ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

8 / 60
公国と帝国、そしてイヨ

 さて、イヨはまるで気にしていない様だが、帝国に従属しているという公国とは一体どのような国家なのか? 

 

 彼が知っている情報は、村長を始めとする村の知識人各員から享受したもの。だがしかし、知らない事が余りにも数多く、広範囲に渡っていた為──何せ『ユグドラシルと同じ』部分以外は全く知らない──一つ一つの事柄に対する情報量はとても少ない。

 

 冒険者。ほぼモンスター専門の傭兵。実績や強さによって銅級からアダマンタイト級までの八段階にランク分けされる。組合に登録すればなれる。戦うお仕事。

 国。一杯ある。公国、王国、帝国、法国とその他幾つかが人間主体の国家。他はモンスターやらビーストマンやら。王国と帝国は仲が悪くて毎年戦争をしている。公国は帝国に実質的に従属している。

 神。火、風、土、水の四大神教がメジャー。法国だけは光? と闇? の二柱を足した六大神教を信仰している。他の宗教に対する風当たりはあまり激しくはない。ただ、法国は宗教国家だけあって敏感な人も多いらしい。ちょっと注意。

 

 ほぼ全てにおいて、この程度の情報しか知らない。

 

 村の知識人とは専門の教職員でも無く高等教育を受けた訳でも無く、元兵士であるとか元商人であるとかで『終生を村の中で過ごす大半の村人よりは物知り』程度の存在であり、彼らが語る情報はブレや欠落も多く、すでに時代遅れとなった知識も少なくない。

 

 加えて、聞いて覚える側であるイヨの頭もあまり良くない。イヨは大雑把に言って国語と社会と理科に属する勉強は得意だが、数学や英語は本人も匙を投げているレベルで苦手である。総合すると『学校全体で真ん中よりは上』程度の順位で収まるが、空手道のスポーツ推薦で入学した事もあり、多少の事は見逃されている節もある。平常点も非常に高く、つまり授業態度自体はとても良好なのも教師陣の覚えを良くしていて、『努力自体はしてるみたいだし、空手も忙しいらしいし』『まあいいか。篠田だしな』などで救済があったりもする。

 こと勉強という面にあっては、イヨは甘やかされて生きてきたわけだ。地頭は悪くないし考えも回る上、知恵働きも上々だが──。

 

 ──『知識』というモノに対しては貪欲でない。考えるという行為に熟達していない。知恵や発想から飛躍する事は出来ても、知識や考察から発展することが出来ない。

 

「王国と帝国は仲が悪く、毎年戦争をしている」事は知っていても、「何故戦争をしているのか?」「何処で何時どうやって戦争をしているのか?」という疑問を抱かない。

 

「公国は帝国に従属している」のは何故か、従属する事によって公国が過去と比べて如何に変わったのかに興味を抱けない。

 

 潜在的敵国だとかパワーバランスだとか国益だとか、そういった何処かで耳にした言葉で勝手に納得しているのだ。個人が個人の事情で行動するように、国には国の指針があり、恐らく多分きっと領土的野心とか経済植民地とかその辺りが理由だろうと。

 ここら辺が当たらずとも遠からずというか、何も考えていないにも関わらず正解の一部を思い浮かべている辺りは流石なのだが。

 

 イヨが共感し、感情移入できるのは個人、個人が集まって作る集団や組織、数多の集団が集まって作る村や街までなのだ。

 地方、領地、国家まで規模が拡大すると、途端に輪郭が薄れて何だか曖昧模糊とした良く分からない物になってしまう。大きすぎて見当がつかない。捉えきれない。

 

 イヨの頭の中の公国は『自分が今いる国』もしくは『リーベ村がある国』でしか無いのだ。

 

 

 

 

 さて、本題に入ろう。

 

 公国とはどの様な国家なのか。

 

 先ずは名前だ。いくら帝国に従属しているとはいえ、公国は建前上独立した一国家であり、通常は区別の為、名称がある。

 しかし現在の公国は、国家間の会談や公宮の官吏が作る書類上の話でもない限り、ただ公国と呼ばれる。それは単純に名称が一般に定着していないからである。

 

