もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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ep.9 ようやく彼は彼女との始まりを知る

場所は再びサイゼリヤ。

メンバーは俺たち奉仕部三人と小町、川崎の五人だ。

戸塚は用事があって来れないらしい。

 

今日は川崎が有用な手がかりを得たという情報を聞き、集まった次第だ。

 

ちなみに、俺が言った学校で行う川崎へのアプローチの結果は惨敗だった。

 

奉仕部の三人で話し合い、三つの方法が提案された。

それは、平塚先生にどうにかしてもらう、葉山ハニートラップ、アニマルセラピー、である。

しかし、結局どれもうまくいかなかった。

 

というか、葉山ハニートラップってなんだよ。

 

つまり、奉仕部だけではもうこれ以上打つ手がなくなったところだったのだ。

 

「早速だけど、川崎君。あなたがつかんだ情報を聞かせてもらえるかしら。」

 

席に着くと早々、雪ノ下が話を切り出す。

依頼が膠着状態に陥っていることが気にくわないのだろうか。

 

「えっと、思い出したんっすけど、以前、姉ちゃんのバイト先から電話があったことがあるんっすよ。

確か名前は……エンジェルなんとかだったはずっす。」

 

それを聞くと同時に俺は深くため息をつく。

はぁ、なんでそんな大切なこと思い出さなかったんだよ。

千葉市内でエンジェルから始まる店なんて限られているじゃねぇか。

 

「確かに名前にエンジェルがつくんだよな?川崎君。」

 

「はい、それは間違いないっす。絶対やばい店っすよ。」

 

川崎はエンジェルという名から危ない店を想像しているようだ。健全な男子中学生だなぁ。

だが小町はやらん。

 

「残念だが、その予想は外れだな。」

 

「えっ?なんで分かるんっすか?」

 

「たぶん、『エンジェルラダー』だろ。その店。」

 

休日にどこへ遊びに行ったとしても、食事処に困らないように千葉のお店をほとんど網羅している俺の中で、エンジェルがつく店はそこしか知らない。

 

確か、ドレスコードとかもある高級な店だったはずだが。

 

「比企谷君、どうしてそこだと思うか理由を教えてもらえるかしら。」

 

雪ノ下が納得できずに聞いてくるが、もちろん根拠なく言ったわけではない。

 

「まず最初に、高校生が働いても確実に知り合いや教師にバレないような店だってこと。あの店は高校生が入るようなところじゃないからな。

二つ目に、川崎沙希の服からアルコールの匂いがしたこと。

理由としてはこんなところだ。」

 

俺が言い終わると、なぜか女性陣が全員ジトッとした目で俺を見つめる。

 

「お兄ちゃん、女の人の匂いなんて嗅いでるの?」

 

「ヒッキー、それはちょっと……。」

 

……壮絶な勘違いである。

 

「ちょっ、ちょっと待て。別に嗅いだわけじゃないぞ。

たまたまあいつが近くを通った時に、親父がたまに飲んでる高級な酒と同じ匂いがしたからだけだって。」

 

俺は必死で弁明するが、雪ノ下が汚物を見るような目で俺を睨んで携帯を取り出す。

 

「言い訳はもういいわ。さっさと通報しましょう。」

 

「ちょっ、待てっ。やめろ、通報だけはシャレにならん!」

 

店内に俺の悲痛な声が響き渡った。

 

****

 

「ねぇ、今暇なら私たちとどっか遊びに行かない?」

 

突然、見知らぬ女性二人組が声をかけてくる。

何度繰り返したかもわからないやり取りだ。

 

「いえ、待ち合わせしているんで。」

 

「いいじゃん、遊ぼうよー。」

 

「断れない約束なんで、すいません。」

 

俺に取りつく島がないことがわかると、彼女たちはどこかへ去って行く。

はぁ……、まじめんどくせぇ。

 

