ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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82.弟子の成長

 この世界で、俺に調停者という役目を与えられたというのは前任者の日記で分かった。どうも俺の前にも俺のような存在がいたらしく、前任が律義に日記をつけていたようなのだ。日記というより、日誌に近いようなものであったが。そこで、前任者の記録から、この世界の真理の一端に触れていた。というのも、どうやらこの世界には法を犯すという概念すらないか、そういった概念を持つと何らかの抑止力が働くらしい。そのせいで、この世界では殺人はおろか、盗みといった小さな犯罪すら起きない。それゆえに、俺は剣術学院の特等修練士として、若い剣士たちを導くことで治安を維持する道を選んだ。日誌にはそう記してあった。俺の剣はどちらかといえば対人戦に向いたもの。対人剣術指南という道はある種俺には向いていると判断したのだろう。

 だが、そのあとの日誌にはままならぬ日々が綴られていた。というのも、この世界の剣技は一撃を重視したもので、当てれば致命傷になりえるが、それはあくまで相手の動きや心理を読み、必殺の一撃を見舞う必要があるので上級者向けの剣技だ。俺は“斬撃を置く”などと表現するが、それは相手の動きを読んで、その動く先に置くように斬撃を放つというもので、一朝一夕に行えるものではない。少なくとも剣術学院で教えるような剣術ではないことは確かだろう。だが、この世界の剣術がそれに基づくものである以上、それに則るしかないとも結論付けていた。

 だからこそ、セルルトの剣には驚きを隠せなかった。確かに基盤となっているのは、この世界の基準の剣術である一撃を重んじるもの。だが、それを実戦的に昇華させるため、様々な方法をとっている。読み、重さより鋭さを求めた一撃、鞭などの搦手。どれをとっても、この世界では異質とも言えるほどの戦闘技術。それが原因で家の地位を落とすことになった、とは後に本人から聞いた。それでこそ泰平の世というものであろう。だが、だからこそ、その灯火を消してはならぬと決心した。俺はその思いに従い、彼女を側付きにした。目的はただ一つ、彼女の剣を守るため。ノルキア流のやり方では、彼女の剣があらぬ方へ歪んでしまうのではないか。俺が最も恐れたのはそこだった。

 

 最初はセルルトも訝しんでいた。実際に、面と向かって尋ねられたこともあった。

 

「特等修練士、質問があります」

 

「ん、どうした?」

 

「なぜ、私を側付きにしたのです。成績ならリーバンテインの方が上でしょう。リーバンテインならともかく、なぜ私なのですか」

 

「うーん、上手く説明するのは難しいが、そうさな。

 一言で言えば、俺から一本を取れる可能性の高い剣が、お前の剣だと感じた。そんなところか」

 

「ますますわかりませんよ。それならば余計リーバンテインではないのですか?」

 

「はっきりと断言しよう。並の相手ならともかく、俺やアズリカ相手なら、その回答は明らかに否だ。お前の剣にはそれだけの可能性がある。リーバンテインごとき、成長したお前の敵ではなくなるだろうよ。それにもかかわらず、こんなところで腐る可能性があるのであれば、それを可能な限り排するのが俺たちの役目だ。現状、この学院でお前の剣を伸ばすことができるのは、俺とアズリカを置いて他にいないだろうよ。そして、俺とアズリカなら、俺の方がより適任だった、それだけの話だ」

 

「それだけの価値が私の剣に?」

 

「当然だ。無価値なものに目をかけるほど暇ではない。自信を持て、セルルト。お前の剣は、技術は、そういう価値のあるものだ」

 

「・・・はい!」

 

 思えばあの日からだ、セルルトの目の色が変わったのは。何としてでもリーバンテインを打ち倒す。そのためだけに、彼女は剣技の鋭さを磨いた。リーバンテインの剣を見切ることに注力した。幾たびも失敗して、研究して、自身の牙を磨いた。強きものをいつか打ち倒さんと、己の牙の鋭さを知らしめん、と。それは、定期的に稽古をつけていた俺が、おそらく最も知っている。事実、次席という位置にいるとは思えないほど、セルルトの剣は鋭くなっていった。

 そうして、俺の最後の稽古の日。セルルトは自身の集大成の剣を見せた。その剣の冴えは凄まじく、長年の研鑽を積んだ俺ですら驚いたものだ。実戦でこの剣技が冴え渡るのであれば、敵の首のひとつふたつ持ってきても何も不思議ではない。秘奥義を禁止した試合であれば、間違いなく1番強いのはセルルトだと確信を持って言い切れる。それだけの強さが彼女にはあった。無論、いくらセルルトが強くなったと言っても、俺から一本取れるほどではない。最後も一本を取ったのは俺の方だった。

 

「やはり強いですね」

 

「当たり前だ。流石にまだ負けられんよ」

 

