ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

123 / 128
83.調停者として

 それからしばらく時は経ち、キリトたちもまた側付きを抱える立場となっていた。側付きとして選ばれたのは、確かアラベルとシュトリーネンだったか。あの2人なら、まだ腐っていない。2人とも師に似て、ちゃんとした子を選んだらしい、というのはすぐに分かった。まだまだ剣技としては未熟だが、そこは前年の三席とキリト、ユージオが特殊すぎる故であろう。この5人と他を比べるのは流石に可哀想だ。だが、キリトの剣はセルルトの流れを汲んではいるものの、どちらかといえば一撃を重んじるもので、ユージオもまた然りだ。全く相容れないというわけではないだろう。その流れは継承されるであろうことはまず間違いない。こちらは朗報だった。

 無論、朗報ばかりとはいかない。主席であるアンティノスとジーゼックは典型的な小物だ。真正面からキリトかユージオと手加減なしで打ち合えば、アンティノスが負けることは明白だ。キリトの剣は殺人剣に近いもので、本気を出すということはすなわち相手を斬り殺す危険が伴うということ。キリトは悪目立ちしたくないということ以上に、その恐ろしさを知っているからこそ実力を見せていないだけだ。だが、当の本人はそれに気が付いていない。そして、貴族という立場を以って平民であるキリトをことあるごとに見下し、侮蔑すらする。俺の目の前でやったときは何度か諫めたのだが、全く聞いていないらしい。どうやらあいつにとって、俺はただの寮監であり、貴族である自分より下であるとみなされているようだ。いつも通り徹底的とも言えるほどに叩いた故、剣技では敵わぬと見られていることは分かるが、それ以上でもそれ以下でもない、というのが2人の認識だろう。となれば、俺やアズリカの言葉には耳を貸すまい。さらに、ジーゼックが指名した側付きは、下等貴族の令嬢であるシェスキ。何もなければいいが、とは思うが、何もないと考えるのは些か楽観が過ぎるだろうとも思っている。かといって、シェスキが何を言ったところで白を切るだろうし、そうなればそれ以上の介入も難しい。祈る他ないというのがただ歯痒かった。

 主席と次席の二人も懸念事項ではあったが、剣術の指南役としてはユージオの稽古も懸念事項ではあった。彼の剣術の才は目を見張るものがある。ともすれば、キリトをも凌駕する才の持ち主であろう。だがそれゆえに、自身の感覚に頼りすぎた剣術になりかねない。ゆえに、彼に必要なのは同格あるいは格上との場数による経験だ。その点はキリトも同様なのだが、キリトはセルルトという極上の師に恵まれた。彼女との鍛錬を振り返り、空想の中で彼女と手合わせをする。それだけでも十二分だといえる。その技術は、間違いなく側付きであるアラベルに継承されるだろう。ゆえに、ユージオとは何度か手合わせを申し込んでいた。相手が断る理由もない、と踏んだうえで、というのは、我ながら少々悪辣が過ぎるとは思うが、間違いなく彼にとっても得るものはある。現に、手合わせをするたびに、まるで若竹が水を吸い背を伸ばすがごとく、彼の剣術は洗練されていった。

 対する主席と次席は、良くも悪くもこの世界の道場剣術通りというか、予想の範疇を全くでない範囲での成長をしていた。技を磨くわけもなく、相手の防御を、己が下民に負けるわけがないという自尊心を上乗せしてたたき切るというものは、確かに格下相手には有効であろう。が、格上相手にはどうあがいても通用しない。もし仮に、リーバンテインが同学年にいたら、間違いなくたたき伏せられる路傍の石となっていよう。俺からすれば、あの二人が主席と次席になれたのは、キリトとユージオが爪を隠しているということのみならず、あの二人以上の身分が同学年にいない、というだけだろうと踏んでいる。

 

 そんな折、俺の耳に気になる話が飛び込んできた。なんでも、ジーゼックが側付きであるシェスキに嫌がらせをしているらしい。シェスキにはアズリカが、ジーゼックと、その同室のアンティノスには俺が聞き込みをした。シェスキのほうからはそれを肯定する発言がいくつか聞き出せたが、それを基にしたジーゼックとアンティノスへの追及ははっきり言って何の成果も得られなかった。しいて言うと、俺の長年の経験から、嘘八百もいいところな白を切っていただけ、というのはわかるのだが、それだけだ。あくまで俺の経験に基づくものであり、きちんとした証拠がないのが痛手だった。そして、それを残す手段もないと来た。近々何か起こる。そんな不穏な直感だけが、その時はあった。

 そんな折、寮監室に訪問者が来た。一応門限はあるが、緊急事態にはそれを破って俺やアズリカに連絡するのは許可されている。

 

