ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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77.結び目

 それから数日後、勉強を教えてほしいという虹架の頼みで、俺はダイシーカフェに来ていた。カフェの一角を借りて肩を並べ、教科書を広げながらあれこれ話していると、入り口のベルが鳴った。足音がとことこと近づいてきて、自分たちの横に座る。

 

「プリヴィエート、おふたりさん」

 

「こんちゃ。よくここがわかったな」

 

「なんとなく、ってやつかな。ほら、マスターとも知り合いだ、っていうし。あ、マスター、オレンジジュースとパンケーキをひとつずつ頂ける?」

 

 七色の注文に、今日は昼間のマスターを務めていたエギルが動き出す。それをしり目に、俺は二人の様子を見た。

 

「七色、こんなところで油売ってていいの?」

 

「いいのいいの。今はちょうど機械のメンテナンス中で、私も動けないし。論文資料まとめてたら疲れちゃったからお散歩してくる、って言ったら許可もらえたわ。特に最近、極めて興味深いデータも手に入ったことだし、休める時に休んでおかないと」

 

「つーことは外には厳ついにーさんがいるわけか」

 

「いわゆる私服警備、というやつだけどね」

 

「そいつぁ頼もしい」

 

 仮にも国家公務員が携わり、外部から研究員を招いたプロジェクトだ。その辺を怠るあいつ(菊岡)ではないだろう。ちょうど届いたオレンジジュースに口をつけたところで、虹架が聞いた。

 

「そういえば、七色ってどんな研究をしてるの?」

 

「うーん、ひとことでまとめると難しいんだけど・・・。複数の人間の脳の処理能力を、VRでクラウド化することで、意思決定能力を持つ超高性能な演算を可能とできないか、って感じかな」

 

「人の脳みそを一つにまとめ、それにより既存のコンピューターの性能を大きく上回るものを生み出そう、ってわけか」

 

「そうね、おおむねそのイメージで問題ないわ。でも、肝心要のクラウド化するプロセスがうまくいっていないの」

 

「まあ、複数人の脳みそを接続するわけだからな。無理に負担をかければそれこそ演算能力や意思決定能力の喪失なんていう本末転倒な事態になりかねん」

 

「そういうこと。ソウルトランスレーターはそういう点で行くと一つの希望ね」

 

「脳みその根幹情報にアクセスできるわけだから当然か」

 

 そう言っていると、ちょうどエギルが七色の注文したオレンジジュースを持ってきた。そこで、俺は話題を変えることにした。ちょうど小難しい話をして、虹架がついていけないという顔をしていたところだった。

 

「そういえば、二人は無事に再会できたんだな」

 

「え、蓮さんって私たちの事―――」

「あぁいや、俺もソウルトランスレーターのテスター依頼を受けてな。その時に、菊のアホウが虹架の名前出しやがって、それで七色から聞いたのよ」

 

「あぁ、だからあんなにすんなりと話が運んだんだ」

 

「正直、もう少し別の形で会いたいと思ってたんだけど。そこはごめん」

 

「いいって。今の七色なら、そうそうおいそれと会いたいから会いに行きます、ってわけにもいかないし」

 

「ま、飛び級して研究職についた才媛とあっちゃあ、そうそう自由にはなれんわな」

 

 そんなことを言っていると、また入り口のベルが鳴った。ちらと見るとシノンこと朝田詩乃だった。様子を見るにどうやら待ち合わせらしい、のだが、

 

「お待たせしました。あいつならまだ来てないから、適当に空いてるとこに座って待っててくれ」

 

「ええ、すみませんね、エ・・・アンディさん」

 

 そう言って、近くのボックス席に朝田が腰かけた。その時、ふと窓の外が気になった。

 

「どうしたの?」

 

「・・・んにゃ、何も」

 

 視線の先には何もない。が、なんとなく嫌な予感がしていた。

 

「ここのマスターさんも、SAOで?」

 

