ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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80.調停者と異分子

「あーあー、マイクテスト。聞こえるっスか?」

 

『あぁ、良好だ。こっちの声も問題ないか?』

 

「問題ないっスよ」

 

『てことはこれはサンプリングが終わった、ってことだな?』

 

「ご明察、っス」

 

『つまり、俺がいるのはあくまでデータ世界であり、俺自身は俺自身の複製体である、と』

 

 その反応に、虹架、結城、神代博士の三人は驚愕をあらわにした。七色が驚かないのは、おそらく一度見た後なのだろう。

 

「その通りっス」

 

『あんたの声に聞き覚えはないが、おおかたラースのスタッフってとこか。いや、オペレーターというべきか。菊岡か七色博士は?』

 

「たまたまどっちもいますけど、どっちに代わります?」

 

『なら菊岡で』

 

 俺の複製体の指名に、菊岡がマイクに向き直り、口を開いた。

 

「天川くん、僕だ、菊岡だ」

 

『菊、悪いことは言わんから、これやめたほうがいいぜ?覚醒したときに、目は開けてるはずなのに真っ暗だし、布の感じとか一切ないから何も感じないし、においの情報もなくて直接脳内に話しかけられてる感じだ。はっきりいって気味が悪いことこの上ない』

 

「それはすまないね。今後の検討材料に加えておくよ」

 

『ああ、頼むぜ。このままじゃ、きっとこの後に覚醒するやつもパニクるだろうよ。最悪、自我の崩壊、だっけ?この場合は複製体の崩壊か。そういうの引き起こしかねん』

 

「実をいうと、ほかの複製体の成功率は著しく低いんだ」

 

『言わんこっちゃねえ。まあ、難しいだろうけどな。で?これはあくまで問題ないかのテスト、って認識で合ってるんだよな?』

 

「ああ、その通りだ。こちらとしても、せっかく採取したデータが死んでた、なんてことは避けたいからね」

 

『OK、わかった。ならこっちから伝えることを簡潔にまとめる。俺は俺の複製体であり、オリジナルが別にいることを認識している。で、さっきも言った通り、この空間は五感が死んでる。聴覚は微妙なところだが、これはあくまで脳内に直接語りかけている状態だろうから、五感がどうなってるのかは把握できない。記憶とかは多分大丈夫、少なくとも簡単なクイズくらいは楽勝だと思う。アバターについては・・・うん、真っ暗すぎてアバターの有無や動かせるか否かもわからん。これでいいか?』

 

「ああ、問題ない。では沈静化するよ」

 

『了解した。お疲れ様』

 

「ああ。お疲れ」

 

 それだけ言うと、通信は切れた。それを確認して、比嘉が告げる。

 

「フラクトライト損傷率、10%未満です」

 

「うん、今回もほぼ予定調和でなによりだ」

 

「・・・どういうことだ?知性を持ったフラクトライトの複製は不可能じゃなかったのか?」

 

 思わず聞かざるを得なかった。だが、菊岡はその疑問も当然、といった様子で答えた。

 

「ああ。なにせ、複製が成功したのは君の一例だけだったからね。君が覚えていないのも当然だよ。こんなことをしていると知ったら、君は納得してくれるだろう。現に、その時の君は納得してくれたよ。そして、その時の君には結局、今の説明を一通りすることになった。この辺りまでは十分僕の想定に入っていたから、フラクトライトの記憶封印措置を行っている。なにせ機密ラインを超えた話をしっかりする必要があったからね。この辺も、情報漏洩のリスクを鑑みて了承を貰っている」

 

「まあ、俺としてはその前のテスター依頼の段階から疑ってたけどな。ただの新世代VRマシン開発で、表向きは民間なのに、わざわざ役人、しかも官僚が出張ってくるなんて只事じゃあない。となれば、VRマシンを利用した、新たな利用用途の開発が含まれる可能性が高い、ってところまでは読めていたからな。

 話を戻そう。とどのつまり、俺のフラクトライト複製体を、いわば代理人としてダイブさせることで、社会秩序を保たさせているわけだ。ルーラー、って呼称を見ると、さしずめ“裁定者”ってところか」

 

「その通り。この実験の目的を達成するために、秩序が必要であることを理解するであろうことは予測がついた。予想通り、君の複製体の複製体を作ることと、裁定者、調停者としてダイブしてもらう、ということも了承済みだ」

 

