ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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 新年あけましておめでとうございます。
 早速アリシゼーション編、始まります。


アリシゼーション編
76.天才少女との出会い


 仕事を続けていると、菊岡から連絡があった。なんでも、新しいVR筐体のプロトタイプが完成したから、テスターになって欲しい、とのことだった。断る理由はない。ない、のだが。

 

(なんでわざわざ菊岡がこんなことを・・・?)

 

 SAO開発元のアーガスも、当然ながらレクトも、ハード周りの企業も完全に民間だったはずだ。役人である菊岡、もっといってしまえば、政府が動く理由は、大きな騒動が起きなければ無いはず。と、なれば、VRであることのメリットを見てのことなのだろう。考えられるとすれば、

 

(兵器の無人化か)

 

 古くから、世界各地の空軍で運用されている無人偵察機など、兵器の無人化は既に少しずつ進んでいる。しかし、それはあくまでその程度だ。一人当たりの負担が大きい艦船や、その場で柔軟かつ機敏な判断をする必要のある歩兵には到底向かない。

――――が、しかし。あの技術なら、あるいは。

 

(・・・流石にそれはないか。うん、そこまで外道じゃないだろう)

 

 思いついた考えうる限りの最悪はすぐに頭から消し去った。それを行える人間は、もはや人間ではない。文字通り悪魔の理論だ。

 とにかく、俺としては断る理由もない。承諾の返信を送り、日程調整に入ることにした。

 

 

 

 約束された日時に指定された場所まで行くと、案内役がいた。そこには菊岡と、明らかにローティーンの女の子がいた。

 

「久しぶりだな、菊」

 

「そうだね、まだ1年と言うべきか、それとも、もう1年と言うべきかは分からないけど」

 

「そうだな。ところで、そちらはどちらさまで?」

 

「あぁ、紹介しよう。こちらは七色・アルシャービン氏。いわゆる飛び級をして博士号を取った才媛でね、今回のマシンに携わって下さった」

 

「プリヴィエート、天川さん。お噂はかねがね」

 

「あまり聞かれたくない話もあるがな」

 

 少し屈んで握手をする。手をほどき背筋を伸ばすと、その奥には大柄の機械が鎮座していた。大きさ的には、メディキュボイドと同等といったところか。

 

「七色博士は、VRを使用した研究をしていらっしゃるということで、協力を仰いだんだ。より高性能なマシンの開発に成功すれば、互いの利になるとね。そうして生まれたのが、このソウルトランスレーターさ」

 

「“魂の翻訳機”たぁ、随分とご大層な名前で」

 

「この機械の機構を知れば、そう大それた名前じゃない、ということも分かるよ」

 

 いつもの胡散臭さのなかに、自信を多分に含んだ口調。こう言ってはなんだが、良くも悪くも閣僚らしく煙に巻くような口調の菊岡らしくないものであった。気になったので、二人に目顔で先を促すと、七色博士が口を開いた。

 

「魂はどこにあると思う?あ、脳のどこかって回答はなしで」

 

「分からないが・・・推察するとすれば、脳の中枢や前頭部にある、感情や性格を司る部分あたりか?」

 

「んー、惜しいといえび惜しい。まあざっくり言ってしまうと、脳内の細い管の中にある、光の集合体。それが、私たちが魂と呼称しているもの。私たちはこれを、フラクチュエーティングライト、通称フラクトライトと命名した。そしてこのソウルトランスレーターは、それを解析するものなの」

 

「なるほど。魂の情報を読み取り、データ化し、可視化する。故に、魂の翻訳機、か」

 

「そういうこと」

 

「理屈はだいたい分かった。が、それがどうしてVRに?」

 

「――――魂を、そのまま電子世界にダイブすることができたら?」

 

「つまり、今まではハードからサーバーやらなんやらで処理されたデータを脳に入力していたところを、逆に・・・フラクトライト、だったか。それを仮想空間内に直接放り込むようなもの、ということだよな。