 公国と、公国を治める大公はつい先日──といっても年単位は前の事──今まで用いていた誇りと伝統ある名を廃し、非常に簡素で素っ気ない名を新たに名乗っている。

 

 貴族制度というものは複雑であり、時代によって国によって形が違う。しかし大公といえば普通は王の子息や弟、王家の分家の長などが就く地位であり、王や皇帝には流石に劣るにせよ、有り体に言えばとても偉いのだ。

 

 そして大公家の系図は、周辺でも大きな力を持った国家として知られるバハルス帝国から派生している。故に帝国の領土にへばり付くような感じで領土を構え、つい最近まで恙なく国交を交わしてきた。根っこを辿れば同じ国とも言えるし、君主同士は親戚関係に当たるのだから、これはある程度理解できるだろう。勿論国家である以上個人同士の関係の様には行かないから、お互い腹の中では知られたく無い事の十や二十は抱えていただろうが。

 その筈の大公と公国が何故、ある日国と己の名を廃したのか。それどころか独立国家としての誇りを捨て、帝国に実質的に従属しているのか。

 

 大公──現在のありふれた名は冠せず、あえて大公とだけ呼ぼう──はその昔、自分の能力に深く自信を持った男だった。

 過去の慣習と上手く折り合いをつけながらも自分の意思を政局に反映し、公国という国をまずまず上手く回していたのだ。

 統治者として、そして一国の頂点に立つ最上位者として育てられた彼には、幼き頃より胸の内で燃え続けていた一つの野望があった。

 

 それは立身出世である。

 

 既に大公として一国を治める地位にあっても満足せず、更に上を渇望する大望だ。

 

 ──何故自分が、公国などと云うちっぽけな地の統治者で一生を終えねばならないのだ。自分にはもっと多くの民を導き、もっと広く偉大な国家を成せる能力が備わっている。

 ──見よ、あの無能貴族が蔓延るリ・エスティーゼ王国の無様さを。ランポッサⅢ世の如き老害が血統だけで万民の上に立つからああなるのだ。いや、あの国の場合は代々の貴族が溜め込んだ膿のせいもあるか。しかしそれにしてもあの様は無かろう。いずれ私が取り込んで見せる。

 ──帝国も帝国だ。歴代皇帝の有能さは認めるが、王国と同じく禄を食むだけの無能貴族が多すぎる。あの豚どもを粛清し、放蕩に注ぎ込まれていた分の金を他に回せば、今頃領土は二倍にも三倍にも膨らみ、民も栄えただろうに。あそこも私が統治し、より良い繁栄を実現せねば。

 

 二国が誇る戦力、周辺国家最強の戦士であるガゼフ・ストロノーフと大魔法詠唱者フールーダ・パラダインの存在は確かに脅威だが、所詮は一個人だ。

 離れた所に同時に存在出来る訳でも無く、睡眠を必要としない訳でも無い。戦力的に排除が不可能ともなれば、戦略的戦術的に駒として浮かせ、その隙に本丸を落とせばよいのだ。わざわざ戦ってやる必要は無い。

 

 自分にはその力と資格がある。自己と自他を客観的に見比べ、そしてより優れた者を超える為に努力していけるだけの才覚が備わっている。

 

 彼が凡百の慢心家と違った所は、その実力が本物だったという点だ。

 彼の自己評価は決して無根拠な妄想では無く、確かな才覚があった。それを無駄なく伸ばすために最適な努力をし続け、文官武官に関わらず数多の優秀な人材を集め、やがては満天下に己の持てる力の全てをもってして挑んでみせるのだと思っていた。

 

 だからバハルス帝国先代皇帝が崩御した時、彼はついに時が来たのだと歓喜した。

 神が己に言っている、お前の時代が始まると告げているのだ、と。

 

