ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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2016年1月3日
ほんのちょっとだけ冒頭部分を書き換えました。



プレート受け取りと初依頼

「ガドさんに会えるかと思ったら、『副組合長は現在大変叱られておりますので多忙です』だって。結局会えなかったよ」

「あの爺さんは全く……ま、そっちはいいじゃねぇか。それより、お前のそれはどうだ?」

「すごいよ、なんか色々書いてあるし。これ、僕が冒険者だっていう証なんでしょう? 免許証みたいなものなんだよね……」

 

 冒険者組合内の一室にて、イヨ・シノンは先ほど賜ったばかりのそれを興味深げに両手の指先で弄くっていた。

 

 手の中のそれは、手で握れるくらいの大きさの金属の板であった。冒険者としてのイヨの情報が細かい文字で刻まれており、両端に小さく開けられた穴には紐が通されていて、首に下げるのに丁度良さそうな塩梅だ。

 

 八段階ある中でも上から三番目の高位に位置する凄腕冒険者の証、ミスリルプレートである。

 

 イヨはそれを握ったり振ったり撫でたり、兎に角弄くり回していた。さながら新しい玩具を貰った子供の様にだ。一通り感触を確かめると、満を持してそれを首に掛け、目の前の三人の仲間たちに改めて向き直った。

 

「紛れも無く最速最短記録だな、抜く奴は現れねぇだろうよ」

「見とって違和感しか無いのう。こんな子供がミスリルのプレートを持つとは」

「冒険者組合の方でも色々と勘案した結果だろう。どう転んでも異例の話だからな」

 

 発言順に、黒髪を短髪にした盗賊兼斥候の少女リウル、禿頭の老年魔法詠唱者ベリガミニ、見上げる程の巨躯を持つ全身甲冑の壮年戦士ガルデンバルドの三名である。イヨが少し前から所属するチーム、【スパエラ】のメンバーだ。

 

 公国に三チームしかいないオリハルコン級冒険者パーティーの一角にして、純粋な実力では既にアダマンタイトに達しているのではないかとの評価もある面々だ。仲間との出会いには恵まれるのに、その仲間とさほど長続きせず別れる定めにある者たちとしても名高い。

 

 そんな彼らが最近仲間として迎え入れた者こそ、今目の前ではしゃいでいるイヨ・シノンであった。

 

 約一週間前に冒険者組合裏の修練場で演じた老年の大英雄ガド・スタックシオンとの決闘──目撃者たちの中で、あの死闘を特例の昇級審査と正しく認識できている者はほぼいない──以降、その名は冒険者のみならず公都の住人にまで広がり始めている。

 

『イヨ・シノン? あの三つ編みの小さい子、そんな名前だったのか。細い体でよく食べるよねぇ。うちの串焼きと隣の屋台の蒸かし芋、この通りを歩く度に買っていってるよ。冒険者さんと歩いている所を最近よく見かけるけど、あの子の親御さんは余程娘を溺愛しているみたいだね。公都の大通りを歩くのにも護衛を付けるなんて。え、本人も冒険者? 一緒に歩いているのは仲間? 何言ってんだいあんた、そんなわけがないだろう?』

 

『ああ、イヨちゃんねぇ。最近越してきたのかしらね? 家の前の掃き掃除をしている私にいつも元気よく挨拶をしてくれるのよ。笑顔以外見たことが無いってくらいに明るい子だし、うちの息子もああいう女の子を嫁に貰ってくれたらいいんだけど、イヨちゃんは良く一緒にいる黒髪の男の子にお熱みたいだし、無理そうね。え? 性別が逆? イヨちゃんが男の子で、男の子が女の子? あはは、あんたねぇ、おばさんを揶揄おうたってそうはいかないわよ?』

 

『警備兵の間でも奇刃変刃のガド・スタックシオンっていったら、やっぱり憧れなんだよ。あの人は英雄だからね。俺たちの世代はあの人と仲間の冒険譚を聞いて育ったって奴が多いんだ。でさ、老いてもなお公国最高の剣士と呼ばれるあの人と互角の戦いをした子供が出たってっ云うじゃないか。顔見知りの冒険者さんからそれを聞いた時は愕然としたよ。非番の日に探して見に行ったんだけど、人は見かけによらないとはあの事だね。ありゃ強すぎる』

