ある日のことだった。
雄介はいつも通りオカルト研究部の扉を開けた。
「おじゃましまぁ、す…?」
「うぅ、痛い…」
「大丈夫ですか、イッセーさん?」
目の前で、ぼこぼこにされた一誠がアーシアの治療を受けていた。
「自業自得です」
小猫がいつもの無表情で容赦のない一言をぶつける。
「えっと、なにかあったの?」
事情を知らない雄介が小猫に尋ねた。
「いつものことです」
小猫の話を聞いて雄介はまたかと思い、心の中で軽く呆れた。
一誠が悪友の松田、元浜とつるんで女子更衣室のロッカーに潜んでのぞきをしていたらしい。
そこをあっけなく居合わせた小猫に見つかり制裁を受けたのだ。
「まったく、あなたはどうしてそう」
すでに部室にいたリアスも呆れた様子だった。
「いや、友人に誘われて、つい…」
「イッセーさん!」
相変わらず懲りない様子の一誠に珍しくアーシアが声を荒げた。
さすがの彼女でも一誠の行為に堪忍袋の緒が切れたのかと思っていたが…。
「そんなに裸が見たいなのら…わ、私が!」
突然、露出狂まがいのことを言いだしたかと思うと、自身のスカートに手をかけようとしていた。
急いで一誠が止めに入る。
「なああああっ!アーシア、違うんだ!そう言うのじゃなくて!」
「そうよ、イッセー。私に言えばいつだって見せてあげるわ」
「ぶ、部長!?」
リアスもリアスでとんでもないことを言い出し始めた。
「すでに何度も見せてるし。でしょ?」
「ま、まあ。そうですが…」
「もう!イッセーさん!」
リアスの言葉にまんざらでもないという風に鼻の下を伸ばす一誠に嫉妬したアーシアが頬を抓る。
そんな、すでに見慣れた光景。
いつもとなんら変わらない日常。
いつもと同じはずなのにこの時雄介はこの日のリアスの笑顔に違和感を覚えた。
しかし、同時にその違和感の正体を知ることはできなかった。
☆
その日の夜の出来事。
雄介は普段通りにポレポレの手伝いを終え、自室でくつろいでいた。
「さて、そろそろ寝ようかな?」
椅子から立ち上がりベッドに足を向けていた。
突如部屋の床に紅く光る魔方陣が現れた。
「この魔方陣は…」
雄介は現れた魔方陣に見覚えがあった。
グレモリー家の魔方陣だ。
故に、これから現れる人物の予想ができた。
「リアスさん…」
雄介は現れた人物の名前を呟いた。
「どうしたんですか、こんな時間に?」
何かあったのかと思い声をかけるが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。
「…リアスさん?」
リアスは何やら思い詰めた表情をしている。
「雄介…」
リアスは雄介を確認するなり、開口一番にとんでもないことを言い放った。
「私を抱きなさい」
「…はい?」
一瞬、リアスは何を言っているのかわからなかった。
まさかと思う雄介に追い打ちをかけるようにリアスはダメ押しの一言を告げた。
「私の処女をもらって頂戴。至急頼むわ」
はい、思考がとんだ。
「私ではだめかしら?」
「え?い、いや…」
戸惑う雄介を前にしてリアスは制服を脱ぎだした。
すぐに露になる下着に包まれた肢体に無意識に生唾を飲み込んでしまう。
「いろいろ考えたけどこれしか方法がないの」
気が付くと雄介はリアスにベッドに押し倒されていた。
窓から差し込む月明かりに照らされる下着姿がなんとも艶かしい。
「既成事実ができれば文句ないはず」
なんの事実ですか!?と聞こうとしたのだが、狼狽しうまく口が動かない。
馬乗りになるリアスの紅色の髪から漂ういい匂いが鼻孔をくすぐり、思考を鈍らせる。
「まだ足りないところもあるけれど、素質はありs…」
「いい加減にして下さいっ!」
咄嗟に、残された気力を振り絞り雄介は叫んだ。
まさか抗われるとは思わなかったのか、リアスの動作が止まる。
「今日のリアスさんはなんか変ですよ?何かあったのなら話してください。力になりますから…」
しばらく沈黙した空気が流れた。
これ以上は正直、理性を保てるか微妙だった。
その時突然、カッと再び部屋の床に光が灯った。