「話をまとめよう。まず、新生児のフラクトライトをいくつか複製して、そのデータをもとにソウル・アーキタイプを生成。ソウル・アーキタイプによって誕生した新生児を、ラースのスタッフをダイブさせることで育成。ある程度育成させたところで、ラースのスタッフはログアウト。育児と同時並行か、育児が終わった段階で、唯一複製に成功していた俺の複製体を調停者として送り込み、社会秩序の維持を行う。その社会秩序の元、急激な時間加速によって、人口フラクトライトたちの社会を形成した。こんなところか」

 

「ああ、そういうことだ。だが、ここで問題が発生していることに気が付いたんだ。それも、かなり深刻な、ね」

 

「そんな問題が発生しているようには見えないけど」

 

「厳密には、問題が一切発生していないことが問題なんだよ。この世界では、殺人というものは起きない。大きな争いも発生しないんだ。そこで調べてみると、公理教会という、あの世界―――アンダーワールドにおける政府が敷いた法律である禁忌目録に、確かに殺人を禁止する項目もあったよ。その法を調べたところ、アンダーワールドの世界の住民は法を遵守するということが分かったんだ。遵守しすぎている、と言った方が適切なほどにね」

 

「まさにユートピアじゃない。結構なことじゃないの?」

 

「いいや、この上なく深刻な大問題だろう。忘れたか?この実験の目的は軍事利用だ。となれば、規律を遵守するというのは重要だろうが、それ以上に人を殺せないんじゃ役立たずもいいところだ。違うか?」

 

「でも、話を聞く限り、これは明らかに新しい人工知能の精製を目的としたものよね?軍事利用には結びつかないと思うのだけれど」

 

「それについてはなんとなく想像がつくぜ。大方、最悪IFFが作動しない、あるいはそもそも無い乱戦でも運用できる人工知能の開発、だろう?」

 

「・・・君のその推理能力にはつくづく舌を巻かされるね。教職より探偵のほうが向いているんじゃないかい?」

 

 やはりというか、俺の推察は合っていたらしい。唐突に登場した軍事用語に、俺と菊岡以外がキョトンとして反応を示した。まあ、これはいわゆるミリオタじゃないと分からなくても無理はないか。

 

「アイデンティフィケイション・フレンド・オア・フォー。頭字語でIFF。敵味方識別装置、と和訳されるね。航空機や艦船に搭載されて、相手が敵か味方か識別するためのシステムだよ。このシステムによって、空自や海自なんかは敵と味方の区別をつけているんだ。世界中の空軍、海軍も同様にね。ただし、これはあくまで海と空でのお話だ。陸となれば、話は変わってくる。それに、あくまで機械である以上、壊れる可能性を否定しきることはできない。そもそも、既存のAIだと処理能力的にも限界があって、空戦なんてとてもとても、というのが現状なんだ。処理能力が仮に無限であったとして、IFFが故障などで作動しなかった場合でも、既存AIでは対応ができない。その理由も君なら想像がつくだろう?」

 

「対象が同じ人間である以上、味方を殺さず敵だけ殺せ、なんて命令を実行できない。違うか?」

 

「そういうことだ。専門家に聞いても、そんなのは無理だという結論に至った。ただ人を殺せ、という第一原則を与えたらどうなるかなんて、想像がつくからね。そこでこの策に思いついたんだ。だが肝心要でこのザマでね」

 

「そんな話を、いったいいつから・・・?」

 

「―――()()()()、だよ」

 

 静かな返答に、いつもの柔らかさはそのままあった。が、その奥には、何が何でも成功させる、という覚悟があった。

 

「ナーヴギアが開発された5年前。その前から、VRを軍事利用するという研究は進んでいた。米軍が開発したその時代の骨董品が、今でも六本木の本部にあるよ。だけど、僕はあの世界にダイブしてすぐに、既存の戦争という概念すら一変させうると確信した。だからこそ、自ら志願して総務省に出向し、SAO事件を間近で見守った。ここまでたどり着くのに5年かかった。長かったよ、本当に」

 

「つまり、あなたは、陸軍での戦争を人工知能に置き換えようと?」

 

「僕だけじゃないがね。こういった研究は世界中で行われている。アスナくんには嫌な思い出だろうけど、須郷信之が自身の非合法な取引を手土産に売り込みを行おうとしていたのは覚えているかな?あの取引相手も一流企業と言って差し支えないのだが、そう言ったところでもそんな非合法取引に乗るくらい、表舞台には出ない花形部門なんだよ。現状、無人偵察機はナーヴギアを叩き台にして開発されたデバイスを使用している。が、これは無線操縦である特性上、ジャミングなどの電子戦にめっぽう弱いという致命的な弱点を持つ。そこで目を付けられたのが人工知能だったんだ」

