ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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71.弟子の戦い

「普通はあれだけ札を切れば倒せるんだがな」

 

「俺が普通じゃないって言ってるのか?」

 

「魔法をソードスキルでぶった斬れるよーななつを普通とは言わんわい」

 

 至極当然である。俺はエンチャントで少々判定をブーストしているうえに動きの自由度もあるからまだわかる。が、この目の前の男はそういったブーストがない上に動きが固定されてるソードスキルで魔法をぶった斬る。控えめに言って常人ではない。

 

「俺からしたら、そっちも大概尋常とは言い難いがな」

 

「安心しろ、その辺も鑑みたビルトだから。それに、これ、SAOとか別のゲームからコンバートしたからこのステータスだけどさ、そうじゃなかったらステータスだけでも揃えるのは一苦労だし」

 

「ま、とにかく。次、頑張れよ」

 

「ああ!」

 

 互いの健闘を称え合うハイタッチとパフォーマンスを交わして、俺たちは退場した。

 

 

 

 さて、敗者となった俺たちは観客に回ることになったのだが。

 

「あれ、ロータスくん?」

 

「レイン、それにランもか」

 

「ここなら、他人に聞かれたりするリスクは低いですし。」

 

「さあさあさあお立ちあい!短いような長いような、激闘ばかりのデュエルトーナメントもいよいよ決勝戦!!まずはあぁぁ!!

 その腕はALO随一!辻デュエルでは連戦連勝!美しい花には刺がある、その言葉に違いなし!!

 ALO最多連撃OSS保持者!!絶剣!!ユーーーーウーーーキーーーー!!!」

 

 もう一つのブロックは順当にユウキが制したらしい。まあ、ユウキを倒すためには、あの反応速度を掻い潜って攻撃を当て、なおかつ彼女の苛烈極める攻撃を凌ぎ切る技量が必要だ。そんなことができるのは、手の内を知り尽くした双子の姉であるラン、間合いを自在に切り替えて戦う俺やレイン。あとは、

 

「対しますはぁぁぁぁ!!

 皆さんご存知黒尽くめ、弾丸より遅い魔法ならSSでぶった切る脳筋の極み!魔法など惰弱惰弱ゥ!!

 デュエルトーナメントディフェンディングチャンプ、キーーーリーーートーーー!!!」

 

―――近接戦において少なく見積もって互角の戦いができるこのまっくろくろすけくらいのものだ。

 

「ロータスくんはどうみる?この戦い」

 

「お互い脳筋ビルトの純粋なインファイターだが、キリトはSTR-AGI、ユウキはAGI-STR。ユウキがキリトをどう斬り崩すか、またキリトがどう対処するか、ってのは一般論。キリトは投げナイフも使えるから、中距離の間合いを牽制して自分のフィールドに持ち込んでゴリ押せれば有利。ユウキは持ち前の反応速度でキリトのガードを躱して攻撃を叩き込めれば勝ち。どちらにせよ、ある意味では俺たちと同じだ」

 

「より多くの札を温存しつつ決め切るか、ってこと?」

 

「そ。そう見ると、戦い方がある程度割れてるキリトの方が若干分が悪いかな」

 

 キリトの戦い方は、SAO帰還者のみならず、ALOトッププレイヤーでも知っているものは多い。名が売れるということはそれだけ知られるということでもあり、メタを張られやすいということと同義である。数少ない例外は、俺のようにメタを張るだけ馬鹿らしくなるだけの手札を持つ相手か、ユウキのように一気に名を売るなどで、二つ名などだけが先行して有名になりすぎた相手のみ。

 キリトに関しては、二刀流、片手剣での剣術、さらには大まかなステータスバランスまで。対策などいかようにもなる。

 装備を見る限り、キリトはおそらく二刀を使わない。クイックチェンジのMODにしろ、一回メニューを開いて操作する必要があり、そんな悠長な暇をユウキが与えるはずもない。となれば、現時点で一本しか剣を持ってない時点で一刀のみ。二刀流を使えば、ユウキとしてもなかなか難しいところがありそうなものだが、なにか矜持のようなものでもあるのだろう。

