機動戦士ガンダムSEED ザフトの名参謀? その名はキラ・ヤマト 作:幻龍
東アジア共和国を端に発生した地球圏勢力再編の動きはユーラシア連邦の分裂により決定的となり、地球連合はプラントと大戦を行っていた時よりも大幅に弱体化した。
新たに成立したヨーロッパ連邦は親プラント国の立場を取ることを明確にして、連合離脱を宣言しプラントに支援を求めた。
極東の方でも日本と台湾が同盟を結び親プラント国の立場を取り始めたので、この動きに大西洋連邦は何とか両者を連合に取り込むべく様々な手を打ったが、大西洋連邦そのものが南アメリカの統制に忙殺されており、有効な手が打てないでいた。
「これで連合の崩壊は確実になった……」
「何ということだ……この行動がプラントの思惑通りだとわからんのか!?」
「やはり、恨みを買い過ぎたか」
「今更やってしまったことを悔いても仕方がない。今はどうやって各国をプラントに靡かせないかを考えるべきだ」
大西洋連邦政府上層部の人間達はそう言いながら、具体的にどうするかを必死で考えていた。しかし、考えれば考えるほど打つ手がないことがわかるだけだった。
「こうなれば最後の手段だ。軍を派遣するしかあるまい。幸い南米はゲリラの狩り出しが功を成して安定してきているから、背後を突かれる心配はない」
「それしかないか……。問題は国民の理解が得られるかどうかだ。相変わらず国民は改善しない生活状況に苛立っている」
軍を派遣するとなればそれ相応の大義名分がいるうえ、金も掛かるので国民の理解は必要である。しかし、現状ではそれは非常に難しかった。国民は相変わらず電力不足に苛立っており、国民生活はお世辞にもいいとはいえない。そんな状況で軍を派遣すれば国民の不満が爆発する可能性があるので、軍をヨーロッパに送り込むことはできるだけしたくないというのが本音だ。
「大義名分の方は連合の友邦であるユーラシア連邦を救う為と宣伝するしかないな」
「それだけで国民が賛成するでしょうか?」
「仕方ないだろう。そこは情報操作で乗り切るしかない。このまま連合が弱体化すればプラントの思う壺だ。それだけは何としてでも避けなければならん」
このまま連合が解体してしまえばプラントが喜び、大西洋連邦にとっては想定していた中でも最悪の展開になる可能性が高い。大西洋連邦の政府高官達にとってプラントの属国になるなど悪夢でしかないのだ。
「大西洋連邦大統領の名において軍の派遣を決定する。目的は我らが友邦ユーラシア連邦をヨーロッパ連邦と名乗る賊やプラントから守ることだ」
「わかりました。早速準備に取り掛かります」
世界一の軍事大国である大西洋連邦は友邦であるユーラシア連邦を救うべく行動を開始した。
大西洋連邦の政府高官達が顔を顰めている一方、プラントで行われているヴァルハラの会合で連合の解体がほぼ確定したことを聞いて祝宴を開いていた。
「最早大西洋連邦が軍を派遣しようともこの動きを止めることはできません。しかし、仮に力で抑えつけようとするのならそれこそ連合の解体を加速させるいい機会だろう」
「ああ。ここは寧ろ飴で宥めるべきだろうが、大西洋連邦にその余裕はないから鞭の一択しかない。だが、それこそ我らの狙い通りだ」
「ヨーロッパ諸国の自由を奪いにくる大西洋連邦を撃退できればプラントのイメージアップにつながる。そこへ更に支援をしてあげれば反プラント感情を宥めることができるだろう」
出席者たちは自分達の考えた策通りに事が動いていることに内心ほっとする。
何せ連合の解体は組織の戦略の大黒柱。これが成功しないと戦略そのものを大幅に見直さなければならない状況に陥る。
「ジブラルタル基地に支援要請が来ています。ここは核動力機5機ありますから、彼らにも出動してもらいます。おそらく大西洋連邦は大軍を派遣できないでしょうから、こちらも増援は多く派遣する必要はないだろう」
