ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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遥か後世の書籍『偉大なる戦史』より抜粋

 その日、トロール国との和平交渉の席に立たれたシャルティア・ブラッドフォールン様は、開口一番にこう仰られた。

「──蹂躙を開始しんす」



2016年2月15日
ご指摘のあった問題の箇所を修正しました。修正によって矛盾が発生している、一部分が修正されていない等の問題がありましたらご一報下さいませ。


: 少し時を遡り

 其処は公国で最も高みに近き場所と呼ばれる建造物の内側であった。

 

 その一室は狭く、多くの書籍や書類を収めた棚に四方を囲まれていた。凡そ飾り気がなく、装飾品や芸術品の類は一切見当たらない。強いて言えば天井から室内を照らす照明器具は永続光他数種の魔法が掛かった高級品だが、やはり実用一辺倒の趣である。

 

 ただそれはあくまで一面的な見た目の上の事。見方を変えればこの部屋は莫大な予算の掛かった構造である。書棚と壁の更に内側には各種情報系や精神系の魔法、もしくは単純な魔法的物理的破壊力に対する十二分の対策が為されている。

 

 そんな部屋の中央には、大きな机が設えてあった。その机について書類と筆記具で事務作業をこなしている男が一人。

 

 年の頃は四十代終わりほど──に見えるが、恐らく元は銀色だったのだろう短めに刈り揃えた頭髪が八割方白髪に染まっており、顔中に深い皺が刻まれているのも相まって実年齢以上に老けて見えた。

 大柄な鍛えた体躯で着ている物もとても立派である。顔立ちも老けているなりに威厳があり、碧眼の目つきの鋭さたるや鷹の如しだ。だのに、こうして椅子に座って事務作業に勤しむ光景を見ると、どうにも中間管理職染みた印象が拭えない。

 

 黙々と手元の書類を処理し続ける事数時間。すると、

 

「失礼、父う──と、殿下。少々お時間を頂いても?」

「……入ってきてから言うでない。後にしろと言ってもどうせ聞かん癖に」

 

 一人の女性、否、少女が入室してきた。きびきびとした男性的な動作は纏った美しいドレスに似合っていないが、彼女がすると妙にしっくりくる歩き方であった。

 

 

「申し訳ない。──しかし、国家の大事なれば」

「この書類とて大事だ。国家に小事は無い。ただ優先順位が有るのみだ」

「皇帝陛下の無茶ぶりを捌く内に口調まで変わってしまわれた……おお殿下、おいたわしや」

 

 美しい少女であった。やや幼さを残した怜悧な顔立ちで、年の頃は十五か十六ほどに見える。白銀の美髪を腰まで伸ばし、色素の薄い肌をしていた。繊手や頤など、その他にも彼女の優れた容姿を吟遊詩人に語らせれば、それだけで詩歌の五つや六つは出来かねない。

中でも際立って人目を惹く特徴として赤い瞳がある。一部のモンスター、吸血鬼や悪魔等もこの色を持つが、彼女のそれは怪物たちのものと違い、人に親しみと憧れを抱かせる優しい色味を持っていた。

 

 そんな彼女に対し、殿下と呼ばれた男は書類から顔を上げ、強い視線を向けた。

 

「口には気を付けんか。陛下は無茶ぶりなどせぬ。持ちうる能力の全てと弛まぬ努力、機転、そして並み外れた根性を持ってせねば達成できない難題をほいほい投げてくるだけだ」

「十二分に無理難題ではないですか。下手に有能であるのも考え物ですな。まあ、そうでなければ今頃殿下の首は晒し者にされていたでしょうから、言ってもしょうがないのでしょうが」

 

 向けられた視線にまるで動じず、少女は机に山と積まれた書類の一枚を手に取った。それはなにやら重厚な仕立ての手紙の様で、優美な筆跡で文章が書き連ねられていた。

 

「これは王国貴族からの? この名は……六大貴族では無いにしろ、結構な大物ですな。一体何の用事で──」

 

 文章に目を走らせながらそこまで言って、少女は口を噤んだ。顔に浮かぶのはあからさまな呆れの色だ。そのまま深々と、手紙に向かって溜息をついた。

 

「呆れた。本当に呆れた。まさか未だに公国が帝国に武力で無理強いされて従属していると思い込んでいるとは……。しかも未だに王派閥だ貴族派閥だ等と言っている」

 

