ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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レベルアップ:前編

 公都は都会である。断じて都会である。帝国や王国の首都と比べたら規模も小さいし人もいないが、公都在住の公国人はみんな口を揃えて言う。『デカけりゃ良いってもんじゃない、趣きと人情味なら公都が一番だ』、と。

 

 ちなみそう言う者達の殆どは他国の首都を見るどころか公国から出た事すら無いのだけれども、まあそこの所はご愛敬という奴である。

 この世界で国境を跨ぐ様な旅をする人間は全体数からすると極々一部、冒険者に商人と侵攻する軍人位だ。圧倒的大多数の人間は普通、生まれた町や村から出る事も少ない。隣町もしくは隣の領地に行く様な短い旅でも、一般人からすれば結構な大冒険である。

 

 そんな訳で公国が誇る大都会たる公都は、一国の首都だけあってそれなり以上に栄えている。近年は上がり調子の経済のお陰か、一層その傾向が強い。適当な酒場にでも足を踏み入れれば、仕事終わりの一杯を酌み交わす労働者諸氏の喧騒を目の当たりにする事が出来るだろう。

 

 景気が良いと人や物の流れはより活発になる。活発になるとそれがまた人と金の流れを生む。人と金の流れは物流を呼ぶ。世の中はそうして回っているのだ。普段国家等という大きなモノの存在を意識しない一般市民にとってさえ、雇用の充実や自己の生活の向上が起きれば、『最近の公国、良い感じだよなぁ』と思ってしまうものだ。

 んでもってつい気紛れを起こし、『皇帝陛下も大公殿下もあんがとさん、これからも頑張ってくだちゃい』とか言ってみたりしちゃうのである。本人を目の前にしたら絶対言えない台詞だが。

 

 公国という国は元から帝国ありきで成り立っている部分が多々ある。現在の好景気も帝国の順調な経済成長を受けた輸出入の増加及び活発化が根底にある事は、大抵の国民がそれとなく判じている事であった。

 

 元から公国人の多くは帝国に好意的だ。歴史書の一冊も紐解けば公国は帝国から分かれて出来た国だと書いてあるし、長い間友好的に協力し合ってやってきた歴史があり、経済的にも非常に密接なのだ。公国人は極自然に、帝国に対して親しみを抱いてきたのである。

 

 かの皇帝は鮮血帝なんて呼ばれているから実は怖いのかもしれないが、遥か遠く離れた公国に住んでいる人々にはそんなもの関係ない。『その異名だって駄目な貴族を処罰したのが元らしいじゃないか、俺達平民に横暴しないんなら別に良いんじゃない?』とすら思っている。家門を潰された当の貴族からしたら堪ったものではないが、対岸の火事を眺める人というのは得てしてそんなものだ。

 

 今日を生きる国民にとって重要な事は、自分と自分の周囲の人々が幸せか幸せでないかだ。もっと言うと、満足に食べていけるかそうでないかだ。お上は色々と難しい舵取りをせにゃならんのかもしれないが、国を栄えさせる指導者は基本的に好かれる。廃れさせれば当然嫌われる。

 

 人間、生活に余裕が出てくると、良くも悪くも心にも余裕が生まれるのである。

 

 ──なんだか負けそうらしい王国はちょっと気の毒だけど、勝てば帝国と公国はもっと栄えるのだろう。うちの大公殿下も皇帝陛下と仲良いらしいし、何よりだな。

 

 そろそろ例年の戦争の時期だが、国民性からして楽天家一歩手前の前向き気質である公国の民草はそんな程度に思っていた。

 

 

 

 

 そんな公都の中にあって、四六時中鋼のぶつかり合う音が鳴り止まぬ場所がある。

 

「おらぁ、気張って声出せやぁ! そんな様でモンスター相手に戦えると思ってんのか、このひよっこ共が!」

 

 近隣を通れば、木製の塀の向こう側から響いてくる大声に思わず首を竦める事もあるだろう。

 その場所は騎士や警備兵の訓練場では無い。しかし、金属鎧が鳴らすがちゃがちゃとした騒音や、振るう武器が空気を切る音、裂帛の叫び、肉を打つ痛烈な打音を不思議がる者はいない。

 

「いけっ! ド新人相手に腰が引けてる様じゃアダマンタイトなんざ夢のまた夢だぞ、根性見せろ──と、おいそこ! きちんと受け身を取らねぇから転がされる度に無駄に痣作る羽目になるんだ、立ち上がりも遅すぎるぞ! もっと基礎を身に付けろ!」

 

 其処は冒険者組合裏手の習練場である。対モンスターを得手とする冒険者達の多くが汗を流す場所だ。何時の時代でも五月蠅い位の賑やかさを誇った場所だが、最近は殊更多くの人が集い、何時にも増して熱狂している。

 

 その理由とは、

 

「ありがとうございました! ──お願いしまーす!」

「今日こそてめぇから一本取ってやるぜ!」

「返り討ちにしてやりますよー!」

 

 ある人物の存在だ。

 

 その人物を見て第一に湧いてくる感想は『小さい』だろうか。

 

 その者──イヨ・シノンは小さい。身長的にも年齢的にも。外見年齢は十三から十四歳ほどで、身長は百五十センチメートルちょっとしかない。約百五十センチと言えば、十二歳六か月の男子女子の平均身長とほぼ同等である。かの者の実年齢が十六歳である事を考えると結構な短躯という事になる。

 

