働くはずだ。
と、そんなことを考えていると下から戦闘音が聞こえた。ある程度落ち着いたところで、俺は神聖術を併用しつつ飛び降りた。
ちょうど飛び降りると、薔薇園に陣取っていたエルドリエが倒されたところだった。ちょうどそのくらいの頃合いだろうと思っていたから、これは想定の範囲内。
「悪いな、今ここで手駒を減らされるわけにはいかないんでな」
二人にそれだけ宣言すると、俺は神器である、一対の剣を手に呼び出す。剣といっても、曲剣のような形状の、かなり小ぶりな剣だ。何もないところから唐突に表れた二振りの剣を見て、即座にキリトとユージオが逃げる方向へ向かう。逃げた先を予測しつつ、俺は神聖術を併用し追い詰めた。あくまで手傷を負わせすぎない程度だ。だが、かすり傷くらいは必要だろう。そうでないと、こちらが本気であると思わせることができない。そう思い、剣で切りかかろうとするも、それはキリトが振った鎖で応戦された。はてさてどうしたものかと考えていると、俺の目の前で光素がさく裂した。思わず一瞬目をつむる。音から察するに、ユージオが光素をさく裂させ、その隙に体勢を立て直すなり逃げるなりする、といった算段だろう。大体どちらへいったかの認識はできているが、さすがに薔薇園を破壊するほどの威力を放つわけにはいかない。これは一杯食わされた。走って追っていくも、キリトとユージオは忽然と消えた。
起こった事象から、誰が、どういう目的でそれをしたのかは察しがついた。だからこそ、俺は追うのも、捜索するのもやめた。
(あとは任せますよ。もう一人の最高司祭)
そして、内心で願った。彼女であれば、彼らの道をそのまま歩ませるはずだ。俺にできるのはそれしかない。手に持った神器を戻して、倒れているエルドリエを回収すると、俺は神聖術でカセドラルの外壁付近を上って戻っていった。
飛竜の待機場が一番楽な場所なので、そこまで神聖術を併用しつつ飛ぶ。そこまで急がず、とりあえず寝床に運ぶ。すでに意識自体は落ちているが、念のためやる。幸か不幸か、俺はこの手の、他人に干渉する神聖術は少し前に扱ったばかりだ。幸い、あの時ほど大規模な術である必要はない。
心意力で状態を調べる。どうやら例のバイエティ・モジュールとやらの固定が甘くなっているだけらしい。もともとモジュールが引っ掛かっていた穴の形状が、ほんの少しだけ狭まった影響で外れかけているのが原因のようだ。体のほうはしばらく養生していればどうにでもなる範囲だろう。モジュールの位置は俺でも調整が利く。あくまで外れかけているだけだ。どうにでもなる。だが、俺の方法は少しあくどい方法だ。
ほんの少しだけ、モジュールの形状のほうを削る。穴の形状にちょうど引っかかる形にモジュールを変え、再びはめなおす。しっかりとはまったことを確認し、一つ息をつく。と、その後ろで扉を軽くたたく音が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼します。騎士ロータス、こちらにエルドリエが運ばれてきたと聞きましたが」
「あぁ。どうやら例の剣士二人にやられたらしい。これは鍛えなおしだな」
「といっても、彼も仮にも整合騎士。そうそう簡単にやられるとは思えませんが」
「侮るなよ、騎士アリス。あいつらは無手でも強いぞ。楽観視できる相手ではない以上、あいつらが剣を取り返しているという前提で動くべきだ。そうなったらお前でも一筋縄ではいかないだろうさ」
「それほどの相手なのですか?」
「にわかには信じられんっていうのは分らんではないがな。最大限の警戒をもってあたれ。最悪、記憶開放術が必要になるやもしれん」
「彼らの出自を考えれば、あなたの目が一番信用に足るでしょう。そして、そのあなたがそれほどまで言うということは、実際強敵なのでしょうね。わかりました。助言、痛み入ります」
相変わらず四角四面というか律儀な子だ。そういうところがいいところではあるのだが、彼女の生い立ちを考えると若干の痛々しさすらある。表情を隠すのはもう慣れたが、この型に押し込んだような四角四面な気質には若干心が痛む。もともとは感受性の豊かな少女だっただけに、かくも成長環境とは恐ろしいものかと、薄ら寒さすら感じる。
「ま、一応俺にできるだけはもうしてある。何より、こいつのことは俺より貴公のほうが分かっていよう。後を任せていいか?」
「ええ。もとより、そのつもりで来ましたから」
「そいつは失敬。じゃ、あとは任せた」
それだけ言うと、アリスに後を任せて俺はその場を去る。そこから、俺は空中庭園に行き、考えをまとめにかかった。あそこはちょうどいい感じで日向と日影があって、考えをまとめるにはうってつけなのだ。
まず、キリトとユージオがカセドラルを上がってくるのは確定事項だろう。もう一人の最高司祭―――今は確か、カーディナル、だったか―――の協力を得る以上、ほとんど確実に武装完全支配術は習得してくるはずだ。ともすれば、記憶開放術すらも。武装完全支配術の撃ち合いまで行く戦いなど、整合騎士のほとんどが経験していないはず。まず間違いなく上層まで来る。だが、一つだけ解せないことがある。
(彼らは何のために戦っているのか、それだけが解せない)
ただ不自由が窮屈だとかそういう理由であるのであれば、問答などほとんどなしに両断するべきであろう。むろん、反逆に足る理由ではある。だが、ただ一個人のそんな感情で調和を崩されるわけにはいかない。少なくとも、俺はそういう立場にない。だからこそ、その反逆の理由を問う必要がある。その理由によって、俺の戦う理由も変わるだろう。
