ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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公城にて

 イヨ・シノンは大層慌てていた。時はデスナイト討伐より四日目。愛しい人へのプロポーズが成功し、冒険者組合からアダマンタイト級への昇格を伝えられた次の日である。

 

 少々性急の気もする昇格ではある。【スパエラ】は未だ治癒を司る者が不在の、欠員を抱えたチームだ。しかも一度しか依頼を達成していない新人もいる。

だが組合は様々な事情を総合的に判断し、昇格を早期に決定し、【スパエラ】もそれを受け入れた。

 

 二十年に及んだ空位の時代と降って湧いた大災厄の討伐、揺らぐ人心。それらを鑑みれば、実力的には妥当とされるチームを──不安要素があるとは言え──そのままにしておく手は無いだろうとの決断に達した様だ。

 普段影の薄い組合長が仕事をした結果だ。無論彼女は何時でも真剣に働いているが、副組合長がしっかり広告塔として機能している為、裏方的に捉えられがちであった。一番頑張っているのに。

 

 イヨは公私の両面で数多の人々から祝福の言葉を頂き、嬉しいやら恥ずかしいやら、今後も一層励まねばと思いを新たにした所で、その話は告げられた。

 

 公国で最も高みに近い場所──大公殿下がおわす公城へと呼びたてられたのである。イヨは大層困った。

 

 無論怒られる訳ではない。それどころかこの上なく賞賛されるだろう。此度の事件で功を立てた他の多くの人々と共に、その筆頭として。

 

 だがイヨは使者から登城を願われて、焦った。

 

「何をそんなに焦ってんだよ、お前」

「だ、だってリウル、大公殿下だよ? 一番偉い人だよ、王様だよ」

 

 大公である。王ではない。

 普段ならば使わないお高い宿屋の一室で、イヨは落ち着きなく視線を動かしながら、

 

「いやだって僕、作法とか分からないし……礼儀がなってないとか言われて処刑されそうになったらどうしよう……」

「どんなイメージだ、それは」

「お伽噺の悪い貴族じゃねぇんだぞおい」

「無い無い。イヨ坊が出合い頭に大公殿下の顔面をぶん殴ったら話は別じゃがの」

 

 高級品というモノは偉大である。素の体重ですら二百キログラムを超える──装備品込みならもっと重い──ガルデンバルドの巨体を支えて、豪奢な椅子は軋み一つ上げない。

 最近腰痛が悪化してきたと零す事の多いベリガミニも、久し振りに全く痛みを感じずに座ることが出来ていた。

 

 普段最も安い宿屋の相部屋を好むリウルも自分が金を払っている訳では無いので、心から金貨が何枚何十枚吹っ飛ぶか分からない代物に腰掛けていられた。

 

 正面のリウル、左隣のガルデンバルド、右隣のベリガミニから半ば呆れの込められた目で見つめられたイヨは、でもでもと焦った様子で、

 

「……怒られないかな」

「平民のちょっとした間違い程度でブチ切れて処刑だなんだと騒いでたら国のトップなんかやっていけねぇよ。いや、怒らなきゃいけない状況ってのもあるだろうけど」

 

 周辺でも一際小さい弱小国であり、正面からの喧嘩となったら王国一国相手でも滅ぼされる可能性が濃厚だった国。それが公国である。

 見下される事もままならない事もあっただろうし、それで一々激高していたらどうにもならない。無礼だからと言って救国の勇士たちの一人を殺そうとするなど、上に立つ者としては器を疑われる所業だろう。

 

「ふ、服とかどうしたら良いと思う? この服で本当に良いのかな、ちゃんとした服の方が……紋付き袴と燕尾服のどっちが良いかな?」

 

 仲間の眼しかない状況なので、イヨは警戒心が無いに等しい。

 アイテムボックスをでかでかと開けて、中から持っている衣服の中で最もフォーマルな二つを取り出し、左右の手に持ってこっちかなそれともこっちかなとやっている。

 

 イヨの友人が作成してくれた数々の衣装の中でもこの二つは、防具としての性能は低く鋼の全身鎧とどっこい程度であるが、外見がカッコいいのでイヨお気に入りの品だったりする。ゲーム内で着る機会は殆ど無かったけども。

 

 先達三人はその風変わりな衣装を見て、いやいやと首を横に振る。

 

「服は向こうで用意してくれるんだから良いんだよ。使者だってそう言ってただろ。少なくともその……なんかすげぇ服は着るな。悪目立ちする」

 

 つーかスーツの方は兎も角そっちは何処の国の装束だよ、とリウルが疑問する。と言っても、答えを聞きたい訳では無さそうな様子だ。

 

「仕舞え仕舞え、平時でもカモフラージュ用のマジックアイテムから取り出している様に見せ掛けろと前に言っただろう?」

 

 多種多様かつ山を成す量の衣服の中に紋付き袴と燕尾服が埋もれていく。『王侯貴族でもこんなに服持ってねぇだろ』とは初見時のリウルの台詞である。

 

「妙に緊張しておるなぁ、イヨ坊。そんなに人見知りだったかの?」

「お得意様に挨拶回りした時だって緊張してたよぉ、でもあの時は挨拶と自己紹介くらいで済んだからまだ大丈夫だったのに……」

 

