キリトが襲われた後、俺たちはかなり悩まされることになった。というのも、キリトの行方が分からなくなったのだ。救急車で運ばれた後、まず救急病院に搬送されて医療処置を受けた。が、致死量をはるかに超える筋弛緩剤の投与というのは大きなダメージを受けた。それは、専門であるがゆえにそのダメージの深刻さが医師には通じたのだろう。そこに菊岡が来た。
「和人くんを、僕の知る限り最高クラスの医療施設に搬送したいと考えています」
菊岡のその言葉に、桐ヶ谷の親は承諾した。俺としても断る理由はない。それに、菊岡の言う最高クラスの医療施設というのが俺の想像通りなら、間違いなくそれはこの国でも最高クラスのそれであることは疑いようもない。この時はそう思った。
―――が、そのあとから、桐ヶ谷和人―――キリトは、まるでこの世界から姿を消したかのようにいなくなった。
そんなことがあってから数時間後、現実世界での俺の携帯が鳴った。発信元は永璃ちゃん。すぐに電話をとった。
「もしもし?」
『蓮さん、和人君の行方、つかんだかも』
「本当か?」
あまりに仕事が速すぎる。これは想像以上の速度だ。ただ舌を巻くしかない。が、今重要なのはそれではない。
「で、どこだ?」
『順を追って説明するから、少し落ち着いて。
まず、蓮さん、私に協力をお願いするときに、明日奈のスマホに入れてあるアプリで和人君の現在地とか心拍とかわかるって言ったよね?つまりそれって、携帯の電波を使って、GPSとかにアクセスしてるはずだって踏んだの。その履歴を遡行した結果、最後に電波が観測されたのは都内のヘリポートだったの。で、それ以降一切、信号の発信が途絶えてる。おそらく、機内モードにしたか、電源を切ったんだろうね』
「ヘリポート・・・つまりヘリの電波干渉の防止が目的か」
『多分ね。私もそこまでは詳しく知らないから断言できないけど、可能性として考えられるのはそれくらいだと思う。で、今度はそのヘリを衛星映像をちょっとばかり借りて追っかけてみたら、日本の領海内にある洋上の施設に向かったことが分かった。それを調べてみると、なんか大きなフロートだってことがわかったの。運営元はラースってところ』
「つまるところ、そこに乗りこめば事態は解決するのか?」
『確証はできない。そっちでも探るのは勝手だけど・・・ただ、安全は担保できないよ。ラースの中のどこなのか、ってとこまで調べようとしたら、そこには自衛隊や国家機密クラスのプロテクトがあったからね。急ぎだって言ってたし、そこで引き返してきた』
さらりと危険を顧みない真似をしていることは黙っておくとして、これは有益な情報だ。居場所がある程度特定できただけでも大きい。が、どうにもきな臭い。
「なんだってそんなアホみたいに固いプロテクトを?」
『こういうのは相場が決まってるのよ。よほど危険か、軍事機密、政治機密絡み。―――安全は担保できない、っていうのはそういうこと』
ここまでしているハッカーが言うのだ、確かな情報だろう。と、記憶の隅で引っかかった。
「永璃ちゃん、申し訳ないけど、もう少しだけ時間貰っていいか?」
『それも至急?』
「大至急ではあるが、難易度としてはエラく低い。俺の職場のパソコンに入って、メール履歴を調べてほしい。で、そのラースってワードで検索かけてみてくれ」
『ちょっと待って、3分あれば十分。・・・まさか心当たりがあるとか言わないよね?』
「そのまさかだと言ったら?」
電話口で大きなため息。だが、俺も正直そんな気分だ。
『いったいどんなところでそんな物騒なものと関わり持ったんですか・・・』
「これに関してはこんなところでつながるとは思ってなかったんだよ。いや本当に」
『まあそんなとこですよねー、好き好んで関わりたいとも思わないでしょうし。―――終わった。ああ、そういうこと』
「結果は?」
『おそらく想像通り。テスター協力って感じの名目でメールが来てるわ』
「やっぱりか。ならあとはこっちでやる。ことが落ち着いたらちゃんと礼はする。本当に急ですまなかった」
『ま、これが私の仕事だし。お礼、期待してますからね?』
それだけ言い残して電話は切れた。が、これでようやく、点と点が繋がった。ならば、あるいはつなげられるか。
(今日はもう夜も遅い。明日の朝イチでコンタクトとってみるか)
その路線ならコンタクトが取れるかもしれない。やってみる価値はある。
その翌朝、俺は早速行動した。まずコンタクトをとるのは虹架だ。そこから間接的に対象にコンタクトする。この計画自体は虹架に話し、同意を得た。正直身内を利用しているようであまりいい気はしないが、あまり手段を選んでいられるような時間の余裕がない。今回に関してはスピード重視でないとどうなるかわからない。そんなわけで、真っ先にコンタクトを取った相手は七色だった。
「朝早くからすまないな、七色博士」
