ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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65.彼女らの真実

 それから少しして、ゲームもしながら仕事もしながら、という傍ら、俺は目的の物を見つけた。ユウキは、先日の一件からずっとログインしていない。それは、ランからも聞いている。ラン曰く、「あの子のことだから、どんな顔して合えばいいのかわからないのでしょう」、とのこと。全く、いらん遠慮をするガキだ、と俺は思ってしまう。が、まあ仕方ないと言えば仕方ない。

 だが、その空白期間のおかげで、俺は手掛かりをつかむことに成功した。それを知った俺は、昼休みに、おそらくお目当ての人物がいるであろう屋上へ向かった。

 

 俺の予想通り、その人物は屋上にいた。

 

「よう、頑張ってるか?」

 

「あ、はい。結構難しいですけど」

 

『こんにちは、ロータスさん』

 

「おう、こんちゃ。結構苦労してるっぽいな」

 

「反応とかのバランスをとるのが、結構難しくて・・・機械的な減衰だと限界があるのかな、とか思ったり・・・」

 

「あー・・・ユイちゃんならまだしも、汎用的に使おうと思うと、確かにきついよな」

 

 MHCPであるユイちゃんは、仮にも、稀代の大天才である茅場晶彦の傑作、そのひとつである。ぶっちゃけ、今でも俺はユイちゃんがAIであるということを忘れることがある。

 

「で、天川先生は、どうしてここに?」

 

「ああ、忘れてた。確証はないが、もしかしたら頼みごとをするかもしれん」

 

 遠慮する仲でもないから、横にどっかり座る。その状態で、持ってきたタブレットの電源をつけた。

 

「メディキュボイド、って知ってるか?」

 

「メディ・・・なんですって?」

 

「端的に言うと、フルダイブ技術を医療に応用した代物だ。こういう技術自体は、結構昔からあったらしい」

 

 そういうと、俺はその装置の概要を見せる。

 

「アミュスフィアはセーフティや利便性のために、出力及び感覚遮断レベルをあえて減衰させている。でも、ナーヴギアがそうであったように、本来フルダイブマシンってのは、信号インタラプトレベルを100%近くまで引っ張り上げることができる。こうすると、全身麻酔とほぼ同等レベルに、肉体の感覚を遮断することができるわけだ」

 

「加えて、本人はその間、VRゲームにダイブしたり、恣意的に作り出した仮想空間に退避してもらえば、麻酔によるリスクも防げそうですね。電磁波の問題はありそうですけど、クリアできる範囲でしょうし」

 

「その通り。そうして生まれた、超高出力特殊医療用途フルダイブマシン。それが、メディキュボイド。だが、麻酔というところに目を付けた桐ヶ谷なら、おそらく、他の用途にも心当たりがあるんじゃないか?」

 

「さすがにそこまでは・・・医療に詳しいわけじゃないですし」

 

「さっきも言ったけど、完全に感覚を遮断するということは、感覚がマヒして何も感じないって状態と同じ、ってわけだ。体内部の痛みも、な」

 

「それって、つまり、強力な麻酔薬や鎮静剤を使わなくて済む、ということですか?」

 

「そういうこと。モルヒネとかは、どうしても意識混濁が起こるからな。加えて、被験者は仮想世界で暮らすことができる。適当なネトゲをしてもいいし、本を読むことだってできるだろう。こいつを使えば、QoLを大きく引き上げることができる。だが、モルヒネに代表される強力な鎮静剤や鎮痛剤を使うということはつまり、当該患者が末期症状に陥っているということと同義、ということになる」

 

「ホスピスの代わりに、VRを使う、ということですか」

 

「イメージとしてはそれで合ってる。金も場所もかかるから、問題も山積みだろうけどな」

 

 さすがは桐ヶ谷、頭の回転が速い。話が速くて助かる。と、ノートパソコンから鈴を鳴らすようなかわいい声が聞こえた。

 

『パパ、メディキュボイドの被験者に関してなんですが、本名が分かりました。ですが、これは・・・』

 