 オリハルコン級にまで上り詰めた【スパエラ】に指名の依頼をくれるお得意様は、結構な割合で有力者だったり名の知れた商人だったり力ある貴族だったりするのである。付き合いがあると言っても決してお友達では無く仕事上のそれである場合が大多数だ。礼儀作法は当然守らねばならなかった。

 人としても自分よりずっと大きく、遥かに年上で、仕事の出来る大人たちの下への挨拶行脚は、イヨにとってはかなり緊張する出来事だった。

 

「お前ルキスラ帝国やらアイヤールやらの皇帝と会った事あるとか言ってたじゃねぇか。いい加減慣れろよ」

「あ、いや、会ったは会ったけどそれは……」

 

 TRPGの中の話である。

 イヨの卓はさほどレトロなスタイルに拘っていた訳では無いので、公式NPCの多くはルールブックにデータが付属している立体ホログラムを被ったGMだし、オンラインでも同じだ。音声だって固定の電子音声以外はボイス変換が主流でこそあるが、それでも喋っているのがGMなのは変わらない訳で。

 

 ルキスラの皇帝ユリウス・クラウゼの方は死後昇神したのもあってユグドラシルとのコラボでもNPCとして登場しているが、生身の生きた人間、実際に国を統治しているお方と比べるのは無理がある。

 

「……セラフィナ陛下やユリウス陛下は……ぶ、武人気質? で、身分の差とかを感じさせないお方だったから……」

「ああ、そう言えば二人とも滅茶苦茶強いって言ってたよな。お前と気が合ったのか」

「う、うん……そんな感じ……」

 

 イヨが語る『僕の故郷の話』はその多くが現実世界とユグドラシルとSWをごちゃ混ぜにした人外魔境譚であった。そのまま話すと齟齬が出るからとその場の勢いで辻褄を合わせ、楽しかった思い出を思い出のままに喋った結果がこれである。

 

 篠田伊代が生身にて対面し、会話した事がある『偉い人』は学校の先生方に道場の先生、家に訪れてきた両親の上司、大会で入賞した時に表彰状を渡してくれる人、その辺りであった。

 

 其処からいきなりモンスターが跳梁跋扈する世界で三百万の民草を擁する国の頂点を務めておられるお人に招待されたとなれば、緊張するのも致し方ないであろう。

 

「なに、大公殿下は良く出来たお方じゃ。心配する事はあるまいて」

「大公殿下ってどんなお方なんだっけ……?」

 

 イヨとしては不安感から出た言葉であり、『優しい方だったらいいなぁ、怖かったらどうしよう』と言った意味合いの台詞であったが、にこやかだったベリガミニが渋面になる。

 

「儂が教えた気がするんじゃがなぁー、何度か指名依頼を受けた重要な依頼主であり、名実ともに公国の頂点たるお方としてしっかり教えた気がするんじゃがなぁー」

「あ、いや、その、【スパエラ】に関わる人たちって多すぎていきなり全部は覚えられなかったって言うか……」

 

 なんにも知らなかったイヨであるが、働く上で自分のいる国の事も所属しているチームのお得意様の事も何も知らない、知らないままでいる何て事が許される筈も無く、当人と周囲双方の求めにより教育は始まっていた。

 

 主要な講師陣はリウル、ベリガミニ、ガルデンバルドである。格闘に対して非常に高い適性を発揮するイヨだが、反面おつむの方は常人並みであり、常人離れした世間知らずと予備知識の無さが為、未だ求められる水準に達していなかったりする。

 

 授業態度は基本的に真面目なのだが、まだまだ時間が足りないのであった。

 

 ベリガミニはイヨの方に五秒ほど視線を留めると、急に天井を見上げ、何も考えず文章を音読する様な声音で、

 

「大公殿下は幼少の頃より非凡な才能を発揮され、また日々の努力を怠らず今日の公国の繁栄を実現なされた。その知識は深く、知恵は冴え、また下々の者に対しても慈悲深く、治世は元より用兵においても多大な才能を──」

「あ、何処かで聞いた覚えある」

「そりゃ表立って悪口言う奴はいないわな」

「……実際の所はどうなの?」

 

 おいおい不敬だぜその物言いは、とリウルが半笑いで告げた。続けたのは苦笑いのガルデンバルドだ。

 

「実際、親子共々優秀な方だよ。少なくとも公国内で悪い噂は聞かないな。話した感じ自信家だが傲慢でも無いし、まあイヨが怖がるような方ではないな。むしろ好ましいとすら思うだろう」

 

 ガルデンバルドは巨大な手掌でベリガミニを指した。

 

「先程の美辞麗句もまんざらお世辞という訳では無いんじゃよ、ああも列挙されると如何にもおべんちゃらに聞こえるがの。少なくとも殿下の力量のほどは、代替わり以降の公国の繁栄が証明しておる」

 

 ベリガミニが視線をやるとリウルはこれが俺の答えだと言わんばかりの態度で、

 

「俺は王国に嫌気がさした後、この国に戻って来たぞ。帝国に行こうかかなり迷ったけどな」

 