 冒険者の中でも前衛系が多く集っているこの場に混ざると、対比でより一層小さく感じた。屈強な冒険者諸氏ならば、猫の子か何かの様に片手で摘み上げる事も可能だろう。

 

 第二に思う事は、外見に対する感嘆だろうか。

 

 イヨ・シノンは紛れもなく男性だが、大層可愛らしい子供であった。御淑やかな表情を浮かべて着飾りさえすれば、深窓の令嬢と称しても疑う者はいないであろう。健康的で艶の良い色味の唇、生気を宿して輝く眼、適度に細く、しかし柔らかそうな四肢。繊細さの中に強靭さを秘めた細い手指。部分部分を挙げてさえ、幼さ故の魅力に溢れている。

 

 その外見について普段と違っている所を挙げるとすれば、傷の多さだ。

 

 赤黒く変色した蚯蚓腫れ、皮膚がずる剥けて血の滴った拳、こめかみの大きな瘡蓋、親指の爪が剥がれた右足、踏まれて骨に罅が入り腫れ気味の左足、無数の打撲、切り傷。他多数。手当こそされているものの、イヨは全身傷だらけである。

 まあこれくらいは練習してれば日常茶飯事だし、大なり小なりみんな何処かしらは怪我しているので、本人含めて誰も気にしていなかったりするが。

 

 上は下手くそな毛筆の公国語で『拳』と書かれたTシャツ一枚、下は空手道着、足は裸足。マジックアイテムも含め、他には一切何も身に着けていない。全身汗だくで、身動きの度に三つ編みにした白金の長髪が鞭の様に空気を切り裂いていた。

 

 彼はこの場で最も注目を集める存在であり、熱気の中心であり、最も人気のある人間であった。

 

 一応言っておくと、注目を集めているのは子供が珍しいからではない。容姿が優れているからでも無い。熱気の中心というのも、子供の体温が大人と比べて高い事とは無関係だ。容姿や人格も人気の直接的な原因ではない。

 

 実際問題、この場にいるイヨ目当ての人間に『あの子可愛いっすよね』などと声を掛ければ『んな事ぁ知らんわボケェ! 次こそはあの面に一発ぶち込んでやるんだよ! それまで俺は何十回でもあのガキに挑むって決めたんだよ!』と逆切れされかねない。

 

 散々引っ張ったその理由は──

 

 

 

 

 肋骨の隙間に差し込まれた貫手が男の肺を強打した。痛み等という言葉では到底収まらぬ苦痛に、幾多の経験を積んだ冒険者たる男も思わず身体を折る。その瞬間、襲ってくる浮遊感。

 

 思考の空白を縫う様な機を捉えた投げであった。受け身は無論取ったが、大地に叩き付けられる強烈な衝撃が全身の感覚を奪い去り、秒単位の行動不能を齎す。

 

 秒単位……一瞬一瞬を争う戦いの最中に在っては巨大に過ぎる隙である。余程の未熟者でもない限り、武術を身に着けた者ならば隙を見せた者を数回分は殺傷して余りあるだろう。

 

 貫手と投げ、二度の苦痛を受けても尚閉じなかった男の目に映るのは晴れやかな青空と、寸止めされた踵蹴りであった。

 

周りで見ていた者達も、喰らった本人たる男も思わず感心する様な妙技。

 

「ありがとうございました!」

「クソ、また負けたか。やっぱり強いなぁ、お前」

「ふふん、それだけが自慢なのです」

 

 ──イヨがこの場で最も大きな存在である理由。歳でも容姿でも無いそれは単純な事だ。

 イヨがこの場で最も強い。自身より遥かに大きく断然重い相手にもまるで屈さぬその腕前は、既に超一流の領域に達していた。

 単純に腕前で言うとアダマンタイト級冒険者相当、現状の階級はミスリルである。

 

 冒険者という人種は程度の差こそあれ、実力主義者である。年功序列よりも持っているプレートが、つまりは積み上げた実績とそれを達成した実力が物を言う。

 ミスリル級ともなればその場に居るだけでも同業者から憧れと敬意の視線を向けられる凄腕だ。その上のオリハルコンやアダマンタイトは一国でもそう数はおらず、冒険者という垣根を超えて羨望を集める者達と言えるだろう。

 

 ましてやイヨは、【剛鋭の三剣】以降二十年間に渡ってアダマンタイト級が不在だった公国に突如降り立った超新星。公国が誇る武人であり、現役時代から拠点としていた公都に限ればかの十三英雄をも超える知名度を誇るガド・スタックシオンと五分に戦った少年。

 

 実績さえ重ねればアダマンタイトは確実、次代の英雄とも目される大注目株なのであった。

 それほどの人物が、この所連日冒険者組合裏手の習練場に足を運び、熱心に鍛錬に励んでいる。

 

 ──『一目その姿を見たい』。『言葉を交わしたい』。『あわよくば手合わせをしたい』。そう願う冒険者が続出するのも無理ならぬ事であった。中には冒険者でもないのに習練場まで乗り込んできて『誓約書を書いてきたから俺と生死を掛けた戦いをしてくれ』と懇願する武芸者もいたりした。

 

 冒険者や武芸者、一部の傭兵などの人種は『強さ』に並々ならぬ拘りを持っている。近隣から遠方の強者の情報は常に収集しているし、新手のマジックアイテムやより優れた武器防具を欲し、優れた戦法を探求し自身の鍛錬を希求する。それらを呼吸同然に行っている。

 

 そんな彼ら彼女らにとって、強者との闘いは自身が強くなるために絶好の糧だ。アダマンタイト級相当の実力者との試合、鍛練などは大金を払ってでもやりたいという者達は山ほどいるのである。

