ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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死闘:英雄の時間は終わり

「クソ、全然治癒しねぇ……!」

 

 傷が深すぎる、とリウルは臍を噛む。眼下に横たわっているのは、元は可憐だったのだろう少女の惨たらしく損壊した死体──にしか見えないリウルの仲間、イヨ・シノンだ。

 

 ぶちまけられた幾本ものポーションの溶液が吸収され、治癒効果を齎す。が、快癒には程遠い。

 

 魔法のみで作られたポーションは込められた治癒魔法と同様の、即時の回復効果を齎す。それは失血をも癒す事が出来、無くした手足が生える程のモノだ。その効能をもってすれば──十分な量を揃えた前提なら──死に瀕した人間を全き健康体に復活させられる。

 

 それを何本も使用すれば余程の重傷であっても治る筈なのだが、

 

 ──なんでコイツは全身を均等かつ徹底的にぶっ壊されてんだ……!?

 

 折れていない骨が無いのではないかと思う程。罅の入っていない箇所が無いのではないかと思う程。全体のシルエットが歪んで短くなっている。腐っていない点を除けばアンデッドと外見がほとんど変わらない。

 腹に空いた風穴には肉片と血と臓物の中身が溜まって、すぐさまやや粘質な音と共に体外に零れ落ちている。

 

 リウルの膝は血溜まりに没している。回復作用によって戻った血があらゆる個所から流出している為だ。全身の全体が徹底的に損壊している為治癒が追い付かず、多少治った傍から流血その他諸々のせいで悪化していく。

 より長く戦うため少しずつずらして攻撃を受け、傷付いた身体でそれでも戦い、そのせいでより悪化したとしか思えない傷の数々。

 軽装鎧形態の頭部装甲はオープンフェイス型の為顔が露出しているが、それでもイヨであると認識するには髪や瞳の色、体格や身長と言った情報に頼らねばならなかった。

 

 生きているのが不思議、本音を言えば死んでいないのが不自然と思えるほどの重体だ。恐らく後数秒ポーションの投与が遅れていたら死んでいただろう。

 

 そこらの一般人と英雄級の前衛であるイヨでは生命力の総量とでも言うべきもの、その多寡が全く異なる。膨大な生命力が軒並み削り尽くされている為、それに見合う量の治癒を注ぎ込まなければ危険域を脱する事が出来ない。

 

 ──絶対に死なせねぇ。

 

 これ程負傷してなお心折れずに戦った仲間を。見事時間を稼いだ勇士を。【スパエラ】の名に懸けて絶対に死なせない。

 

「──イバルリィ!」

 

 傍らで治癒魔法の詠唱を行っているイバルリィに声をかけると、彼女は強く頷いた。女神官が構えているのは、以前まで持っていなかった筈の流麗にして華美な装飾が施された大盾だ。

 盾自体が光り輝き、中央に配置された水神の聖印が正しく神の恩寵を思わせる神聖なる力の波濤を放っていた。

 

 冒険者に時間を与えてはならない。

 彼ら彼女らはプロフェッショナルだ。モンスター討伐の、戦闘の──生き残る、死なないという事に関してこの上なく長じている。

 特に高位冒険者には絶対に、時間を与えてはならない。天与の才をもってして漸く到達できる第三位階魔法を操るまでに熟達し、金貨の山を注ぎ込んで得た貴重なアイテムと装備品を備え、幾百の死線を踏破した彼ら彼女らを無力化する唯一確実な手段は、殺害しかないと覚悟すべきである。

 

 気絶させた、半殺しにした、武装を剥いだからといって油断してはならないのだ。高位冒険者という者たちは人間の極限、その一歩手前の存在なのだから。生きているなら、仲間との連携が保たれているなら──著しくはたった十秒の猶予でさえ、戦線に復帰してのける。

 

 四肢欠損すら治癒し、気絶しても起き上がりこぼしの如く復活するのだ。

 ましてや数分もの時間を与えてしまったのなら、推して知るべしである。

 

「盾から引き出し終えました、行きます──〈キュア・ハート/損傷治癒〉!」

 

 公国最大の規模を誇る公都の水神神殿において、代々の神殿長が代替わりの時のみ触れる事を許された宝物──イバルリィは公都の危機に際し、保管庫の壁を破壊して独断でそれを持ち出していた。

 まるで盾自体が魔法を行使したかのように、放たれる光輝が膨れ上がる。

 

 そして結実したのは、イバルリィの力量を超えた第四位階の治癒魔法。〈ミドル・キュアウーンズ/中傷治癒〉を大幅に超える回復力を誇り、英雄と呼ばれる規格外の者たちが扱う魔法を例外にすれば、ほとんど最高位と言って良い治癒魔法だ。

 

 莫大な治癒力を宿した光がイヨの身体を包み、まるで逆再生の如く破壊された身体が元に戻っていく。折れて飛び出していた骨が体内に戻り、はみ出していた臓物が収納されて腹の穴が塞がり、無くした腕が生え、蒼白だった肌に血の気が戻っていく。

 

 ほんの数瞬の治癒現象が収まったあと、横たわっていた死人同然の少年は、一般的な重傷患者のレベルまで回復していた。擦過傷や打撲切り傷、何か所かの骨折を残して健康体だ。顔を見ればイヨ・シノンだとはっきり分かる程度には元の形に戻っている。

 

 命の危機は脱した。

 それを確認したリウルは安堵する暇も無く、

 

「後はポーションで対応できる、バルドとじいさんの援護に回ってくれ。直接戦闘しようなんて思うなよ。あのクラスのアンデッド相手に俺らじゃ間合いに入って速攻斬られるぞ」

 

 副組合長と並んで公国最高峰の一人であるイヨ・シノンが潰される相手である。防御に優れたガルデンバルドでやっとであり、専門の前衛職以外の者たちでは殺されるだろう。

 

「了解、援護に努めます。後は頼みました」

 

 即座の頷きを返し、イバルリィはデスナイトを押さえている年長者の元へ駆けて行く。彼女が右手で構えた大盾は、幾分かその輝きを減じていた。

 

 リウルは懐から更に三本のポーションを取り出し、握り潰して三本一気にイヨにぶっ掛けた。二本分の青い液体と一本分の緑の液体が、少年の体に吸収されていく。

 

 青い二本は治癒の作用を齎す物だが、緑の一本は気絶状態から復帰させる〈アウェイクン/覚醒〉の魔法が込められた物だ。生きてさえいるならこのポーションで目は覚める。逆に、これを使って目覚めない様なら通常の気絶や失神とは異なるなんらかの状態異常に掛かっている疑いがある。

 

「んっ……」

 

 果たして、イヨ・シノンは即座に正常な意識を取り戻した。彼は同時に跳ね起き、

 

「現況は、今はなん──」

 

 そしてその視線は、交戦中のデスナイトと仲間たちの姿を捉える。ガルデンバルド、ベリガミニ、そして何故か【戦狼の群れ】のイバルリィ・ナーティッサ。

 彼らの姿を認めた瞬間、心中で沸き上がったのは安堵であり、ついで充足、安心、最後に戦意だった。

 

 間に合った。成し遂げた。最悪の事態は回避した。自身の身体はほぼ回復していて──

 

「戦えるか?」

 

 戦闘に耐え得る。

 イヨは愛しい先達の問いに頷きを返した。枯渇した魔力は未だ回復していない。立ち回りの覚束ない前衛など本来は役に立たないものだ。

 身体は中途で気体になっているかの如く力が入らず、鈍器を打ち付けられているかの様に頭が痛い。それでもなお、寝ている場合では無かった。三十レベルという抜きんでた基礎スペック故に、多少弱体化しても戦うことが出来る。仲間と共にならば。

 

 少年は頬の内側の肉を噛み千切り、咀嚼した。滲む様な痛みと血肉の味が、霞む思考を尖らせてくれる。

 

