ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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大変長らくお待たせいたしました。本日更新する二話の内、一話目です。


見知らぬ先達を訪ねて

 こっちの武具って地球産のそれより大きくて分厚くて重い物が多いよね、とイヨは思う。

 

 重量二桁キログロムに達しよう地球だったら到底実用とは言えない『片手用の』武器を持ち歩き振り回す輩、金属鎧を着込んだまま日常生活を送り旅路を行く人間が、この世界には跳梁跋扈している。

 

 何の知識も無く、またそれなりゲームに親しんだイヨだから見逃してしまいそうにもなるが、ふと他の冒険者の持つ武器などを見て『あの剣、えらく幅広で分厚くない?』とふと思う事が良くあるのだ。

 

 イヨはTRPGでそういう武器を振るっている延長で現実の武器類にも興味を覚えて友人から資料を借りた事があるのだが、所謂普通の刀や剣のページを見ると重量が一キロ足らずから二キロ程度のものが多く、『へー、それ位なんだ。なんかイメージより軽いかも……あ、でも軽めのダンベル位って考えたらこれ位でも振り回すのは大変だよね。そりゃああんまり重くは出来ないか』と意外に感じつつも納得した記憶がある。

 

 単純明快な事実として、金属は重い。

 地球における人間の筋力には個人差こそあれれっきとした限界というものがあるのである。重過ぎればそれだけでもう実戦では使えない。鍛えるにしても、何事にも限度がある。

 故に長柄武器ですらその大半は重量数キログラムの範囲で収まっていたのである。

 

 これは防具にしても同じ事で、いくら頑丈でも重すぎれば人間には使えない。

 地球人が着込む金属の鎧であっても、全身を覆うものであればその総重量は二十キロから五十キロに及んだと言う。軽量化を施しても重量が三十五キロ超えであるとか、特定形式の試合用であり実戦を意図していないため着込むと自力ではまともに動けない鎧もあった。

 勿論地球の人間はそうした鎧を常に身に着けていた訳ではない。いざ戦闘いざ試合という場面以外では外していたのだ。

 

 こちらの世界では使用者である人間の筋力が鍛錬や進化によって人間の限界を超越する上、より優れた素材としてミスリルやアダマンタイトなどの希少金属、そして魔法による防御力向上や重量軽減があるので、一言に『剣』や『金属鎧』と言っても、地球でのそれと比べて異様な武具と化している事が良くある。

 

 低レベルな内は地球人とそれほど差が無い様に思われるので所謂『普通の防具や武器』も無論存在するのだが、進化と言う名のレベルアップを幾度も繰り返した存在達は比喩表現抜きの超人である為、『超人用の武器防具』も同様に実在している。

 

 これはイヨの体感だが、恐らく銀、金級冒険者の身体能力は地球で言えば歴史に名を残すトップアスリートの域だ。それ以上ともなると熊やゴリラレベルの肉体性能を持っており、イヨなどは恐らくサイやゾウなどの大型四足獣に肉薄するびっくり人間である。

 

 前述した様なえらく幅広で分厚い、その割に短い訳でも無い長剣などだ。同じ速度で振り回せるなら重い方が威力は高くなるし、同じ素材で出来ているなら細く薄いより太く厚い方が頑丈なので、十全に扱える筋力と体力がある前提ならば、この地球的に異常で現地的に正常な剣はより優れた武器であると言える。使い手の筋力と体力が物理的限界を超えて上昇する以上、武器の大型化は必然的な工夫であり進歩なのであろう。

 

 しかしいくら筋力や体力が超人的だとしても体重などは恐らくあまり変わらない訳で、その体重でとんでもなく重い物を身に纏いまた振り回したりするのは身体の方が振り回されたりしないのかと思わないでも無いが、無理をして自分に見合わない得物を振るった等の場合を除き、そういう姿を実際に見た事が無い。

 

 多分こう、レベルとか魔力的な何かが原因で重い場か何かが生まれて、それでなんかこう上手い具合に──とかなんとかイヨは無い頭を捻って考えるのだが。良く分からない。物理法則が違うからしょうがないと今では思考停止している。

 

 かく思うイヨの【アーマー・オブ・ウォーモンガー】にしても前衛系の三十レベルに達した現在ですら許容重量超過のペナルティを避ける為に筋力強化のマジックアイテムとの併用が前提と言う代物であり、当然死ぬほど重いし分厚い。装備者であるイヨ本人より遥かに重いという正にゲーム的でマジカル極まる鎧なのである。三段変形するし。

