ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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公城にて親善試合

 超恥ずかしい、とリウルは思う。周りの連中が何も言わない所を見ると隠し通せてはいる様だが、内心恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。

 

 ──なんで人前でそう言う事言っちゃうんだよ。言えちゃうんだよ。恥ずかしげもなく。

 

 リウルなどは聞いているだけで悶え死にそうになったのだが。

 

 『一生を共にすると誓い合った女性がいます』『私にとって、生涯の唯一無二がリウルさんです』──。

 

 恥ずかしい。

 

 リウルだって年頃である。結婚するまでに至った相思相愛の伴侶にそういう事を言われて嬉しくない訳ではない。他の女、それも絶世の美女の誘いに対して一片の揺らぎも見せず断言したのだ。まあ元より何の心配も動揺も無かったが、それでもだ。

 こんなにも想われてる、そう思うと幸福感や嬉しさ、充足を感じる。

 

 だがそれはそれとして超面映ゆい。超恥ずかしい。『わざわざ人前でそういう言い方しなくてもよくね?』と本気の本気で思う。人目もはばからず道端で絡み合っている軽薄な男女では無いのだから。いや、それと比べれば遥かに真面目だしまともだとも思うけども。

 

 ──二人きりの時なら別に……いや、それはそれで逃げ場ねぇし別の意味で対応に困るが。

 

 なんでイヨはそういう台詞を素面で、真剣に、真面目に、断固として言えてしまうのだろう。リウルからするとすごく不思議である。リウルが何かの拍子に同じセリフを吐こうものなら、喋る前と喋っている最中と喋った後に脳内で言い訳大会が開催される事疑い無しだ。

 

 普段、リウルのそうした感情は言わずともイヨの方が過たず察してくれるので──それがまた良くも悪くもむず痒い感もあるけど──ほぼほぼ口に出さない。イヨからアピールしてきた場合も、それらを拒絶せず受け入れる、もしくは手を握ったり抱きしめてやったりと行動で表して肯定している。

 

 他に人が無いなら兎も角、人前とか本気で無理であった。ただ取り乱すのも子供っぽいし、赤くなるなど持っての他と思って死ぬ気で平静を保っただけだ。

 

 ──割と世間ではこういうのを恥ずかしく思わないのが標準なのか? 俺が過敏過ぎて恥ずかしいとか思っちゃってんのか……? この方面における俺ってやっぱりイヨより子供なのか……? 

 

 あと、結婚前はタメ口だったのに結婚してからは二人きりの時に敬語を使われるようになったのも気になる。呼び方だって名前にさん付けだ。距離遠くなってないかと思う。

 

 結婚の約束をした日の夜とかもリウルはかなり緊張した。『子供はまだって決めたけどイヨ的にはそういう事自体はしたかったりすんのかな』とか考えた。『夫婦なら寝台は一緒のが自然か?』とかめっちゃ考えた。

 

 頭から湯気が出る程考えたのに結局自分からは何も言えなくて、イヨはそんなリウルの全てを受け入れてくれる優しい笑顔で隣のベッドに入り、優しく手を繋いでくれた。

 

『焦らなくていいよ、大丈夫だよ。僕はリウルさんと一緒にいられるだけで、すごくすごく幸せですから』

 

 今まで自分がイヨを引っ張ってきたという自覚がリウルにはあったが、この時初めてイヨに大人の余裕や包容力と表現すべきものを感じた。それらを束ねて母性、あるいは父性と人は呼ぶのかも知れない。

 

『舐めんな焦ってねーよ余裕だ』

 

 早口でそれだけ言ってリウルはイヨ側のベッドに移った訳だが、結局悩んだ様な事は何もなかった。寝られそうにないリウルに反してイヨはものの数分で穏やかな睡眠に入り、釣られる様にリウルもやがて寝入った。

 

 体温の高いイヨは冬に近付く夜にあって何とも心地良く、その細く柔らかく小さい身体は変な意味でなく抱き心地が良い。特に腰回りのくびれ、その繊細さは抱きしめれば改めて驚くほどだが、衣服の上から感じる好ましい他人の肉体は妙な気恥ずかしさと幸福感をリウルに齎してくれる。

 

『なんかコイツめっちゃ良い匂いする』、と安心半分敗北感半分の中で眠りに落ちる。五割を占める敗北感はリウルの内心でうずたかく積み上がった謎の気負いが発生させているに違いなかった。

 他のすべての面で良くも悪くも子供っぽいイヨ・シノンであるのに、殴り合いと恋愛だけは妙に達者かつ達観している様に思う。

 

 リウルは公城内を歩きながら、心の片隅で思う。なんか悔しい、と。

 何時か絶対俺が勝つと謎の宣言をすると、意識して思考をぶん投げ、もとい切り替えた。

 

 

 

 話し合いらしい話し合いは終わったのだが、『話は済んだんで帰ります』というのは余りに味気ないとの事で、【スパエラ】は両殿下直々の引率の下、公城内を案内してもらっていた。

