ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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公都:面接

「ふむ……本業は五体を武器に戦う前衛、モンクだと思っていいわけか?」

「すいません、僕はモンクとは系統が違うんです。気功などは出来ません。殴るだけです」

「ほう。世間一般に知れておるモンクとは系統の違う拳士とは、珍しいのう。具体的にどのように違うのか、もう少し詳しく説明してもらっても良いかな?」

 

 面接は概ね恙なく進んでいた。

 

 各チームの代表者たちから話を聞いて、今は暫定所属チームのリーダーであるバルドル以外は下がって貰っている。彼らはパールスに先導されて、組合にイヨの特例昇級措置を訴えに行った。何分急な話だから、こちらの面接が済む前に訴えに対する結論が出る事は無いだろう。

 

 バルドルは保護者的な立ち場の人間として面接に参加していた。一応イヨの力量に関しては了解し、今はもう少し細かい質問を重ねて、答え方から人格を見る段階に入っている。

 

 リウルとイヨの間柄に付いてバルドとベリガミニの二人も、流石にチームの今後に関わるこの時に弄くり回す気は無いようだった。採用にしろ不採用にしろ、後で間違いなくなんだかんだと言われるだろうが。

 

 しかし、まさかイヨが其処まで飛び抜けた力を持っていたとは。冒険者たちが語ったイヨの力は信じがたいものだった。実戦とは違うとはいえ、一人で数十人の相手をして屈しないとは、桁違いの一言に尽きる。

 

 イヨ一人で訪ねて来ていたら絶対に信じなかった自信がある。それ位非現実的である。何処の誰がこのお子様以上にお子様な十六歳が事実強いなどと云う話を信じるものか。

 まだ魔法詠唱者として優秀とかだったら信じる可能性もあっただろうが、前衛として強いなど、百人いたら九十八人が信じないレベルである。

 信じた二人の内一人はイヨの身体を狙う変態で、もう一人は孫と同一視した婆さん位だろう。

 

『僕は強いんですよ!』

『そ、そうなのかい? ちょっとあっちの方で実演してみてくれないかなぁ、お嬢ちゃん。うへへ』

 

『僕は強いんですよ!』

『そうなのかい? 小さいのに偉いねぇ。よしよし』

 

 脳裏でリアルな光景を想像してしまい、リウルは吹き出しかけた。お似合い過ぎる。

 

「なので、戦士並の重装甲を装備する事も出来て──リウル、どうかした?」

「ん、んん! 何でもねぇよ。で、お前はその重装備を何処に置いてきたんだ? 宿の部屋に入って来た時から手ぶらだったけどよ」

 

 イヨとリウルは昨日と同じくため口だが、イヨが最初に特別扱いはしないでほしいと明言している為、あくまで能力面人格面を鑑みて、純粋に仲間足り得るかどうかを審査している。まあ、元よりリウルにイヨを贔屓する気は一欠片だに存在しないが、口に出して周知の事実にする事そのものにも意味はある。

 

「イヨ、お前、俺らと手合わせした時も最初から最後まで無手だったよな?」

「僕の武器って毒がありますから、練習で使う訳にはいかなくて。しまってあるんですよ」

「何処にだ?」

「えっと──」

 

 イヨは何やら虚空へと手を伸ばすと──その手首から先が宙に消えた。

 

「……は?」

 

 驚愕と不可解で空気が凍った。冒険者たちが揃って腰を浮かして身を固め、見ている光景を理解しようと頭を回す。アレは何だと心中で疑問を叫ぶ。

 何らかの魔法か、マジックアイテムか、それともタレント【生まれながらの異能】? 