 帝国に行ってたらお前と出会えてねーし、その点も含めて俺は自分の判断は正解だったと思ってる。リウルはそう言い切って視線を逸らした。

 

 仕事中は仕事仲間として接しようと、四人で集まった時に開口一番にそう提案したのは彼女である。恋人として夫婦として接するのはあくまでもプライベートで、二人きりの時だけにしようと。

 

 【スパエラ】の四人でいる時は当然として、人前では冒険者でいたい。冒険者でいるべきだ。最早自分たちはアダマンタイト級であり、真なる冒険はこれからが始まりなのだから。

 

 そう語ったリウルにイヨ、ベリガミニ、ガルデンバルドの三人は同意した。が、こうして外部の眼が無い環境で、なおかつイヨが不安がっている事から、リウルは敢えて『冒険者でない姿』を見せたのだろう。

 

 事実、その一言でイヨは目に見えて平静を取り戻し、その様子を見た年長二名も相好を崩した。

 

「おやおや、我々の前でそういう姿を見せるという事は、揶揄っても構わんという事かの?」

「いやぁ爺さん、早かったよなぁ。何時かはこうなると予想はしていたが、まさかこんなに早いとは予想外だったよなぁ。近頃の若い者は情熱的で見ていて眩しいなぁ」

「二人して水を得た魚の如く語り出してんじゃねーよっ」

 

 意地でも表情を変えてなるものかと云った鉄面皮でリウルが小さく叫び、イヨはころころと笑った。

 そんな二人の姿を目にし、年長者たちは矛を収め、真面目な話を再開する。

 

「大公殿下のみならず公女殿下も有能で有望なお方と聞いている。積極的に政務に携わっておられるらしいし、孤児院への訪問等も非常に精力的だな。大公殿下は共に優秀とされた男児二人に先立たれるなど身内の不幸が目立ったが、残ったリリー様も随分出来が良いらしい」

「特にその美しさ可憐さは白銀と謳われ、リ・エスティーゼ王国のラナー殿下と並んで黄金と白銀の姫君として名高いのう。実際両方を見た儂が保証するが、確かにお美しいお方よ」

 

 そして、これは真偽の怪しい話なのだが、如何にも姫君と言った外見に反してお転婆な人物でもあるとされ、幼い時分より城から抜け出しては身分を偽り、城下を見て回っているとの噂があるそうだ。

 

 その噂話によるとリリー殿下は鍵開けと変装の達者であり、従者や世話係を巻いては、信頼する少数の護衛のみを率いて城下で民草の生活を見て回っていると言う。流石に一国の姫君がそう簡単に何度も脱走できるとは思えないが、公都の民草の中で地味な髪色の見慣れない美しき少女を見た、知り合いが実際に話をした、その少女こそは変装したリリー様に違いない──等と言う都市伝説が実しやかに囁かれているらしい。

 

「まあいずれにしろじゃな、悪い扱いはされんだろうという事じゃよ。我ら冒険者が大々的に英雄として賞賛を受ける等公国においてすら滅多に無い事じゃ」

「何度も言うが、褒められに行くのだからな。胸を張って堂々としていたらいい」

 

 大丈夫大丈夫、緊張する事は無いぞ。揃ってそう言って聞かせてくれる先達たちに、イヨはようやく表情を落ち着かせた。

 

「だ、だよね。褒められに行くんだもんね。大公殿下も公女殿下も良い人みたいだし……うん、緊張する事なんか無いよね」

 

 

 

 

「あわわわわわわ」

「落ち着け、落ち着けイヨ」

「震えるでない。この先、悪目立ちすれば末代までの恥となりかねんぞ」

「ゆっくり深呼吸、ゆっくりと深呼吸をするんだ、イヨ!」

 

 歯の根が合わぬ。視界が狭い。震えが止まらない。デスナイトと戦った時でさえ武者震いであったのに、今の震えは正真の恐怖と緊張から来るものであった。

 

 宿にとても立派な馬車が迎えに来てくれた時点で『あれ?』とは思ったのだ。でもその時はまだ、大丈夫だと思っていた。

 

 ただその無根拠な『大丈夫』は、公城の前で整列して出迎えてくれた騎士の方々の一斉の低頭や、真っ先に通された部屋での専門家による化粧などで段々と削れていった。

 

 『あれ、これって僕が思っているよりずっと大規模な行事なのでは?』。そう思ったイヨは本日専属で世話をしてくれると言う触れ込みの従者──人を従えて歩いた事など無いので、その時点ですごく緊張した──に聞いてみたのだ。願望込みで。

 

『あの……そんなに大きな、式典? ではありませんよね?』と。

 

 とても品が良く、歩く姿を見ただけで生まれつきの上流階級である事が理解できる従者──むしろイヨの方がこの人に傅いた方がよっぽど絵になりそうである──は、とんでも御座いませんという態度で口を開いた。

 

『公都を、引いては公国を救って下さった皆様への感謝を示すもので御座います。大公殿下公女殿下は元より、文武の百官も勢揃いで──』

 

 途中から頭の中が白くなってしまって最後まで理解できなかったのだが、どうやらイヨの想像が及ばない様な『とってもすっごい』式典らしかった。

 

