リアスに覚悟を認められ、晴れてオカルト研究部の一員となった五代雄介は軽い足取りで帰宅していた。
本来ならば本日も登校日のはずがリアスが手を回し臨時休校という結果となった。
多少やりすぎる部分があるがついさっきまでひと暴れした雄介は彼女の行為に甘えることにしたのだ。
“洋食店ポレポレ”オリエンタルな味と香りをコンセプトとし、現在、雄介はここで住み込みで働いている。
5年前に雄介の両親は海外で亡くなっている。
そこで、一人になった雄介をポレポレのオーナーであるおやっさんが父親の友人のよしみで引き取ってくれたのだ。
雄介が扉を開けようとしたが鍵がかかっていた。おそらくおやっさんが閉めたのだろう。
「あれ?」
雄介は体中のポケットをまさぐるとあることに気が付いた。
「しまった。鍵はバイクと一緒にお釈迦になっちゃったんだよな…」
どうしようかと悩んだが、雄介は裏に足を進めた。雄介の目の前上方には自室のベランダが確認できる。
「それじゃ、久々に登るか!」
雄介は建物の壁に手をかけると器用に登って行った。
目的地に到着するのに時間はかからなかった。雄介がベランダに手をかけると、
「おーい、雄介!」
雄介を呼ぶ声が聞こえた。
壁にしがみついた状態で振り向いた。
その視線の先には買い物袋をぶら下げた男性が立っていた。
「あ、おやっさん。おはようございます」
「久々だな、その光景」
「実は昨日鍵なくしちゃったんですよ」
「そっか、それは仕方ないな。ところで雄介、お前今日学校だろ?そんなにゆっくりしてていいのか?」
「大丈夫です。今日は学校休みになって、少し寝たら店手伝いますから」
「そっか、ならまた後でな。良い夢見ろよ」
そう言っておやっさんは店のほうに歩いて行った。
「はい、おやすみなさーい」
部屋に入った雄介はそのままベッドに倒れこむと、今までの疲れがどっと押し寄せそのまま意識を手放した。
☆
それから数時間後、営業中のポレポレの店内ではカウンターを挟んでおやっさんと1人の女性の姿があった。
「しかし来ないね、あいつ。もしかして、雄介の彼女さん?」
「いえ…」
「じゃあ、雄介の冒険仲間…ってわけでもなさそうだね。」
「冒険、ですか?」
「実はね、あいつは生粋の冒険野郎でね、両親の影響で長期の休みになるといっつもどっかに出かけちまうんだよ」
「へぇ、彼にそんな趣味が…」
「いや僕もね、昔はね、命知らずの冒険よくしましたよ。名のある山はほとんど制覇したね」
突然おやっさんが武勇伝を語り始めたが女性は耳を傾ける程度に聞いていた。
「えーとね、チョモラマンとか。いやチョモラマン大変だったなぁ。僕が登った時は、エベレストつったけど。昔はいたよね?エベレストのことをエレベスト、何て言う人。いなかった?あ、もしかしてあなたが生まれたころにはチョモラマンか?」
「いえ、特には…」
とりあえずあいづちを打つ女性にコーヒーのお替りをサービスするおやっさんは気を取り直したように口を開いた。
「しかし、来ないねあいつ。…あー、それじゃ、お耳汚しに僕の冒険の話をしましょう!イカダでね…」
と、おやっさんの話が始まったところで雄介が店に顔を出した。
「ふわぁぁ…おはよう。おやっさん」
「ようやく起きか、お客さんだぞ」
「お客さん?俺に?」
「女性を待たせるなんて、いい趣味してるわね。雄介」
雄介の視線の先にはリアスがきれいな紅髪をかきあげながらコーヒーを飲んでいた。
「あれ、リアス先輩!?」
「おはよう、雄介。起きたばかりで悪いけど今から時間あるかしら?」
「え?あぁ、分かりました」
「おい雄介店はどうすんだ?」
「ごめんおやっさん、帰ったらちゃんと手伝うから!」
そう言い残し雄介はコーヒーの代金を支払い足を出口に向けるリアスの後に続いて店を出た。
「雄介!…行っちゃったよ。これからがいいところだったのに…」