 

 そんな緊張感あふれる面々を他所に、イヨは戸を開ける様なノリでアイテムボックスをでかでかと開き、中身をごそごそとやり始める。

 

 一種類ごとに数十から数百はある多種多様なポーション、未知のマジックアイテム、これまた数多くの短杖や装飾品、武器や防具。猫耳に犬耳に熊耳。男物と女物の服がずらりと並ぶ。

 その多くが見たことも無い品で、多分魔法の品で、換金すれば金貨が比喩でなく山を成すであろう物で──いや、その辺りは分からないなりに見当も付く。他国、それも大陸すら違う遥か彼方異境の地から来た人間の持ち物だ。見慣れなくて当然、風変わりで当たり前だし、自分たちも知らない希少なアイテム類を所持しているのも、アダマンタイト級に匹敵する実力を持った元探検家という彼の経歴から納得はしよう。

 

 ──でもあの異空間はなんだあれ? いやマジで一体なんなんだあれ? 

 

 全員の視線と思考が一点に集中する事しばし、イヨはある布袋の中から四つの金属の塊を慎重に取り出し、四肢に装備する。

 

 それは肘から先を覆う腕甲と、膝から下を覆う脚甲。共通の素材から作られた揃いの品だ。外見は、灰色の革に荒い研磨がなされた金属のプレートを組み合わせたもの。濁った金色と黄土色が混じりあった金属は加工を経てなお鉱毒を含んでおり、打撃した相手の神経を侵し、動きを阻害する特殊効果を持つ。

 イヨの可憐な外見とは何処までも縁が遠そうな、無骨で毒々しい武装。遺産級の魔法の武器、腕甲【ハンズ・オブ・ハードシップ】と脚甲【レッグ・オブ・ハードラック】である。

 

「ふー、これって多分僕本人でも毒が回っちゃうんですよね。危なっかしくて一々扱いに気を遣うんですよ」

 

 大変大変、とまるっきり大変ではなさそうに笑い、

 

「これが僕の武器です! 防具は今着ている奴で、三段可変鎧【アーマー・オブ・ウォーモンガー】と云いまして──」

 

 自慢気に胸を張りながら何やら蘊蓄を語り掛けて、そこでやっと周囲の人々が名状しがたい顔で自分を見つめているのに気付く。そして何を誤解したのか、ちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうに口元を緩ませる。

 

「えへへ、これ、友達が頑張って作ってくれた記念の品なんです。そんなに似合ってます?」

「今のは一体なんだおい!?」

「ひゃあ!」

 

 全員を代表して怒声を上げたリウルに、イヨはびくついた。大声で怒鳴ったのが悪かったのだろう、しかしそんな些末な事を気にする余裕はこの場の誰にも無い。

 

「今の……アイテムやら荷物が入っていた空間はなんだ? 君の所有するマジックアイテムか?」

「あっ!」

 

 やってしまった、とでも言いたげに顔を歪ませるイヨである。彼はアイテムボックスの存在については、一応人に見せない様に気を付けていた。

 

 この世界にも容量的に有り得ないほど荷物が入る背負い袋や、一日当たり一定量の水が湧く革袋はあるようだが、それらとアイテムボックスはまるで次元の違う物だ。

 なにせ外見的にはまったくの無手に見えて、その実大量の荷物が出し入れ自在で収納できる異空間だ。単純に言ってこの上なく目立つし、世界観的に浮きまくりである。中身が空であったとしても悪用の方法が幾らでも思い付く。その為にちょっかいを掛けてくる人間が出るであろうことも。

 

 そして、イヨのアイテムボックスの中身は空では無い。ユグドラシルで買った店売りのアイテム、友達が作ってくれた武器防具に装飾品、ドロップで手に入れたアーティファクトが沢山入っている。それらは、イヨにとってはさして貴重でも無かったアイテムと、今となっては思い出の品となった武器防具に過ぎない。

 

 たかが二十九レベル、最高到達レベルでも五十七レベル。

 

 色んな相手と戦う事に楽しみを見出し、通り過ぎていったレベル帯で新発見がある毎に適正レベルまで下げて挑みに行った、ユグドラシル全体で云えば下の方ばかりをうろちょろ遊びまわっていたライト層のエンジョイプレイヤーが入手できる程度の物でしかない。