「大丈夫。二十秒ちょうだい、ポーション浴びてから行く」

 

 僅かに覗かせていた心配の気配がリウルの表情から消え、二人の少年少女は獰猛な笑みを交わし合う。

 

「難度は百以上。攻撃も強いけど、防御は尋常じゃなく上手。敵を完全に引き付ける能力と、どんな攻撃を受けても一撃は絶対に耐える能力がある。攻撃面に関しては特殊な能力無し、剣技が全部。物理攻撃で削るのは厳しいから、出来れば魔法で絨毯爆撃した方が良い。前衛はそのための足止めと割り切っても良い位」

 

 正直、第二から第三位階に到達した魔法詠唱者をダースで頼みたい。

 

 イヨが情報共有と自己の意思伝達を早口で行うと、リウルは前線を援護すべく駆け出して行った。立ち回りや武器攻撃能力において前衛に劣るリウルでは、デスナイト相手に直接戦闘は無謀だろう。

 彼女の役割は前衛と後衛を生かす為の、両者の補助だ。本来盗賊の技能も会得している彼女ならば搦め手を活用した役回りがあるものだが、『防御型かつ圧倒的格上のアンデッド』である今回の相手は相性が悪い。

 

「おおっし!」

 

 両手で頬を思い切り張り、イヨは空に手を伸ばした。懐に忍ばせていた分は全て地面に叩き付けられた際に割れてしまったが、まだこの中には──アイテムボックスの中には、一昼夜戦い続ける事が可能なだけのポーションが貯蔵されている。

 

 空間を押し開き、プレイヤーの全てを収納する空間を開帳する。

 装備品まで弄っている暇は無いが、【ハンズ・オブ・ハードシップ】と【レッグ・オブ・ハードラック】だけは装備する。アンデッドに対して有効な武器ではない。しかし、他のもっとレベルが低かった頃の武装と比べれば上等である。

 

 数百本を数える店売りポーションの棚に手を伸ばし、端から引っ掴んで胸元に叩き付け、中の液体を浴びていく。一本一本飲むよりこの方が速い。

 

 レッサーストレングスポーション、レッサーデクスタリティポーション、インドミタブルポーション、スカーレットポーション、スピードポーション、兎に角肉体を賦活し、精神を活性化する系統の物を浴び、ついでに何種類かの薬草を口内に押し込んで咀嚼。

 

 短杖や巻物の類は扱える位階を考慮すれば殴った方がまだマシなので放置。数少ない課金アイテムである金銀銅の鍵はリーベ村の一件で金銀の鍵を使い切ってしまったし、銅の鍵で扱える程度の位階ではデスナイトの魔法抵抗力を突破できない上、一位階や二位階で召喚できる妖精の強さなどこのレベルの戦闘では誤差だ。

 

 合法の薬漬けとなったイヨは雄叫びを上げ、不死鳥の如く戦場に舞い戻る。

 

 

 

 

 なんと言う怪物だ……とガルデンバルドは内心の慄きを隠せなかった。

 

 それなりに長い間、冒険者として活動してきたつもりである。三十一歳の時から十年以上も常に第一線で活躍し続けてきた。

 

 ガルデンバルド・デイル・リブドラッドは、およそ肉体の潜在能力という点においては人類史上最高級のモノをもって生まれてきた。

 身長二メートル二十六センチ、体重二百キログラムオーバーという超巨体。子供の事のあだ名はハーフオーガ、巨人だ。

 彼が持つ身体能力を端的に表すなら、『何事においても一番』という表現に尽きる。

 

 すなわち。誰よりも速く走り、高く跳躍し、遠くに投げ、重い物を持ち上げ、柔軟でしなやかに、何時までも動き続けるという事だ。

 

 幼少の頃より誰と比べても負ける事が無かった。噓か真か、冒険者になったばかりの銅級の頃でさえ、ゴブリンを片手で遠投しオーガに競り勝ったという伝説を持つ。

 元より比類無かったその『力』は、冒険者となって鍛え上げ己の方向性を獲得するにつれて、より強大無比なモノとなっていた。

 

 巨大なタワーシールドは破ること能わず。振るう武器は何物をも打ち壊し。肉体能力でさえモンスターに並ぶ。更には技術も一流の水準で、頭も冴え人当たりも良い。信頼できる仲間で尊敬を集める同業者で理想的な夫、父親。

 

 他人より遅いスタートで誰よりも速く強くなった男。いや、最初から強かった男とさえ称された。勿論華々しい名声と活躍の影に隠れてはいたが、彼は地道な努力も怠らなかったのだけれども。

 

 『何故三十を迎えるまで、石工や肉体労働者に甘んじてしまったのか。もし十年十五年早く冒険者の道を選んでくれていたら、アダマンタイト級空位の時代はもう終わっていただろうに』

 

 冒険者の組合の幹部が大真面目にそう評するほど、ガルデンバルドの能力と活躍は目覚ましく素晴らしかった。

 

 幾つかのチームを渡った後、彼はリウルとベリガミニといった自身に比肩する程の者たちを仲間とし、【スパエラ】の中核を成す様になった。

 

 公国最強の冒険者はと問われれば、人々の回答は割れるだろう。ガド・スタックシオンの名を上げる者、イヨ・シノンの名を上げる者。そもそも冒険者の強さは個人で無くチームで語るべきだと主張する者、そもそも何をもってして最強と称するのかと定義を問う者。

 

 恐らく結論は出ない筈だ。しかし、確かな事が在る。公国最大最硬──最も大きく力強く、最も防戦に優れた冒険者は、ガルデンバルド・デイル・リブドラッドをおいて他にいないという事だ。

 

 【スパエラ】の三人はそれぞれが純粋な実力では既にアダマンタイト級の域に達している、達しているのではないかと噂される。その中でも特に、防御に限ったガルデンバルドの実力はアダマンタイトと比べても頭一つ抜けているやも知れないとの評もあるほどだ。

 

 そのガルデンバルドをして遥か凌駕するアンデッドが今、眼の前にいた。

 

 ねじ曲がり、引き潰された様なアンデッド。恐るべき威風を漂わせていたのだろう武器と防具は見る影も無く、腐れた肉体は傷の無い箇所が見当たらない程破壊されている。

 特に目立つのは傾いだ状態で半ば胴体に埋まっている頭部だ。首は埋まっていて目視できない。やや前傾気味の姿勢と合わせて考えるに、首から骨盤に至るまでの脊椎が複数個所折れ砕けているのだろう。

 

 ガルデンバルドは守勢、防戦を得意とする戦士である。自身と味方を守る技術に秀で、一方攻撃面においては技術的に一段も二段も劣る。だが、彼の場合は生まれ持った素質を徹底的に鍛えあげ作り上げた超人的な剛力がそれをカバーしている。

 

 同レベルの攻撃に長けた職業の者には譲らざるを得ないが、一撃一撃の純粋な破壊力のみで論ずる限り、ガルデンバルドは攻撃においても一線級と言って良かった。

 

 その一線級の攻撃が一切通じない。超人的な剛力でも及ばない。いやそもそも、攻撃に回れる機会すら殆ど巡ってこない。

 

 公国随一と謳われるガルデンバルドのそれと似た系統の、しかし次元の異なる防御技術。明らかに格が違う。一枚二枚どころではなく、五枚六枚も違う。

 

 渾身の一振りが、受け角度の調整によって鎧の上を滑る様に流される。かと思えば、微動だにせず受け止められた。まるで空気を殴っている様で、同時に山と戦っているが如く。

 

 アンデッドには傷一つ付けられない。攻撃すると逆に自分の体勢が崩れて、相手に付け入る隙を与えてしまうばかりだ。かと言って受け身に回ると逃亡しようと試みる為、こちらから打って出て対応を強制せねばならない。