 ユウキはいつも通り、に見えるが。

 

「珍しいですね、ユウキが硬くなるとは」

 

「あ、やっぱり?」

 

「ええ。分かりづらいですが、あの子は間違いなく平常心ではありませんね」

 

 姉のランがいうのなら間違いない。具体的には、ほんの少し力みすぎているように見える。

 

「緊張というより、気負いすぎって感じだな」

 

「肩の力が入りすぎてる、ってこと?」

 

「その通り」

 

 前回とは違う、絶対に勝たなくてはならない、という気迫が透けて見える。たしかに、ユウキのようなタイプはそれでもいいかもしれない。だが、相手はキリトであるということよ意味が重い。

 

「キリトは、SAO最終幕で冷静さを欠き負けている。それに、こっちで、俺の対人戦の相手は、キリトであることも結構多い。心は熱く、頭は冷たく。SAOでの一件はもちろん、俺と模擬戦をすることが増えてからはそれを痛感してるはずだ。感情的になれば、動きに感情が乗る。いい方向に働くこともあるが、大体はうまいかない。特に、俺みたいな、相手の感情やらも利用するタイプや、ユウキのように、“なんとなく”で対処しきれちゃうやつ相手にそれをやっちまった日にゃ目も当てられん」

 

「と、なると、比較的冷静に戦えそうなキリト有利?」

 

「んにゃ、一概にそうとも言えん。キリトをして、キリト以上と言わしめた反応速度があるからな。少々気負っててもそれは変わらん。少なくとも見応えある戦いにはなるはずだ」

 

 ビルトこそ違えど、盾なし片手剣の脳筋タイプ。両方ともと模擬戦をやった俺からすれば、どういう戦いになるかはみえている。だがそれは言わないべきだろう。

 

(俺の教えを思い出せよ、二人とも。戦いは―――)

 

 

 

(実際に刃を交える前から始まっている、だったっけか)

 

 それは、対人戦闘の極意として、ロータスが教えたこと。俺自身が、ロータスと対人戦を積み重ね、より昇華させたもの。だが、それはおそらく向こうも同じ。向こうも、ロータスの教え子に変わりはないのだから。

 

 装備から考えられるスタイル。構え。表情や目線、利き手利き足、速攻で思いつくだけでもこれだけある。分かっているつもりだったが、あいつはそれをより高次な次元に昇華させている。騙すのではなく、利用する。まして、一回戦った相手。それを踏まえると、表情が固いように見える。それはおそらく、気負いからくるもの。

 ユウキがテスターをしているメディキュボイドは、ターミナルケアに重点を置いたもの。となれば、おそらく気負いの原因は、ラン、もしくは自身か。

 家族とは最大の追い風にして重荷である、とはよく言ったものだ。()にとってスグ()がここまでの存在かと問われれば、間違いなく違うだろう。剣道をやめた俺の背を追って剣道全国クラスの腕前になったスグにとって俺がそういう存在になることはあるかもしれないが、その逆はない。

―――故に、ただそのあり方は美しく。ある種の羨望すら覚えるものがあった。

 

 しかし。いや、だからこそ。

 

「簡単に負けてやるわけにはいかない」

 

「そうこなくちゃ。今日は、今日だけは、絶対に負けられない!」

 

 カウントダウンは始まっている。その中で、ユウキは音高く抜剣した。やや半身、剣は中段。いわゆる万能型な構え。

 

(まあそれが一番読みづらいわな)

 

 迷ったら定石通り。これも彼の教え。

『よほど奇策が得意というわけでない限り、万能型が一番読みづらく対処しやすいもんだ。だから迷った時は王道や定石通りにすればなんとかなる、ってのは少なくない』

 

 それに対し、俺が取る構えは。

 

「片手上段・・・!?」

 

 どこからか声が聞こえる。それもそうだ、これは隙だらけに見える構えだ。だが、俺は明確な狙いをもってこの構えをとった。

 実は先の構えの教えには続きがある。

 

『奇策ってのは、定石にならなかった理由ってのがあるんだよ。その顕著な例の一つが、脆さだ。ハマれば強いが、外すと極端に弱いギャンブル性。なればこそ、その癖が強すぎるゆえの長所をうまく使えれば、あるいは定石を変えられる、かもしれん。見誤るなよ』

