それから数日で、順調に素材も集まり、レシピもしっかりまとまった。そのタイミングで、スリーピングナイツと俺を集めて食事会が開かれる運びになった。正直、ここまで早くレシピが仕上がるとは思えなかったが、少々の出費は覚悟で、俺も含めて複数の傭兵ギルドに素材集めを依頼して、自身はレシピ研究に徹していたようだ。流石はSAO時代に味覚エンジンの解析をやってのけた才媛、同一のエンジンが使われているALOでもその才覚は健在だったらしい。素材が集まるのが先か、レシピが完成するのが先か、といった度合いで完成したらしい。もはやさすがと言うほかない。
そのレシピが完成されたという連絡を受け、俺たちはアスナたちのホームにやってきた。
「はい、おまたせ」
「おお・・・!」
「すごい、見た目まできれい・・・!」
「そりゃ、そこまでこだわりましたからね!」
ふんすと胸を張るアスナに、ただ俺は感心するしかなかった。箸を手に取り、いったん合掌してから口に運ぶ。口に広がる優しい風味は、まさに京料理のそれだった。
「うまいな・・・!」
「優しい味ですね・・・。どこかほっとするような」
「濃い味付けなわけじゃないのに、ちゃんと口に残る・・・不思議だねぇ」
「口にあったようでうれしいわ」
嬉しそうにするアスナをしり目に、俺たちは個々人に用意された分に次々に箸を伸ばす。会話がほとんど発生せず、ただ淡々と食べ進める風景は、いつものスリーピングナイツとは違う光景だったが、この味ならそれも納得だ。歓声が上がるとか、そういうものではない。ただ静かに、ゆっくりと素材の味を楽しみたくなってしまう。そういった類の料理だった。
そんな調子だったのもあり、すぐに出された料理は無くなってしまった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさま。どうかしら?」
「普段、少し味付けが濃いものを食べていただけに、非常に新鮮でした。素朴に、素材の味をそのまま生かした料理というのもいいですね」
「肉もいいけど、こういうのもなかなかいいよなぁ」
ほかのメンバーにもかなり好評だったようだ。実際その通りで、味のみならず、見た目、食感、どれをとっても、かなりの精度で再現されていたように思える。
「アスナさん、こんな特技があったんですね」
「まあ、ね。SAOだと、最初のほうのNPCショップの味付けが微妙だったから、自分で作るようになったらのめりこんじゃって」
「で、挙句の果てに調味料一式まで再現できたんだっけ?」
「メジャーどころはなんとかね」
「なんとか、って、それだけでも十分偉業ですよ!?」
「いやいや、これくらいなら研究すれば行けるわよ。ロータスくんやランさんだって、マギアの研究をしたりするだけでしょ?方向性が違うだけ」
「方向性が違うだけって話でもねーとおもうんだけど・・・」
ノリのツッコミは至極まっとうなもので、隣にいるタルケン、テッチ、ジュンも無言で頷いた。
「そもそも、ランねーさんだって、マギアの研究するとき相当苦労してた覚えがあるぜ?ロータスさんに放ったあの水魔法だって、どれも数日かかってなんとか形にしたものばかりだし」
「あぁ、道理で。狙いも威力も絶妙だと思った」
「僕も何度か受けましたが、最初の命中率はあまりよくなかったですね」
「だろうな。むしろアレを一発で成功させれたらたまったもんじゃないわ。俺でもうまくいくかわからないっていうのに」
まあでもそれでも何とか返すことができたのはひとえに経験値だ。対人経験があったからこそ、“なんか危ない”という直感がすぐに働かせることができた。
「そんなのはともかく、非常においしい料理でした。今度は現実世界でも食べてみたいですね」
「それまあ、自分たちで何とかしてくれ、としか言えんな」
「そうね。それに、本場の本物を自分の目で見てほしいし。私は、まあ、ある程度見慣れたって言うか、そういうところもあるけど」
「お父さんの実家が京都なんだっけか」
「そうね」
決して嫌味ではなく、そういう機会に訪れることも何回かあったのだろう。結城本家は結構由緒正しい家のようなので、アスナ本人はあまりいい思い出はないかもしれないが。