 ましてや向こうから『ご一緒に練習しませんか?』『僕も混ぜて下さいませんか?』とぐいぐいくるのだから尚更だ。

 

 例えば王国のガゼフ・ストロノーフや、帝国のフールーダ・パラダインが『実力の高低は問わない、やる気がある者は共に訓練をしないか?』と公に発言すれば、国境を超えて多くの者が押し掛けるだろう。

 それと同質かつ小規模な現象が、今ここでイヨを中心に起こっているのだ。

 

「うぉらああー! 喰らえやボケがあぁあー!」

「すっ、せいぁあ!」

 

 ──その割にはあんまり敬われていないのは、本人のキャラクター性故である。

 

 

 

 

 広大な敷地面積を誇る公都冒険者組合裏手の習練場、その中で最も活気溢れる者達は、

 

「この野郎、くたばりやがれぃ!」

「りゃあ! ──っていうか皆さん、さっきから口悪過ぎませんか!?」

「十も二十も年下の子供に敗けっぱなしでいられるかぁ! 例え数十人がかりの連戦を仕掛けてでも勝てばいいんだよ!」

「そうだ、やったれゼンガ! おーい、再戦可能な連中はこっちに並べ! 一秒たりとも休む時間を与えず攻め立てるんだ!」

「俺ぁ密かにリウルを狙ってたんだよ! 毎日人目も憚らず二人で和気藹々としやがって、あんな柔らかい笑顔のリウルを見たのは初めてだぜ! 溜めに溜めた逆恨みの念の全てを今! お前にぶつけてやる……!」

「今日こそやってやらぁ、ド新人相手に連戦連敗じゃあ先輩の面目が立たねぇ!」

「囲め囲め! 多対一の練習に移行する瞬間を狙うぞ! なるたけ上のプレートを持ってる奴が前に出ろよ、ファーストコンタクトが一番大事なんだからな!」

 

 今日も元気に訓練に励んでいる冒険者たち、計数十人の集団の姿であった。

 外見年齢十四歳の少女──本当は十六歳の成人男性だが──相手に、筋肉をこれでもかと搭載した大柄な男女が一列に並んで、陰性の感情こそ籠っていないにしても、目を血走らせて口々に絶叫する様は実に不気味である。

 

 しかしもっと不気味なのは、ほぼ無装備の、体重五十キログラムにも満たないだろう少年の方が連戦連勝を続けているという事実だが。

 

 その瞬間だけを切り取ってみると集団リンチの真っ最中かと思ってしまう。

 列の先頭の一人がイヨと試合を行い、決着がついた時点ですかさず次の一人が戦いを挑む。戦い終わった一人は列の最後尾に並び直す。冒険者達は代わる代わる休憩を挟みつつ、時間と体力が許す限り挑戦する。イヨも気力と体力が許す限り、次のメニューに移るまで延々戦い続ける。過酷な鍛練である。

 この集団の横には最も年長の教官が付き添い、常に双方に対して声掛けを続けている。

 

「マルゴット、見学もいいが手を動かさねぇか。素振り百回、まだ半分もいってねぇぞ」

 

 昨日冒険者として登録したばかりの新人、マルゴット・ネイトは、素振りの手を止めて思わず視線の先の光景に見入っていた。

 

「あ、すいません教官。……ちょっと、驚愕の光景過ぎて」

「別にそう堅苦しくならなくてもいいぞ? 教官なんて呼ばれちゃいるが、結局の処は基礎体力訓練を施して武器の扱い方を一通り教えるだけの雇われだからな。軍属と違って上下関係がある訳でも無いし──っと、話が逸れたか。あの連中の戦いぶりはすげぇの一言だろう? 武技無しでやってるからこそ素の技量ってもんが良く分かる」

 

 イヨと共に練習に励んでいる者達の中には白金級以上の腕利きも多く、見学の対象としてはこれ以上ないほどだ。

 飛び交う言葉は兎も角として、剣の一振りや槌の一閃、足さばき。どれをとっても見事であり、そしてそれらを上回っていくイヨの動きは凄まじいものがある。

 

「今日は蹴り技をあまり使わねぇし、何時になく投げを多用してるな。本人なりにテーマがあるんだろうが──」

 

 教官を務めている元冒険者がそう評した直後、

 

「おらイヨへばったかー! 疲れたからってペース落としてんじゃねぇ! 腰を落とせ、足を動かせ、小さく纏まろうとすんな! 根性見せろやぁ!」

「おぉっす!」

 

 視線の先では少年が同じく教官役の爺様に叱咤を受けていた。威勢のいい返答と同時に疲労の溜まった体に鞭打って気合いを入れ直す。頭部狙いの振り下ろしを捌き、中段順突きで沈めた。

 

「シノンさんって、実力だけならアダマンタイト並みかそれ以上なんですよね? なのにわざわざ習練場まで来て他の方と混じって、教官指導の下で練習してるんですか?」

「本人が指導して欲しいってんだから断る理由もないしな、ってか素振り……はあ、一旦休憩にするか。見学も兼ねてな」

 

 教官がそう口にした途端、数人がどしゃりと音を立てて地面に座り込んだ。

 マルゴットと横並びで素振りを熟していた新人たち、その内でも体力的に優れていない数名だ。その中にはマルゴットの同郷の人物が一人混じっている。

 

「体力面で言うなら魔法詠唱者にでもなった方がマシなんじゃない?」

「軽々しく言ってくれるなよっ。散々走り回った後に鉄の塊を数十回も振り回せば普通はこうなるんだ!」

 

