ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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黄金のラナー

 

ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。黄金の異名を持って讃えられる、輝かしい容姿と心を生まれ持った少女である。

 

 リ・エスティーゼ王国第三王女としてこの世に生まれ落ちた彼女は、人として望まれる全てを合わせ持っていた。

 神の創造物を思わせる神々しき美しさ、弱き者達の為に手を尽くす慈悲深い精神。無限の優しさと慈しみを持った心。様々な政策を考え出す溢れんばかりの叡智。一つとっても人の身には過ぎたる宝物を、三つ四つと持って生まれたのだ。

 

 周辺国家に知れ渡ったその美貌。

 色素の薄い金の長髪は太陽光を受けて正に黄金の様な輝きを放ち、見る者の目線と共に心を奪った。もし仮に少女が街中を出歩けるような身分に生まれ育ったとしたら、彼女が道を歩くたびに通行人が足を止めた事だろう。宝石の如き青の瞳は純真なる無垢と清らかな心の有様を体現したかのようで、暖かい眼差しは見る者の心を優しく見通す。

 

 誰よりも優しき心は美貌に劣らぬ輝きを持っていた。

 奴隷制度の廃止を初め、彼女が提案する政策は、弱き立場の民草を想ってのものである事が多い。理知にも優れた彼女の発案は平民だけでは無く、結実すれば国そのものの強化や盤石化に繋がる政策だったが、第三王女という立場に生まれた彼女には貴族たちとのパイプが無く、そもそも日の目を見る事すらなく潰える事の方が多かった。

 

 そうして、民を想っての政策が体面をばかり気にした貴族の横槍によって消え行く度に、優しい少女は人目を忍んで泣き濡れた。唯一傍に侍る事を許した兵士、クライムの前でのみ嘆き悲しんだのだ。そうして弱い自分を外に出す事を、気丈に振る舞おうとする彼女は良しとしなかったのだろう。

 だから唯一心を許した男の前でだけ泣き、また国の為民の為に全力を尽くすのだ。

 

 少年と青年の境に位置する年齢のクライムは、本来ならば王族の傍に控える事が許される様な生まれでは無い。ラナーが雨の中で死にかけている彼を救わなければ、何が不幸か何が幸福かも知らずに死んでいただろう。

 

 彼には姓が無い。あるのはただクライムという名前のみだ。

 彼には親がいない。生物学的な母親と父親は無論存在するだろうけども、保護者として傍に居てくれる両親を生まれながらに持たなかった。

 幸せか幸せでないかで言えば、紛れもなく不幸な子供だった。しかし当人はそもそも『幸せ』を味わった事が無い為、不幸がなんなのかすらも分からなかった。日々の辛い暮らししか知らず、それが日常で、全てだったから。

 

 この世界のどこの国にも一定数存在する貧困層の更に下層の存在として一人として生まれ──庇護者もおらず仲間もいなく、まるで野良犬か何かの様に残飯を漁ってどうにか日々を生き、そしてそんな生活すら悪い方に傾いてあっさり死ぬ。

 

 ──あの日あの時の出会いが無ければ、間違いなくそうなっていただろう。

 

 死の間際にいた彼に手を差し伸べてくれたのが黄金の少女、ラナーだった。それはクライムにとって、天に輝く太陽が直接自分に救いの手を差し伸べてくれたのと同義の出来事。

 

 その日、ラナーはクライムにとっての全てとなった。時が経ち、クライムはラナーの支えとなった。

 

 敬虔なる信徒が神の教えに忠実に日々を過ごすのと同じく、否、むしろそれ以上にクライムは彼女の為に尽くした。あの日の恩を返す為、自分を人間にしてくれた少女に報いる為──身分違いは百も承知の恋心を只管に押し隠し、ただ一心に励んだ。

 

 仕える主──あらゆる全てに恵まれ、しかし周囲の不理解が為にその行いが結実しないラナーと違い、クライムには際立った才が全くなかった。身体、知恵、武、魔法。どれをとっても素の才覚は平均かそれ以下。

 才ある者なら障害にもならない些細な壁が、彼にとっては不破の絶壁となってしまう。全てを鍛えては何者にも成れない。一つを徹底的に鍛えても天才や秀才を超えられない凡才。それがクライムだった。

 

 それでも彼は唯一の取柄ともいえる忠誠心、ラナーに対する感情によって、尽くせる限りの努力を尽くしに尽くした。牛歩の速度で上達し、限界の壁に体当たりを続ける日々。

 

 狂信に近い想いに支えられた反復練習によって、剣の腕は冒険者で言う銀~金級にまで到達した。もしも仮に敵がオーガや虎、羆程度であれば十分に打倒し得る腕前である。凡人が努力だけで得られる強さの限界点と言っていいだろう。それでも彼は満足しない。むしろより強くより役に立てる自分に、主に恥じぬ自分にと努力を続けた。

 

 美しく賢い清純な姫君と非才で直向きな兵士。無限の尊敬と憧憬と忠誠、そして生涯隠し通すと決めた恋心を抱えたクライム。無垢の信頼と信用、自らが拾った少年にやや過大な寵愛を抱くラナー。

 二人は詩歌や歌劇の中の登場人物の如き組み合わせだった。

 

