東方混沌記   作:ヤマタケる

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エリュシオンとガイルゴールのテレビ電話の情報交換をした悠岐とユニ。謎の暗号のようなものが書かれた紙切れを渡した優理花。


第145話 古き友との明晰夢

「……ここはどこだ?確か、アレとの決戦が明日に控えているから眠りについたはずだったかが……。」

 

翌日がエリュシオンとの最終決戦という事もあり、いつもり早く眠りについた九十九は見覚えのない場所に立っていた。

そんな中彼女は1つだけ、覚えのあるものを見つけ、彼女はそれを拾い上げた。

 

「これは……。」

 

それは現代で言うところのスマートフォン、つまりはスマホであった。

今は亡き友人達との思い出を記録したそれは彼女にとっての、己の証明。エリュシオンへの憎しみや復讐心で呑まれないための。復讐者(アヴェンジャー)へ落ちないための。

 

「……懐かしいな。アイツらが生きてたら、どんな話をしてくれるのか……。」

 

チクリ。と心に小さな棘が刺さった感覚を彼女は味わった。

 

「まっ、恨み言だろうな。私はアイツらを見捨てて生き延びたんだからな。」

 

そんな事を言っていると、彼女が手に持つスマホが震えだした。

 

「……電話?でも、ここは私の夢だよな?一体誰が……。」

 

スマホの画面にはただ数字の羅列が表示されるのみで、その人物が誰なのかは出てみないと分からないようだ。

 

(まぁ、出てみれば分かんだろ。変なやつだったら切っちまえばいいし。)

 

そう結論づけ、九十九はその電話を受けた。

 

「はい、もしもし。こちら星熊九十九ですが。」

 

『………………』

 

「……ん?もしもーし、聞こえてますかー?」

 

通話になっているはずなのに、相手は言葉を何も発しない。

 

「あー、間違い電話でしたら切ってもらって結構ですが?」

 

『……図書館のいつもの場所で。待っていますわよ、九十九。』

 

「っ!ちょっと!アンタってもしかして!?」

 

九十九の問いに答えることなく、スマホからはツーツーという音が聞こえてきた。

 

「クッソ!切りやがった!……にしても、あの声は。……いや、ありえねぇか。とりあえずは、図書館に行ってみるか……。」

 

握りしめていたスマホを1度服のポケットにしまい、そして気付く。何も無い、真っ白い空間だったはずのここが、自身の記憶通りの図書館となっていることに。

 

「……まぁ、夢だもんな。何でもありか。」

 

1人で納得し、彼女は約束の場所へと向かうため、人気のない図書館へと向かった。

 

「もし電話の主がアイツなら、あそこにいるはずだ……。」

 

『いつもの場所』とは図書館の中庭にある大きな木の下、そこにある長い椅子。九十九はいつもそこで『アイツ』と話をしていたのだ。

 

(他愛もない話だったけど、それがとても楽しかった。アイツが死んでから、私は本を読まなくなったっけ……。)

 

そんなことを考えながら九十九は『いつもの場所』へとたどり着く。

青いブレザーと薄いこげ茶色のスカートを履き、黄色いリボンをつけたオッドアイの少女が『いつもの場所』に座っていた。そう、彼女ことが九十九が『アイツ』と呼ぶ人間の正体である。

 

「やっと来ましたわ。遅いお着きですね、九十九。」

 

「いや、仕方ないだろ。こっちとら何が何だか分かってねぇんだからよ。」

 

九十九の言葉を聞き、少女は少し顔をしかめた。

 

「……口調、随分と変わりましたのね。」

 

「あー、まぁな。アンタが死んでから随分と経ってるからな。私だって変わるさ。」

 

「……どのくらい経ちました?私達が亡くなって。」

 

「……忘れちまったよ。」

 

そう答える九十九は苦痛に耐えるような、悲しい顔をしていた。

その顔を少女に見せないようにか、九十九は自身の顔を下へと向けた。その時、九十九は少女の持つ一冊の本に興味を引かれた。

 

「……その本、なんだ?」

 

「これですか?これは『ラブクラフト全集』の第6巻ですわ。前々から気になっていましたのよ?」

 

「あ、あんたもそんな本を読むんだな……。」

 

「えぇ。……九十九、貴方はエリュシオンと本当に戦うのですか?」

 

