ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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73.楽しい時間は

 ランにああは言ったものの、そうそう当てなんてあるわけもなく、はてさてどうしたものか、と考えていきついた結果。

 

「こうして、私を頼った、と」

 

「いやはやお説の通り。面目ない」

 

 俺の返答に、永璃ちゃんはなんとも言えないため息をついた。彼女なら、同性なうえに、結城たちと面識もある。加えて、ギリギリといえど成人しているとくれば、この上ない適役だった。

 

「まあいいけどね。明日奈ちゃんからも同じような頼み事引き受けてたし」

 

「そうか。ま、よく考えてみれば、結城がそこまで考えてないはずもない、か」

 

「そういうこと。もうちょっと生徒を信用してあげなさいよ、天川先生?」

 

「肝に銘じとく」

 

 どうも人生ソロプレイヤーからすると、その辺の発想が甘いらしい。しかもそれを、年下である永璃ちゃんに指摘されるまで気がつかないとは。

 

「人間観察は得意なのに、人を信じるのは苦手っていうのも、どこかちぐはぐな気はするけど・・・ま、それが先輩か」

 

「ひでぇ言い草だな、と言いたいところだが何も言えねえな」

 

 ゆっくりとコーヒーカップを傾ける。と、ここで一つ疑問が浮かぶ。が、それはすぐ解決した。

 

「あ、旅費とかは明日奈ちゃんのお母さんが負担してくれるって」

 

「ほう、それはなんつーか、意外だな」

 

「そう?」

 

「ティーンエイジャーの娘と友達が旅行に行く、ってのに賛成するかな、と思ってたもんでな。実際会った感じ、話は分かるけど堅物な印象だったし」

 

「むしろ父親の方が反対してたけど味方についてくれたくらいらしいわよ。年頃の娘らしいことが今まであまりなかったから、って」

 

「あー、それは分かるかもしれん。今でこそああだが、初期のアスナとか、ザ・堅物だったからな」

 

「あー、ちらっと聞いた。和人くんとも衝突してたんだっけ?」

 

「そーそー。なんだかんだでコンビ組むようになって、徐々に軟化してった感じ。今にして思うと、あの時既にバーサーカー気質あったな」

 

「本人に言おうか?それ」

 

「反論されたら、初対面だったときに予備武器と最低限の回復と寝具だけでダンジョン潜りっぱなしなんて時点でかなりイカれ判定だって言っといて」

 

「・・・なんか、全く想像つかないんだけど」

 

「あの時のアスナと今のアスナを同一人物視しない方がいいんじゃないかと思うくらい別人だったぜ?」

 

 これは偽らざる本音だ。どこであの堅物がほだされたのかわからないが、とんでもないお嬢さんだ、というのが俺の第一印象だ。

 

「・・・ますます想像つかないわ」

 

「やけっぱちっていうか捨て鉢っていうか、それとバーサーカーを足して2で割らない感じだな」

 

「よく助けたね?死にたいなら勝手にしろ、くらい言いそうなもんだけど」

 

「目の前で死なれても寝覚めが悪いからな」

 

 これもまた事実。こういってはなんだが、助けた理由は、気紛れとその場に居合わせたキリトとの意見の一致以外の何物でもない。後悔はしていないし、ああなってくれたのはいい傾向だと思う。

 俺のその言葉に、永璃ちゃんは少しだけ笑った

 

「・・・んだよ」

 

「いーや?やっぱりなんだかんだ言っていい人だなーって」

 

「そんなこというのはお前だけだよ」

 

「その台詞を言うべき相手は他にいるんじゃない?」

 

「―――そうだな」

 

 いい加減、向き合わにゃダメだよな。

 心の中で静かにひとりごちた。

 

 

 さて、旅行の間、当然と言えば当然だが、寝る間やお風呂の間はスリーピングナイツのメンバーは仮想世界にいることになる。その間は、できるだけ同行できなかった面々が話し相手になることにしていた。

 

「京都なんて久しく行っていなかったんですが、やはりいいですね」

 

