ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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遥か後世の書籍『人類史』より抜粋。

 ~全知全能にして唯一至高、この世の全天と全地、そこに在る全ての有存在と非存在を統べる絶対の君より人類種の管理官の地位に任ぜられたデミウルゴス様は、我らにこのような言葉をお掛けになられた。

「人は余りにも愚かで矮小です。しかし、私は人の愚かさを、矮小さこそを愛しているのですよ。心からね」




初依頼:子爵領は巨大湖の畔にて

 想像してみよう。

 

 此処は森の中で、貴方の目の前に現れたのは一糸纏わぬ裸身の美少女であった。

 男であったら誰もが見惚れるだろう蠱惑的で幼さを残した顔貌、外見年齢の割に豊満で形の良い乳房、無駄なく絞られた細い腰つき。透き通る様な金髪が背中までを覆い、細い腕は素肌を隠す事もせず、一心に貴方を求めて伸ばされている。

 

 ただし下半身は丸太以上の太さを持つ十メートル近い大蛇で、浮かべる表情は魔性の美貌も消し飛ぶ殺気立ったものとする。

 

 そんなモノを前にしてスケベ心を沸き立たせる事の出来る男は、豪傑以上に稀有な大馬鹿者であろう。

 

 彼女らの種族は雌性しか生まれない。繁殖には他種の雄を必須とする。此処だけ知ると先程書いた事も忘れて是非お近づきになりたいと考える者もいそうだが、それは大間違いである。

 

 一つ、彼女らは人肉をも食料とする。

 一つ、彼女らが雄と交わるのは、雄を死体にした後である。

 一つ、彼女らが繁殖に用いるのは、若く容姿に優れた者のみである。

 

 上半身の外見がもれなく絶世の美女、美少女、美幼女で薄着な為、ユグドラシルの男性プレイヤーから多大な人気があった種族、ラミア【魔女蛇】。ゲームでは年齢規制に引っかかるが故に必ず申し訳ばかりの衣服を着用しているが、この世界では個体と時と場合によるらしい。

 

 イヨの友人が創作していたユグドラシルの二次小説では、メインヒロインがラミアの少女であった。モンスターであるにも関わらず人間である主人公と種族の垣根を超えた恋に落ちてしまった彼女は、人食いの本能と男を愛しく思う気持ちを自分の中で相反させつつ、やがてそれらを止揚し、真実の愛を育んで行く──確かそんなストーリーだった筈だ。

 一巻は重厚な文章で紡がれたドシリアスな恋愛ものだったが、二巻から最終巻までは途端にラノベ染みてイチャイチャちゅっちゅっしまくったり、次々登場するヒロインたちにてんやわんやしていく高低差の激しい作品だった。因みにメインヒロイン大勝利エンドである。イヨは人間種な幼馴染みのサブヒロインを応援していたのでショックだった。

 

 そんなモンスターが大樹に背中を預けて息を潜めていた所にばったり出会ってしまった。それが現在のイヨの状況であった。

 

 放たれる鬼気で分かり切っていた事だが、どう考えても彼女はイヨに一目惚れなどしていないし、間違っても此処から二人の恋が始まったりはしない感じだ。表情、気配、挙動。全てが殺意と食欲に塗れている。

 

「貴女はユグドラシルのプレイヤーですか?」

「──」

 

 鎌首をもたげて何かを叫ぼうとしたラミアが発声する前に、一足で間合いを詰めたイヨは名も知らぬ彼女の顎を前拳で正確に打突した。瞬時に意識を切り落とされたラミアは力なく上半身を地面に投げだし、ぴくりとも動かなくなった。

 

 イヨはこういったモンスターを見るたびに思うのだが、臓器はどうなっているのだろうか。

 

 上半身は人間だが、蛇体の下半身も含めると明らかに人の臓器では処理能力が追い付かないだろう。そもそも口が人間のそれなので、本物の蛇のように巨大な獲物を丸呑みにする事も出来ない。あの小さな口でこの巨体を維持するだけのエネルギーを摂取するには、それこそ四六時中食料を食べ続けていないといけない筈である。と云うか、恒温動物なのか変温動物なのか。

 

 ゲームではゲームだから良いとしても、現実にはどうやって生きているのか。それとも、魔力や魔法がある世界に住まうモンスターを、元居た世界の法則に当てはめて考えること自体が野暮で無為なのか。

 

 根本的にはラミアの生態などどうだっていいのである。生きて此方を害そうとするならば、死して害せなくなるまで殺してやるまでだ。ただ、見た目は人間の上半身だが、人間と同じ臓器が同じ位置関係で入っているとは思えなかったから、急所は何処なのかとふと考えただけだ。

 

 ただ何方にせよ脳は見た目通り頭蓋骨の中に存在した様で、人間と同じく脳震盪を起こして倒れ伏した。頭、首、前面に比べて傷の多い背中が丸出しである。首の骨と脊髄諸共を踏み潰すと、身体が痙攣するだけのれっきとした死体になった。

 

 地に伏せる死体を前にイヨは残心の体勢で警戒し続けていたが、やがて構えを解いた。

 

「……びっくりしたぁ」

 

 賭けても良いが、びっくりしたのは彼女の方である。

 

 少年はほっと胸を撫で下ろす。物音がしたと思って大樹の陰をひょいと覗いたら全裸のラミアがいたのである。ばっちり目が合った。

 