 大公家は皇帝の血筋から派生した分家。そして自分はその直系。ならば正統支配者たる血脈は、皇帝の後継者たる資格は自分にも──否、自分にこそありと奮起した。

 先帝には血を分けた実子が複数いたが、多少の横紙破りなど問題にはならぬ。自分には資格があるのだ。有象無象が尻で玉座を温めた処で何も生まれぬ、自分という実力者が高き座についてこそ権威と権力を活かせるのだ。民草を導き、国家に栄華の道を歩ませることが出来るのだ。

 

 治安維持なり何なり、理由は何でもいい。とにかく軍を率いて帝都に上り、万難を排して皇帝の座を手に入れる。結果さえ出せば民は付いて来る。喚くだけの貴族など踏み潰せばいい。

 

 そうして大公は国内の諸侯諸族に号令を発し、意気揚々と軍を率いて帝都へと進軍した。道中一切の苦難は無く、モンスターどころか野犬にすら殆ど出会わないという順調な道行。やはり神は己を選んでいると確信した。

 

 彼は国境付近で進軍の足をいったん止め、全軍に休息をとる様に命じた。一分一秒が惜しい情勢だが、軍を率いて国境を変えればそれは即ち宣戦布告だ。一度国境を超えれば、後はひたすらに帝都目掛けて駆け抜けねばならない。

 疲れ切った兵では戦いになどならないし、落伍者が出れば野盗化して帝国内の村や町を襲うやも知れない。いずれ自分が玉座を手に入れた時、民には従ってもらわねばならないのだ。反感を買うようなことは極力避けるべきだった。

 まだ自国内にいるうちに兵と馬を休ませ、しかる後に進軍再開としようと決定したのだ。

 

 将校の中には休んでいる場合ではないとの意見をする者も出たが、帝都を中心とした帝国各地は蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。あの混乱ぶりからすれば、こちらの動向に注視する余裕は無い──と、そんな会話をしていた時だった。

 

 新皇帝を名乗る人物が近衛を始めとする帝国騎士たちを率いて貴族を粛清、混乱を平定し玉座を我がものとした、との報告が入ったのは。

 

 有り得ない、と大公は愕然とした。皇帝の座を狙う人物が腐るほどいるのは当然の事として、その内の一体誰がこの異常な速さで事態を掌握できたのだ。

 大公とて思い込みだけで闇雲に軍を動かしていたのではない。長年収集し続けた情報と最新最速の情報を多角的に分析し、その上で行動を定めていたのだ。己の計算上では、まだ幾日もの猶予が合った筈。

 

 信頼の厚い部下からの報告でなければ欺瞞を疑っただろう、異常な速さと言えた。

 

 機を逃した事に憤り、神を呪う──などと云う無駄な事を彼はしなかった。

 混乱の平定させた上に新皇帝として名乗り上げまでも熟している人物に対して、自分は絶望的に後れを取っている。今から軍を率いて行っても、得られるのは汚名のみだ。

 

 ──実際に軍を動かしてしまった以上、ただで帰れば国内の非主流派、即ち自分に反対する者たちが騒ぎ出す。国境線の寸前にまで軍を寄せたという報が新皇帝の耳に入れば更に不味い事になる。

 

 大公は即座に方針を変更。軍内部から人員を選抜し、新皇帝への謁見を求めて一路帝都へ駆けた。多少苦しくとも、国境侵犯未遂は誤魔化さねばならない。

 

 そうして未だ本来の日常を取り戻したとは言い難い帝城に乗り込み──勿論正規の手順を踏んで──謁見を申し込んだ。先ずは先代皇帝崩御の訃報に対する悲しみと新皇帝即位の祝賀を述べ、その上で相手の人格と能力を見定めるべく。

 

 ──ほぼ有り得ない事だが、無能とあれば話術にて組み伏してやろう。自身と同じだけの才あらば我が大望を分かち合い、共に並び立つことも吝かでは無い。自らをも上回る傑物ならば……今は頭を下げ、しかる後に喰らう。

 

 そんな思惑を抱いていた彼にとって、新皇帝の対応は非常識としか言えないものだった。早々に家臣団と分断され、まるで一臣下の如くもてなしさえ無しに、謁見の間に放置されたのである。

 

 帝国と公国は国力こそ帝国が優勢だが、立場的には対等な国家関係を築いていた。それなのにまるで遥か格下の従属国の一使者にする様な扱いである。

 一体新皇帝がどのような思惑があってこのような行いに出たのか、さっぱり分からなかった。

 

 ──まさか、愚か者か? 

