ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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公都:早過ぎる転機

「お前みたいな奴がうちのチームにいて良い訳がねぇだろ!」

「ええー!?」

 

 朝の勧誘を受けてから僅か四時間後の事である。イヨはバルドル・ガントレードがリーダーを務めるチーム、【ヒストリア】から満場一致の脱退要請を受けていた。

 

「そうだ! 鉄プレートのチームにいて良い訳がねぇ!」

「お前にはもっとお似合いの場所があるだろ!」

 

 一時間ほど前からどんどん集まってきた他の冒険者たちまでもが大きく声を張り上げる。正義はこちらに在りとばかりに自分の主張を咆え猛る。イヨの意見など誰も聞いてくれない。

 

「なんで……なんで皆さんそんな事を言うんですか……!」

「なんでも何もあるか! 常識で考えろ、この世間知らずのおこちゃまが!」

 

 口を開けば怒鳴られる。頭ごなしに高圧的に、だ。確かにイヨは世間知らずのお子様である。そもそも三週間ほど前にこの世界に来たばかりなのだから常識も何も持ち合わせていない。今この宿の裏の空き地にいる面子の中でも際立って幼い十六歳の子供でしかない。でも、だからって──

 

「お前みてぇに強い奴が! 銅や鉄程度のランクに収まってて良い訳がねぇ!」

「組合に直訴しようぜ、考えてることはあっちだって同じだろ!?」

「ああ、特例措置を要求すべきだ!」

「二十年ぶりに公国にアダマンタイト級が誕生するかどうかの瀬戸際なんだ、細かい規則なんて脇に避けておけってんだ!」

 

 イヨ以外の全員が言ってる様に、組合に直訴して飛び級を認めさせるなんて事、イヨには賛成出来る筈も無かった。

 

「そ、そんな、ルールを捻じ曲げるなんて──」

「じゃかぁしい! イヨは黙ってろ!」

「菓子でも食って待ってろ! おい、誰か甘いもん買ってこい!」

「僕の話なのに僕が喋っちゃ駄目なんですか!?」

「はーいイヨちゃーん? おじさんたちは難しい大人のお話があるんだって! イヨちゃんはお姉さんたちと良い子でお喋りして待ってましょうね~」

「僕そこまで子供じゃないです、あれは僕の話じゃ──やぁ! 何処触ってるんですか!?」

 

 即座に女性冒険者数名がイヨを取り囲んで隔離、じりじりと体を使って建物側に押し込める。イヨが包囲を突破しようとするなら相手の身体に触れねばならないのを逆手に取り、移動を禁じる。更に色恋やらリウル関連の下世話な話で気を逸らすという念の入れようである。

 邪魔なお子様を遠のけさせたことで、集った面々は現実的な方策を勘案し始めた。

 

「でもよ、実際特例ってのはイケる話なのか? 確かにイヨは飛び抜けて強ぇけどよ、実績の無い十六のガキだぞ。中身と外見はもっと子供だし」

「そこは色々と落としどころってもんがあるだろ。いきなりアダマンタイト級ってのは流石に荒唐無稽だ。理想はミスリルかオリハルコンのチームに加入させる事だな。実力は既にあるんだから、オツムや実績の方はこれから積み上げて行きゃあいい」

「イヨ一人でアダマンタイトを張ってくのは無理だからな。犬か猫でも追っかけて崖から落っこちるのがオチだ。誰か近しい実力の保護者を付けねぇといけねぇよ」 

 

 本人に聞こえていれば抗議が飛んだだろう失礼千万な評価である。流石にイヨでも崖に落ちる前に気付いて止まる事くらいは出来る。犬と猫は大好きなので時と場合によっては追いかけてしまうかもしれないが。

 

「だったら狙いは【スパエラ】だな。ついこの間前衛と後衛が一人ずつ抜けたばっかりだ。今日辺りに組合長との会談が入ってる筈だし、メンバー募集の掲示が昼頃には出るだろう」