 もしも安寧の世に生まれたのだったら、二人は添い遂げられないなりに幸せになれたかもしれない。しかし、二人が出会ったこの世はこの国は、安寧とも平穏とも程遠い時代の真っただ中だった。

 

 今現在、王国は崩壊の瀬戸際にある。昨日も今日も、そして恐らく明日も、国のどこかで混乱が起き、民は怒りと悲しみに叫び、貴族は仲間割れや独断専行を繰り返すのだろう。

 

 リ・エスティーゼ王国は──滅びようとしていた。

 いや、一部分においてはとうの昔に壊死していたやも知れない。ただ国という巨大な図体の生き物は、一箇所二箇所が腐り落ちても死に掛けても、短い間ならさも問題が無いかのように振る舞う事が出来てしまうのだろう。

 

 何時か死ぬという未来から目をそらし続ける限りは。その死の瞬間までは。死んだ部分から全体に波及する歪みや腐敗を見て見ぬ振りをする限りは──

 

 

 

 

「失礼、いたしました。ラナー様……」

 

 クライムはラナーの私室を退去した。その背中は、普段から主に相応しい兵士であろうと己を律する彼らしくなく、小刻みに震えていた。硬く引き結んだ唇からは今にも苦鳴が漏れ出そうで、しかし鋼の如き精神力により、寸前で律されている。

 

 ほんの僅かな間その場に佇んだ彼は、部屋の中から漏れ聞こえる嗚咽に背中を押された様に歩き出す。何処に行くのか本人にも分からない。主人の命──否、頼みだけが彼を動かしていた。

 

『これ以上情けない処は見せられないから──クライムには、見せたくないから』

 

 主はそう言った。痛々しく泣き腫らした顔から新たな涙を零しながら、それでも微笑んで。

 また頑張る為に、また自分の出来る事を一生懸命やる為に立ち直ると。その力をクライムから貰ったから、もう大丈夫だと。

 

 クライムの心中に吹き荒れるのは激情。主人以外のありとあらゆるものに対する怒りや憤り──混然とした真っ赤な感情の嵐だった。

 

 王国は荒れ始めている。貴族派閥と王派閥の争いや犯罪組織の横行、近隣国からの侵攻などの問題を抱えた国ではあったが──これ自体は、程度を無視して言えばいつの時代の何処の国にも少なからずあった問題なのだけど──それらの問題が、多様化かつ甚大化してきているのだ。

 

 王国はクライムやラナー、ラキュース等の目線で見ても問題が多過ぎ、そして重大過ぎた。

 外部の脅威に対してさえ団結出来ないほどの行き過ぎた対立構造、足の引っ張り合い。数代に渡って裏組織と関係を持ったせいで、連中の操り人形と化した一部の貴族。そういった者たちが各所に圧力を掛けるせいで機能しない司法。将来的な税収の低下に繋がり、回り回って自らの首を絞めるにも関わらず徒に平民を虐げる者達。

 

 帝国との戦争に公国が加わり一層不利になる前ですらその有様だったのだ。今は全般的にもっと酷い。情報の誤認や風説の流布により、味方同士で権力では無く武力での闘争が勃発する可能性すら見え隠れしてきている。今まではそれ程多くなかった平民の逃散や反乱の傾向すら見え始め、国全体が軋みの如き鳴動を奏でていた。

 

 クライムは骨が軋むほどの力でもって拳を握り締める。各所に立つ騎士たちに見咎められぬ様、平常を保って歩くのが困難な程の怒りを抱えていた。

 

 王は近頃心身ともに疲労を抱え過ぎたのか、何時にも増して顔色が悪い。問題を解決すべく全力で執務に励まれているのに、状況が好転する兆しは見えない。懐刀たるガゼフ・ストロノーフ王国戦士長とその戦士団も王の手足となり働いているが、相変わらず貴族に嫌われている為、今まで以上に横槍が絶えない。

 

 数少ない良い変化を挙げるなら、今まで両派閥間を行き来する蝙蝠として知られてたレエブン候と、ラナーを化け物と言って憚らなかったザナック第二王子が、実は誰よりも王国の将来を真剣に考える者だったという事実が発覚した事だろうか。

 

 彼らの立場は表向きには変わっていない。表立って統制を取り出すと四方八方からあれやこれらと口出しに横槍を受けるからだ。だからこそ今までは陰で両派閥間のバランスを取り、裏切り者や卑劣漢に情報が渡らぬ様努力してきた。

 

 『屑は裏切りを、アホは権力闘争を、馬鹿は不和を撒き散らす』──自分とその派閥の者以外の貴族の元に賢い者がいないという有り得ない状況の中で足掻き奔走し続けた男、レエブン候の心の叫びである。

 

 ガゼフは、今まで候を良く思っていなかった。それこそ、両派閥間を飛び回って暗躍する蝙蝠という異名の通りに嫌悪していたとさえ言っていい。クライムも良く分からない人物だと思っており、好感も嫌悪感も、はっきりとした感情を抱いていなかった。

