もしも比企谷八幡が嘘つきだったら   作:くいな9290

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戸塚の誕生日のために妄想120%で書きました。
この作品では、ヒッキーは原作のヒッキーです。
ただ、投稿した小説が増えるとややこしいので番外編という形で投稿させていただきます。



番外編
番外編 戸塚彩加は望んでいる


「昼休み特別棟の一階、保健室の隣に来てください、か。」

 

今朝、靴箱に入っていた手紙の几帳面な文字を読む。

同封された簡単な地図を見ると、指定された場所はテニスコートを眺める形になるところだ。

裏を見ると学年とクラスと名前が書いてあった。

 

「聞いたこと、ないんだけどなぁ。」

 

僕はそう呟きながら指定された場所に向かう。

書かれていたのは知らない人の名前。名前の隣に書いてある数字は三なので三年生なんだろう。

 

もしかしたら、テニス部の先輩の知り合いなのかな、なんて考えていると、その場所に到着する。

そこには、既に僕を呼び出したと思われる男子生徒が一人立っていた。

 

「えっと……、何か用ですか?」

 

実際に会ってみても全く見覚えがなかった。

一体僕に何の用なんだろう……。

 

戸惑う僕をよそに目の前の男子生徒は緊張した声で尋ねてくる。

 

「戸、戸塚彩加さん、だよね?」

 

「はい、そうですけど……。」

 

そう確認した後、彼は意を決したように息を吸い込んだ。

 

「好きです!

一目惚れでした。付き合ってください!」

 

………え?

一瞬、彼の言葉が理解できなかった。

好き?一目惚れ?僕に?

 

僕は差し出されたその手から数歩後ずさる。

 

「え、えーっと、僕、男……なんですけど……。」

 

僕が真実を告げると、その場の空気が凍りついた。

そして、その沈黙を破ったのは、頭を下げて手を差し出していた彼の間の抜けた声だった。

 

「……はい?」

 

「だから、僕は男の子……です。」

 

もう一度、勘違いされないように僕ははっきりとそう告げる。

 

お辞儀したままの格好で顔だけを上げた彼はポカンと口を開けて唖然としている。

 

「それじゃあ、僕はこれで……。」

言ってこの場から去ろうと回れ右をして歩き出す。

しかしーーー。

 

「待ってくれ!」

 

突然、背後から大声で呼びかけられ、足が止まる。

ゆっくりと振り返ると、距離をとったはずの彼がすぐ目の前にまで迫っていた。

 

「な、何ですーーー「そんなの信じられない!」

 

僕の小さな声は彼の大きな声に搔き消える。

 

「し、信じられないと言われても……。

信じてもらうしかないんですけど。」

 

「なら、確かめさせてよ。」

 

僕が後ずさりながらそう言っても、同じ分だけ距離を詰めてくる彼は一切耳を貸さない。

 

「……確かめる?」

 

どうやって?と問いかけようとしたが、何も言わずに詰め寄ってくる彼を見てすぐに察する。

 

「や、やだっ!」

 

そう叫んで逃げ出そうとするが、僕はすでに壁際まで追い詰められていた。

僕は身を小さくしてその場でしゃがみこむ。

そして、目をぎゅっとつむり、現実から目を逸らそうとした。

 

けれど、目の前に立つ人の気配は消えることはなかった。

このままじゃーーー。

 

バンッ!!!

 

突然、大きな音がその場に響き渡った。

 

恐る恐る片目だけを開いて状況を確認する。

すると、普段生徒は利用しないはずの校舎の裏のドアが開いていた。

 

そして、開け放たれた勢いに乗ってまだ揺れ続けるドアから、ビニール袋を持った男子生徒が出てくる。

そのまま我関せずと言った表情で、テニスコートに面した小さな階段に腰掛け、何か黄色い缶の飲み物の蓋を開けて飲み始める。

一息ついたのか、その男子生徒は缶から口を離すと、おもむろに僕らに目を向ける。

ううん、違う。

僕の目の前に立っている先輩の目を凝視していた。

 

「な、何だよお前っ!!」

 

先輩はその謎の男子生徒の方に向き直り怒号を飛ばす。

僕に向けられた訳じゃないのに、その声の大きさについビクッと驚いてしまう。

 

でも、その叫びを向けられた張本人は涼しい顔でそこに座ったままだった。

 

「俺、いつもここで飯食ってるんっすよ。

だから、あなたがいたところに俺が来たんじゃなくて、俺が来るところにあなたがいたんっすよ。」

 

その上、彼を挑発するように不敵に笑いながらそう言った。

 

「ふざけんな!

今立て込んでるってのが分からねぇのか!?」

 

当然、興奮している先輩に対してその男子生徒の煽り文句は効果覿面、怒り心頭といった風に怒鳴り散らす。

 

「立て込んでる……?

