ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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公都:出会い

「失礼しまーす。あ、同室の方ですか? 宜しくお願いしま……す……」

 

 相部屋に踏み入ってきたその少女を、リウル・ブラムは一目で気に入らないと判断した。

 

 道を歩くだけで人目を惹くだろう可愛らしい少女だ。容姿の整い方はそこらの貴族の娘よりも上だが、日向ぼっこしながら和んでいる飼い猫の如きのんびりほんわりした雰囲気がとても親しみやすそうで、近寄りがたい感じが一切しない。

 少女は何故かリウルの顔に頬を赤くして見惚れているが、もしも花の咲くような笑顔を浮かべていたら、魅了される人物が老若男女を問わず幾らでも湧くだろう。

 

 この宿に泊まるという事は、この少女も冒険者なのだろう。プレートを下げていない所を見ると、登録手続きをしたばかりの新入りか。

 

 年の頃十三か十四歳程だろうか、リウルが冒険者になった時と丁度同じくらいの年齢だった。自分は既に仲間がいたから冒険者になれたが、この少女が冒険者になる事を組合は良くも許したものだと驚嘆してしまう。

 

 本人の気質を表したかのような柔らかい金色の眼をした少女は、艶めいた白金の髪を三つ編みにしていた。穏やかでのほほんとした顔に似合っていて、いかにも可愛がられて育った箱入り娘と云った感じだ。それでいて甘ったれた雰囲気が無いのは好印象だが、思わず自分と対比してイラッとしてくる。

 

 リウルは黒髪を短く適当に切り詰めている上に、生来の眼付きの悪さと顔立ちの鋭さの所為で、新人だった頃から男に間違われる事が多かった。十七歳になり、名も売れた今ではその勘違いも少なくなったが、無くなりはしない。身長は伸びたが胸は余り育たず、斥候や盗賊として鍛えているせいで、細身なりに筋肉もしっかり付いている。

 間違っても可愛いとか可憐等と表現されるような容姿では無いのだ。

 

 ──俺とは天と地の差じゃねぇか、同じ冒険者をやっている癖に。

 

 少女は肌も綺麗だった。病弱に見えるほど白過ぎるでもなく、かといって日に焼けて黒くなってもいない健康的な肌だ。シミやそばかすが一切見当たらず、黒子すらも美観を損なわない様に職人が計算して配置を決めたかのような絶妙なバランスだった。

 

 けったくそ悪りぃ、とリウルは心中で毒づく。

 

 胸は無い。大きいとはお世辞にも言えないリウルと比較してもまだ小さい胸は、起伏が全く視認できないほどだ。リウルを貧乳とすればこの少女は無乳。ちょっと溜飲が下がった。

 

 四大神のそれとは違う、質素な木彫りの聖印らしきものを下げていた。少女はリウルも見知らぬ神の神官らしい。いくら魔法詠唱者だからと云っても、こんな細くて小さな体で戦闘がこなせるか。転んで額に痣でも作ればいいのに。

 

 細いと言えばウエストだ。爬虫類か何かの鱗と皮で作ったベストを着ているから、少女のくっきりとくびれた胴がとても目立つ。その細いウエストは痩せ型なリウルをしてほぼ同格といった風情だ。胸の差分だけ対比では自分が勝っている、とリウルは相対的勝利を誇る。

 

 対して足は完敗だ。少女の足は細いのに肉付きが良く魅力的であった。矛盾しているだと? ならば此処に来てこの少女の足を見ろ、それが矛盾を超えた回答だ。実際問題、この足の奇跡的なバランスは生来のポテンシャルによるものだろう。極度に良質な筋肉と程良い脂肪が整った骨格に乗っているのだ。だから見た目には柔らかく適度なボリュームで、それでいてひ弱な感じはしない。

 この少女はそれを分かっていてタイトな革ズボンなんて履いているに違いない、絶対そうに決まっている。つーか何の革だこれ。一見普通の服の様で目立たないが、良く見たらベストと同じ素材で出来ている様だ。しかも、ベストもズボンも上着も、良く見たら鈍色の金属装甲が各所に追加されている。

 

 結論。

 