 王派閥の陰の支配者。王国の崩壊を驚異的な政治手腕で防いできた功労者。レエブン候の真の姿を知った時、二人は己の不明を深く恥じた。蛇蝎の如く嫌ってきたレエブン候、良く分からない人物だったレエブン候こそ最も王の為に力を尽くしてきた人物であるという事実は、二人が培ってきた宮廷内の世界観に革命を齎すに足る衝撃であったのだ。

 

 レエブン候と候に従う者たちが、裏で限られた相手に対してのみとは言え自分がやってきたことを明かし、協力と団結を求めたのは──そうでもしないと本当に王国が持たない、という冷徹な予想があったからだ。

 

 下手を打てば今年、下手を打たずとも来年、ありとあらゆる全てを精一杯上手くやって再来年。──何の対策も取らず、座したままの今まで通りで王国が持つ年数を、レエブン候が予想したものである。

 今のままでは今年の戦争で王国が帝国に敗れる可能性すらあると察し、志を共有出来る者たちで徒党を組もうと候は考えたのだ。今現在王国の中枢で足掻いているのは王とザナック第二王子にレエブン候とガゼフ、ガゼフ率いる王直轄の戦士団、王と候の元に集った貴族とその配下、ラナーとクライムに、戦力として限定的ながらも蒼の薔薇と朱の雫。

 

 錚々たる面子である。王国の内部にこれ以上の能力と人格を併せ持った人間はそうはおるまい。悲しいのは、それでも王国内部において多数派では無いという一つの事実だ。数が足らないし、頭脳も戦力も勢力も足りていない。

 王であるランポッサⅢ世はリ・エスティーゼ王国において最大の勢力を有する領主、レエブン候は各分野の中で一つくらいは王を凌ぐと称される六大貴族の一角、ザナックは第二王子、ラナーは第三王女、レエブン候と王に従う貴族の中にもそれなりの権力と地位を持った人間はいる。

 

 この面子は例えで言うと『王国内権力者ランキング』の様な物を作ったと仮定した時、上位百人に位置する者達も多くいる。王、レエブン候、ザナック王子の三人は間違いなく十指に位置するだろう。ラナーは貴族とのパイプ持っていない上に未婚だが、その善行と人格により国民に慕われている。

 

 大きな力に思える。それでも足りないのは、同じく十指以内に位置し第一王子バルブロを擁する六大貴族の幾人かが敵方に寝返っていたり、はっきり敵方に付いた訳では無いが王国に居続ける事が利益になるか思案している最中であったりする為である。その者達の配下や派閥の貴族たちも同様で、酷い者になると『帝国も公国も恐るるに足らず、敵対派閥さえ打倒したら全ての問題は解決できる』と考えている者が未だに存在する。

 

 もう一度言おう。ランポッサⅢ世、第二王子ザナック、第三王女ラナー、六大貴族の一角たるレエブン候、周辺国家最強の戦士ガゼフ・ストロノーフと蒼の薔薇と朱の雫。そして彼ら彼女らの元に集った貴族や兵士、騎士、戦士。これだけの面子をもってして尚、王国の意思を統一し、生き残り勝ち残るという一致した目的に動かす事は難しい。

 

 『強い権力を持っている人間が複数集まった』程度の対策で国の淀みを一掃してしまえるのだったら、そんな事はもっと以前にやっていただろう。王国は確かに甚大な問題を多く抱えていた。だが、王国を愛し、救いたい、良くしたいと思っていた権力者は何時の時代にも存在したのだ。今の時代にもこれだけの面子が王国を、王国の民を救いたいと思い行動している。

 

 恐ろしいのは奇々怪々にして跳梁跋扈、人の形をした権力と欲望の魔物どもの悪意と、人間が誰しも持っている愚かしさの積み重ね、其処に付け入る者共の悪辣さである。

 人間集団で生きる限り誰も社会と無縁ではいられず、善人たちは国家の空中分解、内乱による自滅を回避するために細心の注意を払わざるを得ず、そうこうしている内に優勢の敵は更なる一手を打つ。それがまた状況を悪化させる。

 

 王国は荒れ始めている。今年は何とか戦の体を成すだろうが、来年はそもそも戦場に軍を展開させる事も出来るかどうか。

 犯罪組織は活動を複雑に活発化させ、その煽りを受けた走狗の貴族は奔走する。敵国の靴を舐める欲の亡者は日増しに増え、滅びの気配を嗅ぎ取った民は不安に胸を焦がす。

 

 ──賢く優しい王女は今日も泣き暮れる。知恵を絞り力を尽くし、それでも全員は救えないと涙を流す。

 

「ラナー様……」

 

 気付けばクライムは自分の部屋にいた。ロ・レンテ城を守る十二の塔一つにある彼一人だけの部屋だ。決して豪華でも豪勢でもないが、第三王女付きとはいえ一兵士であるクライムにとっては過分とも言える待遇の一人部屋。

 

 何時の間に此処まで歩いてきたのか記憶が無い。今の自分の身体の状態すら定かでない。唯々胸が痛く、怒りを湛え、無力感に苛まれていた。

 

