仮面ライダークウガ 青空の約束   作:青空野郎

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EPISODE39 苦悩

「『停止世界の邪眼(フォービテュン・バロール・ビュー)』?」

 

雄介の問いにリアスは頷いた。

 

「そう。それがこの子の持っている神器よ」

 

リアスのもうひとりの“僧侶”ギャスパー・ヴラディの封印が解かれて早数分、一同は場所をいつもの部室に移していた。

 

「時間を停止させるって、そんな強力な神器を持った奴をよく部長は下僕にできましたね。しかも、駒ひとつの消費だけで済むなんて」

 

一誠の疑問も最もだ。

時間を止める神器ともなれば一誠の『赤龍帝の籠手』並みの危険な代物である。

それを聞いて、リアスは一冊の本を差し出した。

覗き込むと、『悪魔の駒』について説明したページが開かれていた。

 

「『変異の駒(ミューテーション・ピース)』よ」

 

「ミューテーション・ピース?」

 

「通常の『悪魔の駒』とは違って、明らかに駒を複数使うであろう転生体がひとつの駒で済んでしまったりする特異な駒のことのことです。部長もその駒を持っているのです」

 

と、朱乃が説明し、祐斗が補足する。

 

「上級悪魔の10人に1人くらいは持っているよ。『悪魔の駒』を作り出した時に生まれたイレギュラー、バグの類らしいんだけど、それも一興としてそのままにしたらしいんだ。ギャスパーくんはその駒を使った一人なんだよ」

 

つまり、視線を向ける先で恥ずかしそうに立ちすくむ女装少年、もといギャスパーはかなりレアな存在であると内心で納得する。

 

「ギャスパーくんは能力を制御できないまま無意識に神器が発動してしまうのが問題視されてこの子は今まで封じられてきたのです」

 

「その上、無意識に神器の力が日々高まっているみたいなの。将来的に『禁手』に至る可能性もあるのよ」

 

「禁手!?マジですか!?」

 

思わず一誠は声を荒げてしまった。

しかし、その反応は雄介たちも同じだった。

ただでさえ危険な代物である『禁手』であるが、もしもギャスパーが制御不能のまま至ってしまったとしたら……。

雄介たちの驚く様子を察したのか、ため息を溢すリアスも困り顔で額に手を当てていた。

 

「僕の話なんてしてほしくないのに……目立ちたくないですぅぅぅぅ!」

 

唐突に聞こえたギャスパーの悲鳴染みた声。

だが、今までいたはずの場所にギャスパーの姿はなかった。

視線を巡らせると、部室の片隅に大きな段ボール箱が置かれていた。

ギャスパーの怯えた悲鳴はそこから聞こえていた。

 

「い、いつの間に…」

 

さすがのアーシアもギャスパー行動の速さに苦笑いを浮かべていた。

 

「またこんなところに隠れやがって…」

 

呆れて一誠は段ボール箱を蹴りつけた。

 

「ひぃぃぃぃ!ボクはこの箱の中で十分ですぅ!箱入り息子ってことで許してくださぁい!」

 

「なんだそりゃ?」

 

いろいろ意味を履き違えた発言に、脱力してしまう一誠だった。

 

「そういえば前にコカビエルが襲ってきた時に一度この旧校舎壊されちゃいましたけど、よく無事でしたね」

 

雄介の言うとおり、部室のある旧校舎はコカビエルが連れてきたはぐれエクソシスト、フリード・セルゼンの手によって破壊されている。

当時のことを思い出す雄介の疑問にリアスが答えた。

 

「その時は棺桶の中にいたそうよ。あの棺桶はギャスパーのために用意した特注品で意外と頑丈なの」

 

「ああ、なるほど」

 

「部長。そろそろお時間です」

 

「そうね。私と朱乃はこれからトップ会談の打ち合わせに行かなくてはならないのよ。それと祐斗。お兄さまがあなたの『禁手』について詳しく知りたいらしいわ。一緒に来てちょうだい」

 

「はい、部長」

 

祐斗が返事をして立ち上がる。

確かに、祐斗の聖魔剣は本来有り得ない現象で出現した『禁手』である。

神器の形態としてイレギュラーであるため調べたいことも出てくるのだろう。

転送用の魔方陣を出現させ、リアス、朱乃、祐斗の3人が並ぶ。

 

「その間だけでも、あなたたちにギャスパーの教育係をお願いできるかしら」

 

「教育係?」

 

                      ☆

 

「いやぁああああああああッ!」

 