 

 そんな想いすら湧いてきた頃、漸く新皇帝──そう、未来において鮮血帝の名を轟かせることになる男、希代の支配者。

 バハルス帝国新皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが、大公の前に姿を現したのだ。

 

 ──勝てない。

 

 その男──いや少年を視界に収め、一瞥を投げ掛けられた瞬間に、大公は思った。

 

 ただ対峙しただけ、ただ視線を合わせただけで、彼の精神は心底から敗北を認めていたのだ。

 傍に控えた大魔法詠唱者フールーダ・パラダインの姿も恐ろしかったが、何より大公を打ちのめしたのは、ジルクニフの眼だった。その余りにも冷徹で、現実的で、実利的な目つきだった。

 その眼は、言葉よりもなお雄弁にこう語っていた。

 

『お前は敵か味方か? お前は役に立つのか? この私が生かすに足る者なのか?』

 

 ああ、と大公は確信した。

 この男こそ選ばれし者。生まれながらの上位者。万民の統治者だ、と。自分などとは比べられないほど隔たった高みに立つ人物だと。

 この男に比べたら自分などは犬ころに過ぎない。他の犬よりやや毛並みが良く、ほんの少しばかり知恵が回るだけの犬畜生だ。

 駄犬の群れを見て思い上がり、自分の価値を高く見積もり過ぎた滑稽な犬なのだ。

 

 何を比べた訳でも、言葉を交わした訳でも無い。姿を目にし視線を受けるというただそれだけで、大公の審美眼は彼我の能力差を正確に測り切っていた。

 

『新たなる皇帝陛下に、我が忠誠を捧げるべく参りました』

 

 故に、彼は気付けば跪いていた。

 

『ほう? 我が帝国と御身の公国とは、対等の関係だと思っていたのだが?』

『滅相もございませぬ。より賢く強大で、正しき者が上に立つ。至極当然の理です』

 

 ただ当然の事実を口にするかの如く、

 

『陛下のお望みの為に、我が身の全てを差し出しましょう』

『……良かろう。お前の忠誠、確かに受け取った』

 

 独立国家公国の実質的な終わり、そして帝国の忠実なる臣下である新たな国が誕生した瞬間だった。

 

 家臣団を引き連れて帰国した大公は、当然の事ながら激しい非難に晒された。大口叩いて軍を動かした挙句、己が一存で帝国に公国を売り渡したと詰られた。

 表面的には今までと変わらずとも、各国の諜報と謀略の網を潜り抜けられる訳が無い。公国が誇りを失った事は直ぐに公然の秘密となろう。戦をした訳でも無く誰かに跪くなど天下の笑いものだ、と。

 

 しかし、それらの批判は直ぐに収まる事となる。

 

 理由は当然、ジルクニフが己に歯向かう全ての者に対して、圧倒的武力による苛烈な粛清を持って相対したからである。

 歴史ある大貴族が、誇りある名門が、まるで麦の穂を刈り取るかのように潰えて往く。

 歯向かった者だけでは無く、無能であるとか役に立たないというだけで消えて行く。

 そうして絶対的権力を持った皇帝ジルクニフ率いるバハルス帝国は、あっという間に国力を増大させ、周辺国家に幅を利かせる事となった。──最も早く服従し、最も協力を惜しまなかった公国と共に。

 

 民衆は正直だった。縁深い隣国である帝国の躍進と、公国の繁栄。自らの生活水準が向上した事によって、民衆の支持は自然と『あの皇帝と仲良くやっているらしい大公』に集まった。

