もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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なんだか、原作片手に小説を書くのは新鮮で面白いですね。

週一投稿を目標にして頑張っていこうと思います。

それでは、2話をどうぞ。


ep.2いつでも比企谷八幡は一貫している

「なんだね、これは。」

 

目の前に座る教師、平塚静は俺が書いた作文を読み上げ、不機嫌そうにそれを机に叩きつけた。

 

「何かと言われても、作文としか……。」

 

推敲を重ねたわけでもないので、自分でも稚拙な文章だと思うが、文法的なミスはなかったはずだ。

 

けれど、平塚先生はため息をつきながら言う。

 

「はぁ……。比企谷、君はこの作文のテーマが何かを覚えているかね?」

 

「『高校生活を振り返って』です。」

 

「それを聞いた上でもう一度聞くぞ。これはなんだ?」

 

「俺がこれまで送ってきた高校生活を作文にしたものです。」

 

俺は正直に答える。

しかし、彼女は否定的な態度を崩さない。

 

「君の青春はこんなに輝かしいものじゃないだろう。」

 

「いや、それなりの青春を過ごしてきたと思いますよ。 自分で言うのもなんですが、成績学年トップ、スクールカーストトップ、友人も多いしーー「嘘をつき続けてな。」

 

平塚先生が俺の言葉を遮る。

 

「作文はな、自分が感じたことを文章にするものなんだ。 問題なのはこれが君の本心じゃないことだよ。」

 

本心……か。 そんなものは犬にでも食わせちまえよ。

心の中でそう思いながら、俺は爽やかな笑顔を浮かべる。

まるで真実を述べているかのように。

 

「何言ってるんですか、先生。これが俺の本心ですよ?」

 

けれど、彼女は俺の嘘を看破する。

そして、哀れむような表情を浮かべた。

 

「仮面を被るのはよしたまえ。君のそれを見るのは少し痛々しい。」

 

どうしてこの人には俺の嘘が分かるのだろう。

俺の嘘が通用しないのは家族以外で数えるほどしかいない。

 

まぁ、平塚先生なら特に問題はないだろう。 俺の嘘について言いふらすような人でもない。

 

俺は先ほどの笑顔とは似ても似つかないようなニヤリとした気味の悪い笑顔を浮かべた。

 

「仮面もつけ続ければいつか本物になるとは思いませんか?」

 

「ならないよ。君のそれは偽物だからな、いつまでたってもそれが本物になることはない。

……それにしてもあれだな、素の君の目はまるで生気がない、死んでいるようだな。」

 

戯れ程度に聞いただけだ。本物にならないなんてことは分かりきっている。

それよりも今はこの作文の処理についてだ。

 

「そっすか。妹にも言われたことありますよ。

それで、俺はこの作文を書き直せばいいんですか?」

 

「いや、書き直す必要はない。そもそも悪い内容ではないからな。

ただ、君の性格、というか外面はどうにかせねばならん。」

 

「俺は別にこのままでも……。」

 

「だめだ。君はあいつと違っていつか潰れるかもしれん。 作文にもそれが現れている。」

 

「あいつ?」

 

「君と同じくらい嘘をつくのが上手いやつだよ。

さて、君をどうするかだが、部活動をしてもらう。

そこで性格を正してもらおう。」

 

部活動?

そこに俺の人格強制と何の関係があるんだ?

 

「部活で人格矯正ってどういうことですか?」

 

「行けば分かる。」

 

「そもそも何部ですか?」

 

「行けば分かる。」

 

「……理不尽だ。ちなみに拒否権はあるんですか?」

 

「拒否してもらっても構わないぞ。ただし、次の日には学校中が君の嘘を知ることになるがな。」

 

実質拒否権なしかよ。

 

「さて、行こうか。」

 

平塚先生はタバコを灰皿に押し付け、立ち上がった。

 

****

 

連れてこられたのは特別棟の一教室の前。

ネームプレートには何も書かれていなかった。

 

「ここが部室ですか?」

 

「そうだ。」

 

平塚先生は短く答えて、教室のドアをからりと開けた。

 

その教室の端っこには机と椅子が無造作に積み上げられている。倉庫として使われているのだろうか。

他の教室と違うのはそこだけで何も特殊な内装はない、いたって普通の教室。

 

けれど、そこがあまりに異質に感じられたのは、一人の少女がそこにいたからだろう。

少女は斜陽の中で本を読んでいた。

世界が終わったあとも、きっと彼女はここでこうしているんじゃないか、そう錯覚させるほどに、この光景は絵画じみていた。

 