「ほら走れ!もたもたしてるとこのデュランダルの餌食になるぞ!」

 

夕方に差し掛かった時間帯、旧校舎近くの裏庭でデュランダルを振り回すゼノヴィアが泣き叫ぶギャスパーを追い掛け回している。

ゼノヴィア曰く、「健全な精神は健全な肉体に宿る。まずは体力から鍛えるのが一番だ」とのことだ。

 

「吸血鬼狩りにしか見えねえ…」

 

「ゼノヴィアちゃん、なんか楽しそうだね…」

 

「ああいうノリがお好きみたいですね…」

 

呟きを漏らす一誠たちはただその光景を呆然と眺めていた。

ちなみに、吸血鬼であるギャスパーが陽の下で活動できるのはデイウォーカーと呼ばれる特殊な種族の血を引いているかららしい。

さらには人間のハーフであるため10日に1度、輸血用の血液を補給すれば吸血衝動は抑えられるらしい。

 

「もう駄目です!一歩も動けません!」

 

とうとう地面にへたり込んでしまい潤んだ瞳でゼノヴィアを見つめるギャスパー。

怯弱なその姿は絵になっているのだが残念かな、ギャスパー氏は男の娘である。

 

「ギャーくん。これを食べればすぐに元気に」

 

そう言って小猫が差し出したのは―――――ニンニクだった。

 

「いやあああああああ!ニンニク嫌いですぅぅぅぅぅ!」

 

「好き嫌いは駄目だよギャーくん」

 

案の定、今度は小猫との第2レースが始まった。

 

「小猫ちゃんもちょっと楽しそうだね…」

 

「小猫ちゃんが誰かをいじってるなんて…」

 

無表情で抑揚のない声でギャスパーを追いかける小猫がちょっと新鮮ではあったが…。

 

「おー、やってるなオカ研」

 

と、そこに生徒会メンバーの匙が現れた。

 

「おー、匙か」

 

「よっ。解禁された引きこもり眷属がいると聞いて見に来たぜ」

 

「ああ、それならあそこで小猫ちゃんに追いかけられているのがそうだぜ」

 

一誠が視線で指し示す方に促す。

 

「おお!女の子!しかも金髪美少女じゃないか!」

 

ギャスパーの姿を認めるなり、嬉しそうに表情を輝かせた。

 

「女装野郎だけどね」

 

しかし一誠の無情な一言に心底落胆した様子で匙は膝から崩れ落ちてしまった。

 

「マジか…。こんな残酷な話があっていいものか…」

 

「わかる。気持ちは分かるぞ、匙よ」

 

自然と同情してしまう一誠であった。

 

「へえ、魔王眷属の方々はこんなところに集まってお遊戯しているわけか」

 

そんな時、唐突に聞こえた第3者の声とともにここに近づいてくる気配を感じた。

声のした方に向くと、そこにはひとりの少年がいた。

一目見るだけで誰もが見とれてしまうほどの美少年だった。

吸い込まれそうなぐらいに透き通った蒼い瞳に、強いダークグレーの銀髪をなびかせた青年である。

疑問に思う中で、一誠を見つめながら青年は天使のような微笑で静かに口を開いた。

 

「ここで会うのは2度目だな。赤い龍の帝王、『赤い龍』、赤龍帝、兵藤一誠」

 

「――――え?」

 

予想外のセリフに、一誠をはじめこの場にいた全員が言葉を失った。

 

「俺はヴァーリ。白龍皇、バニシングドラゴンだ」

 

構わず続ける青年の言葉は場の空気をさらに硬直させるのには十分なものだった。

 

「無防備だな」

 

「―――ッ」

 

どう動くべきかと考えていると、いつの間にか、白龍皇ヴァーリの手が一誠の鼻先にまで迫っていた。

 

「たとえば俺が、キミに魔術的な―――」

 

そうヴァーリが言いかけたその時、まずはゼノヴィアが“騎士”の速度で動いた。

ヴァーリの首元にデュランダルの刃を突き付けている。

 

「冗談が過ぎるんじゃないか?ここで二天龍の対決を始めさせるわけにはいかないんだ」

 

鋭い目つきでドスの聞いた声を発するゼノヴィア。

 

「イッセーさん?」

 

「アーシア下がってろ!」

 