「リウルとは既に知り合いなんだし、やっぱりそこらが妥当な線か……」

 

 喧々諤々と交わされる議論。響くイヨの悲鳴。女性冒険者の黄色い声。

 冒険者組合御用達の宿『下っ端の巣』の裏の空き地は、何時になく賑やかであった。

 

 

 

 

 イヨがバルドル率いる冒険者チーム【ヒストリア】への加入を決定したあと、彼は直ぐに三人のチームメンバーと引き合わされた。バルドルとイヨを含めて五人のチームになる訳だ。

 三人のチームメイトはイヨの幼さと性別と実年齢に一通り驚愕した後、暖かくイヨを受け入れてくれた。少々体格的精神的に幼過ぎるきらいはあるが、信頼するリーダーが選んだ人間なら大丈夫だろうと言ってくれたのだ。

 

「これからは対等の仲間だ、敬語はいらないからな」

 

 腕を組んで笑うモンク。褐色の肌をした巨漢、シバド・ブル。

 

「アタシにもイヨ位の弟妹がいたんだよ~! アタシの事、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいよ!」

 

 飛び跳ねてはしゃぐレンジャー。紅一点にしてチームの妹分、赤毛のパン。名字は名乗っていないらしい。

 

「誰だって最初は初心者さ。分からない事が有ったら言ってくれ、何でも教えるよ」

 

 木の杖に寄りかかる様にして立つウィザード。痩身長髪のワンド・スクロール。

 

「冒険者ってのは馴れ合い所帯じゃねぇ。だが、同時に命を預け合う存在でもあるんだ。同じチームの仲間になったからには、俺達が責任を持ってお前を強くしてやるよ」

 

 そして帯鎧と長剣を装備した戦士。リーダーのバルドル・ガントレード。揃って男前な笑みを浮かべる面々を前にして、イヨは明るい前途を強く感じた。良い人たちと出会う事が出来たと、幸せに思ったのだ。

 

「これから、宜しくお願いします!」

 

 元気に礼をする拳士にして神官。金髪三つ編みの少女めいた少年、イヨ・シノン。

 

 新たな仲間を迎えた鉄クラス冒険者チーム【ヒストリア】は新たなる歴史を刻み始める──! 

 

 

 

 

 

 ──刻み始めたのだが……。

 

 

 

 

 

「うわー! イヨすごいね、小っちゃいのに体力あるじゃん!」

「えへへ、僕、運動には自信があるんだよ!」

「立派なもんだ。そのなりで冒険者になろうってだけはあるな」

 

 【ヒストリア】一行は、今日一日を新メンバーであるイヨの能力と知識の把握、そしてパーティー内で親睦を深めるのに使おうと決めていた。

 

 冒険者の仕事においてまず基本となるのが体力である。たとえ魔法詠唱者であろうとも、重い荷物と装備の重量に耐えて長距離の移動をしなければならないのだ。これは戦闘やら知識やら以前の段階の話である。歩くだけで疲れていては戦闘など熟せない。一回や二回の戦闘で疲れ切ってしまっては次の戦闘や移動に耐えられないのだ。組合に急報を伝える際や敵わないモンスターから逃げる時など、休憩なしで長く駆ける体力はあった方が良い。

 

 先ずはイヨが現時点でどれ程の体力を持っているのかを調べる為、ランニングから始めた。駆け足を維持しながら疲れ果てるまでひたすらに走り続けるのである。

 リーダーのバルドルが先頭に立ってペースを決め、何が何でもそれに付いて行く。何処かの時点で追走できなくなるだろうから、そうなるまでにどれだけ耐えたかで今後の方針を決めようと。

 

 大方の予想に反して、イヨは本当に良く走った。綺麗な姿勢と整った呼吸を維持したまま走り抜け、他のメンバーが息も絶え絶えになるまで付いてきたのである。

 額に汗を流し、頬が赤く上気する程度の疲労で。

 

 体力については申し分なく、むしろ他の面々を上回っていることが明らかになった。

 これなら後は戦闘の腕を確認した上で、他のメンバーとの連携を覚えればすぐにでも仕事を受ける事が出来る。

 