店にはさみしそうな雰囲気を漂わせるおやっさんが一人取り残されていた。
☆
「わざわざ来てくれたってことは何か事件ですか?」
「いいえ違うわ。あれから考えたのだけどやはり一度あなたの体をちゃんと調べた方がいいと思うの」
「調べる、ですか?いや、大丈夫だと思うんですけどね…」
「安易な考えは捨てなさい。心配しなくてもいいわ。これから訪ねる医師は腕も確かだし、口も堅い。少なくとも実験動物になることはないわ」
「実験動物って…」
「フフッ、冗談よ。それじゃ、私は先に行ってるわ」
そう言うとリアスは目的地の住所が書かれたメモを雄介に渡すと足元に紅く光る魔方陣を出現させる。
そして魔法陣に足を踏み入れたリアスは何かを思い出したのか雄介に振り向くと、
「そうそう、雄介」
「はい?」
「マスターにそれとなく伝えてくれないかしら?正しくは、チョモランマよ」
「え?」
それを最後に魔方陣の光がリアスを目的地まで転送した。
☆
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
ビルに挟まれた人気のない路地裏の道を一人の男が走っていた。
男は指簿部分が破れた手袋をし、ボロボロのコートを着込んだ汚れた服装をしていた。
足がゴミ箱にぶつかり転倒したが気にした様子は全くない。
男はまだ走る。途中で道端でくつろいでいた野良猫が不満な鳴き声を上げるも無視してまだ走る。
そればかりか、男の表情は恐怖に染まっていた。
時々後ろを振り返りながらも足を止めることはなかった。
「はあ、はあ、はあ…」
男は咄嗟に無造作に積まれていた荷物の陰に身を隠した。
息を整えながら怯えきった表情で顔をのぞかせると前方には、男が倒したごみ箱が見えた。
「はあ、はあ、はあ、はあああ…」
男が深いため息をついて安心した時だった。
トン
「!」
男は背後に気配を感じた。
恐る恐る振り向くと目の前には人間とかけ離れた外見をした異形がいた。
右腕には数個の勾玉が付いた腕輪をしている。
異形の姿を見た途端男の顔から安堵の色が消えた。
そんな男を見下すような視線を向けると乱暴に男の首を掴みあげた。
「があっ、あ…ああっ…」
苦痛に顔をゆがめる男を見つめる異形はその場で跳躍した。
そして、1分もしない内に、
「ああああああああああ!!!」
男が上から落下してきた。
地面に叩きつけられた男の体はそれっきり動くことはなかった。
死体と化した男をビルの屋上から確認すると、異形は腕輪の勾玉をひとつ横にずらした。
「これで、27人目…」
そして、異形はその場から姿を消した。
☆
現在、とある大学病院で雄介は入院患者用の衣服を纏いMRIの検査を受けていた。
「おいおい、なんだよこれ。監察医務院の嘱託からここに戻ってきたばっかりの俺を、こんな危ない奴の仲間にする気か?」
口を開いたのは大学病院に勤める監察医務院の“椿秀一”。
人間でありながらリアスの古い知り合いであり、人間はもちろん悪魔や天使を差別することなく診察するリアス曰く変わり者らしい。
「危ないですか、俺?」
レントゲンを撮り終えた雄介に手招きで戻ってくるように指示すると隣に座っているリアスに顔を向けた。
「そもそも俺は死体の解剖専門の医者だぞ。それを無理して病院の設備を借りて診てみれば…思わず解剖してじっくり見てみたくなるぐらいとんでもないぜ」
どうやら雄介の体は秀一の興味をそそったようだ。
「どういうことかしら?」
秀一は雄介の腹部を映したレントゲン写真に目を向ける。
「異質なんだよ。」
「異質?」
「医者として多くの人間や悪魔、もちろん天使も診てきたがこんな例は見たことがない」
「へぇ~。じゃあ、やっぱかなり強くなったんですね」
戻ってきた雄介のまるで他人事のようにレントゲン写真を覗き込む姿に秀一は呆れた視線を向けた。
「おい、のんきだな…」
「そういう子なのよ」