すぐさま一誠はアーシアを守るようにブーステッド・ギアを発動させた。

雰囲気を察した匙も同じく神器を出現させ、小猫はヴァーリの背後に立ち、雄介はギャスパーを庇う位置まで移動してそれぞれが戦闘態勢をとった。

しかし、当のヴァーリ本人は動じた様子を見せるどころか、逆に余裕の笑みを浮かべていた。

 

「止めておいたほうがいい。コカビエルごときに勝てなかったキミたちでは、俺には勝てないよ」

 

コカビエルごとき―――その言葉が雄介たちの胸に突き刺さった。

一丸になって挑みかかっても苦戦を強いられた堕天使の幹部。

正直あの時は仮面ライダーディケイドこと門矢士が助けに来てくれなければ勝てたかどうかわからなかった。

そんな相手を「ごとき」と見下せるほどの力を、今目の前の銀髪蒼眼の青年は持っているのだろう。

 

「それくらいにしておきな、ヴァーリ。邪魔するだけ無粋だぜ?」

 

相手の出方を窺っていると、新たな聞き覚えのある声が聞こえた。

矢庭に視線を向けると、そこにいた浴衣を着た見覚えのあるワイルドな顔つきの男性に、雄介と一誠は我が目を疑った。

 

「あなたは……!」

 

「アザゼル……ッ!」

 

「よ、赤龍帝。それに戦士クウガも元気そうでなによりだ」

 

不敵な笑みを浮かべて話しかけてくるアザゼルだが、雄介たちは迫りくる緊張から睨め返すことしかできないでいた。

白龍皇の矢継ぎ早に堕天使の総督が現れたのだ。

雄介たちのはどう出ればいいか分からないでいた。

 

「ひょ、兵藤、アザゼルって…!」

 

「マジだよ。実際こいつとは何回も接触してる」

 

一誠の本気の反応で理解したのか、旧校舎裏の一角にさらに緊迫した空気が流れる。

しかし、雄介たちの緊迫した様子を知ってか知らずか、アザゼルは苦笑を浮かべるだけだった。

 

「そう構えなさんなって。お前らが束になっても勝負にすらならんぞ。それくらい分かるだろ?」

 

「何しに来た!」

 

強がりながらも声を荒げる一誠の問いに、アザゼルは飄々と答えた。

 

「散歩がてらちょっと見学だ。聖魔剣使いはいるか?」

 

「木場ならいない。それにあんたが木場を狙ってるって言うなら…!」

 

【BOOST!】

 

一誠のブーステッド・ギアが音声を鳴らして倍加を始める。

 

「ったく、相変わらず威勢だけはいいな。そうか、聖魔剣使いはいねえのかよ。つまんねぇな」

 

だが特に気にした風もなく、軽く落胆した面持ちで頭をポリポリと頭をかきながら、今度はアザゼルは雄介の方に視線を移した。

 

「そこに隠れているヴァンパイア」

 

堕天使の総督に呼ばれ、木陰に隠れていたギャスパーがビクリと身体を震わせた。

 

「停止世界の邪眼光。このタイプの神器は持ち主のキャパシティが足りないと危険極まりない」

 

しかし、アザゼルからは不思議と悪意の類のものは感じられなかった。

 

「それは黒い龍脈、アブソーブション・ラインだな?」

 

次にアザゼルは興味津々な様子で匙の方に視線を向けた。

 

「訓練ならそいつをヴァンパイアに接続して余分なパワーを吸い取りつつ発動させるといい。暴走も少なくて済む」

 

「力を、吸い取る…?」

 

思いもよらない説明に複雑な表情を見せる匙にアザゼルは呆れた様子で嘆息する。

 

「なんだ知らなかったのか?そいつは五大龍王の一角、黒邪の龍王プリズン・ドラゴン、ヴリドラの力を宿していてな、物体に接触し、その力を散らせる能力がある。短時間なら、ほかのものに接続させることも可能だ」

 

「こいつにそんな力が…」

 

匙は思わず自身の神器を凝視して黙り込んでしまった。

 

「ああ、そうだ。もっと手っ取り早い方法があるぞ。赤龍帝の血を飲むことだ」

 

「―――ッ!」

 

思い出したようにアザゼルが口にした予想外の内容に、雄介の後ろでギャスパーが小さく悲鳴を漏らしたのが分かった。

 

「それって、俺の血を飲むことか…?」

 

「ヴァンパイアには血を飲ませるのが一番だってことだ。ま、後は自分たちでやってみろ。それと、うちの白龍皇が勝手に接触して悪かったな。見ての通りこいつは変わった奴だが、今すぐ赤白の決着をつけようなんざ考えちゃいないさ。行くぞ、ヴァーリ」