 次の確認は神官としての能力を見るものである。使える魔法が三つだけで、肝心の回復魔法も、微妙に使い辛い性能である事が確認された。

 

「それでもこの歳にしちゃあ十分さ。後は仕事をこなしていくうちに上達するよ」

「戦闘中に使えないのは痛いけど、ポーション代の節約としては問題ないしね」

 

 成り立ての新人としては常識的な能力である。今後の成長に期待、という事で認識は一致した。

 

 あれ? となったのは最後の最後。自信があるという戦闘に関する能力の確認の時であった。

 

 冒険者の宿『下っ端の巣』の裏手にはちょっとした空き地があり、其処では近所迷惑にならない範囲で鍛錬をすることが出来るのだ。

 取りあえずは同じく拳で戦う前衛であるシバドに見てもらって、その後にチーム内での戦闘の役割分担と連携の確認に移行しようという話になったのだ。

 

 他のメンバーが見守る中、イヨと対峙して構えたシバドは、静かに悟る。

 

 打ち込めない、勝てない、実力に隔たりがあり過ぎると。

 気迫がどうとか気配がなんだとか、そんなまどろっこしい問題では無い。ただ単純に分かる。動かないイヨに対して踏み込めない。踏み込む隙が無い。フェイントによってイヨを動かす事も出来ない。

 見切られているのだ。

 

 この時のイヨはこの上なく真剣だった。自分の正確な実力を仲間に知ってもらうべく、戦闘時と同じくらいに集中していた。

 傍から見ている他の面々からすれば「構えが堂に入ってるな」「結構出来るっぽいよね」「すごいなぁ、あの年で」位のものだが──

 

「強い、な……」

 

 シバドが茫然と呟く。

 

 構えはオーソドックスだ。半身になって前屈し、両拳を中段と上段に配置する。人体の急所が集中する正中線を守り、同時に相手への最短距離に武器である拳を置く。攻防一体だ。

 基本中の基本である。別段工夫がある訳でも無い。これ以上削りようも無い磨き上げた基礎基本に徹する、単純であるが故に合理性と万能性を有した構えだ。

 

 遥か格上の相手に対し、シバドは踏み込めない。何をしても通じないだろう現実が、この上なく正確に理解できる。身体が動いてくれない。

 

 ──だからと言って動かない訳にも行かない。

 

「〈武術歩法〉、〈拳撃〉!」

「なっ──」

 

 発動させたのは、モンク系で最も初歩的な武技だ。一撃の威力を引き上げる〈拳撃〉と踏み込みを加速させる〈武術歩法〉、この二つによって、せめて一手は通す。

 

 仲間たちの驚愕が聞こえるが、シバドに構っている余裕は無い。彼の精神は最早新しい仲間の実力を確かめるなどと云う目的を忘れている。

 

 第一実力なら既に分かった。自分たちよりずっと、イヨは強い。

 

 今のシバドにあるのは、唐突に現れた遥か高き頂きに全てを以てして挑み、手を掛けるという修練者の熱き思いだけ。頂きに一歩でも近づくという、ただそれだけが全てだった。

 

 顔面に対する上段突きをフェイントに、本命の中段突きを入れる。小細工は逆効果だ、ただ最高最速の一撃を──! 

 

 イヨはまだ動いていない、入った、と思った瞬間。

 

 シバドの踏み込み足に軽い衝撃が走る。足払い、その単語が頭に浮かぶより先に男の身体は背中からべったりと地面に落下していた。

 仰向けになったシバドの視界に映るのは青空では無く、寸止めにされたイヨの右正拳下段突きであった。

 

 拳が解かれ、差し伸べる掌に変わる。

 

 自分より一尺以上小さい少年に手を貸され、シバドは立ち上がった。茫然の気持ちすら湧かない。強い相手に挑んだ弱い自分が負けたという、当然の事が起こっただけだと素直に思った。