「参謀総長はどのくらいの規模を派遣することを考えている?」
「核動力機があるのならそれほど数はいらないでしょう。しかし、見捨てたと思われない程度の規模を派遣する必要はある以上、こちらも精鋭を派遣したいと思っております」
あまり派遣数が少ないと捨て駒扱いしていると世論に見られかねないので、派遣する軍の数はそれなりの規模が必要になる。それにこの派遣軍と戦うことで再編されたプラント軍が、再編された大西洋連邦軍相手にどこまで戦えるか実戦で確認したいとアウグストは考えていた。
「参謀本部としては最近完成した水陸両用MS工作艦オプスを旗艦として派遣したい。あれが後方にあれば修理や整備が円滑に行うことができます。何せヨーロッパ連邦の戦力は連合と同じダガーLとストライクダガーですから、彼の国の工廠などでは修理できませんし」
「最新鋭艦の派遣か……軍が派遣する必要と判断したのなら評議会としては異存はないが、少し大盤振る舞いが過ぎないか?」
カナーバは基本的に軍事関係のことは参謀本部に任せていたが、自分が軍のトップであることは忘れていないので、いくら友邦となりえるヨーロッパ連邦を助ける為とはいえ、最新鋭艦を派遣する必要があるのか疑問に思い、キラに尋ねる。
「大西洋連邦が本格的な攻勢に出たら制海権を維持するのは難しいでしょう。その為上陸してきた大西洋連邦軍を逐次撃滅する戦いになると思われるので、MSの修理を全てジブラルタルでするのは正直時間が惜しい。しかし、この艦なら内部で修理やMS製造が可能です」
キラはこの艦を中心とした陸艦6隻を派遣してヨーロッパ連邦軍と連携して防衛線を構築するつもりでいた。無論圧倒的物量を誇る大西洋連邦に対して長期戦を行うことは普通なら愚かな戦略だが、今回長期戦になれば不利になるのは大西洋連邦の方であるのは明確なので、形成不利になるくらいなら膠着状態に持っていた方が有利に戦えると考えていた。
「大西洋連邦が派遣してくる戦力は恐らく3個師団~5個師団ぐらいだと思われます。ユーラシア連邦軍とともにヨーロッパ連邦軍を挟み撃ちにするつもりでいるでしょうね。尤もヨーロッパ連邦もそれはわかっているので、ユーラシア連邦を先に撃滅すべく行動を開始しております」
ヨーロッパ連邦は大西洋連邦軍が本格的に介入してきて挟み撃ちされるのを避けるべく、ユーラシア連邦に対して先制攻撃を行っていた。ヨーロッパ連邦軍はユーラシア連邦の重要拠点であるモスクワを陥落させるべく、大規模な攻撃作戦を行っている。
「まるで第一次世界大戦の再現ですな」
「そうですね。だから、参謀本部もこのユーラシア連邦に対する戦線を東部としました。こっちは質と戦術で勝るヨーロッパ連邦軍が有利に展開しています」
「そうか。それでは西部戦線はどうなっている?」
「こちらは何とかブルターニュ半島やフランドル地方に上陸しようとした大西洋連邦軍先遣隊を海にたたき返すことができたようです。それ以降は防衛線の構築に力を注いでいますが、東部戦線を先に片づけるべく大軍を派遣したせいで、若干兵力に不安があります」
「我が国に救援要請をしてきたのはその為か……」
出席者たちはヨーロッパ連邦が戦略上不利な状況にあることに顔を顰める。そして、支援どころか軍の派遣まで要請してきたことに納得する。
それを理解した上で出席者たちは、この紛争にどう決着をつける具体的な案を話し始める。
「大西洋連邦も完全に戦力再編を終えたわけではない。それに南米の情勢が不安定である以上長期戦は望まないはずだ。何とか戦果を持って講和に持っていくことは可能だろう」
「しかし、ヨーロッパ連邦が欲を出せば難しくなります。だから、政府間の話し合いでその旨を伝えるべきだろう」
「彼らも自分達が不利であることは承知しているはずだが、状況次第では調子に乗る可能性も考慮しておいた方がいいだろう」