「すみません、特等修練士」

 

「シェスキか。どうした?」

 

「申し訳ないですが、緊急なので道すがら事情を説明したいのですが、よろしいですか?」

 

「・・・了解」

 

 嫌な予感がとうとう的中したか。俺の本音はそれだった。すぐに寮監室に鍵をかけ、即座に向かう。道すがら、俺はシェスキから事情を聞くことにした。

 

「で、事情とは?」

 

「私は側付きであるジーゼック上級修練士の側付きですが、最近、夜遅くまで付き合うことが増えてきているのはご存じですか?」

 

「アズリカから聞いている。少々度が過ぎるから、ジーゼックには俺から注意をしたが、相手が聞く耳を持たなかったな。それが関連しているのか?」

 

「はい。それを同室のティーゼとロニエに打ち明けたら、二人とも憤慨して抗議に行くといってきかなくて・・・待ってても戻ってこなくて・・・それをユージオ修練士に打ち明けたら、彼も飛び出して行ってしまって」

 

「つまり、案内しているのはジーゼックとアンティノスの部屋。そうだな?」

 

「はい」

 

「なら、このまままっすぐ自分の部屋へ戻るんだ。明日の朝、顛末を説明する。これは特級修練士としての命令だ。いいな?」

 

「わかりました。すみません、ご迷惑をおかけして」

 

「そのための俺たちだ、気にするな。ほら、わかったら駆け足!」

 

 俺の号令で、シェスキは駆け足で去っていく。行先は見えた。なら、ここからは全速力だ。風素を利用し、先ほどとはくらべものにもならない速度で走る。正直、特級修練士としての命令権は使いたくなかったが、仕方あるまい。俺には超法規的行為を取る人間として、最悪を想定する必要がある。

 

 そうして走ると、当のジーゼックに行き会った。その腕は、半ばから切り落とされていた。

 

「その腕はどうしたんだ、ジーゼック」

 

「と、特級修練士殿!これは、あの下民が!私の腕を切り落として、アンティノス殿の命をも!」

 

「お前のいう下民、というのはキリトとユージオだな?あいつらも理性なき獣ではないのだから、何か事情があるんだろう。話せ」

 

「しかし、これは貴族裁定権の―――」

()()()()()()()()()()

 

 ここ数十年は使っていない、ドスの効いた命令。 当然、ジーゼックになど聞いたことはないだろう。

 

「な、生意気にも私の側付きへの扱いがなっていない、貴族の誇りなどと抜かした下等貴族に懲罰を下したのに憤慨して禁忌目録に違反して私の腕を切り落としたのです!それに、あの黒ずくめの下民はライオス殿を斬り殺したのです!」

 

「その懲罰の内容とは?」

 

「奴らは立場をわきまえず、我らの誇りをけがしたのです―――」

「能書きなどどうでもいい。()()()()()()()()()()()

 

「奴らの純潔を奪ってやったのです!穢された誇りは、相手の純潔を―――」

「わかった。もういい」

 

「しかし、彼女らは―――」

「これより、この世界の調停者が一人として、貴公に裁きを下す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで地の底から絞り出したような俺のセリフに、ジーゼックの顔が青ざめる。どうやらようやく、己がどこかで致命的な間違いをした、ということに気が付いたらしい。

 

「我、ロータスの名を以って、ウンベール・ジーゼックに裁きを下す」

 

 その宣告とともに、俺は右手を上げる。その手には反身の、短剣というには少し大きい程度の剣が握られていた。

 

「貴様の悪行、素行、度し難し。よって、貴様の天命のすべてを以って裁きとする」

 

「――――――え?」

 

 頓狂な声を上げるジーゼックに、俺は迷いなく短剣を振り下ろした。ひと振り目は、致命傷ではあるものの即死はしない程度にとどめる。

 

「なぜです、なぜなのです特等修練士!こんなことをしては禁忌目録に―――!」

「違反などない。宣言したはずだ、この身はこの世界の調停者が一人であると。よもやそれを理解する能力も、人の上に立つ者の矜持とともに腐り果てたか」

 

「それこそ理解できません!私が誇りを失っているなど―――!」

 

「それは誇りとは言わん。勘違いも甚だしい、ただの自尊心だ。して、最期の言葉はそれでいいか?」

 

 首筋に刃を当てる。

 

「ならば最後に教えてください、特等修練士殿。

―――私は、どうあるべきだったのでしょうか」

 

「それを語るには、あまりに時間がなさすぎる。だが、一言でいうのならば、そうさな。

―――彼女らの言葉を、誇りを穢す言葉としてでなく、侮蔑することなく、己の在り方を見直す。それができる生き方をしていれば、少なくとも、これよりはよほどまっとうな最期を迎えられただろうよ」