 

「ありがとうございました!」

「あ、ああ──あの」

「はい?」

「──助言を」

 

 口をついて出た言葉。それはアドバイスを求めるもの。道場に通っている生徒が、指導者に対して聞く様に。

 

「踏み込みの時に体がやや開く癖がある様に思いました。体軸を芯とした回転を意識して、無駄な動作を減らした方が良いかと。後は摺り足ですね。浮いていると、今みたいに払われます」

 

 イヨのそれに嫌みな所も、驕った風も無い。道場では良くある事である。年齢の上下があろうとも、指導するなら指摘して正してあげねばならないのだ。型を習う際はイヨだって小学生に頭を下げる事もある。社会人がイヨに師事する事もある。そういうものだ。

 

「動き自体はキレがあってとても良かったです。脱力も良く、初動が小さくて」

「そうか──ありがとう。俺からもアドバイスをしよう」

 

 どこまでも理に適った言葉だ。この歳で指導の経験があるのか、と思うほど。武の先達として助言をくれたイヨに、シバドは冒険者の先達として助言せねばなるまい。お互いを高め合うのが、仲間なのだから。

 

 イヨがそうした様に明るく、シバドも言った。

 

「敬語はいらんよ、遠慮はするな。俺達は対等の仲間だ。最初に言っただろう?」

「──うん!」

 

 太陽の如き笑みを見せたイヨに殺到したのは、バルドル、ワンド、パンの観衆三人組だ。彼ら彼女らは興奮気味にイヨに抱き着き、頭を乱暴に撫で、口早に質問をぶつける。

 

「すっごい! 今のどうやったの? イヨよりずっと大きいシバドがすぱーん! すぱーんて!」

「お前、本当に強いじゃねぇか! 人を見る目には自信があったんだが、まだ過小評価だったみたいだな?」

「武技か!? 武技だよね? 今どんな武技を使ったんだ!?」

 

 この時点で【ヒストリア】の面々は、原石を拾ったつもりが既に十分な研磨を施された宝石であった、と喜んだ。頼もしい仲間が増えた、流石はリーダー、人を見る目は確かだと。イヨもみんなに褒められて幸せそうだった。だったのだが。

 

 事態が急展開を迎えたのは、イヨの近接戦闘能力がどんどんと明らかにされていってからであった。

 

 拳士シバドと戦士バルドルの二人とイヨが戦い。

「ほ、本当に強い……! 一体どうやってこの幼さでこれだけの実力を!」

 

 野伏パンと魔法詠唱者ワンドも加わって四対一になり。

「これでも駄目か!?」

 

 騒ぎを聞きつけた宿の客たち、より上位の冒険者たちも戦いに加わり、イヨもスキルを解禁し。

「なんだか面白そうなことやってんじゃねぇか、俺達も混ぜろよ!」

「なにがあったんだ?」

「すげえ強い新入りが来たんだってよ、何人束になって掛かってもびくともしねぇらしいぞ!」

 

 やがてまだ宿にいた殆ど全員が参加する一大イベントと化し、参加者全員がムキになって勝ちを捥ぎ取ろうとし始めて。

「囲め! 同時に掛かれよ、技や力で勝負するな! 数で磨り潰せ!」

「おいこれ魔法使っちゃだめなのか!? 魔法ならいくら何でもダメージ入るだろ!?」

「殺し合いじゃねぇんだ、それにこっちにも先輩としてのプライドってもんがある! ぜってぇ近接で仕留めるぞ!」

 

 それら全てを超えてなおイヨが跪く事は無く──

 

「お前みたいな奴がうちのチームにいて良い訳がねぇだろ!」

「ええー!?」

 

 結果、こうなってしまった。

 

 

 

 

「じゃ、先ずは冒険者組合だな」

「よし、決まりだ。おい、行くぞイヨ!」

 

 先輩冒険者たちの中で結論が出たらしいが、勿論イヨには聞こえていない。

 