 玉の様な汗を浮かべて荒々しく息をついてる男の名は、セネル・ハルセウズ。

 知的な印象を受ける名前の通りに背が高く細身で、容姿も涼やかに整っている。しかし幼馴染であるマルゴットに言わせれば、内面はごく普通の十六歳である。別段クールな性格でも無く、お人好しで放っておけない人物だ。

 マルゴットも身長は高いが、セネルと比べれば一回り小さい。それでも女性としては長身の部類に入るけれど。彼女はセネルとは違い、僅かに汗を浮かべた位で、疲労の色を見せていない。

 

 実際の所、金属製の武器を用いた素振りは確かにきつい。

 暇な人はそこら辺の木の棒か、もしくは木刀辺りを三十回程振ってみると良く分かるだろう。高々と振りかぶって深く下す。そうした動作は疲れる。慣れない者なら尚更だ。ましてや数キロの鉄の塊など、心得の無い者は十回も振ればどこかしらの筋肉が疲労を訴える事だろう。

 

「確かに一般人ならお前の言う通りさ。剣って奴は金属で出来てんだ、重くて仕方ねぇよ。だが冒険者になるってんなら決定的に体力不足だぞ? 百回二百回の素振りは暖気運動として熟せる位にならなきゃ、お前ら死ぬぜ?」

 

 ──死にたくなかったら死ぬ気で励め、それでも無理だと察したら、死ぬ前に辞めるのも一つの道だぜ。

 

 茶色の髪に多くの白髪が混ざった教官は主に座り込んだ連中に向かって言った。此処で並んで素振りをしている新米冒険者は一応全員戦士という事になっているが、実際の所は魔法や探索等の特殊な技能を持っていないが為に、戦士として登録されているだけの者たちである。

 

 要するに、冒険者になりたいという志はあるが、武芸の心得はほぼ無い。

 それでも自分なりに鍛えていたり生まれつき運動に自信があったりはするのだろうが、実際に依頼を熟して生計を立てるのには不足気味な者達なのである。

 

「俺達の方から積極的に辞めちまえとは言わねぇがな、訓練期間の内に考えとけよ。講習でも習っただろうが、ただの村人や町人から冒険者になった奴は大半が死ぬんだ。こうして実際に体を動かすとよ、自分は他の連中とは違うなんて考えがただの思い込みだと分かるだろう?」

 

 公国の冒険者組合が新たに冒険者となる事を望む者達に初期訓練を課す事を定めたのは、実は周辺各国でも珍しい事例であった。

 

 というのも、本来冒険者組合は初心者に指導を行ったりはしない。金を払えば別だが、基本的に冒険者という職業は自己責任の世界に生きる職であり、冒険者組合の方から最初期の駆け出し冒険者を指導しよう、育てようという考えを持っていないのだ。

 

 そういった環境の中から実力でのし上がってきた者達を大切にする、という考え方とも言い換えられる。

 

 ──実力不足で死のうが何しようが自己責任。事前に説明位はしてやるし、金を払えば教えもするが、それも否というなら勝手にどうぞ。お前の人生はお前のもんだ、歩き方はお前が自由にすればよい。だけど結末もお前のせいだから恨むなよ。

 

 乱暴な言い方をするとこういう事である。冒険者組合とは、冒険者とはそういう物なのだ。

 

 他国と同じくそういう物だった筈の公国の冒険者組合がこういった取り組みを始めたのは、十年前の事だ。十年前。すなわち、アダマンタイト級冒険者が公国からいなくなって十年経った時である。

 

 当時の公国冒険者組合は、次代の強者を欲していた。

 なにせアダマンタイト級冒険者とは人類の切り札たる者達、桁違いの強者。モンスター対策においてなくてはならない存在だ。それが国内に一チームもいないのは誤魔化しようのない不安要素であった。

 

 強大なモンスターが出現した時、ゴブリン等の繁殖力に優れた種族が大軍を成し、優れた個体を導き手に侵攻を開始した時。そういった危機的事態において、アダマンタイト級の不在は重大過ぎた。

 

 他国のアダマンタイト級に依頼するにしても即応性に欠け、更には遠くから長い時間を掛けて来てもらう分だけ──拘束時間が長くなるので──費用も嵩む。その他国とて多くて二、三チームしかいない切り札を長期不在させたくないという感情もある。

 

 故に即座の対応が求められる状況では、自国のオリハルコン級チームを複数投入するか、オリハルコン級チーム一つを主軸にミスリル級や白金級のチームを補助として数個付けるか、という対応になる。

 

 この対応の仕方は人数を増やす事で戦力を増加するという単純であるが故に効果的な策であったが、問題も多かった。

 

 第一に、オリハルコン以下級の上位冒険者チームとてそう数は多くないのである。彼ら彼女らは多くの修羅場を掻い潜ってきた精鋭で、その領域まで至れる者は数千数万、下手をすると十数万に一人の逸材たちだ。当然数は少なく、一つの依頼に複数投入すると他の対策に回す数が足りなくなる。

 

 第二に統制の問題だ。通常冒険者のパーティは四人か五人辺りが適当である。人数が多くなると意思統一と連携が飛躍的に困難になるからだ。仮に三チーム合同の依頼となると、一行の人数は十人を軽く超えてしまう。それぞれのチームのリーダーがそれぞれ統制を取ると指揮を出す者が三人いる事になり、別行動を取る時などは例外としても、混乱が生じやすくなるのだ。

