年が明けて、アスナがALOに帰ってきた。その時に、早速俺は切り出した。
「そういえば、アスナ。例の絶剣だけどさ」
「え、もしかして私のこと話したの?」
「と、いうより、相手が知ってた。で、戦ってみたいってさ」
さすがにこの言葉には面食らったようで、一瞬アスナがぽかんとする。
「たぶん説明してなかったから、この際まとめて前後関係とか説明すると、だ。
まず、俺は絶剣と辻デュエルをして、まあ、俺が最終的にリザインする形になったんだが、そのまま俺は絶剣のギルドホームに、・・・拉致られた?」
「なんで疑問形・・・?」
「いや、あれは拉致られたって表現でいいのかな、って自分でもおもうから」
はた目から見たら拉致られたって表現が一番適切だろうが、半分とはいかなくとも4割くらいは俺が自発的についていったところもあるわけで、この辺の事情は微妙なラインだ。
「で、まあ、端的に言うと、絶剣のギルドにちょいと手を貸してほしい、って話だったんだが、俺は断った。で、アスナを推薦した」
「え?なんで私!?」
「俺らレベルで白兵戦強いっていうのもあったけど、最大の理由はアスナがヒーラーとバッファーもできるって点。絶剣のパーティ、キリトたちに負けず劣らずの脳筋パなんだよ」
「え、そうなの?」
「種族内訳が、インプ、シルフ、ウンディーネ、サラマンダー、スプリガン、ノーム、っていえば、大体想像がつくだろ?」
ランが戦えていた、もしくは戦えるのであれば、彼女をアスナ、もしくはシウネーのポジションに回すことで、もう少しパーティとしてのつり合いが保てるはずだ。だが、彼女を除いたスリーピングナイツのメンバープラスひとり、と考えると、あのパーティはアタッカーよりヒーラーもしくはバッファーが欲しい。
シルフは回復魔法を使うタイプのビルトも考えられるが―――ちなみにリーファがこのタイプだ―――、基本的にはAGIと攻撃魔法を組み合わせたスピードタイプのアタッカーが一般的だ。サラマンダーは回復魔法の覚えづらい種族だし、ノームに至っては完全にタンクだ。スプリガンとインプは暗視など軽いバフの魔法が精々の種族だし、なにより
「なんていうか、その・・・」
「確かに、私たちに負けず劣らずなパーティだね・・・」
「全員と軽く手合わせしたところ、んー、シリカより強いくらいのレベルがゴロゴロいる感じかなー。目標達成は、できないことはないだろうけど難しい、ってとこ」
「というか、あんた、よくここまで手を貸そうと思ったわね?自分が無理って時点で断ることもできただろうに」
「いや。ちょいと気になることがあってな」
最悪、俺は目的のためにあの子たちを利用することになる。だがそれでも、一回ここで誰かがやらなければならない。もっとも、―――そんな行為が行われているのなら、だが。
「ま、とにかく、だ。いっぺん戦ってみてくれや」
「戦ってみてくれや、って・・・」
「それとも何か、戦ってみたくないの?キリトが負けた相手」
俺の言葉に、うっ、と短く詰まる時点で、本音は見えている。というかさ、そんな気質だからバーサクヒーラーって呼ばれ続けてるんじゃないのおたく。
「それは、戦ってみたいけど・・・」
「よし、決まりだな」
答えを聞くと、俺はユウキにメッセを飛ばした。彼女がインしているのは会話する前に確認している。すぐに返信が帰ってきた。
「いつでもいいってよ」
「今でも?」
「今でも。どうする?」
俺の言葉に、アスナは迷ったうえで、「行く」と答えた。
ユウキは、表向きはあの辻デュエルを続けていることになっている。むろん、勝てたやつにはOSS譲渡、というのもだ。俺は、表向きには、実際に見せてもらったら俺のスタイルに合わなさそうだったから断った、ということになっている。実際、こっそり見せてもらったが、彼女のOSSである“マザーズ・ロザリオ”は、俺には使えないと思った。だから、譲り渡す相手を探して、まだ続けている、ということに“表向きは”なっている。
俺がOSSの受け取りを拒否した、ということで、仲間内からもあれこれ言われた。ぶっちゃけ、俺だって11連撃のOSSと聞いて、名残惜しくなかったといえば嘘になる。が、それ以上に、俺はあの剣を受け取ることはできなかったのだ。
で、その辻デュエルにアスナを連れてきた、わけだが、
「え、絶剣、って、女の子だったの!?」
「おう。あれ、言ってなかったっけか」
「聞いてないわよ!?」
言われてみれば、言っていないかもしれない。でも、そんなのは関係ない。
「ま、行ってきな」