 テラスから出ると両殿下の手足となる幾人かの人間が一行に付き従ったが、主人の意向を慮ってか、常に一定の距離を取って邪魔にならない様に務めている。

 

「元々、この城は純粋な軍事拠点として建設された。高台にあるのはその為だ。土台や基礎は数百年前に存在していた廃城のものを一部流用し、かなりの突貫工事で完成させたと記録されている。時代と共にある程度増改築を行った上美術品や調度品で飾り立ててはいるが、根っこの造りが無骨なのだ」

 

 やがて魔神騒動が収まって比較的平和な時代が到来するに当たって大公家の領地として賜り、城の周囲には民が多く集い、徐々に街として拡大していったのだとか。

 

 公城は帝国や王国辺りの付き合いが緊密な国家からは質実剛健と称えられる一方、裏では古く無骨が過ぎ雰囲気が暗く華が無い、威圧的に過ぎる一方威厳に欠けると専らの評判だった。

 歴代大公は武門の血筋である事を誇り、そうした評判をむしろ好ましく思っていたそうだ。戦に用いる砦が煌びやかでどうする、派手で風流でどうする、この城の面構えこそ我が公国の武威の証と他国よりの訪問者に胸を張ったとか。

 

「まあ要するに見栄を張ったのだ。実際の所、代を重ねるにつれそうした感覚は薄れていたのだろう。もしも心の底から誇りに思っていたのなら、他国の立派な城を羨んで改築などした筈が無い」

 

 聞かされる側である【スパエラ】としては反応に困るが、大公は先代以前の統治者たちについて辛い評価を下した。

 

「勿論国にとって体面も見栄も重要だ。侮られる事は不利益にもなる。取り繕う行為を一概に否定する気は毛頭ないが、時代に即した改築とするには余りに中途半端で──」

「お父様」

「と、こんな話を君たちにしてもしょうがないな。すまない」

 

 はいそうですねとは言えなかったが、四人は大いに同意した。語り口こそ穏やかであったが、君主による前君主への駄目出しは民の立場として何とも言い辛いものがある。

 

 小さめとは言っても城であるから、人の足で歩くと如何にも広大に感じる。特にこうした巨大建築物──ビルなどの縦に大きい物は兎も角──に縁が薄いイヨからすれば驚愕に値するほど広く大きく豪勢に思える。流石にアーコロジーよりはずっと小さいだろうと思うが、実際に中に入った事は無く、遠目に見ただけなので比較は出来ない。

 

 ただ少なくとも、公国で訪れた事のあるどんな貴族や大商人の館と比べても豪奢で華美で洗練されている様に思えた。

 

 これでも帝国の帝城や王国のロ・レンテ城と比べると『小っちゃい上に実用一辺倒過ぎてダサい』と他国で評価されていると言うのだから、他の国の城はどれだけ立派で優雅なのか、イヨの想像力では思い描く事も出来ない。全部屋歩いて回ると一週間とか掛かってしまうのだろうか。

 

「君たちに会わせたい者がいる。既に出会っているが、面識は無い筈だ。これから更なる難事が予想される中、互いの実力向上の為に是非とも君たちと彼を会わせてやりたい」

「既に出会っているけど面識は無い……?」

「っははは。意図せずして謎めいた言い方になってしまったが、直ぐに分かるさ。特にシノン君、君なんかは彼と気が合うだろう」

 

 お城勤めで僕と気が合いそうな、既に出会っているけど面識のない人って誰だろう。イヨは悩んだが、ずんずん進んでいく大公の手前仲間たちと答え合わせをするのも憚られて、どうせ目的地に着いたら分かる事だと判断し、考えるのを止めた。

 

 最上階のテラスから案内が進むごとに下り続けて広大な城の下層に到着し、大公が案内したのは、ある意味この城で最も【スパエラ】が馴染むであろう場所だった。

 

 公城の中でも単純な広さで言うならば一二を争うだろう、騎士たちの屋内訓練場である。用途で使い分けているが、屋外にも同様の施設が存在するとの事だ。

 城下にも練兵場という名の施設は存在するが、此方は城勤めの者たちが常の訓練を行う場所の一部であるとの事。

 

 壁に設えられた棚に収められた訓練用の様々な武器防具、そして鍛錬器具。こうした設備の整い様においては冒険者組合の修練場など及びも付かない。

 

 中には案山子相手に刺突を繰り返す恐らくまだ見習いであろう少年たちの姿があり、立派な鎧兜を着込んだ騎士たちがいて、最も装備の整った実力者らしき高級騎士の集団もいる。大まかには三グループの別れている様だ。数えられるほどだが、幾人かの女性騎士の姿もあった。

 

 公国の騎士である以上彼ら彼女らの最上位指揮官は大公殿下その人である。剣も忠誠も捧げている。そんな人物が公女と新たなるアダマンタイト級冒険者を引き連れて現れたのだから、反応は即座だった。

 

「総員! 大公殿下と公女殿下に──」

「良い。訓練を続けよ。それとバドを此処へ」

「はっ!」

 

 全員が姿勢を正して相応しい儀礼を実行しかけたが、大公の一言で例外なく訓練に戻る。熱気が舞い戻り、激しい風切り音や踏み込みの音、気合の叫びが再び場を満たした。

 

