ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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72.真剣勝負の後で

 中央にウィナー表示が出た瞬間、ギャラリーはスタンディングオベーションで激闘を繰り広げた2人を称えた。無論、俺たちもその中に含まれていた。

 

「ユウキおめでとーー!!」

 

 隣でレインが讃える。それに反応してか、少し照れているユウキの右手を、キリトがとって挙げた。その動きに、歓声がさらに高まった。

 

「いやはや、2人とも見事」

 

「そう、ですね・・・!」

 

 少しだけ震えたランの声。見ずとも分かった。

 

「しっかり見てやろうぜ。お前の自慢の妹だろ?」

 

「・・・はいっ!」

 

 きっとランは、いや、藍子はこの光景を目に焼き付けているに違いない。木綿季が、正真正銘自分の力で勝ち取った名誉なのだ。これは、その報酬の一端に過ぎない。

 

「ロータスさん」

 

「ん?」

 

「ありがとう、ございます。本当に」

 

「急にどうしたってんだよ?」

 

「きっとあなたの言葉が無ければ、ユウキは負けていた。あなたのおかげで勝てたようなものです」

 

「そいつぁ買いかぶりってもんだ。最後は明らかにユウキの策だしな」

 

「・・・え?」

 

「あいつ、最後のマザーズ・ロザリオ、()()()()()()()()()()()()()。キリトの反応速度をもってすれば、ブーストで速度を上げたとしてもなお、パリィし切られることも想定に置いてたんだろう。だから、わざと速度を落として、ソードスキルの後半を全部パリィ()()()。仮に最速で撃って凌ぎ切られたら、カウンターで終わりだったからな。時間的にカウンターが間に合わないよう、速度を落として、ダメージレースに持ち込んだ、ってわけだ。いやはや、あんな使い方があるとはな」

 

 システム外スキル、ブースト。その対となる、わざと速度を落とす技。こんな使い方は俺の想定にも入っていない。当然、教えてもいない。これは正真正銘ユウキの策であり、確実に勝つためにユウキが切った最後の札。

 

「急速に進化するあいつに、いずれ俺は勝てなくなるんだろうな」

 

 はっきりと知覚する。今はまだ勝てても、いずれ俺はあいつに勝てなくなる。

 

「―――でも、それは今じゃない」

 

 まだまだ、俺には作れる札がある。より深く使いこなせる札がある。そうそう簡単に負けてはやらない。負けてなるものか。

 

「珍しくやる気だね」

 

「そりゃまあ、あんなもん見せられたらな。ましてや、手札の量を武器にしてるって公言してる俺の前で、俺の考えつかない札を見せられたら、燃えるなってのは無理な相談よ」

 

「と、いうことは、伸びしろはあるということですね」

 

「当然。ユウキにも、キリトにも、俺にも、な。

―――陳腐な言い回しにはなるがな。成長の余地がない、まさしく完璧、なんつーもんが存在したとしてだ。そこにはありとあらゆる想像の余地はないんだよ。常に、なにかしらの穴ってもんが存在する。だからこそ、高みを目指そうと躍起になれる。

 安心しな、ラン。あいつはもう、1人で歩いていけるだけの力がある」

 

「そう、ですね。そのようです」

 

 俺の言葉に、ランは心底安心した声でぽつりと漏らした。

 

 

 もろもろ一段落した後、俺たちはゲーム内でのエギルのバーで打ち上げをしていた。早くもユウキとキリトはお互いが“次は(も)負けない”と張り合っているところを見て、どこか歳の離れた兄妹のようだな、などと感想を抱いた。そんな時に、横にはエリーゼがすと近寄ってきた。

 

「最近モテモテですねー、おにーさん?」

 

「イヤミか?」

 

「まさか。というかむしろ、先輩は今までボッチ過ぎたんですから、ちょっとくらい女難の相があるくらいでちょうどいいってもんです」

 

「女難の相があって嬉しいってやつもそうそういないと思うが?」

 

「誰も彼も寄り付かないよりはマシでしょう。人間は社会的動物ですから。悪名は無名に勝る、ってやつなんですかね?」

 

「別に俺は1人でも一向に構わんがな」

 

