待たせに待たせました、11話です。
「ねぇ、結衣。最近元気なくない?何かあった?」
「え?あ、うん。なんでもない、大丈夫だよ。」
俺をチラチラ見ていた由比ヶ浜は、突然三浦に話しかけられて、驚きながらも答える。
そして、その歯切れの悪い返事をした後、また神妙な表情を浮かべたと思ったら、また俺を横目で見る。
現在、俺たちのグループは絶賛決裂中である。
正確には、俺と由比ヶ浜の間に微妙な空気が流れているため、それをなんとなく察した周りが、男女で分かれている状況だ。
俺と由比ヶ浜の間に何かがあったのだろう。
曖昧な言い方をするのは、俺には理由がわからないからだ。
彼女の態度がおかしくなったのは、職業体験の翌々日。
前の日に、部活に顔を見せないと思ったら、次の日からはこの態度だ。
ちなみに、部活にも一切来なくなった。
と言っても、俺に全く心当たりがないわけではない。
彼女の態度が一変した前の日、部室の前に落ちていた歪な形のクッキーが入った袋。
おそらく、由比ヶ浜が作ったものだろう。
つまり、あの日彼女は部室の前までは来ていたということを意味する。
そして、それを見つけた直前に話していた内容は……。
……考えたくはないが、俺の嘘がばれた、というのが妥当な線だ。
しかし、グループの男女が決裂してからもう一週間が経とうとしている。
この違和感が自然消滅してくれることを祈ったが、そろそろなんとかしなくては今後に響くことになる。
由比ヶ浜がおかしくなった理由がなんであれ、渦中の人物であると思われる俺が解決しなくてはならない。
「ハチ?難しい顔して何考えてるべ?」
戸部が思考の海に沈んでいた俺の顔を心配そうに覗き込む。
「ん?ああ、悪い。ちょっと考え事をしててな。」
考えてることを一切表に出さないように、俺は表情を作って答える。
「比企谷はお前と違って難しいこと考えてるんだよ。」
「それな。」
「ほんとそれ。」
「そりゃないべー、隼人く〜ん。」
葉山が茶々を入れて、周囲を笑わせる。
当然、俺もそれに同乗して笑っているふりをした。
ちらっと葉山を見ると、彼と目が合う。
すると、彼は少し困ったような表情を見せた。
今のところはなんとかなっているが、これがこのまま続いて、グループ全体が決裂、なんてことにはなりたくない。
俺と理由は違うが、葉山も同じことを思っているようだ。
さて、どうしたものか。
****
その日の放課後、俺は一人、部室のドアを開ける。
部室の中にはいつも俺より先にいる雪ノ下と、平塚先生がいた。
「来たか、比企谷。とりあえず座りたまえ。」
俺を見た平塚先生は待ってましたと言わんばかりに、椅子を差し出す。
「どうしたんですか、突然。」
俺は質問しながら椅子に座るが、平塚先生は華麗に俺の言葉をかわして、聞いてくる。
「今日も由比ヶ浜は来ないのか?」
「そうですね。三浦たちと遊びに行くって言ってましたし。」
突然由比ヶ浜の話題を振られて、少し面食らったが俺は平静を装って答える。
しかし、俺の返事を聞いた平塚先生は微妙な表情を浮かべる。
そして、独り言のように一言小さく呟く。
「ふむ……。由比ヶ浜は突然いなくなるようなやつだとは思っていなかったが。」
その言葉を聞いた雪ノ下は、先生を睨みつけて反論する。
「待ってください。由比ヶ浜さんは別にやめたわけでは……。」
「来ないのなら同じだよ。幽霊部員など私は必要としていない。」
しかし、雪ノ下の反論はあっさりと平塚先生に論破されてしまう。
「で、由比ヶ浜が来ないから俺たちにどうしろと?」
このままでは埒があかないので、さっさと先生から本題を聞き出すことにする。
「部員の補充だ。
由比ヶ浜のおかげで、部員が増えると活動が活発化することはわかった。もう一人いた方がバランス的に良いということなのだろうな。
だから、君たちは月曜日までにもう一人、やる気と意志を持ったものを確保したまえ。
比企谷の人脈を使うのもよし、はたまた別の方法を使ってもよし。方法は君たちに任せる。」
それだけ言うと、平塚先生は颯爽と部室から去ろうとするが、その背中に雪ノ下が言葉を投げかける。
「平塚先生。一つ確認しますが『人員補充』をすればいいんですよね?」
平塚先生はその言葉を聞くと、振り返って少し微笑んで答える。
「ああ、その通りだ。頑張りたまえ。」
そして、今度こそ平塚先生は部室から出て行った。
残された俺たちだが、間をおかずに俺は雪ノ下に話しかける。