「ああ。SAOの攻略初期から前衛をまとめてくれた。ソロの中でも、前衛のまとめ役だ。俺たちも世話になった」

 

「最初期は危なっかしい奴がいると思った程度だったんだがな。あの件は正直腹が立ったぜ」

 

「それについてはすまんと思ってはいる。が、相談できることでもないだろう」

 

「だからこそだよ。議論の余地はあったんじゃない?」

 

「それはその通りだな」

 

「あの後大変だったんだぞ。仮にも前衛の、それも主戦級のアタッカーが一人無くなって、レインが無茶して―――」

「ちょ、それは―――」

 

「いいって。深く聞くつもりもない。俺のせいであることは間違いないしな」

 

 エギルの言葉はあえてぶった切る。かなり複雑な話になると予想することはたやすいし、ここで話すことでもないだろう。

 

「こんにちは、お二人さん」

 

「おう。そっちは待ち合わせか?」

 

「ええ。この後キリトとアスナとね」

 

「てことはGGOがらみか?」

 

「ご明察。あ、あなたにも声かけようかと思ったんだけど、ちょっと事情が事情でね」

 

「サトライザー、か?」

 

「やっぱりチェックしてたのね」

 

「そりゃま、あんな戦い方されちゃあな。おハチ奪われちまうってもんだ」

 

 俺の言葉に三人がポカンとしたところで、解説を入れることにした。

 

「GGO・・・シノンがもともとやってるVRゲームで行われる、ソロのバトロワ大会があるんだがな。直近の優勝者がヤバいのよ」

 

「近接一辺倒、とか?」

 

「なら、まだマシだったかな。もともと持ってる装備を持ち込んで戦う、って形式のバトロワなんだが、そいつはまず徒手空拳からスタートして、相手をきれいに格闘でキルした後、相手の装備を奪ってキルして、その相手の装備を奪って、の繰り返し。一昔前のPCバトロワ全盛期のゲームじゃあるまいし、って界隈だと話題になった」

 

「それだけならまだわかる話じゃない?」

 

「まあそりゃそうなんだが。俺がALOでいろんな武器を使うのとは訳が違う。どの銃を使うかで、撃った時の反動とか威力とか射程とか、違うことが多すぎるんだ。アサルトライフルでも、サブマシンガンでも、ハンドガンでも、ショットガンでも。リココン・・・反動制御も、照準も全部綺麗だったうえに、最後は徒手空拳でノックアウト。しかも、バトロワの定石である漁夫・・・つぶし合ったところを奇襲して倒す、ってわけじゃなくて、全部サシでやりあってこれだ。ヤバさの格が違う」

 

「規格外、ってやつ?」

 

「ありゃもはや特異点というべきだろう。となると、俺は確かに規格外の一人だが、特異点というほどではない。からめ手は使うし、不意打ちもするが、あくまで定石、王道を行くケースも少なくない。この手の相手にとっては読みやすい部類のはずだ。そいつを負かそうと思うのなら、同じように特異点をぶつけてみるのが一番手っ取り早いだろう。で、俺たちの中で一番の特異点であるGGO経験者と言えば、ってことだ」

 

「なるほど、キリトくんか。確かにあれは読めないわ」

 

「そういうこと。サトライザーとはいえど、銃弾飛び交う世界で剣振り回して戦う相手なんて読みようがないだろうよ。あまりにデータが少なすぎるからな」

 

「というかそんな物好き、というか命知らずがそうそういてたまるか、って話でしょう。SFじゃあるまいし」

 

「まあそりゃそうなんだがな。・・・やっちまうんだよなぁこれが。なんなら強いのよ」

 

「・・・それなんてハリウッド映画?」

 

「大丈夫だ。初見の時には誰しもがそう思っただろうから」

 