 

 現時点では行動や容姿のイメージが先行している様である。大なり小なり実力第一主義な所がある冒険者間ではやはりその強さが第一に、子供っぽさが第二に印象づいているのだが、一般人の目に触れるのは買い食いで満面の笑みを浮かべている場面、野良の犬猫や近所の子供と遊んでいる場面であった。

 

 『最近公都に越してきたらしい女の子』としか思われていないイヨが突如としてミスリルプレートを下げて現れたら、一般の人達はびっくり仰天するだろう。

 

「きらきらしててカッコいい……どう? 似合うかな?」

「全然似合わねぇな、もっとビシっとした顔しとけよ」

「おぬしが付けると、飼い犬の首輪めいて見えるのう」

「外見的に力不足なのに実力的には役不足とは、なんてことだ」

「さ、三人とも容赦ないね!?」

 

 別段馬鹿にする気こそ無いのだが、嘘偽りの無い本音でもあった。本当に似合っていないのだ。ベリガミニが最初に言ったが、違和感しかない。精神年齢十二歳、外見年齢十四歳、実年齢十六歳の子供がミスリルプレートを付けているのは普通有り得ない。

 無論例外的な人物はいくらでもいる。弱冠十七歳でオリハルコン級を張っているリウルもそうだし、王国のアダマンタイト級冒険者チーム【蒼の薔薇】のリーダーなども十代の年若い女性である。圧倒的な個人差が、年の差や性差などとは比べ物にならない隔絶を齎す事は往々にしてある。

 

 そう言った点を弁えて考えればイヨが高位のプレートを預かる事も、極稀な事態ではあれども異常な出来事とは言えないのだが、実物を見るとどうしても『こんなのおかしいだろ』感が拭えない。

 

 風格や威容といった、人の皮膚感覚や直感に訴える凄味が全く欠けている為だ。四方八方何処から見ても子供にしか見えないのだ。体幹の強さや重心の安定感等の要素は姿勢の良さやお行儀の良さと解釈されてしまいがちであるし。初対面の人間がイヨの強さを知るには衣服の如き防具類の性能を見抜くか、全身に装備したマジックアイテムから類推するしかない。

 

 まあそれらを察しても尚、『裕福な親が子供に買い与えたのだろう』『良いとこのお嬢さんだからか装備は良さげだな』というまだ常識的な判断に陥りやすいのだが。

 

「しかし、ミスリルか……ワンチャンでオリハルコンもあるかと思ったけどな」

「え、いきなり上から三番目だよ? 僕は銀を貰えたら嬉しいな、ってくらいの気持ちだったけど」

「欲がなさすぎるのも考え物じゃの」

 

 ミスリルは言うまでも無く高位の、多くの実績を成した選ばれし者のみが到達し得る高みである。ミスリルプレートを得るまでの功績で村や町の危機を救っていてしかるべき、吟遊詩人の歌に謳われる偉業を成す位の逸話を持っていてもおかしくはない。そんな高みだ。

 紛れも無く強者であり、同業者のみならず大衆からも羨望の視線を集める者だと表現しても過分では無いだろう。

 この位まで至らずに死亡する冒険者はとても多く、死ななかったとしても白金のプレートにすら届かず、老いや怪我で引退する者もまた多数である。

 

 例えば成り上がりを志して村を出た農家の三男坊が、幾年の後に白金級の冒険者となり、引退して村に戻ってきたとする。そうしたら、その人物は村人に歓呼の声で迎えられるだろう。その桁外れの強さを持って村を守り、蓄えた財で周りの者たちを助ければ、数多の尊敬を一身に受ける村の名士として栄誉を手にする事となる。

 

 そもそも冒険者と云う仕事そのものが村で一番の力持ち等の存在では務まらない、ある種の選業なのである。鉄クラスの冒険者ですら警備兵や一兵卒よりは強い。先の例えで云うと、白金に到った人物一人がいれば、片田舎の集落の生活は大きく変わるだろう。安全面での変化などは目を見張るものになる筈だ。

 

 一説には、白金クラス以上の冒険者の割合はその国の冒険者の二十%と言われる。王国を例にとって云えば、八百万を越える民の内冒険者が三千人、更にその内白金以上の冒険者は六百人である。