 この胸以外は『のんびり屋で可愛らしい女の子の見本』の様な少女は、リウルにとってまるで好ましくない。胸以外は。

 

「あ、あの……」

「あ?」

「そんなに見つめられると、恥ずかしいんだけど……」

 

 おーいこの美少女は性格まで良いぞー! と、苛立ちのあまりリウルは叫びたくなった。

 なんだその意外と落ち着いた、しかし鈴を転がしたような綺麗で透明感のある声は。

 

 ──俺の眼付けを見つめると表現する感性と云い、恥ずかしそうに頬を赤らめる神経と云い、当てつけでも無くはにかんだ様な自然な困り笑いを浮かべる人格と云い。俺とは正反対だ。

 

 初対面の相手の顔や体を品定めの如くジロジロと視線で睨め回すのは、言うまでも無く礼儀に反した行いである。冒険者の様な荒っぽい職業に従事する者ならば、即座に掴み掛っての喧嘩に発展する可能性だってあるのだ。当のリウルがそのタイプだ。

 

 良い子ちゃん極まる良識的な抗議である。ムカつく。

 

「こう見えて俺も女だ。そういう意味で見てたんじゃねぇよ」

 

 リウルの口から出たのは、謝罪では無く言い訳だった。一方的に抱いた反感が素直な謝罪を阻んでいたのだ。

 

「いえ、あの……君が凛々しくて恰好が良い女の子なのは、見れば分かるんだけど」

 

 少女の表情から困惑が減じる。それと同時に浮かぶのは、やっぱりそうか、とでも言いたげな理解の表情だった。

 

 それにしても、リウルを指して凛々しくて恰好良い女の子と来たか。お世辞ではなく本心で云っているっぽいのが心の綺麗さを見せつけられた気分で、リウルは嫌だった。

 柄の悪い不良染みた小娘、とかだったら容赦なく喧嘩を売れたのだが。

 

 そんな事を考えている間に目の前の少女は言い放った。

 

「こう見えて、僕は男だよ。嫌では決してないんだけど、魅力的な女の子に見つめられるとちょっと照れるというか、恥ずかしいというか……」

 

──は? 

 

「……は? え? 男? 誰が? 俺が?」

「僕が。昔からよく間違われるんだけど、れっきとした男だよ」

 

 今まで猫だと思っていた生き物が実は犬だった。そんな気分であった。

 

「マジかお前?」

「マジだよ。証拠を見せろって言われたら、その、かなり困るけど……」

 

 外見がこうである以上、絶対確実に判断するには、股間を見るか触るか位しか方法が無い。そんなのはお互いに遠慮したいところであった。

 

 「嘘……じゃねぇみたいだな」

 

 少女──もとい、少年の顔を見れば分かる。その瞳は嘘をついている人間のそれとは全く違っていた。更に言えば、そんな誰も信じないだろう嘘をわざわざつく理由もないし、意味も無く初対面の人間に対して性別を偽る人間はかなり少数だろう。

 

 頭ではそんな事を考えながら、リウルは次善策として少年の胸をまさぐった。

 

「分かりにくいけど、一応堅いな。女の胸じゃねぇ」

「な、納得した様な事を言いつつ、確かめるものは確かめるんだね……?」

 

 真っ赤な顔をしつつ、避けようともしなかった少年がぼそぼそと呟いた。

 

「常識で云って有り得ないからとか、理由も無くそんな事をやる人間はいないだろうから、ってのはあくまでも推測、言っちまえば決めつけだ。十中八九当たってたとしても、後の一か二は外れてるもんなんだよ。だから確実に確かめなきゃいけないんだ」

 

 そして何時か、外れた一二のツケを払う時が来る。それがリウルの冒険者としての持論であり、信条だった。

 そんな台詞を口にはしつつ、リウルは心中で申し訳ない気持ちになっていた。

 

 ──俺は、男に対してやれ女の子らしいのどうのとイラついてたのか。

 

 リウルの言った言葉に素直な感嘆を示している少年。男だと分かった上で見れば、骨盤辺りの骨格は確かに男性のそれの様な気がする。

 

「間違えちまってすまねぇな」

「ううん、気にしないで。慣れっこだし、この外見だもの」

 