 こうした姿を見るに、大公が騎士たちの訓練場を事前の予告なく訪れるのは、公城において頻繁にある事らしい。余りにもみんな慣れている。

 

 そうしている内に、一人の騎士が歩み出てきた。

 

 その歩く姿だけでも、この場にいる騎士の中で隔絶した実力を持つ事は疑いなかった。

 高級騎士と比べても一際華美な意匠の鎧だが、外見一辺倒の見掛け倒しで無い事は既に周知である。マジックアイテムだったとしてもその重量はかなりのものと思われるが、足運びや所作はその重量をまるで感じさせない。

 

 兜を脇に抱え、晒した顔貌は切れ長の目をした中年の男のものだ。栗色の短髪はよく手入れされ肌は生気に満ち、静かな青い目には理性が宿っている。口元に整えた髭を蓄えていて、そうした姿は貴族的に整った風貌だが、僅かに除く首筋や顎回りの太さには並々ならぬ鍛錬の痕跡が如実に表れていた。

 

 その出身がどうであれ、類稀なる実力でもってその地位を勝ち取ったに違いない男であった。

 

 成る程、大公の言った通りである。イヨたち四人はその人物を見知っているが、顔を見たのは初めてだった。

 

「先日振りです。その節はお世話になりました」

「いえ。主命に従い、義務を果たしたにすぎません。貴方方こそ、良くぞ戦ってくれました」

 

 彼はデスナイト戦において前衛を勤めたたった一人の公国騎士。デスナイトの右足を奪った男だった。

 

 

 

「貴方はもしや、ガド・スタックシオンさんの血縁ではありませんか?」

「……良く分かりましたね。……私はガドの次男に当たります」

 

 要するに大公の提案とは、互いの実力向上と親善のために試合を執り行おうというものであったらしい。

 

 イヨという名の脳筋のツボを良く分かっていらっしゃるとしか言えない采配であった。あるいは公女殿下の発案であったかもしれないが、名案である。

 

 一度共通の敵を前に轡を並べた者同士とあって、多分イヨの脳内では公国近衛騎士団の副団長──バド・レミデア・フィール・ミルズス男爵──は既に仲間にも近いカテゴリーに分類されていたのだろう。

 

 冒険者で言うオリハルコン級には今一歩至らないというのがかの男爵の国際的な評価らしいが、デスナイト戦で見せた力量はまず間違いなく超一流の域であった。互いに相手にとって不足は無い。

 

 戦働きによって平民から功を積み上げて男爵位を授かった人物だけあってバド副団長も乗り気であり、その場で他の騎士たちを観衆とし、親善の御前試合が執り行われる事となった。

 

 因みにイヨの【アーマー・オブ・ウォーモンガー】、【レッグ・オブ・ハードラック】【ハンズ・オブ・ハードシップ】はいずれも現在半壊につき修理中なので、武器防具は以前も着用したモンク用で代替した。ユグドラシル製のものなので、予備とは言え此方の世界では一級品だ。

 

 壁際に整列した複数階級の騎士たちが熱の入った視線で見守る中、アダマンタイト級冒険者イヨ・シノンと公国近衛騎士団副団長バド・レミデア・フィール・ミルズス男爵は対峙する。

 視界の端では出番をイヨに譲った【スパエラ】三名と共に、両殿下が騎士たちへ『滅多にない機会であるのでこの一戦を糧とする様に』と一席ぶっていたが、両者は既に互いしか目に入っていない。

 

 イヨの視界の中で、かの男爵の貴族的な礼儀正しさには罅が入り、何らかの私情を覗かせつつあった。

 

「ああ、やっぱり。初めて会った時からそうじゃないかと思っていました。ガドさんとは立場上あまり話せませんが、とても尊敬しています」

 

 組合に所属する冒険者と副組合長という間柄で余り言葉を交わせないのは、立場上の問題というより戦闘者としての二人の相性が良すぎる点が憂慮されての事だが、イヨはその辺り余り自覚していない様だった。

 

「……良く」

「はい?」

「……本当に良く、分かりましたね。私と父は全く似ていない。姓は変わりましたし……名前の語感が近い程度か……その他全て一切が違う、容姿も生き方も武の流儀も」

 

 既に兜を装備している為、表情は分からない。ただ俯き、足元を見つめたまま呟く様は何処か鬼気迫るものを感じる。もしかして言ったら不味い事だっただろうかと、イヨは今更思った。

 

「正直勘の様なもので、特に何処がと言う訳でも無いのですが……足さばきの呼吸に共通するモノを見たのです」

 

 細かく言えば戦士と騎士では装備が違う。特にガドは特異な刀剣を振るう二刀流の戦士で、息子であるバドは正統派剣術の使い手、武器も何の変哲もない長剣である。勿論業物ではあるが。

 違うと言えば何処までも違う。だが、足さばきは剣術の根っこだ。最も大事なその部分に、イヨは単に技術的な面とは異なる縁を感じたのだった。

 