 仮想空間での演算を担当するものが処理落ちとかを引き起こさないと仮定すると・・・。信号がより直接的に書き込まれるから、よりリアルなものに変わる、とかか?」

 

「もちろん、それもある。けど、最大のメリットは、“体感の処理速度を上げることができる”と言う点よ」

 

「なるほど、書き込みと読み出しを高速化することで、強引に体感速度を加速させることができる、というわけか。体、というか脳は持つのか?」

 

「そちらについては問題ないわ。脳細胞の内部にアクセスする特性上、生理的プロセスをスキップすることができるから。理論上の上限はないの。けど、あくまで理論上の話だから、加速には上限を設けているけどね」

 

「なるほど。となると、電力と演算能力が目下の課題か」

 

「そうね、その通り。今までのVRデバイスだと、そのあたりは演算能力とかの兼ね合い以上に、信号の密度という意味でも難しいところがあったけれども、ソウルトランスレーターなら話は別。クオリティを全く落とさずに、体感時間のみの加速する、なんて荒業ができる」

 

「まあ小難しい理屈はなんとなく理解した。で、まだ開発途上で、テスターが必要だった。俺のようなSAO帰還者のような人間はうってつけのテスターってわけだ」

 

「その通り。しかも、この手の理屈がわかる人なら特上ってわけ」

 

「OK、まあもともとテスターって話だったし。乗るぜ、その話」

 

「ありがとう。じゃあ、そこで横になってもらえる?起動と準備はこちらでやるわ」

 

「服を脱ぐ必要は?」

 

「バイタルのモニタリングは着衣状態でも可能なものを使用するから、必要ないわ」

 

「了解した」

 

 必要な準備を終え、俺はテストに臨んだ。

 

 

 

 テストが終わり、マシンから起き上がると、菊岡から声をかけられた。

 

「そういえば、天川くん。枳殻嬢とはどうなんだい?」

 

「どう、とは?」

 

「まあ、平たく言ってしまえば、進展、かな」

 

「なにもねーよ。第一、見習いみたいなモンっつっても、教師と生徒が恋愛、ってのはまずいだろ。外聞的に」

 

「そうかな?ちらほら聞くけどね、教え子と恩師の夫婦、とか」

 

「そりゃまあ、そうかもしれんけど」

 

「要するに踏ん切りがついてないだけだろう。君のことだ、とうの昔に気づいてはいるんだろう?」

 

「だからこそ、って感じなんだよ。俺なんかでいいのか、ってな」

 

「そもそもそんなことを考える相手にそんな感情は抱かないと思うけどね。陳腐な表現だが、守るもののある人は強い、とは真理だよ」

 

「ほう?まるで実際に見てきたみたいに言うじゃないか」

 

「そりゃまあ、君より長く生きていればそういう経験の一つや二つあるってものさ」

 

「ふうん」

 

 それとなく探りを入れてみたが、さらりと流すあたりは相手が上手か。これ以上の追及は無意味だろう。と、そんな会話をしていると、七色博士がそばに寄ってきた。

 

「あの、枳殻嬢、って」

 

「ああ、彼がSAO時代、パートナーとして行動を共にしていた女性だよ。さしずめ、バディといったところかな」

 

「もしかして、枳殻虹架さん、ですか?」

 

「―――なぜそこまで知っている」

 

 半ば反射的に声がワントーン低くなる。それに、びくりと七色博士が肩を震わせた。

 

「天川君」

 

「・・・すまない、おびえさせるつもりはなかったんだ。ダメだな、あいつのことになるとどうもナーバスになってしまう」

 

 即座に菊岡がとりなしてくれて助かった。おそらく、雰囲気としても相当鋭くなったのだろう。

 

「いえ・・・。少し、こちらの事情もあったから」

 

「いや、俺もぶしつけな真似をした」

 

「無理もないわ。ほとんど初対面の相手の交友関係を洗っているような素振りがあったら、警戒するのも当然だし」

 