 因みに公国は他国よりも冒険者の社会的地位が高く──ガド・スタックシオンを始めとした【剛鋭の三剣】が余りにも英雄然とした英雄であり、民に慕われている上、その気風を後進の者たちも受け継いでいる為良いイメージを抱かれやすい──国民に対する冒険者の割合も多いが、二倍三倍もいる訳では無い。

 

 高位冒険者とはそれほど狭き門なのである。

 

 殆ど功績の無い──内容を別にすれば二度のモンスター討伐と試合だけ──弱冠十六歳の少年が、ミスリル級からスタートする。──これを決定した公都の冒険者組合がどれほど強者の確保に力を入れているか分かるだろう。

 次代の英傑の出現を、彼らも待ち侘びていたのである。二十年もの間、人類の切り札たる不可能を可能にする存在、アダマンタイト級が不在だったのだ。降って湧いた宝石を逃がすまいと必死なのである。

 

 余談だが、イヨを公国に根付かせるべく数多の案が考えられ、その内幾つかの方面の事柄については『そもそもあの子は男なのか? 女なのか?』『どちらだとしてもあの年頃の子供にそういった謀は逆効果も甚だしいだろう』『存外社交的な性格の様だし、こちらから何もせずとも自分で相手を見つけそうだが』『既に噂が立っているようですし、此処は静観して動向を見守った方が良いのでは』『では、当面は情報収集と観察という事で』『他の組織からのアプローチや引き抜きに対する警戒も忘れてはなりませんぞ』と、冒険者組合の幹部会合で結論が下されている。

 

「僕が正式に冒険者になれたって事は、もう依頼を受けられるんだよね?」

「ぼちぼちな、ぼちぼち。白金やミスリル辺りの依頼から徐々に慣らしていくさ」

 

 早速お仕事しようよ、と張り切っているイヨに、三人はちょっと考え込む。新人の仕事に不安があるのは何処の世界でも変わらない。

 

 イヨは十六歳である。元居た世界の常識でも転移後の世界の常識でも、歳だけで考えればとっくに働いていても良い年齢なのだが、なんとなんと高校に通っており、社会に出た経験がない。小卒でさえ貧困層における勝ち組とされる世界に生まれておきながら、親の努力と本人の努力の両輪で高等教育に進んでいたのである。

 

 生まれも育ちも現実世界の一般市民としてはかなり上の方であって、巨大複合企業の関係者等の雲の上の富裕層を例外とすれば相当に恵まれた人生を歩んできた、ある意味勝ち組と表現しても差し支えないだろう。

 

 故に社会経験はほぼ完全にゼロであり、一人前と勘定して仕事をさせるのは無謀を通り越して殆ど暴挙と言える。一人で歩かせたら何が起こるか分からない怖さもある。元探検家と云う設定を信じている周りの人間にしてもこの少年の浮世離れっぷりは周知の事、やはり『まずは教育からだな』という判断が下る。

 

「仕事はまあ、せねばならんな。イヨ坊の習熟も課題じゃしの」

「最初から無理をしても良い事は無いからな。まずは安全率を多めにとって、一緒に教えながらだ」

 

 いくら強くとも、イヨのそれはほぼ殴り合いの強さに特化している。仕事のイロハの何を知っている訳でも無いので、何は兎も角色々と経験を積まねばならない。冒険者の仕事はモンスター退治だが、世の中どんな職業でも人付き合いは必須であり、その辺りの細々とした約束事やモンスターの知識などは知っておかねば立ち行かないのである。

 

「勿論仕事はするが、イヨはもう少し座学を中心に知識を高めてもらおう。事前の準備を怠れば力量が活かせない厄介なモンスターも多いし、字が読めないのも不安要素だ。最低限、一人で依頼書を読める位にはなって貰わないと困るからな」

 

 そう、それにイヨは文字が読めない。医務室に拘束されていた時からベリガミニに少しずつ習ってはいるが、流石に数日ではどうしようもない。元よりイヨは母語以外の言語にてんで弱いのだ。読めない契約書を口頭で説明されて詐欺師に騙されるといったベタベタな展開は誰も得をしないので、そういった根本の部分から学ばねばならない。