 ラミアはプレイヤーも選択可能な種族である。

 異形種自体が不人気であまり数はいなかったのだが、ラミアは魔法詠唱者系の職業と相性が良い割に肉体的な性能も低くは無く、容姿にも優れている。なので選択するプレイヤーは比較的多かった。

 荷馬車護衛の時のトロールやゴブリンと違ってカチコミを掛けてきた訳でも無かったし、だから全裸の時点で多分プレイヤーでは無いんじゃないかと思いながらも、一応聞いてみようとした訳だ。無反応で襲い掛かって来る素振りを見せようとしたので叩き潰したが。

 

「おいイヨ、今の音はなん──っと! ラミアか!?」

 

 音も無く藪を駆け抜けて来たのは、【戦狼の群れ】のメンバーであるビルナス・ルルツベルナルだ。野伏らしくない筋骨隆々で大柄な体躯と、緑色に染めた髪を短く刈り込んでいるのが特徴である。高位の冒険者らしく立派な装備で、魔獣の皮を用いた皮鎧に魔法の武器化したショートソードとコンポジットボウ、魔法金属の矢じりを持つ矢、それと少数だが第一から第三位階の魔法が込められた矢をも所持している。

 

 【戦狼の群れ】のメンバーは女性一人以外は皆髪を染めているのだ。個々人を特徴付けて人目を惹き、名前や顔を覚えてもらうのが目的らしい。

 日本人であるイヨの価値観からすると、赤やら緑や青に染めるのは悪目立ちが過ぎるのではないかと思ってしまうのだが、この世界では別に染髪を忌避する感性は無いらしく──他の国にイヨは行った事が無いので、もしかしたら公国だけの風習なのかもしれないが──子供でさえも染めている事があったりする。

 野伏のビルナスが緑、重戦士でリーダーのナッシュが赤、信仰系魔法詠唱者で紅一点のイバルリィが天然の金髪、魔力系魔法詠唱者のバルツネヒトが青の長髪、二刀軽戦士のダーインが黒に染めている。メンバーそれぞれの髪色を列挙するとそんな感じである。

 

 余談だが、公国では金髪や明るい茶髪が多数を占め、次点が暗めの茶髪や栗色に赤毛。天然の黒髪は結構な少数派である。純粋な公国人で黒髪はほぼ零であり、黒髪の者の系譜を辿ると何処かしらで南方民族系の血統が混じっている事が多いのだそうだ。リウルのブラム家は一族郎党黒髪黒目で、かなり珍しい家系らしい。

 イヨの白金の髪色は金髪のバリエーションと捉えられる為、数がとても少ない割にあまり人目を引かない特徴となる。金の瞳も一般的なので、どちらかと云うとイヨは公国人的な外見的特徴を持っていると見做されるのである。中身の篠田伊代は黒髪黒目の日本人だが。

 

 閑話休題。

 

「怪我は無いか──無い様だな。良かった。このラミアは何処から湧いたんだ?」

「此処の木の後ろにいたんです。びっくりしました」

 

 ビルナスはラミアが完全に死んでいる事を確認すると、首をねじって顔を確認したり蛇体の部分の鱗を調べたりし、

 

「鱗の色褪せ具合や上半身の外見年齢からして、二十から四十歳未満の若い個体だな。連中が二百年生きた記録もあると聞くが、実際そんな長寿な奴にゃお目に掛かれん。いっても百超えだ」

 

 それでも普通は十二分な脅威なんだが、と口を結ぶ。腰に下げた刃物で手際よく証拠部位を切り取り、イヨに放って収める様に指示を出した。

 

「小便をしにたったの数十歩森に分け入ってラミアと遭遇するとはな、運が悪い。接敵から何秒で倒した?」

「多分……三~四秒くらいだったかと」

 

 流石に速いな、と大男は破顔した。子供を褒める大人の顔であった。

 

「こいつに悲鳴や雄叫びを上げる時間も与えなかった訳だ。他の皆はお前がモンスターとかち合った事に気付いてもいないだろう。近くに居た俺でさえ、お前が滑って転んだのかと思ったくらいだ」

 

 こんこん、と撫でる様な力加減でイヨの額を小突くと、ビルナスは背を向いて歩きだした。イヨもその背を追って行く。

 

「感知系アイテムを装備していればもっと前に気付けたんですが」

「あの眼鏡と兎の耳か。流石に戦いを控えてあの装備ではいかんだろう。そっちは俺達に任せて、お前は周囲を疎かにしない範囲で前に集中していればいい」

 

 公都から北に駆ける事四日、プルスワント子爵領最大の町へと到達。子爵の館にて不在時の執務代行を務める重鎮と顔を合わせ、その日の内に街を出て、もう一日掛けて巨大湖の畔に存在する漁村、ガバルの村へと到着した【スパエラ】と【戦狼の群れ】の合同パーティは村長宅で夜を明かした。

 

 そして現在、巨大湖──正式な名はあるのだが、地元民の間では湖イコール巨大湖である為区別の必要が薄いらしくその名を全く使わない──周辺を探索中である。

 

 

 

 

「ラミアぁ? また珍しいもんにぶつかったな。公国内最大の一族は【天葬術理】が率いた討伐隊に駆除されたんじゃなかったか。そいつはどんな様子だった?」

「あれはかなり南方でしょう。それに高々一月前ですよ。討ち漏らした残党が逃散していたとして、わざわざこんな所まで来ますかね? あまり聞きませんが、元々ここいらに住んでいたのでは」