 

 剣術の根本にして奥義、時には剣を振る事そのものよりも重要とされる足捌きは芸術の域だ。相手がアンデッドでなければ、ガルデンバルドは伏して教えを請いたい位だった。それ位に洗練され切った身体操作の理合。

 

 ──こと防戦において、俺はもとより副組合長もイヨをも超えているぞ。

 

 ガルデンバルドが知る最強の武芸者たる二名であっても、此の域には遠く及ばない。ましてや自分などは言わずもがな。

 

 更には、このアンデッドは上空から打ち込まれるベリガミニの魔法に、今のところ完全に抵抗している。魔法に対する抵抗力は生命力や精神力、もしくは内包する強さ、耐性等によって決まるが、全ての魔法に抵抗していると言うのは並大抵では無い。規格外だ。

 

 魔法は抵抗されると全く効果を発揮しなかったりする事もあるのだが、攻撃魔法の多くは抵抗される事によって威力が半減する。抵抗を突破した場合に比べて、半分程度のダメージしか与えられないのだ。

 

 ベリガミニの奥の手、一日一回しか使えない指輪の増強効果を込めた第四位階魔法が抵抗された。それは、ベリガミニが使用する魔法のほぼ全てが抵抗を突破できない事を意味する。

 公都において随一たる魔法詠唱者、ベリガミニ・ヴィヴィリオ・リソグラフィア・コディコスの魔法がだ。事実上、公都にこのアンデッドの抵抗を突破できる者はいないも同然である。

 

 このアンデッドが魔法に対して特別強い抵抗力を持ち合わせているのか、それとも実力差の隔絶が故に、ただ単に力不足であるが故に通らないのか。しかも、

 

 ──徐々に強くなってきている……いや、本来の実力を発揮し始めているのか!?

 

 デスナイトはイヨとの戦闘で破壊され、変形した自身の身体の効率的な使い方を急速に編み出しつつあった。隻腕となった剣士が隻腕ならではの戦い方を会得する様に、フレームが歪んだ身体に適合した防御を、攻撃を実現しつつあるのだ。

 

 耐えられる。ガルデンバルドならば攻撃には耐えられる。しかし、それだけだ。

 

 ──怪物。

 

 その怪物と戦う専門職たる冒険者、その中でも最高位に次ぐ高位であるオリハルコン級冒険者の見識でもって尚、それ以外に形容が出来ない。正に伝説級のアンデッド。動く災害だ。

 

 魔法や負属性攻撃などの特殊な能力こそ持たない様だが、それでも厄介に過ぎる。

 

「加勢します! 〈セイクリッド・シールド/神聖防盾〉、〈セイクリッド・ウェポン/神聖武器化〉!」

 

 背後から響いた詠唱と同時、ガルデンバルドが装備している防具と武具が光り輝く。信仰系魔法により、アンデッドと属性が悪に傾いた存在に対してダメージが増し、更にそれらの存在から与えられるダメージが低減する。

 

 たまたま共にいて、急報の際に神官不在の【スパエラ】の穴を埋めるべく動向を願い出てくれたイバルリィが戦闘に参加してきたのだ。安易にアンデッド退散などの、実力差があり過ぎて効果が薄いであろう手段を取らない辺り冷静かつ実直である。

 

 神官は本来対アンデッド戦で大きな戦力となるが、此処まで規格外の存在が相手では厳しいものがある。『強い』という事はただそれだけで策謀や工夫、戦術を破壊できる長所なのだ。

 

「バルド! ──あと少しだ!」

 

 聞き慣れた声と共に、背後から投擲されたダーツがデスナイトに直撃。無論でそれで傷付くほど柔ではないが、一瞬の隙をついてベリガミニの第二位階魔法、〈リープ・スラッシュ/斬刃〉が腐肉を切り裂いた。

 

「全く通らんわけでもない様じゃな」

「スケリトルドラゴンみたいに無効化って風では無いにしろ、期待できる確率じゃなさそうだがな──全員、聞け!」

 

 何処かほっとした様なベリガミニの声と、冷静に思案するリウルの呟き。そして、イヨから齎された情報の周知。人間の盾たるガルデンバルドの背後で、仲間たちが集結しつつあった。

 

 既にベリガミニによって掛けられている各種強化魔法と相まって、ガルデンバルドは戦士として更に強大な存在となった。だが、男は既に分かっていた。耐える事は十分出来ても、攻撃に転ずるには未だ足りないものが多すぎると。

 

 だが、勝負は此処からだ。地をも踏み割らんばかりの足音が、彼の復帰を教えてくれる。

 

 防御技術と膂力の全てをもって、ガルデンバルドはデスナイトの剣撃を受け流し、盾ごと体当たりを敢行。一瞬で良い。一瞬でも動きを止めれば、あの少年は其処を突く事が出来る。

 

「──ぁあィ!」

 

 矢の如く飛来したイヨの飛び蹴りが、完璧なタイミングでデスナイトに刺さった。

 貴金属の輝きを放つ軽装鎧は、重装鎧形態とは打って変わって煌びやかだ。そもそも胸甲やオープンフェイスの頭部装甲、肘や膝などを別として、身体を覆っている部分が目に見えて少ない。装飾性豊かで刺々しい。

 額部分には刺突に使えそうなほど巨大で鋭利な、吹き荒れる炎の如き形状の一本角。金糸の三つ編みには本物の金属糸が混じり、先端で三片に別れた棘を形成している。

 

 鎧であるにも関わらず攻撃力向上の効果があり、逆に物理・魔法防御力が下がるという際物だ。敵との相性次第ではマイナスの効果の方が大きいため、単身での戦闘においては使わない事が多いと本人は語っていた。

 

 だが、信頼できる仲間がいれば話は別だ。盾役たるガルデンバルドが、魔法詠唱者であるベリガミニが、全体の補佐にして調整役であるリウルが、癒し手であるイバルリィが、イヨが攻撃に専念出来る状況を作る。

 

 戦況が安定し始める。言葉は大して必要としなかった。イヨは実力があり、勘も働き、良く気が付く子供だった。またその他の面々も非常に優秀で経験豊かな先達であり、連携と言う点においてまだ一歩及ばぬ所のあるイヨを主体にした動きで戦闘は推移する。

 

 ただ、総員が遺憾なく実力を発揮し続けて尚、デスナイトという存在は強大であった。二人の前衛はガルデンバルドが防御に専念して総員の盾となり、イヨが攻撃を受け持つ鉾であったが──死の騎士は二者を相手にして一歩も前進できずにいたものの、また一歩も引かなかった。

 

 ガルデンバルドは正に不破の城壁として死の騎士の猛攻を見事防ぎ続けたが、反面殆ど攻撃に転ずる事が出来ず、疲労無効のアンデッド相手に消耗戦を強要され続けた。

 前衛火力としての役割を一手に担うイヨにしても魔力枯渇による極度の体調悪化は深刻であり、朦朧とする意識を自傷による痛みで紛らわさねばならぬ有様であった。それでも各種ドーピングと補助魔法による強化もあってデスナイトの身体を削るが、反撃を受けて負傷する事も多かった。

 

 そんな前衛を支える後衛たちも歯噛みする思いだった。リウルとイバルリィは並みのモンスター相手ならば前衛として戦う事もある職業に就くが、デスナイトという規格外のアンデッド相手に張り合うには根本的に火力と耐久力が不足しており、前衛の支援に専心していた。

 

 唯一デスナイトの剣撃から無縁なのは魔法によって空を飛ぶベリガミニである。だが、彼の魔法もまた決定打とはなり得なかった。この五人の苦戦は偏に、四十レベル相当──難度百二十という常軌を逸した高みにある、デスナイトの物理・魔法防御力が原因であった。

 