 我らは未だに士気軒昂であり、この戦で勝利するのは我らである。なれども帝国の不当な侵略行為は周辺の情勢に悪影響を与える事甚だしく、その卑劣な策術により、我らはそれなりの被害を被っている。一度は邪知暴虐の鮮血帝に膝を屈した貴国なれども、その心根は未だ誇りを失っていないであろう事を我々は知っている。今こそ我々は手を携え、共に悪の帝国に鉄槌を下すべき時である。勝利の暁には、貴国に対して我らはあらん限りの賛辞と報奨を惜しまない。色よい返事を期待している。

 

「公国に対する王国貴族の見下しっぷりはこの期に及んでも健在と見える。いやはや、ど田舎の小国と陰口を叩かれた日々を思い出します」

 

 無駄な部分を省いて内容を要約すると、手紙にはそのように書いてあった。

 何を言っているのやら、と少女は心底から思った。突っ込みどころしかない文章である。文面を見るに交渉役を任された訳でもない様だし、個人的に寝返りたいと表明している訳でも無い。それでいてまるで自分が国家の代表であるかのような書き方だ。全体から滲み出る僅かな上から目線も大いに不愉快であった。

 

「我らが行っている扇動、分断、離間の工作が上手くいっている証左であろう。かの国の者どもが己に都合の良い世界で生きているのは昔からの事だ。気にするな」

「平民の反乱、貴族たちの団結阻害及び裏切りの誘発、国王の権力のそぎ落とし、でしたか? 確かにこの様子だと上手くいっているのでしょうな、来年の王国軍は戦場に陣を布く事さえ容易ではないでしょう」

 

 公国は弱く小さい国である。人口からして三百万ほどでしかなく、どう頑張っても周辺国と伍するだけの大軍を編成、維持する事は出来ない。やれば国政と国民生活が破綻する。帝国のフールーダ・パラダインや王国のガゼフ・ストロノーフの如き卓越した実力者もいない。今の今まで国家を維持してこれたのは、帝国と隣接した領土を持つ歴史的経済的に近しい国であった事が大きい。

 

 帝国の傘の下にいたから、安穏と生きてこれたのだ。公国自体は取るに足らずとも、後ろには帝国がいると知れ渡っていたから。だから他国を帝国の威光で遠ざけ、モンスター対策や国の内側の問題に力を注ぐ事が出来た。

 

 そんな公国が唯一他国に勝る分野が、謀略、工作、情報収集である。

 

 弱く小さくとも生き残る為に、代々の公国指導者が長い時間と膨大な予算を掛けて国内外に張り巡らせたネットワーク。育て上げた諜報員。関係を築いた間者たち。それだけが純粋な実力で他国を上回るたった一つの取柄、長所である。

 

 現大公の御代になってから更に注力し、増強したその力を、公国は帝国の為に振るっていた。

 

 王国は元より貴族階級の内輪揉めと搾取が横行し、度重なる徴兵や増すばかりの徴税に多くの民が苦しんでいたのだ。貴族に国と民を導く意思は無く、国民には貴族と国に対する忠誠が無い。非合法組織が陰に日向に影響力を持ち、足掻く王や一部の貴族たちは多数派の愚か者に動きを制限され、碌な手立てが取れない。

 

 帝国という目に見える外敵に釘付けになっていた彼らの足を掬うのは容易い事であった。

 

「盤石な敵を打ち崩すのは難しい。だが、基礎を蚕食された倒れかけの敵などはどうとでもなる。そういう事だ。皇帝陛下の御為とあらば喜んで国崩しを行うとも」

「ふむ……ただでさえ強敵と戦をしている時に内紛内乱反乱不服従、あらゆる惨事が頻発する訳ですからね。しかし──」

 

 少女の赤い目は語る。此処までせずとも勝てるのでは、と。

 

 貴族は我先にと裏切る。言い訳をして自領に引きこもる。情報を流す。

 民は逃散し、徴兵を忌避する。一つや二つの村なら打ち据えて晒し者にすれば済む事だが、あちらでもこちらでもと頻発すれば今度は取り締まる手が足りなくなる。

 

 結果として、今の王国は目を覆う惨状である。今年の戦などはまだ大敗必至ながらも戦争の態は成すだろうが、来年は戦にすらならないかもしれない。

 

 帝国だけの力でも、王国は数年の後に敗けた筈である。遅麦の収穫期を狙って国力を割く帝国の策謀は効果を発揮していた。真綿で首を締めるが如く、帝国は遠からず王国を窒息死させた筈だ。

 

 其処に公国が加わり、王国は窒息死どころか放っておいても衰弱死しかねないほどの有様を晒している。

 