「僕はその辺の事情は分かりませんが、身体の前面には傷が無くて綺麗でしたよ。服を着てなかったので間違いないです。背中は結構傷付いてましたけど、そこまで悲惨な感じでも無かったです」

 

 森と湖の境であった。ガバルの村からほんの三十分か一時間ほど離れた辺りである。相手の巨大さと、嘘か真か短時間なら陸上での活動も可能との未確定情報を考慮し、人の生活圏から距離を取っているのだ。一行は歩きながら──無論警戒を怠ってはいない──会話している。

 

 一方を見れば水平線が見えるが、反対に眼をやれば鬱蒼とした森だ。自然の水源がほぼ壊滅した世界の住人であったイヨからすれば、人の手の入っていない天然の透明な水がこんなにも大量にあるのは我が目を疑う光景だった。この中に馬鹿でかい頭足類がいるのだと思うと皮膚が粟立つ思いである。

 

 戻ったイヨとビルナスが事態を仲間たちに告げると、彼ら彼女らは俄かに議論を始めた。転移以前の出来事が深く関係しているお話なので、予備知識が皆無なイヨには八割方理解不能な会話である。若干の寂しさを感じた少年はビルナスに問うた。

 

「ラミアってそんなに危険なモンスターでしたっけ?」

「ふむ。イヨはラミアについてどれ程の知識を持っている?」

 

 たいして何を知っているでも無い。リトルでもオールドでもエルダーでもない普通の個体のレベルが、確か十を超えても十五に届かない位だったと思う。常時発動では無いものの魔眼持ちで、魔法も使う。そんなあやふやな知識がイヨの持つ全てである。

 そう告げると、ビルナスはうんと首肯した。

 

「まあ合っているが、もう少し知識を持っていても損は無いぞ。俺で良かったら教えようか?」

「お願いします!」

 

 話に付いていけないのが寂しいイヨは真剣な表情で頷いた。大男はその様子に良しと返す。

 

「彼女らは部族ごとに纏まって生活し、性成熟していない若い個体は縄張りの外には出ない。子供を常にテリトリーの内側に匿っている訳だな。子を成せる様になると部族内で成人として扱われ、同時に戦士として狩りにも出始めるんだ」

 

 まず単純に強いのだそうだ。人間より優れた肉体能力に高い知能、特殊能力、そして魔法。モンスターに良くある特徴として、長生きすればするほど強大になる。長い年月を生きて魔法の腕を高めたラミアは、単純な戦闘力だけでエルダーリッチ以上ギガントバジリスク以下の脅威だとか。

 そして彼女らは野蛮な獣では無い証明に、ただ襲い掛かるだけでなく罠も使う。

 

「お、なんですかなんですか? 若い子同士でお勉強ですか? おばちゃんも話に混ぜてくださいよー」

 

 こう見えて神殿で一般教養の先生もやっているんですよ私、とイヨに微笑みかけながら話に混ざってきたのは、【戦狼の群れ】の神官であるイバルリィ・ナーティッサだった。

 肉食の猛獣じみた野性的な美貌とは裏腹な親しみやすい笑みと話し口調が特徴的な人物で、まだ三十一歳の若さにも関わらず、時折自身をおばちゃんと称する癖がある。

 

 晩婚化が進みに進み、男女ともに生涯未婚率も高い世界の住人であったイヨからすれば三十一はまだまだ若いのではないかと思うのだが、十代後半から二十代前半までに結婚して子を産むことが普通の世界では、彼女は確かに若いとは言い辛い年齢である。特に農村の感覚で言えば人生も残り半分といった感じだろう。

 因みに、彼女はパーティ内では年齢順で丁度真ん中に収まる人物である。ビルナスとダーインが三十歳で、リーダーであるナッシュが三十五、バルツネヒトが一番年長で四十一だ。だから年齢差的にはそこまで離れてもいないのだが、それでも年長者の振る舞いが似合うのは本人の人間性故であろう。

 

 軽量化の工夫と魔法を施した改良金属鎧にヘビーメイスとモーニングスターを装備していて、頭はマジックアイテムで防護しているので外見的には丸出しだが、その他の部位は全身ガッチガチに武装している為、喋っていないと外見が非常におっかない人である。

 

「ラミアは上半身がみんな十代前半から三十代後半くらいまでの美人ですからね。あの外見を餌や欺瞞に使ったトラップもよくあるんですよ。冗談抜きで一般人には脅威です。スケベ心抜きでも引っかかってしまう人はいるんですよ」

「奪った衣服を身に纏って、下半身の蛇体を藪や水中に入れて隠すんだ。そうして遭難者や行き倒れを装う。連中にとっては意味の無い金銭や宝石を携えてな。ラミアは自分の外見の良さに自信を持っているから、繁殖目的の捕食には色仕掛けを持って挑む事もある。そうしてより良い雄を得てより強い子を産んだ個体は、部族内の地位が上昇するんだ」

「ラミアにもラミアなりの文化や習俗がある訳ですか」

 

 もしかしたらユグドラシルのラミアにもそうした設定が存在したのだろうか。良く覚えていない。基本的にバトル野郎なので、フレーバーテキストには殆ど興味を抱いていなかったのだ。

 イヨの友人などはエロモンスターウオッチング等と称してラミアやサキュバス、ウィンディーネやヴァンパイア・ブライドと戦うでも無く超至近距離で掠り避けしながら胸部や臀部を凝視する変態行為に勤しんでいたが、その横でガチンコの泥仕合を演じるのがイヨの立ち位置だった。

 