 辛うじて有効と言えるダメージソースは精神力で戦っているに等しいイヨの攻撃と、イバルリィ・ベリガミニ両者の魔法であった。しかし物理攻撃は兎も角、魔法もやはり抵抗されてしまう為効率が悪い。治癒魔法は抵抗されると効果を発揮せず消滅してしまうのもあって、イバルリィやリウルなどは治癒のポーションを投げつけ始める始末である。

 

 だが魔力にしろポーションにしろ有限であり、また攻撃だけに使うものでもない。

 

 戦況はイヨが命を削って単身勇戦していた時とは比べようも無いほど安定し、デスナイトを完全に封じ込めていると言って良かった。ただ、この場における安定とは、停滞とほぼ同義であった。負けはしないもの快勝とも程遠い戦場──。

 

 ──【スパエラ】の予想通りである。

 

 

 

 

 ことこの戦闘に限って、時間の価値というものは双方で決定的に異なっていた。

 単身孤立の身であるデスナイトにとって時間が過ぎ去る事は目的達成が遠のく事と同義であり、戦闘による時間経過など百害あって一利なしを地で行くものだった。

 

 対して冒険者たちにとっては防衛戦であり、公都という一大拠点内での戦闘である。急いて事を起こさずとも時が過ぎれば──絶対に援軍が来る。

 

 そして五人での戦闘が始まって数分。驚異的に奮戦する疲労無効のアンデッドのペースに付き合って戦い続けたその時間は決して短い時間では無かったが──ついにその時が来た。

 

「英雄の時間は終わりだぜクソアンデッド。圧し潰されて死ね」

 

 皮肉気に笑ったリウルの言う『英雄』とは、人数差をものともせず戦うデスナイトを指したものであった。

 

「儂らだけで仕留められれば昇格間違いなしの大功なんじゃがなぁ。まあ、万が一という事もある。人命には代えられんし、より確実な手段があればそちらを取るのが人の道というものじゃろ」

 

 僅かな強がりを含んだベリガミニの言葉。

 無論全力で滅ぼすべく戦っていたに決まっている。だが結果から言えば出来なかった。そして、時間と状況が味方をしている事は分かっていたのであるから、移動を封じ込めてさえいられれば十分以上なのだ。

 

 ──一国の首都のど真ん中で十分も二十分も戦っておいて、集う戦力がたったの五人である筈が無いのだ。人間並みかそれ以上の知能を持つデスナイトは当然それを分かっていて、可及的速やかに不死者の軍勢を作るべく行動していたのだが、冒険者たちの奮戦がそれを阻んだ。

 

 【スパエラ】に遅れる事しばし。その者たちは続々と戦場に現れた。

 

 

 

 

 それは【戦狼の群れ】や【赤き竜】を含む、複数の高位冒険者パーティだった。

 それはゴーレムを従える老年の魔法詠唱者を筆頭とした宮廷魔術師、魔術師組合の有志たちだった。

 それは長刀を携えた、地位の高さを感じさせる華美な鎧の公国騎士だった。

 

 英雄の時間は終わり。デスナイトを支えていたものはデスナイトの隔絶した実力、そのたった一事である。単身の武勇でもって集団を、戦術を圧倒する強さだけが。

 

 今、それが崩れた。

 デスナイトを取り囲む戦士、盗賊、野伏の戦列は十数人にも厚みを増し、足止めを続けるイヨとガルデンバルドを中心に二重三重の包囲を敷きつつあった。

 歴戦の勇士たちによる封じ込めの後背には、歴戦の魔法詠唱者たち。一流の領域に達した魔道の探求者たちが群れを成す。空を駆ける高位魔法詠唱者すら何人も見受けられる。

 

 強い冒険者などに代表される一部の人間は、時に一軍すら相手に出来るという。

 

 デスナイトは単身で万軍を切り伏せ、不死者の軍勢を編成する存在。ただ一人で難攻不落であり、ただ一人で国を落とす。

 

 軍団を凌駕し一国に相当するアンデッドを滅ぼす為に集ったのは、同様に国一つに相当する戦力だった。

 

 一国対一国の戦い。両者の違いは、前者が孤立奮闘する絶対強者であり、後者が互いを補い合う集団であるという事だ。

 

「オオオォオァアー!!」

 

 死の騎士が吼える。挑む様に、圧する様に。その姿は主命を果たさんとする不屈の意思を体現していた。

大気が波濤し、戦士の背筋を戦慄が走り、心に怯懦が沸き上がる。だが、誰も彼もがそれを押し殺した。

 

「臆するな! 心得よ、この場に集った我らにこそ公都の、公国の未来が掛かっておる! 家族を、友を、同胞を思うなら引いてはならぬ!」

 

 対抗するかのように吼えたのは一人の老人だった。

 大陸最高の魔法詠唱者から直接の師事を許された者たち、選ばれし三十人が一人──『ゴーレム狂』と呼ばれる操霊魔法の達人、第四位階到達者の中でも後半と呼べる高みに身を置く男──エルアゼレット・イーベンシュタウ。

 

 外見だけなら師であるフールーダ・パラダインよりも更に年老いて見える、小さな小さな老人である。身体の前面を覆い隠すほど伸ばした白鬚に異常な分厚さの片眼鏡を掛けた彼は、老いた矮躯に渾身の魔力を漲らせ、震えていた。

 

 この場においては、イヨの他に彼だけが死の騎士という存在を知っていた。かの存在の強大さを、かの存在に相対するという無謀さを、恐怖を。

 

 彼は第四位階を操る破格の魔法詠唱者だが、本来研究者であり学徒である。

死を前にして怯えずにいられるほど、豪胆でも無神経でも無かった。魔法省の最奥で同種のアンデッドに向き合う時も、そのアンデッドを師らと共に捕らえた時も、精神防御の魔法を用いねば姿を直視する事も出来なかった。

 

 初めて見た時はマジックアイテムに乗って空から魔力の続く限り爆撃を行った。それ以降は魔法、マジックアイテム、物理的手段によって雁字搦めにされた姿しか見ていない。

 

 暴れ回るかのアンデッドの姿は泣き出したいほど怖い。今すぐ走って逃げたい。齢八十を超え残りの時間を意識する事も増えたが、その残り少ない時間が惜しくて惜しくて堪らなかった。

 

 ──それでも自らの職責と良心が、彼をその場に押し止めている。

 家族を、友を、同胞を思うなら引いてはならぬという台詞は、周囲への呼び掛けであると同時に自身に言い聞かせる言葉でもあった。

 

「先陣の冒険者諸君、良くぞその災厄を食い止めてくれた! 此処からは皆と同じく私の指示に従って貰いたい! 私は師であるフールーダ様と共にそのアンデッドを倒した経験がある!」

 

 冒険者の、特に前衛の連携はシビアである。如何にそれぞれが一流の実力を持つと言っても、慣れない他チームの人間と更に官民が入り乱れて、人間大サイズでしかないデスナイト一体に集中攻撃を掛ける事は不可能だ。互いの存在が邪魔になり、人数が増える程逆に弱くなる事すらあり得る。

 後衛にしても、遠距離攻撃手段ならば人数が多くとも火力の集中投射は前衛に比べ容易であるが、標的の周囲に味方が蠢いていては範囲や射撃の魔法が使えない。同士討ちになるからだ。

 

 実際に戦闘で足を止めさせる少数の他は周囲を囲み、二重三重の人垣と化して万一突破された際の安全柵とする。その安全柵の更に外側が魔法詠唱者たちのポジションであり──飛行魔法が使える場合は上空だが──互いの距離は発声で確実な意思疎通が取れる程度で良い。

 後は当然魔法を雨霰と叩き込む重爆撃を行う──というのが理想なのだが。

 