「由比ヶ浜を部活動に復帰させるつもりか?」
先ほどの雪ノ下の発言から察するに、由比ヶ浜を復帰させることで部員の補充を行おうとしているのだろう。
案の定、雪ノ下は肯定する。
「ええ、そうよ。」
「なんか当てでもあるのか?」
俺がそう問うと、彼女は少し目を細めて俺をちろっと睨んだ。
「当てがあるのはあなたではないかしら、比企谷君。
あなたなら由比ヶ浜さんが部活に来なくなった理由を知っているんでしょう?」
「……どうだろうな。」
雪ノ下の問いに俺は曖昧な返事をする。
確証のないことを口にしたくないというのもあるが、もしも俺の嘘がばれたというのが事実なら、それは俺と由比ヶ浜の問題であり、雪ノ下を下手に巻き込みたくないからだ。
すると、俺の心中を知ってか知らずか、雪ノ下は珍しくあっさりと引き下がった。
「………そう。あなたがそう言うならこれ以上は聞かないわ。
私は私ができることをやるだけよ。」
「できること?」
俺がその言葉の意味を聞き返すと、雪ノ下はこう言った。
「6月18日。何の日だか分かるかしら?」
6月18日は祝日でも休日でもないただの平日だ。
けれど、その日はーーー
「由比ヶ浜の誕生日、か。」
「そうよ。だから、誕生日のお祝いをしてあげたいの。」
雪ノ下はそっと目を伏せて恥ずかしそうにそう言った。
その時、俺は少し彼女の言葉を意外だ、と思ってしまった。
来るものは拒み、去る者は追わない。
そんな性格だと思っていた雪ノ下が由比ヶ浜にそこまでしてやるということに。
「意外だな。お前がそんなに律儀なやつだとは思わなかった。」
俺は思っていたことを素直に言葉にする。
すると、彼女は俺の発言に気分を害することもなく、むしろ少し微笑んだ。
「そうね、私もそう思っていたわ。
でも、由比ヶ浜さんにはきちんと感謝の気持ちは伝えたいの。
彼女が部活に来るか来ないかは別として。」
雪ノ下は雪ノ下なりに由比ヶ浜のことを思っていたのだろう。
きっと由比ヶ浜は雪ノ下にとっての初めての友達だったはずだ。
彼女もその友情を失いたくないのだろう。
雪ノ下と由比ヶ浜の関係に嘘は介在していないのだから。
「そうか。ならいいものを選んでやれよ。」
もう俺が言うことは何もないと思い、部室を出ようとするが、雪ノ下が後ろから俺の服の裾をつかんでくる。
俺が振り向くと雪ノ下は若干頬を赤らめながら咳払いをして、小さな声で呟いた。
「ねぇ、比企谷くん。そ、その……つ、付き合ってくれないかしら?」
「は?」
****
由比ヶ浜の誕生日を次週に控えた日曜日、俺はこの日、雪ノ下と出かけることになっている。
待ち合わせ時刻の少し前にららぽーとに到着した俺が何をするでもなく、ただ人の流れを眺めていると、その人の波をかき分けて、俺の待ち人が小走りでこちらに駆け寄ってきた。
「ごめんなさい、待たせたかしら。」
駅からここまで大した距離がないというのに肩で息をしている雪ノ下はさすがの体力と言ったところか。
「俺も今来たところだ。それじゃ、行くぞ。」
俺がぶっきらぼうにそう答えて歩き出そうとすると、雪ノ下はきょとんとした表情で俺を見ている。
「どうした?」
「い、いえ、少し意外だったの。
あなたなら周りの目があるから、などと言って、あの気持ちの悪い表情を作っているんだろうと思っていたわ。」
指摘されて初めて気づいた。
知らないうちに俺は雪ノ下の前では自然と仮面が外れるということを。
「……お前の前じゃできる限り嘘はつかないって約束したからな。
あ、でも、知り合いを見つけたらすぐに切り替えるからな。」
苦し紛れの言い訳を言うと、雪ノ下はそれを信じてくれたようで、小さくため息をついて言った。
「はぁ、少しは進歩したと思ったのだけれど、根本は何も変わってないのね。」
「悪かったな。それじゃ、さっさと行くぞ。」
これ以上答えづらい会話になる前に俺は会話を切り上げ、歩き出した。
雪ノ下は何も言わずに俺の後を一歩半ほど離れて付いてきた。
そして、歩き始めてから少し経った頃、雪ノ下が俺との距離を詰め、並んで歩きながら聞いてくる。
「ねぇ、どこに向かってるの?
まさか、あてもなく歩いているとは言わないでしょうね。」
「そんなわけないだろ。
ここは広いから一日で全部回るのは不可能だ。
だから、由比ヶ浜の好みの店があるところに向かってるんだよ。」
俺が答えると、雪ノ下はジトッとした視線で俺を睨む。
「どうしてあなたが彼女の好みを知っているの?
