ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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アンダーワールド編、始まります。


81.剣術学院

 今日と変わらぬ明日。明日と変わらぬ明後日。それを守るため、俺はいまこうしている。それが数百年と続き、何代目かの俺にその役目を引き継ぐ。それが延々と続き、最後の過負荷実験を潜り抜けさせる。それが俺の役目である以上、それを全うするだけだ。いかにこの世界がゆがんでいようと、この世界が終わるその瞬間まで、俺のできる範囲で秩序を維持する。それが俺の存在意義だ。それが、おそらくいつまでも続くと思っていた。

 

「キリト初等練士、ただいま帰着いたしました!」

 

「・・・刻限から38分ほど遅れているようですが」

 

「指導役・セルルト上級修剣士より、指導時間の延長を指示されましたので」

 

 それも、この少年―――キリトとユージオが入ってくるまでは、の話だが。それに対し、寮監であるアズリカがため息交じりに答える。

 

「それならば仕方ない、のですがね。その言葉を門限破りの免罪符だと思っているのではないか、という疑いを、私はついぞ晴らすことができませんでしたよ」

 

「まあまあ、その辺にしておきなさんな。セルルトとしても、自分に合って、なおかつ骨のある稽古相手なんてそうそういたもんじゃないから、少しでも多く立ち会っておきたいんだろうよ」

 

「・・・そういうことにしておきます。あと17分で食事の時間ですから、遅れないように。いいですね」

 

「はい!」

 

 そういって、キリトは俺たちに軽く一礼して小走りで去っていく。その背中を目で追いかけながら、俺はアズリカに話しかけた。

 

「セルルトの剣筋を見てきた俺だからわかる。あいつの剣を相手するのであれば、生半可な相手では意味がない。より上を目指す稽古相手とすれば、あいつと同じ流派か、俺か、あとはキリトかユージオくらいしかいないだろうよ」

 

「あなたがそういうのならばそうなのでしょうが、ついぞ理由を聞いたことがありませんね?」

 

「凡夫には言っても分らんだろうが、アズリカになら通じるか。一言で言ってしまえば、“実戦向きか否か”、だ。大技を当てるというのは確かに見栄えがいいが、当たらなければどうということはないわけだ。ならば、小技で攻めていった方が実際の戦いだと生きる。大技を繰り出すのはどちらかというと剣舞のほうが映える。セルルトの剣術はより実戦向きの、鋭い太刀筋で攻めるもの。ならば、己の剣を高めるのには、リーバンテインのような正統派の剣術ではなく、キリトやユージオのような、良くも悪くも邪道で実戦向きな剣術のほうがいいだろうよ」

 

「分かるようで分かりませんね。私ですらそうなのですから、あなたの言う通り、凡夫では言ったところで通じないでしょうね」

 

「だろ?」

 

 軽く笑う。セルルトは、現在のキリトの指導役で、かつて俺の弟子にもなっていた女剣士だ。この世界の正統派剣術は、アバンラシュ―――この世界で言う天山烈波(てんざんれっぱ)を代表とする、大技の一撃で仕留める剣術だ。対して、セルルトの剣術は、どちらかというと俺に近い、鋭い技の一撃を重ねて相手を仕留める剣術だ。だからこそ、俺は当時初等練士であった彼女を側付きにして指導した。弟子にした、とはそういうことだ。

 

「それはそれとして。明日だったよな、あいつの剣が出来上がるの」

 

「ああ、そういえばそうでしたね。生半可な剣じゃなければいいのですが」

 

「あいつの剣だ、よほどのなまくらじゃない限りはそこらの剣士と対等に渡り合うだろうよ。それだけの力がある」

 

「あなたは随分とキリトを買っているのですね?」

 

「それもそうさね。セルルトのためを思って指名しなかったが、もしセルルトが側付きに任命していなければ間違いなく俺がしている。ま、あれの目がそこまで節穴だとは思っていないがね」

 

「それについては同感です。私は今でも、あの剣術大会のことを覚えていますよ」

 

 そういって遠い目をするアズリカの脳裏には、いまだにあの剣術大会―――キリトたちの入学を決めた試合が焼き付いているのだろう。かくいう俺もそのうちの一人だ。型の最短時間を設定していなかったことを逆手に取った素早い型の披露に、相手の奥義を真っ向から叩き伏せた試合。どれもなかなかお目にかかれないものだった。あれほど記憶に残っている剣術大会は、100年以上前に俺が“血みどろ”とすら記録した一件以来かもしれない。

