もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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ep.4やはり比企谷八幡は退部できない

由比ヶ浜の依頼を終えた後、俺はそのまま寄り道せずに帰宅した。

 

「たでーま。」

 

「およ?遅かったね、お兄ちゃん。」

 

俺が玄関で靴を脱いでいると、妹の小町がトコトコ歩いてくる。

 

「部活に入ってな。遅くなっちまった。」

 

「え!?お兄ちゃんが部活!?何部なの?」

 

うお、めっちゃ食いついてきた。

適当にはぐらかすか。奉仕部の説明とか面倒くさ過ぎる。

 

「また後で教えてやるよ。それよりも、ほれ。マカロンだぞ。」

 

注意を逸らそうと小町の眼前にマカロンの入った袋を差し出す。

けれど、小町はなぜか神妙な顔つきになる。

 

「……料理部?」

 

「違うわ。いらないのか?なら俺が全部食うぞ?」

 

俺がそう言って袋を下げると、小町はあたふたし始める。

 

「いるいる、超いるから、食べるから!マカロン食べたいから!」

 

「ほれ。」

 

俺が袋を手渡すと小町はリビングへと戻っていった。

やっぱり家はいいものだ。

仮面を被る必要もないし、気を使う必要もない。

なにより小町がいる。

俺が安らげる唯一の場所だ。

 

おっと、感慨に浸っている場合じゃない。夕飯をさっさと作らならければ。

 

俺がリビングに入ると小町がマカロンをリスのように頬張っていた。

 

「一個だけにしとけよ。夕飯食えなくなるからな。」

 

「ふぁーい。」

 

「口に物入れながら喋るな、行儀悪いぞ。」

 

「はーい。」

 

鞄を置き、エプロンを着ながら今日の献立を考えていると不意に小町が話しかけてきた。

 

「何してるの?お兄ちゃん。」

 

「何って、夕飯をだな……。」

 

「夕飯なら小町が作っといたよ。帰ってくるの遅かったし。」

 

食卓に目をやると、美味しそうな料理が並べられている。

なぜ今まで気づかなかったのだろう。きっと疲れてるんだ、そうに違いない。

 

「あー、悪いな。今日の当番俺なのに。」

 

ちなみに比企谷家の晩御飯は当番制である。

月曜から土曜までが俺。日曜が小町だ。

あ、別に俺が虐げられてるのではなく、小町が料理してケガする危険性を減らすために自分からこの割り当てを提案したのだ。

 

「いつも作ってくれてるんだから気にしないで。それよりも食べよ。お兄ちゃんが帰ってくるの待ってたんだから。 あ、今の小町的にポイント高い。」

 

「はいはい、高い高い。」

 

その言葉自体は嬉しかったのだが、最後のポイントってのが蛇足過ぎる。

俺は適当に返事しながらテーブルにつく。

 

小町は俺の反応が不満だったのか頬を膨らまして俺を非難してくる。

 

「むー、何その反応。ポイント低いよ?」

 

「だから何なんだよ、そのポイント制。 というか、早く食うぞ。」

 

小町はまだ納得がいかなそうな表情だったが、おとなしくテーブルについた。

 

「「いただきます。」」

 

****

 

黙って飯を食べていると、小町が話しかけてくる。

 

「お兄ちゃんの作ってくれるお菓子はいつも美味しいけどさ、昔食べたあのお菓子も美味しかったな。」

 

「どんなお菓子か言えば作ってやるぞ?」

 

「えっとね………思い出せないなぁ。お兄ちゃんが事故した時に犬の飼い主さんが持ってきてくれたものだったんだけど……。」

 

「おい、それ食べてねぇぞ、俺。」

 

「………てへっ。」

 

そんな顔をしたからって許さな………かわいいから許す。

 

それにしても、懐かしい話を持ち出したな。

そう、俺は高校一年生の時に事故に遭っている。

 

入学式の日、ずっと続けている早朝ジョギングをしている時に、アホな飼い主が犬のリードを離して犬が車の前に飛び出したのだ。

 

