もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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今更になりますが、スマホからの投稿になりますので読みづらければ申し訳ありません。

では、誤字脱字誤用があるかもしれませんが、温かい目で見てやってください。


ep.3そして由比ヶ浜結衣は知らぬまま

奉仕部に入った翌日の放課後、俺は教室に残り、談笑していた。

 

「最近、だんだん暑くなってきたじゃん?このまま夏になったらマジ部活がヤバイわー。

汗かきまくりでヤバイわー。」

 

「暑いからって部活サボんなよ?」

 

「それにさっきからお前、ヤバイしか言ってねぇぞ。」

 

「それな。」

 

「それあるわー。」

 

「うわー、マジ隼人君とハチきびしーわ。

まぁ、今年は俺ら、マジで全国狙ってっから。」

 

「お、なら今日は練習量二倍にするか。」

 

「え?ちょっ、それはヤバイって。」

 

戸部が何か話題を振り、俺と葉山が反応して、大岡と大和が相槌を打つ。

いつもの日常。いつもの会話だ。

こんな無意味な、偽物のコミュニケーションで俺たちの関係は成り立っている。

 

それでいいと割り切ったはずの俺だったが、なぜか今日は妙に馬鹿馬鹿しく思えてしまい、何気なく廊下の方を見る。

 

「あーし今日、フォーティンワン行くんだけど、姫菜と結衣も行くよね?」

 

「いいよー。今日はダブルが安いんだっけ?」

 

「そうそう。あーしショコラとチョコが食べたい。それで、結衣は?」

 

「ごめん、優美子。今日、ちょっと外せない用事があるんだ。」

 

「えー、そうなん?じゃ、じゃあ隼人は?」

 

「悪い、今日は部活あるからさ。」

 

「隼人も来れないの?じゃあハチは?」

 

「………。」

 

「ハチ?」

 

「ヒッキー?」

 

三浦と由比ヶ浜の呼びかけに俺ははっと気づいた。

 

「……っは。わ、悪い、実は俺も部活に入ってさ、また今度にしてくれ。埋め合わせはするから。」

 

「ヒッキーが部活?」

 

「おう、また明日話すから!」

 

そして俺は教室を飛び出す。

ヤバイ、話全然聞いてなかった。何の埋め合わせをすればいいんだろう。

でも、仕方ねぇだろ。平塚先生が鬼の形相で教室のドアに張り付いてたんだから。

 

……今度からは止めてもらうように頼もう。

 

****

 

明日、あいつらに部活のこと話さなくちゃならねぇのか。

 

……はぁ。

俺は心底めんどくさいと感じながら、何も書かれていないネームプレートを見上げる。

 

後二、三日の辛抱だ。

そう自分に言い聞かせて俺は部室のドアを開けた。

 

教室の中には昨日と寸分違わぬ位置と姿勢で雪ノ下が本を読んでいた。

あいつはいつもこうして一人で本を読んでいるのだろうか。だとしたら羨ましいことこの上ない。

 

俺は雪ノ下には声をかけずにはす向かいの椅子に腰掛ける。

そして、バッグから本を取り出し、読もうと思った瞬間、彼女が声をかけてきた。

 

「人に会ったら挨拶、とご両親から習わなかったのかしら?非礼谷君。」

 

「集中してる人には話しかけるな、と習わなかったか?雪ノ下。

後、お前は俺の名前に恨みでもあるのか?」

 

「いえ、恨みはないわ。ただ、聞くと虫唾が走るわね。」

 

「全力で嫌悪してるじゃねぇか。一体比企谷の何がお前をそこまでさせてるんだよ。」

 

「それは自分の心に聞いてみることね?」

 

「何もやってねぇよ。俺はお前に嫌われるようなことをした覚えがない。

それともあれか、俺の存在がっていうことか?」

 

「ノーコメントよ。」

 

「それ、イエスって言ってるようなもんじゃねぇか。」

 