俺は『エンジェルラダー』がある建物の前で雪ノ下と由比ヶ浜を待っている。

作戦会議の結果、とりあえず行ってみようということになり、午後九時にここに集合になった。

しかし、一度、三人とも集まったのだが、由比ヶ浜がこの店のドレスコードに引っかかる服装で来てしまったので、雪ノ下の家で着替えることになったのだ。

 

当然、俺は待ちぼうけである。

腕時計を見ると十時少し前。時計の針を見て、思わずため息が漏れる。

待つだけなら構わない。だが、俺はさっきみたいな輩にやけに声をかけられるのだ。

きちんとしたスーツに、オールバックにした髪、おまけに伊達メガネという普段は絶対にしないような服装をした俺は、大人びて見えているのだろうか。

 

目の前の道路を通る車の流れをぼーっと眺めていると、背後から声がかかる。

 

「随分人気ね、比企谷君。」

 

「お待たせ!ヒッキー。」

 

振り返ると、雪ノ下と由比ヶ浜が立っている。

とういうか、さっきの見てたんですね雪ノ下さん。

 

「おう、来たか。雪ノ下も由比ヶ浜も似合ってるぞ。」

 

俺がそう言うと、由比ヶ浜は少し顔を赤らめる。

 

「う、うん。ありがと。」

 

雪ノ下は何も言わずに哀れんだ目で由比ヶ浜を見る。

さすがに雪ノ下も気づいてるよな。というか、由比ヶ浜の好意がわかりやす過ぎる。

 

「それじゃあ、行こうか。」

 

それぞれ対照的な二人の反応には何も言わずに、俺はさっさと建物の中に歩みを進めた。

 

……というか、早く帰って寝たい。

 

****

 

雪ノ下と由比ヶ浜をエスコートして、店内に入り、店員に誘導されたカウンターに座る。

そして、知ってか知らずか、そのカウンターに立っているのは俺たちが会いに来た川崎沙希本人だった。

彼女は、最初こちらに気づかなかったようで、黙って俺たちの前にコースターを並べる。

 

「お勤めご苦労様、川崎さん。」

 

とりあえず、俺はいつも学校にいるときと変わらぬ態度で彼女に話しかける。

 

「は?えっと……、比企谷?それと、由比ヶ浜に、雪ノ下、だっけ?」

 

俺が声をかけるとさすがに気づいたようで、俺たちの顔をじっくり見る。

そして、諦めたような表情を浮かべてこう言った。

 

「あーあ、見つかっちゃったか。ここ、結構気に入ってたんだけどね。」

 

未成年であることを偽ってここで働いているであろう川崎は、まるでここを辞めることになったとしても、バイトは続けると言わんばかりの口調で続ける。

 

「それで、あんたたちはどうしてこんなところに?まさか、デートってわけじゃないんでしょ?」

 

「冗談でもやめてちょうだい、寒気がするわ。私たちはあなたの弟の川崎大志君から依頼を受けてここに来たのよ。」

 

「大志が……?ああ、なるほど。だから最近周りが騒がしかったんだね。

大志にはあたしから言っておくよ。だから、もうあたしに関わらないで。」

 

「そうはいかないわ。私が受けた依頼は、あなたが更生して、真面目な学生に戻すことよ。」

 

「それが迷惑って言ってるの。こっちの事情も知らずに踏み込んで来ないで。」

 

雪ノ下と川崎はお互い一歩も譲らない。

 

しかし、川崎の表情はどこか見覚えがあった。

一人で全部抱え込んで、周りには気丈なふりをする。

他人には頼らない、他人には期待しない。

そんな固い決意がこもった表情だった。

 

でも、そのままでは潰れてしまう。

一人のままでは潰れて、壊れてしまう。

あいつがそうだったように。

 

俺の思考の半分を占めていた眠気が一気に吹き飛び、知らぬ間に自嘲的な笑みを浮かべてしまう。

 

全く、俺はいつまで過去に囚われているんだろうな。

 

「雪ノ下、由比ヶ浜、帰るぞ。」

 

俺の突然の言葉に、雪ノ下が俺を睨みつける。

 

「何を言ってるの?一体何のためにここに来たと思っているのかしら。」

 