少女は手に持っていた全集を横に置き、先程までとは打って変わって真面目な顔付きでそう問いかけた。

 

「……私の夢だもんな、知ってて当然か。あぁ、私はアイツと戦う。身体能力が劣ってるのは分かってる。能力が劣ってるのも分かってる。それでも私はアイツと戦う。私の友の、アンタ達の仇をとるためにな。そのためなら私はこの命だって捨ててやる。」

 

九十九はそう言って入口へ向けて踵を返した。

 

「じゃあな、戦う前に夢だとしても会えて嬉しかったよ。今度は来世で会おう。」

 

ヒラヒラと手を振る九十九へ少女は1つ、助言をした。

 

「あの方達の書斎へ向かいなさい九十九。それが貴方の道となりますわよ。」

 

聞こえているか分からないが、少女は姿の小さくなる九十九を姿が見えなくなるまで見送った。

九十九の姿が完全に消えた頃、少女は背後へ振り向き、自身のブレザーに付くポケットからスマホを取り出した。

 

「あの子の真の力を解放するため、私に倒されてください。アラヤの送りし枷。抑止力さん?」

 

少女の目の前には赤い外套を身に纏い、手に小さいナイフと銃を持った1人の男が現れ、ナイフを少女へと向けた。

それに対抗するように、少女の持つスマホが眩い光を放ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――おいたをする方には、お仕置きして差し上げますわ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男と少女を光が包み、その場にいた2人は何処かへと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって古びた住宅街。九十九はとある建物を探していた。その建物はとある2人組の本拠地。先程いた図書館を『新図書館』とするのであれば、それは『旧図書館』と言えるだろう。

 

「確かここら辺だったはずなんだが……。」

 

視線を右へ左へと忙しなく動かす九十九。そんな彼女に誰かが声をかけた。

 

「ここにいたのか、九十九。」

 

それは1人の青年だった。

緑のブレザーを羽織った緑色の瞳を持つ彼は九十九の返事を待たずに言葉を続けた。

 

「『彼女』が待っている。付いてこい、案内する。」

 

「りょーかい。……にしても、図書館の位置変わったか?」

 

「いや、1ミリも動いてないぞ。相変わらずの記憶力だな。」

 

フッと小さく笑う緑の青年。その仕草に九十九は小さく文句を垂れた。

 

「……バカにしてるだろ。」

 

「いや、バカになどしていない。ただ、懐かしくてな。……着いたぞ、ここだ。」

 

そう言って緑の青年は目的地を指さす。そこは九十九が探していた路地と1本ズレた場所だった。

 

「……路地間違えてた。」

 

そんな九十九の呟きにツッコむことなく緑の青年は目的地の中へ入っていく。それに続き、九十九も遅れながら入っていく。

しばらく埃のかぶった廊下を歩き、緑の青年はひとつの扉の前で止まり、そこを開けた。

その中は文章の山だった。古びた図書館の呼び名に恥じぬ古びた本からファイリングされたなにかの資料に、観察日記までもあった。

その山の中に、1人の少女が座っていた。赤い瞳を持つ、緑の青年と同じような緑のブレザーを来た少女だ。

 

「……相変わらずの仕事バカだな、お前は。逆に安心したよ。」

 

「貴方は随分と変わったみたいね、九十九。特にその口調。昔は女の子口調だったのに今は男の子口調になって、彼に影響されたのかしら?」

 

「彼っていうと、百々か?違ぇよ。私が自分で決めて変えたんだ。アイツは関係ねぇぞ。」

 

そう。緑の少女はそう言って緑の青年がいつの間にか持ってきた紅茶に口をつけた。

 

「口調を変えたのは本心を隠すため。1人友を見捨てて逃げ延びたという事実から目を背けるため。『私たちと共にいた星熊九十九』と『伊吹百々たちと共に生きる星熊九十九』という存在を過去のもの、1度切れた別のものと考えるためね。怒りの感情によってその『演技』は無くなるみたいだけど。」

 

紅茶から口を離した緑の少女は口早に自身の推理を言って見せた。

それを聞いた九十九は1度言い淀み、その言葉全てを肯定した。

 

「……さすがは天才女子高校生探偵。えぇ、その通りよ。私は怖かったの。貴方たちが私にスマホを託した理由が、復讐のためじゃあ無いのかって。私はだけがのうのうと生きていいのかって。私だけがこれからの生を楽しみながら生きていいのかって。」