 ラナーはこの所毎日泣いている。

 以前の何倍も叡智を絞って様々な策を考え出し、蒼の薔薇や腹違いの兄、レエブン候と協議をし、どうにか王国を──一人でも多くの民草を生かすべく努力し、そうして忙殺の中で一日が終わり、明日もまた動き続ける為だけに休養を取る。取らねば倒れる。天才的な賢さを持つラナーが倒れれば、王国は大きく滅びに向けて歩を進めるだろう。そんな事態を引き起すわけには行かないから、逸る心を静めて休む。

 

 眠りに落ちるその間際に僅かな時間だけ、ラナーは嘆く。慈悲に溢れる優しい王女は、自分にもっと権力があれば、自分がもっと賢ければ、自分がもっと頑張っていればもっと多くの人を救えただろう、と。苦鳴を漏らす。それを慰め、励まし、宥めるのはクライムの役目だ。

 

 ラナーは王国を取り巻く環境がどんどん悪化してくるに連れ、クライムにより長く自分の傍に居る様にと懇願した。今では彼女が起きている時、クライムは出来る限り傍に居る。傍で支えになり続けている。

 

『ラナー様は誰よりも民の為に努力しておられます。その働きによって救われた人々は数えきれないでしょう』

 

 必死でラナーを宥める度、クライムは思わずにはいられない。何故この王国でも最も優しく優れた人物である主が嘆かねばならないのか、と。

 

『無駄などではありません。ラナー様の成す事は他の者には出来ない事ばかりです。例え実際に手を伸ばす事は叶わずとも、誰よりも民の為に心を砕いておられるでは無いですか』

 

 何故太陽の輝きを放つ筈の顔が、涙を流さねばならないのか。クライムは主人を悲しませる全てが許せなかった。王国の地を汚す帝国も公国も、足を引っ張るばかりの一部の貴族も、民を食い物にする犯罪組織も、全てが憎くて堪らなかった。

 

『ラナー様……どうか泣かないで下さい、ラナー、様……』

 

 そして──王国で最もラナーを敬愛し、尊崇しているだろうクライムが何より許せないのは、クライム自身であった。

 

 智に優れる主やザナック第二王子、レエブン候。

 武勇において並ぶ者なしと讃えられるガゼフ・ストロノーフ戦士長、人類の切り札たるアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇に朱の雫。

 数多の経験を持ち、王としての正当な血統と権威を持つランポッサⅢ世。

 集った数多くの兵士に騎士、戦士と貴族たち。

 みんなが王国を滅びの定めから救うべく働いている。それはクライムとて同じだ。ラナーの傍に唯一侍る事を許された兵士として、一秒も気を抜かず主の傍で主を守り続けている。出来る事を目一杯の精一杯にやっている。

 

「くっ……ぐう、ぅう……」

 

 歯も砕けんばかりに噛みしめた青年の口から嗚咽が漏れる。断じて泣かじと鋼の意思で抑え込もうとするが、漏れる声は途絶えない。滲む涙で視界がぼやけていく。

 胸に走る激痛は自責の念と無力感、自己嫌悪。

 

 ──何故、自分はこんなにも弱い。

 

 ラナーによって命を救われたその日に誓った筈だ。救ってもらったこの命の全てをラナー様の為にと。受けた恩を必ずやお返しする為にと。黄金の笑顔を曇らせない様にと。そうして死に物狂いで努力を続けた筈だ。限界の限界にまで肉体を酷使し、ただひたすら主の為に──

 

 例えばクライムがかの十三英雄に匹敵する剣の使い手であれば、魔法詠唱者であれば、知恵者であれば。その力でもって苦難を払い、王国を救い、主に安寧を齎すことが出来た筈だ。

 其処まで荒唐無稽な力を持っていなくとも、周辺各国に名が知れる程の剣士だったら、魔法詠唱者だったら、知恵を持っていたら、主の力になれた。主の負担を減らし、手足となって人を救う事が出来た。

 

 クライムには何もない。実力が無い。才能が無い、知恵も無い。

 剣の腕は王国の兵の中では手練れである。農民にただ武器を持たせた様な兵では、十人いようとクライムは倒せないだろう。かの帝国四騎士相手は無謀としても、ただの帝国騎士であれば十分に倒し得る強さを持っているのだ。

 

 人によっては十分強いではないかと言うかもしれない。だが、クライムにとってその程度の強さを持つ事など慰めにもならない。彼の目指す目標は、努力しても努力しても届かない目標は、もっともっと高い所にあるのだから。

 

 それに、クライム自身考えるまでも無く分かっているのだ。この王国の窮状に対して、高々十人力二十人力の強さを持つ兵士が一人いた所で焼け石に水である、と。

 文字通り単身で一千の兵を打倒し得る一騎当千の戦士、ガゼフ・ストロノーフの存在ですら、何万何十万がぶつかり合う戦場においては『無視できない大きな個人』でしかないのだ。その存在感は巨大で強大だか、帝国もそれは重々承知の上で戦略と戦局を組み立てている。

 

 圧倒的強者であれ、絶対的要素とはなり得ない。なっていたらこうも毎年攻め込まれていないだろう。

 

 五宝物を装備したガゼフ・ストロノーフでもそうなのだ。それより圧倒的に弱いクライムに何が出来ようか。戦場という海と比べてガゼフが湖の大きさとすれば、クライムは大きめの水溜りでしかない。

 

