それから数日後、俺はランの葬儀に来ていた。喪主は本来木綿季が務めるのだが、彼女は未成年な上に、到底外出できるような体調ではない。親族との関係が良くなかったことは周知の事実なので、彼女のメディキュボイドと接続したプローブを使用して、書面上では倉橋医師になっていた。
葬儀には多くのALOプレイヤーが詰めかけ、弔電も大量に届いた。想像をはるかに超える量に、倉橋医師や葬儀関係者も驚いていた。あとから倉橋医師に聞いた話だが、100名を超えるプレイヤーが最後の別れを惜しんだという。弔電も含めた人数は数えたくないほどだったとの話だ。それだけ、ラン、ひいてはスリーピングナイツがプレイヤーに支持されていた、ということだろう。
葬儀が一段落して、桜を見ながら、俺はひとり静かに物思いにふけっていた。
結局、ランの思いには応えられなかった。それをランがよしとしていたかどうかは、もうわからない。せめて、彼女を笑顔で送り出すことができたのなら、と思う。
「天川さん」
「倉橋先生」
そんな中、倉橋先生がこちらに声をかけてきた。いったん思考を中断して、彼に向き合う。
「この度はお悔やみ申し上げます」
「いえ、恐れ入ります。木綿季くんから、藍子くんの最期を聞きました。やはり、あなたがたに託した私の選択は正しかった」
「結果論にすぎませんよ。先生の英断に感謝します」
本当に、この人にはいくら頭を下げても足りない。彼女らに引き合わせてくれたのも、この人があってこそのものだった。ランの最期に関しては、アスナたちのほうで手をまわしてくれたようだが、それについても、この人の英断なくして実現しえなかったことだ。
『ボクからも言わせて。蓮さん、いつもボクたちに力貸してくれて、姉ちゃんのために尽くしてくれてありがとうございます』
「かしこまらなくていい。俺も、スリーピングナイツと出会えてよかったと思ってる。これからもよくしていきたいと思ってる」
『こちらこそ、だよ。こんなところでくよくよしてたら、姉ちゃんに怒られるからね』
「ま、あいつはそういうやつだよな」
少し口角を上げながら答える。
「天川さんは、慣れてるんですか?」
「慣れるなんてそんな。そんなことはあってはいけません。どんな形であれ、自分とかかわった人が亡くなったということについては思うところはあります。ですが、そういう時にはある言葉を思い浮かべるようにしています」
「と、いうと?」
「悲しみは海にあらず、すっかり飲み干せる。ロシアのことわざだそうです」
「・・・なるほど。深いですね。ですが、どれほど深くとも、飲み干せるならば、止まり続ける理由はないですね」
「ええ」
それだけ言うと、俺はまた桜の木を見上げた。
『きれいだね』
「ああ、そうだな」
『ねえ、みんなが元気になったらさ、ここじゃなくてもいいから、桜を見に行かない?』
「ああ。いいな、それは」
どうやら、この若人は、俺たちよりも先を見ているらしい。
「なら、私は今よりも頑張らなくてはいけないですね。メディキュボイドの研究も、医療も。少しでも、救われぬものに救いの手を差し伸べられるように」
「ええ。あれほどの機材、改良もなかなか難しいでしょうが」
「かの茅場氏の先輩にあたる研究員の作品です。なんとしてでも活かして、ひいてはVRの発展にしなければ」
その言葉に、俺は言葉をなくしてしまった。
「―――今、なんと・・・?」
「え、VRの―――」
「その前です」
「・・・茅場氏の先輩にあたる研究員の作品、ですか?確か名前は、神代凛子さん、だったかと」
その言葉に、俺は絶句した。つくづく、あの男はいったいどれほどまで先を見ていたというのか。いや、あの世界を作り上げることこそが、あの男の目的だったのであれば、ある意味では目先のことしか見えていなかったのかもしれない。目的がどうあれ、あの男が残した遺産は、想像以上に膨大なものであったということは間違いない。
(なら、せめて、その灯台守くらいにはならないとな)
火を絶やしてはいけない。前を向いて、あいつらを見守り、続くものを導こう。ガラではない気はするが、もう俺は選んだのだ。
ここでは何も言いません。
明日、12/31午前0時更新のあとがき的な何かですべて言いたいことは言います。