「まあ、それは私たちでなんとかします。今日はありがとうございました」
「全然大丈夫!またこういうことしてほしい、みたいなことがあったらどんどん言ってね!」
「それについては同感だ。特に俺なんかは、仮にも傭兵って肩書名乗ってるわけだからな。頼ってもらってナンボってもんだ」
「ありがと!じゃあ、そういうことがあればまたよろしく!」
そういって、スリーピングナイツの面々は席を立った。満足してもらえて何より、といったところだ。
それから少しして、俺はスリーピングナイツに雇われた。スリーピングナイツでやりたいクエストをやりたいと思ったが、ランの体調が思わしくなく、代役として俺が雇われた、という形のようだ。こちらとしても却下する理由はなく、引き受けることになった。
俺が待ち合せの場所に到着すると、ランを除いたスリーピングナイツの面々が勢ぞろいしていた。その表情を見て、俺はある程度察した。が、あえて顔と口には出さなかった。
「悪い、待たせたみたいだな」
「いや、そんなに待ってないから気にしなくていいよ。じゃ、行こうか」
そういって、ユウキはくるりと背を向けて先陣を切る。本来、俺は前衛をこなしつつ、攻撃的な後衛にも入り、全体的に火力の底上げを図るスタイル。ユウキという絶対的ともいえる前衛がいるスリーピングナイツにおいて、俺の役目はおそらく火力支援程度だろう。それに、先にユウキにも言った通り、本来スリーピングナイツに協力するのなら、俺のような純粋なアタッカー型より、バフやヒールを使いつつ支援するタイプのほうが効果的だ。それでもこの振る舞い。
「ユウキ。死に急ぐなよ」
「わかってるって」
背中からかけられた俺の声に、ユウキは振り向かずに答える。その反応を見て、俺は自身の推察がおそらく間違っていないであろうと確信を抱いた。
(おそらくランがらみだな。・・・まったく、この小娘は)
いつ来るかわからない最期に向けて、自分のできる最大の姉孝行をしたいとでも考えたのだろう。なら素直にそういえばいいのに。意外と聡いユウキのことだ、おそらく俺なら気づいていても黙っていてくれると思ったに違いない。そちらの方が気楽だ、とも。
「まあ、察しているとは思いますが、よろしくお願いします」
「つーことは、やっぱり?」
「ええ。私たちも、クエストに協力してほしい、としか」
「まったく、いらん気をまわしよってからに、あの小娘め」
「まあまあ。たった一人の肉親ですから」
「それもそうか」
小声で、同じく最後衛のシウネーと話す。やはり、シウネーは気づいていたらしい。しかし、下手に口外する理由もない。ここはおとなしくクエストに協力することにした。
今回のクエストは、森の中にいる神、フレイヤから依頼を受け、森の中に巣食ってしまった毒を浴び、狂暴化し、植物を食らうようになってしまった植物モンスターのみを倒す、というものだった。ある程度狩ったところでフレイヤに報告に向かい、次の標的がいる場所に向かい、倒し・・・と、いうことを繰り返してほしい、とのことだった。
俺のポジションは、やはりというかシウネーの護衛も兼ねた、殿での後方警戒と、後衛からの火力支援だった。いくらユウキが一騎当千の強者とはいえ、あまりユウキだけに負担をかけるわけにもいかない。ゆえに、ジュンやタルケンも前衛に出るが、やはりユウキには一歩劣る。そこを、俺が後ろから射貫く、といった格好だ。登場した敵Mobは主に、植物をかたどったものが多く、その多くが花をモチーフにしたと思われるものばかりだった。サラマンダーであるジュンが新たに会得していた、火属性のエンチャントで切り込んだところに、ほかのメンバーが切り込んでいくことで、道中はすんなりと進んだ。
何度目かのフレイヤへの報告で、フレイヤは静かに告げた。
「森に平穏が再び訪れたようです。感謝します、妖精の戦士たちよ」
「いえいえ、こちらとしてもいきがかりだったもので」
「お礼として、ささやかではありますが、こちらをお受け取りください」