「そうなの?なんか地味だなーって思っちゃったんだけど」

 

「ああいうのは趣がある、っていうんだよ。年取ってくるとああいうのの良さがわかる」

 

「ジジくさい」

 

「ほっとけ。というか、シウネーは京都に行ったことあったんだな」

 

「こちらに来て少しした時、友人に連れていってもらったんです。日本の歴史を学ぶためにうってつけだと」

 

「そりゃそうだな。東京、古い言い方だと江戸は、現代でいうウォール街のようなもんで、古さや歴史でいえば京都や奈良のほうが深い」

 

「その友人も似たようなことを言っていました。さしずめ、アメリカにおけるフィラデルフィアのようなものだと」

 

「なかなか言い得て妙だな」

 

「フィラデル・・・?」

 

「フィラデルフィア。アメリカ独立宣言の地だ。今でも、アメリカの歴史にまつわるものがたくさんある都市だな。歴史の勉強が足りんぞ若人よ」

 

 どうやらフィラデルフィアが分からなかったらしいユウキに対し補足を入れつつ、先を目顔で促した。

 

「解説されると、昔の人は本当にすごいとつくづく思いますね。五重塔の建築理論には驚かされました」

 

「あー、あれな。地震の多い日本人ならではだよなあ、ああいう発想」

 

「あれを、コンピューターなど一切ない時代にやるというのは、本当にすごいです」

 

「なー。いったいどういう発想だったんだろうなぁ」

 

「それに、そういった建物の周りに近代的な建物は少なく、近代化された建物の区画と歴史的な区画がはっきり分かれているのも印象的でした」

 

「あー、あれは条例だったかで規制されてるんだよ。景観を壊さないように、ってな。だからコンビニとか自販機も、景観を壊さないようなデザインになってるはずだ」

 

「ですね。なので、統一感がある。奇妙なちぐはぐさがない」

 

「和を以て貴しとなす、ってやつだな。現代まで生き続ける精神だ」

 

「信心が浅い人も、どこか背筋が伸びるというか、そういう雰囲気がありますよね。神々しいっていうか、厳かっていうか」

 

「だな。日本人としてうれしいよ」

 

「京都ならここ行っておいた方がいい、って場所ってほかにある?」

 

「んー・・・多すぎて一概には言えないな。清水寺とかメジャーどころは抑えてると思うし・・・。多分アスナならその辺しっかりしてるんじゃないかな」

 

「なんか、アスナって本当にお姉ちゃん気質だよね」

 

「アスナ自身は妹らしいがな」

 

「え、そうなの!?」

 

「あ・・・プライベートな情報だから言わないでほしいんだが。兄貴がいるらしい」

 

「会ってみたいなあ」

 

「すでに社会人かもしれないし、そうでなくても忙しい可能性は高いがな」

 

 あぶねえうっかり口滑らした。俺にとっては、生徒の情報だからまあ把握していて当然なわけだが、一般的にはリアルのプライベートにかかわるもの。本来漏らしてはいけない情報だ。まあ、アスナがそういう家庭ってことを知れば、そこからレクトの社長一家、なんて調べればわかることではあるが。

 と、内心冷や汗ダラダラ状態の俺をよそに、ユウキが明るい声を上げた。

 

「そうそう、アスナがね、こっちで京都の料理、できる範囲で再現してくれるって!」

 

「マジか。アスナならやれそうだな」

 

「本気でやりそうなあたりがアスナさんらしいですね」

 

「やるとなったらとことんガチるタイプだからな」

 

「楽しみにしていましょうか」

 

「そうだな」

 

 料理スキルカンストな上に、SAO時代に味覚エンジンの解析という荒業を成し遂げた彼女のことだ。ここでも素材さえ集まればやれるだろう。

 

「必要な素材リストアップしてくれたら協力するかね」

 

「ロータスさんも手伝ってくれるんですか?」

 

「そりゃもちろん。俺も興味あるしな、本家本場の味ってやつ」

 