 主の愛する国が滅びゆくその瀬戸際に、ただ励ます事しか出来ない。ただ支える事しか出来ないのだ。自分より遥かに優れた人間であるラナーに声を掛ける事しか──今まで出来なかった。

 

 ──自分の様な無能な人間を傍に置いているせいで、ラナー様にご迷惑をおかけしている。

 

 そうであってはならないと剣を振ってきた。勉強をし、振る舞いを身に着けた。だがどれもこれも常人の域を出ないのだ。クライムとは比べるのも烏滸がましいほど武に優れたガゼフ、智に優れたレエブン候の様に職務をこなせない。

 

 自分に彼らの様な力があれば、主の嘆きをもっと減らせただろうに。主が愛する王国の民を救えただろうに。

 クライムにはただ傍に居て声を掛ける事しかできな──かった。

 

 今までは。

 

『お願い、します、く、クライム……』

 

 クライムはラナーに恋心を抱いている。それは自分で分かっている事だし、周囲の幾人かもそれを察している。身分違いにも程がある、明かすべきではない恋だ。成就など夢想する事も許されない恋だった。

 だから今まで押し隠し、律してきた。履き違えてはいけない。本来ならお傍に仕えるどころか近くで見る事も出来ない程尊いお方なのだからと。拾われた恩を返すために傍に居るのに、そんな事は許されないと。

 

『お願いです、クライム……』

 

 今日、その誓いを破った。

 一兵士の領分を超え、自らに課した掟を台無しに、尊崇する貴き主に触れた。

 

『抱きしめて、くれませんか……?』

 

 泣き腫らした顔が余りに悲壮で、愛する民の為に涙を流すその様がただ可哀想で、ほんの少しでも僅かでも力になりたくて。

 

 ──他に出来る事など無いと自分で分かっていて。

 

 クライムはラナーを抱きしめた。その涙を白銀の鎧の胸で受け止めたのだ。そうして耳元で慰めの言葉を囁き続けた。愛する女をこの手で抱きしめているという幸福を、いくら消そうとしても消えない嬉しさを、男の喜びを胸の奥に抱きながら。

 

「ラナー様……申し訳ございません、ラナー様……!」

 

 嘆くばかりではどうにもならない、実際の行動が必要だ。まだ寝入って体を休める方が明日への活力となるだけ有益だろう。自分の中の強情な部分がそう理屈を語るが、まだ少年と青年の境に達したばかりの年齢であるクライムには、己を責める声を断ち切る事が出来なかった。

 押し殺した慟哭は何時までも続く。響く嗚咽は石造りの塔に遮断され、誰の耳にも届くことは無かった──

 

 

 

 

 同時刻。その室内には幸せそうな笑い声が充満していた。聞いた者をも幸せにしてしまいそうな、喜色に溢れた乙女の美声だ。

 リ・エスティーゼ王国第三王女ラナーの自室を出所とするこの声は、当人以外の誰の耳にも届いていない。声の主が頭のどこかに冷静さを残しており、声の大きさをセーブしているからだ。扉の外に立つ不寝番の騎士も気付いていないだろう。それ程小さく秘められた声なのだ。

 

「やっとクライムが私を抱きしめてくれたわ、ふふふ」

 

 部屋の中にいるのは当然部屋の主であるラナーだ。

 

 心優しく慈悲深い第三王女。神々しき美貌と叡智、それに劣らぬ慈愛に溢れた人格を持つ美しい少女。黄金の異名を持って周辺各国にも名が轟く人物。

 悪化するばかりの情勢に心を痛め、民を想って毎晩泣き暮れる彼女は──

 

「毎晩泣いた甲斐があったわ。もうクライムったら、もうちょっと早く抱きしめてくれても良いのに」

 

 何処までも嬉しそうな笑顔──輝きの欠けた目以外──を浮かべ、ベッドに身を横たえていた。

 泣き腫らした跡はしっかり残っている。痛々しい顔である。しかし、本人の声と表情には欠片も悲しそうな様子など残留していない。痛みと貧困に喘ぐ民の事など眼中に無いかのように。

 

 民から慕われる優しく賢い王女様、クライムが敬愛する主人としての姿は何処にも無い。其処に居たのは、愛する男に抱擁されたという出来事を喜ぶ一人の少女。

 

 ──化け物の如き本性を秘めた美しい少女。異端で異常な恋する乙女。

 

「帝国も公国も、こんなくそったれな国なんてさっさと滅ぼしてくれないかしら」

 

 口の端に笑顔の欠片を残しながら、ラナーは一転して温度の消え失せた声色で呟いた。その内容は誰もが絶句するだろう、この少女が言う筈の無い台詞である。ごく一部の例外を除いた殆どの者が幻聴か聞き間違いかと思う、有り得ない筈の言葉。

 

 ──ラナーには、王国と民を思う心など僅かにも存在しない。王国と民のみならず、父も兄も姉も、友と称するラキュースやリリーに対する親愛の情も、一片たりとも存在していない。

 

 彼女の心にいるのはクライムだけだ。彼女の目に映るのはクライムだけだ。彼女の世界に存在するのはクライムだけだ。彼女が必要とするのは──子犬の様な瞳で見つめてくる愛しい青年、クライムだけだ。