何事かと思い床を見やると魔方陣が浮かび上がっていた。
その魔方陣は雄介のよく知るグレモリー家のものだったが、今回のそれは白銀に輝いている。
「一足遅かったようね」
それを見たリアスは嘆息しながら忌々しく見つめていた。
やがて魔方陣から現れたのは、銀髪のメイドさんだった。
銀髪のメイドさんは雄介とリアスを確認するなり、静かに口を開いた。
「こんなことをして破談に持ち込もうというわけですか?」
メイドさんが呆れたように淡々という。
「こうでもしないと、お父さまもお兄さまも私の意見は聞いてはくれないでしょう?」
眉を吊り上げるリアスを一瞥したメイドさんは呆然とする雄介に視線を向けた。
「人間にしてはなかなかの精神力をお持ちのようですね。ですが、こんな下賤な輩に操を捧げると知れば旦那様とサーゼクス様が悲しまれますよ」
メイドさんの言葉にリアスはさらに不機嫌な様相を見せた。
「私の貞操は私のものよ。私が認めた者に捧げて何が悪いのかしら?それに、私の友人を下賤呼ばわりするのは許さないわ。たとえ兄の“女王”であるあなたでもね」
それを聞いたメイドさんは嘆息しながらも、床に放置されたリアスの制服に手を伸ばした。
「何はともあれ、あなたはグレモリー家の次期当主なのですから。御自重くださいませ」
拾った上着をリアスの体にかけた後、再びメイドさんは雄介に視線を移し、頭を下げた。
「はじめまして。私はグレモリー家に仕えるグレイフィアと申します。以後お見知りおきを」
「あ、どうも…」
挨拶を返す雄介を端に、リアスは半眼で口をへの字に曲げている。
「グレイフィア。あなたがここへ来たのはあなたの意志?それとも家の総意?…それとも、お兄さまのご意志かしら?」
「全部です」
グレイフィアの即答に観念したのか、リアスはあきらめたように深く息をついた。
「わかったわ。話は私の根城で聞くわ。朱乃も同伴でいいかしら?」
「“雷の巫女”ですか。構いません。上級悪魔たるもの、常に傍らに“女王”を置くのは常ですので」
それを聞き、どうやら話はひと段落ついたようだ。
「ごめんなさい、雄介。私も冷静ではなかったわ。今回のことはお互い忘れましょう」
「は、はあ…」
雄介の方に向き直ったリアスは謝罪の言葉を口にした。
「迷惑をかけたわね。本当、ごめんなさい。また明日、部室で会いましょう」
そう別れを告げたリアスはグレイフィアとともに魔方陣の放つ光の中に消えていった。
その時、リアスはいつも以上に悲しげな表情を浮かべていた。
その顔が脳裏に焼き付いてしまい、その夜は雄介が寝付くには時間が足りなかった。
☆
「部長のお悩みねぇ…。多分グレモリー家に関わることじゃないかな?」
夜が明け、雄介が部室に向かう途中で祐斗がそう答えた。
祐斗の他にも、一誠とアーシアも合流している。
昨日のことが気になった雄介はそれとなく聞いてみたが、どうやら祐斗にも心当たりはないようだ。
本人に直接聞くという選択肢もあったのだが、昨日の今日なのでちょっと気が引けるというのが正直なところだった。
「朱乃さんなら何か知ってるかな?」
雄介の疑問に祐斗がうなずいた。
「あの人は部長の懐刀だからおそらく…!」
部室のある旧校舎が見えたところで祐斗が足を止めた。
「ここにきて初めて気づくなんて、この僕が…」
目を細め、顔を強張らせる祐斗に対し、雄介はいつも通りに部室の扉を開けた。
室内にはすでにリアス、朱乃、小猫、そしてもう一人。
「グレイフィアさん?」
雄介がその人物の名前を呟いた。
後ろでは初めて彼女を見る一誠がその美貌に見惚れている。
そして、アーシアのジェラシー・フィンガー(作者命名)が炸裂する。
すでにこの光景が定番化しつつある。
それはさておき、室内は会話のない張りつめた空気に支配されていた。
機嫌の悪い面持ちのリアスに、いつものニコニコ笑顔の朱乃だがどこか冷たいオーラを放っている。
小猫は部屋の隅で静かに座っている。
やがて、メンバーの一人一人を確認したリアスが口を開いた。
「全員そろったようね」
「お嬢様。私がお話しましょうか?」