 帝国でデスナイトが現れた際、戦場となった場所はカッツェ平野だった。上空からの魔法を遮るものも防ぐものも隠れる場所も無く、故にデスナイトは一方的な魔法の爆撃で嬲られた訳だ。だが公都は違う。

 

 僅かでも自由を許せば、建物の間を通るなど、上空からの射線が通らない移動経路など無数にある。デスナイトの膂力ならその建物自体も脆いものでしかない為、究極的には壁を突き破って移動すれば例え〈フライ/飛行〉を使える高位魔法詠唱者が数十人いたとしても、その攻撃を躱す事は容易だろう。

 

 そういう意味でも『大都市に死の騎士が出現する』という事態は最悪なのだ。唯一勝率の高い戦法と言える魔法による絨毯爆撃が有効に機能しない可能性があるのだから。

 

 走らせた時点で終わりである。なので、戦士による足止めは絶対に必要だ。ただ、味方の戦士の存在は魔法による爆撃を忌避する要因となってしまう。味方ごと焼き殺す事になるのだから当然だろう。それも、デスナイトの足止めが出来るような最上級の、代わりが効かない戦士をだ。

 

 帝国は以前出現したデスナイトを捕獲し、厳重極まる管理体制を敷いて帝国首都の魔法省地下に封印していた。

 如何に強固な封印、捕縛を施せども、あれほど強力なアンデッドを帝都に置く以上、万一に万一が重なった際の──デスナイトが戒めを破って脱走した際の対処等も当然考えている。

 

 因みに、想定されるパターンの中でも最悪に最悪が重なった際の対処法は帝都放棄である。初期対応に完全に失敗し、デスナイトから数えて孫世代までのネズミ算による万単位のアンデッドの軍集団が生まれてしまった場合の話であり、最早人の手に負える状況ではないとの判断からだ。

 

 それに対し、今回の事態はほぼ完璧と言って良かった。エルアゼレットは師であるフールーダと同じく魔法を司るという小神を信仰していたが、今回ばかりは人類を守護するという偉大なる四大神に感謝する。

 

 発生と同時に強力な戦士がデスナイトを足止めし、一人の被害者を出す事も無く──敵が増える事も無く──更に激しい戦闘の余波で老朽化した建物が崩壊し、狭い路地だった場所は数十人規模の布陣が叶う広場となっている。

 

 勿論瓦礫が大量に転がっているが、高位冒険者ならばさして問題にはなるまい。正に、誂えたかの様な、理想的な状況だった。

 

「戦士諸君はそのままデスナイトの拘束を頼む! こちらの統制で魔法を打ち込むので、そのタイミングで──」

 

 この男が公国に、公都にいる事も。

 

「私のゴーレムたちと入れ替わり、魔法を回避してくれ!」

 

 老人の号令と同時に身構えた三つの人型。それはストーンサーバントと呼ばれる、石で出来た人型のゴーレムだ。同じく石で出来たストーンゴーレムと比べて小柄かつ非力であり、人間よりやや大きい程度の身長しかないが、個人が同時に運用できる数として三体は破格である。

 

 エルアゼレットはゴーレムの作成と使役に特化した魔法詠唱者であり、本人がゴーレムたちへの指示と強化に専念する事で、同時に三体の戦闘機動を実現できる傑物だ。半世紀を超える研鑽と私財、公費を注ぎ込まれ改良されたゴーレムたちはかなり洗練された体型と動作性を持ち、全身を黒曜石の盾や鋼玉、珊瑚の枝など計五つの魔法的な強化素材で飾っていた。

 

 投じる状況如何によっては高位冒険者にすら比肩しうる三体である。当然、使い捨てにするには貴重かつ高額に過ぎる物だ。帝国魔法省の警備に使われるストーンゴーレム、古の時代に作成された特別なゴーレム等の例外を除き、通常の手段で製作できるゴーレムの最上級と言って良いだろう。

 だが、デスナイトという災厄を確実に葬る為ならば愛しい子であるゴーレムすら安い代償である。エルアゼレットは魔法詠唱者以前に人間として、そう思った。

 

「了解したぁ! だが、討伐が最優先だ! もしもの時は俺達ごと焼いてくれて構わん!」

 

 視線の先で、デスナイトの反抗は狂気的な領域となっている。白刃の閃きは最早濁流の如く連続して重なり合い、この世の全てを飲み込む暴力の体現だった。

 それを前にして戦い続ける二名の戦士──エルアゼレットの様な冒険者界隈に疎い者ですらその名を知る、巨漢のガルデンバルドと小柄なイヨ・シノン。アンデッドと違って疲労する彼らからは、絶えず汗と血飛沫が飛び散っている。

 

 既に疲労は相当な物だろう。デスナイト相手に近接戦を挑める様な武力も精神力も、エルアゼレットからすれば理解の外だ。だからこそ尊敬に値する。

 

「……応とも! その覚悟確かに受け取った! 総員、使えるものの中で最も威力が高い魔法を準備せよ! 合図で一斉に放て……!」

 

 ゴーレムを対象とした強化魔法である〈インテンス・コントロール〉を受けたストーンサーバントたちが、人工物とは思えない流麗さと力強さで駆け出した。自身が敵と共に焼き払われる定めであったとしても、意思無き彼らの疾走は術者の思いのままだ。

 

「三、二、一──」

 

 イヨとガルデンバルドの二者と入れ替わり、三体のゴーレムがデスナイトに取り付く。完全に攻撃を捨てた、囲んで耐える事のみに専念する動きだ。長く持たない事は明白。だが、この一瞬耐えればそれでよい。

 

「──今!」

 

 質の暴力を滅ぼすべく、数の暴力が解き放たれた。

 

 

 

 

 結果から言うとデスナイトは滅ばされたが、その驚異的な戦闘力は参加した全ての者の奥底に、恐怖と共に刻み込まれる事となった。

 

 総勢が放った魔法は天に吹き上がる火の柱と化し、生ける者全ての鼓膜を痺れさせ、大地を黒く焼け焦がした。どんな凄腕の戦士であってもこの炎の中で生命を保つ事は出来ないであろう、そんな確信を抱かせるに十分な破壊の姿。

 

 だがデスナイトは総計七回の統制された魔法爆撃に耐え、魔法爆撃の時間を稼ぐために行われた同じく七回目の選び抜かれた戦士による切り込みによって漸く殲滅されたからである。

 

 足止めを努めたゴーレムたちは事前の強化と防御魔法にも関わらず、一度目の爆撃を受けた時点で三体ともほぼ大破の惨状であったが、エルアゼレットの魔法によって応急処置がなされ、二度目の爆撃で完全に破砕。修復不可能な石ころと化した。

 

 三度目の爆撃は炎属性防御を付与されたガルデンバルドとイヨを諸共巻き込む形で行われ──魔法攻撃は信仰系を除き、アンデッドに対して有効とされる炎属性のものに限定されていた──その後の切り込みで、公国騎士の男がデスナイトの右足を切り落とす事に成功。

 

 移動力が激減したデスナイトは尚も暴れ狂ったが、漸くはっきりした戦力的優勢を確立できた公都守護勢力の猛攻の前に潰えた。

 

 七回目の爆撃の後、デスナイトは黒焦げの上半身と折れたフランベルジュを離さぬ右腕しか残っていなかったが、その有様で剣の断面を地面に突き立てて這い回り、尚も声無き絶叫を上げて生者に挑みかからんとした。

 

 その執念、憎悪は冒険者たちをして二の足を踏ませるほどだったが、最後はイヨ・シノンが全身灰と化すまで踏み躙って討伐した。

 

 国を滅ぼすに足る化け物を討伐した。戦った者たちは国を救った訳である。しかし、デスナイトの余りの強大さを目の当たりにし、誰しも直ぐには声が出なかった。

 