 イヨがその気になれば『自身の身体より大きい武器を振り回す細身で小柄な少女』というフィクションを実現できる。男だが。

【アーマー・オブ・ウォーモンガー】は防御型の重戦士であるガルデンバルドの防具と同じく、マジックアイテムとしての魔法的な防御力を抜きにしても雑兵の弓矢や刀剣の一撃を小石か何かの様に弾く。

 

 そして、そうしたこの世界的、もしくはユグドラシル的な超地球的武具ですらより上の──例えばレベル五十や六十に達した存在の攻撃、より強度の高い金属でできた武器、より強力な魔化を施された防具の前には容易く断ち切られ、無力な小枝の如く弾かれるのである。

 

 なにが言いたいのかというと──そうした武器が有り触れているこの世界ですら、目の前の男が持つ大剣はそうそう見ない代物である言う事だ。

 

 振り回す当人よりも剣の方がデカい。その名もずばり両手剣──ツーハンドソードという剣だ。双手で一本の剣を操る剣術は冒険者界隈でも有り触れているが、どちらかと言えば盾との併用の方が良く見る。

 

 目の前の男はガルデンバルドほどの規格外では無いにしろ十分に大男と言える長身であり筋骨隆々だ。そしてその大男よりこの剣はデカい。大きさや長さはポールウェポンの域だろう。人間の顔が軽く隠れるほど剣身が幅広でそれに見合った肉厚さ、そして恐ろしく鋭い。柄も長い。

 地球史上において長さは兎も角、人間が実際に実用した武器としてこれに並ぶ大物はまずないだろう。そしてこの世界の常識上ですら、この武器は稀有だ。

 

 いくら筋力と体力が地球人類より遥かに勝ると言っても、冒険者という仕事をしていてこれ程長く大きい剣を使う者はまずいない。剣が他の武器より勝る点に持ち運びやすさと取り回しの良さ、あらゆる状況でそこそこ役に立つ器用貧乏的万能性があるが、これほどデカいとその長所が少なからず減じる。

 

 要するに持ち運びにくく、取り回しが悪く、活用できる状況がやや限定される。重量配分の工夫や各所の細工をどう考慮しても、この剣は同サイズのポールウェポンより遥かに重いはずだ。なにせ使われている金属の量が違う。

 剣という形状と性質を保ったままの大型化は行き過ぎれば当然無理が出てくる。妙な話だがこれほど巨大な剣にもなると剣術の一般的な理が通用しなくなってくるだろう。

 

 大きくて重くて長ければその分操る事に並外れた筋力と技量が要求される。大き過ぎればそれだけ内に入られた時致命的であるし、軽く小さい方がより余裕をもって扱え、小回しが利き咄嗟の対応に有利だ。

 

 いくら身体能力が超人だったところで体型と構造は人間そのままである以上、大きければ大きいほど良いという話には断じてならない。目立つ為名を売る為にどれほど奇抜なファッションで身を飾ろうとも、自身の生命線である武具に関して、冒険者は自分に合った『丁度良い武具』を選ぶ。最も多く使われるのは常に『普通の武具』だ。

 歴史の中で淘汰洗練され、そして必要だけが残って形が定まった物に自分用の細かい調整を加えた、『一般的な武具』なのである。

 

 ──そうした通常の懸念を技量と腕力で単純かつ完璧に解決している目の前の偉丈夫こそがイヨの前に【スパエラ】のメンバーだった男。現在は帝都で道場を構えているミッツ・ベリハーディーだ。

 

 持って生まれたもの、後天的に獲得するもの。あらゆる全てを持ち合わせていなければこれほどの得物を縦横無尽に、手足の如く操る事は出来ない。わざわざ『大剣使い』と名乗るだけある。

 

 ──利き手の指を失ってなおここまで操るとは……!