「ラミアは社会性のあるモンスターだ。まとまりがある。上半身の外見が人間の女性と酷似している事からも分かる様に、餌としても繁殖相手としても主に人間種をターゲットとしている。だからどの国の冒険者組合でも積極的な討伐を推奨しているんだ。帝国や王国なんかでは近年目撃例討伐例共に大分少なくなったらしいが、公国ではまだまだこれからといった所かな」

 

 ラミアは強くて結束力があるモンスターで、人間を主なターゲットとしている。そんな種族に眼を着けられた人間種が未だ大地に生きている理由として、人間を獲物として見るモンスター間での縄張り争いも大きいと考えられている。

 

 モンスターにとって冒険者や兵士等の例外を除く大多数の人間は餌であり、競争相手では無い。モンスターの競争相手が、同じく人間を獲物とする種類や部族の異なるモンスターである事は珍しくないのだそうである。人間はあくまでもこの世界に存在する数多の生物と非生物の中の特に弱い部類の一種族であって、間違ってもイヨの世界の様な万物の霊長、地球で最も繁栄し過ぎて自分たちごと地球を滅ぼしかけている種族では無い。

 この世界の人類に『モンスター同士殺し合っててくれてラッキー』等と浮かれている余裕は全く無いのだ。そもそも数多くのモンスターに競争相手ですらなく簡単に獲れる餌と見做されている時点で相当な崖っぷちであるのは間違いない。

 

「他のみんなが話しているのは【女喰らいの赤鱗】と仇名されたラミアを長とする大部族を、他の都市を拠点とするオリハルコン級が率いた討伐隊が壊滅させた話だな。それが一月前なんだ」

「私たちや【スパエラ】の皆さんは違いますけど、公都からも何チームか参戦している位に大きな仕事でしたね。ここ数年でも珍しい規模の大討伐戦だったらしいですよ」

 

 通常のラミアはその種族特性から男性を好んで襲うが──因みに女性が見向きもされない訳では勿論無く、男性の次は女性が当たり前のように襲われる──女性だけを選んで捕食し続ける赤い鱗のラミアがとある都市の近隣に居たのだと云う。

 

 存在が判明し有名になったのはここ十年程の事だが、目撃者の語る情報から判断すると、推定百二十歳越えのかなり強大な個体であったらしい。統率力に優れた彼女を頭とした部族は己らの存在を巧みに隠蔽し、自分たちの仕業と分からない様に人間を捕食し続けていたのだ。

 存在が明るみに出てからも集落ごと移動するなどして長く逃げおおせたそうだが、一月前に漸く大規模な討伐作戦が展開され、事実はどうあれ全滅させたと発表が為された。

 

「相当な数がいたと云うから、もしかしたら一部逃げ切った連中もいたんじゃないかと噂になっていたんだ。其処にお前がラミアと遭遇したから──」

「元から此処に住んでいたのか逃げて来たのか、どちらにせよ十中八九群れで生息してる筈だから、他にもいるのではないか、という事ですね」

「そうなんですか……」

 

 クラーケンだけでも地元村民にとってはただ事では無い死活問題だというのに、この上ラミアまでいるのか。イヨにとってはお色気担当モンスターのイメージが強いが、この世界で生きてきた人たちにとってその性質は正に恐怖そのものである。

 

 他の先輩冒険者たちの間ではリウルが、

 

「──子爵様からの依頼内容にはクラーケン討伐の他に村や都市近隣のモンスターの間引き、薬草の採取も入ってる。大物を片づけた後でそっちも調査しとくのがいいだろ」

「そうだな。予想より強大な個体だった場合も検討して、補給物資はかなり持ち込んでる。場合によってはそのままラミアを駆除する流れも可能ではある」

 

 大物討伐と小物の間引きに加え、この依頼は採集も兼ねている。かなり多目的な依頼である。むろんクラーケン討伐が主目的であり、その他二つはあくまでも余力があったらの話だ。例えば討伐だけでリソースの大方を使い切ってしまった場合はやらなくても問題はない。報酬が討伐分だけになり、他の冒険者かもしくは後日にまた依頼が出されるだけだ。

 

「──少し疑問なのは」

 

 そういって腕を組んだのはガルデンバルドだ。イヨ以外は男女ともに体格がよく長身の傾向がある集団の中にあってなお、彼の二メートルを遥かに超える体躯は視線を上向ける必要がある。

 

「子爵様が俺たちに依頼を出すまでの流れが妙といえば妙だな。挨拶回りの時直に詳しい話をした上で組合に依頼を出すか、しないにしろ近々依頼を出すからよろしく頼む、程度の事は言っておくのが普通だが、あの時は本当に挨拶位で他には何もなかった」

 

 問題の発生時期と公都までの道行きにかかる日数、それに報酬の事などを鑑みるに、当たり前だがクラーケン討伐の依頼を出す事自体は自領の町を出るずっと以前に決まっていた筈である。子爵は【スパエラ】を信用し、【スパエラ】との繋がりを重要視している。今までも多くの依頼を出し、バルドらがそれを成功させてきた実績からくる深い関係があるからである。

 

 今更他の、腕前は同等だとしても付き合いの浅いオリハルコン級チームに依頼を出す理由は、普通に考えれば無い。勿論世の中は普通の事以外にも様々な出来事があるが。

 

「あ、そう言われてみれば確かにそうかも……?」

「お前今気付いたのか……」

 