 出来の悪いゴーレムの如き動作で居並ぶ仲間たちの顔を見ると、イヨほどでは無いものの動揺していた。彼ら彼女らでさえ、其処まで大規模なものだとは予想も出来なかったらしい。

 

 衣装係の有能さは尋常では無かった。身長二百二十六センチ、体重二百キログラムオーバーのガルデンバルドでさえぴったりの儀礼服が問題なく用意されていた上に、リウルに至っては髪を整え化粧を施しドレスを纏うという変わりっぷりで、その様変わりといったら殆ど変身である。

 イヨは恐らく二度と見られないであろうその美しい姿に何時までも見入っていたかったが、そうもいかなかった。リウルが本気の口調かつ死にそうな顔で『見るなよ』と言ったし、イヨ自身も飾り付けられる側になったからだ。

 

 イヨの儀礼服もガルデンバルドやベリガミニのものと同じく男物だったのだが、デザインはかなり違った。若年であるからか、容姿のせいか、それとも最も功を立てた者だからか? 

 男物であるには違いないのだが、一部がピンク色や薄い青だったり刺繍が入っていたり全体の印象が妙に柔らかかったり、他の男性二者のそれと比べて根本的に方向性が違うものであった。

 

 その上三つ編みを解かれて白金の髪に櫛を通すと、鏡には『完璧に着飾ったイヨの顔をしたイヨではない生き物』が映っていた。イヨはその姿を瓜二つの別人なのでは無いかと疑ったが、動作を完全にトレースされたので、渋々鏡に映ったそれを自分であると認めた。

 

 化粧と衣装は偉大である。野に生きる冒険者四人を、何処に出しても恥ずかしくない紳士淑女に改造してしまったのだから。

 

『そのまま舞踏会の主役になれるのう。男女どちらも雲霞の如く寄ってくるじゃろう』。完全に面白がっている口調のベリガミニが、イヨをしげしげと眺めて囃し立てた。

 

 これらの儀礼服は大公殿下より四人に下賜された物である為、返す必要はないと従者は言う。

 

 この時点でイヨは滅茶苦茶に怖がっていた。どうも、この厚遇ぶりが自らの身の丈に合っていない様な気がしたのである。イヨがイメージしていたのは、謁見の間で高段にある大公殿下に跪き『この度はご苦労であった。褒美を取らす』『ははぁー! 有難き幸せに御座います』形式であった。

 

 公国の偉い人たちって功績を立てた下々の者をこんなに厚遇してくれるんだ、とびっくりした。イヨなど公国の国民ですらなく、何処とも知れぬ遠方から流れてきた素性も定かでない子供なのだが。

 

 イヨは自覚が薄いが、アダマンタイト級にまでなれば他国人だろうと異種族だろとなんだろうと厚遇される。それは厚遇する方からしても当たり前である。いざという時の切り札の気をわざわざ悪くさせたい者などそうはいない。

 

 それに、公国の貴族は少なくない割合が武門の家系なのである。特に開国以前よりの功臣と呼ばれる重要な貴族たちは、その大本を初代大公と共に戦場を駆けた戦士にまで遡る。

 つまり、国として元々武を貴ぶ文化があるのである。二百年近く貴族であり続けた為にやや薄まっているが、実力主義の風潮もだ。大公の改革の一つであった身分血統も関係ない純実力・能力主義の学校が成立するくらいには。

 

 更に、大公とリリーの裏の思惑もある。武力の最高峰と言っても過言ではないアダマンタイト級冒険者が、命を張って功を立てた武芸者が尊重されるのは、この国においてある種必然なのである。

 

 この辺りから、イヨは極度の緊張で記憶が曖昧になり始める。覚えている事の第一は、前を歩くリウルの背中だ。

 徐々に集まりだした他の功労者──見慣れた顔の高位冒険者やイヨがデスナイトから助けた警備兵、後の捜索活動時に活躍したのであろう騎士などが同じく緊張した顔でいるのを見て僅かに平静を取り戻したが、それも一時の事だった。

 

 ついにその時が訪れた瞬間、なけなしの冷静さは吹き飛んだ。戦闘時の数百の分の一にまで狭まった視界と、同じく数百分の一にまで落ち込んだ認識力は、式が始まると同時に破綻した。

 

 廊下を歩いていた時。何も覚えていない。

 なにせ廊下の両脇には、侍従だか侍女だかの、公城で働いているのだろう人々が──公城に務められる時点で、本来身分的にはイヨよりずっと偉いのは確定である──一糸乱れぬ統制で低頭していたのだ。

 

 どこぞの広間に着いた時。覚えていない。

 物凄く煌びやかで、それでいて実戦に耐えられる頑強さを併せ持った装備に身を包んだ立派な騎士様方が待ち構えており、其処でも矢張り一礼を受け、武器を掲げて作った道を潜って進む。視界の端で花弁が舞っていた様な気がしたし、荘厳な音楽が鳴っていた様な気もしたが、良く分からない。

 

