ソードアートオンライン―泥中の蓮―   作:緑竜

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64.戦いの後で。

 ボス部屋は静まり返っていた。中には、疲れと達成感の入り混じった、スリーピングナイツの面々。そして、ボスが倒されたことを示す、明るいたいまつがともっていた。

 

「やったんだな」

 

「うん、やった!」

 

 若干疲れを見せながらも、満面の笑みでピースをこちらに向けるユウキに、俺は思わず笑みをこぼした。

 

「例のクソどもは皆殺しにしておいた。ま、デスペナとかもあるだろうし、少しは鳴りを潜めるだろ。それに、今回の一件は情報屋あたりにも伝えてあるしな」

 

「今までやってきたことも?」

 

「そりゃもちろん。本来ボス攻略ってのは、斥候係が苦労してデスペナもらって、掲示板とかで情報交換して、レイドをいつ組むか段取りして、ドロップとかも決めたうえでやるようなことだぞ。それを、他の斥候を覗き見て痛い目見ずにうまい汁だけ吸って利益独占してたんだ。まあ、控えめに言って袋叩きだろうな」

 

「でしょうね。それでも生ぬるいけど」

 

「まあ、アスナからすればそうだよな。SAOの斥候なんざALOとは比にならないくらい危険だったわけだし」

 

 その言葉に、スリーピングナイツの面々が思い出したような表情になり、納得する。アスナやキリト、俺のような有名どころは、SAO帰還者としてすでに名が売れていた。

 

「さて、外の連中に協力取り付けてくる。おたくらはくたくただろうから、次の転移門の町まで護衛を頼めば何とかなるだろ」

 

「でも、向こうも消耗してるんじゃない?」

 

「バーカ、ALO最古参の有名傭兵ギルドに、SAO攻略組トッププレイヤーが集結してたんだ。あんなチキンどもに遅れなんざとるかよ」

 

 実際、あの光景はまさしく蹂躙と呼ぶにふさわしいものだった。途中からクラインも合流してたから、まあ当然だ。

 

「つーわけで、もちっとのんびりしてろ」

 

「うん、そうする」

 

 疲れがぶり返したのか、それだけ言い残すとユウキは再び大の字になった。それを確認して、俺はもう一度ボス部屋の外に向かった。

 

 

 

 その後は、フカたちの協力もあり、無事に転移門のアクティベートを終えた。件のギルドの評判は、俺がアルゴや復活したMMOトゥデイの管理人であるシンカーに情報を流し、裏付けをキリトやアスナがとったことにより暴落。俺の予想通り“控えめに言って袋叩き”になった。俺らがやった横紙破りの順番抜かしは、“外法には外法を”ということでおとがめなしという結論になった。

 

 

 さて、それから少しして、アスナたちのホームで祝勝会が開かれた。これはアスナの提案だ。その場には、直接戦闘に協力したアスナや、間接的に協力することになった俺も呼ばれ、ささやかながら豪勢な会になった。料理のほうは、補正無しのマニュアルで料理してしまう俺に料理スキルカンストのアスナがいるため、手間ではあったが問題なく終わる―――と思ったら、空気を読んでキリトがごちそうだけ用意してホームだけを提供してくれたようだ。細かいところに気が利く一面に、俺は意外に思いながら、心の中でお礼を言った。

 と、祝勝会途中で、思い出したようにシウネーが思い出したように声を発した。

 

「そういえば、私たち、お二方への報酬をご用意してなかったです・・・」

 

「俺はいい。別にそういうのが欲しくてやってたわけじゃない」

 

「私も、そういうのはいいかな。でも代わりに、お願いがあるの。

 私、もっとユウキと話したい。いっぱいいろんなこと聞きたい。だから、私をスリーピングナイツに入れてくれないかな?」

 

 その言葉に、俺とアスナ以外の面々がはっとしたような表情になり、沈んだ表情になった。もちろん、できるだけ心配をかけないようにだろう、あまりそういう表情を表には出さないようにしていたが、俺にはバレバレだった。

 

「ごめんね、アスナ・・・。スリーピングナイツは、・・・たぶん、春までには解散しちゃうと思うんだ。それまでは、ボクも含めてインできるとは思えないし・・・」

 

「それでもいいの。私、みんなと友達になりたい」

 

「・・・ごめん」

 

 絞り出すように、ユウキが小さく謝る。

 

「あの、アスナさん、」

 

「シウネー。いい」

 

 その反応を見てだろう、シウネーがさらに言葉を継げようとする。が、それは俺が押しとどめた。―――それで、スリーピングナイツ、か。

 