 それこそ、帝国軍が思い切り攻勢を掛ければ数年後ではなく今年にでも勝てる程に。

 

「殿下も陛下も、意味も意義も無い事はお嫌いだ。何を狙っておられるのです?」

「教えてやっても良いが、まずは自分で考えよ。その為の教育は施した筈だ」

「全く、こう云う時ばかり父親らしい顔付きをする。兄上たちにもそうしてやれば良かったのでは?」

「あやつらの事とて父として愛しておったよ。馬鹿な子ほど可愛いものだ。だが、私人としての私の感情で国政を行う訳には行かぬ。私人の私は我が子らを愛したが、公人としての私は、国を背負うには器の足りぬ者どもを見限った。それだけの事だ」

 

 この男の長子と次子、つまり少女の二人の兄は、共に死んでいる。方や事故死、方や病死である。

 次男が死んだのは少々前の事になる。成人間近だった彼は反主流派の重鎮と密約を交わした帰り道、馬車がモンスターの被害にあって死んだ。

 長男が死んだのは割と最近だ。公国が帝国に服従する道を選んだ時、大公に対する反乱を起こさんと密かに企み、野望叶わず疫病に掛かって死んだ。

 

「男たるもの野望を抱けと教育してきたのだがな。あやつらには敵を見極める眼力が無かった。故に敵わぬ敵に挑んで死んだ。それだけだ」

「別に思う処はありませぬが、それで残ったのは私だけではないですか。そしてその私は皇帝陛下との婚姻が内密ながらも決まっているのですが?」

「元より帝国から分かれて出来た国よ。元の形に戻るまでだ。心配せずとも、私が隠居する前に形は整えておくとも」

 

 そういった心配はしておりませんが、と少女は微かに笑った。父たる男と自分の思考が似通っている事に、でも少しだけ見方が異なる事に妙味を感じたからだ。

 

「──眼もそうだが、皇帝陛下はお前の頭脳の方にも期待しておられる。さ、陛下と私の企みを見抜いてみよ」

「話しながら考えておりましたのでもう分かりました。陛下と殿下は、王国の人心を取り込むおつもりですね? 内的要因で心身を疲弊させて」

 

 あっけらかんと言ってのけた少女に対して、男は珍しい事に大きく瞠目した。

 

「兄たちの話をしたのは考える時間を稼ぐ為か。全くなんという子だ、あの世で二人が泣いているぞ」

「兄上たちが泣くなら父上に対してでしょうに。それに、私をこの様に育てたのは父上だ」

 

 口調を親子のそれに変えて、二人は声を揃えて笑った。父たる男は子の逞しさに、子たる少女は僅かなりとも父親の予想を上回った事に、大きな声を上げて笑った。

 

「悪政の象徴は王と残りの六大貴族ですかな? 民衆の面前で大々的に死んでもらって、自分たちは民草を虐げた大罪人を誅したとして正義面をすると」

「制度の違いはあれど、実際悪人であろう。民を虐げ国を裏切り、自分だけが生き残る気でおるのだ。まあ正義云々は建前だが、王とレエブン侯は殺さぬよ。あの蝙蝠は惜しいし、王は生かしておいた方がガゼフ・ストロノーフをものにする上で役立つのでな」

「帝国は公国に加えて、最強の魔法詠唱者と最強の戦士を保有する訳ですか。なんとも剛毅ですな。わが友たるラナーも加われば正に敵無しだ」

 

 わが友たるラナー。その言葉を少女が口にした時、男は僅かに顔色を曇らせたが、それを娘に悟らせる事は無かった。

 

「ラナーはとても頭が良い。私よりも殿下よりも、無礼を承知で言えば、皇帝陛下をも上回りかねないほどです。それに国民思いで友達思いの優しい娘だ。きっと陛下の御為になりましょう。是非とも心身共に無傷で生かしてほしいものです」

「……うむ。ラナー王女は聡明だからな。彼女は処刑する六大貴族や退位させるランポッサⅢ世の代わりに、王国の象徴として陛下と婚姻を交わす手筈になっている」

 

 公国と帝国の企みは、言葉で言うだけなら簡単である。

 

 王国の膿を王国の者の手で切り落とさせ、適度に力を削いだ状態で手に入れるのだ。

 

 王国の兵士の大部分は徴兵された平民である。幾らいけ好かない貴族に無理やり引っ張られて戦場に立っているにせよ、その憎しみは実際に剣を交わし殺し殺される帝国騎士に、引いては帝国にも向いている。