 最後の稽古でも、最後の最後までセルルトは俺から一本取らんと挑んできた。口調だけならば余裕があるように思える人もいるだろうが、まったくもってそんなことはない。最後のほうは本気を出して叩き潰しにかかろうかと思ったほどだ。さすがに大人げ無いと思って踏みとどまったが、それほどの実力であるということに他ならない。そもそも、今の俺にそう思わしめる相手自体がそうそういないのだ。

 

「だが、お前は十分強くなった。リーバンテインにすら、俺にここまでさせないだろうさ」

 

「ですが、私はまだリーバンテインには勝てていません」

 

「それはただ単純に相性の問題だろうさ。だが、入学当初の、僅かだが確実に及ばないといった感触はない。十分勝ち目はある。あとは、お前がお前を信じて、その剣を磨けば十分勝てる」

 

「あなたがそういうのであれば」

 

「俺を信じるんじゃない、お前がお前自身を信じて技を磨くんだ。お前のその技が、お前自身を高みへ上り詰めさせるだろう。だから、お前は自身とその技を磨き続けろ。俺から言うことはこれ以上ない。それだけで十分だ」

 

「剣技の磨き方が分からなくなったときは、また聞きに行ってもいいですか?」

 

「無論だ。だが、俺はそんな日は来ないと思っている。励めよ、セルルト。そして忘れるな。お前は、俺が見込んだ剣士だ。それだけの才を、こんなところで腐らせるのはあまりにも惜しい。圧をかけるようになってしまうが、お前ならやれると信じている」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 しっかりと騎士礼をしてから去るセルルトの背を、俺はただ見送った。その凛とした背は、いまだに、鮮明に覚えている。その背に感じた俺の期待は、想像を超える形で乗り越えつつある。

 最高の幸運は側付きにキリトを迎えることであろう。リーバンテインの剣は、淀みのない、あっぱれ見事、と言える一撃を誇るが、それゆえに側付きを不要とした。これについて俺は、おそらく他人の剣を混ぜるのを嫌い、己で己自信を高める道を選んだのだと踏んでいる。実際、あいつの剣はそういう剣だ。下手に他の知見を取り入れるとかえって鈍る、というのは簡単に予想できた。対して、セルルトは側付きにキリトを指名し、他人の剣を取り込み高める道を選んだ。さらに、三席のバルトーもユージオを指名したのは、俺の中でうれしい誤算以外の何物でもなかった。セルルトだけでなく、その屈強な肉体に信を置くバルトーが、キリト同様、先入観にとらわれない戦術知識を持つユージオを側付きに指名した、ということは、力だけでなく技も重要であると認識した、と考えている。実際、以前のバルトーの剣は、こういってはなんだが力押しといった印象が強かった。が、ユージオを側付きとして剣を交えるようになってから、バルトーの剣には、剛健の中に技巧が混じるようになった。この二人のおかげで、首席争いはおろか、三席争いまでもが他を寄せ付けないほどの激しい争いになっている。もしキリトやユージオの剣筋がもっと末代まで引き継がれていくのであれば、それはこの学院生の練度を飛躍的に高めることになるだろう。少なくとも俺はそう確信している。

 

「物思いに耽るのは構いませんが、もう4分手が止まっていますよ」

 

「あぁ、すまない。片付ける」

 

「全く、リーバンテインのやり方もですが、あなたが認めたというのも驚きですよ」

 

「まあな。本来は止めるべきだろうし。でも、それ以上に見てみたかったんだ」

 

「それは、どちらの剣を?」

 

「剣というか、対決そのものを、だな。普通じゃありえない取り合わせなのは間違い無いだろう?今後一度としてあるかわからない取り合わせだ。どうなるか見てみたかったんだ。安心しろ、最悪にはなりゃしない。俺がいた以上、な」

 

「そこは安心しています。あなたの腕は確かですから」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃあないの」

 

「客観的な事実です。あなたを上回る使い手などそうそういない。私ですらあなたには届かないでしょう」

 

「その年で心意を習得しておいてよく言うよ」

 

「息をするように心意を使いこなすあなたに言われても嫌味にしか聞こえませんよ」

 

「本気でほめてるんだよ。お前さんとは生きてる時間が違うんだから。もしそのままの速度で成長を続けて、俺と同じ年まで来たら、間違いなく最強の称号はお前のものになるだろうよ」

 

()()のことを考慮しても、ですか?」

 

「無論」

 

「ならば精進します」

 

「おう、励め励め」

 

 雑談しつつも手は止めない。いつも通りの夜だった。

 

 

 

 変わらぬ日々を過ごしているうちに、卒業検定の日となった。卒業検定の試合は、いわゆる勝ち抜きで予選が行われ、成績優秀者による勝ち抜き戦が行われる形態で行われる。決勝は想像した通りの対戦となった。すなわち、セルルトとリーバンテインだ。俺は立ち合いの審判として、監査としてアズリカが受け持つ形で、最後の大一番となった。

 立ち合いの開始位置に両者が付く。それを確認してから、俺は片手をあげて宣言をした。

 

「それでは、はじめ!」

 