「幼少の頃に僅かばかり基礎を教わりましたが……そうですか。私の剣に父の息吹が、まだ……そうか、まだ……」

 

 兜の隙間から覗く目が、妙に鬼気を増した。

 この話題を続けるのはやっぱり不味いかもと野生の勘が疼き、イヨは大公の方を見やるが、あえて試合前の交流を止めようとは思っていない様だった。安全のために距離を取っているので、会話の内容までは聞こえていないのだろう。

 

「……副団長閣下はもう一人立ちして長いのですね! 私など親離れしたばかりで日々勉強の毎日です。えーっと、その、ご、ご兄弟とは最近会われましたか? 何人兄弟でいらっしゃるのでしょう?」

「……兄と妹がおります」

「そうなんですか! 私も三人兄弟で──」

「妹とは幼少期以来顔を合わせていません。年も離れていましたし……風の噂で今は帝国にいるとは聞きましたが」

「あ、そうなんで」

「兄は父が殺しました。最も濃く父の才能を受け継いでいましたが、力を求めるあまり裏社会に身を託しましてね。一般には殆ど知られていませんが、当時の兄の実力は父に切迫しており、かなりの激戦ではあったようです」

「……あ」

 

 イヨは全身にじっとりと脂汗を掻いた。

 

「父をして殺さざるを得ない程の実力に至った兄を、当時の私は羨ましく思ったものです。妬ましかったとはっきり言っても良い。あれから十年以上、私の力量は未だ父の足元にも及ばぬのですから」

 

 最早、目の前の騎士の言葉はイヨに向けられたものというよりか、誰に言うでも無い内面の自白だった。

 

「妹は私よりも弱い筈ですが、私の様に父の影に縛られておりません。自由に生きている。弱いのが悪いのではない、父は公国の歴史上最も強い英雄なのだから、比肩する者など満天下に幾人もいないのですから。只管に父の背中しか見えず、ただただ劣等感に苛まれるこの様が無様で、一心に努力する事も出来ず絶えず自己嫌悪から抜け出せない私だけが──地位を得てはみたものの渇きは──逃げだと内面の私が──欺瞞に満ちた在り方──器が──」

 

 段々と高速化していく発声速度は遂に可聴域を超え、イヨは聞き取れなくなった。少年はただ、何かスイッチを押してしまったのだと後悔し、恐れていた。

 

「貴方は父と引き分けたそうですね」

 

 唐突に冷静さを取り戻し、がっくんとバドの顔が地面からイヨに向き直った。イヨは怯えた。

 

「はい、しかし」

「デスナイト戦で見た実力からすれば理解できるお話です。成る程、貴方は父と同等の実力を持つお方である訳ですな。その若さで同等となれば、貴方は将来的に父を超える男という訳ですね」

 

 早口で一方的に言われ、イヨが咄嗟に返答できずにいると、

 

「良い試合をしましょう」

 

 イヨの心情を置いてきぼりにして、試合は始まるらしかった。

 

 

 

 

 何かおかしいな、とガルデンバルド・デイル・リブドラッドは違和を感じた。

 眼前では公国近衛騎士団の副団長バド・レミデア・フィール・ミルズス男爵が向かい合っているが、気力充溢した様子のバドと違い、イヨは僅かに狼狽えている様に見えた。

 

 固唾をのんで見守る騎士たちは上から下まで気付いていない様だが、それなりに時間を共にした三人からすれば一目瞭然だ。

 

「何らかの盤外戦術でもあったかの?」

 

 試合とは言え力比べである。戦闘者である以上勝つ為の手段を否定する気は無い。ましてや揺動作戦的な非常にポピュラーなものであれば猶更だ。アダマンタイト級という高みにあっては、その程度で一々揺らいで実力を発揮し切れない方が未熟かつ問題である。

 

「こと戦闘において、イヨが口八丁手八丁で揺らぐとは思えないがな」

 

 冒険者組合での練習でもなりふり構わずそうした手段を用いる者はいたが、イヨは完全にガン無視を決め込んで相手を殴り倒し蹴っ飛ばし投げ飛ばして勝利してきた。戦闘時に限って、煽り耐性の高さはアダマンタイト級の名に相応しいものだ。だったのだが。

 

「だが、事実身が入りきってねぇ。散々言い含めたから副組合長戦の再現にはならないと安心してたが、こりゃ逆の意味でどうだろうな」

 

 三人がひそひそと言葉を交わし合う先で、大公が試合開始を宣言。観戦する騎士たちが歓声を上げた。まだ少年時代を脱していない見習い騎士候補生らの高い声が目立つ。

 

「シノン殿。お互い力を尽くしましょうぞ」

 

 剣を抜くより先に、バド副団長が籠手に包まれた手を差し伸べる。イヨは一瞬虚を突かれたが、

 

「あ、はい、よろしくお願いしま」

「あ、馬鹿」

 

 リウルの呟きを他所に、伸ばしたイヨの右肘から先がバドの長剣に切り飛ばされた。

 

 

 

 

「ちょ!」

「おま!」

 

 大公と公女が地位に相応しからぬ声を漏らした瞬間、公国において騎士の鑑とされる実力者の騙し討ちに、騎士たちが声を失う。

 

「イヨ坊にしては珍しい油断じゃのう」

「うむ、らしくない」

「まあ、これも経験だな。次は同じ失敗はしないだろ」

 

 慣れっこだと言わんばかりに腕組して観戦する【スパエラ】の三名だけが、この場から限りなく浮いていた。

 

 

 

 

 ──不覚! 