 

 初手の振り下ろしに合わせて蹴上げで右の手指を砕き、そのまま沈めるつもりだったが、ミッツは手指が圧し折れると同時に〈不落要塞〉を発動させ追撃を防ぎ、ついで〈剛腕剛撃〉とイヨの知らない武技を連続使用して間合いの外に逃れ、仕切り直しを実現させた。

 

 幾ら治癒魔法で元に戻せるとは言え、剣士に限らず大抵の人は戦いの最中に四肢や指が一瞬で使い物にならなくなると肉体的なダメージ以上に精神的に動揺して思考に空白が生まれるか、もしくは反射的に委縮する、痛みに身を固くする等適切な対応が取れない事が多いのだが、決めの一撃を避けるべく防御系武技を使用する辺り手強い相手だ。

 

 自分の身体が壊れる事に、壊れた状態で戦う事に慣れている。

 完全に粉砕し使用不能となった手掌の代わりに前腕部を巧みに用いて利き腕では無い左腕を補助し、全身運動で巨剣を操っているのだ。常人では振るうどころか構える事も困難な獲物を実質的に四肢を欠いた状態で扱い、余勢に姿勢を崩される事もなく制御し切っている。

 

 直感的に理解する。この男はかつてのガド・スタックシオンと同じだ。目の前の男は自分の命より上に勝利か、もしくは戦いそのものを置いている。

 戦いと勝利に関する執着が命に対するそれより大きい。例え試合であっても九分九厘死に踏み込む事に覚悟すら必要としない。

 

 世界の垣根をまたぎ、生死の境に臨む様になってからこっち、イヨは時折こういう人物に出会う。

 

 イヨはガードを下げて頭部と胴体を相手に晒す。重量を威力とする武器が最も力を発揮する大上段からの振り下ろしを誘う構えだ。

 地力で劣り負傷を抱えるミッツの側にとって、例え誘いと分かっていても僅かな勝機をモノにする為、この勝負は乗るしかない。

 

 練習着に武器のみを身に着けて対峙する二者の内、ミッツの方が浅い笑みを浮かべ、上段に構える。場の空気が冷え、沈黙が周囲を満たした。

 

 両者とも身構えに力みは無く、どの様に動くものか察する事は出来ない。目はただ静かに何処を見るともなく自然に見開かれている。

 

 本人達ではなく見守る者たちの方が、緊張のあまり呼吸を止めてしまうほどの静寂。誰かがごくりと唾をのんだ。その瞬間。

 

 切っ先が天を指す大剣が、動く。渾身の振り下ろしと同時に右手の掌で柄を押し放ち、複数武技の同時使用と共に撃ち込まれるその剣勢は本日最強最速──イヨはそれを、斜め前への身体移動で躱す!

 

 戦士の魔法とも言えるもの、ユグドラシルのスキルとは成り立ちを異にする御業。それが武技である。一部の武技はユグドラシルのスキルよりも戦闘における使い勝手や効果が強力とさえ思える物もある。

 慣れない内は何度も煮え湯を飲まされたが、戦士の魔法との例えでも分かる通り、この武技もまた対価を必要とする万能ではない能力だ。

 

 使用には精神力の集中を要し、武技それぞれによって肉体的な負荷の増大や脳疲労、体力消耗を招く。強い戦士であれば同時に四つ五つと発動する事も可能だが、当然その分の負担も四つ五つ分襲いかかってくるのだ。

 

 如何に速まろうと威力を増そうと武器の辿る道筋は肉体の動作によって導かれる。鞭や分銅であってもそれは変わらない。だからこそ、その条理から外れてのけるガド・スタックシオンの攻撃は恐ろしいのだ。

 どんなに速かろうが強かろうが、起こりが見えれば躱す事は不可能ではない。渾身の斬撃を躱された相手の取る次の手は、意識が迎撃、回避、防御などどの方向に向いているかによって異なってくるが──

 

「っ!」

 

 体勢を攻撃前のものに無理矢理戻す武技、〈即応反射〉によって引き戻される踏み込み足をイヨの踏み付けが大地に縫い付けていた。ミッツの次の行動を完全に予期していなければ出来ない動きだ。

 

 其処から差し込まれる連撃は刹那のもの。

 

 踏みつけた足をそのまま踏み躙り、地面で磨り潰すが如く半歩の踏み込みから放たれるのは中段逆突き。深々と手首まで肉体に埋没する程の強打。引くと同時に叩き込まれる肘は肋骨ごと内臓を破壊する。

 

 意識を揺るがせ崩れ落ちる肉体をさらに加速させ地面に打ち付ける踏み付け──

 

「せ、せんせ──」

 

 ようやく戦況の推移に眼が追い付いたらしい弟子たちが叫ぶと同時、イヨはミッツの頭部を踏み付けた。

 