 

「ちょっと待って、先ほど、法を遵守しすぎる、と言ったわよね?それは具体的にどのくらい?」

 

「一度孤立した山村を選んで、ある種の過負荷実験を行ってみた。内容は、その村の家畜と作物の7割を死滅させた。総体としての村が、冬を超えて生き延びるためには、村人の一部を切り捨てるしかない。いかなる形であれ、禁忌目録に反して、ね。結果は、最後まで禁忌目録には反しなかった。春を迎える前に村の全員が餓死したよ。この実験を以て、僕らは彼らが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と判断した」

 

「そこまでして人工知能にこだわる理由はあるの?多少の制限はあっても遠隔操縦で、いや、そもそも無人兵器って物自体、ひどく歪なものに思えるけど」

 

「まあ、その気持ちも分からなくはないよ。僕も最初はそうだったからね。でも、冷戦が世界を変えてしまった。何万ガロンの血も油も流してでも勝てばいいというところから、流血のない世界に、というところへ、ね」

 

「ゆえに、私の国は、イラク戦争でブッシュ政権が揺らぎ、穏健派のオバマが勝った。その後のトランプだって、積極的に軍事的な対外政策を推進したわけではないしね。けれど、私たちの国は軍事予算への分配を止めることはできない。だからこそ、アメリカは今、無人兵器の開発に躍起になっているの。当然、こういった人工知能にもね。だからこそ、グレーゾーンをついてでも協力を呑んで、私がいる」

 

「・・・納得できないけど理解はしたわ」

 

 菊岡の後を引き継ぐ形で、七色が説明した。それに、不承不承といった体で神代博士が答える。なるほど、外部から研究者、というのは分かるが、わざわざ海外から招へいしたのは、アメリカ側のそのような思惑があってのことらしい。

 

「でも、それってアメリカの話なんですよね?まさか、アメリカ側とコンタクトを取りやすくするために・・・!?」

 

「とんでもない!その真逆、身を隠すためにこんな太平洋のど真ん中でやっているんだよ。本土の基地も研究施設も向こうさんに素通しだからね」

 

「じゃあ、古風な言い方をすると“お国のために”こんなことをしているわけだ。理由を聞いても?」

 

 虹架の考察を、彼にしては珍しい大きな声で遮った菊岡はそう答える。だが、そうなると今度は行動動機が見えてこない。日本の自衛隊派遣に、いわゆる軍事行動が絡むケースというのは決して多くないからだ。少なくとも、専守防衛を掲げているうちは大勢に影響はないだろう。となれば、なぜこんなことを進めるのか。

 

「そう、だね。一言で言うと難しいんだが・・・。自前の防衛技術基盤を生み出すため、かな」

 

「なるほど。確かに道理だ」

 

 俺は即座に見抜いた。が、これは知識がないとピンとこないだろう。実際、女性陣は一様に理解できないといった表情をした。

 

「俺から説明したほうがいいか?」

 

「そうだね、こちらとしても、君の知識レベルをある程度把握する必要がある」

 

「分かった。

 説明すると、だ。日本において、自前の防衛技術ってそこまで多いわけじゃあない。そもそもメーカーとしても売り込み先が自衛隊だけなんだから、売り上げとしては決して大きいとは言えないだろう。特に航空機なんボロボロっていっても差し支えない。一応日本もしっかりかかわって開発されたF-2支援戦闘機も、アメリカとの共同開発なんて名目だが、ぶっちゃけ一番肝心なとこは教えてもらえなかった。それでいて、向こうはこっちの先端技術をかっさらってった、なんてのは割と有名な話だしな。まあ、こいつは技術屋というよりお上の言うことが二転三転し続けた結果、とも言われてるがな。まあとにかく、そんなこんなで、絶対数の確保や先端技術のためには輸入せざるを得ない、わけなんだが、最近導入されたF-35も安い買い物じゃあないし、高額ゆえ数も確保できない。そもそも、なんらかの要因で輸入路が途絶えればそれで終わりだ。碌な重整備拠点がないのか共食い整備が行き過ぎて機体いくつかまるまる潰してる韓国よりかはまだマシなんだが、足元見てても仕方ない。となれば、現状日本の国防としては、何か一つでもいいから自前で、国防の技術を生み出したいわけだ。そうして目を付けたのが、未開の地である人工知能を用いたものだった。

 とまあ、ざっくり説明するとこんなとこなんだが。あってるか?」

 