 

 彼女、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの世界は、自分とクライムだけで完結している。

 

 王国が滅びた所で彼女の心は痛まない。王国の民が一人残らず死んだ所で気にも留めない。自身とクライムさえ生き残り共にあり続ける算段が立つならば、他の全てが破滅したとしてもまるで頓着しないだろう。そんな彼女が表向き王国と民の為に尽くしているのは、クライムがそうある事をラナーに望んでいるからだ。クライムが抱くラナー像を壊さない為にのみ、そうしているに過ぎない。

 

 別に精神の均衡を失った狂人である訳では無いのだけれども、それが事実である。それが彼女の異常の一部分。自分と愛する男以外あらゆるモノを価値無しとする世界観だ。

 

 もう一つの異常は、その頭脳。

 例えば全ての人間の賢さを上の上から下の下までの九段階で表すとする。その場合、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフはどの段階に位置するのか。

 

 人類最高峰の智謀を持つ皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスを上の上、それに近い見識を備えた公国の大公を上の中、二人に付き従う歴戦の家臣団を上の下としよう。そして、この者共が寄り集まって時間を掛けて話し合う事により、個人の知を超え、集団知により特上の賢さを発揮し得ると仮定する。

 

 それと比べた場合、ラナーの賢さは評価規格外である。

 彼女の頭脳は人間の枠から飛び出し、人外の域すら超えている。この世界の全人類どころかその他の種族をさえ上回る異常な知力だ。

 考える事、考えるという事象に関するあらゆる全ての能力の異常発達。彼女が位置する高みは、人類種より優れた異形の種族のトップオブトップと比較してようやくほぼ同等だろうか。

 

 その力は王国を取り巻く状況が此処まで悪化する以前、権力も権力者とのパイプも無い、手足を捥がれた上に城に軟禁されているのに近い状態で、宮廷内の全てを見透かしていた程だ。兄であるザナック第二王子と幼き頃の彼女を見たレエブン候はその異常性をうっすら予見できていたが、ラナーはその予見すら上回る化け物だった。

 

 ラナーの本性とその天性。この二点を踏まえた上でもう一度王国の状況を考えると、其処には一つの疑問が湧いてくる。

 

 何故そんな、人類の頂点とも言うべき頭脳を備えた人物が日夜働き続けているのに、王国は滅びかけているのかという疑問だ。

 

 先も述べた通り、ラナーの知能は単独で集団知を上回る。そして彼女は現在、以前までと違って王国の中心に位置している。救国の為に集った者達の頭脳として、多くの情報を束ねる位置にあるのだ。国内の情勢も以前より更にクリアに見えているし、帝国と公国の策など情報収集の上で少し時間を掛けて考えれば見通せる。

 

 それでも王国が数年の内に滅びる可能性が濃厚と予想されるほど崖っぷちのままなのは、国内状況が帝国と公国の思惑通りに悪化の一途を辿っているのは、何故だろうか。

 

 ラナーの知能は優れに優れていても、操る手駒が足りないからか。そもそも彼女が手腕を発揮し始める前に、詰みから逃れられない程王国の状況が悪化していたからか。帝国と公国の首脳部と現場の人間が、全力をもってラナーの悪魔的智謀を上回ったのか。

 

 確かに物理的戦力差と劣勢は覆し様が無い程明らかである。この状況を、物理的にあらゆる全てが足りない状況を知恵だけで覆すのは不可能とも言える。

 しかしそれでも、王とレエブン候とザナック第二王子と言葉を交わし合い、彼らの権力と勢力を協議の末で間接的に行使できる今のラナーならば、もう少し何か出来るのではないのか。

 

 何故何もかもが帝国と公国の思い通りに進んでいるのか。人間の域を超えた悪魔的智謀の持ち主の存在など、レエブン候とザナック第二王子という知恵者が身近で見ていてさえ完全には予見できなかったのに。明らかに想定外なイレギュラーが存在するのに、どうして? 

 

 その答えは、

 

「折角私が手伝ってあげているのに、もう少し効率よく事が進まないのかしら」

 

 ──ラナーが王国の内に居ながらにして、王国を敗北に導いているからだ。

 

 彼女は今、王国の中心にいる。数多の情報をその手で直接手掛け、権力者の権力を協議の末間接的に行使できる位置にいるのだ。他人にそうと気取られないように敵を勝たせる事も可能なのである。簡単な事だ。九十九%確実な勝利を応援して、百%にしてあげれば良いのだから。今のラナーにとっては、簡単な事だ。

 

 彼女は王国に利する策を発案し実行に移させる時、その策の実行によって帝国と公国の企みの内最も重要な部分が確実に成功するように王国側をコントロールしている。

 

 王国は彼女の一の働きによって十の利益を得て良い変化が起こる。しかし、ラナー以外の誰の目にも見えていない部分の未来において、百の損が確定する様に調整されているのだ。ただでさえ劣勢なのに、そんな事をされていて勝てる訳がない。

 

 あまり王国側を不利に傾け過ぎると派手に壊れて巻き添えになるかもしれないので、基本的には読み取った帝国と公国の予定に則って調整しているが、彼らの策が予定と寸分の狂いも無く、順調過ぎる程順調に進捗しているのはラナーの補佐のお陰である。

 

 王国は人類で最も賢い頭脳を持つ獅子身中の虫を飼っているのだ。もう一度言おう、勝てる訳がない。

 

 彼女の背反に気付いている人間は現在時点では存在しない。皇帝ジルクニフと大公が作戦の手応えからうっすらと感知し、元から化け物なのではないかと考えていたザナックとレエブン候が彼女を注視しているだけだ。

 

 普通は分からないだろう。誰が思うのだ、誰がその真実に至り得るのだ? 