 口には出さないまでも、イヨ以外の全員はその事に感づいていたらしい。一気にみんなから微笑ましい未熟者を見る生暖かい視線に晒された。その中に感じる微妙な圧は、もう冒険者なんだからそれ位は察せないと駄目だぞ、といった意味合いのお叱りであろう。

 

「ぜ、全然なんとも思わなかったじゃないよ? ただ子爵様がちょっとうっかり言い忘れたのかなとか、その程度に思ってたから……」

「そんなお前みたいなこと、普通の大人はしねぇよ」

 

 あからさまな子供扱いに流石にちょっと悔しそうな顔をするイヨだが、偉い人が自分並みの頭をしているとは自分自身全く思えなかったのもあって、あっさりと納得した。

 

「そ、そうだよね。きっと何か事情があったんだよね。子爵様はすごく立派な方だもの」

「や、確かにまあ立派な方ではあるし、何か事情があったのだろうという点には同意じゃが、心象だけで判断するのは危険じゃぞ」

 

 例えば子爵が何か企み事をしていてその達成のために冒険者を騙そうとしていたのだとか、そういった展開は心配しなくても良い。そもそも騙そうとしていたのなら、こうして冒険者たちに『何故だか何時もと違ったな、ちょっと違和感があったな』と思われている時点で半ば失敗の予兆があるのだし。

 

「イヨは少し尊敬のハードルが低過ぎるな。もう少し長い目で判断した方が良いぞ」

 

 実際に会って見た外見に言動、そして雰囲気。そして道中の子爵領の町や村で人柄を聞くに当たり、イヨはすっかり『子爵様はすごく良い人、立派な大人』との認識を築き上げていた。

 

 まず外見がかっこいい。背が高くて体格が立派で、短く刈り込んだ髭は大昔の映画に出てきそうな感じであった。身分を弁えてちゃんとした言葉遣いと礼儀作法をしろと事前に三人から言い含められていたので、もしかしたら『控えい控えい、この儂を誰と心得るかこの平民どもが!』等と怒鳴られるのではないかと内心びくびくしていたのだが、非常に丁寧に接して頂けて、それだけでイヨは感動の面持ちで子爵に尊敬の念を抱くに至った。

 

 イヨの元居た国、日本は民主主義の法治国家であり、貴族や王族といった特権階級は存在しないことになっている。法の下に万民は平等である、といった建前が一応まだあるのだ。しかし実質的には巨大複合企業や財閥の一族郎党が世の中を差配する貴族階級であり、一般庶民などは劣悪な環境でひたすらに働き蜂であることを強いられる社会であった。国家は既に傀儡で、公務員などは民衆の不満や不平が巨大複合企業に向かない様にスケープゴートとして存在しているに等しい。

 まあ、そんな中でも職務に熱意と充実感を持って当たってしまうイヨの両親の様な例外も一部にはいたが。

 

 当然の事ながら、その実質的貴族階級の人間は下の者の事など僅かにも考えない。そもそも二一三八年現在の社会形態そのものを作り出したのが彼らである。大昔天から雨が降ったように、大地から作物を授かったように、もはや社会的生物である人間の生態系として貧困層からの搾取の構造は完成している。例え貧困層が不満を爆発させて蜂起したとしても、それで犠牲になるのは同じ貧困層とスケープゴート、もしくはやや裕福なだけの一般層である。

 アーコロジー内部に住まう特権階級の人々は外の世界とはまるで異なる世界に生きている。その清らかな空気や清潔な水、豊富な食糧のためにどれだけの一般人が苦鳴に喘いで生きているか等は省みる事も想像する事も無い。彼らにとってそれは当然で当たり前の世界の仕組みそのものだからである。

 

 そんな世界で、多少人より幸福に恵まれながらも生まれ育ったイヨであったから、子爵の業績や行いを聞いて本当に感動したのだ。

 

「いっそ僕の国も貴族制だったら良かったのにな……」

「うーん……君の国が君の国なりに順風満帆とは行っていないのであろう事は、おばちゃん否定できませんけどね?」

 

 プルスワント子爵は大層領民に敬われていた。お膝下の町の住民からも、やや離れたガバル村の住人からも。皆口を揃えて言うのだ、公平で公正な筋の通ったお方だと。

 

 子爵は領民を手厚く保護する。徒に、無為に負担を増すような施政は絶対に行わない。無論窮状の折にはしょうがなく税を増す様な事もあったけれど、それとて必要な分だけである。それが響いて領民の生活が悪化した場合、後に可能な限りの救済を行う。身寄り無き孤児の内、才ある者を自らの養子として迎え入れる。部下や家中の者の不正や暴力を断固として認めず、厳しく統率なさっている。身内だから血族だからと云った理由での優遇や甘やかしは大層お嫌いであり、自身のみならず臣下一同も主のその気風に忠実である。

 

 何も子爵が聖人君子な人並み外れて清い人格の持ち主である訳では無い。其処には当然打算も計算も、直接領民を想ってというより、本人が奉じる理想に依る行動も沢山ある。領民を虐げないのは、その方が領の運営に都合が良いからでもある。

 

 ──嫌がる人間を鞭で打って牛馬の如くに酷使するのは実際として効率が悪く、何より高貴なる者のする事ではない。絞れば税を吐き出すかのように農民を扱えば、その無理は必ず後に響いて長期的目線での税収低下を招く。第一に、その様な鬼畜の行いは騎士道に反する。その上反乱など起こされては双方ともに害しかない。大公殿下より預けられた領地を荒れさせるのは不忠の極みである。主君にも臣下にも同胞にも領民にも公国にも帝国にも、凡そこの世の全てに顔向けできぬ。