 

 確かに今年の戦で王国を落とす事は可能である。しかしそれには予算も掛かるし、なにより進軍の途中で多くの犠牲がでる。帝国騎士の、では無い。それも皆無ではないが、犠牲の大部分は王国の兵士たる平民であろう。

 兵士の大軍を切り裂いて王を捕らえ貴族を殺し、王国を負かす事は容易い。ただでさえ自力で勝り策で勝っていた上、王国は今現在の時点でも全くと言っていいほど団結できていないからだ。

 

 ただ、その方法では多くの王国民を殺す事になる。一人の兵士には家族がいて、親戚がいて、友がいるのだ。一人を殺せば十人二十人の恨みを買う。恨みを買えば反抗される。反抗されれば統治が難しくなる。反抗を鎮める為に武力を用いれば更に大きな恨みを買うのだ。

 

 統治する者が王国から帝国に代わる事によって、現王国民の生活水準はむしろ向上するだろう。皇帝には王国の民を意味もなく虐げる気がない。

 しかし、『暮らし向きが良くなった』からといって『親しい者を、愛する者を殺された』事を吞み込めるか、受け入れられるかといったら、それは全く別の話である。

 

 故に彼らは王国の民の反乱を煽り、彼らの手によって王国を実質的に自壊させるつもりである。

 帝国と公国対王国の戦ではなく、王国支配者層対王国被支配者層の戦いによって、平民の手で貴族の政治を壊させるのだ。

 

 ここ最近の戦で、帝国は王国兵士を積極的に殺傷していない。無論戦端が開かれれば至極全うに戦うが、刃を交える以前に表立って声をかけて兵の逃散を助長誘発させている。そして裏からは公国の工作員や諜報員が元々抱いていた平民の貴族に対する不満の気持ちを大いに掻き立て、徴兵逃れを多発させているのだ。

 

 全ての村や町に反抗の火を付ける必要はない。そこまでするには流石に人員も予算も足りない。ただ、元より領主が苛烈な統治をしているある程度の村々に言葉巧みに声を掛け、そして陰ながらに手助けをしてやれば良い。

 

 どれだけ虐げられているか、今の状態がどれだけ不幸で不平で不当なのか。

 

 ──嫌がる娘を妾にと無理やり引っ張っていかれ、文句を言えば殺される。そんな風に扱われて悔しくないか。

 ──毎度毎度戦の度に、収穫期の忙しい時期に兵役を課され、愛する夫が怪我をして帰ってくる。愛しい息子が死んでしまって帰ってこない。そんなのあんまりじゃないか。

 ──どんな頑張って戦っても、手柄は上の連中のものにされちまう。俺たちの手に褒美なんか渡らない。損ばかりじゃないか。そんな戦いをする意味があるのか。

 ──少ない人手で、女子供が血の汗を流して精一杯の収穫をして、人手を奪っていった貴族どもは容赦なく税を取り立てていく。自分たちの食うものが無くなる。このままじゃ生きていけないじゃないか。

 

 一旦火が付けば、正に枯野に火を放つが如く広がっていく。実際問題、王国貴族の統治は酷いのである。善政を布いている者の方が希少な位だ。元より溜め込んでいたフラストレーションを爆発させるのは容易い。

 

 そしてこうも言っておく。

 

 ──他の国ではそうじゃない。今戦っている帝国や公国にしても、兵士は望んだ者がなるんだ。無理矢理引っ張っていかれる様な事は普通ない。

 ──帝国の貴族は王国ほど酷くはない。皇帝の締め付けが厳しいから、下手な事は出来ないのさ。鮮血帝なんて異名は、平民にとっては関係ないも同然だ。その証拠に、あの皇帝は民に好かれてる。

 

 勿論すぐさま帝国のイメージが良くなったりはしない。戦争を吹っかけているのは帝国の方である。しかし、目線をそらせれば十分だ。なにせ、反乱された側の貴族がやり返すから。

 反乱を鎮圧しようとするのは統治者として当然の行いである。だが、それは統治者の目線での話。

 

 いままで散々殴られてきて我慢が出来ずに殴り返した。そんな平民たちに、統治者の行為は悪政を押し付ける悪者の行動としか映らない。やってやりかえされて、騒ぎはどんどん大きくなる。

 

 平民の反乱が頻発しているとなれば、貴族が平民に向ける目は厳しくなろう。やられる前に黙らせようとする者も出てくる。それがまた反発を呼ぶのだ、『俺たちはやってないのに』と。