 

 自分の専門は殴り合いだからリドルは任せると豪語して解読系のアイテムを所持していなかったことに、イヨは軽く絶望を覚えたという。世の中そう甘くは無かった。

 

「分かりました! 頑張ります!」

「うむ、元気な返事で宜しい」

「お前、ここ数日で少しは進歩したんだろうな?」

「自分の名前を書けるようにはなったよ!」

「単語幾つ書ける?」

 

 少女が放った問いに少年はあからさまに目線を逸らし、首元のプレートを弄くり始めた。リウルは無言で彼の脇に両手を差し入れて胸に手を回し、そのままぐいっと持ち上げて遠心力と筋力で振り回す。

 

「てめぇ他国人この野郎、カラテドーの練習は言われなくてもアホほどやる癖に!」

「公国語難しいんだよ~! 英語っぽいかと思ったら全然違うし、良く分かんない!」

「普段根性の塊みたいな訓練してるじゃねぇか、勉学の方も根性出してやれ!」

「きゃあー!」

 

 無言で年長者二名が椅子やテーブルと共に回転範囲外に退避し、イヨの楽しそうな悲鳴をBGMに進捗報告を交わし始める。

 

「で、どうなんだ爺さん。実際の所は?」

「普通じゃのう。際立って頭が悪いでも無く、目立って才に溢れるでもなく。苦虫を噛み潰したような顔で、一の努力に対して一の進歩。時たま際立った勘働きを見せるが」

 

 筋肉のしっかり乗った腕を組み、禿頭の老人は椅子に座り直した。

 

「モンクの……ああいや、モンクとは違うんじゃったか。格闘の才とは打って変わって全く見た目通りの子供の様じゃ。天は二物を与えずと言ったところかの」

「ふむ……まあ、戦闘の訓練に比べれば大した時間も取っていないからな。普段から好んでリウルの隣にくっついて歩いているようだし、一人の時に言質や署名は絶対に書かない取らせないを徹底しておけば、当面は大丈夫だろう」

 

 短所を短所のまま放っておくのは以ての外だが、短所を埋めるために長所の伸びを阻害したのでは元も子もないのである。

 

 二人の視線の先ではイヨとリウルのじゃれ合いが足技合戦に発展しており、其処はやはり前衛職であるイヨに一日の長がある。襟と袖を取り合った体勢でリウルが面白いくらいに足を払われ引っ掛けられ、イヨが支えているお蔭で如何にか転ばずに済んでいる様な格好であった。

 かなり好意的な贔屓目で見れば、一風変わったダンスに見えない事も無い。

 

「はい右足、左足、右足、左と見せかけて右足、上体でバランスを崩して右足、なんだかんだで右足、右足、右足、右足」

「こ、このやろ、ちくしょ、分かってるのに対応できねえ!」

「ふははー、元全国一位の力を思い知ったかー! 大内刈り、小内刈り、大外刈り、小外刈り!」

「なんかこれカラテドーと技術体系違くねぇか!?」

 

 流石オリハルコン級の冒険者と言うべきか。イヨのやったそれは柔道の技である。要するに足を掛けて倒す技なので、正式に練習した事は無くとも、空手をやっていると意外に使う事が多い。イヨの場合はわざわざ柔道部の練習に混ざって習得した本式である。

 

 イヨは相手をコロコロ転ばせて、倒れた相手に嬉々として追撃して一本を狙うタイプの選手だったので、足癖の悪さには定評がある。しかも、対戦相手の突きが入った瞬間に足を掛けて体勢を崩し、残心が成されなかったとの理由で相手の攻撃をルール的に無効化させる小技を常習的に用いる。

 

 スポーツマンシップ的に見ると卑怯に思われるかもしれないが、競技化されようと格闘技は格闘技である。倒れた相手には当然追撃し、背中を見せれば背中を打ち、騙し空かしあらゆる手を尽くして──勿論ルール的に認められる範囲で──相手を完膚なきまでに叩きのめそうとする精神性に満ち満ちている。

 

『殴る時は拳が相手の身体を突き抜けて背中に抜ける位の気持ちで殴れ』『死体で無い限り反撃してくるものと心得よ』『息の根を止めて初めて勝ったと言える』『相手の心臓が動いている内は手を止めるな』等、スポーツ化されても尚こうした理念は形を変えて生きている。