 いざ広間に入った時。もう何も分からない。

 その広間は中央の通路が床よりも高くなっており、イヨ達はその高くなっている所を通る様になっているのだった。両脇には顔に歴史を刻んだ威厳ある老人が、経験と肉体能力が高度に釣り合った壮年の騎士が、貴公子然とした美しい青年が、見るからに有能そうな官僚らしき人々が儀礼服でずらっと並んでいた。

 

 位置する場所の高低差が為、イヨらはそうした人々から見上げられて進む事になる訳である。イヨは終始前を歩くリウルの背中を凝視していたので気付くのが遅れたが、広間の最奥にして最上段には大公殿下その人が座しており、功労者らを待ち構えていた。

 

 

 本当に記憶が無いので後から聞いた話になるが、式典の最中幾度か拍手喝采が起こり、勲章が授与され、大公殿下直々にお褒めの言葉を授かり、更には抱擁されたと言う。

 

 

 ──イヨが覚えているのは跪いたり立ち上がったりした上下動と、緊張による発汗で徐々に重くなっていく服の感触だけだった。

 

 終了後、『夜には舞踏会がある』と聞かされイヨは体調悪化を理由に欠席しようかと本気で悩んだが、『極々打ち解けた雰囲気で行われるので是非に』と懇願され、つい頷いて了承してしまった。

 そしてまた化粧と衣装替えである。式典と舞踏会で服を変えるのはまだ分かるが、化粧までやり直さなければならないと言うのは全く理解の外であった。

 四人に与えられた服──夜会服というのだろうか──は例によって大公殿下より下賜された服であるので、返却の必要は無いとの事だ。

 

 そしてイヨは知る事になる。貴族の常識で言う『打ち解けた雰囲気』というものが、純粋培養の平民にとってどれだけハードルの高いものか。挨拶地獄に紹介地獄であった。

 

 

 

 

「死ぬ」

「死なないで、リウル……」

「お前良く平気でいられるな、俺は何度あのドレスを破り捨てようと思ったか知れたもんじゃねーよ」

「僕だって平気では無いよ……」

 

 一夜が明けた。明けたったら明けたのだ。【スパエラ】を始めとして、殆どの出席者は公城に宿泊した。気を使われたのか何なのか、部屋割りはリウルとイヨ、ガルデンバルドとベリガミニがそれぞれ同室である。

 

 肉体的には居心地が良いが精神的には居心地の悪い高級感溢れる部屋で、リウルとイヨはそれぞれのベッドに腰掛けて項垂れていた。何故かと言うと、単純に昨夜の疲れが抜け切っていないからだ。

 

 リウルは元商会のお嬢様であり、【スパエラ】のメンバー中唯一ダンスを踊れる人材だったか、煌びやかなドレスで着飾って優雅に踊る等と言う行為はリウルからすれば拷問に等しく、精神を削る所業だったようだ。

 

 ガルデンバルドは体格上ペアを組める女性が存在しなかったので踊らずに済み、ベリガミニはここぞとばかりに節々が痛むと弱った老人の振りをして誘いを固辞し続けた。自慢の杖でゴブリンの頭をカチ割る彼の姿を見た者ならばそれが嘘だと分かるのだが、貴族界隈の紳士淑女は『如何にアダマンタイト級とは言え魔法詠唱者、しかもご高齢では……』と理解を示して、まんまと彼はダンスから逃げおおせたのだった。

 

 結果的に、ほぼ全てのお誘いはイヨとリウルに集中した。二人は事前に示し合わせて『夫婦だから』と長い事二人でダンスを踊り続け──る振りをし──ていたのだが、遂に逃げ切れなくなったのである。

 

 イヨの下に幾人かの男性がダンスを申し込みに来たりもしたが、それ以外は概ね問題なく舞踏会は終了したと言って良かろう。勿論概ね問題なくと言うのは多数派である貴族の方々の意見であって、イヨとリウルの二人からしたらもう一回デスナイトと戦った方がマシという位に難事であった。

 

「ちゃんと会った方々全員の名前と顔、覚えたか? 貴族にとっての挨拶と紹介は冒険者同士のそれより重いぞ。次に会った時分からない、どなたでしたっけ、何て事は無い様にしろよ」

「うん。大丈夫、覚えてるよ。……みんな良い人だったよね?」

「またイヨの良い人が始まった。そりゃ良い人にも見えるわ、貴族なんか腹芸のプロだぞ」

 

 そもそも公国のトップオブトップである大公殿下その人が新たなアダマンタイト級を讃える方向で行動しているのに、確たる理由もなくそれに反する行動を、まともな貴族がする訳が無い。

 内心どうであろうと、外面は完璧に取り繕うのが普通だ。人間大人になると、親の仇が如く嫌悪する人物とでも笑顔で握手せねばならない時がある。魑魅魍魎の巣窟である貴族界隈で生きる者なら尚更である。

 

 中には『何故この私が平民の冒険者如きと云々』と考えている者もいた筈だが、少なくともイヨ視点ではみんな良い人に見えた様だ。

 

「まあでも、割と今回は心から接してくれてた人も多かったんじゃねぇかな。自分で言うのもなんだけど、やった事が事だし」

 