ああ、そりゃ女子生徒を襲ってるんだから大変っすよね?」

 

対照的に、彼はあくまでも落ち着いて、冷静に言葉を紡ぐ。

口の端を歪めながら。

 

そして、先輩はと言うと我慢の限界だったのか男子生徒に詰め寄り胸ぐらを掴んで無理やり立ち上がらせる。

 

「いい加減にしろよ!

さっさとどっかに行けって言ってんのが分からねぇのか!!」

 

今にも殴りそうな勢いで先輩は言う。

そんな状況になっても、その男子生徒は表情を崩さない。

 

「女子生徒を襲って、その上生徒に暴行行為……か。

先輩、三年生っすよね?

俺、ビビリなんで殴られたら怖くて先生に洗いざらい話してしまうかもしれませんね?」

 

ニヤリと口角を吊り上げ、不敵に笑いながら言う。

ここで殴ったらあなたの将来はどうなるか分からないぞ、と。

 

「……っ!

お前……。」

 

「さて、どうします?

俺としては殴られたくないんっすけど。」

 

「……くそっ!」

 

先輩は自らの劣勢を悟ったようで、悪態をつきながら彼の胸ぐらを掴んでいた手を離す。

 

「良かったですよ。

先輩が損得勘定できるお方で。」

 

彼は最後まで嘲るような口ぶりで先輩を挑発する。

 

「お前、覚えてろよ……。」

 

最後まで先輩は怒りが収まらなかったようで、最後まで拳を固く握りながらこの場から去っていった。

 

結局、僕は何もできずにそこにしゃがみ込んだままだった。

一方、僕を助けてくれたその男子生徒は無言で掴まれた胸元の服装を直した後、小さくため息をつくと校舎へと体を向けた。

 

「あ、あの!「保健室。」

 

このまま何も言わなかったらダメだ、と思って声を上げるが、裏返った僕の声とは反対の落ち着いた彼の声に遮られる。

 

「え?」

 

「だから、保健室。行くなら付き添うが。」

 

ぶっきらぼうに彼は言う。

けれど、その口調はとても優しく、暖かかった。

 

「う、ううん。大丈夫……です。」

 

「そうか。

教師に訴えるのはお前の自由だが、俺のことは話すなよ。」

 

彼は簡潔にそう告げると、校舎の中に戻っていった。

結局、最後まで僕は彼にお礼を言えなかった。

 

 

****

 

 

僕を助けてくれた男子生徒はすぐに見つかった。

というか、僕のクラスメイト、比企谷八幡君だった。

 

一年生になってまだ一月しか経っていないのに加え、比企谷君と話したことはなかったので、まだ彼のことを知らなかったのだ。

 

同じクラスの比企谷君。

だから、毎日彼と会うんだけど、まだ僕は声をかけられていない。

助けてももらったんだから、お礼を言わなくちゃいけないのは分かってるんだけど……。

こんな時、僕は自分の内気な性格が嫌になってしまう。

 

でも、僕が見た比企谷君はいつも一人だった。

誰かと話しているところなんか見たことがない。

休み時間は自分の席で寝ているか、ふらりと教室から出て行ってしまう。

 

どうしてあんなに優しいのに友達がいないんだろう……。

 

彼に助けられた自分を棚に上げてついそんなことを考えてしまった。

 

そして、僕は一年生が終わるまで一回も彼にお礼を言うどころか話すことすらできなかった。

 

 

****

 

 

何もできないまま、一年が過ぎて僕は二年生になった。

幸か不幸か今年も比企谷君と同じクラスになった。

 

でも、二年生になっても比企谷君は何も変わらないままずっと一人で、僕も何も変わらずに遠くから彼を見ることしかできない。

このまま今年も何もできないまま過ぎて行っちゃうのかな、なんて思っていたら、チャンスは突然訪れた。

 

二年生になって部活から三年生の先輩達が引退して、僕一人になった昼休みの練習中、何気なく一年前、彼に助けられた場所に目を向けると、そこに見知った顔が立っていた。

 

由比ヶ浜さん……?

どうしてあんなところにいるんだろう?

 

普段人気がないあんなところに由比ヶ浜さんがいるのは初めて見たので、少し気になり、近づいてみる。

すると、由比ヶ浜さんの隣に意外な人物、比企谷君が座っていた。

びっくりして、僕の足は止まってしまう。

 

ダメだ、ここで逃げたら何も変わらないままだ。

 

そう自分に言い聞かせて足を無理やり進める。

 

きっと、比企谷君に名前すら覚えられてないと思うけど、それでもお礼は言わなくちゃいけないから。

そう心に誓って、僕は彼らに近づく。

すると、由比ヶ浜さんが僕に気づいたようで声をかけてくる。

 

「おーい!さいちゃーん!」

 

僕はその声を聞くと同時に少し足を速めて彼らに近づく。

 

いつか、比企谷君に頼られて、助けることができたらいいのにな、なんて思いながら。

 

 




戸塚彩加君、誕生日おめでとうございます!

ふと思いついた原作が始まる前の戸塚の話を書いてみました。
矛盾点があったら申し訳ありません。

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