「それなら軍を撤退させることを視野に入れて、援軍を送る旨を向こうに伝えれば問題は減るな。さすがに無条件で派遣するのはまずいですし」
話し合いの結果、支援と義勇軍は派遣するが戦況次第では撤退することを条件に盛り込むことになり、この内容で軍を派遣することが会合で承認される。
話し合いが終わり、出席者たちのほとんどが出ていった後、会議の場にいるのはカナーバ、アウグスト、キラの3人だけになる。
「ヨーロッパ西側はわが軍の新兵器の実験場になりそうだな」
「ええ。できればセカンドステージMSが完成して派遣できればよかったのですが……」
「今回は間に合わんからな。機体その物は完成しているが正式パイロットが決まっていないからどの道無理だ」
「わかっています。言ってみただけです。自分も機密の塊であるあの機体を派遣する勇気はありませんよ。何よりそれら運用するための母艦である、ミネルバ級一番艦ミネルバも完成していませんからね」
セカンドステージの母艦を務めるミネルバ級戦艦は、インパルス等セカンドステージMSを運用する為の特殊なシステムを採用しているので、その調整に時間が掛かっていた。
「とりあえず地球連合の解体を進めましょうか。それには大西洋連邦の影響力をヨーロッパから排除するのが必須です。ユーラシア連邦も大西洋連邦が頼りにならないと悟れば、ヨーロッパ連邦を認めるしかありません」
「我らの戦略がうまくいくかどうかの分水嶺か。是が非でも成功させねばならんな」
「これがうまくいけば、地球連合は解体するしかなくなる。新たな国際秩序は我が国を含めた物になりますので、政府にはその準備をお願いします」
「わかった。草案を評議会で作っておこう。連合解体をするチャンスは今しかない。どうか頼むぞ」
こうしてプラントは国家の安全保障確立の為に、ユーラシア西側に本格的に支援を開始した。
グラム社の社員になった元地球連合軍の士官ムウ・ラ・フラガは自宅に帰り、戦後結婚したマリュー・ラミアスと共に、夫婦水入らずで食事を楽しんでいた。
「地球圏は正に大混乱状態だ。これは地球連合の枠組みが完全に消滅するのも時間の問題だな」
「そう……。地球圏はそれほど混乱しているのね……」
ムウはワインを開けてグラスに注ぎながら、マリューに世間話を掛けた。その話とは故郷である地球の話である。
「会長も人使いが荒いわ。新型兵器システムの開発の実験機に俺を乗せて模擬戦までするんだからさ」
「仕方ないわ。あなたは才能が有るもの。経営者が有能な者に目をつけないわけないでしょう」
「まあ、仕事があるのはありがたいことだけどな」
軍律違反を犯した自分達は故郷に戻ればクビか銃殺刑である。故郷に戻れない以上はここで暮らしていくしかないのだ。
「しかし、あの若いのがプラント最大の企業会長だなんて思わなかったな」
「そうね。おまけにプラント軍人もしているなんて随分と働き者ね彼は……」
「まだ、子供なのにな」
キラと話したときのことを思い出したのか、2人は何ともいえない表情をした。自分達より10歳以上年下である少年が自分達の雇い主であるということが、未だに信じられない部分があるのだ。
「まあ、ナチュラル蔑視の考えを持っていないし、良いやつみたいだから俺は上司としては嫌いじゃないけどな」
「私もよ。寧ろ今の生活を与えてくれているから感謝しているわ」
「そうだな。だが、捕まった当初にやらされた農業は正直きつかったぜ」
ムウは捕虜になった後、しばらく従事させられていた農作業のときのことを思い出したのか、男前な顔を少し顰める。
「いい経験になったんじゃないの? あなたが作った野菜はなかなかおいしかったわよ」
「それはどうも。腰を痛めた甲斐があったぜ」
マリューに褒められて(煽てられたともいう)嬉しかったのか、ムウは少し誇らしげな表情をしながら、食事を再開するのであった。