 

「そういえば、どんな剣かとは聞いてないな」

 

「なんでも、木の枝を削って作った剣、だとか」

 

「木の枝・・・まさかあの木か?」

 

「ええ、あの木です」

 

「・・・どうやって取ってきたんだそんなの」

 

「切り倒した木からとったとか。ほら、ユージオ初等練士の持ってきた剣で」

 

「あー・・・確かにあれなら切り落とせるな」

 

 キリトの相棒であるユージオが持っていた剣、銘は青薔薇の剣、だったか。どこから持ってきたのかは知らないが、あれは神器に相当する超強力な剣だ。あれを使えば、切れないものなどあんまりないだろう。

 

「と、なると素材自体がたんまりと神聖力を蓄えていて、なおかつそれを、削り出しと言う形で出来るだけ損失なしで作るわけか。はてさてどんな怪物が出来上がることやら」

 

「間違いなく言えるのは、この学園でその剣を振えるのは、私たちを除けばおそらく2人しかいない、ということですね」

 

「間違いない」

 

 そうしてくつくつと笑う。全く、明日が楽しみだ。

 

 

 

 その翌日、俺とアズリカが寮関係の仕事をしていると、キリトが寮監室に入ってきた。

 

「失礼します」

 

「なんとなく想像はできますが、一応用件を聞きましょう、キリト初等練士」

 

「私物の剣の持ち込み許可をいただきにまいりました」

 

 それに答え、俺が手元にある用紙と筆記具を渡した。

 

「ほい、こいつに必要事項を書きな。後で提出でもいいけど、簡単だからここで書いていきな」

 

 そういわれ、キリトは近くの机を使って書き出す。途中でステイシアの窓を開いてプライオリティを確認し、すべて書き上げると俺に返した。その書類を見て、俺は内心で驚いた。

 

「よし、これで許可は問題ない。一応言っておくが、剣の使用を認めるのは個人的な稽古のみだ。実戦や模擬戦で使用することを特例として許可する場合もあるが、それには立ち合い相手と見届け人、そして俺かアズリカの許可が必要だ。普段の稽古とかは許可を求めても許しを与えないつもりだからそのつもりで。いいな?」

 

「はい」

 

「それはそれとして、俺からの助言だ。その剣、できるだけ帯剣するなどして触れておくこと。毎日触ってやれ。手入れでも素振りでもいいから、とにかく毎日、できるだけ長く、丁寧に。もしお前がそれを怠らなかったら、お前とユージオ修練士が卒業するとき、その意味を教えよう」

 

「分かりました」

 

「俺からはそれだけだ。下がっていいぞ」

 

 それだけ言うと、キリトは騎士礼をして部屋を後にした。そのあと、アズリカが俺に向かって疑問の目を向けた。

 

「それだけの剣だってことだよ。ほい」

 

 そういって俺はアズリカに、キリトの剣の許可証を渡した。一通り目にした瞬間に、アズリカの表情が驚愕に変わる。

 

「プライオリティ46なんて数値は整合騎士たちの神器に匹敵する。それすなわち、同じ域まで達する可能性があるということだ」

 

「成長した彼らが脅威になる可能性は?」

 

「否定はせん。が、それは決して悪いものでもない。戦力には変わりないし、凝り固まった秩序を一度壊すことを彼らが選択するというのであれば、方向によってはそれもやぶさかではないというものだ」

 

「あなたらしくない発言ですね」

 

「我ながらそう思うよ。だがね、流石に最高司祭殿の天下が長すぎる。いい加減謀反の一つや二つ、起きてもおかしくないというものだ」

 

「もう・・・数百年にもなるのでしたね。確かにありうる話ではあります。が、あなたはそれでよいのですか?」

 

「俺の立場を鑑みるのであればよくないだろう。なにせ、謀反を起こそう、なんて戦力を育てていることになるわけだしな。だがもしも彼らがそれを望むというのであれば、一考の余地はある、というだけさね」

 

 俺の言葉に、アズリカは驚き続きだったようだ。それもそうだろう。

 

「まあ、こんなことを、他ならぬ俺が言っていいのか、というのは、確かに否定はせんがね」

 

「それはそうですね。ですが、真意は理解しました」

 

「とりあえずはそれでいいよ」

 

 アズリカが理解のいい相手で助かった。これで説明が延々とループしたらと少し不安ではあったのだ。

 

 