「そういうこと言ってるといずれ泣かれますよ?」

 

「すまんがその辺の機微には疎くてな」

 

「ならせめてその辺考えてるようにしてください。手遅れになってからじゃ遅いですからね」

 

「ああ」

 

 それだけ言い残すと、エリーゼはレインの元へ向かった。女同士、積もる話でもあるのだろう。

 

()()()()()()()()()、か)

 

 エリーゼ、いや、永璃ちゃんの言葉は少しチクリと来た。流石の俺も、そこまで朴念仁ではない、と思っている。少なくとも1人、伝聞なんぞ気にせずついて来てくれる相手がいる。その事実に今まで甘えていたのだろう。何より俺は1人でも別に構わない。ついて来るならそれもそれでよしとする。そんなスタンスだったのだ。

―――いい加減、向き合わなきゃならんな。

 心の中で少しだけひとりごちた。

 

 

 それから少しして、俺はユウキに呼び出されていた。もちろん、ALOに、だ。だが、その呼び出された場所に俺は引っかかりを覚えた。その場所が、アインクラッド下層にあるカフェだ。普通ならスリーピングナイツのホームのはずだ。そうではない、ということは、メンバーに聞かれたくないということだろう、と、あたりは付けていた。

 

「あ、来た来た。こっちこっちー!」

 

 待ち合わせ場所にいくと、ユウキは大きく手を振ってきた。その横には、比較的長身痩躯な男性のシルフがいた。

 

「こちらでは初めまして、ですね、ロータスさん」

 

「もしや、倉橋先生ですか?」

 

「ええ。こちらではブリッグスと名乗っています」

 

 丁寧なブリッグスの対応は現実世界での倉橋医師のそれそのままだ。

 

「立ち話もなんです。中に入りましょう」

 

「そうですね」

 

「はーい」

 

 ブリッグスに続く形で、俺たちは店の中に入った。その背中を見ながら、俺は内心でため息をついた。

 

(まったく、無意識にやっちまうってのは本当に考えものだな)

 

 倉橋先生のことを、俺は全くと言っていいほど知らない。それでも、面識がある程度の相手であったとしても、本当に少しの違いですら、俺の観察眼には映ってしまう。まあ、それは呼び出された場所の時点である程度察してはいたわけだが。その分析を覆い隠し、俺は店に入った。

 

 それぞれの注文の品が届いたところで、ブリッグスが静かに切り出した。

 

「さて。単刀直入に言いましょう。

―――ランさん、いや、藍子くんの推定される余命について、です」

 

 その言葉を聞いた時、俺の隣のユウキは少しだけ息を呑んだ。

 

「ロータスさんは、それほど驚かれないのですね」

 

「ある程度予感はしてましたから。感心しない癖だなとは思いますが」

 

「そういえば藍子くんも言ってましたよ。下手な隠し事は出来ないと。

―――藍子くんの余命は、長くて2ヶ月程度だと思われます」

 

 2ヶ月。その言葉を口の中で転がす。少し前に月が変わったことを踏まえると、

 

「本当に春先、ということですか」

 

「はい。残念ながら。・・・すみません」

 

「いや、先生は悪くないよ。これも主の思し召し、って、きっと母さんなら言ってる」

 

「でも、私は藍子くんを救えなかったことを後悔して生きていくと思います。きっと最期まで」

 

「部外者が言うべきではないかもしれませんが、あえて言います。それが現代医学の限界であり、その中で最善を尽くした。そこは誇るべきだと思いますよ。あなた自身が私に言ったように、あなたの選択が正しいのかそうでないのかは、きっと誰にも分からないと思います」

 

 俺の言葉に、倉橋先生は少しほっとした顔を浮かべた。どこか安心したようで、それでいて迷いの残る、微妙な表情だった。と、隣のユウキが静かに口を開いた。

 

「先生。ボクは、先生がどれだけ悩んだのか、少しだけ知ってるつもりです。先生はボク達に、あまりに大きなものをくれました。感謝こそすれど、恨みなんてしません」

 

「・・・でも、私は、」

 

「ボクを助けてくれて、姉ちゃんと一緒に素晴らしい世界を見せてくれた。ただベッドに縛り付けられる生活じゃない、かけがえのないものを」

 

