仮面ライダークウガ 青空の約束   作:青空野郎

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EPISODE25 笑顔

戦場に黒い魔力と雷と炎が飛び交う。

レーティング・ゲームの舞台となった駒王学園の建物のほとんど崩落し、すでにその面影はなくなっていた。

ライザーはたった1人でリアス、朱乃、祐斗、雄介の4人の相手をしている。

彼の眷属は全員脱落し、この場にはいない。

この時、ライザーは余裕を装うが、その裏で同時に焦りを覚えていた。

ありえないと思いつつも、どうしても脳裏に過るある事実。

フェニックスは“不死”であって、決して“無敵”ではない。

ライザーはすでに雄介たちの狙いに気づいていた。

フェニックスを倒すには圧倒的な一撃で屠る短期戦か、徹底的に精神が潰す持久戦の2つ。

雄介たちが選んだのは後者の精神を潰す持久戦。

不死を司るフェニックスといえど、その力は精神までは及ばない。

現に今も、雄介たちの猛攻の連続で確実にライザーの精神は疲弊している。

それに加え、眷属全員の脱落という事実がライザーの精神に大きなダメージを与えていた。

ライザー自身、初陣の相手に追いつめられるとは微塵も予想していなかった。

まさに四面楚歌の戦況。

だが、それでも 投了することはライザーのプライドが許さなかった。

 

「調子に…乗るなあっ!」

 

怒りに任せて放った熱風が周にあるものを焼き払った。

だが、熱風に吹き飛ばされた雄介たちはすぐに立ち上がる。

 

「キサマら…!?」

 

何度地にひれ伏せさせても、何度も立ち上がる4人の姿にライザーが戸惑いを隠せないでいる。

特に、彼らの瞳に初めて怯えを抱いた。

その瞳に絶望の色はない。

あるのは勝利への希望のみだった。

 

 

 

そして、彼らと同じようにあきらめを見せない人物が2人。

ライザーと戦う4人の姿を遠くでアーシアに膝枕をしてもらっている一誠が見つめていた。

最初に思ったのは、圧倒的。

リアスと朱乃の攻撃で絶えず聞こえる爆音が加減のない一撃だということを物語っている。

そして不死身の肉体をもつ相手に果敢に立ち向かう雄介と祐斗の姿。

ただ、ライザーもたった一人で彼らの猛攻を互角に渡り合っていた。

自分も加勢しようと体を起こそうとするが、うまく体に力が入らない。

 

「ダメです、イッセーさん!まだ傷が治ってないんですよ?」

 

涙で揺れる瞳で珍しくアーシアが高圧的な声をかけてきた。

アーシアの治療を受けながら一誠は何もできない歯がゆさに悩まされる。

それはアーシアも同じだろう。

ただ、ここで彼女が前に出て巻き添えを食らえば本末転倒だ。

それでも、あきらめきれず必死にできることを模索しているとあることを思い出した。

 

「おい、ドライグ」

 

『なんだ?』

 

一誠の呼びかけにブーステッド・ギアに宿るドライグが答えた。

 

「お前さっき、残った力を宝玉に移したとか言ってたよな?」

 

『ああ。しかし、さっきも言ったがそれは一時的なものでフェニックスを倒すまでには至らない』

 

ドライグの復唱する返答に一誠は勝利への可能性を見出した。

 

「でも、それなら“あれ”ができるよな?」

 

一誠の含んだような言い方にドライグも察しがついた。

 

『ふっ…。なるほどな。だが、それで勝てるという保証はどこにもないぞ?』

 

「それでも、やらないよりはずっとマシだ。第一、今まで俺の中にいたならわかってるだろ?俺の性格」

 

『別に止めはしない。俺はお前の選択に従うだけだ』

 

ここでドライグとの会話を打ち切り、一誠はアーシアに視線を向けた。

 

「アーシア。頼みがあるんだ」

 

「え…?」

 

「もう一度、俺に力を貸してくれ」

 

いつになく真剣な表情の一誠。

それを見て、心から一誠を慕う彼女が断るはずがなかった。

 

 

 

雄介、リアス、朱乃、祐斗の4人はライザーに苦戦を強いられていた。

半端なダメージを与えてもすぐに回復されてしまうため、手加減などしていられない。

唯一の救いはライザー自身がフェニックスの涙を所持していなかったことだ。

もしこのタイミングで完全回復なんてされたら今までの苦労が水の泡となってしまう。

不死の能力に苦戦しながらも、卓越した連携のおかげでようやく勝利への活路が見え始めてきた。

だが、彼らにも限界が近づいていた。

雄介は燃え盛る爆炎と爆発の中を駆け抜け、ライザーに殴りかかる。

だが、ライザーが体を捻り拳が空を切った。

すぐに裏拳を繰り出すが、ライザーに片手で受け止められてしまった。

 

