―――フロアボスの威圧感って、あんな感じなのかな。
第三層にあるレストランにて出会った一組のパーティを、ギルドに勧誘すると言った時のアルトリアの威圧感を思い出し、なんとなく攻略組のボス戦時の気持ちが理解できた私は、間も無く訪れるであろう彼らに対しどのようにアプローチすべきかを考える。
勿論彼らがあの書き置きを見ずに、トールバーナまで来ないという可能性だってある。もっとも、アルトリアからすればその方が良いのかもしれないが。
彼らをわざわざ"LEON"に入れたいと言ったのには、アルトリアに説明した理由以外にも、別の理由も存在する。
それが、アルトリアを支える杖であり、そして行動を縛り付ける枷だ。
アルトリアがこの先、人を殺すのを止められないだろう。例え彼女から言い出したこととは言え、何人も人を殺していれば、何れ心が摩耗する。
そうなった時の為の杖として、いや、そもそもそうならない為の、そうさせない為の枷として、彼らの存在が必要だと感じたのだ。
最後の理由は伝えていないが、それでも私が説明した分で彼女は納得し、その上で威圧したことを謝ってくれたため、今はアルトリアのことは置いておくことにする。
「来ましたね」
午後11時、指定した時間丁度に現れた5人の人影に、先に気が付いたのはアルトリアだった。
初めて見た時の和気藹々とした雰囲気は鳴りを潜め、まるで今から戦地に赴くかの様な空気を纏っている。
恐らく、書き置きに"LEON"の印を残したのが原因だろう。
「良く来たナ」
まずは来てくれたことに対して礼を言う。これから勧誘をする上で、円滑なコミュニケーションを取ることはとても大事なことだ。なんせ、現状とても警戒されているのだから。
一先ず挨拶をしたところで、一度アルトリアの方へと視線を向ける。私が彼らを勧誘すると言った時の様な、怖い感じはもうない。
「それで、話って?」
彼らを代表して、パーティのリーダーであるケイタが問いかけてくる。
その声音には、やはり警戒の色が隠っていた。
「お前さん達、"LEON"に入るつもりは無いカ?」
なんの前置きもなく、単刀直入に要件を伝えたところ、彼らの間に衝撃が走る。
それはそうだろう、なんせ、この世界で最強と言われているプレイヤーを有するギルドから、たかが中層レベルのプレイヤーである自分たちが勧誘されているのだから。
いち早く気を取り直したケイタは、しかしまだ動揺が収まりきらないのか、少し慌てた様子で何故かと問いかけてきた。
それに対し、私は以下のことを伝えた。
・情報屋として、そして犯罪者の情報収集のための部下が欲しいということ。
・攻略組ギルドの一つに仲間入りをしたいということ。
・ギルドの裏方を担当してくれる人材が欲しいということ。
「それと、サチって言ったナ……お前さん、このままフィールドに出てたら、何れ死ぬゾ?」
実際に戦っているところを見たわけではないが、少なくとも自分から前に出てガンガン攻めていくタイプではないことは確かだろう。
そして、アルトリアと組む前に見た犠牲者の中にも、フィールドに出ることに、戦うことに恐れを抱いたまま敵の前に出て、そして死んでしまったのを見ている。
今私の目の前に居るサチも、そんなプレイヤー達と同じ空気を纒っているのだ。
流石に、会って直ぐの人間に死ぬ、なんて言われて驚いたのか、サチは固まって声も出ない様子。
だが驚いたのはサチだけではない。サチの属するパーティメンバー全員、そしてアルトリアもだ。
アルトリアが私の言葉に驚いたのは、恐らく言葉をオブラートに包まなかったことが原因だろう。寧ろそうであってほしい。
驚く彼らの様子をしっかりと観察し、そして少し落ち着いたであろうタイミングを見計らい、しかし彼らに喋らせないように言葉を続ける。
「お前さん達からしても、仲間の誰かが死ぬのは嫌だロ?サチだって、まだ死にたくない筈ダ」
心に訴えかける様に、それでいて囁きかける様に、表情を作りながら言葉を紡ぐ。どことなく詐欺師の類の様な気がしなくもないが。
かと言ってこのまま彼らを放っておく訳にはいかない。
勿論彼らが今後強くなり、サチを死なせない可能性だってある。
だが、今彼らをこっちに引き込んだ方が、余程確実性が高いのだ。
「お前さん達だって、もっと強くなりたいだロ?数字の上での強さではなく、本当の意味デ」
もしかして自分は、詐欺師か何かに向いているのではないだろうかと、軽く自己嫌悪しながらも言葉を続ける。
今の言葉ならば、少なからず興味を抱かせることは出来るだろう。
「……本当の意味でって、どういうことだ?」
私の言葉に最初に食いついたのは、糸目の青年"テツオ"だった。
やはり男の子故か、いや、こんな世界だからか、強さを求めるのは当然のこと。
けれど、この世界での強さは、所詮数字の上での紛い物でしかない。現実世界に帰還すれば、そんなものただの鍍金と変わらないからだ。もしかしたら、ある程度であれば経験が生きてくるかもしれないが。