 静寂の訪れと共に膝を屈し、荒い息を吐く者も多い。その筆頭はイヨ・シノンだ。肉体は癒えても、連続した過酷な戦闘と緊張状態は彼の精神を削りに削っている。気を失わないだけ大したものであった。

 

「……やったんだよな」

 

 誰かがぽつりと漏らした呟きが全体に浸透し、ようやく人間らしい情動を呼び起こした。

 

「……ああ。完全に消滅した筈だ。シノンさんの情報だと、あいつは非実体化したり消えたりは出来ない筈だ。おい、アンデッド反応は?」

「……無い。無いぞ、全く無い」

 

 ──勝ったんだ。そんな実感が漸く湧いてくる。

 歓喜の感情が徐々に高まっていく中、エルアゼレットが代表して、居並ぶ勇者たちを祝福した。

 

「未曽有の災害、伝説にして究極のアンデッド。……死の騎士は我々によって間違いなく討伐された。国側の人間として、命の危険を顧みず戦った皆、特に【スパエラ】の方々とその中でもイヨ・シノン殿の献身と奮戦に、深く感謝を──」

「──まだです!」

 

 労いの言葉を中断させた叫びは、最大の功労者たるイヨ・シノンのものだった。

 

 

 

 

「まだ終わっていません、僕はこの目で見ました! デスナイトを召喚し、殺戮を命じた輩がいます!」

 

 誰一人として反応できなかった。

 ですないとをしょうかんしたやつがいる、とエルアゼレットの舌が本人の意思を無視して言葉を反芻し、しかし理性が理解を拒否していた。

 

 此処にいるのは全員が強者であり知恵者である。一般兵士数十から数百人に相当する戦力を持つ、百戦錬磨の魔法詠唱者、戦士、野伏、盗賊、神官──そんな者たちだ。

当然数多くの敵と戦った事があり、例え自身の専門で無くとも、魔法に関しては詳しい。

 

 ──ですないとをしょうかんしたやつがいる。

 ──デスナイトを召喚した奴がいる。

 ──難度百を超えるアンデッドを、召喚出来る魔法詠唱者がこの世に存在する?

 

 不屈の意思で立ち上がったイヨ・シノンは、必死の表情で尚も言葉を紡ぐ。

 

「恐らく高位の吸血鬼です、少女の姿をしていました! 殺そうとしたのですが逃亡されてしまい、行方は分かりません! 第二第三の事件を起こす可能性があります、このまま直ぐにその吸血鬼を──」

「でぇえ!!! デ、デス、デスナイトを召喚だとぉおお!?」

 

 漸く人語として理解できたエルアゼレットが狂気染みた金切り声を上げ、勝利の余韻に浸りつつあった総員は最悪の現実に引き戻された。

 

 ふざけんじゃねーよ、とリウルのみならず、その場にいた殆どの者が絶叫を上げる。特にアンデッドの召喚や作成の知識を持つ魔法詠唱者たちは、今にも卒倒しそうな表情であった。

 

 公都にいる冒険者の最上位層を軒並み動員し、宮廷魔術師や公国騎士──一人だけだがいい腕をしている──と共に数の暴力で寄って集って滅多打ちにして漸く討伐できた化け物が死の騎士なのである。それだって何かの間違い一つあれば包囲を打ち破られ、被害が拡大する可能性は十分にあったのだ。

 

 そんなデスナイトを召喚できる輩など、それこそ神か魔神かその配下であろう。いずれにせよ人間が太刀打ちできる存在ではない。デスナイト自体が伝説に語られる魔神であるとか、死した十三英雄の一人が怨念でアンデッド化してしまった姿だと言われても信じてしまいそうな強さなのに。

 

 ──それを召喚し、使役し、殺戮命令を下す吸血鬼がこの世に──公都に存在している? 

 

「おい誰でもいい、上空から公都の様子を確かめろ! 他の場所でも戦闘が起こっているんじゃないか!?」

「い、今のところその様子は無いが──」

「不味い、この場にいるのは考えられる限り最大限の戦力だぞ! もし他の場所で暴れられたら到底防げない!」

「どんな化け物だその吸血鬼は、まさか古の魔神──いや伝説に謳われる国堕とし!?」

「今すぐ大公殿下に報告しろ、事態はまだ収束していない!」

 

 一気に騒がしくなった戦場跡地で、イヨは多くの者たちに詰め寄られて、詰問されていた。

 

「あり得るのか、そんな事が! 儂の常識で言えば──召喚自体が信じ難いという点を無視しても──あのアンデッドは死霊魔法に特化した超一流の魔法詠唱者が、長期に渡る準備と多大な労力を費やして大規模な儀式魔法を実行し、ようやく召喚可能な存在の筈じゃぞ」

 

 ズーラーノーンなどの組織に所属する高弟が、弟子を率いて何年も何年も準備に時間を費やし、大量の生贄を捧げて死の力を集める。そういった手段をもってしてさえ可能かどうか判断が付かない。

 デスナイトと言う規格外のアンデッドが殆ど全く存在を知られていない点も合わせて考えるに、人為的な召喚など出来ないと考える方がむしろ自然な気がする。ベリガミニが召喚可能な存在と称したのは、召喚の瞬間を目撃した仲間の証言を信用したからに過ぎなかった。

 

「もしそうだとしても、一体何位階に到達した魔法詠唱者なのやら見当もつかん。……かのフールーダ・パラダイン様を超えるやもしれんぞ」

「もしそうだとすると、少なくとも第六位階以上の魔法詠唱者だと……お伽噺や神話の世界だな」

「イヨ、一応聞いとくが見間違いじゃないんだな?」

「目の前で虚空から呼び出したんだよ、間違いないと思う」

 

 超えるやもでは無い。もし本当にそうだとしたら、少なくとも死霊系魔法に関しては完全に超えているのだ。

 エルアゼレットだけが分かる。何故ならエルアゼレットは高弟として側近として部下として、フールーダの傍で何度も見ているからだ。尊敬する師が、人類史上未踏の領域に到達した偉大なる大魔法詠唱者が、デスナイトの支配に失敗するのを。

 

 ──ふざけるな四大神、世の秩序はどうなってるんだ。

 

 周囲の者たちが官民問わず発覚した新たな危機に対する情報収集と現状把握に努めていると言うのに、老人は先程感謝したばかりの神々に内心で罵声を吐いた。元より別に信仰もしていない神なので都合が悪ければこんなものだ。

 

 傍らでは宮廷魔術師たちや公国騎士たる男がなにやら問いを投げかけていたが、今の彼の耳には届かない。

 

 このエルアゼレット・イーベンシュタウという男、魔法を司る小神を信仰してはいるが、それも『師であるフールーダが信仰している』から祈りを捧げているのだ。むしろ第六位階魔法詠唱者であるフールーダその人を人類の可能性、神に最も近い人物と己の中で定めている節があり、詰まるところそれ以上の魔法詠唱者の存在は彼にとって秩序の崩壊を意味した。

 

 才能と努力次第で人間は其処まで至れるのだと、『道』がある事をフールーダ・パラダインが証明してくれたから。高位の魔法は長寿の異種族や一部のドラゴンだけの専有物では無いのだ、と。

 

 だからクソの様に難解で、馬鹿みたいに進歩が遅くて、関節の痛みや薄毛に悩まされるような年齢になってやっと初心者の域を脱する事も珍しくない『魔法』等というモノに身命を捧げる事が出来ていた。遥か先を行く偉大な先達の指導があったからこそ、第四位階に到達できた。

 

 エルアゼレットにとってフールーダ・パラダインこそが師で、親以上で、目標で、憧れで、人間の可能性で──魔法を司りし神の化身だった。

 