 七色の感想は至極まっとうなものだろう。俺だって最初は正気を疑ったほどだ。だが、それと同時に、こいつならあるいは化けるかもしれないと思った。もともと高いSTR値と重い剣を好み、相手の防御の上から叩き込むことも視野に入れたアタッカーであるからだ。そのステータスバランス上、スキルやステータスは火力に振る。すなわち、生存能力は本人の能力にゆだねられる。であれば、下手に慣れない銃器を使うよりは慣れ親しんだ剣のほうがかえっていいかもしれない、と。その結果がどうなったのかはまあ、見ての通りということだ。 七色の反応は至極真っ当なものだろう。

 

「で、当の本人はまだ来てない、と」

 

「それについては私が早く来過ぎただけだから。まだ待ち合わせ時間前だし」

 

「そっか、ならぼちぼちくるかねぇ」

 

 そんな会話をしていると、入り口の呼び鈴が鳴った。

 

「やっほーしののん。ギルさん、そこの席使うね」

 

「おう、キリトはまだだぞ」

 

「あ、それは知ってるから大丈夫」

 

「事前に連絡でも取ってたのか?」

 

「そうじゃなくてね。見てもらった方が速いか」

 

 俺のコメントに、アスナはこちらへ来つつスマホ画面を見せた。見せられた画面にはなにやらマップと、数字が二つ。その数値を見て、俺は軽く察した。

 

「・・・結城、さすがにこれは・・・」

 

「やっぱりそういう数値だよね、これ・・・」

 

 どうやら七色もすぐ察していたらしい。

 

「え、っと、これは・・・?」

 

「GPS、心拍に体温だろう?」

 

「その通り。ほら、キリトくんって気が付いたら危ないことに首突っ込んでるから、ちょっと不安でね。体にセンサーを埋め込んで、見守ることにしたの」

 

「ま、あんな一件があったからな。赤眼は死んだが、まだジョニーが残ってる。命を落とす可能性は否定できない。気持ちはわからんではないな」

 

「うん、まさにその通りなんだよね。キリトくん、危なっかしいところあるから。この画面見てると、あぁ、キリトくんと同じ時間を生きてるんだなぁって思えるし」

 

 心配なのはわからなくはないな、というのはフォローのつもりだったのだが、どうやら必要なかったらしい。最後の一言に、さすがに全員が引いた。

 

「アスナ、さすがにそれは危ない人だよ?」

 

「うん、怖い」

 

「一ミリくらいは気持ちわからんではないが、人前で言うのはやめとけ」

 

 シノンの心配も、七色のシンプルな感想もごもっともである。最後にエギルの忠言も、結果的にはとどめを刺す格好になった。と、そんな話をしているとキリトが来たので、結城とシノンは打ち合わせに入った。その瞬間に、やはり外が気になる。

 

「外に誰かいるの?」

 

「いや、・・・なんでもない」

 

 ほんの少しだけ間が空いたのは俺のミスだ。思わずためらったしまった。一瞬だが、そういう気配みたいなものを敏感に察してしまった。

 

「七色、護衛に頼んで、虹架を送って行ってくれないか?」

 

「え、勉強は?」

 

「キリのいいところまでは教えた。後は虹架一人でもなんとかなるはずだ」

 

「うん、そんな気はした。本気でわからないって反応してたら教えてくれるはずだし」

 

「実際、さっぱりわからんって感じはないだろ?」

 

「そうだね、あとは自習でどうにかなりそう」

 

「と、いうわけだ。たまには姉妹水入らず、ゆっくりしてみてもいいんじゃないか?」

 

「こういうのって継続的にやったほうがいいんじゃないの?」

 

「それは違うよ、お姉ちゃん。むしろ忘れないようにするためには、少し間をおいて復習を重視したほうがいいの。一回やって、少し間を空けて復習して、っていうのを繰り返した方が忘れづらいように脳はできてるから」

 

「忘却曲線、ってやつだな。あと、長くやってると集中力も続かない。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってやつだ」

 

 ふたりがかりの説得に虹架は素直に応じた。

 

「なら、お言葉に甘えようかな。七色、護衛さんのほうはどう?」

 