 少年はさして気にした風もなく、まだ赤いままの頬を緩ませて笑った。間違えるのも無理はないよ、と。

 

 リウルだったらこうは行かない。相手が素直に謝ってくれた場合や、悪意無く純粋に勘違いしていた場合は軽く毒づく位で済ませるが──一方的に決めつけてかかった挙句、訂正すると言い訳したり馬鹿にして来るような奴は徹底的に叩きのめす。二度と生意気な口が叩けない様にしてやる。

 

 リウルにとって性別を勘違いされるのは、それほどムカつく事だからだ。

 

 ──自分が死ぬほど嫌がってることを他人にやっちまったな……。

 

 本当に悪い事をした、と心中で再度呟く。

 

「マジですまん。──俺はリウル・ブラム、リウルでいいぜ。お前は?」

「イヨ・シノン。イヨって呼んで、リウル」

 

 リウルの方から手を差し出し、イヨがそれに応じる形で、二人は握手を交わした。

 謝罪の申し出であり、それを受け入れる表明であり、これから宜しく、の意味だ。

 

「イヨは飯食ったか? ちょっと早いけどさ、良かったら詫びも兼ねて奢らせてくれよ。見た所新人っぽいし、この街の事もついでに教えてやるからさ」

「いいの? ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうね」

 

 イヨは本当に嬉しそうに答えた。リウルが想像していた、花の咲くような笑顔で、だ。その笑顔は正に想像した通りの、万人を魅了するだろう魅力を放っていた。

 

 ──やっぱ可愛いな、こいつ。

 

 口には出さないまでも、リウルはそう思った。性別は間違えたが、其処は間違っていなかったな、と。

 

 リウルとイヨは連れ立って相部屋を出て往く。二人揃って階段を下り、一回の酒場まで降りて、

 

「おお、嬢ちゃんが来たな、おーい──げっ! リウル!?」

「げっ、とは何だ。ひよっこ共。俺がこいつと飯を食いに行ったらいけねぇのかよ?」

「め、滅相もございやせん! どうぞお通り下さい!」

 

 飲んだくれていた全員が──酔いつぶれた者と一緒に荷物の如く抱えて──椅子どころかテーブルまでどかせて、イヨとリウルの為に道を開けていた。

 イヨはその光景に眼を見開いて驚くが、リウルはそんなイヨの手を引っ張って、委細気にせず堂々と進んでいく。

 

「こ、ここで食べるんじゃないの?」

「もっとちゃんとした所で食うんだよ、詫びも兼ねてるんだから。イヨはどんなとこが良い?」

「え、じゃあ……美味しくて量が多いところ、かな?」

「良し、任せろ。公都で一番の美味くて食いでがある店に連れてってやるよ」

「あ、ありがとう──あの、先輩方もありがとうございました!」

 

 あっという間に出て行った二人。その後の酒場は、イヨが来店した時とは違う種類の静寂で包まれていた。衝撃の展開に、みんな酔いが覚めた様だ。

 

「あいつ、外見だけじゃなくて中身まで男みたいになっちまったんじゃねぇのか?」

「しっ、声がでけぇぞ。まだ聞こえるかもしれねぇ。……あのリウルに気に入られるとは、あの嬢ちゃんは益々何者なんだ?」

「リウルが男みてぇに見える女ってのと同じように、あの嬢ちゃんが女みてえに見える男って可能性は?」

「流石にそれはねぇよ……ねぇ、よな?」

 

 大当たりである。

 

 

 

 

 篠田伊代は子供の頃から、自分が持っていない物を持っている人物に憧れを抱く人間だった。

 

 イヨは勉強こそ人並みに出来たが、推理力や考察力と云った物を持ち合わせていなかった。だから頭の良い人に憧れた。すごいな、と感心していた。

 

 イヨは空手こそずば抜けて優れていたが、球技や徒競走はそれほどでも無かった。だから体育の授業で活躍している人に憧れた。すごいな、と称賛していた。

 

 イヨは歌があまりうまく歌えず、楽器は全く弾けなかった。だから音楽に秀でた人に憧れていた。すごいな、と心を打たれた。

 

 イヨは多くの友達がいたが、どんな人とも一緒に居られる訳では無かった。だから心の広い人に憧れた。すごいな、と尊敬していた。

 