「消えろォッ!」

 

掌に集めた炎が雄介の腹部辺りで爆ぜた。

 

「ぐあぁっ!」

 

後方に吹っ飛ぶ雄介の元にリアスたちが集まる。

荒くなる息を整えながら4人はライザーを見据えている。

 

「やっぱり、あの再生能力は厄介ですね…」

 

優斗の呟きに朱乃が同意する。

 

「そうですわね。部長。念のためにお聞きしますが、次の一撃で決めることはできますか?」

 

「どうかしらね?正直、自信がないわ」

 

朱乃に問われ、リアスは開き直ったように肩をすくめて、雄介に視線を移した。

 

「雄介」

 

「はい?」

 

「あなたの力でライザーの再生能力だけでも“封印”できないかしら?」

 

リアスは神器の効果を打ち消すクウガの力を思い出しながら雄介に尋ねた。

 

「わかりません。でも、可能性はあると思います」

 

雄介も同じようにクウガの力のポテンシャルに希求していた。

 

「そう…。なら、私は雄介に賭けてみたいけどみんなはどう思う?」

 

確認するように朱乃と祐斗に問いかけるリアスに笑顔を向けた。

 

「なら、私たちは雄介君のサポートに徹すればいいわけですね」

 

「僕もそれでいいと思います。けど…」

 

ただ、すぐに祐斗がわずかに笑顔を引き攣らせ、視線をライザーに戻した。

 

「あれから隙を作るのは至難の業ですよ…」

 

作戦の方針を決めている間に、ライザーの体に業火が集まっていた。

炎の勢いがライザーの怒りを表しているようだった。

気迫と熱気に息を呑んでいると、後ろからリアスたちを呼ぶ声がした。

 

「部長ォォォッ!朱乃さぁぁぁん!木場ァァァッ!」

 

後ろを向くとアーシアに支えられながら身を起こす一誠がいた。

 

「みんなの力を、解放しろォォォォォッ!」

 

一誠の叫びに同調するようにブーステッド・ギアの宝玉が爛々と輝いていた。

 

「木場ァッ!」

 

最初に名前を呼ばれ当惑する祐斗だが、すぐに真剣な表情に移し剣を地面に突き刺して高らかに叫んだ。

 

「魔剣創造!」

 

一誠は光り輝く地面に拳を放ち、新たな第2の力を発動した。

 

「“赤龍帝からの贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)”!」

 

一誠はブーステッド・ギアで高めた力を地面に流し込む。

目的は祐斗の魔剣を創造する能力。

 

【TRANSFER!】

 

途端に、金属が激しくこすれる音と一緒に、グラウンド全域が刃の海と化した。

至る所から、百を超える様々な形状の刀身が天に向かって鋭く伸びている。

その全ては祐斗が創造した魔剣だ。

 

「これは…!」

 

リアスが目の前の光景に驚嘆する。

これが、一誠が新たに会得したブーステッド・ギアのもうひとつに力。

赤龍帝からの贈り物。

その効果は、籠手で高めた力を他の者、あるいは物に譲渡すること。

その能力でアーシアの神器の効果を向上させ、再起を果たしたのだ。

辺り一帯に出現した刃が容赦なくライザーの体を切り刻む。

 

「ガアァ…っ!?」

 

数だけではなく、魔剣一本一本の威力も増している。

 

「クッ…こんなものォッ!」

 

宙を舞いながらライザーから放たれる爆炎が周辺の魔剣を焼き払った。

だが、一誠の反撃は終わらない。

 

【BOOST!】

 

「朱乃さん!」

 

【TRANSFER!】

 

籠手から放たれる波動が朱乃を包んだ。

 

「行きますわよ」

 

朱乃が手を天に掲げると巨大な雷が雨のようにライザーに飛来した。

 

「ガアアアアアアアアアッ!」

 

炎の翼を広げ回避しようと試みるが、すべてを捌ききれず直撃した雷が体を焦がした。

 

【BOOST!】

 

「部長ォッ!」

 

【TRANSFER!】

 

もう一度、今度はリアスに高めた力を譲渡する。

 

「後は、頼んだぜ…」

 