 エルアゼレットは考えずにはいられない。

 ──神を超える存在等認められない。そもそも神を超える様な相手とどう戦えばいい? 第六位階魔法詠唱者である師は条件次第で帝国全軍を滅ぼせるだろう。ならば推定第七位階を使える吸血鬼の戦闘力はどれほどか? 究極のアンデッドとも称すべき死の騎士を従える者など、それだけでも国家規模の存在だ。お伽噺の様に攻撃魔法一つで地形を変え、平原を見渡す限りの毒沼に変える様な所業が出来ないとも言い切れない。しかもアンデッドだ。それ程の力を持ち、無限の命を誇り、生者を恨む存在にどう対処すればよい? 仮にアンデッドの召喚に特化した魔法詠唱者で使える位階の割に本人は弱いと仮定しても、まさか一般人程度の戦闘力しか持たない等と言う都合の良い事はあり得ない。吸血鬼自身も相当に強い筈。召喚されるデスナイトと召喚者は必然的に前衛後衛であり、お互いを強力に補助し合えるだろう。それだけの戦力を相手に人間である我々が──

 

 思考は最早濁流の如し。

 デスナイトと対峙する為に絞り出した勇気はとうに消し飛んでいた。魔法に関してならば師は竜にも勝るとエルアゼレットは固く信じており、死の騎士と対峙できたのだって、同輩と共に師に引き入られて打倒したかつての経験があったからだ。

 

フールーダ・パラダインを頂点とした老人の世界観は崩壊寸前だった。崩壊する理性は、しかしその間際に一つの違和感へと辿り着く。

 

 ──そんな存在を相手にして、何故イヨ・シノンは死んでいない? 公都は滅びていない?

 

 其処まで考えた瞬間、エルアゼレット・イーベンシュタウは老いた身体から出たものとは信じられない程の大声で周囲に叫んでいた。

 

「──シノン殿、少しよろしいか!?」

「は、はいっ!?」

 

 エルアゼレットの怒声に反応したイヨが、弾かれた様に老人の傍らへとやってきた。周囲の者共も余りの大声に反応して注目が集まり、一旦混乱が収まる。

 

 全身が赤黒く染まった少女の様な少年。老いて鈍くなった鼻でも強烈に感じる血臭。どれ程の激戦の末にどれ程の血を流したのか想像も付かない。若かった頃の自分と同じ位の背丈かも知れない、と背が曲がって目線の高さがドワーフ並みになってしまったエルアゼレットは思う。

 

 直接の面識は無く、エルアゼレットの方が一方的に知っているだけの二人ではあったが、老人は自己紹介しようとする少年を手で制し、端的に問うた。

 

「デスナイトを召喚した吸血鬼は、人を殺せと命じた。そして、貴方はそれを止めるべく戦いを挑んだ。そうですな?」

「その通りです、あの」

 

 エルアゼレットは矢張り無視した。と言うより、気に掛けている余裕が無かった。飛躍の発想が現実に即しているか、今の彼が気に掛けているのはそれだけだ。

 

「吸血鬼にとって、貴方は邪魔者でしかなかった筈。召喚モンスターの邪魔をし、自身の望みを妨げる輩であった筈──しかし、吸血鬼は貴方に対してなんら危害を加える事なく、加勢すれば間違いなく貴方を討ち取れたであろうにも関わらず、逃亡した。そうではないですかな?」

「そ、その通りです。一度は戦闘に参加する気配を見せましたが、踵を返して逃亡しました。………何故お分かりに?」

「矢張り。感謝いたしますぞ、シノン殿」

 

 そう。常識で考えれば当たり前の事だった。

 いる訳が無いのだ、如何に異形の種族であろうとも、一分野においては逸脱者たるフールーダ・パラダインを超えたとしても、死の騎士ほどの存在を何のリスクも無しに召喚・使役し得る様な──そんな超越者が存在する筈が無い。

 

 どんなに世界が広くても、そんな絶対者は常識を超え過ぎている。常軌を逸し過ぎている。この世界に存在する等信じられない。

 工夫に工夫を凝らして、大儀式を行い、長い長い時間を掛けて──多大な代償を払って漸く成した秘術の中の秘術、奥義の中の奥義である筈なのだ。

 

 エルアゼレットは集った全員に向けて叫んだ。

 

「総員、力を貸して頂きたい! これは動き回る未曽有の災害を人の世から消し去る為のまたとない好機である!」

 

 邪魔者を殺す事なく逃げ出したのがその証拠だ。

 如何に本能的に生者を憎み殺して回るアンデッドとは言え、それ程の高度な魔法技術を持つ相手なら高い知能が在る筈。国の首都を落とそうとするなら理由がある筈。理由があるなら簡単に諦めたりしない筈。

 

「冒険者諸君らも疲労している筈。これ以上の連戦は難しいとの打算、消耗した状態で再度デスナイトと、しかもその召喚者までとも戦わねばならぬという恐怖、痛いほど分かる。──しかし、公国の、否、人の世界の為に協力して頂きたい!」

 

 にも関わらず、その吸血鬼とやらは加勢すれば難なく倒せた筈の相手に手を出さず逃亡している。殺さなかった結果、公都は守られ、吸血鬼が望んだ殺戮は成されなかった。何故戦わなかったのか、殺さなかったのか。

 

 ──戦える状態では無かったから。殺せるほどの力が残っていなかったからと考えれば辻褄が合う。

 

「諸君らも想像できよう、デスナイトを召喚するという行為がどれ程の離れ業、常識を逸脱した魔法なのかを!」

 

 エルアゼレットは状況から推測した仮説を、全員に向けて説明する。

 例えば、魔法上昇という特殊技術がある。通常より遥かに魔力を消費する事で、本来扱えない筈の上位位階の魔法を無理矢理行使する技だ。

 

 恐らく、吸血鬼が死の騎士召喚に使用したのはそれに近い、より対価が大きくリスクが高い技術だ。そうでなければ極端に時間が掛かるか、予め負の生命力などを溜め込んで、それを用いて力をブーストする必要があるかだ。

 

 イヨ・シノンという計画達成には排除が不可欠な障害を前にして手出しせず逃げ出したのは、その巨大な対価を払った召喚魔法行使の直後であったため、魔法が使えないかそれに準ずるほどの負荷が掛かった状態であるからだと。だから身の安全を確保するために逃げたのだと。

 

 恐らく、再度デスナイトを召喚するのは不可能に近い。もし可能だったとしても年単位、どんなに短くても数か月の準備が必要な筈。

 仮に即座に行えるのなら、駄目押しでもう一体召喚し、公都滅亡を確実なものとした筈だ。

 

 筈、筈、筈。仮定ばかりだが、人生を掛けて学んだ魔法の知識と己の世界観、現状を考えればそれ以外にあり得ない。エルアゼレットは自分を、世界を信じたかった。

 

「現在の公都になんの異変も起きていないのもその証拠! その吸血鬼は著しく消耗した状態にあると考えて間違いない、故に好機である! もしこのまま逃がせば時と共に身を癒し、準備を重ね、またこの様な事態を起こす可能性がある!」

 

 既に再度の召喚の為に、闇に潜みおぞましい秘術を練っているやもしれない。もし脱兎の如く逃げ出していたとしても、その確証を得るまでは安心できない。この世から退場させない限りは、真なる安全は訪れない。

 

 今回の様な奇跡が起きない限り、人為的なデスナイトの召喚は少なくとも一都市、王国や帝国が滅ぶ可能性も十分あるほどの巨大な爆弾なのだ。

 

「無論冒険者諸君にはこれまでの戦い、そして協力して頂けるのならこれからの働きに対しても、公国から十分な報酬が支払われると確約しよう!」

 

 そんな爆弾が国内、それも首都に存在するかもしれない可能性を許容し得る為政者はこの世にいないだろう。滅ぼす事は出来ないまでも、『ひとまず安全だ』『当面は心配無い』というある程度の確証が無ければ話にならない大事件だ。