フレイヤはそういって、指を軽く振った。その瞬間、全員にメニューが表示された。俺のメニューには、クエスト報酬として「グラシアスの花束」というものが贈られた、というアナウンスが表示された。
「みなさまにお贈りしたのはグラシアスの花束。ここから遠い地方では、その花束を感謝の気持ちとして贈り物にするそうです。今回、この働きに対して、私から皆様への感謝の気持ちとしていただければ幸いです」
「ありがとう、フレイヤさん」
「いえ。それに―――」
そこで言葉を区切り、フレイヤは俺のほうを見た。
「あなたには、同胞もお世話になったようですし」
「あれに関しちゃ、いわゆる利害の一致ってやつだ。礼を言われる筋合いはないよ。当の本人から、ありがたい贈り物ももらってるしな」
「それでも、です。トールが認めた戦士など、そうはいません。頼りにさせていただきます」
「そこまでいわれちゃ、期待に応えないわけにゃいかないな」
少し諦めを含んだ声音で肩をすくめる。
「では、また会うときまで、一旦はさよなら、と言わせていただきます」
「うん、またね」
そういって、ユウキはフレイヤに背を向けた。その花束は、本来手に持っておくべきものなのだろう。でも、そのアイテムの名前の名前こそ、ユウキにとっては大きな意味を持つことを、俺は分かっていた。
「ランがまた戻ってきたら、渡してやろうな」
「そうだね」
ユウキに優しく声をかけた。それにこたえるユウキの声は、落ち着いていた。
さらに数日後。俺は家で仕事の準備をしていた。軽めに資料を調べ、頭の中で、大まかな授業の流れや、授業で使うレジュメの方向性を決めていた。その時、俺の携帯がメールを告げた。その文面を見た瞬間に、俺は椅子を倒して立ち上がった。直後、俺は叫ぶように指示を飛ばした。
「ストレア!結城・・・アスナにコール!」
『OK!』
打って響く応答と、続くコール音。通話はほどなくつながった。
『もしもし?』
「あ、結城か?天川だ。メール届いたか?」
『ええ。こちらも準備しているところで―――』
「ちょうどいい。家で待ってろ。俺も速攻で身支度して迎えに行く。車のほうが早いはずだ」
『わかりました。お願いします』
「頼まれた。じゃあ切るぞ」
『ええ、また後で』
通話が切れた瞬間に、俺は即座に行動を開始した。簡単な身支度を素早く整える。少々乱暴に自分のアミュスフィアをケーブルごと引っこ抜くと、すぐに車へ向かった。車に乗り込み、エンジンをかける。
『結城邸にポイントしたよ!案内するね!』
「おう、頼んだ!」
慌てず急いで、俺は車を飛ばした。
―――携帯の画面には、倉橋医師から届いた、藍子の容態が急変した一報の文面が表示されていた。
結城を連れ、病院に到着する。結城は先にエントランスで降ろし、俺はできる限り早く駐車を済ませる。そのあとは走って、メディキュボイドのあるクリーンルームへと向かう。病院の中でいい年をした大人が走っているとなれば、咎めるような目を向けられもしたが、今は構っていられない。
クリーンルームの扉は開かれていた。それはつまり、その必要がなくなった、ということと同義である。それだけ、木綿季の容態が回復している、ということと同時に、藍子が今際の際にいるということであると、すぐに察した。
「倉橋先生・・・っ!」
「天川さん・・・よかった、間に合ってくれましたか」
「なんとか」
結城も隣にいた。藍子のメディキュボイドはすでに機能を停止していることは、素人目で見ても明らかだった。
「藍子さんは・・・?」
「もうこれ以上持ちません。いつどうなっても不思議ではない状態です。・・・手を握ってあげてください。感覚はまだ生きているはずです」
感覚
「倉橋先生。メディキュボイドを稼働させることは可能ですか?」
「・・・可能です。隣の部屋は今、無人のはずです」
「ありがとうございます」
俺の意図を正確に理解した倉橋先生に、俺はただ感謝の念を告げた。
「藍子、いや、
それだけ言い残すと、俺は手を離した。結城も、それに続いてくれた。
