作者は寧ろシリカちゃん大好きです。
大好き過ぎて魔改造するまであります。
2/20:誤字訂正
「私をLEONに入れてください!」
寝ぼけている私の耳に入ってきた声は、えらく高い女性プレイヤーのもの。アルゴのものでもサチのものでもない。勿論アスナも違う。
全く聞き覚えのない声は幼さを感じさせ、そもそも女性というより少女といったほうが正しいのかもしれない。
声の聞こえてきた玄関の方へと足を運ぶと、そこにはサチと、そして恐らく声の主であろう少女が立っていた。
時計を確認すると、今は午前10時頃、LEONの朝食は基本的に朝早いため、これは私が朝食を食べ逃してしまったことを意味する。
今日は訓練を休みにしたからといって、何故こんなに遅くまで、サチの朝食を逃してしまうまで寝てしまっていたのだろうか。本気でそのことを悔いると同時に、私は来客者をサチに任せて再び眠りにつくことにした。
「そうは問屋が卸さねえゾ」
引き返してベッドルームへと向かおうとした私だが、それを阻むようにアルゴが襟首を掴んできた。その際に喉が絞まって変な声が出てしまったのはご愛嬌。
恨みがましい視線をアルゴの方へと向けるが、一方の彼女は何処吹く風と言った態度で、何かを言ったところでのらりくらりと躱されてしまうだろう。
「どれだけ寝れば気が済むんダ?お前ハ……というか、客来てんのに二度寝しようとすんなヨ」
ジトッとした目つきで正論を言われては言い返すことも出来ない。溜息を一つこぼすと本日の二度寝は諦めて、御客人のことに思考を寄せる。
地毛かカスタマイズしているのか、髪の色は明るい茶色。そして瞳の色は赤く、こちらは流石にカスタマイズしていることが見て取れる。
先程の声、そして一目見て快活だとわかる少女は、おそらく年の頃は小学5年からよくて中学2年といったぐらいだろう。
装備の質はお世辞にも最前線で戦えるものとは言えず、ケイタ達にも届かない。もっとも、そのあたりは今後の行動次第でなんとでもなるだろうが。
しかし、一応このギルドも攻略組ギルドとして名を連ねており、なおかつ治安維持という大義名分のもと犯罪プレイヤーの捕獲などを行っている。そんなところに、こんな幼く、そして実力の足りない少女を入れる訳にはいかない。サチ達は例外というやつだ。
犯罪を犯した証であるオレンジのカーソルを持つプレイヤー達を、このギルドは捕まえて牢獄へと放り込む。そして、あまりにも凶悪なプレイヤーは私が殺す。
LEONの大まかな方針はこのような、一歩間違えれば犯罪者にもなり得るもの。幾ら頭のおかしな私といえど、まだ小学生ぐらいの少女をギルドに入れるほど狂っているつもりはない。
幸いにも、今のところは誰かを殺したことはないが、何れ殺すことになるということは、サチ達には既に伝えてある。初めてケイタ達を連れて仕事に臨んだ後、彼らにそのことを伝えた。
自分たちの所属するギルドが、見方を変えればレッドギルドであることを隠して勧誘したが、いつまでもこれを隠すわけにも行かない。それに隠し通すことも出来ない。
私の言葉を、誰かを殺すかもしれないという言葉を聞いて、漸く「LEONは悪の組織だ」という発言に合点がいったらしい。一日考える時間を与え、それでもLEONに残ると言ってくれた彼らには感謝しかない。
さて、話を少女の方へと戻そう。
このギルドが人を殺す可能性のあるギルドであることは、今のところ所属しているメンバー以外に知り得ない。アインクラッド解放軍や聖竜連合の連中も、LEONはあくまで犯罪者は捕まえるだけだと思っている。
当然、一般プレイヤーである少女が、この情報を知るはずがない。情報を規制しているのは、その道のプロと言っても良いアルゴなのだから。
サチもこのギルドの方針を知っている以上、こんないたいけな少女をわざわざ悪の道に引きずり込むはずがない。案の定、今のところメンバーは募集していない旨を伝え、少女の願いを丁寧に断っていた。
しかし、こうして単身ギルドにまで頭を下げに来た少女が、そう簡単に諦めるはずもない。なんとしてもこのギルドに入りたいと、必至にすがっている。
「強くなりたいんです……生き残りたいんです!」
真摯な思いは、けれどここでは大して意味を成さない。確かに、この世界では彼女の気持ちは大切なものだ。この気持を忘れずにいれば、強くなれる可能性もある。
けれど、こちらで面倒を見ることは出来ない。それを理解しているサチは、だからこそ戸惑い、オロオロと視線を彷徨わせていた。