 彼は今、パンが筆頭して構成した女性冒険者の人垣の中で物理的精神的に圧迫されていた。女性冒険者の人垣、というと甘い響きがありそうだが、彼女らは当然全身を武装している為、金属の檻とほぼ同義である。

 そのくせイヨが檻から脱獄しようとすると、やれスケベだの好き者だのと面白半分で逆セクハラを始めるから始末に負えない。イヨは思春期の男子として当然女性に興味津々だが、興味があるのは女性であって女性が着用する革鎧や装甲板では無い。誰が着ていようと金属は金属である。柔らかくも無ければ暖かくも無いのだ。

 

「きゃー! イヨちゃん触り方がいやらしい~!」

「やっぱり昨晩リウルに色々な事を教わっちゃったのかな~?」

「イヨちゃんこんなに可愛いのにもうオトナのオトコになっちゃったんだぁ……」

「な・ん・の・は・な・し・で・す・か! 僕が押したのは盾ですよ!? リウルには確かにお酒を飲ませてもらいましたけど今は関係ないです、ってさっきから僕のお腹を触ってる人は誰です!?」

 

 勿論女性冒険者たちは節度を保って、イヨが本気では怒らないギリギリのラインでセクハラをしている。けれど、彼女らはわざわざ言葉使いをきゃぴきゃぴした女の子風に変える程イヨ弄りに熱が入っていた。理由はイヨが律儀に反応と反論をし続けるからだ。やはり良い反応が返ってくると弄び甲斐が増すのである。

 

「おい、もういいよ。離してやれって」

「ん。よし、開放!」

 

 人垣が一斉に割れ、中からどちゃっとイヨが排出された。息が切れており、傍目から見ても疲労しているのが分かる。というか戦っていた時よりも明らかに疲れている様だ。

 

 年上の女性達からよってたかって玩具にされるのは普通に考えてかなり辛い。肉体的圧迫に加えて猥談や逆セクハラの雨嵐となれば相当である。二十九レベルと云う英雄の端くれ並の頑強さを持つイヨでさえ無事ではすまない苛烈な試練であったのだ。

 

「おいイヨ、支度しろよ。組合に行って【スパエラ】への加入を申請するぞ。多分今なら本人たちがいるし、結構な確率で即日合格だろ」

「だからなんでですかぁ!」

 

 イヨは泣きそうである。実際、目に涙を溜めている。さっきまで仲間だと言ってくれていたのに、もう追い出されようとしている『悪いことなんか何もしてないです、捨てないで』と目で訴えかけてくる。

 イヨからすれば、褒められるのが嬉しくて頑張っていたらポイされそうになっているという状況である。理不尽過ぎると思ったわけだ。

 

「バルドルさん! 僕の事をチームに誘ってくれたじゃないですか! 教えてくれるって、強くしてくれるって言ったじゃないですか……!」

「いやだってお前、現時点で十二分に強すぎるし……」

 

 うんうん、とその場にいた全冒険者が頷く。勿論その中には【ヒストリア】のメンバーの姿もある。

 

 実際問題、鉄クラスのチームである【ヒストリア】にアダマンタイト級の戦闘力を持ったイヨが混じるのは無理がある。イヨ以外のメンバー全員を足して合わせた分より、イヨ一人の戦力の方が何倍も大きいのだ。

 

 突発的遭遇を別とすれば、鉄クラスの冒険者が受けられる仕事で出現するモンスターなどはたかが知れている。弱い部類の亜人種や巨大昆虫系、ウルフに魔狼、低位アンデッド位だ。

 

 その程度の奴らを相手にする上で、イヨの戦力は明らかに過剰である。

 

 そんな戦力差のあり過ぎる戦いにおいて、弱い【ヒストリア】の面々はやる事が無くなってしまう。効率や安全性を考えれば、イヨがイジメ同然の実力差で雑魚を蹴散らしている間、後方で守りを固めて周囲を警戒しながら応援でもしているしかない。

 

 勿論そんな歪な役割分担は正常な価値観を持っていれば即刻却下だ。彼らにだってプライドがある。

 