だが、私の隣りにいるこいつは、アルトリアだけは違う。彼女の強さは、私が今まで見てきた中で、唯一自分自身のものなのだ。
それは彼女の戦い方からもわかるのだが、彼女はソードスキルを中心とした戦い方をしない。
この世界の特徴でもあり、そしてプレイヤーの命をつなぐ大事な剣技であるソードスキル、されど彼女はそれに依存しない戦い方で今まで戦ってきた。
故に、私は彼女の強さは本物だと思っている。
「アルトリアが剣の達人って話サ。聞いたこと無いカ?」
彼女の二つ名である"選定の女神"には、彼女の第二層での行動を揶揄する意味も、少しではあるが込められている。
しかし他にも、主に攻略組の間で言われている彼女の呼び方がある。
それが"剣聖"だ。
こちらは選定の女神とは違い、純粋に彼女を褒め称える二つ名として、密かにそう呼ばれている。
勿論、この剣聖という呼び名に関して、本人は知らないことだ。
「……アルゴ、さん」
私の言葉に心当たりがあるのか、テツオ含め、男連中がアルトリアの方へ視線を向けた直後、先程からずっと固まってしまい、動けないでいたサチが漸く口を開く。
一体彼女が何を聞きたいのかは、正直予測できている。
十中八九、先程の言葉の根拠を知りたいのだろう。
そしてその予測は外れることはなかった。何故自分が死ぬとわかるのか、という質問をしてきた。
「戦うことを恐れながら、フィールドに出て命を散らしたプレイヤーを何人も見てきたからナ。お前さん、そんなプレイヤーとおんなじ空気纒ってんだヨ」
私は今まで見てきたという経験から、そしてアルトリアは持ち前の勘から、同じ結論に至っていた、サチが死ぬという可能性。
こうして言葉を交わした以上、そしてアルトリアの良き友人となってくれそうな人が死ぬのは忍びない。
だからこうして、少しでも彼女をフィールドから遠ざけることで救おうとする。
「……話はわかった」
どうやら私の話に納得したらしいケイタが、"LEON"に加わることを承諾した。
サチは勿論、ササマルやダッカーらも、驚きのあまりケイタの方へと視線を向ける。
やはり、仲間が死ぬのは嫌だということ、そして自分たちが生き残る為にも強くなるには、このLEONに入るのが一番の近道だと判断したとのこと。
本来であれば、下級プレイヤーが上級プレイヤーの属するギルドに加入するなど、寄生プレイと思われても仕方がない。
だが、他人にどう思われようが、サチを死なせたくないという気持ちがあるというのも、理由の一つらしい。
―――いやー、若いって良いねぇ。
こんな台詞を臆面もなく言えるケイタを見て、思わずこんなことを考えたが、いや、自分もまだ若いはずだと気を持ち直す。年齢的には彼らとそう変わらないはずだし。
それはともかくとして、ケイタは恐らくだがサチに気がある。
ならばサチをこちらに抱え込んでいる間は、ケイタが離れていくことはないだろう。そしてケイタが残る以上、ササマル、ダッカー、テツオも、LEONから離れることはないはずだ。
―――あぁ、そっか。
今日、私がアルトリアにセクハラをしつつ愚痴をこぼした時、彼女は自分のことを悪人だといった。
悪人であると明言したわけではないが、それでもあの言い方はそうであると言っているようなものだ。
そして今の自分の考えを思い返して、どうやら自分も善人ではなく、悪人であったのだということを理解する。
いや、そもそも人殺しや暴行の共犯者を増やそうとしている時点で、善人であるはずがないのだが。
「なぁなぁ、LEONって悪人を取り締まったりするんだよな?なら正義の味方ってことだよな?」
今しがた自分が悪人であるということを理解した私を余所に、ササマルがどうも無邪気な勘違いを口にした。
そしてそれは、今摘んで置かなければ、何れ悪影響があることだったため、直ぐ様それを否定し、そして、アルトリアと共に宣言する。
『"LEON"は悪の組織だ』と。
昨日、私達がLEONに入ることが決まった後、ササマルが問いかけた「LEONは正義の味方か」という質問に対する答えを思い出しながら、アルト達の朝食を用意する。
今まで私達が泊まっていた宿から離れ、新たに7人で寝泊まり出来るところを探した結果、見事にキッチン付きのところを借りることが出来た。
『"LEON"は悪の組織だ』
上手く寝付けない程頭の中でぐるぐると渦巻くこの言葉、一体何故LEONは悪の組織なのだろうかと考えるが、一向にその答えが見つかる気配がない。
悪人を取り締まるというからには、警察のような組織という風に捉えることが出来る。
警察という組織は善か悪かで問われれば、間違いなく善であるといえる。
ならばLEONも善であるはずなのだが、彼女たちはLEONを悪だと言う。
いくら考えても答えが見つからないことを、いつまでも考えているのは正直時間が勿体無い。それに、今はこうして皆の朝食を用意することに集中しなければならない。
そう自分に言い聞かせるように、昨日のうちに渡されていた食材の方へと目を向ける。