「今連絡とったわ。それとなくついてくる感じで護衛してくれるって。私の時もそうだったけど、最初は違和感ないくらいには自然よ?リラックスできると思う」

 

「それなら安心だな。七色、頼んだ」

 

「頼まれたわ」

 

 それだけ言うと、虹架は勉強用具をまとめだした。軽く机の上を拭くのも忘れない。

 

「じゃあね、アンディさん。また来るわ」

 

「おう、またな」

 

 もともと、お代は二人まとめて俺が持つことになっていた。七色は自分の分を机の上において、二人は店を出て行った。

 

「蓮、気持ちはわからんではない。が、ちょっと意識し過ぎじゃないか?」

 

「自分でも思う。んだが、少なくとも今、俺にとって一番大事なのはあいつだ。それに、あいつらのことは俺が一番知ってる。あいつらが本気で俺をしとめにかかるのなら、間違いなく最初に標的になるのは虹架だ。生かさず殺さず、俺をおびき出すことを優先するはず。過保護、っていうのは自覚してるが、どうにもな」

 

「一応言っておくが、お前の直感は当たってる。こちとら討滅戦に参加してた身だ。情報と人相は頭に入ってる。それと酷似する人物が、近くのカメラに写ってるのを確認してるからな」

 

「さすが。心強いよ、アンディ」

 

 俺の言う“あいつ”が、それぞれ誰を指しているのかをアンディ―――エギルは正しく理解したようだ。

 

「礼なら俺のカミさんに言ってくれ。帰る場所はちゃんと守るって覚悟で、この辺の防犯はしっかりしてくれたからな」

 

「しっかり者同士、お似合いだな」

 

「お前らもな」

 

「まだそういう仲じゃねえって」

 

 エギルの言葉には若干の呆れを含んで返す。俺の中で相棒以上に大切な存在であることは確かだ。現状、俺の隣が一番似合うのは間違いなく虹架だし、生徒と教師以上の気持ちを抱いていることを否定するつもりはない。が、まだその時期ではない。

 

「さっさと踏ん切りつけろよ」

 

「お前まで菊みたいなこというなよ」

 

「ん、クリスハイトも言ってたのか?」

 

「踏ん切りがついてないだけだろう、ってはっきりと言われたよ」

 

「その通りじゃねえか」

 

「うるせえ、自覚はあらあ」

 

「じゃあ、仮に今告白されたら受けるのか?」

 

 真っ向から聞かれて、俺は一瞬言葉に詰まった。が、答えは一つしか見つからなかった。

 

「受けるだろうな」

 

「それはどうして?」

 

「俺の隣に立つ女として、虹架ほど適任はいないだろう」

 

「それだけか?」

 

「それ以上の理由が必要か?」

 

「違いない」

 

 俺の答えに、エギルは軽く笑った。

 

「それはそれとして、キリトたちの話し合いはそろそろ終わるみたいだぞ」

 

「OK、サンキュ。勘定頼むわ」

 

「ほいよ」

 

 その言葉に、エギルは手早く準備してくれた。俺が外を気にしていたあたりからすでにある程度察してくれていたんだろう。この辺りは、縁の下の力持ちという言葉がよく似合う、頼れる大人の姿だった。

 

 

 その後、桐ヶ谷たちの間に入るのは気が引けたので、少し離れた間合いから観察するようにした。残っている中で、仕掛けてくるだろう相手は1人だけ。そいつがどういう行動を取るかなど、読むのは容易かった。

 

「あるよォ、毒武器あるよォ!」

 

 ここだ、というタイミングで近づく瞬間に聞こえた声。間違いない。あいつの声を聞き違えることなどありえない。

 

(ジョニーめ、早めに仕掛けたか)

 

 考えてみればあり得る可能性。ほんの一呼吸、詰めるのが遅れた。それが命取りだった。俺が駆け寄り、ジョニーを押さえた時には、既に桐ヶ谷は攻撃を受けた後だった。

 

「結城!救急車!」

 