 ランの言葉に返答はしたものの、ある程度見当はつく。京都の料理といえば純和食、代表的なものといえば湯葉などだろう。となれば、香草類など、あまり香りの強いものはないはず。同様に、肉類はあっても鶏肉くらいで、牛や豚もおそらくない。問題は、

 

「どこから料理作るかなんだよな」

 

「素材のお話ですか?」

 

「そそ。原材料から再現するのか、ある程度食感や味覚が似てるもので代用するか。ま、アスナなら前者な気がするがな」

 

「それは、なぜ?」

 

「さっきも言ったが、ガチるとなったらとことんガチるんだよあいつは。なにせ、SAO時代に味覚エンジンの解析をした女だぞ?調理エンジンの解析くらい、副産物でデータ化されていてもおかしくない」

 

 おかしくない、とは言ったものの、やっていて当然かもしれない。

 俺は感覚と経験で、なんとなくこんな感じ、というものはある。が、それは俺が、SAOでオレンジの期間が極めて長く、碌な調理場どころか、ショップすらも使うことのない、野戦が基本であったが故のことでもある。極論、腹が満たされればそれでいいのだが、味がいいのならそれに越したことはない。フルマニュアルでならスキルなしでもある程度はなんとかなる、と見つけてから、自分で簡単な料理をするようになっていた。その過程で、フルマニュアルの調理エンジンの解析というのはやってしまった。俺が必要に迫られてフルマニュアルでの解析を行なったように、アスナも同じように、味覚エンジンの解析過程において、必要だったからという理由で調理エンジンの解析もやっている可能性は大いにありうることだ。

 

「やれるものなのですか?」

 

「やる気になれば、な。恐ろしく面倒であるのに変わりはないと思うが」

 

「しかし、不可能ではない、と」

 

「そーいうこった」

 

 もともと地頭がいいアスナのことだ、やる気になれば、能力的には十分可能だろう。意欲も、あの性格を考えれば十二分。

―――問題は。

 

()()()()()()()()、だな)

 

 口に出すことはしない。が、アスナもそれは承知の上だろう。それは、無論俺のことも、だ。

 そんなことを思いつつ、目線をさりげなくランに移す。この中で、おそらくランはリアルの()()がもっとも悪い部類に入るはずだ。

 

「さて、今日はこのくらいでお開きにしようか。そろそろアスナたちも風呂から出てくるだろうし、ゆっくり寝ておかないと旅路に差し障る」

 

「そう、ですね」

 

「えー?まだまだ話し足りないよー!」

 

「わがままを言うんじゃありません。明日眠くなっても知らないですよ?」

 

「それは・・・困る」

 

「なら寝ろ。んでもってたっぷり、しっかり見てこい。話なら、帰ってきてからでも、いくらでも聞いてやるから」

 

 俺とランが宥めすかしたことで、ユウキも静かになった。それにつられるように、他の面々も静かになる。

 

「では、私たちはこれで」

 

「おう、おつかれさん」

 

 本音を言えば、ゆっくり寝ろよ、とでも言いたい。が、その言葉を口にする勇気は、俺にはなかった。

 

 

 それから数日後、俺はアスナに呼び出された。傭兵として仕事を依頼したい、と言われた時点でなんとなく察しはついていたから、合流してすぐに要件を切り出した。

 

「ユウキたちとの約束か?」

 

「うん。もしかして知ってた?」

 

「本人から聞いた。で、どこから作るんだ?小麦から?」

 

「小麦が原材料にあればやってもよかったかも」

 

「ってことは、原材料から作るのか?」

 

「いや、ある程度似ているもので代用するつもり。本当は完全に再現したいんだけど、時間がないから」

 

「あー・・・」

 

 タイムリミットまで長くない以上、手間をかけすぎるのもよくない。それはアスナ自身が百も承知だったようだ。というか、

 

「時間があれば、って話か」

 

「それはもちろん。で、うってつけの協力相手がいるとなれば、人手を使うのは当然でしょう?」

 