 この問題はあくまでチーム単位での連携に徹する、最も高位のプレートを持つチームのリーダーが最上位の指揮者となる、各チームの代表が交代で指揮をする等の工夫で解決も出来はしたが。

 

 第三の問題は、死亡率の上昇だ。本来アダマンタイト級が出張るべき案件をより下位の冒険者たちにやらせるのであるから、人が良く死ぬのだ。例え人数を増して戦力の拡充を図っても個々人の力量がアダマンタイト級を下回る事実は誤魔化せず、最善を尽くしに尽くしても悪い巡り合わせであっさり戦死してしまう例が多かったのである。

 

 何度も言うように、上位の冒険者は希少なのである。その数少ない手練れを失っていけば今度こそ完全に立ち行かなくなる。公国の冒険者組合は今までとは異なる解決法を模索せねばならなかった。

 

 アダマンタイト級を他国から引き抜く策──却下。実現が難しい上に、実現できたとしても軋轢が生まれるのは避けられない、それ以降の協力が出来なくなるかもしれない。

 アダマンタイト級に匹敵しうる裏社会の存在を非公式に使う策──却下。素直に従う筈は無く、如何に冒険者組合が国際的な組織であろうとも国の法律を完全に無視した様な手立ては取れない上に、嵌める首輪も首輪に着ける鈴も見当たらなかった。

 

 その他にも様々な案が考え出され、いずれも実行には至らなかった。そういった経緯を経て唯一現実に実施されたのは、組合が今までより積極的に冒険者を育成するという新方針を打ち出す事であった。

 

 稚魚に餌を与えある程度生育してから放流し──同時に十中八九死ぬだけだろう者たちはこの段階で弾き──より多くの稚魚が成魚となって上に登っていく事を期待して、である。

 

 基本的にこの初期訓練は半強制である。前述した様な『ただの村人が冒険者になる』場合等はほぼ必ず受けさせられる。例えば傭兵としての経験があり、既にある程度の実力を有すると認められた場合等を除き、散々拒否し続けない限りは座学と共に受ける事になる。

 また初期訓練を終えてからも、組合の習練場を訪れれば元冒険者の教官から指導を受ける事が出来る様になったのだ。

 

 因みに、教官役を務める元冒険者の多くは金もしくは白金プレートを保持していた者達である。ミスリル以上級は絶対数が少ない上、既に残りの人生を遊んで暮らせるだけの金銭を稼いでいるし、後半生は戦いから無縁に生きたいと願う者も多かったからだ。また自分で道場を開く道や、貴族階級のお抱えに転身する道を選んだ者もいた。

 

 この制度の実施から十年、公国は下位冒険者の質において他国を優越し始めている。それによって、中位や上位の冒険者も将来的に数を増していくと予想される。問題は肝心のアダマンタイトが十年経っても現れない事である。

 

 この制度は良い事ばかりでは無く、『手厚すぎて逆に手ぬるいのではないか』『下位~中位の冒険者の質は向上したかもしれないが、肝心のアダマンタイト級は未だ現れていないではないか』『予算が掛かり過ぎている』等数々の批判もある。

 また冒険者間で共に訓練を受けた同期という考え方ができ、その延長で先輩後輩といった年功序列に近い秩序が生まれつつあり、公国冒険者独特の気風も出来上がってきている。上のプレートを持つ者が上位であるという実力主義を覆すほどではないが、ここら辺も『激しい競争が起こり辛くなり、互いに切磋琢磨しなくなるのではないか』という懸念が一部ではある。

 

 それを馴れ合いと取るか否と取るかは視点によるだろうが、兎も角公国の冒険者組合と冒険者は、良くも悪くも他国とは少し違う。小国故の苦悩、世代交代の失敗を回復しようという足掻きである。

 

 古株の冒険者や引退した元冒険者からは『これのせいか知らんが、近頃の若者は小さく纏まった良い子ちゃんばかりでつまらん』『そうだな、若さ故の勢い、良い意味での荒っぽさって奴が感じられん』『雑魚なんざ手塩に掛けても大き目の雑魚にしかならねぇよ、金の無駄じゃないのか』等の声も聞こえる。

 が、生存率の向上などを受けて『俺の時代にもこの制度があれば死ぬ奴はもっと少なかっただろうよ』『質が高まるとなれば、金と時間を掛けてもやる価値はある』『縦横のつながりが出来やすくなれば、バランスの取れたパーティも作り易いだろう』との意見もあり、結局の所は賛否両論である。

 

 今ここで訓練を受けているような、冒険者になった時点で自分の道を定めていない者たちは、これから試行錯誤によって自分の役割や職という物を見つけていくのである。

 組合側もある程度まではそれを支援していく。

 ただし厳しい現実として、得意分野を見つける前に死亡してしまったり、もしくは何をやっても芽が出ずに冒険者を辞めてしまう者も毎年多く出るのだが。

 

「その点マルゴットは良い線いってる。体力に関しちゃ中々だ。タッパもある方だしバネも良し。覚えも早い。もう少し筋力と技術を身に付ければ、新人の銅級冒険者としちゃあ及第点だな」

 

 教官役のその言葉に、居並ぶ新人たちが様々な表情を見せる。

 

 あいつでも及第点でしかないのかよ、と地面に座り込んでいる少年が苦い顔をし。

 そうすると俺は有望株って処か、と体力が有り余った様子の筋骨隆々の青年が笑みを浮かべ。

 すごいなぁ、パーティ組んでくれないかなぁ、と肩で息をしてなんとか立っている女性が尊敬の眼差しを向けた。

 

「ありがとうございます。で、シノンさんは何故此処で練習を?」

「褒め甲斐のない奴だな全く……何故も何も、さっき言ったろ? 本人が指導を乞うたからだよ。ぶっちゃけ俺達教官側もあいつに指導なんざいるのかと思っちまったが、見てみたら納得したよ。あいつはまだまだ発展途上なんだ」

 

 ──発展途上? アダマンタイト級相当の実力を持つとされ、老英雄と互角に渡り合ったというあのイヨ・シノンが?