 

 ユグドラシルプレイヤーに聞けば百人が百人、大したものは一つも持っていないと断言するだろう。イヨ個人にとっては友達が作ってくれた思い入れの深い武器や防具でも、ユグドラシルプレイヤーの大半を占めていた百レベルの人達からすれば、どんな状況だろうと役に立たないゴミ装備である。

 

 しかし、この世界に生きる者たちにとっては違う。多分、宝の山だ。

 

 この世界の水準は低い。魔法でも戦士の力量でも、文明でもそうだ。ユグドラシルと比べれば圧倒的に低すぎる。

 

 当たり前である。ユグドラシルはゲームで、この世界は現実なのだから。

 

 遊ぶための娯楽製品であるユグドラシルと現実であるこの世界では、ありとあらゆる物事が違い過ぎる。

 ユグドラシルではアイコンを押して選択するだけの物事でも、この世界では多くの手間と労力と時間と代償を払って、死に物狂いでなければ成し得ない。全般的にそれほどか、あるいはそれに近い位の差がある。

 

 ユグドラシルとこの世界の違いは、そのまま現実と仮想の違いだ。違いからくる差異だ。

 

 だからイヨが持つなんて事は無いアイテムや装備品であっても、この世界の人達からすれば相対的に上等で貴重な品ばかりだろう。大きな価値を持つはずだ。

 

 そんな物を山ほど持っている事が知れ渡れば、怖い人たちや悪い人たちが雲霞の如く幾らでも湧いて出てくる。イヨだってそれ位は考え付いた。

 アイテムボックスそのものとアイテムボックスの中身で二乗である。

 だから、アイテムボックスは人前でむやみに使わない様にしようと決めていた。中身のアイテムがどうしても必要な時とか、そういう事態以外では使わないと。

 

 なのにうっかりあっさり堂々と使ってしまった。そしてこの様である。もしかして僕は馬鹿なのではないかとイヨは真剣に悩んだ。実際、この少年は結構なアホの子である。議論の余地なく。

 

 言い訳をするのなら、イヨは面接で緊張していたのだ。『俺に勝ったらチーム入りを認めてやるよ……!』みたいな審査だったら全く気にしなかったのに、なんだか就職面接チックな堅い話し合いだったから。キチンとミス無くやらねばいけないと意気込み過ぎて内心切羽詰まっていたのだ。

 

 仲間になった人たちには後で普通に打ち明けるつもりでいたが、こんな不意打ちで常識外れな現象と直面したらみんな驚くに決まっているではないか。

 

「僕が持ってるアイテムボックスっていう……ま、マジックアイテム? です。色んなものを入れておける便利な入れ物……みたいな感じでしょうか」

「なんと、これはマジックアイテムなのか! 既存のアイテムとは全く違っておる、一体どのような理論と魔法で成立しておるのじゃ? おぬし、これを何処でどうやって手に入れた?」

 

 ──僕も全く分かりません。 ゲームを始めた時から普通にありました。

 

 そんな事は勿論言えない。そもそもゲーム云々が通じないだろう。イヨは既に他国から転移の罠で飛ばされてきてしまった探検家と云う設定を色んな人に告げているのだ。どの面下げて今更『異世界から来ました☆ ゲームの中で遊んでたらいきなり来ちゃって~♪』等と言えるか。

 

 まず間違いなく、イカレていると思われてお終いである。

 

 子供扱いはしょうがない。自分は事実子供であるという自覚がイヨにはある。女の子に間違われるのも仕方ない。イヨは事実女顔で、体型も欠片も男性らしくない。その上髪型は三つ編みだ。これで見抜けという方が理不尽だ。イヨが自分で男だと告げれば済む話である。

 

 でも狂人扱いは嫌だった。イヨは年齢相応以上に子供っぽくて間が抜けているが、心身ともに正常で健康な人間である。

 なにが悲しくて気を違えた異常人としてみんなから爪弾きにされねばならないのか。そんな扱いをされたらイヨは泣く。仲間はずれは悲しいし寂しいから嫌である。

 