 二か国の争いを、裏で自国の完全敗北に向けて調整しているたった一人の少女がいるなど。可能だとは思えないし、可能だとしてもそんな事をやる奴などこの世にいないと考えるだろう。考え付く事自体が普通無いが。

 

 だがラナーは出来るし実行する。

 

 先も語った通り、彼女は王国も帝国も公国も、基本的にはどうでも良いと思っている。どうでも良いからこそ、自分とクライムの蜜月を現実のものとする為に全部利用する。

 

 もし万が一億が一、王国が勝つか引き分けるか講和を結んで良い形で負けるかして半端に形が残った場合、ラナーは王女のままでクライムは一兵士のままだ。形式上も実質的にも結ばれない可能性がどうしても残ってしまう。

 

 帝国と公国が勝てば、ラナーは鮮血帝と婚姻を交わす事になるだろう。

 だがジルクニフは損得の計算が出来る頭を持っているし、ラナーを滅多糞に嫌っているので──面と向かって言われた事は勿論ないが、彼女はそれを理解している──『形だけ結婚した上でその頭脳を帝国の為に使うなら後はクライム君とお好きにどうぞ、敵に回ったらマジ殺す』という条件で話を付けてくれるだろう。

 

 だからラナーは帝国を勝たせ、王国を滅ぼすお手伝いをしている。そっちの方が望む未来を実現できる可能性が高いから。

 

 王国を滅ぼす上で彼女が唯一懸念している事があるとすれば、それはクライムに負担を掛けていることだ。今頃自責の念で胸を痛めているだろうと思うと愛しさが込み上げてくる。

 でも、クライムは立ち直るだろう。

 何故ならラナーにとってクライムが全てであるのと同じく、クライムにとってはラナーこそが全てだからだ。ラナーが其処に居れば、クライムは必ず立ち直り、またラナーに尽くす。

 

 そうして、また何時もの様に、あの眩しく純粋な瞳でラナーを見てくれるのだ。

 

 クライムは彼自身が思っているよりずっと強い男だ。それはラナーが一番よく知っている。

 

「ふふ」

 

 小さく笑い、彼女は今日も眠りにつく。愛する男との幸せな未来に想いを馳せながら。明日からもクライムが自分を抱きしめてくれると良いなと、そう思いながら──

 

 その日の彼女の夢は、首輪を付けたクライムとの散策であった。

 

 

 

 

 ほぼ同時刻、公都。某宿の裏の空き地にて。

 

 二人の男女が対峙している。双方とも戦装束では無く、身軽で気軽な恰好である。男の方は小柄な少年の様で、無手だ。女の方は細身の長身で、構えた前手に短剣を持っている。

 

 宵の闇の中では視界が利かず、宿の方から僅かに漏れ出る明かりが光源の全てだ。対峙する二人の力量は少年の方が上手だが、女の方は職業柄夜目が利く。それを踏まえても後者が不利だが。

 

 ──どうしようかな。

 

 少年は思う。自分は拳士系の職業構成、それもモンク系とは別系統だ。殴り合い特化構成と言えばいいだろうか、気によって癒す事も人を操る事も出来ず、そういった特殊系は一切不可能。

 其処だけ聞くと完全な劣化仕様だが、素の殴り合いに関しては同レベルのモンク系構成の者よりは上である。気の制御や使用に使う分の性能が殴り合いに関する性能に集中している為だ。

 普通、同レベルの戦士とモンクならば、正面戦闘は戦士が勝ると言われる。先に挙げた特殊系スキルを持つモンクはその分だけ汎用性があり、故に戦士に正面戦闘で劣る。無論、その特殊性汎用性を生かして立ち回れたならば、モンクが戦士に勝る事とて十分にあり得るだろうけども。後はまあ武器防具の有無や質も差の一部か。

 

 しかし少年は殴り合い特化仕様。今は身に着けていないとは言え分厚い金属鎧を装備する事も出来るし、特殊な事は何もできない代わりに正面戦闘において戦士と互角。腕には自信があった。

 

 しかも眼前の相手は戦士では無く、軽戦士でも無い。前衛ですらない。本来積極的に前に出る職業とは異なる中衛である。

 

 こうしてお互いを眼前に構え、一足の距離に身を置いてしまえば負ける要素はない。殴り蹴り絞め極め投げ打ち空かし捌き、どれをとっても仕留めるに足る相手である。

 

 ──でも、油断していい相手じゃない。

 

 軽んじれば敗ける。その可能性のある相手である。自分が有利にして優位だからこそ、その優れた部分を生かして動き、相手を確実に仕留めねばならない。

 