教官の口から出たその言葉に、新人たちは揃って視線をイヨの方に向けた。

 

「お前らには分かり辛いかもしれないが、見てると何となく感じないか? 確かにあいつは滅多矢鱈と強いが、武の道に終わりはねぇって事だよ。事実イヨの動きはブレもあれば間違いも──」

「教官、速いやら上手いやらで目が追いつきません」

「シノンちゃ……さんだけじゃなく、今戦ってるミスリル級の方もです」

「動きに全然目が付いて行かないっす。凄いのは分かるんですけど、何がなんだがさっぱり」

「…………お前らはそれ以前の段階だったなぁ……」

 

 教官は思わず肩を落とす。今まさに熱を入れて語り出そうとした瞬間だったのであるが、気が抜けてしまった。

 呆れ半分の視線を居並ぶ新人たちに向けると、そんな目で見られても困るとでも言いたげな若人の群れ。

 

 まあ無理もない。白金やミスリルに到達した冒険者は、身体能力という一点に関してさえ下手なモンスターより上である。ぶっちゃけた話、ついこの間まで純度百パーセントの一般人だった新人たちが視線を動かすより、ミスリル級冒険者が五、六回切って払って薙いで突く方が余裕で速い。

 

 身体能力が物理的限界を超えないイヨの世界の人間同士であっても、一般人ではプロボクサーの拳を見切り、反射し、避ける事は不可能であろう。ましてやこの世界の人間は鍛え方次第で羆より強靭になるのだ。

 

 同じ人間という種族であっても、両者の間に横たわる能力差は隔絶している。種族的に同一の身体構造とスケールを持っていながら、家猫と獅子か、それよりもっと大きい能力差があるのだ。目が付いて行かないのも当然である。

 

「今の振り下ろしすごいですよね、こう……びゅって感じで。此処まで風切り音が聞こえてくる」

「動きの中途から末端までが消えて見えるな。なんであの子は避けられるんだ?」

「こら、あの子って言い方は無いだろ。シノンさんはミスリル級の──え、今なんで対戦相手が倒れたんだ? 急病か?」

「うーん。多分、シノンさんが前手の刻み突きで……いや、後ろ手の鉤突き……分からん。蹴りじゃないのは確か……だと思う。多分」

 

 身体能力だけでもその差。技術、単純な武術の腕まで含めれば差は更に広がる。故に見えない、捉えられない、反応できない。目に映りすらしない。

 致命としか思えない一撃が知らぬ間に空振りしている。どう考えても押し切られてしまう筈の一押しを不動で受ける。超人的身体能力と超人的技量が織り成す武闘。常人が立ち入れぬ領域。

 

 視線の先の先輩冒険者たちが強者であるならば、この新人たちは強者を目指す者。強者に憧れる者。

 自然視線には憧れと尊敬が混じり、思わず拳に汗を握る。

 

「俺も見たかったなぁ、シノンさんと副組合長の試合。もうちょっと早く冒険者になるべきだった」

「あの人、女装姿で歌い踊ってるのしか見た事なかったんだけど、本当の本当に強いんだな」

「たまに猫に話しかけてる所を見かける程度だったけど、こう見ると別人みたいだ」

「近所の子供と追いかけっこしてる姿からは想像も付かない。かのガゼフ・ストロノーフとさえ五分じゃないかって噂も頷ける」

 

 ──あいつ外でなにやってんだよ。

 

 口々に漏れる驚愕の声。教官はその中から聞き捨てならない風評を耳ざとく拾う。

 無論、猫と対話を試みようと子供と一緒になって遊ぼうと女装しようと、犯罪でない限り個人の自由である。冒険者組合の規定にも『動物との対話及び異性装を禁ずる』の一文は何処にも無い。

 

 だからまあ口出しする大義は無いのだが、ミスリルプレートをぶら下げてそんな事をするのは正直止めてもらいたい。幾ら外見も中身も子供そのものだとは言え、色々減る気がするのだ。高位冒険者の威厳とか風格とかが。

 

「庶民派とか親しみやすいとか、そんな見方で収まってくれれば良いけどよぉ」

「大変ですね教官」

 

 実に気安く言ってくれやがったのは、薄い表情を湛えたマルゴットであった。このマルゴットという少女は、セネルと違って表情が動かない。何処か宙を見た様な視線──大抵本当に空か、そうでなければセネルに向いている──で、ぼんやりとしている。

 

 今もまた、教官に話しかけているにもかかわらず、その視線は手を握り締めて見入るセネルとイヨの間を往復していた。

 

「他人事みてぇに言いやがって……其処らの子供なら兎も角、あいつはこの先二十年公都冒険者組合の看板を張るかもしれねぇ男だぞ。人の趣味にとやかく言いたかねぇが、流石になぁ」

「でも良かったではないですか。多少型破りでもシノンさんはあの実力です。公国のアダマンタイト不在の時代はもうすぐ終わるでしょう。遂に【スパエラ】がアダマンタイト級になるのです」