 

 エルアゼレットは今でこそ公国は大公の下で宮廷魔術師たちの教師を務めているが、それは帝国魔法省からの出向の形であり、上役はフールーダ・パラダインで、忠誠を捧げているのは皇帝ジルクニフである。

 そういう意味では同じく皇帝に忠誠を誓う大公と同列とも言える。無論、乱暴に言えば同じ臣下とはいえ、一国の長と魔法詠唱者では色々と違い過ぎるが。それでも実戦経験者で第四位階詠唱者であるため、今回の一件では現場の裁量権を預かっている。近衛の副長を付けられたのは、単純に戦力としてと、対外的なお目付け役という事だろう。

 

 此度の事件、間違いなく国家規模の物だ。フールーダ・パラダインを超える魔法詠唱者が関わっている可能性が高い以上、間違いなくフールーダその人も興味を示すだろう。

 自分の第一の臣下のお膝元を滅ぼそうとした輩を、皇帝ジルクニフは許さないだろう。無論大公も同じだ。

 

 この事件はいずれ周辺各国に知れ渡るだろう──エルアゼレットは思いつつ、最後の叫びを放った。

 

「緊急事態故冒険者組合への話は後で通すが、依頼を受けてくれる方々は我々の指示に従って貰いたい! ──これより公都を総浚いする!」

 

 公国という国家、冒険者組合、魔術師組合、各神殿勢力──その全てが巨悪討伐の為に力を合わせる事となる、歴史に刻まれる事件の、それは終端の一幕だった。

 

 

 

 

 無論【スパエラ】は依頼を受けた。通話のピアスを装備したベリガミニが先行して現在上空で目視と魔法による索敵を行っており、他の皆は駆り出された騎士や神官と共に、墓地区画へ向かっていた。今の所、異常は起きていない。

 単純に考えて、敵が未だ公都内に潜伏していると仮定した場合、最も可能性が高い場所の一つが其処だと考えられるからだ。アンデッドにとってはさぞや居心地が良いだろうし、公都の中にあって最も死の力、負の力が蟠っている。

 秘密組織や邪教集団、犯罪者の根城などあっても何らおかしくない。

 

「リウル、走りながらちょっと聞いてほしい事があるんだけど」

「ああ!? 別にいいけどお前、喋ってる暇が有ったら少しでも回復に努めた方が良いんじゃねぇか?」

 

 リウル・ブラムがイヨ・シノンに切り出されたのは、その時だった。

 

「大丈夫だよ、僕の魔力なんて専業の魔法詠唱者の人たちと比べたらほんのちょっとだから、もう結構回復して来てるんだ。それよりも、リウルに聞いてほしい事があって」

 

 それもあるが、リウルは精神的な負担などの心配もしているのだけれども。最初から最後まで徹頭徹尾先頭に立って戦い続けていたのだし、掛かった負荷は相当なものであろう──と。

 しかし、イヨ抜きでは最早【スパエラ】は【スパエラ】足りえないのも事実。この事態に際して下がっていろとは言えない為、リウルはイヨの頑張りを嬉しく思った。

 

「こんな時にこんな事言い出すなんて自分でもどうかとは思うけど──こんな時だからこそ言っておきたい。僕、今回の戦いで痛感したんだよ」

「──?」

 

 非常に真剣な口調。共に走る少年の方に目線を向ければ、其処には何らかの決意を滲ませた男の顔があった。

 

「僕、冒険者のお仕事っていうのを、何処かで舐めてたかもしれない。自分は大丈夫だって、根拠のない安心感を抱いてたかもしれない」

「そんな事はねぇだろうよ」

 

 素直にそう思う。自分にも他人にも厳しい態度で臨むリウルの眼で見ても、イヨはこの上なく真剣だったし、日々努力していた。それは誰もが認める所だろう。

 

「ううん、でも何処か甘く見てたんだよ。でも今回の戦いで、本当の意味で分かったんだ。冒険者の仕事って言うのはいつ死んでも可笑しくない危険な物なんだって──いや、この世で生きていく上で絶対安全なんて無いんだって事」

 

 ちなみにこの時点でガルデンバルドは感づき、同行してくれている軍属の騎士や神官たちと共に、二人から少しずつ距離を取り始めていた。

 

「いつ死んでもおかしくないんだ、そう理解した瞬間に僕は思ったんだよ──後悔だけはしたく無いって。たった一度の人生で、死んだらやり直せないんだって生まれて初めて、本当の本当に実感したんだよ」

「お前──」

 

 流石のリウルも、イヨの言に雲行きの怪しさを感じた。嘘だろうイヨ。まさかそんな、こんな時にそんなことを言い出す奴じゃないだろお前は、とそう思う。しかし、イヨの告白は止まらない。

 

「リウルは怒るかもしれない、こんな時に何言ってんだって軽蔑するかもしれないけど──こんな時だからこそ自分の気持ちに正直になりたいんだ」

 

 何時か訪れる死の瞬間に後悔したくないから、とイヨは言う。その顔は限りなく真剣で、何処か思い悩んでいて、不安がっている様で、それでも毅然としている。──強い意志、不屈の意思を見る者に感じさせた。

 もう心は決まっている。誰が何と言おうと曲げない。そんな想いを。

 

「リウル・ブラムさん、僕は──」

「おいイヨ、お前まさか──」

 

 リウルは叫ぶ。しかしイヨの叫びはリウルのそれを掻き消すほど大きかった。

 

「──冒険者を辞めるなんて言う気じゃ」

「──貴女を愛しています! ずっと前から好きでした! どうか僕と結婚してください!」

 

 ──え? 

 

 凡そ三十秒間リウルは返答も反応も出来ず、ただペースを守って走り続けた。

 

「……ぇ」

 

 思わず上方を仰ぎ見ると其処にはベリガミニがおり、彼は何も聞こえなかったかのようにただただ前方を見つめている。

 背後に視線をやると、さっきまですぐ後ろを追走していた筈のガルデンバルドを始めとした連中は十メートルほど離れていて、『何かあった時サポートできる距離を保ちつつ出来る限り離れました』と言わんばかりに何やら情報交換に勤しんでいた。

 

 隣を見ると相変わらずイヨがいて、真剣極まりない視線を自分に向けており、返答を待っている。

 

 そうした逃避的な反応の末、リウル・ブラム十七歳はようやくイヨ・シノン十六歳の告白──プロポーズの意味する所を正確に認識し、

 

「……はぁ!?」

 

 酷く赤面した。

 




考えれば考える程デスナイトが強すぎる。一番レベルが高いイヨでも三十レベルで、デスナイトさんは防御面四十レベル相当ですよ。鬼か悪魔かと。
フールーダさんも考えれば考える程転移後世界では存在が大きすぎるんですよね。自分で寿命を延ばして数百年間魔法を研究し、第三位階まで至れば大成した天才なのに第六位階ですよ。神格化されそうなレベルで偉人。

推定フールーダ・パラダイン以上の魔法詠唱者でデスナイトを召喚するアンデッドとかホント考え得る限り最悪の存在ですよね。当の本人たちはもうすっかり逃避行を満喫してますけど。
「む、デスナイトが滅ぼされたか……まあ、漆黒聖典相手にこれだけ時間を稼げば上等だな」
「見てお父さん、旅人よ。私たちと同じ二人連れ」
「おお、丁度良い。葡萄酒も良いが矢張り血が一番だ。水筒代わりに攫って行こうか、娘よ」といった感じで。

いずれ本編と同時公開する予定の番外編IFルート、『もしイヨが百レベルの人間種エンジョイ勢プレイヤーだったら』と『もしイヨが百レベルの異形種ガチ勢プレイヤーだったら』の設定公開を活動報告にて行っております。設定を公開する事によって背水の陣を敷くスタイルです。

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