 イヨは迷信における兎並に孤独に弱いのだ。

 

 初めから一人なのなら耐えようもあるが、大勢の人がいるのに誰もイヨを好きでいてくれない、関わってくれないという状態には全然耐性が無い。今までの人生でそんな状況は一度も無かった。

 

 TRPGで鍛えたアドリブ力をフル活用して考える。原理はまるで分かっていなのだから、其処は捏造するより素直にまるで分からないと告げた方が良い。問題は自分の持ち物なのに一切理解できていない理由だ。

 一瞬のうちに想像と発想は成った。

 

「探検家の仕事で潜った遺跡の最奥で古い時代の魔法陣に触れたんですその時から使えるようになったので僕自身も理屈はよく分かってません……!」

「ほ、ほう。その魔法陣に触れた時、なにか異常な現象はおきんかったか?」

「古びて擦れていた魔法陣が触れた途端に眩い光を放って収まったら何時の間にか使える様に、そういえば触れた部分に痣が出来たようなでももう治ってしまったので今はもう特に何も……!」

「急に早口になるなよ、気持ち悪ぃな」

「あ、ごめん……」

 

 当然の事ながらこれ以外にも様々な質問をされたが、イヨは全身全霊のアドリブでその全てを凌ぎ切った。違う世界から来たという事実を違う大陸から来たと変換していて本当に良かった。

 まかり間違って実在する国から来た等と言っていたら絶対に逃げきれなかったであろう。元探検家の設定はファインプレーだと自分でも思う位だ。

 

『こんなものを一体何処で!?』

『遺跡で見つけました!』

 

 万能である。

 SW2.0で取りあえず魔剣のせいあれもこれも魔剣の迷宮だからしょうがないを連発した事を思い出した。魔動機文明の遺産という事にしておけば大抵の機械はセーフ、みたいなものだ。

 

 ベリガミニがアイテムボックスに探査、検知魔法を掛けたりもしたが、魔法的反応は一切なかった。現状では何もわからないという事が分かっただけだ。

 

 閉じた状態では五感による知覚は不能。物理的な接触も不能。魔法的検知不能。魔法的感知不能。恐らくなんでも無限に収納可能。現在確認可能な手段では、本人以外は開けない。

 魔力系魔法詠唱者ベリガミニ・ヴィヴリオ・リソグラフィア・コディコスは、第三位階魔法のエキスパートだ。魔法上昇や希少なアイテムの補助などにより、第四位階魔法の限定的な行使すらも可能とする、オリハルコン級の中でも卓越した魔法の使い手と言えよう。

 

 探索や感知に特化した系統では無いにしろ、第四位階魔法の使い手にすら見破れない。それは人類種の殆どに見破れないという事だ。イヨ当人以外は全く干渉できない何でもいくらでも入る異空間──

 

 小さな部屋の中に静寂が満ちる。

 

 イヨは『あれ?どうしたんだろう、お咎めなしなのかな?』等と思っているが、それどころの話では無い。

 

「すまん、見なかった事にしていいか?」

「ヤバいどころの話じゃないだぞこれは……」

「滅茶苦茶危ねぇぞ……」

「悪用の手法が幾らでも思い付くのう。生物はどうやら入れん様じゃが」

 

 狡いレベルでいっても完全犯罪し放題だ。万引きで捕まる事は絶対に無いだろうし、禁輸品の密輸や非合法の売買では絶大の効果を発揮するだろう。関税のすり抜けや脱税にも引っ張りだこ。武力蜂起のお供にも最適。後一分考える時間をくれれば四人で数百通りの悪用法を列挙できる。それこそ、子供のいたずらから国家転覆の一手まで。

 