 と、そんなことを話していてから少し後。

 

「で、いきなり何してんだお前は」

 

「いやー、ほら、剣が届いたばかりだと振りたくなるじゃないですか」

 

「気持ちはわからんではないがな」

 

 なんと自分の剣を持ってから数刻と経たないうちにいきなり騒動の種を作ったらしい。その相手が主席のリーバンテインで、譲歩の条件がキリトの新しい剣を使った上での決闘、とのことだった。そして、その許可を貰いに、二人で寮監室に来たとのことだった。

 

「で、リーバンテイン。どうするつもりだ?」

 

「いつも通り、ではいけないのですか?」

 

「推奨はできんぞ。立ち合いの取り決めは当人間の合意によってのみ定められるから、外野が口を出すことでもないが」

 

「え、っと・・・?」

 

「私は個人的な試合では寸止めはしないことにしている。太刀筋が鈍るからな。が、これは特級修練士殿が仰るように、当人間での合意によってのみ定められる、と禁忌目録にもある。どうするかはキリト修練士、君にゆだねよう」

 

「方法はお任せします。俺は懲罰を受ける立場ですから」

 

「そういうことなら俺が立ち会う。俺なら応急処置の神聖術も使えるしな。ただし、行き過ぎたら止めるから、そのつもりで」

 

「わかりました」

 

 そういうと、俺たち三人は決闘の舞台である大修練場へと向かった。

 

 

 大修練場に行くと、セルルトとユージオがいた。何かキリトと話していた。大方、セルルトが何かしらの助言を与えていたのだろう。リーバンテインの剣をもっとも研究していた剣士の一人であるセルルトの言葉、果たしてキリトにはどう届いたか。それを考えていると、キリトがリーバンテインに向きかえった。

 

「二人とも、準備はいいな」

 

 双方の同意を確認する。それをみて、俺は手を挙げた。

 

「それでは、はじめ!」

 

 俺の号令で、リーバンテインが剣を掲げる。一発目からノルキア流の秘奥義、天山烈波(てんざんれっぱ)で決めに来た。それに対するキリトはどうするか。

 

(あいつの剣はそうそう簡単には止められない。あいつの得意とするヴォーパル・ストライクならあるいは。あの剣ならおそらく発動可能だが、気づいては・・・いないだろうな)

 

 この世界の秘奥義、つまるところソードスキルは、ある程度剣の優先度の高さで決まる。つまり、訓練用の剣程度の優先度では、こういってはあれだがシケた秘奥義しか発動できない。となると、キリトの最大打点で撃ち合うしかない。キリトほどの剣士ならば、普通ならば互角か、ともすれば上回るだろう。だが、それはあくまで()()()()のお話。

 両者構えが定まり、リーバンテインをキリトが迎え撃つ格好。キリトが選択したのはおそらくバーチカル・スクエアだが、あいつの天山烈波相手だといささか火力不足感が否めない。が、相手の一撃を、キリトは二撃を以てある程度相殺した、三撃目で完全に鍔迫り合いになった。一瞬の拮抗、だがそれはすぐリーバンテイン側に向く。リーバンテインの持つ心意、剣術指南の跡取りとしての覚悟が、その力を増幅した結果だ。キリトの剣に秘奥義の発動中止警告である光の明滅が発生した。その刹那、キリトの剣が間違いなく伸びた。比喩でも何でもない、剣がひとりでに大きくなったのだ。一回り大きくなった剣を、キリトが両手持ちし、何とか押し返さんとする。が、その二人の心意に耐え兼ね、二つの剣の接点で何かがはじけ、二人とも後ろに下がる。最後の四撃目は、間合いが離れた分だけリーバンテインをかすめるにとどめた。

 

「そこまで!」

 

 俺の号令でリーバンテインがまず体勢を通常のものに直し、一言告げる。

 

「これ以上は本格的に殺し合いになる。さっきも言ったがそこまでいったら庇えんぞ」

 

「それがあなたの裁定ならば。

 これにてキリト練士の懲罰は終了する。ゆめ、今後は誰かに泥を跳ね飛ばすことはしないことだ」

 

 そういって、リーバンテインは先ほどの闘気が嘘のように引っ込んだ。目配せしてセルルトにキリトの手助けを頼もうかと思ったが、すでにキリトのもとに駆け寄っているところを見るに不要な心配のようだ。それを見てから、俺はリーバンテインの背に声をかける。

 

「リーバンテイン、話がある。場所を変えよう」

 