それに見かねたアルゴが、少女の方へと歩いて行く。
「オレっちは、アルゴ。おねーさんとでも呼んでくレ。お前さん、名前ハ?」
円滑なコミュニケーションを行う上での第一歩として、アルゴが名乗り、そして少女に名を問う。
突然現れて自分のことをおねーさんと呼べと強要している――実際にはしていないが――存在に戸惑ったのか、少し詰まりながらも名前を口にする。
―――何故だろうか、すごく嫌な予感がする。
具体的には第二層の攻略会議の際、キバオウさんと決闘するようにディアベルに持ちかけられた時と同じ様な。
そんな私の事など露知らず、シリカと名乗った少女に対し、おねーさんはある条件を持ちかけた。
「そこにいるアルトリアと戦って、一発でも攻撃を当てられたらギルドに入れるってのはどうダ?」
やっぱりそうだ。どうも他人は私に戦いを強要したいらしい。ディアベル然り、アルゴ然り。
「おとこわりします」
今度こそ戦うのは面倒くさいと、きっぱりと断る。
「そう言わずに、頼むヨ~」
戯けた風に、なおも食い下がるアルゴ。口調や態度、声音こそ軽いものだが、目だけは笑っていない。私に悪役を演じて欲しいという願いが込められている。
何故わざわざシリカと私を戦わせたいのか、それはシリカでは私に勝つことが叶わないからだ。装備云々の問題ではない。
アスナと決闘した時同様、短剣一本で勝負に臨んだとしても、私の勝利は揺るがない。そもそもの地力が違うのだ。その点で言えば、アスナの才能はすんごいものがある。それこそ、生まれる時代によっては英雄となりえるほどの。
ついでに言えば、キリトも他のプレイヤーには無い才能を持っている。いや、才能だけでなく、多少なりとも剣をかじったことがあるのだろう。
やはり話はそれてしまったが、兎に角私とシリカが勝負をしても、余程のことがない限り私の負けは在り得ない。フラグでもない。
だから、私がシリカを徹底的に傷めつけることで、彼女もLEONに入るのを諦めるはず。おそらくアルゴはそのように考えているはずだ。
「貸し一つですよ?」
未だ重たい瞼をこすり、少々濁った目でシリカのことを睨みつける。
今回の目的はシリカを傷めつけて私に対して恐怖を刻むことで、今後LEONに入りたいなどと馬鹿なことを言わせないようにするのが目的だ。
なのでこうして、実際に戦う前から彼女に恐怖を植え付けるべく、わざと濁った目で睨みつけている。
けれど思った以上に効果は得られないらしい、少々たじろぎこそしたもののの、直ぐに気を持ち直して私の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。
ある程度加減した上で軽いトラウマを植え付けられればいいかと考えていたが、それも訂正しなければならないだろう。目の前の少女の心を折るには、本気で行かなければならない。
そんな少女に付いて来るように言うと、普段ケイタ達野郎共を扱いている場所へと向かう。この場所ならば、ギルドメンバー以外に見られることもないだろうから。
「……すまない」
かろうじて聞き取れる程の小さな声で謝るアルゴの声を背に、これから自分のしようとしていることに対して自己嫌悪しながら足を動かす。
彼女の謝罪は、私に汚れ役をさせることに対する謝罪か、それともこれからトラウマを植え付けられるシリカに対する謝罪か。
誰に対する謝罪かは、結局聞くことはなかった。
いつもの柔らかく、そして掴みどころの無い雰囲気とは異なり、今は明確な殺気が今回の事の発端である少女、シリカに向けられている。
こうなるように仕向けたアルゴさんは、情報屋としての仕事があるからとこの場には居ない。代わりとして、私が立会人をすることになった。
アルトの使用する武器は普段使っている曲刀ではなく、第一層でドロップするレアな短剣。対するシリカも短剣だが、武器の良さで言えばアルトよりも良いものを使っている。流石に最前線で戦えるようなものではないが。
両者睨み合うのを見ながら、雰囲気以外にも普段のアルトとは異なることに気付く。いつもは、ケイタ達を相手にする時、彼女は構えを取らないのに、今はしっかりと構えているのだ。
恐らく今構えている理由は、あくまで相手に威圧感を与えるためだろう。いつもの自然体から繰り出される攻撃も驚異的と聞くが、今のように構えを取られると、小柄なはずのアルトが相手の目には大きく映る。それが目的のはずだ。