雪ノ下は満足気に微笑むと、再び手元の文庫本に目をおろす。

俺もそれに合わせて本を読み始める。

 

沈黙。

それも気まずいものではなく、心地の良い沈黙。

話題を広げる必要も、取り繕う必要もない空間。俺が今までの学校生活で得られなかったものだ。

すぐに退部するつもりだと分かっていてもこの環境は惜しいと感じざるをえない。

 

この心地よい沈黙に身を任せて、俺は本を読み始めた。

 

****

 

三十分ほどたっただろうか。

静寂を破ったのは俺だった。

 

「なぁ、ずっと本読んでていいのか?一応部活なんだろ、これ。」

 

さすがに本を読んでいるだけの部活動というのはいささか問題があるのではないかと思う。

 

「基本的に依頼者が来るまでは何もしないわ。 依頼者は大抵、平塚先生が連れてくるのだけれど。」

 

そう言って雪ノ下が俺をちろっと見る。

俺も例外ではない、というわけだ。

 

「了解。つまり、誰か来るまで暇な部活ってことだな。」

 

「その言い方は少し不服だけれど、否定はできなわね。」

 

そこで雪ノ下は一度言葉を区切った。

そして、俺のいる方に向き直り、真剣な表情になる。

 

「ねぇ、比企谷君。あなたはこの前ーー」

 

コンコン。

しかし、雪ノ下が何か言おうとしたその時、部室のドアがノックされた。

 

雪ノ下はため息をついて、座り直す。

そして、こほんと小さく咳をした後、ドアの向こうにいるであろう何者かに向けて声をかける。

 

「どうぞ。」

 

彼女の声に反応して、ゆっくりとドアが開く。

入ってきたのは、明るい茶髪で、少し制服を着崩した俺のよく知る少女。由比ヶ浜結衣だった。

 

「し、失礼しまーす。」

 

おずおずと彼女が部室に入ってくる。

さて、どうしたものか。

 

「平塚先生に言われて来たんですけ………ど?

ど、どうしてヒッキーがここにいるの?」

 

「放課後、言っただろ。部活に入ったって。それがここなんだよ。まぁ、とりあえず座れよ。」

 

結局、俺はいつも通り彼女に接することにした。

雪ノ下がいる方向から嫌悪に満ちた視線を感じるが、無視して俺は由比ヶ浜に椅子をすすめる。

 

「あ、ありがと。ヒッキーが入ったのって奉仕部なんだ。優美子、怒ってたよ?今度絶対奢らせるんだって。」

 

「悪かったな、突然出て行って。まぁ、奢るくらいなら大したことないか。」

 

何を奢ればいいのだろうか……。

 

由比ヶ浜と俺が話していると背後から雪ノ下がせきばらいをする。

いい加減本題に入りたいようだ。

 

「2-F由比ヶ浜結衣さんね。あなたはどうしてここに?」

 

「……平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」

 

かすかな沈黙の後、由比ヶ浜はそう切り出した。

しかし、雪ノ下は彼女の淡い願いを冷たく突き放す。

 

「少し違うかしら。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。願いが叶うかどうかはあなた次第。」

 

「どう違うの?」

 

怪訝な表情で由比ヶ浜が問う。

まぁ、今の説明で由比ヶ浜が理解できると思わないので、一応俺がフォローを入れておく。

 

「飢えた人に魚を与えるか、魚の獲り方を教えるかの違いだ。ボランティアってのはそう言った方法論を与えるもので、結果のみを与えるわけじゃないんだ。

つまり自立を促すってことだな。」

 

俺も雪ノ下から明確に聞いたわけではないが、大体これで合っているはずだ。

それに、雪ノ下の私が説明するつもりだったのにと言わんばかりの恨みがましい視線を感じるので間違っていないようだ。

 

そして、俺の説明を聞いた由比ヶ浜というと。

 