 

 それだけ言うと、俺は刃を滑らせた。ごとん、と、首の落ちる音がする。その体に向かって、俺は手をかざした。一瞬青白い炎がともり、後にはそこに誰かがいたという痕跡すらもなかったことのようになった。それを確認すると、俺はジーゼックたちの部屋へ歩を進めた。

 

 ジーゼックの部屋は、さながらこの世界のものとは思えないような地獄が広がっていた。そもそも、入ってすぐの部屋には何やら香が焚かれていた。効能はわからないが、どうせろくでもないものなのだろう。寝室には、茫然自失となったシュトリーネンとアラベル。本人の意識があるのかすら定かではない。寝台の敷布には、斬ったものとは別であろう血痕があり、床にはアンティノスが転がっていた。どうやら、先ほどのジーゼックの話はほとんどすべて真実だったらしい。―――真実だと思いたくなかったものまで真実であるあたりが残酷、といったところか。

 俺を呼び止めようとしたユージオを手で止める。二人の令嬢に歩み寄りつつ、俺は二人に背を向けたまま宣言した。

 

「ここから先、俺の為すことに対して箝口令を敷く。これは特級修練士としての命令である」

 

 返答を待たず、俺は二人の前に両手を広げた。さすがにここまで高位の術を使うのは久しぶりだ。心意はあくまで補助として使うほかあるまい。

 

「システムコール。スタートユニットマニュピレーション。ターゲットセット。ユニットネーム、ロニエ・アラベル、アンド、ティーゼ・シュトリーネン。コネクト。コンプリート。スリープン。コンプリート。ユニットインフォメーション・オーバーライド。シンス・シックス・アウア・アゴー。コンプリート。ウェイクアップタイムセット、アフターシックスアワー。コンプリート。マニュピュレーションエンド、ディスコネクト。コンプリート」

 

 しっかりと神聖術を使い切り、一つ息を吐く。ここまで複雑で繊細な術を使ったのは久しぶりだ。対象が二人だけでよかった、と思うべきなのだろう。あの血みどろの剣術大会のような、異常なほど大規模なものだとここまでうまくはいかなかったに違いない。

 振り返ると、ユージオの右目は完全につぶれていた。それが何を意味するのかはすぐに分かった。ジーゼックの言っていたことを信じるのであれば、ジーゼックを斬ったのはユージオだ。その際に、右目の封印を破ったのだろう。

 

「いち人間としては、よくやった、と言いたいところだが、斬殺した事実は残る。ひとまず、二人には牢に入ってもらう。そこで整合教会の裁定を待て。ひとまず、この部屋のある程度の後片付けと、二人を部屋まで送り届けるのを手伝ってほしい。ないとは思うが、変な真似をしたらその場で斬り伏せるからそのつもりで。それと、ユージオ修練士。君の右目はしばらくそのままでいさせてほしい。アズリカに説明するとき、現状維持のほうが都合がいいからな」

 

 二人の首肯を見て、俺は指示を出す。その姿を見つつ、俺は思案せざるを得なかった。

 

(ここで、若人たちをできるだけ正しく導いてきたつもりだった。それがこの体たらくか。選んだものとはいえ、この道は間違っていたのかもしれんな)

 

 間違いなく増えた仕事に思案しながら、俺はそんなことを思った。

 




 はい、というわけで。

 このシーンはマジでどうしようかと悩みました。この前のキリトたちとウンベールたちのくだりにロータス君を介入させる余地も必要もないという判断のもと、相変わらずのダイジェストでお送りしました。

 ロータス君の神聖術に関しては、いずれ明かされることになるのでいずれおいおい、といったところです。剣についてはさらにあとに明かします。まあ、この時点である程度察しのついている人はいると思いますが、数か月ほど我慢していただければ幸いです。

 ティーゼとロニエの事後シーンなのですが、今回はウェブ版にあったとされるレイプされたという状態にしました。正直小説版にしようかとも思いましたが、ここでウンベールとライオスにはご退場願う流れになる以上、思い切ってちょっとやり過ぎなくらいのウェブ版にしたほうが裁定としてやりやすいかな、といった判断です。それにしても事情聴いたうえで即刻死刑、ってのはちょっとばかりやり過ぎかな、と思わなくはないですが。

 さて、この次からはようやくといっていいのか、カセドラルでのお話になってきます。小説版でもそこそこ長いパートですが、割と一方そのころ的な、かなりオリジナル色強いものになっているので、楽しんでいただければ幸いです。

 ではまた次回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。