今まで料理スキルを取っていなかったから料理をしてこなかったとは言え、これらの素材が現状とても良いものだということはわかる。
これを一人で集めてくるのだから、アルトの食への執念に脱帽すればいいのか、それとも実力の方を評価すれば良いのか。
「おはようございます、サチ……」
そんなことを考えていると、件のアルトが起きてきたらしく、彼女から朝の挨拶が聞こえてきた。
まだはっきりと意識が覚醒していないのか、いつもの、学校で見るような凜とした雰囲気は皆無で、どこか子供っぽい雰囲気を感じた。
「おはよう、アルト。朝ご飯、もうちょっとで出来るから」
「わかりました」
さっきまでの子供っぽい、可愛らしい雰囲気が霧散し、またいつもの雰囲気に戻ってしまった。きっと、ご飯という単語を聞いたからだろう。
昨日、私達がLEONに加入した直後、アルゴさんから「アルトリアは食欲魔神ダ」と聞いていたが、今の反応でとても納得することが出来た。
いや、昨日の時点で彼女が大食いであることは知っていたのだが……。
そうこう話している間に、朝食の下ごしらえは終わったため、後は簡単に調理していくだけとなった頃、他のメンバーもぞろぞろと起き始める。
その中にアルゴさんの姿は見当たらないが、きっと直ぐ起きてくるだろうと、全部で6人分とアルトリアの分を用意した。
行儀よく、されど物凄い勢いでご飯を食べる、いや、吸収していくアルト、そしてそれに負けじとご飯をかきこむササマル達。
和気藹々とした食事風景を見て、確かにこうして裏から支えるのも大事なのだなということを、改めて認識している私。
私とあまり食べ方が変わらないはずのアルトの方が、ササマル達よりも食べるペースが速いのはきっと気のせいだろう。いちいち気にしていたら、きっと負けな気がする。
楽しい楽しい朝食の時間が終わった後は、アルトによる戦い方の講座が始まるところだった。
集団で戦うにしても、まずは個々の実力を付ける方が先決だということ、そして万が一のことを考え、一人でも戦える様になることが目的だという。
「ダッカー、何故そこで下がるのです!ササマルはもっと間合いを意識しなさい!」
アルトに斬りかかられたことにビビってしまったダッカーが後ろに下がってしまったが、どうやら今のは下がってはいけないらしく、厳しい檄が飛ぶ。
ササマルにしてもそう、彼の得物である槍は、相手の間合いの外から攻撃できることが強みであるにもかかわらず、間合いを簡単に詰められていてはその強みを活かすことができない。
大事なことだからこそ、命を守る為のことだからこそ、アルトはスパルタ気味に、どんどん駄目なところを指摘していく。
こうして訓練の様子を見てみると、ケイタ達がいかに実力不足だったのか、そしてアルトの実力が異常なのかがよくわかると言うもの。
前者に関しては、もしかしたら相手がアルトだからと言うのも関係しているかもしれないが、それでもアルトの強さが異常なのは確かなこと。
4人を同時に相手して、なおかつこうして悪いところを指摘することが出来るのだから。
「ケイタ、テツオ、今のコンビネーションは素晴らしい!ササマル、先程のように敵の動きを制御すれば味方の動きが活きるのです、覚えておきなさい!」
一つだけ訂正するとしたら、スパルタ気味にではなく、スパルタそのものかもしれない。
「なぁサチ」
漸く起きてきたらしいアルゴさんが、用意しておいたサンドイッチを頬張りながら、声をかけてきた。
「アルトリアが味方でいる間は、死ぬ心配なんてシなくてもいいだロ?」
元気に訓練するケイタ達の様子を見て、そしてアルトというアインクラッド最強のプレイヤーの強さを指して、私を安心させるように言葉を紡ぐ。
例えその言葉が気休めだとしても、とてもそうとは思えない言葉だったから、私は心から安心して、その言葉に頷くことが出来た。
それと同時に、先程まで隅の方へと置いておいた疑問が蘇ってきた。安心したことで心に余裕が出来たからだろう。
だから、私はその疑問を解消すべく、アルゴさんに問いかけることにした。
「アルゴさん、昨日言ってた―――」
けれど、その質問はアルトの言葉によって遮られることとなる。
「サチー!お昼ごはんは何ですかー!」
まるで指し示したかのようなタイミングでアルトから声がかけられたことで、私は質問を最後まで言うことが出来なかった。
けれど、狙って声をかけたにしては、アルトの様子はほんわかとしすぎている。
背後にお花畑でも見えそうなほど、彼女の様子はリラックスし、そして自然体そのもの。
そんな余裕綽々とした態度に、ケイタ達の攻撃はますます激しいものとなるが、アルトは決して態度を改めることはなかった。
もしもこの態度が演技だというのなら、彼女は余程の食わせ物かもしれない。
「……すまないナ」
「え?」
そんなアルトの質問に答えようとしたところで、宿の中へと戻っていくアルゴさんが、すれ違いざまに謝ってきた。
一体何故謝るのかがわからなかった私は、アルゴさんを止めることも叶わず、ますます疑問が増えるばかりだった。