「な、なんかすごいねっ!」

 

相変わらず純心というか、単純というか……。

悪い宗教に引っかかりそうで心配だなぁ。

 

俺が慈愛の目で由比ヶ浜を見つめている一方で、雪ノ下は冷たい目で彼女を射抜く。

 

「必ずしもあなたのお願いが叶うわけではないけれど、できる限りの手助けはするわ。」

 

その言葉で本題を思い出したのか、由比ヶ浜はあっと声を上げる。

 

「あのあの、あのね、クッキーを……。」

 

言いかけて俺の顔をチラッと見る。

 

あー、はいはい。俺がいると話しづらいんですね。

 

「ちょっと飲み物買ってくる。雪ノ下さん、何がいい?」

 

「私は『野菜生活100いちごヨーグルトミックス』でいいわ。」

 

「了解。由比ヶ浜は?」

 

「あ、あたしは大丈夫だよ。」

 

「分かった。んじゃ、行ってくる。」

 

パシリを自ら買って部室から退散する。

さて、由比ヶ浜の依頼はなんだろうか。

 

とりあえず、話が終わるまでにMAXコーヒーと野菜生活と紅茶でも買ってくるか。

 

****

 

俺が部室に戻ってくるとちょうど話が終わったところのようだった。

とりあいず俺は二人に飲み物を手渡す。

 

すると由比ヶ浜はポシェットみたいな小銭入れから百円玉を取り出す。

 

「別にいいよ。」

 

紅茶一本程度で文句を言う俺ではない。

というか、雪ノ下さん。あなたは金を出す素振りすら見せずに飲み始めるんですね。

いや、別にいいんだけどさ。

 

「……ありがと。」

 

「ああ、気にすんな俺が勝手に買ってきたものだ。

それで、話は終わったのか?」

 

「ええ、あなたがいないおかげでスムーズに話が進んだわ。ありがとう。」

 

ついでに活動にも俺が必要なければ楽なんだけどな。

心の中でそう思いながら、俺は爽やかな笑みを浮かべる。

 

「手厳しいな、雪ノ下さんは。それで、俺はどうしたらいい?」

 

仕方ないだろ。お前にだけやけに扱いが適当だったら怪しまれるじゃねぇか。

だから、そんな汚物を見るような目で俺を見るな。

 

「………家庭科室に行くわ。比企谷君も一緒にね。」

 

「家庭科室?由比ヶ浜がなんか作るの……か?」

 

自分でそう言いながら思い出す。彼女の料理の腕を。

あの葉山隼人ですら撃沈させた恐怖の鍋パーティを。

 

「うん、クッキーを作るんだ。……お世話になった人に渡そうと思って。」

 

「そ、そうか。まぁできる限りのことはする。」

 

俺、死なないかな。

そんなことを考えながら、俺はさっさと部室から出て行く雪ノ下に着いて行った。

 

****

 

家庭科室に着き、雪ノ下と由比ヶ浜がエプロンを着る。

うん。制服にエプロンというのはいいものだ。むしろ最強の組み合わせかもしれない。

 

どうでもいいことを考えながら二人を見ていると、雪ノ下が冷ややかな目線を送ってくる。

 

「え、えっと、俺は何をしたらいいのかな?」

 

「あなたは味見係よ。クッキーが焼きあがるまで隅っこで座っていなさい。」

 

「分かった。」

 

こいつ、ピンポイントで俺の心を抉ってくるの上手すぎだろ。

そんなことばっかり言われたら八幡泣いちゃうよ?