そんなことを言いながら、次の相手を探すユウキに向かって、俺はアスナの背を押した。つんのめるように人の輪を抜けたアスナに、ユウキの視線が向いた。その後ろで、俺のアイコンタクトにユウキが返したのを確認すると、俺はスリーピングナイツのホームに飛んだ。
さて、それから少ししてから、スリーピングナイツのホームには、アスナを連れたユウキが来ていた。
「その様子だと、お眼鏡にかなったみたいだな」
「うん!」
満面の笑みで頷くユウキ。
「紹介するね!ボクの仲間のスリーピングナイツのメンバー!」
「ウィズ俺、ってな。ていうか、この感じからして・・・」
そこまで言ったところで、あ、手遅れと思った。ギルドホームの入り口には、ちょうど買い出しを終えたもう一人のメンバーが戻ってきていたからだ。
「ユ~~ウ~~キ~~?」
低い声に、ユウキがあからさまにビクッ!と震えた。そのまま、ゆっくりと振り返る。そこには、ニコニコ笑顔で怒っているランがいた。
「・・・ね、姉ちゃん・・・」
「ま、た、あ、な、た、何も説明せずにつれてきましたね・・・?」
「ご、ごめんなさい!」
「謝るのは私じゃないでしょう!」
「はい!ごめんなさいアスナさん!」
「いや、そこはいいわよ。あと、アスナでいいわ」
「すみません、うちの妹が」
「いえいえ」
「二人とも、そろそろ事情説明」
「あ、そうでした」
俺が小声で声をかけたことで、ランとユウキが説明に入った。
全部事情を説明し終えると、アスナは少しだけ考えた。
「ねえ、ロータス君」
「ん?」
「前、目標達成は難しいけどできないことはない、って言ってたわよね?」
「言ったな」
「目標っていうのは、フロアボスの撃破?」
「ああ、もちろん」
「それは今も変わってない?」
「むしろ全員の腕はある程度上がってるはずだから、相対的に難易度は下がってるんじゃないかな」
俺はラフコフの時からのノウハウで、対集団戦には慣れている。だから、俺対スリーピングナイツっていうことも何回かやっている。最初期でも、もちろん全員でかかられるとさすがの俺も瞬殺待ったなしだったが、4人くらいなら逆に俺が反撃できるほどだった。でもそれは、普段リズ、シリカ、それに援護役となるリーファないしはアスナ、多いときはさらに一人追加されたうえで、互角で戦える俺に対しての評価だ。現行ALO有力ギルドの一つに数えられるフカたちドッグアンドキャッツとやむを得ず正面からぶつかった場合、たいていの場合、ドッグアンドキャッツが3から5割死亡したくらいで俺が押し切られるレベルで戦える俺基準での評価。まあつまり、およそ一般的な評価じゃない。ちなみに、ここまでくるとお互いのデスペナのほうが痛いレベルだから、大体は話し合って落としどころを決めている。
「じゃあ、引き受けるわ」
「ほんと!?」
「この人、この手のことで嘘はつかないから。それに、そういう戦いも嫌いじゃないし」
(安定のバーサーカー・・・」
「なにかいいました?」
「いやなにも」
ぼそっと心の声が漏れていたらしい。でも、仮にもおしとやか系の女の子がそういう戦いも嫌いじゃないとか言うべきじゃないと思う。旦那も旦那だから今更か。
「さて、そろそろリアルの時間がだいぶ怪しいな。一旦今日のところはお開きにしねえか?」
「あら、もうそんな時間でしたか」
「おや、意外とゲームに熱中しすぎて時間忘れるクチ?」
「・・・まあ、そんなところです」
「リアルへの過干渉はマナー違反だからあんまり強くは言わないけどよ、ほどほどにしなさいよ」
こんなことを言うようになったのは、仮にも教師になろうとしているからだろうか。悪い変化ではない、と思う。それはそれとして、・・・いや、これは言うべきことではないか。
「アスナは明日まで冬休みだから、明日の昼でいっか」
「随分急ね?あなたのことだから、一回様子見とか言うかと思ったけど」
「思い立ったが吉日、っていうだろ?」
「なにそれ?」
「いいことを思付いたら早く行動すべき、って感じの意味だ。ちゃんと勉強しなさいな若人よ」
正確には、俺には俺の思惑があっての行動なのだが、そこまで説明する必要はないだろう。
「さて、じゃあまた明日」
「ええ、また」
俺の言葉に、シウネーは柔らかく返した。別れた直後に、俺はアスナにくぎを刺した。
「アスナ、リズたちに連絡とっておけよー。どうせユウキが拉致ってきたんだろ?」
「その感じからすると、ロータス君も?」
「やっぱり拉致って来てたのかあの娘っ子は」