それゆえに、白々しく、嘘くさい。

 

「平塚先生。入るときにはノックを、とお願いしていたはずですが。」

 

「ノックをしても君は返事をした試しがないじゃないか。」

 

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ。」

 

平塚先生の言葉に、彼女は不満げな視線を送る。

 

「それで、どうして彼がここに?」

 

ちろっと彼女の冷めた瞳が俺を捉えた。

 

俺はこの少女を知っている。

二年J組、雪ノ下雪乃。

名前を知っているだけで、会話をしたことはない。

先ほどの反応を見る限り、あちらも俺を知っているようだが。

彼女は定期テストでも実力テストでも常に俺の一つ下、次席に鎮座する成績優秀者。

そして、その類い稀なる優れた容姿で常に注目を浴びている。

まぁ、さして興味があるわけでもないので、その程度のことしか知らないが。

 

「彼は比企谷。入部希望者だ。」

 

平塚先生が簡単に俺を紹介する。

俺も一歩前に出て、愛想の良い笑顔を作る。

相手が誰であっても俺のすることは同じだ。

 

「俺は二年F組、比企谷八幡。入部とかはまだよく分からないんだけど、初めまして、雪ノ下さん。」

 

 

****

 

「俺は二年F組、比企谷八幡。入部とかはまだよく分からないんだけど、初めまして、雪ノ下さん。」

 

平塚先生に連れてこられた男子生徒、比企谷八幡は私に向かってそう挨拶をした。

 

私はもちろん彼を知っている。

むしろ、常に成績において私の一つ上を行く彼を知らない方がおかしいだろう。

 

しかし、平塚先生が彼を入部させようとする理由が分からない。

彼が自発的に入部しようとしていないのはその態度を見れば明らかだ。

 

「入部、と言いますと?」

 

「端的に言うと、彼の性格を直してやって欲しいんだ。」

 

先生の解答に私はますます混乱する。

 

彼の噂は何度も聞いたことがある。

それは、クラスの人気者で、明るく、優しいなどと言った好評価であり、悪評など聞いたことがない。

先ほどの挨拶も愛想の良いもので、性格を正す必要があるようには思えない。

 

「彼の性格に何か問題があるんですか?」

 

すると、平塚先生は少し不思議そうな顔をして答えた。

 

「おや?君は気づかないのかね? まぁいい、どうせ話すことになる。」

 

そして、平塚先生は比企谷八幡の方を見た。

彼はやめてくれと言わんばかりの表情で先生の目を見ている。

 

「……やめてくれはしませんかね?」

 

「君の人格矯正だ。バラさなければ意味がないだろう。

大丈夫だ。彼女は秘密を言いふらすようなやつではない。

まさか雪ノ下が気づかないとは思わなかったが。」

 

彼らの話の意味が全く分からない。

バラす?気づく?何のことなのだろうか。

 

そして、次の平塚先生の発言は私をひどく驚かせた。

 

「彼はな、嘘つきなんだ。」

 

「はい?」

 

「嘘つきなんだよ。さっきの挨拶にも彼の本心は一切現れてない。

きっと君が聞いたことのある彼の噂も全て彼が嘘をつき続けて作り上げたものだ。」

 

私は平塚先生の言葉が信じられなかった。

先生の言ったことが真実ならば、そこで頭を抱えている彼は、姉さんよりも嘘が上手いということになる。

私は姉さんの嘘は大抵見抜けるのだから。

 

「おい、比企谷。君はこの部活内で仮面を被ることを禁止する。」

 

私が驚いて何も言えない間に話は勝手に進んでいく。

 

「……拒否権は?」

 

「拒否したときは、私が君の秘密をバラす人数が増えるだけだ。」

 

「ほとんど脅迫じゃねえか……。まぁ、いいか。」

 

彼は面倒くさそうにブツブツ独り言を言った後、再び私の方に向き直った。

その表情はさっきとは様変わりしており、輝いていたはずの目はまるで生気がなく、死んだような目をしていた。

 

「改めて、不本意ながら入部することになった比企谷だ。 よろしく。」

 

****

 

全く、いきなり人の秘密をバラすやつがあるかよ。

 

心の中で平塚先生に悪態を吐く。

すると、平塚先生はこちらをジロリと睨んできた。

あれ?読心術でも身につけてるのか、この人。

 

慌てて先生から目を逸らし、雪ノ下に目を向ける。

彼女は驚いたような表情でこちらを見ていた。

 

「それでは、頼めるか?雪ノ下。」

 

平塚先生の呼びかけに、雪ノ下は我を取り戻したように姿勢を正して答えた。

 