説明をグレイフィアが申し出るが、リアスは手を振っていなした。
「実はね―」
リアスが口を開いた瞬間だった。
突然、部室の床に現れた魔方陣が光りだしたかと思えば、それは突如炎を吹き出した。
チリチリと肌につく火の粉を防ぎながら確認すると、魔法陣に描かれる紋章はグレモリー家のものと異なっていた。
「フェニックス…」
近くにいた祐斗の呟きが聞こえた。
やがて、炎上する魔方陣の中から人影が姿を現した。
「ふう。人間界は久しぶりだ」
そこにいたのは赤いスーツを着た一人の男性だった。
スーツを着崩しているせいか、ネクタイもせず胸の辺りでシャツをワイルドに開いている。
男性は部室を見渡し、視界にリアスを捉えると口元をにやけさせた。
「会いにきたぜ。愛しのリアス」
言葉の意味を知ろうと、リアスのほうを向くと、リアスは半眼で男性を睨んでいる。
どう見ても歓迎してるようには思えない。
「誰だこいつ?」
一誠の疑問にグレイフィアが答えた。
「この方はライザー・フェニックスさま。純血の上級悪魔であり、フェニックス家の御三男」
そして、次の言葉が雄介たちの衝撃を与えた。
「そしてグレモリー家次期当主の婿殿。すなわち、リアスお嬢様のご婚約者であらせられます」
☆
大昔、悪魔には“七二柱”と呼ばれる全72の爵位持ちの一族それぞれが何十もの軍隊を率いていたらしい。
しかし、その大多数が戦争で消滅してしまった。
グレモリー家、フェニックス家のいずれも戦争で生き残った純血悪魔一族なのだ。
本来ならば、リアスは大学を卒業するまでは人間界で自由に生活を送れるはずだった。
そんな彼女に突然舞い込んできたのが今回の政略結婚。
純血悪魔の根絶を恐れたグレモリー家とフェニックス家が持ちかけた縁談だったのだ。
今、雄介たちは室内の隅にかたまり、事の成り行きを見守っている。
目の前でライザーは隣にリアスを置きソファを占領していた。
「いやぁ、リアスの“女王”が入れてくれたお茶はおいしいものだな」
朱乃が入れたお茶をほめるライザー。
「痛み入りますわ」
朱乃はいつもの笑顔を浮かべているのだが、なぜかそこに感情が感じられなかった。
お茶を飲みながらライザーは隣に座るリアスの肩に手を回したり、髪をいじったり、太ももを撫でまわしたりと猥褻な行為を働いている。
馴れ馴れしいことこの上ない。
リアスはというと、ライザーが訪れてからあまり言葉を発していない。
そのかわりに彼女からまれに見ない怒気がひしひしと伝わってくる。
「いいかげんにしてちょうだい。ライザー、以前にも言ったはずよ。私はあなたとは結婚なんてしないわ」
我慢の限界が来たのか、低く迫力のある声が部室に木霊した。
だが、ライザーは向けられた怒りをどこ行く風でにやけた面を浮かべていた。
「だがリアス。君のお家事情はそんなわがままが通用しないほど切羽詰まってると思うんだが?」
「家をつぶすつもりはないわ。婿養子だって向かいいれるつもりよ。でも私は私がいいと思った者と結婚するわ」
「先の戦争で激減した純血悪魔の血を絶やさないというのは、悪魔全体の問題でもある。君のお父様もサーゼクスさまも未来を考えてこの縁談を決めたのさ」
「父も兄も一族の者も、みんな急ぎすぎるのよ。もう二度と言わないわ。ライザー」
リアスはため込んだ感情を一気に吐き出すように言い放った。
「あなたとは結婚しない!」
その言葉を聞いた途端、ライザーの機嫌が悪くなったのが分かった。
「俺もなぁ、リアス。フェニックス家の看板背負ってんだ。名前に泥を塗るわけにはいかないんだよ。俺は、君の下僕を全部焼き尽くしてでも君を冥界に連れ帰るぞ」
立ち上がったライザーはリアスの顎に指を添え、猛禽類のごとき目つきで彼女を睨み付ける。
リアスも負けじと鋭い目つきでライザーをにらめ返す。
その瞬間、殺気と敵意が室内全体に広がった。
両者から放たれるプレッシャーが雄介たちを襲う。
「…と、本来なら言いたいところなんだけど」
しかし、何の前触れもなくライザーから威圧感が消えた。
だがすぐに視線を変え殺気を放つ。