「ユイちゃん、そこから先は俺が言う。

 メディキュボイドは、横浜港北総合病院ってとこで試験運用されている。万全を期すため、被験者は殆ど無菌室から出ることが無いそうだ。そして、被験者の名前は、紺野(こんの)木綿季(ゆうき)、および紺野藍子(あいこ)の二名、だそうだ」

 

「・・・ユウキ・・・!?」

 

「状況証拠に過ぎないが、俺はこれが彼女らであるんじゃないか、と、睨んでいる。記録を参照するに、試験運用期間は、少なくともSAO終了前からだ。それなら、あの強さにも頷ける。となれば、ユウキの全力を受けたであろうキリトに話を聞かないわけにはいかないだろう?」

 

「・・・なるほどな」

 

 俺の言葉に、桐ヶ谷は少し黙り込んだ。無理もない、こんなところで思いがけずして真実を知ったのだ。あれこれ考えることがあってしかるべきだ。

 

「俺は、ユウキと戦ったときに思ったんだ。ユウキの反応速度は、おそらく俺以上だと。ならば、ユウキがSAO帰還者である可能性はありえない。条件からいって、ユウキがSAOにログインしていたら、確実に二刀流は彼女のものになっていたはずだから。でも、アミュスフィアでこれほどまでのアバター操作精度と反応速度をたたき出すには、それ相応のフルダイブ経験が必要になるはずなんだ」

 

「SAO帰還者みたいな、長いことあっちで暮らしていたやつらならまだ分かる。でも、SAO帰還者でない以上、ユウキレベルでアバターを操作できるような人物は、本人の素養抜きにしても、土壌がなければ育たない。アミュスフィア程度の出力では、それを実現するのは不可能だろうな」

 

 続けた俺の言葉に、桐ヶ谷は頷いた。仮にアミュスフィアで実現できたとして、おそらくそれはSAO帰還者と比べても数倍以上の時間が必要になるに違いない。しかし。

 

『メディキュボイドのスペックデータを参照しました。ナーヴギアすら上回る出力です。これほどの出力なら、本人の素養にも左右されるところはありますが、パパたちくらいダイブすれば、パパと同等かそれ以上のアバター操作精度を獲得することは不思議ではないと思います』

 

「ユイちゃんがそういうのなら、ほぼ確だな」

 

 基本的に嘘はつかない子だ。加えて、この手の支援にはユイちゃんが最適と言える。次点でストレアとエリーゼ。ただし後者二人が組んだらまあ、どんなブロックもザル同然だろうが。

 

「結城は、いや、アスナとユウキはお互いに浅からぬ思いを抱いてるはずだ。これだけ長期間ログインしていないとなれば、おそらく結城はお前さんを頼るはずだ。その時はこの情報を渡してほしい。それと、もしかしたらそのプローブ、ユウキたちのために使ってもらうことになるかもしれん」

 

「分かった、約束する」

 

「その代り、ひとつ条件な。もし、そこに行きたいって話になったら、俺に声をかけてくれ。まだ結城は未成年だ、保護者として俺がついてたほうが、話が通じることもあるだろう」

 

「そう、だな。分かった」

 

「頼んだ。

 そろそろ休み時間も終わりだ、根を詰めすぎるなよ」

 

「あ、はい」

 

 背を向けて、自分も授業の準備に向かう。顔を見られなくてよかったと、かなり本気で思っていた。

―――結局俺は、こうして誰かを利用し続けるんだろうな。

 

 返すものもなく、ただどっちつかずにうわべだけの付き合いを続けていく人生に、俺は我ながら反吐が出る思いだった。

 

 

 

 それから数日後、俺は結城を連れて、例の病院に来ていた。受付までまっすぐ向かうと、俺は受け付けの人に声をかけた。

 

「すみません、小児科の倉橋医師をお願いできますか?」

 

「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

「天川蓮と結城明日奈です。もしかしたら、ロータスとアスナ、と言ったほうが分かるかもしれませんが」

 

 俺の言葉に、直接受付をした若い女性ではなく、少し奥にいた年配の方が反応した。

 

「ロータスさんとアスナさん、とおっしゃいましたか?」

 

「ええ。私がロータス、彼女がアスナです」

 