「え、ええ。大丈夫です。先生からの依頼ですので無下にはできませんしね。」

 

はぁ、ここで部長(?)である彼女が俺の入部を拒否したらまだ望みはあったのに……。

 

「そうか。なら、後のことは頼む。」

 

平塚先生はそれだけ言うと、さっさと帰ってしまった。

 

さて、どうしたものか。

帰るわけにもいかないし、とりあいず下校時刻まではここにいるべきだろう。

 

「ここ、座るぞ。」

 

雪ノ下と反対側にある椅子に座ろうと、この部屋の主である彼女に了承をとる。

 

「ええ、構わないわ。」

 

「ありがとよ。」

 

俺は椅子に座って持ってきていた文庫本を開く。

 

俺は人格矯正を受けようと思わないし、必要もないと思う。

二、三日部活に来て、その後は適当にばっくれよう。

葉山たちには適当に言い訳するとして、この暇な時間は本でも読もう。

 

これからどうするかをざっと考えた後、手元の本に目を向け、読み始めた。

 

「………………。」

 

「………………。」

 

え?何こいつ。なんでずっと俺の方凝視してんの?興味津々なの?

そんなガン見されたら集中できんわ。

 

「………………何か?」

 

「あら?見つめられているとでも思ったのかしら?

私があなたなんか見るわけないわ、自意識過剰よ。」

 

「別に見られてるとは言ってないが。」

 

「………………。」

 

「………………。」

 

こいつ、確信犯だ。

 

「……あ、あなたはこの部活が何か平塚先生から聞いているのかしら?」

 

「いや、行けば分かるとしか言われてねぇな。」

 

雪ノ下が露骨に話題を変えてくる。

しかし、先ほどの気まずいに雰囲気に耐えかねたのは俺も同じなのでその話題に乗る。

 

「なら、ゲームをしましょう。」

 

「ゲーム?」

 

「そう、ゲームよ。 ここが何部かを当てるの。学年主席なら分かるわよね?」

 

「どうしてそこで成績を引き合いに出すかは分からんが、何部かどうかは気になってた。当ててやるよ。」

 

最初に考えたのは文芸部。

特殊な機材もなく、見る限り部員は一人、そしてその一人も本を読んでいた。

しかし、これは間違い。誤答だろう。

文芸部なら俺の人格矯正などするわけがない。

 

なら人格矯正部か? そんな部活があるわけがない。

 

ヒントはある。 彼女の言葉、“先生からの依頼”だ。

依頼、ということはクライアントの望みを叶えるのだろう。

 

ならば、答えは絞られる。

 

「悩み相談部か?」

 

しかし、俺が考えた末の答えを聞いた彼女は少し得意げな表情を浮かべた。

 

「ハズレよ。学年主席さんはこの程ーー 「なら、ボランティア部か?」

 

悩みを聞く部活でなければ、報酬をもらわずに依頼を受けるボランティアが一番しっくりくる。

ボランティアの中に人格矯正が含まれるのかは甚だ疑問だが。

 

さて、どうだろうか。まぁ、正否は雪ノ下の表情を見れば一目瞭然だが。

 

「………正解。ここは奉仕部よ。偶然とは怖いものね。」

 

その皮肉な彼女の発言と、悔しそうな顔で俺は確信した。

 

こいつ、超絶負けず嫌いさんだ。

だとすれば、事あるごとに学年主席という単語を出してくる意味も合点がいく。

次席の彼女はきっと俺に敵対心を抱いているのだろう。

どうでもいいけどな。

 

「それで、具体的にはどんな活動をするんだ?まさか人格矯正だけじゃないだろ?」

 

すると雪ノ下は少し満足そうな顔をして、高らかに宣言した。

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。人はそれをボランティアと呼ぶの。途上国にはODAを、ホームレスには炊き出しを、モテない男子には女子との会話を。困っている人には救いの手を差し伸べる。それがこの部の活動よ。」

 

いつの間にか雪ノ下は立ち上がり、俺を見下ろしていた。

 

「ようこそ、奉仕部へ。歓迎するわ。」

 

……あー、うん。かっこいいんじゃね?