その先にいたのは、雄介だった。
「お前、人間だろ?なんで人間がここにいるわけ?」
「え?あ、いや。一応、俺もここの部員ですから」
不意の質問に、反射的に対応する雄介。
その返答にライザーは呆れ交じりのため息をついた。
「まったく。まさか、リアスのそばにこんな下等種族がいたとはな…」
そう言うなり、ライザーの手に炎が宿った。
ライザーはそれを雄介に投擲した。
あまりに突然のことで雄介はかわせず炎の直撃を食らった。
「ぐあぁっ!」
雄介の悲鳴と窓は砕ける音が重なった。
「雄介!?」
「五代君!?」
リアスや祐斗たちが窓を突き破り外に落ちていく雄介の名前を叫ぶ。
「ライザー!あなた何をっ!」
ライザーの行動にリアスが今までとは比べ物にならないほどの激昂を見せた。
「おいおい、何怒ってるんだいリアス?俺はただ目障りな羽虫を燃やしただけだぜ?」
その言葉で、リアスたちはライザーを完全に敵と認識した。
全員、いつでも動けるように臨戦態勢をとる。
ライザーは何の悪気もなく、殺意を抱く笑みを浮かべながら窓の外をのぞいた。
当然、本人は眼下に醜い焼死体がひとつ転がっているだけだと思っていた。
しかし直後、ライザーの表情が驚愕に変わった。
見下ろす先にいたのはクウガに変身した雄介だった。
「ほぉ、下等な羽虫の分際で神器持ちだったとはな」
ライザーは部室から飛び降りきれいに着地を決める。
それを見て逸早くこれから起こるであろう事態を察知したリアスは朱乃に指示を出した。
「まずいわ。朱乃、すぐに結界を張って!」
すぐに旧校舎周辺に巨大なグレモリー家の紋章が現れる。
朱乃の張った結界により範囲外との干渉は絶たれた。
これで事が外に漏れることはなくなる。
しばし睨み合った後、ライザーの放つ炎が開戦の合図となった。
雄介は燃え上がる炎の中を駆け抜ける。
一気にライザーとの距離を詰め拳を振りかぶる。
しかし、雄介の第一撃はライザーの飛翔によりかわされてしまう。
ライザーの背中には見慣れたコウモリの羽ではなく、燃え盛る炎が翼を構成していた。
さすがはフェニックスを名乗るだけのことはある。
「燃え尽きな!」
ライザーの放つ炎が流星のごとく雄介に降り注ぐ。
周りでは何本もの巨大な火柱がたち昇り、爆炎が雄介を飲み込んだ。
「うおおおおおっ!」
しかし、爆炎の中から雄介の雄叫びが聞こえた。
跳躍で炎層を突き破った雄介がライザーに迫る。
「なんだとっ!?」
今度こそ仕留めたと思っていたライザーは戦慄で表情を固めてしまう。
その隙にライザーのもとに届いた雄介はライザーの肩を掴み、無防備に空いた腹部にマイティキックを決めた。
そのまま地面に落下していく両者。
着地を決める雄介に対し、ライザーは墜落。
雄介は決着がついたかと思っていたが、しばし地面に蹲っていたライザーが立ち上がった。
ライザーの脇腹付近には確かにクウガの“封印”の文字が刻まれていた。
しかし、それはわずか数秒でとけるように消えてしまった。
そのことが雄介に大きな衝撃を与えた。
「フェニックスの異名を持つこの俺に、何をしたぁぁぁああああっ!!」
ライザーの咆哮が空気を震わせる。
その表情は憤怒の色に変貌している。
そして、怒りにまかせた炎の一撃を放つ。
今までより二回りほど大きな爆炎が雄介を襲う。
「うあああああああっ!」
直撃を食らった雄介は爆風に押され、浮遊感に襲われた。
天と地が逆になったと錯覚したのは一瞬のことで、気が付くと雄介は地面を転がっていた。
「所詮、羽虫がどれだけ足掻こうと高貴なるフェニックスに勝てるわけがないんだよ!」
近づくライザーが侮蔑した目つきで雄介を見下す。
さらに雄介がよろよろと立ちあがるところを見計らい、火炎を放つ。
「雄介ぇぇえっ!」
爆音に混じりながらリアスの叫びが聞こえた気がした。
「ぐあああああああああっ!」
そのまま、雄介の身体は周りを囲む爆炎に弄ばれた。
今日、ドン・キホーテでクウガアルティメットフォームのフィギュアアーツが500円で売られてました。
ドン・キホーテ恐るべし…。
迷わず買いました(笑)