 

「待てよ!」

 

だがしかし、一誠はこの場を後にしようとする堕天使の総督を呼び止めた。

 

「なんで正体を隠して俺に接触していた?」

 

アザゼルが正体を告白するまでのここ最近、一誠は毎日のようにアザゼルに指名されていたのだ。

さすがに依頼主が堕天使の総督だと知れれば言いたいこともあるのだろう。

しかし、一誠の問いにアザゼルはイタズラな笑みを見せて一言で答えた。

 

「それはな、俺の趣味だ」

 

それだけ言ってアザゼルは歩みを再開させて去っていく。

 

「次はトップ会談で会おう、赤龍帝」

 

ヴァーリもそう一誠に言い残し、アザゼルの後に続いて踵を返していった。

 

                      ☆

 

それからとりあえずではあるがギャスパーの神器修業が始まった。

匙の神器を接続し、ギャスパーから余分な力を吸い取りつつ物体を停止させていく。

一誠たちの聞く話によると、停められている間は意識まで完全に停止させられてしまうためその間の記憶もないらしい。

何度か停止作業を続けていくうちに、ギャスパーの神器には視界に移る距離が近ければ近いほど停止させられる時間は長く、逆に遠ければ遠いほど停止できる範囲が広がる代わりに停めていられる時間は短くなる、という特性があることが判明した。

未だにギャスパーは使いこなすまでには至らず、ふと視線を向けた拍子に停止させてしまうことが多々あった。

その度に「ゴメンなさいぃぃぃぃぃ!」と泣いて逃げ出そうとするギャスパーを、唯一停止世界で活動できる雄介が説得して連れ戻すという作業を繰り返しながら、特訓は夜になるまで続いて行った。

しかしその翌日、ギャスパーは再び旧校舎の自室に引き籠もってしまった。

リアスの話ではどうやら、特訓の後で悪魔家業をさせるために一誠の仕事に同行させたらしいのだが、依頼者が運悪く一般的より歪んだ性癖の持ち主で、ギャスパーの容姿に興奮してしまったらしい。

そしてギャスパーは恐怖のあまり神器を発動させてしまい、迷惑をかけたと自己嫌悪に陥ってしまい再び引き籠ってしまったとのことだ。

 

「ギャスパー、出てきてちょうだい。無理してイッセー連れて行かせた私が悪かったわ。イッセーと仕事をすればもしかしたらあなたの為になると思って……」

 

「ふぇぇぇぇぇえええええええええんっっ!」

 

扉の前でリアスが謝るが、返ってくるのは外にまで聞こえるギャスパーの泣き叫ぶ声だった。

 

「すいませんリアスさん。大事な打ち合わせの最中に呼び出しちゃって……」

 

「いいえ。あなたたちはこの子のために頑張ってくれたのでしょう?気にする必要はないわ」

 

扉を見つめながら、リアスが静かに語り始めてくれた。

 

「ギャスパーがこんな風になったのは、事情があるのよ」

 

「事情?」

 

「ギャスパーの父親は名門のヴァンパイアなのだけれど、母親は人間の妾なの。ヴァンパイアは、悪魔以上に血統を重んじる種族でね、当然ギャスパーは親兄弟であっても差別的な扱いを受けて育ったの」

 

リアスが言うには、人間界に来たら来たでギャスパーは周りの人間からバケモノ扱いされ、さらには時間を停めるという厄介な能力まで授かった上、制御すらできないために怖がられ、忌み嫌われてきたらしい。

神器の力で停められた者は何かされたとしても気付くことはない。

そんな危険な人物の近くにいたいなんてふつうは思わないのが自然だろう。

一族からも追い出され、人間たちからも追い立てられ、生きる場所を失くしたギャスパーは路頭に迷っていたところをヴァンパイアハンターに狙われて一度命を落とした。

そこをリアスに拾われて眷属となったらしい。

それはギャスパーも一誠やアーシア同じ、神器に不幸をもたらされた被害者でもあるということを意味していた。

 

「もちろん、ギャスパーがそんなことをする子じゃないって、私たちはよくわかってるのだけれど……」

 

「僕、こんな力いらない……。みんな停まっちゃうんだ……。だからみんな僕を怖がる!嫌がる!僕だって怖い!僕だって嫌だ!仲間の、友達の停まった顔を見るのはもう嫌だ!」

 

今もギャスパーのすすり泣く声が聞こえてくる。

 

「はあ……。これじゃあ“王”失格ね」

 