 感慨深げな顔でリウルは言った。飛び級でいきなり高位冒険者になったイヨとは違い、彼女は銅から順にのし上がってきたのだ。

 銅級の冒険者など味噌っかすである。顔も名前も覚えてもらえず、依頼もより上のランクと比べれば実入りの少ないものばかり。リウルも当時先輩たちから『連中が何度目の依頼で死ぬか賭けようぜ』等と笑われた事があった。

 

 銀級や金級になると一人前として扱われ、白金級で腕利き、ミスリルで文句なしに一流。

 オリハルコンにまでなると超一流。周囲からの扱いもそれに準じて変わっていき、その待遇は冒険者として得られる最高のものと言って良かった。

 

 だがそれでも、アダマンタイト級は別格だ。最早その扱いは冒険者としてのそれではない。

 人類の切り札。人間の極限。不可能を可能にする存在。過去現在の各国でそれぞれのアダマンタイト級チームが成し遂げた偉業の数々が身分を超えた羨望と信頼を集め、成り立ての【スパエラ】も当然その実力を備えているものとして、周囲はそれを期待する。そうであると信じる。

 

 それが式典で、舞踏会で向けられた敬意と賛美に繋がる。

 

 此処からが俺達の始まりだ、とリウルは一人ごちた。

 

「此処からが本番だな」

「──うん」

 

 前後の繋がりに欠けるリウルの言葉。しかしイヨは全てを理解して、肯定を返す。リウルも察する、イヨの『うん』に込められた意味の数々を。

 『僕たちだったら出来るよ』という自信。『僕も頑張る』という意気込み。『どんな時も傍で支えるよ』という献身。『リウルさんの夢だもんね』という理解。どんな時も、今も瞳で輝く好意。

 

 リウルは唐突に『俺ってすげぇ愛されてるな』と自覚し、自分でも意外に思うほど素直に『俺も好きだぞ』と心中で想い浮かべる。

 

 リウル自身でさえ自覚しない何らかの表情の変化があったのか、視線を合わせたままのイヨは穏やかに微笑んだ。幸せです、と告げている様だった。もっと幸せにしてやりたい、と少女は思った。

 

 当座の所、もっとも着実かつ確実な手段で迅速に幸せにするべく、少年を抱きしめる為にリウルはイヨの方へと歩み寄る。イヨの瞳が期待で輝きを増し、リウルへと手を伸ばした。

 

「イヨ……」

「リウルさん……」

 

 コンコンと響いたノックの音で、両者はびたりと動きを止めた。

イヨは即座にドアの方に向けて『はーい!』と返答し、特に直前までの状況を引きずっている感じはしなかった。が、一方リウルは酷く赤面した。

 

 リウルとイヨは生活パターン上朝が早く、特に休日と決めた場合でも無ければ日の出前には起床している。それは公城に泊まった今日とて例外では無く、今は正に日の出の直後であった。

 

 この世界の平均的な生活の基準からすれば、特段例外的とも言えない、ごく普通の起床時間である。

 

 リウルはもうちょっとゆっくり来いよ等と思ったが、頭の方では昨日付けられた従者が来たのだろうと考えていた。だが、

 

「失礼、早朝からすまないな。少々時間を頂けるだろうか」

 

 開いたドアからひょこっと現れたのは、公国のトップオブトップである大公殿下その人であった。

 

 

 

 

「はっはっは、いやぁすまんね。私も人間、堅苦しい日々が続くと少しばかり悪戯をしたくなるのだ」

 

 昨日も幾度となく顔を合わせている筈なのに、目の前の人物は初めて見る表情で呵々大笑した。

 

 リウルやベリガミニと比べても大きい背丈は目算で百八十センチメートル以上。年齢は四十代終わり頃から五十代初め程か。白髪が入り混じった銀の髪、顔には深い皺が幾本も走っている。今は柔らかく微笑んでいるが、真剣な表情をすると眼は猛禽類の如く鋭い。

 

 所作の力強さから考えるに、身体は鍛えこまれている。地位に見合った豪奢で威厳ある衣服に身を包んではいるが、戦装束も似合いそうだ。

 

「大変驚きまして御座います、殿下」

 

 怪しい敬語で言ったイヨの返答が、【スパエラ】の四人の内心を的確に捉えている。リウルもイヨも大層驚いたし、その後でベリガミニもガルデンバルドも同じように度肝を抜かされた。

 

 早朝、ドアを開けたら大公殿下ご登場である。誰だって驚くだろう。

 

「昨日は我々の流儀に付き合わせてしまったからな。正直に言うと如何にも貴族的な、政治言語を用いた会話は好かんのだ。貴族相手ならば兎も角、君たちを相手にあの話し方では無駄が多すぎる。互いに疲れるばかりだ」

 

 ざっくばらんと表現してもまだ控えめなほど、直截な言葉遣いである。とても大公位にある、一国を支配する人物のそれとは思えない。生まれた瞬間から人の上に立ち、人を従えて育った者特有の雰囲気が無ければ好々爺染みてさえいる。

 

「良い景色であろう? 私は子供の頃からこの場所が好きだった」

 

 大公が未だ面食らっている四人を落ち着かせる為にか、風景に話題を移す。

 此処は公都において最も高い場所にある公城のそのまた最上に近い高み、公都全てを見渡す位置にあるバルコニーだ。その場所にイスとテーブルを持ち込み、五人は全員が座したまま会話しているという非常に畏れ多い状況だ。