 

 今こそ、それを活かす時だ。ただ剣を持つ手を上にあげただけの、普通に考えれば隙だらけな構え。

 

カウントダウンが終わる寸前、ユウキは腰を落とした。

 

(突き、もしくは斬り上げ系統。定石通り)

 

 俺が思うに、この構えに対する最善解のひとつ。小さめのバックステップを入れ、ギリギリまで引き寄せてからヴォーパル・ストライクで切り抜ける。狙いすまし、直前でソードスキルのプレモーションを起動、タイミングギリギリで発動する。仮に見切れたとしても、普通なら回避できない間合い。長めの硬直が入ると言っても、受ければヴォーパル・ストライクもヴォーパル・ストライクのリーチの長さゆえに反撃も難しい。なにより、初手でソードスキルを切ると言うのもどちらかといえば奇策の部類。

 

(加えて、今のユウキは緊張している。思考が固まって、感覚頼りの戦闘になっている可能性が高い。決まるはず・・・!)

 

 躱すのが難しいギリギリでプレモーションを起動、ソードスキルを発動する。金属質のジェットエンジンを思わせる轟音とともに、キリトの体がカタパルトから射出された戦闘機が如く打ち出される。なんとか反応を間に合わせるあたりは、絶剣の異名をとるだけある。それに、

 

(手応えが軽すぎる・・・!直前で急停止して勢いを殺したのか!)

 

 突進系ソードスキルの、意外と知られていない、というかそもそもできない対処の一つ。突っ込んで来る軌道に合わせバックステップし、わざと吹っ飛ばされる対処法。もっともこれは、ある程度の威力があるソードスキルを的確にパリィすることができる技量があってなせる技。タイミングよく、同軸上にバックステップを合わせ、きっちり威力を軽減した上で、吹っ飛ばされたあとに体制を崩さずきっちり着地なり受け身なりとる必要があるからだ。だが、そこは絶剣とまで称された剣士。やすやすとやってのけた。

 目立ちはしない。傍目から見たら、ユウキがヴォーパル・ストライクでふっ飛ばされたように見えるだろう。だが少し冷静になれば分かる。そもそもヴォーパル・ストライクは突いて斬り抜ける技だ。キリトのSTRを以って、吹っ飛ばされるような状態になるのなら、ユウキのようなダメージディーラータイプのビルトを組んでいれば一撃死すらあり得る。それを2割と少しの減少に留めている時点でお察しである。上位ソードスキルゆえの長い硬直に、カウンターとして繰り出したユウキのラッシュが突き刺さる。キリトのHPは、目算で8割弱、と言ったところか。途中で硬直が抜けパリィしたが、決して少なくないHPを持っていかれた。間合いも開き、これで仕切り直し。

 

(やはり、いつも通りじゃない)

 

 いまのやりとりで確信した。ヴォーパル・ストライクの硬直は決して短いものではない。後出しでソニックリープやレイジスパイクといった、硬直が短めの突進系ソードスキルを切ってもいい場面だ。だがそれでも、ユウキが選んだのは硬直がない、手数重視の連撃だった。確かに、あいつはここぞという時や誘い出しの時を除いて、積極的にソードスキルを使うのを嫌う傾向にある。が、今回はその“ここぞという時”だったはずなのだ。加えて、ユウキの反応速度を鑑みれば、ソニックリープやレイジスパイクなどの短い硬直のソードスキルなら、硬直後の対応も間に合うはず。にもかかわらず、大ダメージを狙わず、確実な連撃をとった。無論、三味線を弾いている可能性もある。が、どこか、より確実な戦い方に固執しているように見えた。ならば敢えて。

 

(賭けに出るのも一興か)

 

 右手の剣を肩に担ぐように、左手は体の横に、軽く握り拳を握って、足は肩幅に。いつもと違う構え方。だが、それに対し、ユウキはあからさまに顔色を変えた。もともとポーカーフェイスが苦手な人柄ではあるが、これはあからさますぎる。それもそうだ、これはまるっきり―――

 

(あいつの構えと同じだからな!)