 

 

 

 

 

 ミッツが帝都で構えている道場は随分と大きい物だった。私財の大部分を投じたのだろう、立地も良く設備も整っている。

 引退した元オリハルコン級冒険者にして現役の武芸者が道場主だけあり、門下生には冒険者や騎士も多い。

 

 締め固められた黒土の床では、偉丈夫と子供が対峙していた。揃って地面に座している。

 

「良い勝負だった」

「誠に」

 

 双方とも平静な顔付きであったが、壁際に整列して対峙を見守る門弟たちの視線は穏やかとは程遠い。畏怖にしろ恐怖にしろ、イヨにある種の怪物を見る様な視線を向けていた。

 

「実力で遥かに劣る俺を相手に対等の勝負をしてくれた事、誇りに思うよ」

「その様な──」

「良い。俺が一番わかっている。みんなについて行けなくなってチームから離れた俺とシノンさんでは文字通り格が違う」

 

 直接聞いた訳では無いが、ミッツの肌艶や筋肉の張り、挙動の軽重を見るに、年齢はまず間違いなく三十代初頭だ。鍛え上げられた肉体は実際の大きさ以上の存在感があり、太く雄々しい眉と実直な顔立ちは威厳に溢れている。

 経験、技量、肉体能力が最も高い次元で釣り合う戦士の黄金期、その真っ只中。そうである筈のミッツの面立ちには、何処か老人の様な陰りがあった。

 

 肉体的なものではない。精神的なものだ。

 

 ミッツは遥か格上の後輩と、そして自分を慕う弟子たちに対し諭す様に言葉を綴る。

 

「一緒に居る内にな、少しだけ辛くなっていったんだ。日々僅かに、しかし確実に詰まり、そして離されていく実力の差、才能の差……いずれ俺は足手纏いになる、そんな近い未来がはっきりと分かるようになった」

 

 ミッツより遥かに年上であるガルデンバルドとベリガミニ。肉体的にはとうに下り坂に入っている筈の二人は、まるで伸び盛りの少年の様に力を伸ばし続ける。

 遥かに年下であるリウル。乾いた大地が水を吸う様な吸収力は常人ならとうに頭打ちである域に至ってもまるで衰える事が無かった。

 

 冒険者として経験を積めば積む程、際限なく成長し続ける仲間たち。

 

「メリルは知ってるよな? 俺と同時期にチームを抜けた女性だ。彼女とも時折話したんだ。俺達は英雄を間近で見ているってさ」

 

 そして自分たちはそうではない、と。

 第三位階に到達した神官。オリハルコン級の戦士。ミッツもメリルもれっきとした天才だった。

 

 だが、英雄の器には遥かに足らなかった。

 

「ベリガミニ、ガルデンバルド、リウル……【スパエラ】の中核だ。この三人は常に不動だった。俺とメリルは比較的長く在籍した方だが、何時だって三人以外の面子は頻繁に入れ替わった。多くは死亡では無く離脱でな。誰も、この三人の歩みについて行けなかったんだ」

 

 飛躍についていけない。共にいる事に耐えられなくなる。

 実力差、力量の不一致。傍に居る事で否応なく分かってしまう彼我の格差。

 

「面と向かって言った事は無いんだが……一緒に居続ければ死ぬ、それが分かるから誰もが離れていったんだろうな。常人が否応なく足踏みを続ける所でひたむきに、しかし確実に前に進んでいくあの三人が眩しかった」

 

 余りにも圧倒的な格差に意地を張る事すら無意味に感じ、諦観と共に【スパエラ】を抜けていった過去の者たち──その心情が我がものの様に想像でき、そして共感できた。

 潮時だと思った、と。

 

「それで【スパエラ】を? だから、僕だけで来てくれと?」

「俺やメリルの夢は本物だとも。だが、三人と共にいる内に道場主より英雄の方に惹かれたのも事実だ。俺は夢破れたんだよ。そして身の程を知って、初心に立ち返った……弟子たちは俺の宝だ。実はこっちに戻ってきてから程なくして、帝城の方からもお声がけを頂けた」

 

 陛下の下で功績を上げ続ければいずれは上級騎士、働き次第で四騎士の座も夢ではない──冒険者とは違った道に興味が無かったと言えば嘘になる。

 