半分くらいは想像通りだから驚きはあまりないが、あまり褒められた行いではないことも事実だ。と、ここでアスナが突然落ちた。直後に
俺はそれから、
「いけね、煙草切らしてら」
大体一箱くらいは余分にストックしているのだが、今回に限って怠っていたらしい。買ってくるか。
煙草を買って、いつもと違うルートで帰る。と、道端の公園に見慣れた栗色の髪が見えた。もしやと思って近づいてみれば、俺の思い過ごしではなかった。
「結城?どうしたんだ?」
年が明けてそんなに間もない寒空の、それも夜だというのに、彼女は時間に似合わぬ薄着だった。結構しっかり防寒している俺ですら寒く感じるくらいなのに。
「あ、ロータスさん」
「リアルじゃキャラネームは禁止、な」
そういって、横に座る。さすがにスルーという選択肢はなかった。
「煙草、いいか?」
「ここで、ですか?体に悪いですよ」
「分かってる。でもな、それでやめれるのなら、とうの昔に煙草なんてこの世からなくなってるよ」
言いつつ、俺は電子煙草の電源を入れる。一つ煙を吐くと、俺は聞いた。
「どうした?」
俺の言葉にも、彼女は暗い顔のまま何も語らない。こういう時は深く突っ込むべきではないのだろう。
「ロ・・・天川さん。あなたは、ラフコフにいた時、どうして自身の正気を保ってたんですか?」
そういわれ、俺は考え込んだ。どうして、と言われても、はっきり言ってそれで俺がしてきたことが正当化されるわけではない。むしろ、それゆえに断罪されてしかるべきだろう。
「最初はただ、自分の選択のため。途中からは、選んだ過去のため。あの時言った、ラフコフが数十人殺すのなら、俺はその実行犯である十数人を殺して、最大多数の最大幸福のために動く、っていうのは本当だ。で、途中から、そうして手にかけてきた人間がいるって過去のために、一本筋を通すため。それだけだ」
「強いん、ですね」
「強くねえ。俺にはそれしかなかった、それだけだ。それしかなかったから、それにすがるしかなかった。そういう点だと、あいつのほうがよっぽど大人になっちまった。本当に、ガキだと思ってたんだが、いつの間にか俺よりいろいろもの考えられるようになってる気がするようで、情けないやらなんやらって」
そういって自嘲するように笑う。なんだかんだで、虹架とは友好的な関係をキープしている。と、いうより、キープさせられている、というべきか。でも、決してありがた迷惑だとか、面倒くさいとかそういうことはない。自分としても、彼女とはずっといい関係でいたいと思っているからだ。むしろ、彼女がいない、と考えると、違和感がひどい。
「レインちゃんは、あなたにもうこれ以上人を殺してほしくない、って。そればかり言ってました」
「彼女らしい」
全く持って彼女らしい言葉だ。きっとあの子は、ただ、俺が人を殺し続けることが嫌で、一人きりでも切り込んで助けられるために力をつけたのだろう。そこにどれほどの思いがあっただろうか。
―――だからこそ、俺がするべきことに、彼女を巻き込むわけにはいかない。
「それにな、俺からしたら、おたくのほうがよっぽど強いと思うぜ」
「・・・私には、もう、よくわかりません」
「そうか?でもな、忘れちゃいかんことがある。おたくには、頼れるパートナーがいるだろう。背中どころか、全部預けていいとすら思える相手が、よ」
俺のこの言葉は、どうやらアスナにとっては逆効果だったらしい。少しうつむいて、ぽつぽつと話し出した。
「キリト君が、私は強い、って言ってくれたんです。ここで弱さみせちゃうと、その言葉を裏切るように思えちゃって・・・」
「んなわけあるか。って、ことじゃないんだよなぁ」
これはかなりデリケートな問題だ。他人があれこれ言って解決する問題じゃない。
「ほとぼりが冷めるまで待って解決するような問題じゃないのなら、なんかしらで向き合わなきゃならん。すまんが、俺はそういう手段があるとしか言えん。実体験してないし、何よりその問題を抱えてるのは俺じゃないからな。
とりあえずは送ってやるから帰るぞ。着替えも何も無いし、こんな中でそんな薄着じゃ風邪を引く」
そういうと、アスナは素直に立ち上がった。
結城明日奈の家は、想定はしていたものの大きな家だった。まあ、仮にもレクトの社長邸宅だ、これが普通の一軒家だったら逆に拍子抜けする。まあとにかく、これは親御さん案件だろう。仮にも同じ学校の教師だし。
何があったのか、というのは、帰り道の途中で本人から聞いた。まあ、親御さんが厳しいっていうのも、ご家族がVRに対していい印象を持っていないということも珍しくない。だが、それ以上に、俺からしたら、自分の親と重なるところがあって、思うところも多いのだ。