 

 子爵は心からそう思うが故、自身の信ずる道に乗っ取って政治を行っているに過ぎない。逆に、民が子爵甘しと見て己が職責と役割を放り出してもっと慈悲をなどと乞えば、彼はその不心得者どもを一人も余さず牢にぶち込むであろう。

 

 子爵家は代の浅い貴族家である。現子爵当人より四代も遡れば、戦場の最前線にて剣を振るった一兵士に過ぎない。勇敢な戦いぶりにて戦功を重ね騎士に叙され、今度は人を率いて勝利に貢献し、子爵の位を授かった一族だ。かの家の血筋に連なる者は徹底した現実主義と実力主義の下で育まれる。人生の殆どを戦場で過ごした初代が、戦場にて分不相応な地位を持つ無能がどれだけ害悪かと嫌悪に嫌悪を重ねていたからである。

 

 かの家に伝わる金科玉条、初代が定めた鉄の掟はこうである。『人の上に立つ者はそれに相応しき能力と実力を、そしてそれを正しく振るう品性と知性を兼ね備えよ。それを持たぬ者は戦場にて害悪であり、多くの人間を巻き込んで死ぬ運命にある。故に、次代が無能浅慮な恥知らずであれば、家督を譲らず磔に処せ』

 

 前大公時代の社交界ではやや煙たがられもしたが、今の大公に時代が移ってからはその働きぶりは一層素晴らしきものとなった。近々領地の経営以外にも国家の要職を授かるのではないかと専らの噂である。そんなやや頑固ながらも信頼に値する領主に、領民は敬意を抱いて日々を過ごしている。

 

 複数の死人が出たガバルの村に一定の税の免除と見舞金を出し、依頼を出すのに掛かる金銭を全額肩代わりしたものだから、かの村の住人は揃って領主への尊敬の念を新たにしている。ガバル村は規模の割に多くの税収の見込める要所であり、放置して廃れるより手助けした方が割が良いと、統治者の理屈ではそうなのだが、実際に救われた村の住人からすればそれは慈悲深き救済の一手に他ならないのである。

 

 ──我らは良き領主様に恵まれた、ありがたやありがたや。そういって領主の館のある方向に手を合わせる老人の姿は、イヨの目にしっかりと焼き付いている。

 

「貴族様ってすごいよね。偉いのに優しくて、本当にしっかりしたお方なんだ。僕もああいう大人になりたいなぁ」

 

 完全に大人を尊敬する子供の目をしているイヨも、今回は何も間違っていない。だがしかし、子爵様ってではなく、貴族様ってすごいよね、と零した為、若干目つきを厳しくして声を上げた人物が二名いた。

 

「おいイヨ。子爵様は良い。俺らが本人のいないとこでも様付けて読んでるのは、あの人がそれに値する人物だからだ。だけどな──」

「ああそうだ、子爵様みたいな良い意味での堅物ならいいさ。だが他の貴族連中まで一緒くたに高評価するのはちょっと見過ごせないな」

 

 この場における貴族嫌いの二大巨頭、イヨの憧れの女の子であるリウル・ブラムと【戦狼の群れ】のリーダーであるナッシュ・ビルである。ナッシュは子供を相手にすると口調がやや丁寧になる性格の様だ。

 

 ナッシュは赤く染めた髪をやや長めで揃えた優男風の外見だ。重戦士だけあって彼の身長はとても高い。桁外れに巨大なガルデンバルドよりは小さいものの、イヨより三十から四十センチは上だろう。

 装備は魔獣の骨と皮を用いた非金属の全身鎧とカイトシールド、巨大な月光の狼の頭骨をそのまま加工した兜がトレードマークである。メイン武器はバスタードソード、腰にはスティールブロウと呼ばれる打撃武器と、短槍と見紛う大きさの特注品のエストックだ。

 

「え、だって貴族様って偉いんでしょう? 政治とか軍事とかをやるお仕事なんだよね? そんなまさか、創作に出てくるような悪い貴族もそうはいないだろうし」

「いるよ。貴族制の無い国から来たお前には実感が湧かないかもしれないが、それこそ物語の悪役みたいな性悪貴族なんざ腐るほどいるさ」

「王国や帝国、勿論公国にもね。公国や帝国はトップの目が行き届いているから表立って蔓延ってはいないけど、それでも裏でろくでもない事をやっている奴は大勢いる」

「そ、そうなの?」

 

 私怨と義憤と侮蔑の入り混じった怖い顔の二人の圧力に押され、イヨは思わず周囲の人々に助けを求める視線を向けるが、誰一人として目を合わせようとはしなかった。気付けばパーティはイヨとその両脇を固めたナッシュとリウルを中心に円形を成している。一行の歩みは緩まない。

 

「良い方だろうが悪い方だろうが、固定概念や思い込みに囚われるのは危険だ。冒険者も上の方になると色んなお貴族様々方と付き合わなくちゃならなくなる。ここらで一つ教えておこう」

「ああ。申し訳ないけど、少しばかりの間、索敵警戒は皆に任せよう。悪人はどの国にも業界にもいるけど、貴族の場合は公権力を持っている分だけ厄介だからね」

「え、え?」

 

 リウルもナッシュも悪徳貴族が大嫌いである。リウルは商会のお嬢様時代にあくどいお偉い様を幾度も目で見たし、実の父が貴族趣味に傾倒して散財を重ね、挙句の果てには商会の利権や財産を勝手に売り飛ばして貴族になろうとした過去がある。