 

 反応できた攻撃だった、とイヨは自らの油断を諫める。慣れ親しんだ激痛の信号が脳に届く頃、既にその思考は完全に立ち直ってい──なかった。

 

 臓腑がねじ切れる様な衝動が奥底から沸き上がり、気付けばイヨは身体をくの字に折って、床に血反吐を吐き散らしていた。

 

 当然、無防備を晒す頭にバドの長剣が叩き込まれる。

 

 

 

 

「お三方っ、誤解なさらないで下さい! 我々にイヨ様を陥れよう等と言う気は──」

「凄まじい毒だな。マジックアイテムで強化したイヨの耐性を突破するとは」

「副団長殿、前身は流浪の戦士だったとか。道理でのう、良くも悪くも騎士の戦い方ではないわ」

「俺も欲しいなぁ。あいつ耐毒訓練でも生命力と体力だけで大抵の毒に耐え切るからな」

「──お、落ち着いておりますわね」

 

 眼前ではなりふり構わぬ戦闘が続けられており、その余りの激しさに周囲は試合を制止させる事すら出来ない。バドは容赦なく急所を抉らんと刃を突き立て踏み付け、イヨは自身の血に塗れながら転げ回り、少なくない傷を負っていた。

 

「ああ、お気になさらず、両殿下。我々もイヨも慣れっこですから」

 

 試合開始の合図の後ですし、イヨが油断しただけです。あれで副団長殿を責めれば、それこそイヨは自責の念から気を悪くするでしょう。さらりと言ってのけるリウルの言に、大公も公女も一応の落ち着きを取り戻しながらも、気遣わし気だった。

 自らの臣下が卑劣と言っても過言では無い行いを、多数の部下の前で行ったのだ。しかも大公側の事前の打ち合わせに無い暴走である。大公にとってみればこれまでの友好関係構築の成果が、一方的な裏切りによって台無しになったとされても仕方のない失態であった。

 

「本人も我々に制止を求めていません。あれの中では滞りなく試合続行している状態です。このまま見ていれば宜しいかと」

「し、しかし、腕を切り落とされ、しかも毒まで……」

「無しと明言されていないのですから、当然警戒していてしかるべきです。試合とは実戦を想定して行うもの。事前の約束に無かった以上アリでしょう。少なくとも本人同士のレベルでは同意があったものと思われます」

 

 あの通り二人とも戦っています、と視線を逸らさずリウルが宣う。

 イヨは防具の優秀さとセオリーも何もない滅茶苦茶な回避運動で命を拾っている状態に見え、幾度か手痛い攻撃を貰っていた。耳孔、鼻孔、眼──顔中のありとあらゆる穴から粘り気の強い血液が溢れている。

 

「──あれが試合と呼べるか?」

「かなり重めではありますが、練習としてはまあ有りかと」

「──」

 

 両殿下を始めに、控えている騎士らも揃って絶句した。今まさに眼前で繰り広げられている凄惨な光景を試合、練習と言い切るアダマンタイト級冒険者の姿に寒気がする思いだった。

 未だ少年と言って良い年齢であり、実戦経験のない見習いたちの中には吐き気を堪えて口元を手で押さえる者までいる。

 

「両殿下、皆さま。イヨは普段の冒険者同士の訓練でも真剣を用いますし、骨折も日常茶飯事です。四肢切断とて頻繁ではないにしろ幾度も経験がある。事前の申告があれば多人数でも罠でも毒でも弓矢に魔法でも、なんでもありです」

 

 我々もイヨをチームに迎えてからは似た様な訓練を時たま行う様になりました、とガルデンバルドが添えた。

 

「ははは、そうした訓練を日々行うせいで、イヨ坊の手は何時まで経っても乙女の如き柔肌から変わりませぬがな。毎度ポーションを飲まざるを得んのですよ」

 

 ベリガミニが笑みを零した。

 

 大公も公女も優れた政治家だが、戦闘の分野に関しては戦術や戦略の知識が大半を占めていて、こうした桁の外れた者たちの思考や感性は理解しがたい面があった。それは大半の騎士たちにしても同様で、三人の言葉は一層恐ろしげに聞こえた事だろう。

 

「あえてこういう言い方をしますが、あの程度の負傷で死ぬのなら、イヨはデスナイト戦で五回は死んでいたでしょう」

 

 イヨのこういった点において、三人とて何も感じないではない。行き過ぎるなら制御しなければとは思う。ただ、普段の天真爛漫な姿と両立した苛烈な姿勢は既にイヨの個性として認識してもいる。実際、そうだからこそ若くしてあれ程の力量を持つに至ったという面もあろう。