リアスの言葉に半ば納得した様子で秀一は再び視線を戻すと、
「具体的には筋肉組織が強化され、神経も発達している。特に右足がそれが著しい」
「だから戦ってるとき右足が何度の熱くなったのかな?」
秀一の説明に、雄介は思いだすように呟いた。
「命に別状はないの?」
「今のところはな」
リアスの疑問に秀一は椅子の背もたれに体重を預けながら答えた。
「今のところはって…」
リアスの反応を見た秀一は、眼前のレントゲンを指差す。
「腹部の異物から全身に神経組織のようなものが広がっている。おそらくそこから何らかの形で命令が出て君の体を急激に変化させるのだろう。今はまだいいが、もしそれが脳にまで到達すれば、最悪の場合…」
ここで一度秀一は言葉を詰まらせた。
「最悪の場合…?」
戸惑う様子を見せるリアスに、秀一は意を決したように静かに口を開いた。
「戦うためだけの生物兵器になってしまうかもしれない」
「生物兵器!?」
なんとなく予想はしていたがりやはりリアスは驚きを隠せなかった。
「いや、大丈夫ですよ。」
室内に漂う重い空気を振り払ったのは雄介の一言だった。
「大丈夫!」
衝撃的な一言を物ともしない様子の雄介はいつもの笑顔とサムズアップをするのだった。
☆
椿の診察を終えた雄介とリアスは病院の駐車場にいた。
「とりあえず今は様子見ってことかしらね?」
「ですね」
リアスは可能性の段階だが深刻な結果を聞かされてもなおなんともない様子の雄介を一瞥すると、
「前から言おうと思ってたけど、その他人事みたいな考えはやめなさい。もう少し自分の体を大切にしたらどうなの?」
「してますよ」
「え?」
リアスは自身の忠告に間髪入れずに答えた雄介に思わずキョトンとなってしまった。
「だからこそ、自分が大切だと思うものを守りたいんです」
「…そう。あなたがそう言うならいいわ。でも何かあったら私にすぐ報告すること。これは部長命令よ。わかった?」
「はい。それじゃあリアスさん、俺はこれで失礼します。」
「待ちなさい」
リアスはポレポレに戻ろうとした雄介を呼び止めた。
「実はあなたに受け取ってもらいたいものがあるの」
そう言ってリアスは足元に魔方陣を展開させると雄介がクウガに変身した時とはまた違う輝きが放たれた。
雄介はゆっくりと目を開けると目の前には一台のバイクが鎮座していた。
「おー…」
それを見た雄介は半ば興奮気味にバイクに近寄った。
「“トライチェイサー”と言うらしいわ。詳しくは知らないけどずいぶん前に一部の人間たちと共同開発してた時期があったらしくてね。結局は途中で頓挫してしまったのだけどこれは唯一の生き残り。今朝偶然見つけたのよ。昨日あなたのバイクは使い物にならなくなっちゃったでしょ?」
「でも、本当にもらっちゃっていいんですか?」
「私には必要ないものだし、このまま倉庫の奥に放置するよりはあなたに使ってもらう方がいいと思うわ。昨日助けてくれたお礼としてもらってくれないかしら?」
「はい、ありがとうございます!」
雄介がお礼を言った時だった。
2人の近くにまた新たな魔方陣が出現すると中から朱乃が現れた。
「リアス、ここにおられたのですね」
「あら朱乃、どうかしたの?」
「実は先程大公からはぐれ悪魔の討伐の依頼が来ました」
「あら、そうなの?」
「ええ、正体不明のはぐれ悪魔らしいのですが、すでに30人近くの人間が犠牲になっています。今は祐斗君と小猫ちゃんが追跡している最中です。」
「わかったわ、私たちもすぐに向かいましょう」
「俺も行きます!」
雄介もはぐれ悪魔討伐に名乗り出た。
「雄介?」
「これはオカルト研究部の活動なんですよね?だったら俺も手伝います!」
「…無茶はしちゃだめよ」
「はい!」
雄介はリアスから貰い受けたトライチェイサーに跨るとアークルを出現させ、昨日と同じように両手を動かす。
「変身!」
その瞬間、雄介は瞬時に赤いクウガに変身した。