「お前じゃ無理だ。川崎は変えられない。」

 

俺は雪ノ下にはっきりと真実を伝える。

雪ノ下がいくら正論で論破しようとしても、彼女は変えられない。

俺の経験則だ。

 

「なら、あなたならどうにかできるとでも?」

 

雪ノ下が詰問してくるが、それを無視して俺は立ち上がる。

 

「由比ヶ浜、帰るぞ。」

 

「へ?う、うん……。」

 

俺がもう一度呼びかけると、由比ヶ浜はおずおずと立ち上がって俺についてくる。

雪ノ下は最後まで納得できなかったようだが、渋々と俺についてくる。

 

「川崎さん、明日ちゃんと学校来てくれよな。」

 

俺はそう言い残して、店から立ち去った。

 

****

 

次の日の昼休み、俺は職員室に寄った後、二枚の紙を持って屋上への扉を開いた。

そして、屋上をぐるりと見回すと、目的の人物がそこで昼食をとっていた。

 

「お、いたいた。川崎さん!」

 

俺が声をかけると、彼女は不機嫌そうな表情でこちらを向く。

 

「何の用?もう関わらないでって言ったよね。」

 

川崎は俺を睨みつけてくるが、俺はそんなこと気にせずに彼女の隣に座る。

 

「昨日あの後大変だったんだぞ。雪ノ下はめちゃくちゃ怒るし……。」

 

本当、大変だった。

雪ノ下を宥めるのにどれだけ大変だったか……。

 

「それはご愁傷様。それで、本当に何の用?」

 

川崎が再び俺に目的を尋ねる。

俺は彼女を見ずに、弁当を開きながら話し始めた。

 

「他人に期待しない。他人には頼らない。

信じられるのは自分だけ。だから全部一人で抱え込む。

それがお前の考え方だろ?」

 

俺の突然の問いかけに、川崎は少し考えた後答える。

いや、少し間があったのは俺の雰囲気が変わったからなのかもしれない。

 

「……そうだよ。なんか文句ある?

まさか友情は大切だ、何てこと説教しに来たわけじゃないよね?」

 

「いや、文句なんかあるはずない。俺も同じ考えだ。

他人に期待して良いことなんてあるわけないからな。」

 

ここで俺は一旦言葉を切る。

そうだ。いつ裏切るかわからないような他人に対して、期待を抱いたり、頼ったりするなんて馬鹿げている。

だからと言って利用しないのも馬鹿げているが。

 

でも、なによりもーー

 

「でもな、川崎大志は違うぞ。あいつはお前の家族だ。

そして、本気で悩んでた。お前が全然家に帰ってこなくなって本気で心配していた。

そんなやつに何も言わないのか?家族が大切じゃないのか?」

 

血の繋がった他人。一番近い他人。

いろんな解釈の仕方はあるが、家族だけは信じていいはずだ。頼っていいはずだ。

 

俺の突然の熱弁に川崎はあっけにとられた表情になる。

そして、かすかに微笑んでこう言った。

 

「そっか……そうだよね。

大志にはあたしからちゃんと事情を話すよ。

でもね、バイトは辞めない。あたしにはお金が必要だから。」

 

まぁ、そりゃそうなるよな。

俺が何を言っても結局、彼女の金銭的な問題は解決しない。

俺にできることと言えば、解決方法を提示するくらいだ。

 

「そこでだ。お前が予備校に通う方法を教えてやろう。

お前、予備校とか塾にに通うためにバイトしてたんだろ?