これで完全に一誠の魔力は尽きた。

一誠は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。

 

「イッセーさん!?」

 

アーシアが急いで一誠の顔を覗き込む。

 

「へへ…ありがとな、アーシア」

 

何とか意識を保っていたことを確認して安堵する。

後は天に任すのみだ。

 

 

 

リアスの掌に消滅の魔力が集まっていく。

 

「行くわよ…。ライザー!」

 

巨大化する魔力は最終的に黒い太陽の如く変貌を遂げた。

それを見てライザーも掌に炎を集めていく。

 

「なめるなァッ!」

 

同時に両者が放った緋色と漆黒の太陽が激突し、辺りに衝撃が渦巻く。

だが、力の均衡が崩れ始めるのに時間はかからなかった。

 

「はああああっ!」

 

「な…ッ!?」

 

純血上級悪魔の代表としての、プライドをかけた競り合いに勝ったのはリアスだった。

驚愕する間もなく黒い魔力に容赦なく蹂躙される中で、ライザーは意識を保つのがやっとだった。

魔力の奔流から解放され、上着が消滅したライザーにはすでに身体()精神(こころ)も限界が迫っていた。

神級とまではいかないが、ブーステッド・ギアで高めた力を譲渡されたリアスたちの猛攻がライザーに予想以上の負担を与えていた。

最後に、虫の息状態のライザーの前に現れたのは雄介。

それを見たライザーは戦慄を禁じ得なかった。

雄介たちは半信半疑だが、ライザーは知っている。

クウガの力はフェニックスの再生能力に影響を与えるということを…。

あの時は蹴りの入り方が甘くて返り討ちにあってしまった。

しかし、今は状況が違う。

 

「チェックメイトだ、ライザー・フェニックス」

 

表情の変化がわからない仮面に見つめられ、ライザーが顔を強張らせる。

 

「ま、待て!わかっているのか!?今回の婚約は悪魔の未来のために必要で大事なものなんだぞ!?お前のような小僧がどうこうするようなことじゃないんだ!」

 

慌てふためくように叫ぶライザーに、雄介は静かに首を横に振りながら呟いた。

 

「悪魔の未来なんて、俺には関係ない。ただ、俺はあの人には笑っていてほしいんだ。あなたなんかにあの人の未来を、笑顔を奪わせやしない…。これは、あの人の笑顔を守るための戦いなんだ!」

 

今までに押し込めていた感情を開放するように雄介は高らかに叫んだ。

 

「この、羽虫がぁぁァァァッ!」

 

ライザーが咆哮を上げ、身体に業火を纏う。

それを見据えた雄介は変身するときと同じように、左腕をアークルに添え、右腕を左前方に伸ばした構えのまま後ろに数歩下がった。

最後に意識を集中させた右足を後ろに下げながら腰を落とし、両腕を広げて狙いを定める。

そしてタイミングを見計らい、ライザーに向かって駆け出した。

雄介が踏みしめた足跡に炎が揺らめいていた。

 

「ハァァァァ…フッ!」

 

ある程度距離を詰めた雄介が高く跳躍した。

 

「うがぁぁぁあああっ!」

 

発狂しながら、ライザーが身に纏った炎を雄介に投擲した。

放たれた炎が不死鳥を形成し、雄介に襲い掛かる。

跳躍していた雄介はそのまま空中で一回転し、迎え撃つように右脚を突き出した。

 

「うぉりゃァッ!」

 

絶対に負けられない意地と意地のぶつかり合い。

かつてないほどの熱量と衝撃が辺りに吹き荒れる。

そして、雄介の意地が上回った。

 

「だあぁぁぁぁっ!」

 

雄介の一撃が炎の不死鳥を貫き、ライザーに迫る。

すでに魔力を使い果たしたライザーには、単純な攻撃すら避ける余力も残っていなかった。

マイティクウガの進化した炎を纏うマイティキックがライザーの胸部を深く抉った。

 

「ガハッ…!」

 

着地を決めて肩で息をする雄介は、大きく吹き飛ばされるライザーを見ていた。

 

「グッ、クあゥ…」

 

よろよろと立ちあがるライザーの胸部に、以前よりもはっきりと封印の古代文字が刻みこまれていた。

 

「まさか…この、俺が…」

 

刹那、グランドに爆音が響き渡った。

煙が晴れると、地面に前のめりに突っ伏すライザーが転送の光に包まれていた。

 

『ライザー・フェニックス様の脱落を確認。よってこのゲーム、リアス・グレモリーさまの勝利です』

 