 ユウキの静かな、されど温かみのこもった言葉に、倉橋先生は一言、「ごめん」とだけ呟いて俯いた。静かに嗚咽するその姿を、俺は静かに見つめることしか出来なかった。

 頭の中には、永璃ちゃんの言葉が響いていた。

 

(近いうちに、どこかでキッチリ、ケリつけないとな・・・手遅れになる前に)

 

 果たしてどうしたものか。俺から本当に言い出していいものか。返答するとして、どういう答えを出すべきか。先延ばしにしている時間はもうない。

 

 

 2人と別れた後、俺はフィールドでちょっとした実験をやっていた。この世界での魔法の詠唱は祝詞のようなもので、単語のそれぞれに意味があり、組み合わせて力を発揮する仕組みだ。つまり、うまく単語を文法通りに組み合わせることができれば、新しい魔法を生み出すことも不可能ではない。現に、俺やランが多用するマギアの多くは、新生ALOで編み出された技法、とは古参勢に聞いた。誰か先にやっていそうなものなのだが、そもそも近接戦闘をしながら魔法を使うということ自体相当な難易度で、断念した人がほとんどだったそうだ。それなら、エンチャントを組み合わせた程度で十分、という理由だった。それもそうだ、普通なら物理なら物理、魔法なら魔法で特化させればいい。今の新生ALOでは、物理型でもソードスキルを使って魔法を付与した攻撃ができるようになっている。純魔法特化はその分火力に優れる傾向にあるし、そもそも昔から、魔法職はパーティを組んで真価を発揮する傾向が強く、ALOもその一つだ。そんな器用なことをあくせくして使うより、おとなしくソードスキルを使うか、パーティ組んで純魔法職で火力を上げたほうが効率がいいのだろう。それに、使い手からすれば、詠唱の一部や展開から使ってくるマギアの傾向は、ある程度予想することが可能だと思う。だからこそ、こうして一人で行動することが多い。

 

「精が出ますね。新技の実験ですか?」

 

 だからこそ、こんな風にいきなり声をかけられると、反射で投げナイフを投げてしまう。矢を放った方が威力は高いのだが、即効性も含めた手っ取り早さという点ではナイフのほうが使い勝手がいい。それに、俺の場合、どっちの手でもある程度狙った位置に投げられるし、何なら短いエンチャントでホーミングの真似事も、ある程度は可能だ。投げられた相手はあっさりと叩き落してのけたが、牽制の意味合いが強い速度重視の投擲に対し、即座に反応できる時点で大体予想は付いた。

 

「すまん、反射で投げちまった」

 

「いえ、こちらこそ驚かせてすみません」

 

 そこにいたのはランだった。どうやら、普通にフィールドで見かけて声をかけただけらしい。おそらく彼女も同じようことをしていたのだろう。種族もスタイルも似通っているのなら、特訓場所が似通っていても不思議ではない。

 

「よろしければお付き合いしてもいいですか?」

 

「別に俺は構わんし、なんならありがたいくらいだが・・・いいのか?」

 

「それはどちらかというと私のセリフなんですが・・・手の内を見せることになりますが」

 

「切り札ってのは、見せておくってのも大事なんだぜ?」

 

「なるほど、勉強になります」

 

 そんなことを言いつつ、俺の中では打算が多くを占めていた。先のデュエルトーナメントで、俺の技レパートリーもまだまだ広げられることは、目の前の少女が証明した。その発明者本人と直接共闘できるのであれば、発想のルーツ、その一端を知ることができるかもしれない。俺の心の内を知ってか否か、こちらが飛ばしたパーティ申請を、ランは即決で呑んだ。

 

「じゃ、少しの間よろしく」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 そんな言葉を交わし、俺たちは前に歩を進めた。

 