通報するわよ。」
「そんなことで一々国家権力を行使するな。
あいつとは葉山とか三浦とかと一緒に結構色んなところ行ったから、趣味は大体わかるんだよ。
ほら、着いたぞ。」
そんなことを言っている内に俺たちは中高生の女性向けの店が立ち並ぶエリアにたどり着いた。
「俺は後ろから付いて行くから適当に見て回るか。」
そう言って俺は一歩下がるが、雪ノ下は何も言わず一向に歩き出そうとしない。
「どうかしたか?」
声をかけると雪ノ下は振り返って少し困った表情を浮かべる。
「私、友達にプレゼントを渡したことなんてないの。
それに、私の感性は今の女子高生とはかけ離れているだろうし……。」
なるほど、何を渡せば喜んでくれるから分からないってことか。
ただ、これに関しては俺は彼女の力になることはあまりできない。
由比ヶ浜の好みを教えることはできても、最終的に選ぶのは雪ノ下でなければそれは彼女のプレゼントではなくなってしまう。
だから、小さなことでも俺にできることといえば……。
「プレゼントを渡した時にお前が由比ヶ浜の喜ぶ顔を想像できればそれでいいんだよ。
大切なのは物じゃなくて気持ちだ。」
柄にもない言葉をアドバイスとして雪ノ下に告げる。
すると、彼女は少し微笑んで答えた。
「あなたにそんなことを言われるなんてね。
でも、ありがとう。頑張ってみるわ。」
そして、雪ノ下は一番近くにあった店へと入っていく。
俺はその後を三歩ほど離れて付いて行った。
****
結局、雪ノ下が選んだのは装飾の少ないピンクのエプロンだった。
俺から見てもなかなかいいプレゼントだと思う。
まぁ、由比ヶ浜のことだから雪ノ下のプレゼントならなんでも喜ぶと思うが……。
そして、プレゼント選びが終わった今、俺たちに目的はもうないので、来た道を引き返て帰ろうとしているところだ。
「あ。」
突然、少し後ろを歩いていた雪ノ下がそう言って立ち止まった。
「何かあったか?」
言いながら振り返ると、そこにはゲームセンター。
そして、雪ノ下の目線の先にはUFOキャッチャーがあった。
俺の問いかけに答えもせずにそのUFOキャッチャーを見に行った雪ノ下に俺はやれやれと思いながら近づく。
その中身を熱心に覗く雪ノ下の視線はディスティニーランドのキャラクター、パンダのパンさんのぬいぐるみがあった。
「好きなのか、パンさん。」
「……ええ。昔、もらったことがあるの。」
雪ノ下は俺の問いに少し躊躇してから答える。
だが、彼女はウィンドウ越しのパンさんから目を離そうとしない。
俺は小さくため息をついて、雪ノ下を押しのけた。
「はぁ……。そこどけ、とってやるよ。」
「取ってもらわなくても結構よ。
あなたから施しなんて受けたくないわ。」
他人にとってもらう、というのが彼女のプライドを傷つけるのか、雪ノ下はそう言った。
まぁ、パンさんを凝視しながらそんなこと言われても説得力は全然ないのだが。
「分かった分かった。なら俺が勝手に取る。」
言いながらUFOキャッチャーに百円玉を入れる。
最初は足のあたりを掴む。
当然、握力のないクレーンでは持ち上げることなんて不可能だ。
だが、計画通りパンさんのぬいぐるみはその場でひっくり返る。
「だから、別に取らなくても……。」
今ので無理だと思ったのか、雪ノ下は俺を止めるが、それを無視して再び百円玉を投入。
ひっくり返ったことで露わになった商品タグを狙ってスイッチを操作する。
その作戦は上手くいき、二回目にしてぬいぐるみを取ることに成功した。
ちなみにこれは、高校生はゲーセンに行くことが多いので自然に身についたスキルである。
そして、取り出し口からぬいぐるみを取り出し、雪ノ下に渡す。
「ほら。」
しかし、渡したパンさんを雪ノ下は押し返してくる。
「これを手に入れたのはあなたでしょう。
これはあなたのものよ。」
「別に俺が欲しくてとったわけじゃない。
それに、人の好意は受け取っておくのが礼儀だぞ。」
頑固な雪ノ下に再びぬいぐるみを押し付ける。
すると、次は押し返さずに受け取る。
「その……ありが、とう。」
雪ノ下の感謝の言葉に気恥ずかしさを覚えた俺は、そっぽを向いて答える。
「…どういたしまして。それじゃ、帰るぞ。」
俺はくるりと後ろを向いて歩こうとする……が。
「あれー?雪乃ちゃん?
あ、やっぱり雪乃ちゃんだ!」
背後から響いた無遠慮な声に俺の足は再び止まった。
ららぽーとに行ったことはないので、見取りなどはとても適当です。
間違っていたらすいません。
そして、本当に遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
1月2月はなんだかんだですごく忙しいんです……。
失踪はするつもりはないので、気長にお待ちいただけると幸いです。
来週も定期更新できるかどうかは怪しいのでご了承ください。
あ、後、遅くなりましたがあけましておめでとうございます。