 

 もう帝国との戦どころではない。外ではなく、内側で戦が起きているのだ。まだここまでは進行していないが、放っておいたらいずれきっとそうなる。

 

 王国は荒れる。国土と民は適度に衰退する。しかし、その矛先は帝国にも公国にも向いていない。貴族の矛先は平民に、平民の矛先は貴族に向いている。

 

 あとはタイミングを見極めて──このタイミングが中々難しいのだが、ジルクニフは自信があるそうである──帝国が平民の味方をして貴族を刈り取るだけだ。此処はある程度なら難しくはない。何せ王国貴族の中には帝国に寝返っている者も多くいるのだ。しかし、

 

「寝返った王国貴族どもはどうするのですか? 全員が全員そうではないにしろ、同胞としても統治者としても、ついでに能力的人格的にも、歓迎したくない者どもがそれなりにいますが」

「実権と縁の薄い名誉職や地位を与えて様子を見る事になろうな。王国の貴族であった時と同じ様な振る舞いを続けるのなら、帝国と公国の法に基づいて処罰する。まあ特に問題のある幾人かは自らが治めた民の手で、こちらに来る前に死ぬ事もあろうが。それらの場合は我らが約束を反故にした訳では無いからな」

 

 民から骨肉の恨みを買っている様な者は、今治めている領地からいなくなって貰わねばなるまい。そうでなければ王国貴族から帝国、公国貴族に肩書が変わっただけで、実際は何も変わらなかったと平民の反発を煽る事になる。その為に実権から切り離して名誉職を宛がうのだ。

 

 そうしてそこそこ荒れた、しかし膿が洗浄された元王国でまともな政治をする。非合法の裏組織もこの段階で殲滅せねばなるまい。ある程度までは農民を初めとした平民たちに援助もしよう。刈り取った貴族連中から接収した金と税率の軽減で民の忠誠と信頼が得られるなら得な話である。

 

 勿論これらの策は失敗に終わる事もあるが、その場合はごく普通に戦争して勝てばいいだけである。なにも難しい事はない。

 

 強いて言えば混乱の最中に王やラナーが死なないかは少し不安だが、彼らのそばには近衛やガゼフ、そしてガゼフ直下の戦士団がいる。通じている貴族にも害することは厳禁と伝えてある。

 それに、民の大部分にとって統治者とは自分が住んでいる場所を治めている者だ。わざわざ遠方の顔を見た事も無い王よりは、日頃痛めつけてくる憎いあんちくしょうの方をぶん殴りたいのが人情というものである。

 

「王国と公国を従えて、皇帝陛下は何処に向かわれるのでしょうな。次は都市国家連合? 竜王国? 聖王国? 評議国? それともやはり法国ですかな」

「皮算用はやめよ。我らは未だ勝利していない。勝利に向かう道の途上にいるのだ。油断すれば奈落に落ちるぞ……それに、近頃法国とのやりとりは活発になってきておる」

「戦争の前触れですか? 最後通告染みたやり取りではないでしょうね」

「いや、全ては陛下しか知らぬが……新しい時代の在り方について話し合いたい、と」

「新しい時代……?」

 

 共に首をかしげる二人。まさか法国が人間種国家の大同盟を考えていると感付くには、未だ情報が足りていない。

 ここ最近では珍しく長話をした二人は、はあ、と大きな声で溜息をついた。疲労が滲んだ溜息である。ややあってから、

 

「して、お前が言っていた国家の一大事とは何のことだ?」

「──あ」

 

 完全に忘れていた少女は口を手で覆った。対して男は額を手で覆う。

 

「頭は良い癖に、何故時たま馬鹿をやるのだ……?」

「た、たまたまですよ! 普段の私は殿下の娘らしく聡明ではないですか!」

「自分で聡明とか言うか普通……」

 

 おっほん、と娘はわざとらしく咳払いをした。もうやめてくれ、の意思表示である。時間を無駄にするのは本意ではない男も、色々と言いたいことを呑み込んで少女の言葉を待った。

 

 少女は先ほどのポカを払拭しようと、一際真剣な顔を作り、

 

「例のガド・スタックシオンと五分の勝負をしたという少年。先日見て参りました。丁度プルスワント子爵の邸宅に来訪の先触れがあったので、其処で密かに見ました」

「子爵の……そうか。どうだった」

「太陽です」

「なに?」

 

 少女の赤い目は真剣そのものの色で男を見据えた。少女は僅かに興奮を滲ませて言う。

 