 貴族たちも、少なくとも皇帝に敵対はしなかった大公の審美眼を認めざるを得なかった。あの鮮血帝は従わぬとあればこちらにも矛を向けただろうと理解したのだ。

 

 評判が回復した大公は次に、国内の効率化と清浄化に着手した。

 生まれの上下に関係なく能力さえあれば要職に就けるよう血統主義を見直し、平民にも門戸を開いた教育機関を立ち上げ、行き過ぎていた税率を引き下げ、汚職を徹底して撲滅した。

 国内のモンスター被害の対策として冒険者を今まで以上に活用し、それによって余った騎士たちの中から能力に優れた者を選出し、高水準の実力を持った新たな騎士団の編成に着手した。

 

 全ては皇帝ジルクニフに対する忠義が為? いや違う。

 

 彼はただ怖かったのだ。あの冷徹な目に見詰められた時の恐怖が忘れられなかったのだ。

 

 ──間違っても鮮血帝に眼を付けられるようなことがあってはならない。

 

 今の彼を突き動かすのはその一念だ。

 

 ──敵であれば有害として処分される。だから忠を尽くさねばならない。

 ──跪くだけの奴隷であれば無用として消される。だから役に立つ部下でなければならない。

 ──私だけでは無く国全体が、あのお方の利益であらねばならないのだ。

 

 そうでなければ死ぬ事になる。死にたくない、ただこの一心だ。この身は皇帝陛下の一臣下であると主張し、己が名と国名さえ表向きには尤もらしい理由を立てて変えた位だ。

 

 かつて大望を抱いた大公は、今や皇帝ジルクニフの忠臣として名を馳せている。

 

 

 

 

「……イヨ、あなた一体何をやってるの?」

「あ、リーシャ」

 

 リーベ村逗留三日目、イヨは昨日振りに会う女の子に声を掛けられ、振り向いた。

 

「なにをやってるって──」

「イヨにーちゃん! 次おれ! おれも抱っこして!」

「ずるい! あたしたちも遊ぶー!」

「もう一回たかいたかいやってよ! イヨにーちゃーん!」

「──みんなと遊んでるんだけど」

 

 子供と遊んであげているでは無く、みんなと遊んでいるという表現を用いる辺りに、リーシャはちょっと頭を抱えた。

 眼前の村の救世主は、手足一本ずつに一人、背中と胸前に一人ずつ、更に一人を肩車すると云った方法で七人の子供を鎧の如く全身にぶら下げていた。そしてウィーンガシャンウィーンガシャンと謎の効果音を口ずさみつつ、他にも多数の子供を引き連れて村内を練り歩いているのだ。

 

 子供かっ、とリーシャは思うが、外見上こういう姿が非常に似合うのも確かだった。まるで大家族の長女の様だ。

 

「……あんたたち、イヨはちょっと用があるの。一旦おうちに戻ってなさい」

「ええー! ずるいよ、おれまだ抱っこしてもらってない!」

「あたしもー!」

「村の用事なんだからつべこべ言わないの!」

 

 ちぇ、などと云いながらも素直に散っていく子供たちに手を振って見送り、イヨは改めてリーシャに向き直った。顔は相変わらずの笑顔である。

 

「村の用事だって? お仕事?」

「そうで──そうよ、村の仕事」

 

 敬語が出そうになるのを直すリーシャ。この辺りの話し合い──イヨが治療中にリーシャの裸身を見た件も含めて──は昨日の内に済んでおり、同い年なのだから敬称や敬語は無しという事で決着していた。

 命の恩人相手にそんな、という気持ちもリーシャには当然あったが、イヨを見ていると妹が出来た様な気分にもなるし、何より本人の頼みだからと受け入れていた。

 

「村長さんや父さんの発案なんだけどね──イヨに説法をして貰えないか、って」

「説法? あー、妖精神──アステリア様のお話をしてってこと?」

「そうよ。あなたは神官で村の恩人だし、あなたの呼び出した妖精に助けられた人も多いわ。で、あなたと一緒に妖精と妖精神様にも感謝を捧げるのが筋じゃないかって話になったのよ」