 幸い、この狭い部屋の中にいるのはイヨ本人を入れても五人だけだ。イヨ、バルドル、リウル、ベリガミニ、バルドの、ある程度気心と人格をお互いに見知っている五人だけだ。大馬鹿が一人混じっているが、素直な馬鹿であるから如何にでもなる。

 

 リウルが部屋の外を探り、近くに誰もいないことを確認。ベリガミニが連続して魔法の詠唱に入り、今までの出来事を見聞きしていた者がいないのを確認、そして出来る限りの防諜を渾身の魔法で実現させてゆく。バルドは壁に立てかけていた武装を手に取り、何時でも使えるようにする。バルドルはイヨの身体を拘束し、耳と目を塞ぐ。

 

「え? え? なんです? なにをするんですか?」

「……組合長に報告すべきか? ふっは、自分で言っとっても笑えるわい」

「いかんだろう。確実に公都の安全保障にかかわる問題だ。大公の耳に入りかねんし、その前後の流れで最小でも数人が知る。そこから十数人に漏れる」

「組合長から数人へ。数人から無数へ。裏社会にまで広まるの一週間と掛からぬわな」

「そうなったら、少なくとも知ってしまったこの四人は今までと同じには暮らせないな」

「イヨ本人はもっと不味い。コイツの強さだけでも謀略のエサだったが、アイテムボックスと合わせて考えれば利用を考える奴と排除を考える奴がぶつかり合って大規模の紛争になりかねねえ」

 

 持ち主であるイヨが死んだらこの異空間はどうなる? 消えてなくなるのか、もしや殺したものが新たな所有者となるのか? 事実としてどっちだろうと確かめ様は無く、争いは避けられない。

 

「こいつを野放しにするのは──」

「一番有り得ねぇ。うっかりでこんな代物を人前で使う常識の範疇を超えたボケだぞ」

「知ってしまった以上、恐ろしくて放ってもおけん。儂等が首輪で、鈴で、見張り番か」

 

 実際問題、アダマンタイト級を目指すこのチームにとって、イヨの戦闘力は魅力的に過ぎる。正直に言うとこの馬鹿さ加減は危なっかしいどころの話ではないが、教導してやれば改善自体は見込めそうだ。

 チーム入りを認めず弾いたとして、イヨはまた他のチームを探すだろう。本人は冒険者をやる気満々なのだから。そこでまたこんな大馬鹿をやらかされたら、次は大事になるかも知れない。この少年の性格的に、自衛を躊躇う事はなさそうだ。

 

 元より三人しかいない人材が枯渇しているチームで、降って湧いたアダマンタイト級の実力者を弾く選択肢を取るのは可能性として薄かった。ど素人極まりない人物だとしても、一番育むのに時間が掛かる実力自体はもうあるのだから、後は手取り足取り教えてやればいい。

 

 何よりこんな爆弾を野放しにしておくのは嫌すぎる。いつ何かの拍子で爆発するか知れたものでは無い。ならばいっそ【スパエラ】で囲って仲間にしてしまった方が良いのである。それがイヨの為にも、世間の平穏の為にも一番良い。

 

 何だか随分とイヨの扱いが酷い様に感じるかもしれないが、イヨ本人の性格と力量、それにアイテムボックスとその中身を考えれば真っ当な扱いである。一騎当千の実力を持った迂闊なお子様と云うだけで始末に悪いのに、おまけに巨万の富が入った四次元ポケットまで持っていると来た。

 

 【スパエラ】の三人とバルドルはアイテムボックスの悪用を阻止し、イヨを仲間に迎えて教え導き、自分たちの目標を達成すると云う三者が得をする結論を選んだだけだ。

 もしこの四人が悪人だったり、深く考えずこの事を吹聴して回ったりする愚か者であったならば、イヨは人生の殆どは不幸と絶望と戦いに溺れてしまった事であろう。

 