 出来る分には肯定してやりたい、というのも偽らざる心情だった。

 

「それはそうかもしれませんが……」

「私どもも当然、イヨと何度も練習試合をしています。故に断言できますが、戦闘者としてのイヨの最も恐ろしい点は高い身体能力、異常なほど冴え渡る技巧、卓越した勝負勘、そのいずれでも無い」

 

 【スパエラ】に並び立つ二人の前衛の片割れ、ガルデンバルドが断言する。

 

「どの様な傷を負おうとも命尽きるまで攻撃を止めず、相手が絶えるまで喰らい付き、どんな状況でも勝利への意志が揺らがない……折れない戦闘意欲、比類なき殺傷信念こそが最大の強みです」

 

 

 

 

 全身を犯す激烈な毒物が心を乱し、思考は散らばり自意識が揺らぐ。今の自分が動いているのか停止しているのかすら曖昧となり、攻撃を受けているのに立ち上がる動作が取れない。

 二足歩行を取り戻すのに一秒強を要し、その間に致命傷を加えられるだろう。

 

 現在転げ回っているのも回避運動というよりは、痛みに耐え兼ねそうせずにはいられない衝動の割が大きく、当然攻撃を喰らう。

 

 だがそんな状況下にあって、イヨは未だ動き続けていた。戦闘続行中であった。イヨとて昆虫では無いので痛い時は痛いし、苦しい時は苦しい。ただ普通よりずっとずっと『痛い』と『苦しい』に慣れていて、我慢が効くだけだ。我慢できる以上の痛みは辛い。

 なのにどうして耐えられるのか。心の平静の最後の一線を保ち続け、心の水面がどれだけ荒れ果てても深く深い本能の部分で確固として在り続ける事が可能なのか。

 

 実を言うと其処に難しい理屈や特異な仕組みは無い。これもまた『慣れ』である。幼い子供は転んで膝を擦りむいても泣くが、大人は泣かない。顔を張られると殆どの人は反射的に眼を瞑るが、訓練すれば殴られる間際にも相手を視認し、アクションを起こす事が出来る。

 

 『これくらいなら大丈夫』『これ以上は駄目』という限界の一線に幾度も触れ、馴染み、既知のものとする。そうすると人格が砕けそうな痛みであってもやがては慣れ親しみ、『それはそれとしてどうするか』という思考の余地を残すことが出来る様になる。

 

 心や精神の全てが痛みに頭を垂れる事が無い。脳の九十九%が無様に泣き叫んでいても、残った一%が身体を手繰って反撃・防御・回避を実行する。

 

 訓練を通じて脳と体に刻み込み、自分を作り変えていくのだ。研ぎ澄まされ鍛え上げられた本能と理性は、察知できなかった刃が身体を切り裂き始めた刹那に反射的な回避を選択・開始し、重傷化を避ける事が可能である。

 

 そして。

 

「ぬう!」

 

 反撃も。

 

イヨは手の触れた何かを渾身の握力で掴み取り、そして振り回した。

 

 

 

 

「うわあああああああ!」

 

 例によって見習い騎士たる少年たちの悲鳴が、いっそ可愛らしいまでに響いた。

 彼らの憧れの的だった近衛騎士団の副団長が宙に半円を描き、頭部から思い切り地面にたたきつけられたのである。

 

 下手人は全身血みどろ、頭部顔面及び胴体と手足に無残な傷を負ったイヨ・シノンだ。握り締めたバドの足首を脚甲ごと圧壊させながら振り回し、遠心力を利用して立ち上がった怪物は、毒物の影響か瞳孔の開いた目が爛々と狂人めいた輝きを発している。

 

 元の顔立ちが下手に美しく可憐である為に、幾つかの刃傷が縦横断する顔面はより一層化け物染みており、端的に言って人間離れしていた。アンデッドの一種に見えかねない。

 

「き、ぎぃいぬふぅいひひ」

 

 未だ体内に侵入した毒物への抵抗に成功していないイヨ・シノンは非人間的な鳴き声を上げたあと、景気よく派手に吐血し、

 

「ぜぇあああああああ!」

 

 裏返った奇声を上げ、思い出した様に副団長を振り回し、連続して地面に叩きつけ始めた。敵から加えられた攻撃は致命傷で返すと言わんばかりの、悪魔か人食い鬼の如き暴力の行使だったが、長くは続かない。

 

 脳震盪を起しつつも、バドが自らの足を膝下から両断し、イヨの手から逃れたからである。

 

 遠心力に従って宙に弧を描いた彼はしかし、片足にも関わらずしっかと大地に立ち、僅かに上体を揺らしながら剣を構える。本来ならすかさず追撃する筈のイヨも、毒で朦朧としている為間に合わなかった。

 

 対峙したままふらふらと、但し眼だけは異常に輝かせながら睨み合う事しばし。無限さえ思われる数秒が過ぎた後、二人は、

 

「いぃええあぁあああ!」

 

 お揃いの奇声を上げてケダモノの如く相手に飛び掛かった。血みどろの泥仕合の再来であった。

 