 

「いいに決まっている。俺たちがそんな理由で友であるお前に自身のチカラを託すと思うのか?」

 

今まで黙っていた緑の青年が九十九の言葉を食う様に声を上げた。それは緑の少女も同じことを思っていたようで。

 

「その通りね。九十九、1つアドバイスを上げるわ。『過去の自分を肯定しなさい』。私たちと過ごした貴方も、今を生きる貴方も同じ『星熊九十九』という存在なのだから。……そろそろ時間ね。外まで送るわ。」

 

そう言って緑の少女は座っていた本の山から降り、横に控えていた緑の青年は立ち上がった。

外へ出て、九十九が古びた図書館から離れようとした時、緑の少女が突然口を開いた。

 

「九十九。私は優しいから『死ぬな』なんて言わないわ。『勝ちなさい』。ただそれだけよ。」

 

緑の少女はそう言って緑の青年の後ろに隠れてしまった。

 

「……誰に言ってると思ってるの?貴方の親友、星熊九十九よ。言われなくても勝つっての!」

 

九十九は笑顔でそう言って2人に手を振り、そこから離れ始めた。緑の青年はそれに返すよう手を振り返し、緑の少女も青年に隠れながらも手を振りづけた。

九十九が見えなくなった頃、少女は青年の横へ並びながらポケットに入れていたスマホを取り出した。青年もそれに合わせるようにスマホを自身のズボンから取り出した。

 

「かの探偵と戦えるとは、私にとっては名誉以外の何ものでもないわ。それが例え黒化によってねじ曲げられた存在だとしても。貴方はどう?」

 

「……どちらと言えば、そうだな。医者でありながら助手である彼が出てきてくれればよかったのだが……。」

 

そんなことを言い合う2人の前には黒いモヤを撒き散らす人型のナニカが立っていた。それはステッキを手に持ち、背中から巨大なレンズの付いた機械を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――死せる魂よ、来たりて語れ。

 

―――其は真実か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑の少女のスマホから放たれた光が2人を飲み込み、2人とその人型のナニカは何処かへと跳んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九十九は2人のいた古びた図書館から離れ、街を歩いていた。

行く宛もなく、ただフラフラとそこら辺を歩いているだけだ。

 

「まだ夢から覚めないのね。……どうしようかな。確か、夢で死ぬと目が覚めるって聞いたけども。」

 

とんでもない事を呟く九十九の元へ1枚の紙が空からとヒラヒラ舞い降りてきた。

 

「……紙?なんで空から?」

 

舞い降りてきた紙を拾いながら上を見上げると、数ある電線の1本の上に黄金のカラスがいた。恐らくはそのカラスが運んできたのだろう。なぜならその2つ折りの紙には金粉がちょうどカラスのくちばしに合うように付着していたからだ。

九十九はそれを広げ、中身を読み始めた。

 

「えーと……『科学部部室にて待つ。黄金の怪盗より』か。……あぁ、彼ね。じゃあ、学校に行ってみようかな。」

 

今まで向かっていた方から別の方向へ体の向きを変え、鬼の全力で九十九は走り始めた。

走り始めて10分ほどだろうか。彼女の通った道はくっきりと足跡の形に凹み、周囲の家は土埃をガッツリと被っていた。

そして、彼女は学校に到着し、正門から見える窓の1つに黒と白たまにというとても特徴のある癖毛を見つけた。

 

「見っけ!どっっせぇぇぇい!!!」

 

足に力をいれ、その窓の隣に向けて大きく跳躍した。

 

「ダイナミックお邪魔します!」

 

「うっわ!!え、ちょ、え!?」

 

その窓の隣にいた1人の青年が読んでいた本から視線をあげ、驚きの声を上げた。

 

「久しぶり、元気してた?」

 

「う、うん。君も元気みたい……だね。まさかそこから来るとは思わなかったよ。」

 

額に汗を浮かべながら少年は九十九へそう返す。

 

「まぁね。私もこんなことが思いつくとは思わなかったわ。まるで百々にでもなった気分。」

 

「百々っていうと、僕たちのいた世界じゃない世界の君かい?」

 

『百々』という聞きなれない単語に反応した少年は九十九へ確認を取った。

 

「そう。基本はバカなんだけどやる時はやるんだ。兄みたいに私に接してくれてね、今はもう兄さん以外にアイツの立場が考えられないよ。」

 