ライザーが転送され、グレイフィアが本日最後のアナウンスを流した。

遠くのほうでみんなの喜ぶ声が聞こえた。

後ろを振り向くと、そこにあったのは仲間たちの笑顔。

雄介が一番に守りたいと願った大切なもの。

すると、雄介の視線にリアスが気づいた。

雄介は静かにサムズアップを掲げた。

もちろん、リアスも笑顔でサムズアップを返した。

 

 

 

初勝利を飾り、部室に戻った雄介たちは改めて押し寄せる疲労感を感じていた。

 

「皆様、お疲れ様でした」

 

出現する魔方陣から現れたのはグレイフィアともう一人。

その人物を確認した途端、朱乃たちがその場でひざまずいた。

リアスと同じ紅の髪をなびかせるその人物に、リアスは困惑を隠せないでいた。

 

「お兄様…!?」

 

今度は雄介、一誠、アーシアの3人が驚く番だった。

 

「お兄様って…」

 

「じゃあ、この人が…!?」

 

「魔王、サーゼクス・ルシファー様…!?」

 

目の前の男性はリアスの実兄であり、現四大魔王の一人、サーゼクス・ルシファーその人だった。

 

「お兄様、どうしてここへ?」

 

驚愕の声でリアスが訪ねる。

 

「妹の勝利を直接祝いたくてね。改めて言わせてもらうよ。リアス、初勝利おめでとう」

 

サーゼクスはにこやかに微笑みながら答えた。

 

「い、いえ。そんな…」

 

珍しくリアスは冷静を忘れている。

 

「私の父も、フェニックス卿も反省していたよ。当然、この縁談は破談が確定した。それもみな、君たちのおかげだ。兄として礼を言わせてもらいたい。本当に、ありがとう」

 

そして、サーゼクスはリアスたちに頭を下げた。

その行為にリアスたちが対応に困るのは必然だった。

 

「頭を上げてください、お兄様!魔王であらせられるあなたがこんなことで頭を下げられたら―」

 

「さっきも言っただろう?魔王としてではなく、ひとりの兄として今私はここにいる。兄が妹の幸せを喜んで何か問題でもあるのかな?」

 

リアスを遮ったサーゼクスの表情はとても晴れやかなものだった。

 

 

 

キリのいいところであいさつを済ませ、サーゼクスとグレイフィアは冥界に帰還していた。

 

「まさか、赤い龍がこちら側に来るとは思いもよらなかったな」

 

サーゼクスが満天の星々が散らばる紫の夜空を見上げていた。

 

「バニシング・ドラゴン。白い龍と出会うのもそう遠い話ではないのかもしれません」

 

「ああ。だが、“二天龍”のこともそうだが、もっと重大なことが…」

 

「五代様のことですね?」

 

グレイフィアの問いにサーゼクスは今回のゲームを思い返していた。

サーゼクスはグレモリー家とフェニックス家の親族と一緒に今回のレーティング・ゲームを観戦していた。

サーゼクス本人も含め、その場にいた全員がライザーの勝利を確信していた。

しかし、その確信は特例で参加したひとりの戦士によって覆された。

確かに、ブーステッド・ギアの禁手もリアスたちの勝利の要因の一つであることは間違いない。

ただ、それ以上に戦士の戦いに目を奪われていた。

バランスのとれた格闘形態の赤い姿。

スピードに秀でた棒術の駆使する青い姿。

百発百中の射撃の腕を持つ緑の姿。

圧倒的な攻撃力と防御力を兼ね備え大剣を振るう紫の姿。

それに、彼の使い魔と思しき鋼鉄のクワガタ。

その力でライザーの眷属のほとんどを倒すだけでなく、ライザーにトドメを刺したのも彼だ。

正直、彼がいなければリアスたちの勝利は難しかっただろう。

それほど豪快かつ華麗な戦士の戦いに衝撃を受けた。

ただ、両家の親族たちが騒然とする中でサーゼクスは戦士に心当たりがあった。

 

「まさか、あれもリアスのもとにいたとは…」

 

そう呟くサーゼクスが取り出したのは、真新しい書類の束と一冊の古ぼけた書物。

書類の束は以前、彼のもとを訪れた秀一が差し出したもの。

書面にはアマダムを写したレントゲン写真とそれを説明する文章で埋め尽くされていた。

 

「“戦士クウガ”…。あれが目覚めたということは、奴が目覚めるのも時間の問題か…」

 