 

 古く趣のある、しかし徐々に生まれ変わりつつある公都の全てが一望できる。古き良きと新しきが融合している都市、それが公都。正に支配者の視点と言って良い光景だ。実際この場所は大公家の私的な生活空間内に存在し、其処に通されるという事がどれだけ異例の事かは考えるまでも無い。しかも大公殿下その人の案内でだ。

 

 本来大公に付いて回る筈の数々の役職者たちはその全てが遠ざけられており、その言葉遣いと態度が表す通り、大公は公人としてではなく私人として、【スパエラ】と相対していた。

 

「……如何なるご用向きで、私共はこの場へと呼ばれたのでしょうか?」

 

 リウルが問う。普段如何なる場においてもはっきりとした振舞をする彼女だが、流石にこの流れは読み難いらしく、言葉通りに『何故今此処でこうしているのか分からない』らしい。

 

 既にうだるような暑さは過ぎ、涼風が吹く季節である。雲一つない青空の下の日差しに晒されたとて汗ばむような事は無く、ただその暖かさが身に染みる。

 

 大公は笑みを消し、真剣な表情となる。そうすると途端に、持って生まれた顔つきの鋭さが表立つ。リウルの如く刃の様でなく、猛禽の眼だ。ただその視線に険は無い。むしろ其処に浮かぶのは──感謝と敬意。

 

「私の国と、其処に住まう民の生命と財産。それらを身を挺して助けてくれた君たちに、私自身が納得できる形で礼を言いたかった」

 

 大公は、四人に向かって座したまま深々と白髪交じりの頭を下げた。銀と白の短髪が、日の光で輝いた。

 

「本当にありがとう──そして、すまなかった。感謝する」

 

 

 

 

「あっ……」

 

 驚愕は全員が共有していたが、最も早くそれを表に出したのはあらゆる面で若輩であるイヨ・シノンだった。

 

「頭をお上げ下さい、御身が我々などにその様な──」

「その通りです。我々は冒険者として働いたまで。それに、昨日の時点で身に余る賛辞と報酬を得ています。殿下ご本人からも」

 

 大公は頭を上げたが、その眼は自身の行動の正しさを信じている眼だった。彼はしみじみと語る。

 

「それでは到底足りないのだ。──私のような立場に生まれつくと、恩人に頭を下げるという当たり前の事さえ周囲の視線を気にせねばならん。昨日の式典での言葉も真なるものではあったが、あれで感謝の全てを伝えきれたとは思っていないよ」

 

 式典でのそれは居並ぶ全ての功労者に対して述べられたものだったが、その大まかな内容は文献奉読官的な人が長々と『忠実なる臣民たる彼らの国家に対する偉大なる献身とその功績を讃え~』と読み上げる形式であり、知識のないイヨではその話の長さも相まって九割方何を言っているのか分からない事だった。

 が、勿論イヨは、イヨ以外の三人も、あれだけの大規模な式典を開いてもらっておいて不足だ等とは全く思っていなかった。

 

「先程コディコス老は冒険者として働いたまでと言ったが、依頼自体が事後に出されたものであり、君たち冒険者の活動は完全に、君たち自身の善意と義務感に基づいた行いだった」

 

 依頼ならば頼まれた事を仕事でやっただけというのもある種道理だが、そうでない以上冒険者に戦う義務は無く、逃げたとしても──道義的には兎も角──問題は無かった。だが、【スパエラ】を始めとする多くの冒険者チームがデスナイトへ死を覚悟して挑み、これを討伐しているのだ。

 

「私は公国の支配者、公国の頂点にある者だ。この国で最も大きな権力と権利を持つ。であれば、最も大きな義務と責務を負うのが道理だ。私の国民を、その生活を財産を守るのは私であり、私の手足たる者達でなければならない」

 

 民から税を取り様々な制約を課し、国民としての義務を負わせる以上、その義務を全うした者は支配者に守られる権利がある。支配者は民としての義務を全うした者たちを、守る義務がある。

 しかし実際的に、デスナイト程のアンデッドが出現した今回の事態は、公国の発見と対応は遅れていた。冒険者、そして冒険者組合の自発的かつ迅速な対応──それには魔術師組合への出動要請も含まれる──が無ければ多大というのも過小なほどの、破滅的な被害が出ていたのは間違いが無いであろう。

 

「当時の君たちはただ必死であり、私の事など頭にも無かっただろう。しかし、私が果たすべき義務と責務を代行し、幾十万の民を守り、公都を、引いては公国そのものを救った」

 

 大公はこの事柄に限っては、異論を挟ませる気が無いらしい。

 

「罪には罰を。功にはそれに見合う褒美を。これもまた上に立つ者の義務だ。これを行うだけの力が無い人間は支配者とは言えないし、直ぐにその座から引きずり降ろされるだろう」

 

 身に余る報酬を得たと君たちは言ったが、と続ける。

 

「どう少なく数えても十万を超えるだろう民の命、財産、生活。彼らの働きによって生み出される利益。首都。引いては公国そのものの未来」

 