自身の不甲斐なさに嘆息し、落ち込んでしまうリアス。

 

「リアスさん、あとは俺に任せてくれませんか?」

 

「雄介……?」

 

雄介の申し出に、リアスは強く異を唱えることができなかった。

数日後には3大勢力のトップ会談が控えているのだ。

万が一会談当日に何かしらの不都合が発生し、3者の間の溝がより一層深まるようなことになれば目も当てられないことになってしまう。

 

「大丈夫です。必ず何とかして見せます。俺を、ギャスパーくんを信じてください」

 

未だに不安をぬぐいきれないでいるリアスを安心させるために雄介はサムズアップを掲げた。

 

「……わかったわ。ここはあなたにまかせるわ、雄介」

 

「はい」

 

雄介の力強い返事に、リアスは微笑んで頷いた。

最後にもう一度リアスは名残惜しそうに扉を一瞥し、紅い光に包まれて自身を転送した。

リアスを見送った後、雄介はゆっくりと扉の前に腰を下ろした。

 

「やっぱり怖い?神器と……俺たちが」

 

「…………」

 

扉越しに話しかけるが、返事は返ってこなかった。

 

「キミが怖いって言った意味、なんとなく分かるよ。周りには確かにみんないるんだけど、いなくて……なんか、何もない世界にひとりだけ取り残された感じがして、すごく怖かった」

 

雄介の言葉にギャスパーはどう反応するのかは分からないが、かまわず続ける。

 

「初めて会った時、なんで俺が時間が停止した世界で動けるのかって聞いたよね?」

 

雄介は視線を落とし、そっと腹部に手を添えた。

 

「俺のからだの中にはアークルっていうベルトがあるんだ。そのベルトに埋め込まれているアマダムっていう霊石には神器の効果を無効化する力があるんだ。でもね、この力を使い続ければ俺は、いつか人じゃなくなるかもしれないんだ。それでも俺はこの力を手放すつもりはない。恐れずまっすぐ前に進んでいこうと思う」

 

「……どうしてですか?もしかしたら、その力のせいで大切な何かを失うのかもしれないんですよ?せ、先輩はどうしてまっすぐ生きられるんですか?」

 

怯えた声音ではあるが、とりあえず返事を返してくれたことに少し安心する。

雄介はギャスパーの質問に答える。

 

「逆だよ」

 

「え?」

 

「失くさないために、今俺にできることを全力でやりきるんだ。大事になのは、後悔しないために何をするかだと思うから」

 

それにね、と雄介は続ける。

 

「自分が決めたことに、自分で疑問を持ったって始まらないだろう?」

 

自分の胸を掴む手に力を込めながら、雄介は偽りのない気持ちを口にする。

 

「俺はね、誰かの涙を見るのはたまらなく嫌なんだ。こう……胸のあたりが締め付けられるような感じがして、結構くるんだよね。でも俺には今、みんなの笑顔を守れる力がある。だから俺はみんなの笑顔を守るために戦いたい。そう決めたんだ」

 

その時、ギィ……と鈍い音を立てながら、少しだけ扉が開かれた。

 

「先輩って優しいんですね……」

 

扉の隙間から外を覗くギャスパーは涙を懸命にこらえている様子だった。

 

「僕、この能力は嫌われるだけものだとばかり思ってました」

 

雄介はギャスパーの両目を覗き込むようにまっすぐ見据える。

 

「大丈夫。せっかく与えられた力なんだからさ、悩んでもしょうがないだろ?どうせなら前向きに考えようよ。そうしたらきっと世界は変わるよ」

 

「で、でも、やっぱり僕なんかいてもみんなに迷惑をかけるだけです……。引きこもりだし、人見知り激しいし……今も神器だってまだまともに使えない……」

 

「でもこれからは違う。これからも使いこなせるように頑張っていけばいいんだよ。俺は何度でも付き合うよ。ほら、少なくとも俺は停まることはないから」

 

「―――っ」

 

雄介の言葉に、ギャスパーは目をパチクリさせて心底驚いた表情を浮かべた。

そんなギャスパーに雄介は自慢の笑顔を浮かべて優しく、そして力強く言った。

 

「信じて。みんなやるときはやってくれるよ。そしてキミにもいつか何かやる時が来ると思う。みんなもきっと、それを楽しみに見守ってくれてるよ」

 

嘘偽りのない想いを雄介は言葉にする。

その言葉を聞いて、初めてギャスパーは小さな笑みを見せた。

 