サーゼクスは徐に古ぼけた書物を開いた。

そして穏やかな表情が一変し、開かれたページを忌々しげな眼差しを向けた。

 

「“白き闇の魔王(ギソビジャリ・サタン)”。魔王殺し、“ン・ダグバ・ゼバ”」

 

そのページには禍々しいオーラを放ち数多の種族を虐殺する白い魔王が描かれていた。

 

「五代雄介君。君が我々に幸を与えるか、凶を齎すか、見守らせてもらうよ」

 

祈るような面持ちでサーゼクスは静かに書物のページを閉じた。

 

 

 

リアスの婚約解消から次の日、雄介はいつものように部室を訪れた。

 

「おじゃましまーす」

 

「いらっしゃい、雄介」

 

扉を開けるなり、リアスが迎えた。

 

「あれ、みんなはまだですか?」

 

雄介が部室を見渡すとリアス以外誰もいなかった。

 

「ええ。今日はあなたが最初よ」

 

ソファーに座るリアスが優雅に紅茶を口にしていた。

軽く納得して雄介は部室の窓を開け放った。

すぐに心地良い風が部室内に漂ってきた。

昨日の勝負に勝てなかったらこんなに穏やかではいられなかっただろう。

雄介にとって、上級悪魔たちから与えられる名誉よりも、勝利して勝ち取った日常の方が重要だった。

「でも、本当にそれでよかったの?」

 

昨夜のことを思い出していると、リアスが訊ねてきた。

 

「何がです?」

 

「いまさら言うのもなんだけど、このまま私たちと居続ければ本当にあなたの日常はなくなってしまうかもしれない。…今回は破談にできたけど、いつかまた婚約の話が来るかもしれないのよ?」

 

その顔は、どこか悲痛で歪んでいるように見えた。

今回のゲームで雄介の戦う姿を見て、未だに彼への罪悪感が燻っていたことを改めて自覚していた。

 

「それこそ、いまさらですよ。リアスさん」

 

雄介は彼女を諭すように笑顔を向けていた。

 

「その時はまたリアスさんのために戦いますよ。…何度でも」

 

「どうして、そこまで…?」

 

迷いのない笑顔で言い切る雄介にさらに疑念を抱いた。

雄介は腕を組んで少し考えるそぶりを見せた後、

 

「さあ?俺にもわかりません」

 

首をかしげながら答えた。

 

「え?」

 

予想外の答えにリアスは拍子抜けを食らった。

 

「ただ…」

 

雄介は握り締める拳を見つめて、リアスと向き合い言葉を続けた。

 

「何かを守りたいって思うのに理由って必要ですか?好きだから守りたい。大切だから守りたい。それで十分じゃないですか」

 

再び部室に風が吹き込んだ。

揺れる紅い髪を抑えるのを忘れ、リアスは雄介の笑顔に見とれていた。

同時に、中で燻る罪悪感はきれいに消え去り、代わりに新たに芽生えた思いが溢れてきた。

一度その思いに気づくと抑えが利かなくなる。

 

「なら…」

 

紡ぐようにリアスが口を開いた。

 

「これからも私の笑顔を守ってくれるかしら…?」

 

確認するように訊ねるリアスに、今度は悩むことなく答えた。

 

「もちろんです!」

 

いつもと変わらない笑顔とサムズアップを掲げる雄介の姿を見て、リアスの迷いは消えた。

ソファーから立ち、悠然と雄介に近づいたリアスは彼の頬に手を添えた。

 

「ありがとう。雄介…」

 

「リアスさん…ッ!?」

 

次の瞬間、雄介の唇が何かにふさがれた。

リアスが雄介の首に手を回し、唇を重ねていた。

いわゆる、キス。

その行為を理解した時には視界は頬を朱に染めるリアスの顔で埋まっていた。

柔らかな唇の感触と紅髪から漂う甘い香りが雄介の思考を止める。

しかし、一度真っ白になった頭の中にリアスの想いが流れ込んできた。

数秒ほど唇を重ねた後、リアスの唇が離れた。

 

「私のファーストキス。日本では女の子が大切にするものよね?」

 

はにかんだリアスの笑顔以外、周りの景色が色あせたように見えた。

 

「…え…?」

 

驚愕が一周回って、雄介は声にならない声しか出せなかった。

 

「これからもよろしくね。私の雄介…」

 

なぜか、その時の彼女の笑顔が一番輝いていたように思えた。

 




最後にフラグを立てました。
これにてフェニックス編終了です。

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