「ああまで大きく強い光は初めて見ました。ガド・スタックシオンや殿下や陛下、パラダイン様にラナーですら比較になりません。普通の人間を蝋燭、才ある者を煌々と燃え盛る松明とするならば、彼は天に輝く太陽です」

 

 殿下、と前置きし、

 

「国家予算の千分の一を費やしてでも彼を手中に収めるべきです。少なくとも、今すぐその布石は打っておくべきですとも。私を手札として切る事も想定すべきです。それだけの価値が彼にはある」

 

 少女が持つ、頭脳とは別の才能──タレント【生まれながらの異能】。彼女の赤い目に宿ったその力はいうなれば看破の魔眼。魔力系魔法詠唱者として力量を一目で見抜くフールーダ・パラダインの持つそれの亜種とも表現できる。

 ──人が持つ才能の多寡を光量として見通す力。

 公国内でも知る者は本人と父であるこの男しかいないほどの最高機密。この世でも知る者は僅かに三人。二人のほかは皇帝ジルクニフのみ。

 

「許す。やれ。但し細心の注意をもってだ。間違ってもそんな人物を敵に回したくはないからな」

 

 男は即断した。

 

 公国の英雄たるガド・スタックシオンと弱冠十六歳で張り合った少年。ただ者の筈はないと思っていた。だから娘にタレントを用いて調査するよう命じたのだ。

 

 しかし、それほどの才を持つとは想定外だった。自分は兎も角、ジルクニフやフールーダをも超える才能。魔法詠唱者の頂点で、第六位階魔法すら使いこなすフールーダを超える。

 

 かつて少女はフールーダ・パラダインの輝きを巨大な灯台と表現した事があった。対して、少年は太陽だ。

 

 それは最早神の領域に迫る力である。齢十六でかの老英雄と互角ならば、既にその才は花開き始めているというわけだ。

 

「その少年をお前が見たことを知っているのは他に誰だ?」

「双影の片割れと近衛の副長です。共に私の護衛でした。しかし、表向きは私のわがままで子爵の館に訪問した事になっています」

 

 良し、と男は声に出して呟く。

 

「あらゆる手段を許可する。お前自身も手札としてよい」

 

 もしも女の魅力で落ちる類の少年ならば、娘である少女は最高の手札である。黄金のラナーと並び称される美貌の持ち主と周辺国家に名が轟いている程なのだから。

 少女は皇帝との婚姻が内密に決まっているが、そんな事はどうでもよい。ジルクニフが欲しがっているのは彼女の頭脳と気性、そしてタレントである。結婚前に純潔を云々は全く一欠片も気にしないだろう。それより神の領域の才を持つ者の血を取り入れた方が余程御心に沿う。

 

「ただし、最初は穏便にだ。調査に調査を重ねるのだ。人格、特徴、思考、嗜好、全てだ。間違っても相手に警戒心を持たれてはならない。絶対に。最悪此方の思惑を全て空かされても、公国に根を下ろして貰わねばならないからな」

「分かっておりますとも、大公殿下」

 

 少女は自信とやる気に満ち溢れた表情で大きく頷いた。心なしか、赤い瞳が煌いた様な気さえする

 

 そのまま、まるで舞台に登った紳士がする様に胸に手をやって優雅に一礼し、

 

「この私、黄金のラナーと並び称される白銀のリリーにお任せあれ」

「……お前に全てを任せるのではない。当然だか私も一枚も二枚も噛むぞ。むしろ主導する」

「わ、分かっておりますともっ! 言われずとも分かっておりましたとも!」

 

 またしてもうっかりを炸裂させた上、自分で自分の二つ名をノリノリで名乗るリリーに、大公は一抹の不安を感じた。

 

 イヨが仲間たちと連れ立ってクラーケン討伐に出立した日の出来事である。

 




正直言って、「黄金のラナーと並び称される白銀のリリー」ってフレーズが書きたくてこの話を書きました。ラナーさんが金髪碧眼なのでリリーは銀髪赤目。
突貫工事だから誤字やミスが多いかもしれません。

リリーのレベルも結構高め。
プリンセス(一般)────?レベル
オフィシャル───────?レベル
キースミス────────?レベル
など

上に行くほど高レベルだと思ってください。彼女のタレントは読者目線で言うと限界レベルを見抜く力。イヨはユグドラシルプレイヤーなので限界レベルは百となります。ぺロペロしないのは別に才能キチとかではないから。

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