 

 リウルも勿論オリハルコン級に相応しい実力の持ち主だが、近接戦の機微では当然本職でない分だけ劣る。その状態でイヨと戦うのは魚が陸上で猫と戦う様なものであり、詰まるところ非常に珍しく、リウルがイヨに遊ばれる結果となった。

 

 少女が先輩の意地を発揮して釣り手と引き手を切り、手四つでがっしりと組み合って拮抗状態を作り上げる。

 

「酒の味も分からん癖に小癪なお子様だなコラ……!」

「リウルだって一つしか違わないじゃない、子供みたいな寝相してる癖に……!」

「街の中でくらい好きに寝させろ、お前こそ寝言で俺の名前呼ぶなビビるだろうが……!」

「意識ないもん如何にも出来ないよ! それを言うならリウルだって人前で手を繋ぐのはやめてよ恥ずかしい……!」

「お前が野良猫追っかけていくからそうしないといけないんだろうがよ、自分の立場分かってんのかこの能天気が……!」

 

 照れと形ばかりの怒りが混じり合った赤い顔で凄んでも怖くないし、イヨの方に到っては言い返す為だけに反論してるだけで全然気にした様子は無い。むしろ楽しんでいる。

 そんな二人は傍目から見たら完全に同レベルである。此処は個室とはいえ、冒険者組合の中なのだが。

 

 その有様が『年下の恋人が出来てつい童心に帰ってしまった青年の図』に見えて仕方が無いバルドとベリガミニだが、口に出したら殴られるし、見ている方が後々ネタに出来て得だから静観する事にした。一応二人とも声は控えているので物を壊さない限り迷惑でもなさそうだったし。

 

「若いって良いよなぁ、爺さん。妻と付き合い始めた時を思い出すよ。今考えれば馬鹿ばかりやったもんだ」

 

 仕事中もこうだったら迷惑どころの話ではないが、日常時のこうしたやり取りはコミュニケーションの円滑化につながる為、許容範囲内である。

 特にバルドはリウルを父親のような気持ちで見ている面もあった為、遅めの春が来たかと少しほろりとした気分にさせられた。

 同じチーム内での男女関係はメンバーの死亡率を引き上げるが──男が死ぬ時は女を、女が死ぬ時は男を情で道連れにする上、他のメンバーとの扱いにどうしても差が出来てしまう──まあでも年長者二名はこの二人が本当に恋は盲目状態になる可能性は低いとみている。あの二人の組み合わせは基本的にリウルが主導権を握っているし、そのリウルが危険性を何よりも知っているからだ。

 

 自身の感情の状態を客観的に鑑みて身の振り方を決める位は当たり前のように出来る。でなければ十七歳でオリハルコンプレートを預かるなど不可能だし、そういった人物でなければチームの耳目としてある意味全員の命を握る仕事を熟し、メンバーに認められる事は出来ない。

 

「そうじゃのう。──儂、結婚はしとらんが子供はおってなあ」

「……初耳だぞ爺さん」

「青春の真っただ中に工房に籠って魔法の研究ばかりとか発狂するじゃろ? 二十代三十代の時は研究と遊びが半々じゃったのう。儂が全身全霊で魔法に打ち込んだのは四十も半ばを過ぎてからじゃよ」

 

 ベリガミニはこう見えて割りと遊びを知っているのであった。

 

 それで第四位階に手が届く領域まで自らを鍛え上げたのだから大したものだが、巷の苦悩する魔法詠唱者諸氏がこれを聞いたらそれこそ発狂するだろうな、とバルドは思う。

 

「ん。待てイヨ、ストップ」

「なに? どうしたの?」

「人が来る」

 

 遊んでいたリウルが何かを感知し、四人が緩んでいた空気を引き締めてテーブルや椅子を元の位置に戻して、さも真面目に話し合っていましたよ、と言った感じの雰囲気を作る。およそ三十秒の後、

 

「失礼します、今お時間頂戴できますでしょうか」

「構わないよ、どうぞ」

 

 バルドが代表して応えた。全員が全員とも、さっきまでの空気を完全に払拭している。なんという切り替えの早さだろうか。

 