「今から説明するけどさ……」

 

 イヨが【ヒストリア】の一員である事が、お互いにとってのマイナスにしかならないのは確かなのだ。実力差のあり過ぎる仲間は対等ではいられない。周囲も対等として見てはくれず、扱われもしない。

 一見銅プレートの新人が混じった鉄クラスの冒険者チームであっても、イヨの実力が知れ渡れば、その実態はアダマンタイト級の子供一人におんぶにだっこの連中としか思われない。イヨが持てる力を使って一生懸命に仕事に励めば、自然とそうなってしまうのだから。

 

 【ヒストリア】の面々は大いに馬鹿にされるし、思い切り後ろ指を指されることになるだろう。噂が広まれば、組合の方からチームの在り方として良くないと注意勧告が来る筈だ。

 

 イヨも良くない扱いを受ける。自分よりずっと弱い連中を守ってやって内心馬鹿にしているに違いないとか、雑魚を率いてお山の大将をやってる性格の歪んだガキだとか言われるだろう。

 

 【ヒストリア】と一緒に居る限り、イヨはその実力の一片さえも使わずに終わる簡単な仕事しか受けられない。【ヒストリア】はイヨと共に居る限り、戦闘の大部分をイヨ任せにする事になる。たとえ本人たちにその気持ちが無くとも、そうならずに済む事は無い。ただ圧倒的な実力差故に。

 

「で、でも……僕は新人だし、順序立てて上に登っていかないと、やっぱり反感を受けます。一人で冒険者をやっていくことは出来ないから、どうしても誰かと組まなきゃいけない。どちらにしても反感を買うなら、普通に順番に……あ、でも【ヒストリア】のみんなも悪く言われるから僕だけの問題じゃなくて、えっと──」

「あー待て待て、まだ話は続くんだよ」

 

 イヨは強い。圧倒的に、余人の追随を許さないほどに。

 その強さは具体的にどれ程なのか? 

 

 今この場でイヨと戦った者の中で一番の強者は、元白金級冒険者である宿屋の主人だ。騒ぎに釣られて飛び入り参加した彼曰く、周辺国家最強の戦士として名高いガゼフ・ストロノーフに勝るとも劣らないのではないか、と云うほどの力量をイヨは持つらしい。

 

 リ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。それは兵士ならずとも戦いに生きる者ならば誰もがその名を知る超級の戦士だ。

 

 御前試合にて優勝してランポッサⅢ世に召し抱えられ、新たに創設された戦士団の長となった、リ・エスティーゼ王国に伝わる五宝物、その内現存する四つを装備する事を許された人物だ。

 疲労しなくなる活力の小手、常時癒しを得る不滅の護符、致命の一撃を避ける守護の鎧、鎧すらもバターの様に切り裂く剃刀の刃と云う、これまた超級の武具をだ。

 この四つを装備したガゼフの力は正に一騎当千の名に相応しく、単身にて一千の兵に相当するとの評もあるほどの規格外の強者だ。

 

 戦士と拳士を同等のラインで比較するのは非常に難しい。その上装備の差もある。その辺りの事を考慮しても、イヨの単純な力量はガゼフと同等ではないかと宿の主人は言う。

 

 そう、イヨはガゼフ・ストロノーフに匹敵する強者。

 

 『転移の罠によって遠い他国からある日突然降って湧いた、無所属のガゼフ級拳士』なのだ。

 誰が放っておくだろうか、そんな存在を。あらゆる国家・権力・宗教と何の関わりも因縁も無い、国家級の戦力を。強いだけで幼く単純な、騙しやすい事この上ない少年を。

 

 ガゼフ・ストロノーフは、戦場の只中にてバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスから直々に自らに仕えよとの勧誘を受けたらしい。

 一国の皇帝自らが戦場に出て直接声を掛けたのだ。そこまでして欲しいと思わせるだけの魅力を放っているのだ、イヨやガゼフといった実力者は。

 

 イヨの存在はあっという間に広がる。今日の午前中だけで数十人の冒険者にその強さは知れ渡った。一週間で公都中に、一か月で公国中に、一年で国家間に広がるだろう。

 イヨを、イヨの強さを欲しがる連中は星の数ほど湧いて出る筈だ。そこらの貴族家や大商人ならいざ知らず、国家や非合法の組織すらもなりふり構わず確保しようとするかもしれない。

 

 イヨ・シノンはそれに抗えるだろうか? 