「ま、それはそれとして。なんで虹架のことを?」

 

 俺のその問いに関して、七色は少し考えこんで口を開いた。

 

「菊岡さん、人払いをお願いしていいかしら。それか、会議室の使用許可を」

 

「了解した。

 今、第三会議室の使用申請を出したよ。しばらくは大丈夫。七色博士、飲み物はココアでいいかな?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 長い話になりそうだ、と察して、菊岡が素早く手配する。案内されるまま、俺は会議室へ向かった。

 

 

 会議室の椅子に腰を下ろして少しして、菊岡が三人分の飲み物をとってきた。俺にはコーヒー、七色博士と菊岡は見たところココアのようだ。

 

「さて、こうしてゆっくり話を聞くのは初めてだね」

 

「そうね。プライベートの話になるから、あまり他人に話すこと自体が少ないし」

 

「やはりそういう話か」

 

「ええ。長い話になるわ。

 まず、私はロシアで生まれたの。物心つく頃には、お父さんしかいなかったわ。でも、知識を付けるにつれ、母親の存在がないことに違和感を覚えたの。それで、お父さんに聞いてみたの。その時に、いろんな話を聞いたわ。そこで、両親が離婚していて、生き別れた姉が日本にいるということを知ったの。名前も聞いたけど、会いに行くほどの時間的な余裕はなかったわ。そうこうしている間に、菊岡さんからソウルトランスレーターの話をいただいてね。これ幸いと来日したのはいいものの、肝心の姉が今どうしているのかまではリサーチできなかった」

 

「で、その姉っていうのが、虹架なわけか」

 

「その通り。

―――天川さん、姉に会うことはできますか?」

 

「わからん」

 

 一通り話した後での頼みを、俺はいったん蹴った。むろん、理由はちゃんとある。

 

「俺だって会わせたいのはやまやまだ。だがな、会いたいかどうか、というのは当人の意思による。それに、あんたは姉のことを知っているが、虹架が知っているかどうかは未知数と言わざるを得ん。本人からも聞いたことがないからな。あくまで仲介人として協力することはできるが、確約はできん。だが、そもそも俺を通す必要はないだろう」

 

「え?」

 

「うってつけの口実があるだろう。なあ、菊?」

 

「そうだね。枳殻嬢・・・レイン君もSAO帰還者、それも攻略組、いわゆるトップランカーだった精鋭だ。VR適性は非常に高いだろう。テスターとしてはうってつけだ」

 

「そっか、ソウルトランスレーターのテスター協力依頼を出せば・・・!」

 

「加えて、俺は虹架の担任だ。ある程度、学業関連の融通は効く。その手の相談なら、学校関係者として乗らせてもらうぜ」

 

「分かった。枳殻嬢への連絡は僕から入れよう。仮にも仮想課の人間だ、そちらの方が通りがいいだろう」

 

「OK、頼むぜ。学校周りは俺を窓口にしてもらえばいい。担任が窓口、ってのは自然な話だしな」

 

 それだけ言うと、その場はお開きになった。

 




 はい、というわけで。
 今回からアリシゼーションです。

 早速登場した新キャラ、「七色・アルジャービン」。こちらも、SAOのゲーム「ロスト・ソング」の登場人物です。天才ロリです。
 物語の最終盤まで、彼女は本来姉の存在すら知らない状態なわけですが、よくよく考えたら、ここまで頭のいい子が、母親不在の状況に疑問すら持たないって不自然だと思うんですよね。というわけで、さっさと感づいてもらってます。ちょいとメタい話すると、この段階で気づいていてもらわないと今後の展開に差し障る、というのもあります苦笑
 彼女も博士号を持つ身なので、研究は行っています。ゲームをある程度進めた人ならわかると思いますが、原作通り「クラウドブレイン」です。どういうものか、というのは次回でかいつまんで説明します。

 ま、今回はあくまでプロローグなんでここらで。次回から事態が一気に動き始めます。
 ではまた次回。

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