弟が塾に行き始めて、金銭的に余裕がなくなったとかで。」

 

「え?何でそれ知ってんの?」

 

俺の推理があっていたようで、理由を言い当てられた川崎は驚きの表情を浮かべる。

 

「ただの予想だよ。弟が姉ちゃんは昔、真面目だって言ってたからな。

そんなやつがここまでして金を稼ぐ理由なんて他に思いつかないんだよ。

それで、お前はそのことを教師に相談したのか?」

 

「いや、してない……けど。」

 

これも予想通り。

俺はさっき、平塚先生からもらったプリントを彼女に手渡す。

 

「予備校とかにはスカラシップっていうものがあるんだってよ。成績優秀者は学費免除らしい。

お前なら大丈夫だろ。

それは、さっき平塚先生からもらってきた。

別に、教師に頼れと言うわけじゃないが、自分で何とかしようとする前に相談だけでもするべきだったな。」

 

俺が説明するのを聞きながら川崎は手渡されたプリントをじっくり読む。

そして、読み終えた彼女は小さくため息をついて空を見上げる。

 

「あーあ、こんなのあったんだ。知らなかったな。」

 

「これからどうするかはお前次第だ。

解決方法は提示した。頑張れよ。」

 

きっとこれで彼女も更生できるだろう。

もう俺が出来ることは何もないと思い、立ち上がって出口へ向かう。

そして、完全に、とはいかないが俺の本性を見せた彼女には一応釘を刺しておくために、背中越しに話しかける。

 

「わかってると思うがこのことは内密にな。」

 

「うん。別に話す相手もいないしね。

それに、あたしはいつものあんたより今の方が良いと思うよ。」

 

「ありがとよ。じゃあな。」

 

本当に屋上から立ち去ろうとドアに手をかけたその時、再び彼女が話しかけてくる。

 

「あ、あんたは予備校とか、通わなくていいの?」

 

川崎の遠慮がちな声を聞いて、俺は振り返って持っていたもう一枚のプリントを彼女に手渡す。

 

「この前の全国模試の結果だ。先生から先にもらった。

確か、全国順位はーーー「三位!?」

 

川崎が驚愕の叫びをあげ、俺の言葉を遮る。

 

「まぁ、そういうことだ。予備校とかは別に必要ない。」

 

川崎の手から模試の結果を奪って、歩き出すが、またまた彼女に声をかけられる。

俺はいつになったら屋上から出られるんだ、と思いながら振り返ると、川崎が立ち上がって俺に頭を下げている。

 

「お願い!勉強教えてください!」

 

「……はい?」

 

****

 

「「いただきまーす。」」

 

川崎の一件が解決したその日、俺は小町といつも通り夕食を囲んでいた。

 

「お兄ちゃん、大志くんのお姉ちゃんの問題は何とかなったの?」

 

小町が不意に質問を投げかけてくる。

 

「ああ、なんとかなった。もう大丈夫だろう。」

 

なんとかなったが、まだ終わったわけじゃない。

川崎の頼みは放課後、奉仕部で話し合われ、予備校でスカラシップをとれるまでは俺と雪ノ下が部室で彼女の勉強を見るということで決定した。

 

これから、まためんどくさいことになる……。

 

「ありがとね!お兄ちゃん、大好きだよ!」

 

俺の心情を知ってか知らずか、小町はとびきりの笑顔でそう言った。

ああ、この笑顔が見られるなら安いものだ。

 

しみじみとそう思っていると、小町が思い出したように口を開く。

 

「あ!そう言えばね、思い出したよ!お菓子の人。」

 

「お菓子の人?犬の飼い主か?」

 

「そうそう、よかったねお兄ちゃん。事故にあったおかげであんな可愛い人と知り合えるなんて。」

 

「は?」

 

「だーかーらー、お菓子の人って結衣さんなの!」

 

お菓子の人が、由比ヶ浜。つまり、あのバカ犬の飼い主があいつってことか。

由比ヶ浜がこれまでやけに俺に気を遣ってた理由がこれか。

……あいつは知ってたんだな。

 

「……そうか。」

 

「あれ?意外と驚かないんだ。」

 

小町は怪訝な表情で俺を見る。

 

「いや、内心結構びっくりしてるぞ。」

 

それを聞いて最初に、どう利用しようかと考えた自分自身にな。

 

 




というわけで、全然話は大きく動いておりません。
本当に申し訳ありませんでした。

カットだらけで、場面の移り変わりが激しい川崎編で、私の文章力ではとても読みづらかったと思います。
すいませんでした。


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