「危ない橋じゃのう」

「嫌か?」

「まさか。リスクを負う事が嫌ならミスリル級になった時点で引退して、村の名士かお気楽貴族の私兵にでもなってるよ」

「俺達が目指すのはアダマンタイトだ。その為にこいつは力になる。ついでに世間の平穏も保てる」

「バルドルさん? なんで僕は話を聞いちゃいけないんですか? 今一体なんの話をしてるんです?」

「ベリガミニさん、噂に聞く宣誓の魔法を頼めるか? 勿論イヨも込みの全員にだ」

「魔法上昇による第四位階魔法を五人にか。仕方ないとはいえ、今日これ以降の儂は殆ど使い物にならんと思っておけよ」

 

 使う魔法は第四位階、即ち常人や並大抵の天才を飛び抜けた領域の魔法だ。術者と対象が接触していなければ成立せず、魔法に対する抵抗の意思があれば絶対に効果を発揮しないと云う性質故に、戦闘に使える魔法では無い。だが、こういう時には有用である。

 効果は特定の秘密を守る事を強要するもの。この場合は五人全員で『アイテムボックスの存在を他者に教えない』事を共有する訳だ。

 魔法によって強制された秘密を破れば、その者の全身は激しい痛みに襲われる事となる。そして、五人の内誰が秘密を破ったのかは魔法の効果によって即座に全員に伝わる。

 

 これ位はしないと危険で仕方が無い。

 バルドルはイヨを開放し、【スパエラ】の一員として認められたと告げた。そうしてアイテムボックスの危険性を全員でイヨに徹底的して教え込み、宣誓の魔法を共に受ける事を要求する。

 

 イヨは勿論、顔を真っ青にして同意した。真っ先に少年の口から出たのは四人への謝罪だった。自分の持っているものとその扱いによって生じる危険性を漸く──本当に漸く、今になってやっと──理解したらしい。

 

 宣誓の魔法の成立後、リウルは真っ先にイヨに宣言した。ベリガミニは急激な魔力の消耗で疲弊した為、椅子に座りこんで肩で息をしている。バルドはそんな彼を労わっているので、新人の教導は自然とリウルの役割となったのだ。

 

「お前がマトモな人間になるまで徹底的に鍛え上げてやるからな。覚悟しろよ、イヨ」

 

 現時点のお前はマトモじゃないと宣言された様なものだが、その程度のごもっともな批判で落ち込む様な人間では無いのだ、イヨは。彼はこの上なく真剣な顔で、

 

「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしまーす!」

 

 居並ぶ四名に全力で頭を下げた。四人は本当に頼むぞ、本当に、と念を押す。これでまたうっかりを炸裂された日には、アイテムボックスとその中身とイヨ本人を巡って騒乱が起きるだろうから。

 

「お前は何でも入る不思議な異空間なんて持ってない、そうだな?」

「はい! 僕は何でも入る不思議な異空間なんて持ってません!」

 

 ここで、バルドルが横から不意打ち気味に問いかける。

 

「なあそこの君、ちょっといいか? さっき何もない所から急にアイテムを取り出さなかったか? アレは一体何だい?」

「きゅ──急に何の話です? 言っている意味がまるで分からないのですが? 僕はこれから用事がありますので、失礼いたします」

 

 一瞬口籠る辺り満点の対応とはとても言えないが、まあ及第点であろう。元の馬鹿素直からすれば取り繕えるだけでも進歩である。元が低すぎたともいうが。

 

 そうしてイヨへの演技指導や教育プランに話は移行した。バルドルも参加しているのはイヨの扱いに一日の長があるからだ。見た目に反して根性と負けん気の塊なので、とことんスパルタでよろしいとの助言を、彼は【スパエラ】に与えてくれた。

 

 

 そうして二十分もあれこれやり取りをしただろうか。コンコンとノックの音が響いた。リウルが視線で皆の同意を得て、

 

「どうぞ」

「邪魔するぜぃ」

 

 多分パールスが特例の昇級措置の話を持って来たのだろう、と思っていた四人の予想は外れた。ドアを開けたのは小柄な老人だったのだ。するりと部屋に侵入する足取りには淀みが無く、掴みがたい雰囲気であった。