「さて、そろそろ頃合いだろうから見に行くか」

 

「見に行く、って、何をですか?」

 

「剣士の碑、だよ。俺たちはそのためにここまでやってきたんだろ?」

 

 その言葉に、若干湿っぽかった雰囲気が吹き飛んだ。

 

 そのまま、みんな少し駆け足気味に、黒鉄宮の剣士の碑に向かった。そのまま、碑石の前で集合写真を撮った。みんな笑顔だった。その後、ユウキはもう一度碑石に向き合い、一言つぶやいた。そこから少し離れたところで、俺とランが碑石を見上げた。

 

「本当にやりやがるとはなぁ」

 

「ええ。妹ながら誇らしいです。これで思い残すことはありません」

 

「なんだよ、今にも死ぬみたいに」

 

 俺の言葉に対するランの返答は、少しの間があった。

―――我ながら、こういう駆け引きで情報を抜き取ろうとする自分の性格に反吐が出る。

 

「・・・そう、ですね。まだ、先がありますからね」

 

「そーいうこった」

 

 だが、おかげで、疑惑が確信に変わった。と、そんなに遠くないところでログアウトの音が聞こえた。そちらに目を向けると、若干オロオロしているアスナがいた。そして、その横にいたはずのユウキはいなくなっていた。

 

 

 

 それから数日間、ユウキはログインしていなかった。ランはもともとかなり安定しないログイン状態だったのだが、ユウキの方はこれまでずっとログインしていたのに、それがぱたりと途絶えた。そこで、俺は、ランがインしていることを確認した瞬間に、フレンドのインスタントメッセージをランに送信した。シウネーでもいいような気はしたが、ランのほうが確実だろう。

 

『突然すまん。今、会えるか?』

 

 件名も入力しない、これだけの内容。だが、十分だろう。

 

『大丈夫です。場所はいかがしますか?』

『そっちのギルドホームに誰もいないのであれば、お邪魔したい。そうでないなら、こっちで適当な宿屋を探す』

『今は誰もいません。問題ない設定にしておきますので、どうぞ』

『了解した』

 

 チャットかと思ってしまうほどの即レスの応酬で、俺たちが会うことが決まった。そのまま、俺はスリーピングナイツのギルドホームへ向かった。

 

 ギルドホームには、ランが言っていた通り、ランしかいなかった。俺としては好都合だ。

 とある部屋に俺を案内すると、ランは扉に何か特殊設定をかけたようだった。すぐに俺の前に戻ってきて、椅子に腰かけた。

 

「いま、扉はパスワード設定に変えました。よほどのことが無い限り、誰も入ってこれないし、会話も聞こえません」

 

「ありがとう。じゃ、早速聞くぞ。

 ユウキが最近インしてないのは、前の剣士の碑でのとこでの一件が原因だな?」

 

「はい。どんな顔したらいいか、って」

 

「何があったんだ、あの時」

 

「ユウキ、無意識で、アスナさんのことを“姉ちゃん”って呼んでたそうなんです。それが、本人的にすごくショックだったみたいで・・・」

 

「あー・・・確かに、ランとアスナはどこか雰囲気が似てるからな。わからなくはない」

 

 一瞬何か言おうとしたようだったが、すぐに顔を伏せた。その原因は、俺には大体読める。

 

「―――あと、アスナには・・・いや、俺たちには当たり前のようにあって、ランたちにはない何かがある。それは、おそらく、俺たちにとってみれば、当たり前すぎて疑問すら持たないレベル。で、それが原因で、スリーピングナイツは俺たちと一定の距離を取り続けることにしている。違うか?」

 

 俺の言葉に、ランは弾かれたようにこちらをみた。その顔を見ただけで、俺は、自身の推論が九分九厘的中していると確信した。―――外れていて欲しかったが。

 ポーカーフェイスを保ったまま、俺はさらに続けた。

 

「悪いな、俺は人間観察が得意でね。今までのことを照らし合わせて、あの打ち上げでの感じからざっくり推察できたんだ。

 責めるつもりは無い。そっちとしても、傷つけたくないから言わなかったんだろ?特にユウキあたりは嘘とか誤魔化しとかは無縁の人種だからな。俺とは正反対の奴ばっかりだから、距離を取ったほうがいいって結論は、俺も合理的だと思う。

―――だから、ここからは確認だ。たぶん、今のやり取りで、ランも俺がある程度気付いていることに気付いたと思う」

 