おそらく、俺の元親が、俺がSAOに囚われたことを汚点と感じていたように、彼女の母親もそうなのだ。最大の違いは、彼女の母親は、これ以上娘に苦労をさせたくないと思っているのだろう。それならまだ、立て直す余地はある。
とりあえず、呼び鈴を押して、親御さんに事情を説明する。と、間もなくして、母親が出てきた。
「娘がご迷惑をおかけしたようで、すみません」
「いえ。むしろ、私でよかったです。ご息女とは、あちらからの付き合いですので」
俺の言葉に、相手は驚かず、どこか合点がいったような顔をした。
「SAOから戻ってきて、すぐに教職ですか。見たところ20代前半くらいかと思いましたが」
「ええ。お恥ずかしながら、二年もゲームに明け暮れた馬鹿者に帰ってくる家などない、と、追い出されてしまいまして。仮想課の人の手助けを得て、こうして先達の教えを請いながら、なんとかやっている身です。もっとも、青二才故、上手くいかないことも多いですが」
「自信を未熟である、と知ってなお、続ける理由はどこに?」
「自分にはこれしかありませんので。下がる場所がないのであれば、進むしかありますまい。最も、どのように進むかくらいは、自分で決めたかった、というのが本音ですが」
最後は本音半分諫言半分だ。確かに、キリト、じゃない、和人より、家柄も学歴もいいという人はいるだろう。だが、明日奈がそうしたい、という意思があるのにもかかわらず、親が一方的に子の幸せを決めつける、というのは、あまりよくないことだと俺は思う。
「ほかの道を探すこともできたのでは?役人に紹介してもらったのなら、他の選択肢を斡旋してもらうこともできたでしょうに」
その言葉に、俺は少しためらった。実を言うと、菊岡に事情を話した段階で、教職以外の選択肢も提示されていたのだ。その中から、俺は教職を選んだ。ついでに言えば、虹架と関われるように便宜を図れないか、と、頼みもした。ここまでうまくいくとは思っていなかったが。
「かなり長い話になる上に、お恥ずかしい話になります。あなたがもし、SAOのことを詳しく調べていらっしゃるというのならば、すぐにもろもろをお分かりになることでしょう」
俺の言葉に、隣にいた明日奈が明らかにぎょっとした反応をする。それもそうだろう。俺の身の上話をするということは、必然的に俺の汚名までも話すことになる。娘のそんな反応を見て、相手は言葉を発した。
「であれば、また日を改めて、お話を伺いましょうか」
・・・なるほど。どうやら、想像以上に娘の身を案じているようだ。身の上を話してもいいと思った俺の判断は正しかったようだ。
「では、また学校にご連絡ください。日程を折衝の上で、お話ししましょう」
俺としても、一人の教師として、そしてアスナの友人の一人として、親がどう思っているのか、というのは気になるところだから願ったり叶ったりだ。若干順調すぎるような気がしなくもないが、今は考えなくてもいいだろう。
はい、というわけで。
伏線回っていうか説明回ですねこれ。
自分で言っておいてなんですが、いくらSAO勢といえどALO古参勢のフカたちを3割から5割殺してようやく止まるソロプレイヤーってなかなかひどいですね。生半可なパーティだったらあっさりソロで返り討ちに合います。単騎で止めれるのはキリトとか、純ALO勢だとユージーン将軍とかレベル。悪夢やん()
回線問題は、グランツーリスモスポーツプレイヤーとしてはもう諦めがついているというかなんというか。
あのゲームこの手のバグとか多いんですよねー。レーススタートしようとしたら、よーいドンスタートだとその場から動かなかったりとか、ある程度助走ついた状態でのスタートだとその場でくるくる回りだしたりとか、ピットロードから出ようとしたら壁に突撃してったりとか。後は回線相性が悪くてプレイヤーが見えてなかったりとか、他のプレイヤーとの同期が切れて一人称だと単走みたいな状態なのに他人から見ると超絶ゴーイングマイウェイ状態になってたりとか。全部ウソみたいな本当のお話。
ロータス君が喫煙者っていうのは俗にいう死に設定です。ぶっちゃけあんまし関係ないし、ここで出かけさせるための口実に近いですね。電子タバコがプルームテック系かアイコス・グロー系なのかはご想像にお任せします←
ちなみに主は紙巻派です。どうでもいいですね、はい。
次はいよいよフロアボス回です。意外と早かったですね。蛇足が多い自分にしては珍しい←
ではまた次回。