 

 マルゴットという少女は表情が薄い。声も平坦である。視線も大体明後日かセネルの方ばかり向いている。それは今も変わらないが──なんだか微妙に鼻息が荒い。

 よくよく見れば、青い瞳が妙に輝いている様な気がする。例によって教官を見ていないので、はっきりとは分からないが。

 

「ガルデンバルドさんもベリガミニさんもリウルさんも、実力ならばアダマンタイトに匹敵すると評されるお方々。これにシノンさんが加われば鬼に金棒です。ああでも、願わくばメリルさんがいてくれたらバランスが良かったのですが……」

「お前……奴らのファンか」

「良くお分かりになられましたね」

 

 ──誰でも分かるわ。

 

 教官は心底そう思った。この少女の声色に、僅かながらも熱を感じたのは初めてであった。怜悧な美貌が若干浮ついている様にも思える。

 

 実際、上位の冒険者に憧れを抱いて冒険者となる若者は珍しくない。マルゴット以外の若者たちの中にもそれなりの数がいるだろう。

 

 本来冒険者とは対モンスターを専門とする傭兵。しかも国家に忠誠を誓っていない武力集団だ。故に、自前の兵力でモンスターに対処できる国力を持つ国家においては社会的地位が低くなりがちであった。例えば帝国では現皇帝の御代となってからより一層その傾向が増している。王国での社会的地位も、高位冒険者を除けば高いとは言えない。

 

 対して公国では元より他国と比べて冒険者の地位が高い。冒険者を重用しなきゃやってられんほど国力が弱い、とも表現できる。最近では経済活発化やらなにやらで更に需要が増加していた。

 

 他の国なら兎も角、公国においては割と『アリ』な選択なのだ。腕に自信があるからであったり、もしくや憧れを抱いて冒険者となるのは。危険な仕事だから死人が沢山出るのは何処の国でも変わらないが。

 

「【スパエラ】がアダマンタイト級にな……其処までは堅いと言えるだろうが、問題はその後だ」

「む。どういう事ですか」

「お前普段からそういう人間らしい反応しろよな、スケルトン並みに無表情だぞ何時もは。──歳だよ、歳」

 

 歳──とオウム返しに復唱して、マルゴットは数秒押し黙る。やがて理解の色が顔に広がり、

 

「どういう意味か教えてください」

「今分かったんじゃねぇのか?」

「考えても分からなかったから教えてもらおうと判断しただけです。……私の顔って、どうにも他人からは頭良さげに見える様ですね? こう見えて浅学無知な村娘なのですが」

 

 その口調がなんかもう頭良さそうなのである。顔付きも知的で態度も冷静かつ平静。

 しかし彼女は、本人が語った通り村娘である。学校に通ったことも無く、ごく簡単な算数と文字の読み書きを親に教わっただけで、頭より筋肉で物を考えるタイプであった。

 

 一見頭良さそうなキャラに見えるのは、生まれ持った怜悧な顔付きと物静かな話し口調のせいだ。実の所、彼女はイヨに近い精神性の持ち主である。

 

「そのまんまだよ、年齢だ。【スパエラ】の四人の年齢を考えてみろよ。イヨが自称十六、リウルがもうすぐ十八、ガルデンバルドが四十三、ベリガミニが六十一だぞ。後半の二人がこの先十年以上も現役でいられると思うか?」

「むむ。教官は【スパエラ】がアダマンタイト級になったとしても、長続きはしないとお考えで?」

「常識で考えればな。ガルデンバルドもベリガミニも、とっくに引退しててもおかしくない年齢だ。冒険者としては老境も老境だよ」

 

 多くの冒険者やワーカーは四十代半ばで引退する。早い者では三十代終わりごろに身を引く事もあり、五十代を迎えても現役で有り続ける者はかなり少数である。八十歳になっても第一線を引かない某ワーカーは有名だが、彼は例外中の例外だ。誰もが彼の様に在れる訳では無い。

 教官たるこの男も、引退したのは四十五の時分である。

 肉体的にピークを過ぎ、能力の伸びが停滞し、更に衰退し、気が萎え始めるが故に。

 

 ガルデンバルドもベリガミニも肉体年齢的にはかなり若い方である。実年齢からすれば驚異的な程強さを保ち続けている。

 

「イヨとリウルは大禍なく過ごせれば後二十年は現役でいられるだろう。その二十年の内、ガルデンバルドとベリガミニの年長組が一緒に居られる期間は……普通に考えれば一から五年。どう長く見積もっても十年は越えないだろうな」

 

 拳士と盗賊兼斥候の二人だけでは当然やっていけないので、新しいメンバーを募るか、もしくは自分たちが他のチームに合流する事になるだろう。ただ、その場合はアダマンタイト級として活動を続けられるかというと微妙だ。

 新メンバーが同等の力量の持ち主ならば幾度か実績を成したのちアダマンタイト級で継続だろうが、それが出来ずにミスリル級やオリハルコン級のパーティに合流した場合等、扱いは『アダマンタイト級二名が所属する○○級パーティ』だろう。

 

「むむむ。確かにお二人は若くはありませんが……」

「まあ、言ってたってしょうがねぇ話ではあるんだけどな。世の中なるようにしかならんし、その頃には後進も育ってるだろうしよ」

 

 ただ、一応冒険者組合の所属である教官としては、色々と将来の事も考えねばならないのだ。

 アダマンタイト級不在の時代など一秒とて長引かせたくはないし、もう一度訪れる事など絶対に有ってほしくない。しかし現実を見据えると色々不安なのである。

 