「・・・はい」

 

「うん。じゃ、改めて、だ。―――春先まで続かない、というのは、()()()()()()、なんだな?」

 

 回答は、無言の首肯。

 ランは怯えているようにも見えた。当然だろう。隠して、隠し通して、墓まで持って行くつもりだったのに、気づかれていたのだ。一体どんな風に思われたのだろう、と、不安で仕方ないはずだ。ゆっくりと立ち上がると、俺は椅子ごと、ランを優しく抱きしめた。

 

「よく、頑張ったな。隠し通す意思、貫き通す覚悟。これまでのすべての努力を、俺は肯定する」

 

「そういうことは、言わないでください。折れそうになっちゃいます」

 

「十分に頑張ったことを、頑張ったって言うことが悪いものか。折れていいとは言えないけど、誰かを頼り、寄りかかるくらいはしていいんだよ」

 

 ゆっくりとあやすようにやさしくランの頭を叩く。それに安心したのか、ランはさめざめと泣いた。

 

 

 少しして、ランは目元をぬぐいながらこちらを見上げた。

 

「・・・すみません、お見苦しいところを」

 

「いいって。むしろ、気を張りすぎて疲れてたろ」

 

「いえ、そんなことは・・・」

 

「無理すんなって。自分でも感心しない特技だと思うけど、集中してなくてもそれくらいは分かるんだよ、俺」

 

 ひとしきり泣いて落ち着いたのだろう、ランは目元をぬぐいながらそんなことを言った。

 

「ありがとうございます。なら、少し、隣に座ってもらえますか?」

 

 そういわれ、俺はランの横に移動した。すると、ランは俺の肩に頭をのせてきた。

 

「私たち、両親はもういないんです。だからかもしれませんが、私はお姉ちゃんなんだから、ユウキを見守らなきゃ、って。ほら、ユウキは目をつけていないと、何をするか分からないですから」

 

「良くも悪くも、な。あいつはつむじ風みたいなやつだからな」

 

「ふふ、言い得て妙ですね。だから、あんなふうに言われたのは初めてで。正直に言うと、私、さっき、なんで泣いたのかわからないんです。でも、ロータスさんの胸なら、いくらでも泣ける気がします」

 

「そっか」

―――いつか、俺の傍以外でも泣けれるようになればいいな。

 

 そんなことを口走りかけ、何とか口を閉じた。―――俺の推論が正しい可能性が非常に高いと分かった今、“いつか”、などと地雷を踏みぬく必要はない。

 

「気を使わなくても結構ですよ?」

 

「悪いな、そりゃ無理な相談だ。目の前に精神的に不安定かもしれないやつがいて、そいつが気を遣うな、っていっても普通に接するとかできないだろ?」

 

「それもそうですね」

 

 そういって、ランは小さく笑った。

 

「正直、こんなに自分が弱いとは思ってませんでした」

 

「意外と人間、自分は大丈夫って思ってても大丈夫じゃないんだよ。自覚がないだけ。だから誰かに寄っかかって、頼って、時には甘えて。そのくらいでちょうどいいんだ」

 

「でもどうしましょう、私、誰に頼ればいいのか、あんまり心当たりがないんです」

 

「んなもん誰でもいいだろ。シウネーとか、ノリとか」

 

「あなたでも?」

 

「ああ。ま、俺は、リアルで疲れ果ててたりとかするとインできなかったりするがな」

 

「なら、遠慮なく甘えさせてもらいますね?」

 

「そそ。ガキンチョなんてそのくらいのほうがちょうどいいってもんだ」

 

 言いつつ、優しく頭を撫でる。その感触が気持ちよかったのか、かかる体重が少し増えた。

 




 はい、というわけで。

 ロータス君はスリーピングナイツという名前と、春先にどうこう、って話だけで、おそらくどういうことなのか、というのは察しました。忘れがちですが、彼、結構頭が切れる人なので、このくらいはちゃんと頭が回りさえすれば察せちゃいます。人間観察能力も高いですしね。

 この前の話や、このお話でのこの辺のスキルの高さは、ラフコフ時代に培われたものです。昔取った杵柄、というやつですね。ある程度手段を選ばないあたり、なかなか人が悪いですが、今回はその後の、隠し切れない面倒見というか人の良さが出ました。
 自分はワードで書き溜めたものをコピペして投稿しているのですが、最後の行に「堕ちたな」ってコメントしてる時点でいろいろお察しください。

 次回はリアルのお話です。意外と話が進みませんがご容赦ください。

 ではまた次回。

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