「十分だよ、ありがとう」

 

「君にそんな国防意識があったなんてね、比嘉君」

 

「いやぁ、ボクの動機なんてそんな大層なモンじゃないっス。ボクの韓国人の友人が、兵役中に派兵先で自爆テロに巻き込まれて死んじゃったんスよね。で、この研究で、戦争がなくなることはなくても、人が死ぬことだけはせめて、なんて。個人的でガキっぽい理由っス」

 

「一応言っておくと、私は違うわよ。そこの役人に雇われた、雇われホワイトハッカー、って言ったところかしら。リアルでもある意味傭兵稼業、ってわけ」

 

「なんていうか、永璃さんらしいなぁ。あれ、でもその技術を自衛隊独自のものにしようとしている、ということと開発の動機が合わない気がするんだけど・・・」

 

「いや、菊岡もその辺わかってるはずだ。あくまで独自技術、ってしたいだけで、独占が長続きするなんてハナから思っちゃいない。あくまで先手を打ちたいだけだ。違うか?」

 

 虹架の考察に対して俺が言い放った直接的な表現に、菊岡は苦笑いしつつ後ろ頭を掻いた。そこで、俺たちの話を黙って聞いていた結城が、澄んだ氷を思わせる声で言い放った。

 

「でも、あなたたちはその御大層な理念をキリトくんに話してはいないでしょうね。そこまで聞いたうえでキリト君が協力するとは思えないもの」

 

「それは、なぜ?」

 

「あなたたちのその理念には、決定的かつ致命的に一つの観点が抜け落ちている。そのことにキリト君が気づかないはずはないし、気づいたうえで協力するとは思えない」

 

「ふむ、それは?」

 

()()()()()()()()()よ」

 

 結城の端的な回答に、菊岡は不可解な顔をした。

 

「理解できないな。確かに話していないのは事実だが、それはあくまで機会がなかったから、というだけだ。彼こそ、筋金入りのリアリストだろう?そうであったからこそ、SAOをクリアできたはず」

 

「分かってないわね、むしろそれは真逆よ。彼にとっては、自分のいる場所こそ現実なの。仮の世界とか、仮の命だとか、そんなことは考えられないからこそ、SAOをクリアできたのよ。もしキリト君が、アンダーワールドの真の姿に気が付いていたら、きっと激怒しているでしょうね」

 

「ますます理解できないな。人工知能に血肉の通った肉体はない。ならばなぜそれは仮初の命でないと言える?」

 

「ストップだ、二人とも。議論されるべき問題であることは確かだろうが、ここで論ずる必要がある問題でもないはずだ」

 

 俺の仲裁に、二人がそろって沈黙する。いや、結城のほうが俺をにらみつけるように見ていることからも、明らかに納得はしていない。まあ確かに感情ではなかなか納得できる話ではないだろう。

 

「だがな菊岡、結城の言うことも尤もだぜ。確かに肉体はないだろうが、知性という点を見れば明らかに人間と同等、あるいはそれ以上のものが生み出されているわけだ。確かに現実で血肉の通った人間が死ぬことはなくなるだろう。が、お前たちが生み出した人工知能の命に対して、“まがいもののお前たちはおとなしく従え”、なんて言ってたら、今度は人工知能たちの反逆もあり得るぜ?」

 

「考えておこう」

 

 俺の言葉に、菊岡は、彼にしてはいやに珍しく生真面目に答えた。と、そこで虹架が続けた。

 

「でも、そうなってくるとなお見えてこないこともあるわよ。話を聞くと、実験段階ではラースのスタッフも少なからずフルダイブで協力しているのに、それでもなお、桐ヶ谷くん達が必要だった理由は?」

 

「ああ、そもそもその説明だったね。遠回りしすぎて忘れてしまっていた。

 先も言った通り、アンダーワールドの住民は規律を重んじすぎるあまり、禁忌目録には違反しない。それがどれほどのものなのかは、先に説明した過負荷実験の結果から見ても明らかだ。でも、我々としては、奇妙な言い方ではあるが、法を犯してもらわなければ困るわけだ。そこで、人間のスタッフの記憶を制限してダイブさせ、全く違う刺激を与えることでどうなるか、ということをやってみた。のだが、大多数のスタッフは、アンダーワールドにて極めて内的傾向を示した。新しい風をもたらしてほしいという目的でやっているのに、これでは本末転倒だ」

 