持ち込んだ私物のアミュスフィアの設定を手早く済ませる。ログインすると、即座に俺は待ち合わせ場所に飛んだ。これでも、ALO随一の飛行速度を持つプレイヤーの一人だ。その全力飛行を以てして、なんとか間に合った。
「お待たせ。待たせたか?」
「いえ、全く。ちょうど、見せたいものもあったので」
振り返って、ゆるりと微笑むランは、見た感じいつも通りだった。こうしてみると、本当に、あまりにもいつも通りだった。
ランはおもむろに、スローイングタガーを両手に構える。本数は四本。その状態で、静かに詠唱を始める。俺にはわかる。これは、デュエルトーナメントで見せた技だ。何もないところに四本同時に投擲し、詠唱完了と同時に、腰に刷いたサーベルを抜き放つ。瞬間、その四本それぞれから二つずつ、竜の頭を象った水魔法が放たれ、サーベルからはひときわ大きな竜を象った水魔法が放たれた。間違いなく、今まで見たマギアの中で一番の大技。それはただ、美しかった。
それを放った直後、ランは崩れ落ちるようにその場に倒れた。即座に俺が支える。
「どこも痛くないのに、体に力が入らないです・・・」
「そう、か。綺麗だな、今の技」
俺の言葉に、ランは優しく微笑んだ。そして、アイテムストレージから羊皮紙を取り出し、俺に託した。
「私の開発したマギアです。あなたに託します」
「・・・託された」
俺の言葉に、ランは安心したように笑った。直後、俺たちの周りに、アスナとスリーピングナイツの面々が駆け寄ってきた。
「あなたたち・・・」
「メリダとクロービスの時とは違って、今回はこうして看取れるんだ。来ない理由がないでしょ?」
「そういうこと。今まで、ランにはさんざん、苦労もしたし、かけられたし・・・っ!」
「ダメ、ですよ、ノリさん。最後は、みんなで、笑って、って、決めたじゃ、ないですか・・・っ!」
今まで縁の下でパーティを支えた縁の下の姐御であるノリの涙に、タルケンもテッチももらい泣きしてしまう。みんながさめざめと泣いていた。
「ランさん。私も、あなたに見せたいものがあるんです」
「え・・・?」
そういうと、アスナは天に向かって魔法を放つ。シンプルな水鉄砲だ。だが、それだけで十分だった。
その合図で、空に虹がかかる。いや、虹ではない。そこにいたのは無数のプレイヤーだった。プレイヤーの種族ごとに色が違うため、虹のようになっていた。
「あなたたちの生きた軌跡。その一端を、最後に見せたかったんです」
「私の、生きた・・・」
それだけ言うと、ランは再び俺に顔を向けた。視線を感じ、俺も目線を落とす。
「あぁ、私も、この世界に、少しでも軌跡を刻むことができたのですね・・・。みんなと出会えて、この世界にきて、剣士の碑に爪痕を残しただけではないのですね」
「ああ。陳腐な言い回しだが、お前は、お前を覚えているものが忘れられることができないようなことをしてのけたんだ」
「ああ、うれしい。本当にうれしいです」
それだけ言い残すと、ランは静かに俺とユウキの手を取った。
「ユウキ。あなたはもう一人ですが、一人ではありません。大丈夫、あなたなら大丈夫です」
「ねえ、ちゃん・・・っ!」
「だからそんな顔はしないの。お姉ちゃんの後を追いかけてはだめですよ」
「うん・・・っ!分かった・・・っ!」
涙交じりに応える妹に、姉は少し安心した表情を浮かべた。そして、今度は俺に顔を向ける。
「ロータスさん。短い間でしたが、あなたと一緒にいられて、本当に楽しかったです。あなたとの時間は、かけがえのない思い出になりました」
「そう、か。そういってもらえると、俺もうれしい」
俺の答えにランはさみしそうに笑った。そして、握った手を頬に向けた。
「さようなら、私の、最初で最後の、大好きなひと―――」
―――そこから先の言葉は続かなかった。するりと抜ける手と腕の力に、俺は、その時が来たことを悟った。ユウキの、二度と握り返すことのない手を握りしめたままの泣き声が、ただ静かなその場所に響いていた。
はい、というわけで。
細かいことは言いません。次の次、そのあとがき的な何かで書こうと思います。
次回、マザーズロザリオ編最終回は12/30午前0時更新です。お楽しみに。
ではまた次回。