「まあ…」
雄介の変身を初めて間近で見た朱乃が感嘆の声を漏らした。
そして雄介はアクセルを踏み駐車場から走り去ったのだった。
☆
トライチェイサーの性能に感心しながら雄介ははぐれ悪魔の捜索を続けていた。
「わああああああああっ!!!」
どこからか悲鳴が聞こえその方を見ると、サラリーマン風の男性が落下しているのが見えた。
雄介はスピードを上げ駆けつけ、ギリギリのところで男性の救出に成功した。
「大丈夫ですか?」
雄介が声をかけるが男性からの返事はない。
まさかと思い確認したがどうやら気絶しているようだ。
目立った外傷もないことを確認した雄介はバイクから降り男性の体を地面に下した。
そして、別の気配が飛び降りて来たのを雄介は視界の端で確認した。
「今日はよく邪魔が入る日だぜ」
雄介の視線の先には、バッタをイメージさせる外形の怪人が立っていた。
「お前は………?」
「俺が脅威のジャンパー、バヅーだ。それがどうした?」
「どうしてこんなことをする!?」
「お前に話す義理はない。ったく、ようやくあのガキどもをまいたと思ったら次から次へと…困るんだけどな、邪魔されると」
「それはこっちのセリフだ!おまえを倒す!」
「おもしろい。来いよ、相手してやる」
雄介を挑発したバヅーはすさまじい速度で場所を移動した。
慌てて追いかけるとそこは四方が高いビルに囲まれた吹き抜けのような空間だった。
辺りを警戒していると背後に気配を感じた。
振り向いた時にはバヅーに蹴りつけられていた。
「ぐあっ!」
その場に倒れ込んでしまい、気が付いた時には再び跳躍したバヅーが迫ってくる。
体を転がし最初の一撃は避けることができたがすぐにバヅーが腹部を蹴り着ける。
咄嗟に足払いをするが跳躍であっさりかわされてしまう。
今度は降下の勢いに乗せた手刀で襲い掛かるが、何とか片手で防ぐと回し蹴りを相手の脇腹に入れる。
お互いは間合いを取りしばしの間にらみ合い、そして同時に跳びあがった。
「フン!」
「はあっ!」
しかし、雄介の跳躍はバヅーに遠く及ばず、結局雄介は階段を駆け上がる羽目になってしまう。
バヅーはさらに上層の螺旋階段の踊り場から雄介を見下すような視線を向けるバヅーはその場から跳び降りた。
「哀れだな」
突然目の前にバヅーが現れたことにひるんでしまった雄介は蹴りを喰らってしまい落下してしまった。
「ぐあああああっ!!」
体を地面に叩きつけられ全身に衝撃が走った。
バヅーは相変わらず痛みに悶えている雄介を余裕の笑みを浮かべていた。
「くっ、何とか、しないと。はあ、はあ…」
するとそこに五代のもとに祐斗が駆けつけてきた。
「雄介君!」
「祐斗君!?」
「遅れてすまない、それでバヅーは?」
「あそこに」
雄介が指差す先にいるバヅーはめんどくさそうな表情に変わっていた。
「ちっ、またあいつか」
祐斗の姿を見て舌打ちしたバヅーはさらに跳躍しビルの屋上に消えていった。
「あいつは僕に任せて!」
そう言い残し祐斗は羽を広げてバヅーの後を追いかけていった。
祐斗の姿も消え、一人残された雄介は青空を見上げながら葛藤していた。
「はあ、はあ…もっと、跳べたら…」
ドックン…ドックン…ドックン…
雄介に呼応するかのように心臓が鼓動する。
「はあああああっ!!!」
半ば自棄になったのか、雄介が跳躍するとアークルから赤いクウガに変身した時とは違う音が鳴り響くと同時に体が軽くなったような気がした。
そして雄介の視界は一気に開け青空が広がった。
「雄介君?」
「何!?」
ビルの屋上に着地した雄介の姿に祐斗とバヅーの口から驚きの声が出た。
そしてそれは雄介も同じだった。
雄介が自身の体を確認すると、
「青くなった!?」
今の雄介はアマダムも、瞳も、そして身に着けた装甲は赤いクウガの時よりも身軽そうな格好をした“青いクウガ”だった。
一誠いつ出そうか…。