「重力感覚による違和感のせいではないか、と気付くまでに時間はかからなかったわ。メンバーにはフルダイブ経験者も少なくなかったから、最初は誰しも戸惑う感覚にも馴染みがあった。そこで、仮想世界に順応しきっている人材を確保する必要がある、と気づいたんだよ」

 

「そこで白羽の矢が立ったのが桐ヶ谷だった、というわけか。確かに自然な流れだな。俺を送り込むわけにもいかないし、必然、仮想世界の俺を、俺本人と区別して認識できるだけの能力も必要だろうからな」

 

「そういうことだ。それによって得られた成果はとてつもないものだった。我々含めたラーススタッフの全員の成果を合計で合算しても到底及びつかないほどにね」

 

「つまり、向こうの法律に触れたユニットが現れた、と?」

 

「結論だけ言ってしまえばその通りっスね。彼といつも行動しているユニットの違反指数が一気に高くなったんス。かみ砕いていえば、彼のわんぱくっぷりがほかの子に伝染していった、って感じっスね」

 

「いやにリアリティをもって想像できるな、それ。なあ結城?」

 

「ええ、本当にそのとおりね」

 

「そして、実験終了間際に、とうとうキリトくんに最も近しい少女が禁忌目録を違反したんスよ。しかも、内容は移動禁止アドレスへの侵入っていう結構重大な違反っス。ログを精査してみたら、どうやら視界内の移動禁止アドレス内で一つのユニットが死亡してるんっスよね。人殺しのためのものを作っているのに、求めていた適応性を発現したきっかけは禁忌目録より人命救助ってあたりは皮肉極まりないっスけど」

 

「てことは実験は成功で終了じゃないのか?」

 

「いえ、そういうわけじゃなかったんス。時間加速で内部だと凄まじい速度で動いている関係で動いている関係で、観測からサーバー停止処理まで大きなラグが存在するんス。なので、観測してからサーバーを停止したときには、内部時間で二日が経過していました。その二日の間に、あちらの政府に当たる公理教会は、その少女のフラクトライトに何かしらの修正を施してしまったんス」

 

「修正・・・?そんな権限与えてなかったはずよ?」

 

「ええ、その通り。なんですが、なんにせよ彼らはシステムの抜け道を見つけたらしくてですね。本来は寿命の操作くらいしかできなかったはずなんですが・・・まあ後で生データを見せますよ。アリスの当時と今の禁忌違反係数を、ね」

 

「アリス・・・それが、その少女の名前?」

 

「ああ。僕たちはその偶然に驚愕したよ。なにせ、このプロジェクトの礎となった概念の正式名称と同じだったからね」

 

「なるほど。アーティフィシャル・レイビル・インテリジェンス、の続きがそうなってるわけだな?」

 

「その通り。正確には、アーティフィシャル・レイビル・インテリジェント・サイバネーテッド・イグジスタンス。日本語で、人口高適応型知的自立存在。頭字語でアリス。僕たちの目的は、人口のフラクトライトをアリスに変化させることにある。僕たちはこれを“アリス化”と呼んでいる。

―――ようこそ、プロジェクト・アリシゼーションへ」

 

 いつもの煙に巻く口調と、謎めいた笑みのまま、菊岡は歓迎の言葉を告げた。

 




はい、というわけで。

これにてオーシャンタートルでの説明パートはいったん終了です。説明長い。

主人公だけがフラクトライトの複製に成功した、というのは、実は裏設定がありまして。
というのも、正史40話“Yui”にて、たった一節ですがユイちゃんが彼について言及していたシーンがあります。感情の根幹パラメータがほとんど変動しない、っていう一節ですね。これは、彼自身の自我、ちょっと詩的な言い方をすると、自身の芯とでも言いましょうか。それが強固なため、複製体にもそれが引き継がれ、そんな状態であっても混乱せずに、一瞬の説明で自身をコピーとして認識し、受け入れることができた、ということです。そして、菊岡たちはその手に関してはそこまで詳しくない上に、ほかの成功例もなく、失敗した例と違う点が多すぎて原因が絞れないので、「なんでか分からないけどどうやら彼だけは問題ないらしい」というような結論に至った、というお話ですね。ちょいと無理のある設定ではありますが、ここではそういうことで一つ。
自分もこのあとがきを書くにあたり投稿日時を調べましたが、そのお話を書いたのはもう5年以上前のお話なんですね。思えば長いものです。

さて、この次からはアンダーワールド編となります。先にちょっとだけ言っておきますが、剣術学院あたりからの開始です。どこかの感想返しで前半は超絶カットといいましたが、そういうことでした。

ではまた次回。

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