 【スパエラ】の面々は功労者の中でも第一級として讃えられ、多くの報酬を得ていた。依頼達成による金銭、勲章、感謝の書状、公国より公的に讃えられ、歴史に名を刻まれるという名誉等だ。

 

「それだけで功に見合うとは、私は思っていない。そもそも君たちは勲章にも感謝の書状にも、本質的に価値を感じていないだろう。相手が何を価値とするかを無視して、我々にとって価値ある物をわんさと押し付けておしまいでは、私の気が済まん」

 

 其処で一旦、大公は言葉を切った。既に置いてきぼりにされつつあるイヨは大公の言葉の意味を理解しようと内心唸っていたが、ガルデンバルドが『僭越ながら』と口火を切る。

 

「無礼に当たるやもしれませんが、大公殿下にこの様な一面があるとは思いませんでした」

「以前会った時には猫を被っていたからな。私の本質はこちらだ。──幼少の頃より、上に立つ者に相応しい態度は徹底的に叩きこまれてきた。私の気性がそれとはかけ離れているからだ」

 

 こう見えても、我が家は武門の血筋なのだ、と大公は誇る様に言った。リウルは漸く意図を理解したとして、総括すべく言葉を紡ぐ。一人、未だに置いてきぼりな人物が隣にいるからだ。

 

「我々に何を下さると?」

「望むものを。例えば、金銭と言うなら金貨の山を。望まないとは分かっているが、地位を欲するなら伯爵位を与える準備がある。君たちが救ってくれた私の国、民。それと同等になるまで積み上げて見せよう」

 

 伯爵位と口にした瞬間イヨが青ざめたので、大公は最後に茶目っ気を出して『流石に大公の位を明け渡せと言われては困るがな』と冗談を付け足した。イヨの顔はもっと青くなった。

 だが、少年の中では目の前の人物に対する尊敬の気持ちが、今までより深く強く根を張りつつあった。大公の言葉には責任感と、そして城下で生きる民草に対する慈愛が感じられたからだ。

 人を大事に思える人。仕事に一生懸命で真剣な人。少しばかりの子供っぽさ。歩み寄ってくれる姿勢。そうした部分が、イヨの好悪の琴線を良い方向に擽ってくるのだ。

 

「君たちには私から直接伝えたかった。特にシノン殿。君がいなければ、他の者がその場に集うまでに千を数える死人が、不死者の軍が出来ただろう。そういう意味で、君には特に感謝している。──君の望みは何かね?」

 

 水を向けられたイヨは、また緊張で心拍が跳ね上がるのを感じた。しかしその心臓の暴れようは、式典や舞踏会でのそれと比べてずっと静かだった。頭も明瞭だ。目の前の人物があるがままの心の様を見せてくれたという認識が、心の壁を払いつつあったのかも知れない。

 

 その微妙に揺れ動く少年の心を見透かしたように、大公はまた微笑を浮かべ、少しばかり重くなってしまった空気を入れ替える様に軽口を叩く。

 

「私とて立派なだけの人間ではない──これからアダマンタイト級として長く活動するだろう君たちに度量の広さを見せつけて、より良い感情を抱いてもらおうという打算もあるには、ある」

「……ふふ」

 

 その素直にも程がある言葉に、イヨはつい笑ってしまった。少年の心の内から、ついに緊張が完全に溶けてなくなった瞬間であった。

 

「──失礼いたしました」

「いいや、気にせずとも良い」

 

 イヨは低頭する。実を言うと、【スパエラ】の面々で前々から考えていた事が一つあり、その実現の為には大公の力を借りるのが確実そうではあった。今やアダマンタイト級である【スパエラ】ならば可能ではあるだろうが、より迅速かつ真っ当に行くならその方が良い。

 

「バルさん、ベリさん、リウル」

 

 三人を仰いで聞くと、即座返ってくる頷き。他の面々も同感なようだ。イヨは大公に向き直り、口を開く。

 

「それでは──僭越ながら、二つほどお願いしたい事が御座います」

「思うがままに褒美を取らす。なんなりと申してみよ」

 

 今一度公人の顔に戻って待ち構える大公にイヨが、【スパエラ】が願う褒美とは、

 

「バハルス帝国皇帝ジルクニフ陛下、そして大魔法詠唱者フールーダ・パラダイン様にお目通りを願いたく存じます。どうか殿下からご紹介頂きたい。──託したいモノがあるのです」

 




公女殿下「イヨ・シノンはこういう人物が好きです。こんな感じで」
大公殿下「なるほど」

遅れしまい誠に申し訳ございませんでしたぁ!
一回パソコンを修理に出すと二週間は戻って来ないのがキツイ。明らかに壊れる間隔が短くなってきてますが、まだ無料保証期間が残ってるんですよね……。高い買い物だったし、もう少し持ってほしい所です。具体的には無料期間が過ぎるまで二年ほど。

大公殿下と会話させるとみんな一人称私になって口調も似たり寄ったりになるのが辛い。かと言って大公殿下を前にしても「俺」「儂」「僕」とか言っちゃうのはキャラらしくない。大変でした。敬語とか自信ないです。

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