「なるほど。とても優しいんだね、この世界の君は。」

 

君のようにね。少年はそんな浮ついたセリフを九十九へと投げかけた。

 

「……そんなセリフいつも言ってるけど、恥ずかしくないの?」

 

「君にだけだよ。僕には誰構わずあんなセリフを言う度胸も無いしね。」

 

「よくそんなことが言えるね、黄金の怪盗さん。侵入するため女の人にいつも言ってたんじゃないの?」

 

「い、痛いところを付いてくるね……。」

 

九十九の言葉に少年は苦笑いしか返せなかった。

それが本心からの言葉では無いとしても、言ってることに変わりはないのだから。

 

「挨拶はここまでにしようか。さて九十九、君は自身の能力をどう思ってる?」

 

「私の能力?それはもちろん嫌いに決まってるわ。」

 

九十九の能力『Fateを使う程度の能力』は英霊の座と呼ばれる英雄たちのデータベースへ直接アクセスし、その英雄たちの情報を己にインポートする能力なのだ。しかもこの能力、たとえ正規の座に登録されていない、それこそ人理の危機に瀕したからこそ呼び出せたような限定英霊ですらインポートすることが出来るヤバい能力なのだが、『鬼』としての誇りを持つ九十九はこの能力をなかなか使いたがらない。鬼である自分が人間の力を借りるのが気に食わないとの事である。それこそ、兄的な存在であり同族である百々の危機など以外では。

 

「あんまり使わ無いことに変わりはないのかい?」

 

「えぇ、これからもあまり使う気はないわ。」

 

「今度の決戦の時でも、かい?」

 

「……痛いところを付いてくるじゃない。」

 

意趣返しさ。少年は九十九にそう言葉を返した。

発言通り九十九はエリュシオンとの戦いでも自身の能力を使う気はあまり無かった。使うとしても、自分と同じ鬼である『酒呑童子』や『茨木童子』、そもそも人ですらない『メデューサ』や『メルトリリス』に『パッションリップ』など 、自身と同じ半分人間の『マーリン』などを使うつもりでいた。

 

「本当に今回の戦いはそんなことを言ってられるのかい?君が能力を出し渋ったせいで僕たちの世界と同じ末路を辿ることになるのかもしれなくてもかい?」

 

「そ、それは……。」

 

彼女は一目見ても悩んでいると分かる状況だった。

『鬼』の誇りをとるか、それとも同族とその友のために誇りを捨てるか。それは他人から見れば一瞬で答えの出るものだが、彼女にとってはどちらも大切な、捨てがたいモノなのだ。

 

「受け入れるんだ、九十九。」

 

そんな彼女へのアドバイスなのか、少年が口を開いた。

 

「……受け、入れる?」

 

「そうさ。その能力も『星熊九十九』を構成するピースの1つに過ぎない。それを含めて君という存在なんだ。」

 

「能力を含めて、私という存在……。」

 

小さく呟いた九十九が顔を上げた時、その顔からは悩みは吹き飛んでいた。

 

「ありがと。ついさっきあの二人にも同じこと言われたのに、もう忘れてた。」

 

「トラウマとコンプレックスは違うからね。仕方ないよ。」

 

少年は椅子から立ち上がり、部室のドアまで歩きながらそう言った。

 

「さぁ、そろそろ行くといい。次は彼女が君を待っているからね。早く行かないとドヤされるんじゃないかな?」

 

ドアを開け、少年は道を九十九へ譲った。

 

「それは、困るなぁ。なら私は早く行かなきゃ。きっと仕事場にいるよね?」

 

「恐らくね。っと、これをあげるよ。お守り替わりにね。」

 

少年はそう言って九十九に1枚のカードのような何かを渡した。

 

「ありがと。じゃあ、またね。」

 

そう言って九十九は部室から駆け足で離れていった。

残された少年は1人、部室にある机の中から自身のスマホを取り出した。

 

「……怪盗である僕にも盗めないものはある。それは人の心さ。貴方はそんな心を盗む達人。僕に彼女の心は盗めないと言いたいのかな?」

 

そんな彼の前には長い金髪を持った男が立っていた。その手には1本の槍が握られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――さあ、行こうか!仕事の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金の輝きを放つスマホと合わせるように彼の身体を黄金が覆っていき、彼と槍の男は静かに、されど力強く戦いを始めた。


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