「お三方の内どなたでも構いません、もう止めた方が良いのでは!?」

「いや、二人とも朦朧としてるから分かり辛いのは確かですが、攻撃の筋を見る限り殺す気は互いに無いですね。勝つ気であって殺す気はない、ちゃんと冷静です。続行で良いのではないかと」

「殺し合い以外の何物にも見えないのですが!?」

「そりゃまあ試合ですから多少はしょうがないですよ。治療の準備だけお願いいたします」

 

 『しょうがない多少』はその後数分間続き、ガルデンバルドの『其処まで』一言で二人はぴたりと止まった。本当に正気だったらしい。

 

 

 

 

「本日はありがとうございました!」

「いえ、こちらこそ。我ながら初撃は満点に近かったと思いますが、その後がいけませんでしたなぁ。流石はシノン殿、二撃目で仕留められなかった時点で私の敗北は決定していたも同然でしょう」

「いやぁ、本当に腕を切り落とされた時はしまったと思いました。毒の効果時間がもう少し長かったら僕も──あ、いえ、私も押し負けていたでしょう。副団長殿こそ見事であります、瞬時に足を切り落とした判断で流石でございました」

 

 治療を受けながら爽やかに感想などを言い合い始めた二人に、騎士たちは少なからずドン引きした。自らの上司が行った不意打ちに憤っていた者も、平然と語り合う二人を見た怒りのやり場を失いつつあった。

 

「もしや、試合前のあの言動も演技だったので?」

「あっはは! 私は騎士であって役者ではありませぬよ。ただ、私的な激情に任せて勝てる相手ではないと分かっていましたから、自分を律したまでです。──いつも以上に力が入ったのも事実ではありましたが」

「もおー! 私すっごく驚いたんですよ!」

「はっはっは! ならば、そちらでは私が一矢報いたという所でしょうか」

 

 余りにも平然としているのだ。とても気が合いそう、というか合っている。

 

「私としても得る物の多い試合でありました。今後ともこのような機会があれば是非」

「喜んで! 共に切磋琢磨していければ幸いであります!」

 

 大多数の気持ちを置いてきぼりにして親善と友好は成り、交流は終わった。というか二人以外の、特に騎士たちの側がそう言う雰囲気でもなくなってしまったので、大公は終わりにした。

 

 

 

 

 例の大公の執務室である。限られた側近だけが立ち入りを許される部屋に、今は大公当人と公女、それとバド副団長が入室し、その瞬間、

 

「このアホーッ!」

 

 公女が思い切りバドの向う脛を蹴り上げた。当然一般人に毛が生えた程度の身体能力しかない公女がオリハルコン級に迫る実力者にそんなことをしても、痛むのは彼女自身の足である。

 

 バドは世の中の全てが鬱陶しいと言わんばかりの表情で、

 

「おやめ下さい、怪我でもしたらどうするのですか」

「いつつ……うるさい! 父上もうコイツ本当嫌です、如何にも真人間みたいな顔しといてこれですよ! 狂戦士か!」

「いやぁ、不意打ちで父の話が出たのでつい……仲良くはなれましたし、次回への布石も打てました。上々では無いですか」

「あんなんイヨ・シノンが天然の気狂いじゃなかったら一生顔合わせて貰えない案件! 上手くいったのは奇跡と形容するのも悍ましい理解不能な何かのお陰!」

「デスナイト戦の時から、なんとなく気が合いそうな気はしていました。彼の専門は矢張り対人です。技術の根っこも対人用の殺人術……むしろ人を相手にした方が本領を発揮する……似ている様で父とはタイプが異なる……根本から違うのでしょうなぁ、私のような凡人とは……」

「だーかーらー! もういいから直接父親に殺し合い挑んできてよもう!」

「……二人とも、児戯は止めよ」

 

 疲労感を滲ませた大公の言葉に矛を収めた二人──矛を向けていたのはリリーだけだが──は一応話を聞く体勢に入った。最も大公自身娘が爆発していなかったらややトーンを下げて、しかし内容的には同一の台詞を二三吐いていたかもしれない。

 

「【スパエラ】には予定通り穏便にお帰り願った。今頃はもう宿に着いただろう。親善試合も執り行った。友好を深め、次に繋がる関係を構築した。予定通りだ」

 

 もっと色々やる予定も無い事は無かったが。

 

「ですな」

 

 臆面もなく頷いて見せるバドの姿に苛立つ大公だったが、野で初めて出会った時から変わらずこの態度なので、承知の上で召し抱えている身としては今更言う事無い。根本が自由人の癖に複雑に屈折鬱屈した気性なので、下手に何か言うと『じゃあ辞めます。お世話になりました』と言い出すやもしれないからだ。

 

 命令は聞く。それこそ生命の危機に及ぶ命であっても。態度も見た目も取り繕う。与えられた役割は熟し、演じる。忠誠心も、常人のそれとは違えど無い訳ではない。故に表向きは『忠節の騎士、近衛騎士団の副団長』である。

 

 だが本人が心の底から焦がれ憧れ嫉妬し追い縋る父親と同じく、その魂は自分以外の価値観に染まらない。

 