 ノックの後に現れたのは、またしても名物受付嬢のパールス・プリスウであった。イヨ並の身長に女性らしさ溢れる身体つき、豊かな髪の毛を長く伸ばした人物だ。

 

「【スパエラ】の皆さんに、プルスワント子爵より名指しの依頼が入っています」

 

 プルスワント子爵。つい最近覚えた名に、イヨは僅かに身動きをして反応した。

 

 公国内に幾人もいる子爵の位を持つ貴族の一人で、偶然公都に居たが為に先日【スパエラ】の新規加入メンバーとして挨拶に行ったお得意様の一人だ。

 

 【スパエラ】は流石公国内最高峰の冒険者チームだけあって、複数の有力貴族や大商人、名高い名工と関係があった。例外なく耳聡い彼ら彼女らはイヨの存在も見知っていた様で、内心は兎も角外見的にはこの上なく丁寧かつ丁重に少年を記憶に刻んでくれた。

 

 ほんの僅かな時間会話をし、お互いの名前を交換した程度の記憶しかないが、ひたすら畏まるイヨに鷹揚な接し方をしてくれた威厳ある壮年男性だった。

 帰り道で覚える様に言われた情報曰く、古き良き貴族の典型。平民と貴族とは違う生き物だと頭から信じており、誇りを汚すような無礼な口を叩かれれば首を刎ねる事すらするが、民と領地を治める者として領民を手厚く守る人物。

 貴族の道に外れる行いを嫌悪しており、質実剛健にして清廉潔白。大公ひいては現在大公が忠誠を誓う皇帝への忠義は目を見張るものがある。

 公国北方のある大きな町と周辺村落を治める──イヨが知る情報はその位である。

 

 リウル、バルド、ベリガミニの三者曰く『礼節と身分さえ弁えればあれ程信頼できる人物はそう居ない』『気高き者の義務を頑なに遂行する柔軟な石頭』『マシな方の貴族の代表例』。

 

「名誉な話だが、我々は現在必要最低限の人員を割っている。受けられる仕事には限度があるが」

「子爵も先刻承知だと仰っておられました。その穴を埋める為にミスリル級を一チーム、【スパエラ】の皆さんの裁量で雇い入れて構わないそうです。勿論報酬はその分も此方で出すと」

 

 なんとも太っ腹な話である。オリハルコン級に加えてミスリル級を一チーム雇うとなると、目の玉の飛び出る程とまでは行かずとも、結構な額の出費になる。貴族とは言えその金額はぽんと出せるものでは無い。

 

 パールスが何時になく神妙な顔で告げる。

 

「組合では依頼内容を精査の末──不明な点は多く、不確定要素は排除し切れなかったのですが──この依頼を、ミスリル級若しくはオリハルコン級が請け負うべき難度と認定いたしました」

 

 不確定要素と不明な点は気に掛かるが、難度だけならオリハルコン級とミスリル級が一チームずつでややお釣りがくる程度ではある訳だ。

 

 イヨが先輩三人の顔を仰ぎ見ると、三者はアイコンタクトの末に頷いた。

 

「まずは詳細を聞きたい、続けてくれ」

「はい。分類としましてはモンスター討伐の依頼です。プルスワント子爵領の巨大湖に生息する、淡水生クラーケンと思しき不確定モンスターの討伐をお願いしたい、と」

 

 




短めの九千文字。

調べれば調べる程貴族制度に関しては闇が深まって全容を把握できなかったので、『公国ではこうなっている』という事でどうか一つ。

帝国に行こうか王国に行こうかとも考えましたが、初依頼は取りあえず国内。国外で早々デカいことやると皇帝陛下や僕らの魔法キチこと古田さんに献上されかねんから。

公国内の貴族は割とマトモ。何故ならあからさまなのは代々の大公が間引いてる上に、ジルクニフの忠臣と化した後の現大公が国内の効率化の一環として叩きのめしたから。ただし闇に潜んで陰であれこれしてる奴は当たり前にいて、大公と影のいたちごっこをしてます。

設定を詳細に考えれば考えれるほど王国が亡国になっていく。モモンガ様が降臨される頃には存在しないかもしれないレベル。

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