そんなことを考えていると、アリスが空中庭園に来た。そして、己の剣を日当たりのいい場所に突き立てた。一般的には何がしたいのか、となる場合ではあるが、俺には大体の見当はつく。そして、俺の予想通り、彼女は己の剣を本来の姿―――一本の金木犀の木にした。
「ここで迎え撃つ算段か、騎士アリス」
「ええ。エルドリエのほうはしばらく安静にする必要があるでしょう。ならば、弟子の仇を討つのが師の勤めだと思いましたので」
「相変わらず律儀なことだ」
「あなたはどうしてここに?」
「少し考え事をな。ここだと落ち着いて考えれるんだ。とにかく、俺のほうはもう終わったから立ち去る。武運を、騎士アリス」
「はい。ありがとうございます」
どこまで行っても律儀な返答に、俺は思わず若干の苦笑いを浮かべた。そのまま、大浴場を通って上層で待機するところでベルクーリと行き会った。
「よう。どうだったんだ、エルドリエの様子は」
「ちょっと手ひどくやられた程度だったよ。アリスと鍛えなおしだなー、なんて話をしていたところだ」
「鍛えなおしの時には俺も手を貸すぜ。で、嬢ちゃんは?」
「空中庭園で奴らを迎え撃つ算段だと。実際、金木犀の剣を木の状態にしてたっぷり日に当てていたよ。万全の状態、といって差し支えないだろうな」
「アリスの嬢ちゃんがそこまでやるのか。お前さんの分析を考えれば、全力で叩き潰すというのが最適解ではあるだろうな」
若干驚きの混じった、だが納得の反応。まあそれもそうだろう。だが、俺にとって重要なのはむしろそのあとだ。
「他人事でいいのか、ベルクーリ。仮にアリスが突破されたら、そのあと迎え撃つのはおそらくお前だぞ」
「まあ、その時はその時だ。ゆっくり待つさ」
「そうか。ま、お前ならそうそう後れを取るとは思えんがな。お前の武装完全支配術は、分っているから対策ができる、なんていうものでもないし」
「お前さんにそう言われるとありがたいな」
「それだけ技量を信頼しているということだよ」
「なら、その期待を裏切らないようにしないとな」
そんなことを話しつつ、俺は昇降盤のほうへ向かう。定期的に最高司祭の状態を確認するのが、俺の日課になってきていた。最も、彼女は俺に次いでこの世界で最も長く生きている人間だ。そんな彼女からすれば、たった一日など刹那に等しい。記憶容量の関係もあり、一年の間で起きている時間などごく少数だ。だからこそ、この行為はどちらかというと確認行為に近い。整合騎士も銘々に己の使命を全うし続けるだけで、実質的な指揮権はベルクーリにある。
この世界に長く君臨する支配者、整合教会の最高司祭は、それはそれは美しい女性だ。だが、あくまで美しいのは見た目だけ。中身には、恐ろしいまでの支配欲が渦巻いている。いったいどういう理屈でこれほどまでの支配欲の化身が生まれたのかは知らないが、たどり着いた座が最高司祭、すなわちこの世界の支配者であるというのはある意味必然であるといえよう。人の欲とはかくも恐ろしいものなのか。
最上階に上り詰めたとき、やはりというか最高司祭クィネラ―――いや、いまはアドミニストレータ、だったか―――は眠りについていた。眠り続けるさまはさながら眠り姫といったところか。しかし、この姫が起きて本気の戦闘をしたときは、俺が本気を出してようやく勝てるくらいかもしれない。間違いなく最強格である。それが、支配者の権化のような、それこそ創作物の世界でしかありえないような性格である以上、力で倒すほかない。しかし、俺ではほとんど差し違えるくらいになってしまう。そういう点では、今回のキリトとユージオは渡りに船だった。少し様子を見て、いつも通り変化がないことを確認すると、俺はそのまま昇降盤に戻った。
とりあえずやることがないので、空中庭園に戻る。その前に、風呂の様子を見ると、今からベルクーリが風呂に入るところだった。
「本当に好きだな、風呂」
「当たり前よ。外界を見回った疲れをいやすにはうってつけだからな。いい気分転換にもなる」
「ま、否定はせんがな」
「それに、ここに例の剣士たちが来る可能性が高いんだろう?ならば、こちらもそれ相応の状態で臨まねば、相手にとって無礼だろうよ」
「わからなくはないが、その必要があると本気で思っているのか?相手は反逆者だぞ?」
「それはお前さんの情報が答えだ。相手が強者であるというのであれば、準備を怠る理由はないだろう?」
「ま、それはそうだな」
そんな会話をしていると、轟音がとどろいた。俺たち二人ともが気を取られる。
「今の音、下からか」
「位置的に空中庭園あたりだな。行ってくれ」
「俺でいいのか?」
「逆に俺が行ったとしてやれることは限られる。お前さんのほうが講じれる手段が多いのなら、最善手を打つべきだろうよ」
「わかった」
「あぁ、そうだ。例の剣士、できればここに案内してくれ。ここは広い、決戦にはもってこいだ」
「承知した」
その会話を最後に、俺はカセドラルを駆け降りる。空中庭園にたどり着くと、そこには途方に暮れているユージオだけがいた。
はい、というわけで。
1ミリも話が進んでいない・・・!
自分でも読み返して驚きました。ここまで話が進まないとはさすがに想定していなかったので。
話は進んでいませんが、個人的にはキャラの心情とかをある程度深堀りしたりとか、自分から見たキャラクター像みたいなものをかけたので、まあそこまでって感じです。それってあなたの感想ですよね?っていうツッコミは受け付けます。
字数としてはまあそれなりに行ったのでこれで一話としました。次からはちゃんと話を進めるので今はこれで勘弁してください。
ではまた次回。