その時は体が勝手に動いて、車の前に飛び出して犬を助けたのだ。

まぁ、助けたと言ってもその時の記憶は全くなく、病院のベッドの上で聞いたことなのだが。

 

そして俺は足の骨を折って、二週間入院することになった。 二週間後に登校して、既にグループが出来上がっているところに割り込むのがどれだけ大変だったか……。

 

そういえば、結局犬の飼い主の名前は聞いていなかったな。 まぁ知ったところでどうしようとも思わないが。

確か、車に乗っていたほうの名前は……。

 

そこまで考えたところで俺の思考は硬直した。

 

ああ、どうして今まで気づかなかったのだろう。

自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。会った瞬間に思い出してもおかしくはなかったはずなのに。

 

車に乗っていたやつの名前は雪ノ下……だ。

 

****

 

「あら、来たのね。」

 

翌日の放課後、俺が部室に行くと既に雪ノ下が定位置で本を読んでいた。

 

「来て悪かったな。というか、奉仕部に入ったことを説明すんのに大変だったんだよ。」

 

本当、大変だった。

まぁ、ずっと葉山たちからサッカー部に誘われているのにそれを押しのけて黙って奉仕部に入部したのだから当然なのだが。

 

「大変ね。友達がいるというのは。」

 

雪ノ下が皮肉を込めて友達という部分だけを強調する。

 

「全くだ。」

 

友達なんて煩わしいだけだ。相手の顔色を伺い、気を使う偽物の自分を演じなければならない。

 

自分でこうすることを選んだのだが、それでも面倒くさいものは面倒くさいものなのだ。

 

「で、今日も依頼者が来るまで待機か?」

 

「そうね。」

 

「了解。」

 

短い言葉を交わした後、俺たちは手元の本を読み始める。

 

俺は文字列を目で追いながら、昨夜思い出したことを考える。

事故した相手が雪ノ下。

だが、俺の雪ノ下への接し方は変わらない。

そもそも、事故に遭った車が雪ノ下の家ものであったからと言って、あいつが乗っているとは限らないはずだ。

それに、乗っていたとしても俺がその車に轢かれたことなど覚えていないだろう。もしかすると、事故のことすら忘れてるかもしれない。

 

覚えていたとしても、正直どうでもいいというのか本心だ。 あの事故は俺が飛び出したのが悪いのであって、あいつに非は全くない。

こんなことを気にする方が馬鹿に思える。

 

むしろ、こんな楽な部活を作ってくれたことに感謝しているまである。

 

まぁ、この楽な時間を過ごすのもそろそろ頃合いだけどな。

 

依頼を一つ受けて、その依頼者を納得させたのは俺だ。

そして、その活動を通して俺自身は何も変わらなかったことをはっきりと平塚先生に伝えればあの人も諦めるだろう。

あの脅しはきっとはったりだ。 あの人は人の弱みを言いふらすような人ではないはずだ。

 

結局、なぜ平塚先生が俺を脅してまでこの部活に入れようとしたのかは分からずじまいだったが、元々、無理矢理入れられた部活だ。退部するのも多少無理矢理で構わないだろう。

 

……ただ、どうしても惜しいと感じてしまうのはこの環境だ。学校でみんなの『比企谷八幡』を演じなくていい唯一の場所を失うことが。

 

けれど、これはきっと甘えだ。自らこの道を選んだのにそれから目をそらすことはただの逃げであり、過去の自分を否定することになる。

 

「なぁ、ゆきのし 「失礼しまーす。」

 

しかし、俺の言葉を遮り、不躾な挨拶が部室に響き渡る。

 

……奉仕部の依頼者というのは一々人の話を邪魔してからじゃないと入室できないのか?