「なるほど、ということは、あなた方が・・・!」

 

「その反応を見るに、彼女たちは僕たちのことも伝えていたわけですか」

 

「ええ。倉橋先生を通じて、ですけど。あなた方の話ばかりだった、と」

 

「そうですか。よかったな」

 

「・・・はい」

 

 少し返答まで間があったのは、彼女なりにあれこれ思うところがあったのだろう。まあ無理もない。嫌われていたら、忘れられていたら。そんなことばかり思うものだ。それに、今、結城は若干精神的に不安定な状態にある。余計な負担になるリスクが一つ減ったことは、純粋に安心材料だった。

 

 少しして、倉橋医師がこちらに来た。

 

「初めまして、えっと、天川さん、と呼んだ方がいいんでしょうか?」

 

「ええ。リアルではそちらで」

 

「では天川さん、と。それに結城さんも、お待ちしておりました」

 

「急なアポだったのに応じていただき、感謝いたします」

 

「いえいえ、私こそ、まさかあなた方がここまでたどり着けるとは思っていなかった、というのが本音なのですよ。

 場所を変えながら、道すがら話しましょうか。こちらです」

 

 そういって、倉橋医師は俺たちを案内した。

 

「木綿季くんや藍子君―――君たちにはユウキとラン、といったほうが分かりやすいでしょうが―――彼女たちから、あなた方がここに来るかもしれない、とは聞いていたんです。でも、病院のことも、メディキュボイドのことも伝えていないという。ロータスさんはうすうすと何か感づいたようだ、というのもいっていましたが、流石に情報が少なすぎるよ、と答えました。ですから、先日、天川さんから連絡を受けた時は、それはそれは驚きましたね」

 

「ユウキは、私たちのことを話してたんですか?」

 

「ええ。

 藍子君は、仲間の事と、・・・あえて、ここはロータスさん、と呼びましょうか。あなたの事を、それはそれは楽しそうに話してくれました。でも、あなたに秘密を知られてしまった、突然距離を取られやしないかと怖い日があった、と。今は、あなたに会いたい、と、ことあるごとに言っていました。

 木綿季君はアスナさんのことばかりで。ただ、あなたの話をした後は決まって泣いてしまって。会いたいけど会えない、姉ちゃんにもどんな顔すればいいか分からない、と。弱音を吐くことなどめったにない子なんですがね」

 

「ユウキも、彼女のVRでの仲間も、同じことを言っていました。なぜ、会えないんですか?」

 

「・・・まずはこちらにおかけください。長い話になります。コーヒーを取ってきましょう」

 

 そういうと、倉橋医師は一瞬席を外した。その間に、俺は隣の結城に声をかけた。

 

「結城。いや、アスナ。()()()()()?」

 

「ええ。知らないままなんて、このままユウキと会えないなんて、そんなのは嫌だから」

 

「分かった」

 

 彼女の覚悟がここまで固まっているのならば、俺が言うことはない。と、三人分のコーヒーを持って戻ってきた倉橋医師が、自分も座ってから口を開いた。

 

「お二人は、メディキュボイドのことはどれくらいご存じで?」

 

「自分は、スペック、用途の一通りを。結城は?」

 

「私は、医療用フルダイブマシン、ってことくらしか・・・」

 

「では、まずメディキュボイドがどのようなものか、というところからご説明いたします。天川さんには若干退屈な話になるかもしれませんが」

 

「いえいえ。自分は書面で一通り情報に目を通しただけですから」

 

 その言葉を皮切りに、倉橋医師は話し出した。

 

「メディキュボイドは、特殊医療用途のフルダイブマシンです。通常、アミュスフィアをはじめとするVRゲームに使用するマシンは、ここに―――」

 

 そういって、倉橋医師は自分のうなじ―――脊椎の上を静かにたたいた。

 

「微弱な電磁パルスを当てることで、感覚を麻痺させる。これはつまり、全身麻酔と同じ効果がある、ということなんです」

 