 

とても口には出せないことを考えていると、雪ノ下が再び口を開いた。

 

「平塚先生曰く、優れた人間は憐れな者を救う義務がある、のだそうよ。頼まれた以上、責任は果たすわ。

あなたの問題を矯正してあげる。感謝なさい。」

 

「俺は平塚先生に言われて仕方なく今みたく振舞っているけどな、学校に知り合いも多いし、それなりには人気者なんだよ。 別に矯正なんて必要ねえよ。」

 

「あなたはその仮面を被り続けて生きていくつもり?嘘をつき続けていくつもりなの?」

 

「ああ。誰にも迷惑はかけてねぇよ。」

 

俺がそう答えると、雪ノ下は眉をひそめる。

 

「あなたのその考え方、酷く不愉快だわ。

嘘をつき続けて生きていくのか本当に正しいと思ってるの?」

 

「正しいとか正しくないかじゃねえよ。

俺が考えた生きていくための最適解がこれだ。 お前に文句を言われる筋合いはない。」

 

俺は嘘をついて生きていく。それはあの時決めたことで、変えるつもりは一切ない。

 

雪ノ下は俺との問答が無駄だと感じたのか、少し考える素振りを見せた後、俺に聞いてきた。

 

「嘘、と言っても、今のあなたは嘘を言ってるようには見えないけれど。」

 

「お前にはもうバレてるし、嘘をつく必要がない。

それに、素でいる時は正直にするようにしてんだよ。」

 

「あら、嘘をつかないとは言わないのね。」

 

「俺が今言ってることが真実になるとは限らないからな。」

 

俺の発言を受けて、雪ノ下は何か思い出したようで、にこやかな表情でこう言った。

 

「真実は正直の後についてくる。 あなたもそう考えているの、船首谷君?」

 

「『羊をめぐる冒険』かよ。選ぶにしてもシーンがマニアック過ぎるだろ。後、船首谷って……。」

 

そんな嫌味の言われ方されたことないぞ。

 

「……意外だわ。村上春樹なんて読むのね。」

 

「まぁな。」

 

村上春樹は嫌いじゃない。

あの自分を探しているような文章には中々好感が持てる。

 

「結局、俺の人格矯正って何するんだ?」

 

とりあいず、当面の動きを具体的に尋ねる。

まぁ、すぐに来なくなる予定だからあんまり意味はないけどな。

 

「……そうね。考えないといけないわ。」

 

ノープランかよ。

まぁ、プランがあろうとなかろうと関係ないが。

 

さて、雪ノ下は考え事を始めたようだし、やっとゆっくり本を読める。

 

俺は座り直して本を広げようとする……が、つかの間の静寂を打ち破るように、ドアを荒々しく引く無遠慮な音が響いた。

 

「雪ノ下。邪魔するぞ。」

 

「ノックを……。」

 

「悪い悪い。まぁ気にせず続けてくれ。様子を見に寄っただけなのでな。」

 

ため息交じりの雪ノ下に鷹揚に微笑みかけると、平塚先生は教室の壁に寄り掛かった。

 

そして、俺と雪ノ下を交互に見る。

 

「仲が良さそうで結構なことだ。」

 

この人、どこに目をつけてるんだ?

 

「比企谷もこの調子で嘘つき体質をどうにかしたまえ。

では、私は戻る。君たちも下校時刻までには帰りたまえ。」

 

「ちょっと待ってください。」

 

引き留めようと俺が先生の手を取った。その瞬間、腕がぐいっと引っ張られる。

あ、これまずいやつだ。

俺は直感的に体を反らし、無理やり手を引き抜く。

 

「ふむ、今の体勢から抜け出すか。」

 

「何感心してるんですか、生徒に技を極めようとしないでください。

本題ですけど、矯正ってなんですか?必要ありませんよ。」

 

俺がそう言うと平塚先生は雪ノ下に声をかける。

 

「雪ノ下。どうやらてこずっているようだな。」

 

「本人が問題点を自覚していないせいです。」

 

先生の苦い顔に雪ノ下は冷然と答えた。

 

……こいつら、いい加減にしてくれよ。寛容な俺もそろそろ腹が立ってきたぞ。

 

「さっきから、矯正だの問題だの言って盛り上がってますけど、そんなもん俺は求めてませんよ。」

 

「何を言ってるの?あなたは変わらないとこれからまずいことになるわよ?

傍から見ればあなたは人間ができてるように見えても、実際がそれでは問題しかないわ。

自分を変えたいと思わないの?向上心が皆無なのかしら。」

 

「変われ変われって言うけどな、俺がこうなった理由、いや、こうなってしまった原因も何も知らずに『俺』を語るな。

それともなんだ?変わったフリでもしてやろうか?俺は自分を偽るのが結構上手いと自負してるからな。俺の嘘を見抜けないならきっと分からないぞ。」

 

俺もイライラしているようだ。

いつもよりも感情が表に出て、挑発的な言葉になってしまっている。

 

もちろん、俺の言葉に雪ノ下が反応しないわけもなく。

 

「理由?理由があるのかしら?なら話してみなさい。」

 

「話すとしてもお前には話さねえよ。そもそも他人に話すようなことじゃない。」

 

「あら、お得意の嘘かしら?相変わらずお上手ね。」

 

「そう思うのは勝手だ。だが、お前はどうなんだ?変わってるのか?