 公国内に存在するオリハルコン級は三チーム。【スパエラ】、【八条重ね矢】、【天葬術理】だ。公平な視点から見て、この三チームはどれも少なからず不安要素を抱えている。

 

 この内、【スパエラ】の不安要素は先ほど上げたメンバーの半数が高齢で引退が近いだろうという点と、他には癒し手の不在。──それと、経験の不足である。

 イヨは言わずもがなとして、リウルも冒険者歴が約三年の若手。ベリガミニは元々市井の魔法詠唱者だったので、冒険者歴自体はリウルと同じで約三年。ガルデンバルドも冒険者としてはかなり遅咲きで、組合に登録したのが三十一歳の時である。他の二チームと比べると年齢の割に若手なのだ。

 

 公都を拠点とするもう一つのオリハルコン級【八条重ね矢】の不安要素は、その尖がり過ぎたパーティ構成である。八人中四人が魔力系魔法詠唱者兼射手、二人が癒し手兼壁役の神官戦士、残り二人が盗賊と野伏というとんでもないチームなのだ。

 十代中盤に冒険者となった三十代前後の者達で構成されており経験豊か。しかし『敵の射程範囲外から魔法と矢の雨を降らす。基本的に近接距離には近寄らない』という方針で固まっていて、前衛と中衛が後衛を活かす事のみに特化したアンバランスな構成。強大な敵を無傷で一方的に殲滅した逸話は数知れず、しかし接近されて乱戦に持ち込まれるとかなり不安定で脆い。

 

 【天葬術理】は他の大都市に居を構える者たちで、実年齢としても冒険者歴としても若手だ。しかし結成当時からメンバーが変わらないまま在り続けたが故に、連携は目を見張るモノがある。攻撃的前衛と防御的前衛、補助的中衛、癒し手の後衛、火力的後衛と構成のバランスも見事である。

 問題は、チームの中核である攻撃的前衛と火力的後衛の男女が大貴族の出身で、しかもお家の継承に深く関わる長子である事。今は五月蠅い実家を活躍で黙らせているようだが、今後どうなるか不透明な所がある。

 

 ──公国のオリハルコン級は……なんつーか、人間的に濃いというか、一癖も二癖もあるというか。

 

 何処の国の高位冒険者も大概そうなのだが、一筋縄では行かない、そんな感じの連中なのである。

 

「【戦狼の群れ】辺りは昇格も視野に入り始めてるし、その辺りに期待ってとこか」

「──良い事を考え付きましたよ、教官」

「……なんだ?」

 

 マルゴットの無表情も、つい十分前とは全く違った風に見え始めた教官だった。

 

 うお、と新人たちからどよめきが上がる。

 

 丁度イヨが鋼剣を受け損ね、拳を深々と斬裂された所だった。訓練は既に最後の追い込み、多対一の戦闘に突入しており、現在急場の連携でイヨに躍りかかっているのは白金級三人とミスリル級一人の混合チームであった。

 連戦に次ぐ連戦で完全な疲労状態に陥っている少年に対し、最後のこの時を見越して体力を温存していた四人はまだ元気溌剌だ。多数の利と豊富な体力を活かして的を絞らせない立ち回りを続けているが、

 

「あ」

 

 イヨの身に刃が届いているという事は、剣の持ち手は間合いの内に存在するという事。斬裂と同時に放たれていた蹴りがミスリル級剣士の意識を奪い、次いで中心人物を失った三人に襲い掛かった。

 

「あの怪我は練習の範疇を超えている様な」

「イヨはポーション持ってるから、一応大丈夫だ。ナナロバ薬品店の最高級品だぞ、あの効果と値段がクソ高い奴。……で、良い事ってなんだ?」

 

 イヨはアダマンタイト級に匹敵する拳士だが、モンクではない。故にモンク系の技である〈アイアン・ナチュラル・ウェポン〉を保有していない。その裸拳は鉄板を貫通し岩をも砕くけれども、無傷でとはいかないのだ。故に受け方を間違えればこうして痛手を負う事になる。

 

 イヨが普段の訓練を無装備状態で行うのは、より正確な受け技を養う為。そして生身を虐め尽くす事で、より頑強な身体を得る為だ。立木や砂袋を殴りつけて拳を鍛えるのと同じような行動である。

 

「──この私、マルゴット・ネイトとセネル・ハルセウズがアダマンタイト級に上り詰め、【スパエラ】の後代となるのです」

 

 今日もまた、夢見る若者が一人、冒険者の道へと踏み入っていく。ちなみに彼女の相方であるセネルは『は!?』とでも言いたげな動きで後ろを振り返り、首を痛めた。

 

 




まず第一に、色々とすいませんでした。
どんなに忙しくても月一回は投稿しようと考えていたのですけど、かなり頑張ってもギリギリでした。
しかも間が空きすぎて自分自身「どんな展開にしようと思って此処まで書いたんだっけ……?」と思ってしまう始末。五千文字位で次の場面に映る筈が一万六千を超えるってどういう事なんでしょう。無駄に長くてすいません。これでもまだ尻切れ蜻蛉なんです。だってレベルアップに言及出来てませんもの。後編ではそこら辺をちゃんと書きたいです。

この前ふと思い立って「白金 髪色 画像」で検索してみたんですが、白金ってどんな色か今まで知らずに書いてました。「へー、白金の髪ってこんな風なんだ」って感慨深かったです。多分イヨの髪はちょっと白っぽい金髪って感じかと。

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