 俺の声に、結城は我に返ってスマホを操作する。その時、くつくつと、けたけたと笑う声が下から聞こえた。

 

「おせぇ、おせぇなぁ、ロータスさんよォ」

 

「あぁ、否定はせん。が、この状況で随分余裕だな」

 

「当然さあ。人1人殺した程度じゃ縛り首になんてなりゃしない。なら、いずれムショからは出れるってことだ。出た時にはまたショウ・タイム。最高だろ?」

 

「お前にとっちゃそうかもな。だが、お前たちが殺したのは1人じゃああるまい?」

 

「なら殺してみろよ、腰抜けめ」

 

「挑発は無駄だぜ。俺にはもう、殺す理由より、殺さない理由の方が大きいからな」

 

「ほざけ。あっちのキルスコアじゃ、お前の方が上だろうがよ」

 

「てめぇと同じにするな、クソ野郎」

 

 快楽のために殺すか、信念に従って殺すか。それは、同じにはされたくない。

 

「救急車、すぐ来るそうです。事情を話したら、パトカーもこっちに来ていると」

 

「そいつぁありがたい。戯言を長々と聞かずに済む」

 

「戯言?片腹痛いなぁ、人殺し」

 

「なんとでも言え、快楽殺人犯」

 

 相も変らぬ余裕のある笑みを浮かべるジョニーの挑発には乗らない。もともと、こいつは相手を煽って麻痺を浴びせ、その苦悶の表情を見て悦に入るタイプだ。挑発に乗ることだけは―――

 

「あぁ、そういえば、今のお前は殺せないんだっけ?なら、ムショから出てきたときには、いの一番にその理由を消してやるよ」

 

―――避けなければならない。その意識が、腕の力を少しだけ強めるだけにとどめた。

 

「ほら、誰のことなのかなんて俺は一言も言ってないぜ?それなのにそんなんで大丈夫なのか?」

 

「戯れるな。あいつは俺が一から十まで守ってやらなきゃいけないほど弱くなどない」

 

「はたしてどうかねぇ。どんな人間であれ、完全に気を張り詰めるなんて土台無理だ。そんなこと、お前が一番わかるはずだろ?そういうの、得意だったもんなあ。それとも、あの女たちの体の一部でも捧げれば満足か?」

 

―――わかっている。これは挑発だ。

―――だが。

 

「っ・・・!?」

 

「戯れるな、と言ったはずだ。素手でも人は殺せる。それも、俺の十八番の一つだと忘れたか」

 

 抑えるのに使う力を、腕の力から体重へ。そして、首根っこをつかんでいた片手を喉側へ。その片手で、ジョニーの喉をつぶす。相手の体が酸素を求めて暴れだすが、それは俺の体重が許さなかった。

 

「俺のことならいくらでも罵ればいい。どれだけでも嘲ればいい。人殺しの道を選んだ時点で、地獄に落ちる覚悟など終えている。だがあいつは違うだろう。地獄の中だろうと手を伸ばしたあいつをこちらに落ちることは許さない。お前があいつに手を出したのなら、―――俺が真っ先にお前を殺す」

 

 低い声でそれだけ告げる。その直後、手の位置は元に戻した。これ以上乗るわけにはいかない。その理性が、なんとかそこで押しとどめた。

 

「やっぱり人殺しじゃねえか」

 

「人殺しであることは変わりねえよ。でも、あの時とも、ましてやお前とも違う。まっとうな人間でも持ちうる、ただ大切な人を奪った相手に対する復讐だ。それ以上でも以下でもない」

 

「でも復讐したところで得られるものなんてない。それはお前もわかってんだろ?SAOで復讐を成し遂げたお前ならよ」

 

「得られるものは確かにないな。復讐したところで死者がよみがえるわけでもない。時間が戻ってくるわけじゃない。が、―――俺の気持ちにケリはつく。それだけで十分だ」

 

「結局自己満足じゃねえか。俺らと同じだ、何が違う?」

 