 

 否。まず間違いなく否だ。

 『途轍もなく可憐で純真で、恐ろしく単純で素直で幼い少年』は、それらに対して抗うという発想すら浮かぶまい。国家間の争いごとに不干渉だという冒険者である事すら問題にならない。所詮は昨日今日なったばかり銅プレートだし、辞めてさえしまえば止めるものは無くなる。

 

 イヨは迂闊だ。【ヒストリア】の面々との親睦を深める途上で、聞かれてもいないのに自分の素性を話してしまうほどの、浮世離れした感性をしている。『イヨ・シノンがどういった人間か』は直ぐに衆目の知る所となる。

 

 善人の仮面を被った人間が懇切丁寧に礼儀正しく『とても困っているのです。あなたにしか出来ない事なのです。あなたならば多くの人命と財産を守れるのです』と泣きながら訴えでもすれば、イヨはまず間違いなく頷くだろう。持ち前の純真さでもって。

 

 そんな時、イヨの仲間として傍にいるのが【ヒストリア】であったなら、仲間として彼を助ける事が出来るだろうか? 騙されているぞと気付かせることが出来るだろうか? 

 

 これも否。たかだか鉄プレートに過ぎない【ヒストリア】など手助けにはならない。むしろ『冒険の最中に起きた不慮の事故』によって全滅するなり人質に取られるなりで、イヨの心を揺さぶる良い材料になりかねない。

 

 だからイヨが冒険者を続けて行くのなら、一刻も早く実力の近い仲間を得なければならないのだ。冒険者としてイヨを教え導き、イヨと対等の活躍が出来る者たちが。イヨとお互いを高め合っていける者たち、イヨと共にアダマンタイトになれる実力者が。

 

 イヨは『無所属のガゼフ級拳士』としてではなく、『アダマンタイト級冒険者』として有名にならねばならないのだ。

 

「み、みなさんそこまで考えて、僕の事を……」

「いや、まあな。お前みたいな危なっかしい子供の事を見捨てるのは」

「流石に良心が痛むんだわ。近頃十歳のガキでもここまで単純じゃねえしな」

「ああ、こんなガキっぽいガキは久しぶりに見た」

「本当、どんな育ち方したらここまで子供のまま生きてこれるのかしらね」

「な、なんか貶してませんかっ!?」

「良い子だなぁ、可愛いなぁって褒めてるんだよ。喜びなって! 」

「あ、そうなんですか? えへへ」

 

 マジで喜んだよコイツ……! とイヨ以外の誰もが戦慄した。これだから一人で表を歩かせる事すら躊躇われるなどと言われたりするのだ。今日会ったばかりの人間に。

 

 また、冒険者たちは意図的に説明を省いているが、イヨを高位の冒険者チームに突っ込むことか、イヨ自身により上にプレートを持たせることに拘っている理由は、勿論善意だけでは無い。

 

 それは、公国内には二十年近くアダマンタイト級が不在であるという理由に端を発する、ある風評からの脱却を願っての事だ。

 

 王国や帝国の冒険者などではアダマンタイト級が一チームもいない公国冒険者を『総じて程度が低い』『弱くて役に立たない』となどと下に見る動きが一部であるのだ。

 

 良識がある人物はそんな事は言わないが、冒険者たちの共通の話題である強者語りでは、

 