 

 身長はイヨよりは高いが、リウルよりは低い。黒き革で出来たハードレザーアーマーを身に纏い、全身に指輪や腕輪、護符などのマジックアイテムを装備している。どれも使い込まれた風情の代物だが手入れは丁寧にされていて、古臭い感じはしない。

 深い皺が刻まれた顔つきは渋い。鋭い眼と短く刈り込んだ白髪が特徴と言えば特徴か。容姿に付いて、それ以外に取り立てて目立つ物は無い。ごく普通の、ほんの少し背が曲がった老人である。

 ただ、武器は大変珍しいものだ。腰の両側に下げた二本の小太刀は、鞘と鞘から推測できる刀身は日本刀に酷似している作りだが、柄と鍔は西洋剣の特徴を持っている。傍目にも分かる強い魔力を宿した、一級品の魔法の武器だ。

 

 イヨ以外の全員が驚愕する。この人物を知らぬ者は公国にはいない。公都で冒険者をやっている人間なら頻繁に目にする有名人だが、現役時代の武装をしている姿など初めて見たからだ。

 

 老人は全員の顔を見渡してから、一人の少年に視線を定めた。

 

「特例措置を求めに来たイヨ・シノン……ってのはお前さんでいいんだよな?」

 

 皺がれた、如何にも老人らしい声。だがしかし、其処には鋼の如き芯の強さが宿っている。イヨもそれを感じ取り、知らず知らず内に身を固くした。

 

「はい、僕です。……失礼ですが、何方でしょうか? お名前を頂戴しても?」

「おおっと、こりゃあ済まねぇ。お前さん、別の大陸から来たんだってな」

 

 顔なんざ知る訳ねぇわな、と一人笑って、老人は名乗った。

 

「ガド・スタックシオン。公都の冒険者組合の副組合長をしてる。……元アダマンタイト級冒険者チーム【剛鋭の三剣】最後の生き残り、っつった方が分かり易いか」

 

 その名前はイヨも知っている。今朝がた【ヒストリア】と親睦を深めた時に、真っ先に聞いたものだ。二十年前から公国にはアダマンタイト級がいない事。二十年前に命と引き換えに偉業を成し遂げたそのアダマンタイト級チーム【剛鋭の三剣】には、一人の生き残りがいる事。その人物は現在、公都の冒険者組合で副組合長をしている事。

 

「イヨ・シノンよう。俺の権限において約束しよう。条件付きでお前の特例昇級を認めてやるぜぃ?」

 

 ──現在においてもなお公国最高の剣士と称えられるかつての大英雄。曰く、最速最鋭の刃。奇刃変刃の異名を取った変則の二刀流使い。

 

「──俺と戦ってお前さんが勝ったら、お前に相応しいプレートをくれてやるよ」

 




一騎当千の実力を持ったお子様(巨万の富が入った四次元ポケット持ち):アホの子・うっかり属性。

歩くフラグとでも呼んでやって下さい。実際問題こんな奴がいたら危ないってレベルじゃありません。
本人だけでもヤバい、持ってるものだけでもヤバい、四次元ポケットだけでもヤバい。全部合わせてとってもヤバい。

書き進める毎にイヨのキャラが変わっていって私もびっくりです。初期を読み返してみると、ここまでじゃなかった気がするんですが。そもそも設定を思い出すと、一話の時点では男の娘としてすら書いてませんでしたからね。何時の間にかこんな子に。

次回はバトル回です。お相手は公国最大最後のアダマンタイト級の生き残り。奇刃変刃のガド・スタックシオンさん。ガチ英雄なのでレベルは三十超えてます。イヨよりは上でデスナイトさんよりは低い位。
二十年以上前に引退した人なので、他国では過去の人扱いであり、強者語りとかでは出て来ませんでした。
強い爺さん大好き。だってかっこいいじゃん? 燃えるじゃん? 

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