 

誰だ、空気読めない奴は。戸部か?戸部なのか?明らかに女の声だったけど。

 

「えっと、邪魔しちゃったかな?」

 

入ってきた由比ヶ浜は俺の視線に萎縮して少し怖がっているようだ。

 

「い、いや、構わないぞ。それより何の用だ?」

 

危ねぇ、今の目は素だった。 突然入ってこられると咄嗟に反応できないな。

 

「そうね、あなたの依頼は完了したはずだけれど。」

 

雪ノ下は冷めた目線で由比ヶ浜を見つめる。

 

「あ、昨日のお礼をしにきたの。クッキー焼いてきたんだ!受け取ってくれる?」

 

……由比ヶ浜クッキー(毒物)を受け取るとか、何の罰ゲームですか?と、喉まで言葉が出るが、何とか抑える。

 

「あ、ああ。悪いな、わざわざ。」

 

「い、いえ、今日はあまり体調がすぐれないから……。」

 

あの雪ノ下が嘘をついてまで……。由比ヶ浜の料理スキルすげえ。

 

そんなことを考えている俺をよそに、由比ヶ浜は心配そうな表情で雪ノ下の顔を覗き込む。

その自然な行為に雪ノ下のATフィールドは簡単に突破されてしまう。

 

「どっか悪いの?大丈夫?」

 

そして、その距離の近さに雪ノ下は困惑する。

 

「え、ええ。大丈夫だから……ち、近いわ。」

 

「なら良かった!じゃあこれ!」

 

由比ヶ浜はにっこりと笑うとラッピングされはクッキーを雪ノ下に差し出す。

 

「え、ええ。ありがとう。」

 

「昨日頑張ったんだよ?ママに手伝ってもらってさ。あ、ヒッキーにも!」

 

由比ヶ浜が振り返って俺にもクッキーを渡す。

 

「お、おう。ありがとうな。後で食べさせてもらうわ。」

 

由比ヶ浜は俺の反応に満足げに笑顔を浮かべる。

そして、突然思いついたような顔つきになる。

 

「あ、そうだ!あたしも奉仕部に入っていい?」

 

……はい?

 

「あたし、ヒッキーたちのお手伝いしたいんだ。それに、ヒッキーがいるし……。」

 

尻すぼみになっていく言葉をよそに、俺は由比ヶ浜を問いただす。

 

「は、入るのか?奉仕部に!?」

 

「うん、ヒッキーも続けるんでしょ?」

 

「お、おう。」

 

ダメだ。そんな言い方をされた後に辞めるなんて言ったら、飽きっぽいやつだと思われて俺の株が下がる。

 

それに、子犬みたいにウルウルした目で俺を見つめるな、由比ヶ浜。断れる気がしないだろう。

 

ーーーなら。

 

「ゆ、雪ノ下?」

 

最後の頼みの綱である雪ノ下に声をかける。部長が拒否すればまだ可能性はある。

 

「そういうことは顧問の先生に言うべきよ。ただ、私は構わないし、平塚先生も了承するんじゃないかしら。」

 

雪ノ下ぁぁぁぁ!

そうだった。こいつのATフィールドは由比ヶ浜にとっくに突破されているんだった。

 

「……ヒッキーはあたしに入部して欲しくないの?」

 

俺の反応が不審だったからなのか、由比ヶ浜が不安そうに俺に聞いてくる。

 

はい!そうです。

なんて絶対に言えない。

もちろん、みんなの『比企谷八幡』は爽やかな笑顔を浮かべて言う。

 

「いや、嬉しいくらいだ。歓迎するぞ、由比ヶ浜。」

 

こうして、俺の奉仕部残留が決定し、自分を偽らなくても良いこの空間は崩れ去った。

 

 




今回は短めです。 戸塚編を全て入れてしまうとあまりにも長くなってしまうので……。
申し訳有りませんが、材木座のお話は書かないつもりです。今の八幡と材木座が出会う理由が思いつかないので。

後、コメントに入部理由が雑すぎる、というご指摘をいただいたのですが、一応まだ語られていない理由があります。いつになったら明かされるかは未定ですが。

こんな感じで、先の話のネタバレになる返しづらいコメントなどには返信できない場合がございます。 ですが、コメントは逐一読ませていただいているので、たくさんいただけると幸いです。
何か気になる点などがありましたら、ご気軽に言ってください。

少し長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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