「………ありがとうございます。なんだか、少しだけ勇気がわいてきたような気がします」

 

じんわりと瞳を潤ませ、はにかんだその笑顔は、本当に男の子であることがもったいないと思えるほどかわいらしいものだった。

 

「さすが雄介くん。もうギャスパーくんと仲良くできるなんてね」

 

ちょうど雄介とギャスパーが打ち解けつつあったところに祐斗が現れた。

 

「俺もいるぜ」

 

続けて祐斗の後ろから一誠も姿を見せた。

心配して様子を見に来てくれたのだろうか、本当に仲間思いの友達だ。

一誠が最初に切り出した。

 

「実はな、グレモリー眷属男子チームの連携を考えていたんだ」

 

「へえ、それってどんなの?」

 

雄介を始め、祐斗とギャスパーも興味を持った面持ちで頷いた。

 

「まずは俺がためたパワーをギャスパーに譲渡する。そしてギャスパーが時間を停める!」

 

「なるほど、それで?」

 

「そうすれば俺は停止した女の子を触り放題だ!」

 

「「「……………」」」

 

予想の斜め上をぶっちぎるまさかのプランに3人は絶句した。

 

「ええと…それなら僕の役目は要らないんじゃないかな?」

 

軽く言葉を失いながらも、祐斗が冷静を務めて言う。

 

「いや、俺がエッチなことをしている間に敵が攻めてくるかも知れん!その間2人で俺を守るんだ!うん、完璧な連携だ!」

 

ある意味一誠らしいといえば一誠らしいのだが、果たしてそれを連携といっていいのだろうか。

 

「イッセーくん、僕はイッセーくんのためなら何でもするけど……一度今後のことを話そうよ」

 

「うんうん。そんなことばかりやってると、アーシアちゃんいつか本当に泣いちゃうよ?」

 

「うるせえ!そんな憐憫な眼差しで俺を見るなイケメン共め!お前らはいいさ!俺なんか目を合わせただけで毒が回るとか言われるんだぞ!」

 

一誠が涙を流しながら必死の形相で訴えてくる。

それ以前に、なぜ怒られるのだろうかと雄介と祐斗は苦笑いを浮かべるだけだった。

 

「お前もなんでまた箱の中に入っているんだよ!?」

 

「すいません、人と話す時はこの方が落ち着くんです。あ、でもふたは閉めないんで」

 

「そういう問題じゃねえだろ……」

 

勢いにまかせた突っ込みに申し訳なさそうに言うギャスパー。

そんなに段ボールが癒しか?オアシスか?聖域か?一誠は反応に困った様子で頭を抱える。

 

「そんなに人と目を合わせるのが苦手ならこれでもかぶってろ」

 

そう言っておもむろに取り出したのは部屋にあった紙袋。

一誠は紙袋に穴を2つあけてギャスパーの頭にかぶせた。

 

「こ、これは……なんか落ち着く。なんかいいかも……」

 

ギャスパーはから、予想外の反応が返ってきた。

 

「ど、どうですか~?似合いますか~?」

 

薄暗い部屋の中で紙袋をかぶった女装少年がゾンビのようにのろのろと歩いて近づいてくる。

さらに穴の奥からギラリと輝く赤い眼光が妙な迫力を醸し出していた。

どうやらお気に召したようだった。

 

「ギャスパー、俺は初めてお前をすごいと思ったよ」

 

「ほ、本当ですか……?もしかしたらこれをかぶれば僕も吸血鬼としてハクがつくかも……」

 

一誠の皮肉をポジティブに受け取るギャスパーだった。

それでいいのか吸血鬼。

ギャスパーには悪いがしかし、傍から見るとただの変質者である。

 

「なんだ、仲良く話してるじゃないか」

 

その時、へやの扉を開けて現れたのはゼノヴィア、アーシア、小猫の3人だった。

 

「どうしたんだ?3人そろって?」

 

「その、みなさんだけにギャスパーくんのことをおまかせするのはよくないと思いまして……」

 

「私たちにできることはないかいろいろ考えていたのさ」

 

アーシアに続いてゼノヴィアが言う。

 

「僕のために、ですか?」

 

「ギャーくんも大切な仲間だから」

 

「小猫ちゃん……」

 

「ね?」

 

小声で雄介はギャスパーに問いかけた。

 

「はい!」

 

弾んだ声音で紙袋の下でギャスパーは笑顔を浮かべていると確信した。

 




とりあえず原作中盤まで来ました。

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