 もとより、俺が実験場所として選ぶところは、その時に研究しているマギアの特性に大きく依存する。今回実験していたのは中距離の間合いを埋めるマギアだったため、中距離戦を仕掛けてくる敵が多い場所だ。俺が開発した中距離での間合いのマギアの多くは、基本的に森など、射線を切りやすい場所での使い勝手を重視している。それゆえに、複雑な軌道だったり大技であったりというものはレパートリーとしては少ない。対して、ランがデュエルトーナメントで使ってきたマギアの多くは、俺が開発を渋っていた大技系など、閉所空間では使い勝手が極端に落ちるものばかりだった。使い勝手重視の俺に対し、一撃で戦況を変えるランといったところか。俺は燃費重視で、とにかく多くの手札を切ることを重視するのに対し、ランは少ない手札を生かし切って、一撃で戦況を変える。究極の一と無限の手札、現状は俺のほうが強いが、いつひっくり返ってもおかしくない。研究材料としてのみならず、相手にとっても、相棒としても不足はない。この組み合わせだと、前で支えることは俺のほうが上をいく。回復術をあまり習得していない俺に対し、回復も含めた支援能力に長けたランを後ろに置いた方が安定するからだ。俺が遠距離からまず仕掛け、ランが起点を作り、俺が最後ダメ押しして終わる。その繰り返しだ。

 

「右の弓使いロー!」

 

「とどめさします!」

 

「頼んだ!」

 

 まあこんな具合で、ある程度情報がそろえばこのくらいの連携は即席でも組める。加えて、エリーゼやアルゴといった情報を多く持つプレイヤーが知り合いにいるというのも大きい。情報がなければ死ぬ、それはおそらく大体の事象において共通する事項だ。そして、情報に対応する手札という点において、この組み合わせ以上に最大効率をたたき出せるデュオはそうそうおるまい。

 

「倒しました!」

 

「こっちも終わった。おつかれー」

 

「お疲れ様です」

 

 ポリゴンを背中に、お互いの働きをねぎらう。一人より二人のほうが効率は上がる。もちろん、特に言葉を交わさなくとも阿吽の呼吸でお互いのフォローに入ることができるレイン相手のようにはいかないのだが、それはレインが特別なだけだ。戦闘スタイルが似ている時点で、ある程度お互いの動きも読める。しかもフォローも文句のないものだった。自分が削った後に、確実に一枚落としていってくれるのは大きい。サシの勝負なら俺はそうそう負けないし、集団戦でもある程度なら十分粘れる。ソロだと勝てないかもしれないと踏んだら玉砕覚悟で突っ込んでいくのだが、デュオなら粘っていれば相方が倒してくれる。どの敵を優先して攻撃すればいいかだけの連携だけでどうにかなるのは大きい。

 

「そういえばロータスさん、少しお話があるのですが」

 

「ん?」

 

「今度、あのプローブを使って、アスナさんたちと旅行に行こうという話が出ていまして。いっしょに行けませんか?」

 

「ん-・・・行きたいのはやまやまだが、俺も仕事があるしなぁ・・・」

 

「そう、ですか・・・」

 

 明らかにしょんぼりするランに、俺は少しの罪悪感を覚えた。

 

「まあ、でも、アスナたちってことはほとんど未成年なわけだよな・・・さすがに未成年の女子だけで旅行ってのもリスキーだし、かといって下手な人選だと純粋に旅行を楽しめないしなあ・・・」

 

 その言葉に、ランの顔が少し明るくなる。

 

「まあ、こっちでもいろいろ策を考えてみるよ。見習いみたいなものとはいえ教職についてる以上、保護者を伴わない生徒だけの旅行ってのは注意せざるを得んからな」

 

 これは本音だ。だが、はてさてどうしたものか。とにかく、あれこれ手を考えてみるほかあるまい。ある程度の算段を頭の中で立てつつ、俺たちはもう少し進むことにした。

 




はい、というわけで。

デュエルトーナメントが終わった後には少しシリアスな話を挟ませていただきました。
というか、こういう話を挟まないと、自分のことだから終わらないので苦笑

ランとの関係はうまいこと書けないので、こういう形に。
ちなみに、物語中に出てくる「ロー!」というのは、HPをある程度削って瀕死状態を指します。瀕死だからそっちから倒そう、って感じですね。

さて、次はアスナたちの旅行話がらみから始まります。
もう間もなく終わりますが、マザーズロザリオ編、引き続きよろしくお願いします。

ではまた次回。

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