『やっぱ王国なら【青の薔薇】と【朱の雫】だろ。アダマンタイトはやっぱり別格だよ。冒険者以外ならガゼフ・ストロノーフだな』

『帝国のアダマンタイトはなんかなぁ。【漣八連】も【銀糸鳥】もそりゃ強いは強いけど、不可能を可能にする最強の存在って言うとなぁ? ま、帝国にはフールーダ・パラダインがいるしな』

『おいおい、贅沢言ってんなよ。公国なんかアダマンタイト級が一チームもいないんだぜ? 国家に所属する人間で飛び抜けて強い奴の話も聞かないしさぁ』

『【スパエラ】? だっけ? あと少しでアダマンタイト級に昇格するって一年くらい前から言われてる奴ら? あいつらもいまいちぱっとしないしねぇ』

『ま、公国なんてそんなもんだよ。国自体が小さくて冒険者も絶対数的には少ない。仕方ないんじゃないか? 国ぐるみで帝国の臣下をやってる様な連中だからな』

 

 この扱いである。

 

 その上、最近では国が躍進して栄え、それに伴って冒険者が引っ張りだこな公国冒険者に対するやっかみも入って、嫌みがきつくなってきているのだ。

 

 ──イヨがオリハルコン級のチームに入ってアダマンタイト級に上がれば、長かった公国のアダマンタイト不在の時代が終わる。

 

 冒険者たちの頭の中の四割を占めるのはこれである。卑怯だとか何だなどと言ってはいられない。それ程風当たりが強いのだ。他国の冒険者と一緒に仕事をする度にあれこれ言われるのはもう真っ平なのである。

 冒険者は国家に属している訳では無いのだ。如何に他国人だろうと公国で登録して公国で活動していれば、公国の冒険者と言えよう。文句は言わせない。

 

 だからこそイヨには早く上に上がって貰いたい。辛く惨めな時間は短ければ短いほど良い。幸いにして実力だけは確かなのだ。実力さえあれば実績を積み上げて、五月蠅い連中を黙らせることが出来る。イヨが。

 

「──行くぞ、イヨ! 目指すは冒険者組合だ!」

「は、はい! 皆さんの想いに応えて見せます!」

 

 そんな気など欠片も知らず、イヨは決意の足並みで進んでいく。六割の善意と思いやり、四割の打算と計算を背負って。

 




捏造設定:武技〈武術歩法〉。流水加速の踏み込み時限定版。モンク系武技。強い人は〈流水加速〉と重ねて使うが、シバドはまだ出来ない。
〈拳撃〉は〈斬撃〉と一緒。より強い一撃を放つ。拳か剣かだけが違う。

イヨ、強すぎてお断りされるの巻。

ガゼフ・ストロノーフ級のお子様(超チョロい・実力を隠す気皆無)がふらふらその辺歩いてるとか、どんな事態に巻き込まれても自業自得ですわ。カモですもの。

みんな良い人たちばっかりで良かったね。事と次第によっては下手すれば知らぬ間に闇の組織の一員とか、大公にとっつかまって帝国に献上(イヨ的には出向)されてたよ。
んでもって持ってるアイテムをほいほい渡して古田さんに捕まる。

「おおおおおおお! 第七位階の魔法が込められた短杖!? こ、こっちは第八位階のスクロール!? ももも、もっと何かないのか、魔法の深淵が込められたアイテムは!?」
「え、えっと、あとはこのアイテムとか、あ、これなんかは第七位階の死者召喚ですね、死の騎士を召喚する奴。あと、僕は使えないんですけど、第十位階を超えた超位魔法とかがあって」
「詳しく! 一片も余すことなく全てを話してくれ! あああ、君が語るその全てが深淵を照らす光だ……! 君はもしや魔法を司る小神が私に遣わしてくれた天使では……!?」
「えっ。……いや、まあ、喜んでくれて嬉しいです。天使じゃないですけど」



「じいがイヨ・シノンと魔法省に閉じこもったまま出てこない……謀略とかに穴が……」

(結果的に)ジルクニフ君、不幸! でもこれでじいの魔法は更に飛躍するね! 良かったね、未来でアインズ様に対抗()出来るかもよ!? 


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