「アミュスフィアでは、この電磁パルスの出力を落とすことにより、利便性を高めると同時に、安全装置(セイフティ)とした。だけど、理論上では、感覚インタラプトレベルはもっと100%ギリギリまで上げることができる。100%まで上げるには、それ相応の細かい設定やらなんやらが必要。それを万人に対して可能とするナーヴギアを作った茅場は、まさに天才の一言でしょうな」

 

「ええ。そして、そこに目を付けたのが、メディキュボイドです。

 VRゲームは、視覚や聴覚などに障害を持つ人にとっては福音にもなりえる。リアルでは障害を抱えていても、VRゲーム内では問題ない、ということも珍しくない。なにせ、直接脳と情報の交換を行うわけですから、肉体に異常があっても関係ないのです」

 

「ゲームを医療にって研究は、結構古くからあるんでしたよね?」

 

「ええ。少なくとも、2010年代には試験的に運用されていた、という実績があります。

 ですが、これをしようとすると、ナーヴギアの出力でもまだ足りない。そこで、メディキュボイドはベッドと一体化させて、脳から脊髄をカバーできるようにしました。これが実用化できれば、医療は劇的に変わる・・・!いずれ、カメラと連動させたARも可能でしょう」

 

「ですが、これは、()()()()()()()()()()()()()。・・・そうですね?」

 

「・・・ええ、()()()()()()()()

 

 倉橋医師は、俺の言葉を正確に読み取り、深く頷いた。俺と違い、いまいち意味が分かっていない結城に向かって、倉橋医師はさらに言葉を続けた。

 

「痛みは取り除けるが、あくまで病気を治せるものではない、ということですよ。ゆえに、これが期待されている用途は、ターミナルケアです。

―――日本語では、“終末期医療”、といいます」

 

「いわゆる、ホスピスとかの類ですね?」

 

「・・・その通りです」

 

 そのやり取りに、結城は明確に息を呑んだ。

 

「終末期や中長期治療の、ベッドに横にならざるを得ない期間のQoLを大幅に引き上げる狙いがあります。

 結城さん、あなたには、あなたが望むのなら、すべてを話してほしい、と言われています。あなたにとってつらいこともあるでしょう。知らなければよかった、と思うことも。その覚悟があるのであれば、彼女たちの下へご案内します」

 

「―――お願いします。どんな事実でも、知らないまま()()()()のほうがつらいです。それに、知るために私はここへ来たんですから」

 

 ようやく、会える。リアルのユウキとランに。覚悟していても、不安は消えなかった。だが、結城―――いや、アスナの言葉で、俺も腹を括ることができた。

 

―――まったく、あいつといいこいつといい、知らないうちに大人になってるもんなんだな―――

 

 案内されながら、俺はそんなことを考えていた。

 




 はい、というわけで。

 自分が見た限りでは、原作でキリトがメディキュボイド関連の情報ソースを話してないはずなんですよね。大方ユイちゃんに調べてもらったか、ユイちゃんが調べてキリトに教えたか、なんでしょうけど、ここではロータス君が調べてきた、ってことで。

 念のため、今回何度か出てくる“QoL”という単語について補足しますね。
 これは、“Quality of Life”の頭字語で、“生活の質”などと和訳される言葉です。人生における、幸福度合いというような意味合いでとらえていただければ結構です。原作のユウキなどのように、闘病して寝たきり、などという状態は、このQoLが大きく下がった状態といえます。そこで、メディキュボイドを使って、電脳世界で自由に生きる選択肢を与えることで、このQoLを引き上げることができる、というわけですね。
 この手のものが現実になって、いわゆる“昭和の古い考え方”の人々に受け入れられれば、もっと楽な世の中になりそうなもんなんですが、難しいでしょうね。これを投稿しているのがちょうどコロナ騒動の最中なんですが、テレワークの概念が理解できない人もいるそうですし。

 途中、あえてキャラネームで呼んだのは、結城明日奈としてではなく、電脳世界を生き抜いてきたアスナとしての覚悟を問うたわけですね。それでも、彼女の覚悟は揺らぎませんでした。この辺、彼女の芯の強さですね。

 次回はようやくのご対面です。まだ原作通りですかね。
 ではまた次回。

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