 ──急く必要は無し。絶対確実に詰め寄って圧殺する。

 

 少年が摺り足で僅かに間合いを詰めようとした瞬間、女は肘から先だけを使ったノーモーションの手振りで短剣を投擲。顔面狙いのそれを少年は構えていた前手で弾くが、既に女は新たに何処からか取り出した短剣を構え直して攻撃動作に入っていた。

 

 速く、そして上手い。機先を制し先手を取ったのだ。

 

 近いが遠い。短剣とは言え武器を持つ女の間合いである。

 軽い振りだが鋭く、短剣を弾いたばかりの少年の前手を切り付ける動きだ。対する少年は牽制気味の軽い刻み突きで拳と刃をぶつけ合わせる狙い、と思わせて、

 

「ふっ」

 

 短い呼気と共に繰り出す本命は下段足刀蹴り。狙いは女の踏み込み足の膝だ。まともに当てれば脚が逆に曲がって使えなくなる。

 

 女は強引に斜め前方へと飛んで回避しつつ短剣を首に走らせようとし、しかしその手首が掴まれる。

 

「捕まえ──た!」

 

 大蛇の如き動きで迸った少年の腕が、僅かに空に浮いた女のベルトをも捉えた。空いている手指で目を狙う女の刺突を額で受けつつ、少年はそのまま体格に見合わぬ剛力に物を言わせて女を持ち上げ、思い切り地面に叩き付ける──

 

「まいった」

 

 寸前でブレーキをかけ、降伏した女を今一度持ち上げてから、直立した状態で地面に下した。

 

「わあい、リウルに勝った!」

「お前なら勝てるに決まってるだろ、俺は斥候兼盗賊だぞ」

 

 先ほどまでのやり取りが嘘のように言葉を交わす二人、イヨ・シノンとリウル・ブラムはお互いに笑みを交換し合った。イヨのそれは無邪気な笑顔で、リウルのそれは苦笑いという違いはあったが。

 

 リウルの発言は正しいものだ。英雄級の拳士であるイヨが、アダマンタイトに近い実力者との評判を持つとは言え、オリハルコン級の斥候兼盗賊であるリウルに一対一の戦闘で敗ける可能性はごく低い。専門が違うしレベルも違うのであるからして。

リウルの専門は正面切っての斬り合い殴り合いではないのだから。

 

「それでも普通の奴よりは正面戦闘もいける自信があったんだけどな。やっぱお前位の相手になると俄仕込みで歯が立つ領域じゃねぇか」

 

 普段は『リウル大好き!』な癖に、試合だ戦闘だとなると全く躊躇わず遠慮せずに殺しに来るのだから、この新人は頼もしい。一番確実な戦闘不能が死亡だという事を弁えている。一応事前にお互い寸止めで、汗をかかない程度に軽く留める事は決めておいたのだが、イヨのやる事は背筋が冷えるほど真剣だ。

 

 ──しかも、前より明らかに強くなってんな。未だ成長の途上って訳だ。末恐ろしいにも程がある。

 

「ちなみにこれが本当の戦いで、相手が敵だったらどうしてた?」

「地面に叩き付けた後、頭か身体を死ぬまで踏み付けて止めを刺す」

 

 この様に、イヨという非常識の塊のような少年が常識を弁えているというだけで、リウルは少し晴れ晴れしい気持ちになる。戦っている時は余計な事を考えずにすむし、こうしていると主にイヨ関連の悩みが消えてなくなったような錯覚さえ覚えた。

 

「正しい対応だ。生け捕りにする必要がある時は半殺しでストップな?」

「はい!」

 

 なんだか目が冴えて眠れないからと始めた鍛錬だったが、たまにはこういうのも良いものだ。

 リウルは晴れやかな笑顔で言い、イヨも勝気な笑みを浮かべて返す。

 

「もう二、三戦いくか。せめて一発はその顔面にぶち込んでやるから覚悟しろ、お子ちゃま」

「ふっふーん。また何度でも叩き伏せてあげるから泣かないでよね、リウル?」

 

 リウルが初手で投じた短剣を懐に収め、イヨは距離を取って拳を構え直す。お互いの笑みが溶け落ちたかのように消え、この上なく真剣な表情に変化。

 

 ──二人の鍛錬はその後も長く続いた。

 




ラナー様はすごく(描写の)難易度が高いお方です。
一応、クライム君が原作より打ちひしがれてるのは、主人であるラナーがこの所ずっと嘆き続けているからで、それに対して無力感や自責の念を抱いているからです。ラナー様がちょっとはしゃいでいるのは、クライム君と一緒にいる時間やスキンシップが充実しているからです。

以下、王国の現状↓
野望の鮮血帝・ジルクニフ「さあ、我らが」
服従の補佐役・大公「腕の中で」
恋する獅子身中の乙女・ラナー「滅びるが良い」
王国「」

ちなみに法国は帝国との外交に注力しているので、王国をほぼガン無視してます。相変わらず戦争の際は声明を出してますが、文面はちょっと帝国寄りに変化してたり。

活動報告の方で作品に関する質問等に回答してます。拙作の内容について疑問を感じられた方はどうぞお気軽にご質問して頂けたらと思います。

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