 まず動いたのはリーバンテインだった。ゆっくりと、自身の剣を上段に構える。間違いない、天山烈波だ。幾度となく彼の敵を叩き斬った、彼の必殺。それに対し、セルルトは脇構え。こちらも俺が幾度となく見てきた、セルルト流の秘奥義、“輪渦(リンカ)”。秘奥義同士の撃ち合い、それに、どちらも最高精度の一級品。こういう結末になることは想像できてはいた。が、これほど即座に撃ち合いになるとは想定していなかった。

 まず動いたのはリーバンテイン。その剛剣を以て、セルルトを叩き斬らんと迫る。その剛剣に対しまったく怯まず、セルルトは絶妙とすら言えるタイミングで輪渦を繰り出した。的確にとらえた攻撃は、それによって完全に相殺され、鍔迫り合いとなった。その瞬間、セルルトから弾かれるようにリーバンテインが間合いを取った。いや、実際、セルルトが弾いたのだ。彼女の剣術であるセルルト流は、柔よく剛を制す、という言葉通りのものだが、数少ない剛の技。確か、止水、といったか。しかし、超至近距離で、全身の筋肉を使って相手を弾く止水は、使った直後に一瞬だけ隙が生まれる。リーバンテインもそこは承知しているはずだ。しかし、リーバンテインが反撃することはなかった。

 カァン、と、静かな闘技場に、乾いた金属の落ちる音がした。直後、セルルトが剣をリーバンテインの喉元に突き付けた。

 

「そこまで!勝者、ソルティリーナ・セルルト!」

 

 迷いなく宣言する。その言葉に、会場に詰め掛けた学生たちから歓声が上がる。その声を背に、セルルトは剣をおさめ、たまたま傍に落ちた剣を拾ってリーバンテインに返した。剣を受け取り鞘に収めると、リーバンテインは笑みを浮かべて握手を求めた。それに対し、セルルトも微笑みと握手で応えた。その様に、俺の宣言で沸き上がった歓声がさらに高まった。

 

「二人とも、見事な立ち合いであった。して、リーバンテイン。いきなり勝負に出たな?」

 

「真っ向から秘奥義なしで打ち合って勝てる相手ではありません。彼女の剣はそう簡単に崩せるものではない。であれば、初手で叩き伏せる他ない、と判断したのですが・・・いやはや見事に止められました」

 

「剣は一番切れるところがある。裏を返せば、そこを外して強打すれば、力の差があれど押し返せると踏んだんだ。押しきれずに相殺止まりになってしまったのは思わぬ誤算であったがな」

 

「で、一瞬動きが止まった瞬間に、止水に切り替えた。一瞬のけぞった瞬間を見逃さず、瞬時に鞭を抜きざま一閃、リーバンテインの剣を弾き飛ばした。そうだな?」

 

 俺の言葉に、セルルトが頷く。なるほど驚くべき早業だ。

 

「止められるか、剣を弾くことができるだろうと見込んでいましたが、万が一できなかった場合の策がうまくいってよかったです」

 

「とはいえど、剣の幅なんてせいぜい言って十数センといったところだろう。的確に鞭を当てたのは(けい)の技量あってのものだ。主席の座にふさわしいものであると思う」

 

「そう言ってもらえてうれしいよ、リーバンテイン」

 

「だが、その剣筋、覚えたぞ。次は私が勝つ」

 

「何を言うか。次も私が勝つ」

 

 そんな若い二人のやりとりに、はたから見ていてほほえましさとうれしさが混ざった感情を抱いた。これほどまでの人材を送り出せることが、どこか誇らしく思えた瞬間であった。

 




はい、というわけで。

今回は回想パートと、原作だと描かれていなかった二人の立ち合いでした。

一撃で叩き斬るのが王道である世界において、異質とも言えるセルルト流。それに魅力を感じ、弟子入りさせたロータス君。実は彼女、彼と立ち合い、教え込まれたことで、原作より強化されている、なんて裏設定があったりします。無論、彼が教え込んだ技術は、つまるところ殺しの技術で、泰平の世には不要なもの。それをリーナ先輩もわかっているため、彼女自身本気になることも少ない、というわけですね。

そんな彼女のおそらく唯一の立ち合いの結果は、まあ、原作通りということで。
剣の一番切れるところ、というのは、日本刀でいう物打ちってやつですね。球技をやっていた人ならば、スイートスポットと言った方が分かりやすいでしょうか。ここに当てると一番力をかけることができますよ、という箇所です。そこだといい感じに手元の力とか刀の重心とかがかかってるので、きれいにスパっと切れるわけです。あえてその位置をずらして打ち合うことで、真っ向勝負したら力負けするところを拮抗するくらいまで押し返してしまったわけです。で、動きが止まった瞬間に技を切り替えて弾き飛ばして、リーチの長い鞭を一閃した、と。さらっとやってますが、かなり難しいことしているなぁと思います。

さて、次からいよいよ物語は佳境に入っていきます。キッチリかけるか不安ですがお待ちいただければ。

ではまた次回。

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