 

密かに傷ついている俺をよそに雪ノ下と由比ヶ浜はクッキーを作る準備を始める。

俺も備え付けのエプロンを着て、料理をする準備を始める。 愛する我が妹のためにお菓子でも作ろうという魂胆だ。

 

「座っていなさいと言ったはずだけれど。」

 

「いや、座って待っているよりかは、何かした方が気が楽なんだよ。気に障ったのなら謝る。」

 

俺が視界の端で何かしているのが気に触るのか、雪ノ下が文句をつけてくるが、俺はそれを適当にあしらう。

 

「ヒッキーって料理できるの?」

 

「ちょっとだけだけどな。マカロンでも作って家に持って帰ろうと思ったんだよ。」

 

「マカロン作るの!?」

 

あー、そういえば一昨日くらいにマカロン食べたいってこいつ言ってたな。

 

「由比ヶ浜の分も作るか?」

 

「うん!ありがと、ヒッキー。あ、でもこれじゃあ……。」

 

由比ヶ浜が元気に返事した後、ブツブツ何か言い始めたが、放っておくことにする。

それよりも、小町と由比ヶ浜、それに雪ノ下。三人分か……。材料足りるかな?

 

****

 

俺のマカロンと由比ヶ浜のクッキーが焼きあがったのはほとんど同時だった。

そしてそれらが机の上に並べられる。

 

かたや色鮮やかで美味しそうなマカロン。

かたや真っ黒なホットケーキみたいなもの。いや、木炭だなこれは。

 

「な、なんで?」

 

由比ヶ浜が愕然とした表情で木炭を見つめている。

 

「理解できないわ……。どうやったらあれだけミスを重ねることができるのかしら……。」

 

雪ノ下が呟く。

 

というか、まじでこれを味見するのか?

死ぬぞ、俺が。

 

「と、とりあえず、こっち食べながら問題点を洗い出そうぜ。」

 

自作のお菓子を勧めて、味見のことを忘れさせようとする作戦だ。

当然、この作戦に由比ヶ浜はすぐにひっかかる。

 

「いっただきまーす。……うまっ!何これ、お店で売られてるやつじゃん!?」

 

「昔から親がいないときは俺が飯を作ってたからな。慣れてるんだよ。

雪ノ下もどうだ?」

 

「ええ、後でいただくわ。比企谷君。先にこっちを食べるわよ。」

 

雪ノ下が神妙な面持ちで指差すのは由比ヶ浜作の木炭。

 

「まじでこれ食うのか?」

 

「ええ、彼女のお願いを受けたのは私よ?責任くらいとるわ。」

 

そう言って雪ノ下は皿を自分の側に引き寄せ、黒々とした物体をひとつ摘み上げる。

 

「……死なないかしら?」

 

「俺が聞きてぇよ。」

 

そう言いながら由比ヶ浜の方を見ていると、由比ヶ浜は仲間になりたそうな目でこちらを見ていた。

……ちょうどいい。こいつも食えばいいんだ。人の痛みを知れ。

 

****

 

結果から言うと、由比ヶ浜のクッキーはギリギリ食べれた。

吐き出すような不味さではなく、リアルな不味さだった。

 

「うぅ〜、苦いよ不味いよ〜。」

 

「なるべく噛まずに流し込んでしまった方がいいわ。舌に触れないように気をつけて。劇薬みたいなものだから。」

 

さらりとひどいこと言うなこいつ。

なんとか由比ヶ浜のクッキーを食べ終えて、雪ノ下が口を開く。

 

「さて、じゃあどうすればより良くなるかを考えましょう。」

 

「………。」

 

「………。」

 

正直、由比ヶ浜が二度と料理をしないってのが一番いいと思うが、口が裂けても言えねぇな。

 

俺たち二人が黙っていると、雪ノ下がふぅっと短いため息をついた。

 

「………なるほど。解決方法がわかったわ。」

 

「どうするんだ?」

 

「努力あるのみ。」

 

「それ解決方法か?」

 

「やっぱりあたし料理に向いてないのかな……。才能ってゆーの?そういうのないし。」

 

由比ヶ浜ががっくりと肩を落として深いため息をつく。

その姿に雪ノ下が即座に反応した。

 