 

 イヨの信仰の対象、妖精神アステリアは当然この国には存在しなかった。

 全く見知らぬ異境の神であり、本来なら四大神信仰の厚い村人たちは受け入れがたかったろうが、その神官であるイヨに救われた事で、妖精や妖精神の事をもっと知りたいと願う村人が出てきたのだ。

 

 イヨにとっては願っても無い話である。

 

 要するに布教RPだ。神官をやっているなら布教RPは熱の入れ所であるし、この世界でも実際に特殊信仰系魔法が使えるのだから、『妖精神アステリア』や『妖精神アステリアと設定された何かから力を得るシステム』はこの世界にもあるのだろう。ならば住人たちを騙す事にもならないし、それでこの村に信仰が浸透し、プリーストやクレリックのクラスを得た者が現れれば、回復魔法の使い手が誕生するやも知れない。

 そうすればこの村はもっと住みよい所になるだろう。

 

 勿論イヨは快諾した。

 

「いいよ。アステリア様のお話に興味を持ってもらって嬉しいな。今からするの?」

「ううん。あなたさえ良ければ明日にしようって、こっちでは決まってるの。ここ数日結構働いてるし、疲れてるでしょう?」

「そうでもないけど……分かった、みんなが明日が良いっていうなら明日で」

 

 そう、イヨはこの所結構働いている。ただ子供と一緒になって遊んでいるだけではないのだ。

 開墾の邪魔だった馬でも動かせない大岩を片づけたり、怪我人や病人を癒したり、護衛としてリグナードと共に森に入り、普段だったら危険が大きい場所で希少な薬草を採取したりと、その働きぶりが生み出す利益は村一番であろう。

 

「じゃあ、今日はもう帰ろうかな。明日話す内容も考えたいし」

「村長さんの家じゃなくて、私たちの家よ? 分かってるでしょうけども」

 

 今日の夜はルードルット親子宅を訪れる予定だった。親子からのささやかな恩返しの一部として、夕食を共にしようと約束していたのだ。

 無論イヨは忘れてなどいない。

 

 リーシャの方も今日は終わりという事なので──村の夜は早い。燃料代を節約するため、日が落ちた直後に寝てしまうからだ──二人は連れ立ってルードルット親子宅に向かって行った。

 

「ねえ。気になってたんだけど、三つ編みはやめちゃったの? 可愛かったのに」

「うーん。別に三つ編みでもいいんだけど、やり方が分からなくて。やった事ないから」

 

 自分の髪を結んだことが無いなどと云う発言にリーシャは瞠目したが、そういえばこの子は家柄の良い裕福な生まれだったと思い出し──この勘違いは最早村全体に広まりつつある──じゃあ知らないわよね、と納得する。

 

 上流階級の生活など物語でしか知らないが、ああいった人種は何をするにも自分でやるのではなく、人を雇ってやらせるイメージがある。

 

「仕方ないわねぇ、教えてあげるわ。私はこう見えて、狩人として訓練を始めるまでは髪を伸ばしてたのよ。今でも村の小さい子の髪を結ってあげたりするんだから」

「本当? 助かるよ。ありがとう、リーシャ」

 

 肩が触れ合いそうな距離感で歩いて行く二人は、まるで仲の良い姉妹の様だった。

 

 畑仕事から帰宅してきた村人たちの微笑ましい視線を受けながら、二人はゆっくり夕映えの中を歩いてゆく──

 

 

 

 

 




 アインズ様の親友となる前のジル君の非常に威厳あるお姿でした。

 公国を追加した分だけ政治事情がちょっと異なっているため、ジルクニフ即位辺りの描写は原作とは少し違っています。ご了承ください。


因みに大公さんのレベルは、

グランドデューク(一般)──?レベル
ジェネラル─────────?レベル
オフィシャル────────?レベル
サーヴァント────────?レベル
ほか

と、総計で言えば結構高めです。頑張り屋さんですからね。
サーヴァント(従者)の職業レベルを持ってる大公って中々いないと思います。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。