「快楽による殺人、復讐による殺人。己の欲求不満を満たす殺人という結果は確かに一緒だろうよ。だがそこに至るまでの経緯がまるで違う」

 

「経緯がどうあれ同じだろうさ。なら俺も同じだ。なんでこんな楽しいことをしねぇんだ?」

 

 ここまでのやりとりで、いや、過去の経験から鑑みても理解し合えないことは分かっていた。だからこそ、普通にやり取りしても平行線であるということは明白だった。だからそこ、ここで明確に違うことを示す必要があった。

 

「お前にゃわからんだろうさ。夜な夜な夢で、ありとあらゆる方法で殺す夢を見ていた相手を実際に殺し、そいつら夢にまで出てきて怨嗟の声を浴びせる。そんな体験をしたことのないだろうお前らには。俺はそれを、己の目的のためと割り切り、なんとか耐えきることができた。そうじゃないやつは狂っていった。元から狂ってたお前らは、ある意味幸せ者なんだろうよ。だが、俺らのように地獄を見たことのあるやつは、好き好んでもう一度あの地獄を見たいとは思わない。己の目的のために狂ってもいい、そういう自滅願望にも似た覚悟を抱かない限りはな」

 

「あぁ、理解できねえな。断末魔ほどこの世の中にある音で美しいものもないだろうに」

 

 その言葉に、一瞬本気で殺してやろうかとすら思った。きっとこいつは、ムショから出てきても同じことを繰り返すだろう。ならいっそここで―――。そう思った時、頭をよぎったのは虹架の顔だった。

 

(厄介なもんだな、不殺の道ってやつは)

 

「何度でも言ってやる。―――戯れるなよ、狂人め。何を言おうと、この場でお前を殺すことは絶対にしない。お前にはムショか縛り首がお似合いだ」

 

「ハッ、そうかよ。なら一つ、いいことを教えてやるよ。()()()はまだ生きている。どんな形であれ、また俺たちの楽しみを伝えるような仕事をしている。これで終わりだと思うなよ?」

 

「終わりだなんて思っちゃいねえ。お前の言う()()()が現実のどこのだれかを特定し、ムショに叩き込む。それで初めて終わりだ」

 

「やれるのならやってみろ、鮮血」

 

「ああ、やってやるさ。()()()()()()お前と違って、()()()()()()()()()()()()()

 

 はっきりと言い切る。こういうやり口はあまり良くないかもしれないが、協力してくれる相手もいる。何も俺一人でやる必要はない。手段を選ばないのであれば、やりようはある。まあ相手が軍属などセキュリティが異常に頑丈な先にいるのであれば流石にお手上げだが、そのレベルでなければ何とでもなると信じている。

 

 そこまで啖呵を切ったところで、遠くから二種類のサイレンが聞こえた。

 




はい、というわけで。
今回はアリシゼーションの序盤をお送りしました。

サブタイトルはおそらく過去イチで悩みました。ですが、こういう展開にはやはりレインちゃんの存在が欠かせないので、彼女とのつながり、結び目、という意味を込めてこういう形に。

キリト君が倒れてくれないとアリシゼーションは始まらないんでさくっと倒れてもらいました。どこでどうロータス君を絡ませるか悩みましたがこういう形で。
地味に問答に一番時間がかかりました。が、ロータス君は恩讐の末にレインちゃんたちに救われた、って解釈を自分の中でしているつもりです。うまく書けた自信は微塵もありませんが。

さて、次からは本格的にアリシゼーションに突入していく予定です。が、アンダーワールドまでにはたどり着かないと思います。想像以上に序章で説明するパートが多かった。
オーシャンタートルに入って一通り終わったらちゃんと(?)アンダーワールド編にスイッチする予定なので悪しからず。アンダーワールド編は前書きになんか書く予定です。

さて、次の更新なのですが、次がかなり短いので、特例として次とその次は約15日間隔での更新となります。なので、次回は2/25更新予定です。

というわけでまた次回。

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