そもそも変わるなんて現状からの逃げなんだよ。

逃げるために変わる、逃げないから変わらない。それを選ぶのはどっちでも構わない。

だけど、俺は逃げたくないから変わらない。今の自分や過去の自分を否定したくないからな。」

 

……嘘だ。

今の自分も過去の自分もきっと俺は否定したくて、今も否定し続けている。

 

「……それじゃあ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない。」

 

そして、雪ノ下は俺の言葉を聞いて、何か思いつめたような表情になり、そう言った。

 

きっと普通なら怯むような鬼気迫る表情なのだろう。

だが、俺は怯まない。

 

「『救う』ねぇ。じゃあ、俺をその救う対象の『誰も』に含めんな。」

 

雪ノ下は俺を睨んでくる。しかし、俺はそれを軽く受け止め、見つめ返した。

当然だろう。俺に気づいてすらいないのだから、救うなんてできるはずがない。

 

俺たちの険悪になった、いや、もとより険悪だった雰囲気を和らげたのは平塚先生だった。

 

「二人とも落ち着きたまえ。

君たちの言いたいことは分かった。なら勝負だ。」

 

「「はい?」」

 

「古来よりお互いの正義がぶつかったときは勝負で雌雄を決するのが少年マンガの習わしだ。」

 

「いや、何言ってんすか。」

 

俺が呆れていると、雪ノ下が口を開く。

 

「勝負、というのは?」

 

あれ?こいつノリノリじゃねぇか。

 

「端的に言うなら、どちらがより奉仕活動に従事できるかだ。基準は私の独断と偏見だ。構わないかね?」

 

「ええ、構いません。」

 

「拒否権は……。」

 

「全校生徒がーーー。」

 

「……ですよね。」

 

分かってましたよ、そんなこと。

 

「何かメリットを用意せねばならんな。 勝ったほうが負けたほうになんでも命令できる、というのはどうだ?」

 

「もうなんでも構いませんよ。」

 

「問題ないです。私が負けるはずありませんから。」

 

若干ヤケクソ気味な俺に対して、雪ノ下はやる気満々だ。

 

そんなに俺のことが嫌いかよ。

まぁ、さっきのやり取りから考えると当然だが。

 

「それでは、まぁ適当に妥当に頑張りたまえ。」

 

平塚先生はそう言い残すと教室を後にした。

 

残されているのは俺と、とっても不機嫌そうな表情をした雪ノ下だけ。

 

「まぁ、無駄だとは思うけれど、張り合いがないと面白くないから頑張りなさい。」

 

雪ノ下がなぜか勝ち誇った表情でそう言った。

 

「はいはい。」

 

こいつ、真性の負けず嫌いだな。

 

そして、雪ノ下も教室を後にしようとドアへと向かう。

もちろん、別れの挨拶なんてない。

 

しかし、颯爽と去ろうとする雪ノ下を呼び止め、俺はここまで彼女と話して感じたことを伝える。

 

「なぁ、雪ノ下。」

 

「なにかしら?」

 

俺が彼女と会話した中で分かった彼女の性格。

嘘が大嫌いで、負けず嫌い。

皮肉屋で、その言葉はナイフのように鋭く、容赦なく相手の心を抉る。

 

きっと、平塚先生は俺と雪ノ下を会わせれば、その正直さと嘘つきが混ざり合い、ちょうど良くなるとでも思ったのだろう。

それは見当違いだ。

暖気と寒気はぶつかってもすぐには混ざらず、明確な境界線を作り、混ざり合うことはない。

 

だから、俺と雪ノ下が混ざり合うこともない。

お互いがお互いを糾弾し両極端に分かれるのが関の山だろう。

 

だから、俺はこの言葉を彼女にかける。

 

「お前とは友達になれないな。」

 

「奇遇ね。同感よ。」

 

そして、雪ノ下は部室から出て行った。




今の八幡の仮面は取り外し可能ですね。
陽乃との相違点はそこでしょうか。

仮面を外した八幡と原作の八幡があまり変わっていないように感じます。 難しいですね。

結衣は次回から登場予定です。

もしも、誤字脱字誤用がありましたら、ご指摘お願いします。

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