 

 この場にいる面々の内イヨも含む【スパエラ】のメンバーは知らない事だが、ナッシュの方も生来のタレント【生まれながらの異能】が為に親元から金で買い叩かれて貴族の子弟となり、十四の時に才能と異能の不一致に見切りを付けられ塵の如く捨てられた過去がある。

 

 それに加えて、二人とも冒険者となって以降も腐った貴族に幾度も会っているのだ。

 

「いいかイヨ。俺とナッシュはな、貴族はみんな悪党だから心を許すなとか、全員まとめて嫌いになれって言ってる訳じゃないんだ。まずはそこを分かってくれ」

「そうだ。さっきも言ったが、何処の国の人だろうと金持ちだろうと貧乏人だろうと、職業が違おうが年齢が違おうが、悪人も善人もいるんだ」

 

 例えば貴族だから悪人に違いないとか、公国人だから良い人に違いないとか、子供だから悪いことはしないだろうとか、そういった思い込みをしてはいけないと二人は口を揃えていった。

 身分や職業、国籍等ではなく、その人個人の人格や立場を見極めるのだと。組織や集団を相手にするときはまた別の立ち回りがあるとも言い含められた。

 

「う、うん。分かったよ」

「その上で言っておくが」

「うん」

「貴族相手には気を緩めるな。いくら良い奴だなと思っても相手から親しくしてきても、分を弁えた態度で接しとけ。間違ってもお友達感覚で接するなよ。特に公国以外の国に属する奴には絶対だ」

「え」

 

 リウルの反対隣りではナッシュがうんうんと頷いてるが、それを含めてもイヨはちょっと納得がいかない。さっきまで言っていた事と少し矛盾している気がするからだ。

 

 慌てて口を開こうとすると、お前の言わんとする事は承知済みだとばかりに手で遮られた。

 

「『平民如きと馴れ馴れしく会話をしていた』、逆に『貴族に対して舐めた口を叩いた』。これだけでも性根のねじ曲がった奴にとっては難癖引っ掛けるのに十分以上の理由になるんだ」

「貴族はある意味、俺たち冒険者以上の弱肉強食の世界で生きてる。一見華やかでも魑魅魍魎共の足の引っ張り合いが絶えない。自分の面子が平民数十人の命より大事だって思ってる貴族は幾らでもいる。立身栄達の為なら他人の命など知ったこっちゃないって奴もね」

 

 イヨと善良な貴族が仲良く話すというただそれだけの出来事でも、イヨもしくは相手の貴族にいちゃもんを付けてくる悪人は沢山いる。だから双方の為にも態度と言葉遣いは気を付けなければならない。そういうことを言いたいらしい。

 基本的にどんな位にあっても貴族とは一勢力の主であり、もっと大きな勢力の一員なのである。一つの国の中で複数の勢力がぶつかり合い、そして同じ勢力の中でも重鎮がそれぞれの派閥を形成し、所属する者同士で相争うといった構図は何処の国にもある。

 

 帝国などは皇帝が絶対王政を布いている為、表立って反皇帝を表明している派閥は存在しない。皇帝への不忠を露わにした輩は皆殺されるか幽閉されるか、最も穏当な処分でも爵位を剥奪されているからである。帝国の貴族は全員が皇帝に対する絶対の忠誠を誓っている。隠れて反感を抱いている勢力も無いではないが、彼我の圧倒的な戦力差と鮮血帝への恐怖がある為、表立って行動を起こすような事例は極々少ない。

 

 かつての公国の場合は大きな力を持つ大公派と少数の反大公派の構図の歴史が長かったが、その時代であっても大きな争いは少なかった。基本的に大公派が利権と主導権を握っていて、殆どの分野で反主流派は表立って実際の行動を起こせなかったからである。そうして安定的な国家運営を続けてきた。歴代大公と側近の努力の賜物であると言えよう。

 現在の公国は実質的に帝国へ服従している上、大公は皇帝への忠誠を公言し、その部下として認められているので、反大公派はほぼイコールで反皇帝派と見做される。故に帝国からの外圧と大公の粛清によってそれらはほぼ根絶している。

 

 皇帝と大公は共に汚職や行き過ぎた放蕩、平民からの苛烈な搾取を非効率で愚かしいと厳しく取り締まっている為、所謂悪徳貴族は大分数が減っている。あからさまな無能と害悪は牢獄か死後の世界に叩き込まれたと言って良い。水面下に潜った連中、己が悪事を隠す知能があった連中にしても、現在は小康状態である。

 

「……じゃあ、大丈夫なんじゃないの?」

「お前は甘い。国家や君主がどんだけ締め付けをきつくしても、それでみんな突然良い奴になる訳じゃ無いんだよ。馬鹿は確かに少なくなったけどな」

「俺の因縁の相手ももう牢獄の中だしね。でも、本当にやばい連中は捕まるより早くより深い闇に潜った。公国も帝国もまだ綺麗さっぱりとは行かないさ。だから注意しなくちゃいけないんだ」

 

 堂々とした悪人など普通はいない。法が健全に運営されている限りにおいて、罪を犯した者は処罰されるからである。悪人は通常隠れているものなのだ。そして、平民に比べて大きな公権力と富を持った貴族や大商人はそれが遥かにやり易い。