この構えを取るのはどうやら効果があったようで、シリカと名乗った少女の構える短剣は恐怖で震えてしまっていた。多分私があそこに立っていても、同じように震えていただろう。
けれどこのままではまずいと思ったのか、数回深呼吸をして気分を落ち着かせ、シリカは短剣の震えを抑えようとする。残念ながら収まりきることはなかったが、多少はましになっていた。
「二人共、準備はいい?」
準備が整った頃を見計らい、二人に声をかける。アルトはそもそも準備なんて短剣を装備するだけで、その直後から直ぐにでも戦えたはず。だからこの問は、実質シリカのみに向けていると言っていい。
気合は十分とばかりに返事をするシリカ。これから行われるのが一方的な暴力であることは、きっと本人も理解しているはず。私としては本当は目を背けたいが、そういうわけにも行かないのが現実だ。
「それでは―――」
私がこの言葉の先を続ければ、アルトは一方的にシリカを傷めつけるだろう。どんな理由を付けようが、これは決して許されることではない。
しかしこうしなければ、このギルドの抱える危険性が、彼女に襲いかかる可能性が高まる。だから、例え私達が汚れてでも、この少女を止めるしかない。
それに個人的なことだが、このシリカという少女がLEONに入るのは嫌だという思いがある。この子はまだ幼いながらも、この世界で戦うことを選んだ。にも関わらず、彼女より年上の私は戦うことから逃げて、安全なところで皆に守られている。
戦ってくれる皆をサポートに専念しているといば聞こえは良いだろうが、やはり負い目がないわけではない。だからもしシリカがLEONに入れば、私はまた自分に押し潰されることになる。そんな気がするから。もっとも、そんなことを考える時点で駄目なのかもしれないが。
自分の考えを終えると、再び二人の方へと視線を向け、そして引き金を引く様に言葉を続けた。
一対一で対峙して初めて分かるアルトリアさんの異常なまでの威圧感。小柄なはずの彼女のはずが、今こうして私に対して構えを向けるだけでとても大きく見える。
使用する武器は私と同じ短剣、けれど彼女の本来の武器は曲刀だと聞いているから、きっと可能な限り手加減してくれるのだろう、そんな風に考えて、すぐにそれを否定した。
もしも本当に手加減してくれるなら、今こうして圧力をかけてきたりしないだろうから。
剣先が震えるのを自覚しながら、彼女のことをよく観察する。今まで色々なプレイヤーとパーティを組んでここまで来たからこそわかる。この人は、今まで出会ったどんなプレイヤーよりも強いと。
恐怖で口の中が乾く。手足は震え、泣きそうにもなる。けれど、自分が生き残るためには強くならなければならない。強くなるには、より強いプレイヤーのもとで学ばなければならない。
強い人と一緒に居れば、それだけで自分の安全性が、生存率が高まる。そう考えたからこそ、私はLEONの戸を叩いた。
私は弱い、だから簡単には仲間に入れて貰えないと思っていたが、まさかこれ程の無理難題をふっかけられるとは思っても見なかった。
彼女たちの仲間に入りたければ、私はなんとしてでもアルトリアさんに一撃を当てなければならない。現世界最強のプレイヤーに。
その世界最強が私の前に立っており、そして敵意を向けてくる。蛇に睨まれた蛙ではないが、先程も言った通り私の手は震えてしまっている。
生唾を飲み込み、そして深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、先程よりかはましになった。もっとも、ましというだけで未だに剣先は震えてしまっているが。
そうすると、サチさんが準備はできたかと聞いてきた。
「はい!大丈夫です!」
自分に気合を入れる為にも大きな声で返事をするが、一方のアルトリアさんは無言で頷くだけ。
きっとアルトリアさんにとって今から行うのは作業に過ぎないのだろう。しかし、私にとってはとても大切なこと。
強くなるために、そしてこの世界で生き残るためにここに来たのだから。
けれどこの時の私は、まだ考えが甘かったらしい。今から行われるのは、あくまで一方的な試合だと思っていた。けれど、これはそんな生易しいものではなかった。
「それでは―――始め!」
幕を上げたこの入団試験は、理不尽なほどの一方的な暴力だった。
……トリックって面白いですよね。
それと、今回の話の最初の方に出てきた部分、サチ達にLEONの正体?を伝えるところは何れ何らかの形にて補完します。