「いえ、ここで結構です。要件も大体見当がつきます」

 

「そうか。ならここで済ませよう。

 で、キリト修練士と立ち会いたいと思ったのはなぜだ?」

 

「それこそ、あなたなら見当がついているのでは?私と真っ向から立ち合い、私の天山烈波を真正面から打ち砕いたあなたなら」

 

「見当がつかないから聞いている。それと、あれはいつもやっていることだ。主席の鼻っ柱をへし折ってしまえば、力関係が定まるからな。特級修練士が誰をも認める強さを持っている、という事実こそが秩序を守る一助となる。それゆえに、俺は主席であるお前、リーバンテインを打ち倒す必要があった」

 

「私がアズリカ姉さんに頭が上がらないように、それを全生徒に対して行っているわけですか」

 

「そういうことだ。こういうのはできるだけ単純な方が効果を発揮しやすいからな」

 

「なるほど、そちらは理解しました。

 それで、キリト修練士と立ち会いたかった理由、ですよね。それは簡単です。あなたが認めたセルルトが見初めた剣筋というのをずっと見てみたかった、それだけですよ」

 

「本当にそれだけか?」

 

「本当にそれだけです。それに、歩く戦術総覧とすら謳われるセルルト流の直系が見初めた相手が、まともにやればあの程度の末席にとどまるとは思えない。ということは、なにかしらの理由でまともに打ち合っていない。単純に目立ちたくないから手を抜いているのか、自身の剣や出自によるものか、どちらかを判断するのは難しいですからね」

 

「それなら、上級修練士として、普通に立ち合いをすればよかったではないか」

 

「それではいけないのです。それだけでは、結局彼は爪を隠すでしょう。それなら、もっと強力に、確実に、彼が全力を出さざるを得ない舞台に引きずり出す必要があった。聞けば、キリト修練士は今日愛剣が届くとのこと。ならば、その剣を一度素振りしてみたい、というのは剣士の性でしょう。ならばその素振りをしている際、泥が飛び散るくらいのことは十二分にありうるでしょう。素振りをできるような場所は限られますしね。それならば、その近くを通りがかり、なんらかしかの懲罰として愛剣を用いた立ち合いを命ずればいい。そのような場を設ければ、彼も本気を出さざるを得ないはず。もし万が一手を抜いていると判断すれば、もう一度立ち合いを命じるつもりでした」

 

「なるほどな、そういうことだったか。それにしても、お前はセルルトを随分と買っているのだな」

 

「当然です。ずっと私に次ぐ次席ですし、彼女の知識は侮れない。情報がないと死ぬのが立ち合いであり戦場というもの。私を倒せるとしたら彼女をおいて他にいないでしょう」

 

「なるほど。卒業検定、楽しみにしているぞ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 それだけ言って、その場は解散となった。俺は変える道すがら、セルルトを側付きとして日を思い返していた。

 

 




はい、というわけで。

前のあとがきでも述べた通り、今回からアンダーワールドです。

ちょっと個人的なこだわりになってしまって恐縮なのですが、アンダーワールド編ではできるだけ外来語を使わないようにしているつもりです。それなので、全体的にカタカナがかなり少ない構成となっています。原作でも外来語になっているところや固有名詞なんかはカタカナ語にしていますが、それ以外は極力使わないようにしています。従いまして、若干わかりづらい表現がある可能性が高いことをご了承ください。

剣術学院のあたりからスタートの理由は、ただ単にそれ以前の話にロータス君が全くと言っていいほど必要ないからです。しいていうと、アリスが整合騎士になるあたりのくだりだと必要かもしれませんが、正直自分にはいたいけな少女の調教記みたいな状態のものを書く気がどうしても起きませんでした。そういう系、見るのはともかく、自分が書くとなると極端にエグいものが出来上がるか、極端に薄味のものが出来上がるかだと思いますし、それならいっそカットという判断で。

原作以上にアズリカさんにフォーカスが当たっていますが、それは勘違いではありません。この作品において、アズリカさんは一応キーパーソンに近い役割を果たす予定なので、今のうちにフォーカス当てておいた方がいいという判断です。一応寮監同士ですから立場も近いですしね。

さて、次の話は回想パートから始まります。またしても原作だとカットされていたシーンを描きましたが、書いてから「あれ、そういえばここアニメで書かれたんだっけ」と不安になっております。食い違っていても二次創作ということでここはひとつ。

ではまた次回。

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