「才能がない?まずはその認識を改めなさい。最低限の努力もしない人間に才能がある人を羨む資格はないわ。成功できない人間は成功者が積み上げた努力を想像できないから成功しないのよ。」

 

雪ノ下の言葉は辛辣だった。そして、反論を許さないほどにどこまでも正しい。

 

由比ヶ浜もここまで直接的に正論をぶつけられた経験なんてないだろう。その顔には戸惑いと恐怖が浮かんでいる。

 

そしてそれを誤魔化すように由比ヶ浜はへらっと笑顔を作った。

 

「で、でもさ、こういうの最近みんなやんないって言うし。……やっぱりこういうの合ってないんだよ、きっと。」

 

……これだ。

由比ヶ浜の最も嫌いなところ。周囲に合わせようとして自分の意見を何も言わない。

そこが彼女の一番嫌いなところだ。

 

俺の嫌いとするところは雪ノ下にも共通だったようで、彼女の表情には嫌悪感がありありと浮かんでいる。

 

「……その周囲に合わせようとするのやめてくれるかしら。ひどく不愉快だわ。自分の不器用さ、無様さ、愚かしさの遠因を他人に求めるなんて恥ずかしくないの?」

 

雪ノ下の語調は強い。もちろん、由比ヶ浜はそれに気圧されている。

さて、この後どうやって由比ヶ浜を慰めるかな。

 

由比ヶ浜は少しの沈黙の後、か細い声を漏らす。

 

「か……」

 

帰る、とでも言うのだろうか。

まぁ、彼女の性格からしたらありえそうだが。

 

「かっこいい……。」

 

「「は?」」

 

「建前とか全然言わないんだ……。なんていうか、そういうのかっこいい……。」

 

由比ヶ浜が熱っぽい表情で雪ノ下をじっと見つめる。

当の雪ノ下といえばこわばった表情で二歩ほど後ろに下がっていた。

 

「な、何を言ってるのかしらこの子……。話聞いてた?私、これでも結構きついことを言ったつもりだったのだけれど。」

 

「ううん!そんなことない!あ、いや確かに言葉はひどかったよ。でも、本音って感じがするの。あたし、人に合わせてばっかだから、こういうの初めてで……。」

 

雪ノ下の正論から、由比ヶ浜は逃げなかった。

 

「ごめん、次はちゃんとやる。」

 

謝ってからまっすぐに雪ノ下を見つめ返す。

予想外の視線に今度は逆に雪ノ下が声を失った。

 

「……正しい作り方を教えてやれよ。由比ヶ浜はちゃんと言うことを聞くんだぞ。」

 

俺はそれだけ言って近くの椅子に座る。

きっと、この二人なら大丈夫だろう。

 

俺は安心しながら二人の作業を眺めていた。

 

****

 

大丈夫?

そう思っていた時期が私にもありました。

由比ヶ浜の料理スキルは俺の想像を絶するものだった。

 

雪ノ下がどれだけ注意しても卵に殻は入るし、分量は間違える。 きっと、彼女が料理に向いていないのは事実なのだろう。

 

そして完成したクッキー。

最初ほどは悪くない。

クッキーと呼んでいいレベルのものにはなっているだろう。

 

しかし、由比ヶ浜も雪ノ下も納得がいかないようだった。

 

「……どう教えれば伝わるのかしら?」

 

「……なんでうまくいかないのかなぁ……。言われた通りにやってるのに。」

 

はぁ、そろそろ助け舟を出しますか。

 

俺は立ち上がって二人に声をかける。

 

「なぁ、なんでお前らはうまいクッキーを作ろうとしているんだ?」

 

「は?人にあげるんだから美味しい方がいいに決まってるじゃん。」

 

由比ヶ浜がこいつ馬鹿か、と言わんばかりの表情で俺を見る。

 

「お前が誰にこれをあげるかは知らないけど、男にあげるんだろ?」

 

「……えっと、その……うん。」

 