『いえ、こちらは時差の関係からこの時間に起きてるのもあまり珍しくないから。で、こんな時間に連絡してきた、ということは、急用だったりするの?』
「お察しの通り急用だ。今回は七色博士としての立場を使って、ねじ込んでほしいことがある」
『となると、ソウルトランスレーター絡み?』
「近いっちゃ近い。まずは状況を説明する」
そう切り出し、事情を説明した。具体的には、キリトが襲撃を受けたあたりから全部だ。そして、手掛かりをたどっていくとラースにたどり着いた、というところまで話した。
『それ、もしかしなくても違法じゃない?』
「手段を選んでる場合じゃねえのよ。自分の学校の生徒が行方不明、なんて事態だ。事態終息のためにはグレーゾーンだろうが使わないと、手遅れになってからじゃ遅い」
『それもそうね。そのハッカーさんは信頼できる人なのね?』
「当然。じゃなけりゃこんな事態に頼ろうとは思わん。ついでに腕も確かだ」
『それで、私を頼ったのね。現状、ラースにねじこみが効く人物、ということで』
「その通り。頼めるか?」
『私としても、あれほどの人材を失うのは惜しいから、協力自体は構わないわ。けど、あなたは?』
「学校のことか?」
『ええ。私の方はソウルトランスレーターの開発に携わった身としてねじ込めるし、研究が仕事だし。でも、あなたは違うでしょう?』
「まあそりゃそうなんだが。桐ヶ谷が行方不明で、その尻尾捕まえたから追っかけたいけど、数日開けることになると思うって話したら、ちょっとくらいならなんとかしてやるから解決して2人とも帰ってこい、だと。ほら、リモートでファイルの共有とかもできるしな。海外だーって言うのなら流石に手を引いたかもしれんが、日本の領海内なんだろ?なら、行って様子を見てくるだけなら3日か4日くらいあれば充分だろ。そのくらいならなんとかなる。こういう時はデジタル管理じゃない義理人情の時代の人が多いのに助けられた」
『なるほどね。なら、問題はどういう形で一緒に行くか、だけど』
「なにも助手も連れずに1人で来日してる訳じゃあるまい?うまく化けれゃ感付かれないだろうよ」
『口裏合わせるのにも限度があると思うけど』
「まあそうだろうな。永璃ちゃんの言う通り、国家機密クラスの事業ともなればガードは堅いだろう。それなら、参照元のデータを変えればいい」
『データベースを操作して、助手をあたかも別の人のようにする、ってこと?無茶よ』
「できないと思うか?」
俺の言葉に、七色は諦めたようにため息をついた。それもそうだろう、それくらいのことができる戦力がいるというのは既に証明されている。
『分かったわ、私の負けね。となればことは急ぐわね。それだけのハッカーだもの、写真差し替えくらいは訳ないでしょう?すぐに菊岡さんにコンタクトとるわ』
「すまんな、急に。よろしく頼む」
『いいわよ。言ったでしょう?あれほどの人材、失うのは惜しいのよ。国籍とか関係なく、研究者としてね。VRを用いた研究はまだ発展途上。優秀なテスターはこれからも引く手あまただわ。ここで恩を売っておけばパイプもできるってものだし』
「・・・強かだな」
『そうでなくちゃやってられないわ。じゃあ、また連絡するわね』
それだけ言い残し、彼女は通話を切った。あとは向こうの動き方次第といったところか。さすがに今日早速自体が進展する、というのは考えづらい。その間に、やれることはやっておこう。
「ストレア」
「はーい、差しかえね?」
「ああ、頼む。必要な情報は手元にあるな?」
「もちろん。ちゃちゃっとやってくるわ。今ので逆探知も終わってるしね」
「さすが。必要に応じて永璃ちゃんや七色氏とも連絡を取ってくれ。その辺は任せる。七色氏も、俺の名前を出せば話は通るはずだ」
「ここまでお膳立てされてるのだもの、やってみせるわ。じゃあまたね」
それだけ言い残し、ストレアの気配は消えた。とりあえず状況は一歩前進したところで、俺は車のキーをとりながら、職場に電話をかけた。
はい、というわけで。
前回のあとがきでも言いましたが、かなり短めとなっております。いつもは大体5000~7000文字くらいを目安に投稿しているのですが、今回は3617文字。平均が6000文字くらいなので、いつもの半分ちょいといったところでしょうか。
ですが、この次の話とつなげると区切りがわからなくなり、そのまま引っ付けると10000字を超えるので、さすがに長いと思い、ここで。
今回は事態の始動段階ですね。ぶっちゃけ裏設定扱いにして強引に進めるのも考えたのですが、書いた方が後々楽になるかな、と思い、そのまま一つの話として成立させました。
まあ今回はあまり内容もなかったので、短めかつ短期スパンの投稿となりました。
これも前回のあとがきで述べましたが、次の更新は3/10です。そのあとは平時通りの更新となります。
ではまた次回。