 バド・レミデア・フィール・ミルズス男爵は名実共に大公家の剣である。大公と公女の本当の顔も知っている。ただ、意思を持つ剣だ。十分名剣と称し得る鋭さを持つが、振るわれるがままにある刃ではない。

 

 其処が面倒でしばしば役に立つ、こういう時に特に面倒臭い輩だ。

 

「だが、あの試合運びは見ている者の目にはまるきり殺し合いとして映っただろう。見習いの幾人かは明らかに衝撃を受け、体調を崩している」

「公城で教育を受けるに足る成績優秀者とは言え、過半はお育ちの良い貴族子弟で実戦未経験者です。そういう事もあるでしょうな。乗り越えられねば騎士など務まりません。相手がモンスターにしろ人間にしろ、戦争は決闘ほど綺麗な物ではありません故」

「……現役の騎士、中には直属の近衛からもお前の戦い方に異議のある者が当然いる。最後の訓示でフォローはしたが、お前の求心力は下がったぞ」

 

 【スパエラ】が当たり前の様に受け入れ、当のイヨ・シノン本人が一毛も気にしていないが故にその程度で済んでいる。

 

「また纏めます。不幸な誤解は後日解いておきましょう。それに、私の求心力が下がったという事は尚更団長殿の指導力は上がる。全体の纏まりとしてはトントンかと」

「……分かった、もういい」

 

 強くてまともな人間性を兼ね備えた人材が欲しい。大公はそう思ってしまうが、この裏の仕事も任せる事が出来、表でもまともな振りが可能な人材もそれはそれで有用だ。

 近衛騎士団の団長は侯爵家の人間で、家柄は元より人品骨柄実力容姿振舞統率どれをとっても花丸という逸材であるが、柔軟ながらも正義感の塊で後ろ暗すぎる事は許容できない。高い地位で清濁併せ飲む器量を持ちつつも濁り単品は無理という人間。だから裏では使わずひたすら表で輝かせておくのが一番良い使い方だ。

 

 『古き良き理想的な貴族の女騎士』と『腕一つで地位を勝ち取った実戦の雄』の両立は、様々な方面から見ても扱いやすく分かりやすい。だから用い続けてきた。しかし、後者が汚れを見せすぎるとバランスが崩れる。

 

「彼女は良い人間ですし、理解できない事でも理解しようと努力するだけの器量はあります。まあ大丈夫でしょう。だから好きになれないのですが」

 

 派閥のトップ同士が認め合い、常に協力し合うからこそ下の者も過度に対立しない気風。バドの側が見せる友情が半ば以上偽りだという点を除けば、欠点の無い布陣だ。

 

「戦えば仲良くなれる。シノン殿は誠に単純で宜しい。ただ彼相手に戦いが成立する人材は少ない。団長殿では力不足でしょう。普通の訓練になる。そうすると、冒険者組合にいくらでもいる者たちとなんら変わらない。彼の特別になれない。ままなりませんなぁ」

 

 ──私とてこれだけ手札を重ねてやっと『善戦』が精一杯です。

 

 バドとイヨの戦力差は大きく開いている。同じ人間同士である分それを覆す手段が多いのも事実だが、純粋に評すればイヨとデスナイトの差よりも大きく開いている。

 不意を打って毒を盛って善戦。腕を片方切り落として運よく毒が効いてやっと善戦。殆ど錯乱状態で転げまわる相手を倒しきれなかったのは正に実力差──生物としての隔絶した性能差、武道家としての次元の違いというものだろう。

 

 骨や筋繊維の強靭さからして、イヨはバドより遥かに強いのだ。

 

「公国軍人で彼の戦友になれるのは私一人でしょう……それとてぎりぎりだ。後は頑張っても全員お友達です。それなら市井にも沢山いますから、あまり意味が無い。後は──」

 

 陰鬱そうなバドの視線が、未だ怒りの失せていない表情で腕組みしているリリーを──公女を見据えた。

 

「現状既にお友達である公女殿下と、公女殿下の嫁ぎ先の方々にどうにかして頂きましょうか。大公殿下が仰るところによるとそう遠く無い未来、一つの国に戻るらしいですからね」

 






ちょっと原作者様の真似をしてみたり。

バド・レミデア・フィール・ミルズス(旧姓バド・スタックシオン。既婚)
生まれながらに大天才で優秀だったのに父と兄が超天才で超優秀だったために劣等感を抱き、その劣等感を自身の人間性が父や兄より劣る証として心の内に押し込め続けた結果、内圧で人格が歪んだ人。放任主義の父と過保護な母親の下から逃げ出して三十年くらい経つ。
実はナイトの職業レベルを持っていない。ファイターのレベルも大変低く、毒を使っていたことからも分かる通り後ろ暗い系のレア職業を高レベルで保有している。正当派剣術は囮である。

団長(女性・未婚)
何一つ欠点が見当たらない人。実力は高いが、バドより二段落ちる。基本真面目で融通も効き、政治力もある。まとも過ぎるほどまともな人なので大公の仲間にはなれない。

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