「道理だな。で、アイテムの共有はどうする?俺の共有タブはフカと繋いでるから、できれば解除したくないんだが」

 

「それについては、私専用のボックスがあるから大丈夫。そっちに入れてもらえばいいわ」

 

「なら俺側からは入れるだけ状態の設定にしてるってことだな?」

 

「厳密には、私以外取り出せない状態になってる、と言った方が適切ね」

 

「OK、了解した」

 

 まあ確かにそうなっていても不思議ではない。アスナとキリトはSAOの時から、結婚システムを使ってストレージの共有化を行っていた。が、それはつまり、衣類なども一緒くたになるということと同義なわけで。親しき中にも礼儀ありというか、さすがに下着とかまで見られたいとは思わないだろう。となれば、それぞれ専用のストレージがあっても不思議ではない。そうなれば、必然的に個々人専用の外部ストレージになるわけで。だが、片方が入れることも不可能な状態では、それはそれで不便だろう。保存はできるが取り出しはできない状態にしておけば、その辺も解決する。

 

「で、どいつをぶっ殺せばいいんだ?」

 

「あ、それについてはこのリストを見て頂戴。ある程度はこっちで受け持つから、とりあえずはそのリストにある分で十分」

 

 そういわれて手渡された羊皮紙には、きっちりとリストアップされた原材料リスト。アスナらしいというか、かっちりと分量も書いてある。しかもこれは、

 

「基本的に深夜帯に出没する奴をやればいいってことか」

 

「そういうこと。お昼はこっちでなんとかする」

 

「さすが、その辺はしっかりしてんねぇ」

 

 要は彼女らと俺とでインできる時間が違うことからの配慮だろう。ちゃんと持ち回りのメリットを生かし切る采配ができるあたりは流石元血盟騎士団副団長といったとことか。

 

「ん、今ポップするやつもいるな。じゃ、早速行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 そういって、ある程度マップの状況を確認したところでアスナから声がかかる。

 

「そういえば、ランさんとはどうするつもりなの?」

 

「・・・痛いとこついてくんね、お嬢さん」

 

「つまり、まだ決めかねてると」

 

「まあ、な。どう向かい合ったらいいかわからんのよ。好意を向けられた経験があまりに少ないもんでね」

 

 本気でどうすればいいのか分からないのが本音だ。レインとの関係が今なお曖昧なままのように。

―――彼女が、いや、彼女()()が抱いているであろう想いに、どう向かい合えばいいのか。

 

「なにかしらでトリガーがあれば吹っ切れるかもしれんが、このまま有耶無耶になるかもしれんな」

 

「・・・本当にどうすればいいのか分かっていないのね」

 

「分かってりゃあ苦労はせん」

 

 案外、待つのが正解かもしれない。だが、“期限”を考えると、そうのんびりと構えるわけにもいかない。かといって、こちらからアクションを起こしたところで、という感覚もある。とりあえずは様子見が安定か。

 

「まあ、そんなのは置いといて、行ってくる。サクッと一定数集めてくるわ」

 

「お願いします」

 

 それだけ言い残すと、俺は拠点を後にした。

 




はい、というわけで。

今回はお料理回でした。そういえば、旅行中ってお風呂の間とかはスリーピングナイツのみんなってなにしてるんだろ、って思ったのが始まりでした。で、そういうときって誰かにそういう話したくなるのでは?と思いこんな感じに。

後半はロータスくんの傭兵業のお話のつもりです。そういえば、ロータス君って仮にも傭兵って設定なのにその手の話書いてないなー、ということで。まあ、ざっくりとしたお話なわけですが。本来なら、ここの報酬が金銭的なお話になることが多いです。今回は一緒に手料理振るまってくれる、というのが報酬に当たりますね。

さて、こんな流れですが、あと二話でマザーズロザリオ編はラストとなります。そのため、去年同様、次の更新は12/20の午前0時です。
一気に急展開みたくなりますが、まあその辺はいつもの自分ということで大目に見ていただければと思います()

ではまた次回。

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