 殺しも盗みも、権力と恣意的な法の運用で覆い隠してしまえば人目に触れないからだ。事が露見しない限りは裁かれる事も無く、領地持ちの貴族の場合は自身が法の側に立っている様なものだ。そうでなくとも鼻薬をかがせて煙に巻く事も出来る。

 

 たとえ高位冒険者であっても、貴族は敵に回さないに限るのである。

 

「公国内だったらまだ、俺たちを重要視してる貴族家も多いから何とかなるかもしれないけどな。帝国の方もまあ皇帝が皇帝だし、公国からの圧力も利かんでも無いから最悪よりはマシだ」

 

 そう言うとリウルは不快げに鼻を鳴らし、ナッシュは腹立たしいとばかりに地面を蹴った。イヨはそんな二人に挟まれて、さっきまでの話の内容を忘れないように口に出して確認しだす、と、

 

「今一番警戒すべきは王国貴族だな、それは間違いがない」

「え、王国? り、り、り……リエステーゼ王国だっけ?」

「リ・エスティーゼ王国な。何年か前から滅ぶ瀬戸際だったのに、最近やっと自覚が出てきたらしくてな。俺ら他国人の目線からすると今更気付いたのかよって位なんだが、近頃ただでさえあからさまだった屑具合が加速してるんだよ」

「く、屑って……言い過ぎじゃない……?」

 

 流石にそれはと思ったイヨに対し、ナッシュは諭す様に言った。

 

「シノンもあの国の貴族の依頼を受ければ分かるよ。物語に出てくる悪役貴族の典型みたいな奴が悪行を隠す事すらせず、堂々と裏組織との関係を語って恫喝してくるんだ」

 

 【戦狼の群れ】はそれなりに長い期間活動しているチームなので、自国以外の冒険者組合や依頼人からの仕事をした事が何度もあった。

 【スパエラ】に至っては一時期、王国に活動の場を移していた時期がある。リウルが自分の目標であるアダマンタイト級冒険者を間近で見ながら活動する事を望んだからだ。帝国の【漣八連】や【銀糸鳥】よりも王国の【蒼の薔薇】や【朱の雫】の方がリウルの目指すアダマンタイト級冒険者像に近かったのが、王国を選んだ理由であった。

 

「良い思い出も無いでは無いんだけどな。【蒼の薔薇】の何人かと直接話せただけでも収穫だった。でもあの国で暮らしてる平民が可哀想になるぜ、本当にな」

 

 其処で口を開いたのはガルデンバルドだった。後ろを固めていた彼は珍しく苛立ちを露わにした声で、

 

「流石にあんな連中が多数ではないと思いたいがな。全員が全員ああだったら国家の運営が立ち行かない筈で──いや、殆どがあの様だから滅びかけているのか」

「少なくとも儂らが王都におった三か月の内に出会った貴族は、どう美辞麗句を並べようとも腐臭の隠せん輩ばかりじゃったな。周りがああでは王が哀れじゃ」

 

 口々に語られる王国貴族の悪口。面食らったイヨが居並ぶ面々の顔を見比べると、誰もがそれに対して同調している。

 

 そんなまさか、と思いはすれども、イヨは公国と日本以外の国を知らない。公国と縁深い帝国はまだしも、王国の話を聞いたのは殆ど初めてである。

 滅びかけている事すら今知った位だ。

 

「ど──」

「ああ、見えてきたな。目印の廃棄された漁船、アレじゃないか?」

「っと、その様だな。全員お喋りは終わりだ、気を引き締めろ」

 

 『どう悪いの?』『どうして悪いの?』『王国は何故そんな有様なの?』そんな質問をしようと思った矢先、話の糸口は何処かに行ってしまった。

 

「……」

 

 イヨは無言で思考を断ち切る。

 王国の事も気になるが、今は目の前の依頼に集中せねばならない。国同士の戦争よりかは規模の小さい話だが、この依頼にだって多くの人の命と生活が懸かっているのだ。自分はただでさえ新入りの素人である。真剣に一生懸命にやっても不手際をやらかすかもしれないのに、片手間では尚更だ。

 

 視界は広く、思考と身体は柔軟に、力強く。そうでなければ勝てはしない。

 

 人知れず静かに深呼吸をした少年の脳内に、最早一切の雑味は存在しなかった。

 

 一行は湖と森林の境界を確固とした足取りで進んでゆく。

 




原作よりも王国を取り巻く環境が悪化中。帝国+公国VS王国。二対一です。

~以下作中世界内の近隣諸国事情~

王国「やばい! 滅びそう!」
帝国「勝利はとうの昔に決まっていた、後は何時どうやって滅ぼすかだけの問題だ」
公国「兵はそれほど出してないけど裏工作やってます」
法国「王国は帝国に取り込まれる、公国は帝国に従属している……後は帝国とさえ話がつけば人類種の大同盟が一気に近づくな。鮮血帝は苛烈だが馬鹿ではない、話は通じるはずだ。無論油断は禁物だが、人類の未来が少し明るくなってきた。よし! 景気付けに今年はビーストマンを念入りに叩きのめしておくか!」
ビーストマン「え!?」
竜王国「やったー!」

法国のスタンスは「人類に内輪揉めをしている余裕はない、纏まらねば生きていけない」ですが、公国と元王国を従えた大帝国とさえ話が付けば人類統一が大分近づくと皮算用がちょっと混じった想定で動いてます。聖王国等は情報不足なので(私が)一旦放置してます。
あと一~三年したら原作通りにナザリックがやってきますが。


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