由比ヶ浜が躊躇しながらも肯定する。

 

「せっかくの手作りクッキーなんだ。手作りの部分をアピールしなきゃ意味がない。店と同じようなものを出されたって嬉しくないんだよ。むしろ味はちょっと悪いくらいの方がいい。」

 

雪ノ下は俺の言葉に納得がいかないようで、聞き返す。

 

「悪い方がいいの?」

 

「ああ、そうだ。上手にできなかったけど、一生懸命作りましたっ!ってところをアピールすれば、男心なんて簡単に揺れるんだ。

男は残念なくらい単純なんだよ。」

 

俺がそう締めくくると、由比ヶ浜が不安げな表情で俺に問うてくる。

 

「……ヒッキーも揺れんの?」

 

「そうだな、揺れるぞ。超揺れる。」

 

「そ、そっか……。」

 

俺の適当な返事に由比ヶ浜は小さく返事をした後、鞄を掴んで帰ろうとする。

その背中に雪ノ下が声をかけた。

 

「由比ヶ浜さん、依頼の方はどうするの?」

 

「あれはもういいや!今度は自分のやり方でやってみる。ありがとね、雪ノ下さん。」

 

振り向いた由比ヶ浜は笑っていた。

 

「また明日ね。ばいばい。」

 

手を振って、由比ヶ浜は今度こそ帰って行った。

 

雪ノ下はドアの方を見つめたまま呟きを漏らす。

 

「本当に良かったのかしら。」

 

「本人がそれでいいって言ってんだ、これでいいんだよ。」

 

「そうかしら……。」

 

「そうだ。」

 

雪ノ下の不安げに呟きに、俺は確信を持って答える。

どうせあのクッキーをもらうのは俺なのだから。

 

俺は人の好意には敏感になった。人気者を演じるようになってから告白されたことも何度もある。

だから、きっと由比ヶ浜は俺に好意を向けている。

けれど彼女が恋しているのは俺の外面であり、仮面だ。

手作りクッキーをあげようと、その恋が実ることはない。

 

そんなことを考えていると、雪ノ下が話しかけてきた。

 

「それにしても、あなたって話し方は変わってないのに、どうして由比ヶ浜さんがいるときに話すときはあんなにも爽やかに聞こえるのかしら。」

 

「さぁな。人に合わせる内にこうなったんだよ。」

 

「人に合わせる……。あなたと由比ヶ浜さんって似ているのかもね。」

 

「ばっか、全然似てねぇよ。あいつは変わろうとしてんだ、俺よりよっぽど偉い。」

 

「そうね、精神的に向上心のないものは馬鹿だって言うもの。」

 

「次は『こころ』かよ。まぁ、実際俺に向上心はないんだけどな。

それじゃあ、俺も帰るわ。」

 

俺はそう言い残して家庭科室を出る。

夕焼けに染まる廊下を歩きながら、俺は先ほどの会話を思い出す。

 

俺と由比ヶ浜が似ている……か。

 

現時点では似ているかもしれないが、きっとこれから由比ヶ浜は変わっていくのだろう。 今日の雪ノ下との関わりで俺はそう感じた。

 

彼女の人に合わせる癖。俺が嫌いな彼女の癖も直っていくのだろう。

 

では、俺は。人に合わせ続けて生きてきた俺はどうなのか。変わろうとする思いも、向上心もない俺は、俺のことをどう思っているのか。

 

答えは簡単。

俺は俺のことが大嫌いだ、今も昔もずっと。




葉山:比企谷 海老名:比企谷君 由比ヶ浜:ヒッキー
その他の葉山グループ:ハチ
という呼び方になっております。

八幡は全員名字呼びですね。

結果として原作とあまり変わらない終わり方になりましたが、八幡の立ち位置がかなり変わっています。
由比ヶ浜とそもそも知り合いだったり、その好意を知っていたりと。

それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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