 

 片手をフリーにして、体術と剣術を織り交ぜるのは、あいつの近接格闘戦における一つの基本形。俺も同じようなことはできる。いつも通りなら、俺は相性が悪い。が、今ならあるいは、と思いついた策だ。

 

『お前の最大の強みにして最大の弱みはそのステバラだ。STR-AGIであるお前は、手数タイプではなく大砲タイプってことになる。当たればデカいが、当てなければ意味がないってことだ。故に、パターン化されていない相手の極みであるPvPにおいて、大砲タイプは適性がない、と俺は思う。対人戦はカスダメを積んでやればそれで勝ちなんだ。でもすばしっこい相手や読みづらい相手は当てることすらままならんからな。

 が、逆を言えば、一発逆転が狙えるってこと。読み誤った瞬間に、お前は負けると思え』

 

 読み誤ったとは思わない。

 ユウキのような、感情が剣に乗るタイプは、乗せてしまえば手に負えないが、こちらの術中に嵌めてしまえばこちらのものだ。生まれた相手の気持ちの揺らぎを、こちらが利用する。

 そのまま突撃する。繰り出すのは無造作な袈裟斬り。ユウキが選択したのは防御ではなくパリィ。だがそこは読んでいる。突撃した勢いのまま、左手でボディーブローを繰り出す。ユウキはその一撃を受けてなお、こちらにカウンターの袈裟を当ててきたが、ボディーブローの一撃は無視できるものではなかったようで、短くない硬直が入る。その一瞬の間に、連撃を積む。その瞬間だった。

 

「硬くなってんじゃねえぞユウキ!!!いつも通りやれ!!!」

 

 観客席から少し過激ともとれる激が飛んできた。瞬間、ユウキが復活して残りの連撃をさばき切った。これでダメージレースはほぼ互角。残り時間は多くない。

 

「ハハハ、師匠に激飛ばされるまで気が付かないなんて。ほんと、なにしてんだろうね、ボク」

 

「なんだよ、今更気が付いたのか」

 

「師匠にいわれなかったら気が付かなかっただろうね。だからさ、―――ここからは、本気で取りに行かせてもらうよ」

 

 その一言とともに、雰囲気ががらりと変わる。いつかのSAOでの、あいつとよく似た雰囲気。

 先に動いたのはユウキ。その剣筋が示す狙いは、胸の中心への突き。サイドステップで躱す。カウンターの斬り上げは読まれていたようで、同じく斬り上げで合わされた。胴体がガラ空きになった瞬間、左手のストレートが飛んできた。逃げられないと判断し防御したが、僅かだが致命的な硬直が入る。一瞬見えた光からして、

 

(剛直拳か!)

 

 他ならぬあいつの十八番(おはこ)剣技連携(スキルコネクト)で剣に灯るは純白の光。なんとか抜けるまでの数発は甘んじて受ける。残りはパリィにかかる。力みが入ったからか、少しだけ連撃の速度が遅い。後半の5発はなんとか間に合った。最後の胸の中心へ放たれる突きは、上空に吹っ飛ばされることでいなした。空中で宙返りして、ソードスキルの硬直で動けないユウキに一撃を与える。それで勝ちだ。

 

 

―――だが。

―――攻撃が当たる寸前、無常にも試合終了のブザーがなった。

 

―――結果は。

 

「負けた、か」

 

「きわどかったけどね」

 

 本当に僅かな差ではあるが、ユウキの与えたダメージが、キリトのそれを上回っていた。

 




はい、というわけで。

ランvsロータスと比べてこの二人の対決の書きやすいこと書きやすいこと。書きやすかったのはやはり二人がシンプルゆえなのでしょうか。主人公コンビがあまりにトリッキーなのもありますが・・・(苦笑
原作でもかなり辛勝だったようなので、こういう形に。これ以上仕上げるのは無理でした。

さて、次はデュエルトーナメントのエピローグを一話挟んで旅行編挟んでからマザーズロザリオ編のオーラスに入ります。相変わらずの牛歩進行ですがお付き合いいただければと思います。

ではまた次回。

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