「だが俺は一時でも仲間と共に英雄を目指し、そして諦めた。新しい夢を見るには頭が冷えすぎたよ、三十過ぎて宮仕えってのもな……生まれてこの方野で生きてきた、今更堅苦しいのは御免だ──おっとすまん、フーリッシュ、タルト」

 

 その宮仕えの騎士なのであろう、居心地が悪そうに身じろぎをした年長の門弟に詫びるミッツをなんとも言えない気持ちで見ながら、イヨは背筋を伸ばした。

 

「シノンさん、あんたの噂を聞いた時俺は納得したよ」

 

 突如として現れた年若い大拳士。かつての大英雄とさえ伍するほどの怪物にして傑物。嘘か真か、遥か遠い海を隔てた大陸から訪れたという。隣人を愛する心優しい少年だとか。

 そうした評価を向けられた当人は微妙そうな顔をしていたが。

 

「英雄にはそれに相応しい仲間がいるべきだ。シノンさんと三人の出会い、俺は運命だと思っている。事実、あんたの加入後ほんの僅かな期間でみんなは念願のアダマンタイトに到達しているしな」

 

 俺は多分此処までだ、と。

 俺はもう、今以上にはなれない、と。

 今の実力を維持する事は出来ても、より上に伸びる事は無理なんだろう、と。

 

「対武王戦の為の鍛錬相手に俺を選んでくれた事、末代までの誉れだ。心から光栄に思う。あんたと【スパエラ】の為なら俺はなんでもするさ。だけど、一つだけお願いがある」

 

 ミッツが両手で示すのは、左右の壁に並ぶ門弟たちだ。下は十代半ばの少年少女、上は頭髪に白い物が混じる年齢の者まで。

 

「武王戦の済んだ後、時間の有る時で良いんだ。こいつらに稽古を付けてやってくれないか? それとそれまでの間、今日みたいに見学を許してやって欲しい。こいつらに本物を見せたいんだ」

 

 治癒した手指を掲げて、ミッツは語る。

 

「俺の新しい夢なんだよ、シノンさん。俺を超える戦士──英雄の領域に踏み込む戦士を育てたい。俺が望み、しかし届かなかった頂に、誰もが焦がれる領域にこいつらを送り込んでやりたいんだ。目指す場所を明確に見知っているのといないのとじゃあ全然違うからな」

「願っても無い事です。私もまた道半ば、互いに学べるものがあると思いますので」

 

 丁度地球に居た時の道場でしていた様に、イヨは座したまま正面のミッツ、左右に居並ぶ面々に深々と低頭した。

 

 慌てて返礼する人々と対面の偉丈夫に対し、申し訳ない、という感情は無論ある。

 イヨより高い身長ゆえの高い目線から、それでも仰ぎ見る様にこちらを見る沢山の人々。

 

 それでもこういう立場に身を置き、そして持てる力で人の為に出来る事がある。ならばイヨはやらねばならぬ。

 

 この力でぶち殺せる敵がいる。この力で無いとぶっ殺せない敵がいる。今よりも尚強くならねば滅ぼせない仇敵がいる。矢面に立ち、刃に身を晒し、敵を倒す事で人の為になれるのなら。

 

 イヨは強い者の義務賢い者の義務という言葉が苦手──言うにしろ言われるにしろもやもやする──のだが、棚ぼた以下の気軽さで何故か持っている力だ。なんの苦労も工夫も幸運すら用いず、ただ持たされた力だ。この上努力をすら惜しみ痛みを厭うて安穏に逃げては、今まで以上に世間様と背を向けた家族に、ただ単純に申し訳が立たない。

 

 イヨが強くなり、敵を倒す事で助けられる人たちがいるのだ。アダマンタイト級冒険者とは、そういう地位だった。人類の矛であり盾であって欲しい、とアダマンタイトプレートを授かった時に言われたのだから。

 

 持てる力の限りを尽くし、尽くせる努力の全てを尽くして役目を全うするとその時改めてイヨは誓ったのだ。

 

「ありがたい……色よい返事をもらえて嬉しいよ」

「ただし、条件があります」

「ああ、アダマンタイト級冒険者に稽古をつけてもらうんだからな。勿論きちんとした謝礼を──」

「いえ、そうではなく」

 

 互いに利がある合同稽古でお金を取ろうとはイヨは思わない。

 

「リウル、ベリさん、バルさんとちゃんと会って下さい。三人とも、ミッツさんと久しぶりに会うのをすごく楽しみにしてたんですよ」

 

 『合わせる顔が無いから』という言い方ではあるのだが、ミッツから出来れば道場に来ないで欲しいという受け取り方しかできない言伝があり、三人は非常に困惑していた。

 

「どんな敵を相手にしても臆せず切り結び、決して後ろに通さない。どんな窮地も手にした剣一つで切り払う。一度としてその実力と人柄を疑った事は無い。みんな口を揃えて言ってました」

 

 三人の認識によればミッツは常に頼りになる前衛で、気の合う仲間で、かけがえのない友人であったからだ。パーティを抜けはしたが道を違えた訳では全くなく、隔意も当然なかった。

 イヨが少し寂しく思ってしまう程『久し振りにあの野郎の暑苦しい顔を拝みに行ってやるか』と三人は公都に居る時から多いに盛り上がっていたのである。

 

 イヨがちょっと疎外感を抱いてしまう位に。イヨがそれなりに拗ねてしまいそうになる位に。

 三人はかつての仲間の話題で盛り上がっていた。ついでだからアイツのとこにも顔を出すか、と公都から帝国に向かう途上で同時期に脱退したもう一人の仲間、メリルの下を訪ねた程だ。

 因みにメリルからミッツへの手紙なども預かってきている。

 

「三人からこう伝える様に頼まれてきましたので、そのままお伝えします──『おいこの野郎、仮にも同じ釜の飯を食った仲間に向かって来るなとはなんつう言い草だ。事情があるなら説明するのが筋だし、まだぞろ真面目をこじらせて妙なこと考えてるならとんでもねえ話だ。どっちにし水くせぇこと抜かしてんじゃねぇ尻を蹴り上げるぞ』──だそうで」

 

 真面目な顔で最後まで言い切ったイヨに対し、ミッツは困った風に眉根を寄せた。

 

「……三人というか、ほぼほぼリウルだな」

「ええ。でも、ベリさんやバルさんも同意見の様でした」

「むう」

 

 腕を組んで唸るミッツである。やはりこの人物は、根の部分ではイヨに似ているのかも知れない。その仕草にはどこか少年の様な若さがあり、彼を覆っていた老人の様な陰りが薄くなったようだった。

 

「初対面ですし、ミッツさんが【スパエラ】にいた時の事を僕は伝聞でしか知りませんが、やっぱり水臭いと思いますよ……先輩」

「あいつらと俺は違う……一緒に居て俺なりに肌で感じ、実感した思いだったんだが……」

「三人の方はそんな事ちっとも思ってないみたいです」

「……これだから天才ってやつは……」

 

 打ちのめされた顔であった。とは言っても、暗いものではない。ほんの少し、外見に近い生気がミッツの内に蘇った。

 

「……昔からあいつらは人を見下すって事をしないんだ。善良とか純粋っていうんじゃなく──悪口で言ってる訳じゃないぞ──そんな事をしている暇が有るなら他にやるべき事があるって感じでな。嫌う奴は嫌って、邪魔な奴はぶん殴って、くだらない奴は忘れて、そうして止まる事無くさっさと前に進む──」

 

 イヨはあえて言葉を掛けようとはしない。言えることも無い。

 

「そうか……俺はまだ三人にとって過去じゃなかったか……てっきり俺が思ってるようなことは当然向こうも思ってるもんだと……」

 

 理解できるとも思わない。それはおこがましい事である。イヨの如き若造がこれ以上口を挟まずとも、ミッツと【スパエラ】の間にはしかと絆が存在する。

 

「──すまない、シノンさん。ちょっと伝言を頼まれて──」

「手近な酒場でみんな、僕からの連絡を今か今かと待ち望んでる所です。ちょっと待っててくださいね、全力疾走なら十分かかりませんから」

 

 ちょーっとだけ寂しい気持ちが無いではないけども、この時ばかりはイヨは仲間外れで良いのである。旧交を温めたその後に、手招きと共に輪に迎え入れてもらえると信じているのだから。

 

 

 




大昔に名前だけ出た人とか誰も覚えてないんじゃないかなぁとは思いましたが折角帝国に来たので……。

ガゼフさんやバジウッドさんが使ってる剣とか剛剣って感じがして好きです。武器が刀であるブレインさん、同僚であるニンブルさんとの違いが際立って見えますよね。

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