 イヨは生まれ付いて女性的な容姿の持ち主で、男性らしい部分が少なかった。だから背の高い人、力の強い人、男性らしい男性に憧れた。すごいな、と目標にしていた。

 

 イヨは生まれ付いて男性で、女性に性的な魅力を感じる異性愛者だった。だから女性に憧れた。すごいな、と惹かれていた。

 

 純粋で単純な心を生まれ持ったイヨにとって、世の中の殆どの人は『すごい人』だった。例外はよほどの犯罪者や腐れた根性の外道や飛び抜けた糞野郎、アンデッドモンスター位である。そいつらは嫌いだった。見てて嫌な気分になるから。

 『すごいとは思えない人』も世の中にはいたが、それは自分がその人の全てを見ていないが故に、『すごい所』が見つからないか、感情や解釈、相性の問題で『自分にとってすごいとは思えない人』なだけで、結局は『実はすごい人』なのだろうな、と思っていた。

 

 現実だけでは無く、ユグドラシルでも異世界でもそれは同じだった。

 

 より多くの攻撃に耐えるタンクが、より多くのダメージを叩き出すアタッカーが、より魔法を使いこなす魔法詠唱者が、多くの道具を作り出す生産職が、サモナーがテイマーがエンチャンターが亜人種プレイヤーが異形種プレイヤーが……全てが憧れだった。

 訳の分からない理屈で突っかかってくるふざけた連中は種類種別関係なしに死ねばいいと思っていたが。

 

 イヨが誰にでも懐くのは、根本的にはこの辺りが理由なのだ。自分以外の皆をすごいと思っているから自分以外の誰にでも敬意を抱いて接する事ができ、故に人に好かれた。

 そうして他人から褒められるたび、感謝されるたび、愛されるたびに『みんなと同じように僕もすごい!』と自信を持ち、『もっと褒められたい!』と努力したのだ。

 

 そんな世界観を持っているイヨにとって、目の前の少女は正に憧れの対象だった。

 

 鍛え抜かれた四肢、すらりと高い身長、鋭い眼つきと油断ない表情。

 間近にいても聞き取れない足音と、刃の様に鋭く、それでいて靄の様に捉え難い雰囲気。盗賊系の職業に就いている人間、それも大層な腕利きだと察した。

 

 下げたプレートはオリハルコン。イヨが志した道、冒険者の大先達である。

 

 そんな人物から熱い視線を向けられて、イヨは思わず赤面してしまった。

 

 イヨは自分の容姿が人目を惹くものである事は自覚している。生まれてから多くの人に褒められた数少ない長所の一つで、それ以上の誤解を生む特徴の一つなのだから。

 

 話してみれば、やっぱり彼女はイヨの性別を誤解していた様だ。誤解を正す途中、異性に胸を弄られるという衝撃の初体験をしてしまった。お蔭でイヨの顔は真っ赤である。

 

「イヨは飯食ったか? ちょっと早いけどさ、良かったら詫びも兼ねて奢らせてくれよ。見た所新人っぽいし、この街の事もついでに教えてやるからさ」

「いいの? ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうね」

 

 彼女は自分がした勘違いについて随分と思う所がある様で、お詫びにとイヨを食事に誘ってくれた。イヨは勿論その誘いに乗り、二人は一緒に公都に乗り出す事になったのだった。

 

「おお、嬢ちゃんが来たな、おーい──げっ! リウル!?」

「げっ、とは何だ。ひよっこ共。俺がこいつと飯を食いに行ったらいけねぇのかよ?」

「め、滅相もございやせん! どうぞお通り下さい!」

 

 リウルは他の冒険者たちに異様に恐れられて、イヨは本当に驚いた。直後に手を繋がれた事にも大いに焦ったが。何せイヨは、年の離れた子供以外の異性と手を繋ぐことは初めてだったのだから。

 

 そうして宿から出て、イヨとリウルは公都を歩き回った。案内された鍛冶工房や薬師の商店などは多分イヨのアイテムボックスの中身が尽きない限り行かないだろうが、そんな事は関係が無く、良い体験だった。どちらかと云えば、リウルが自分で確かめた美味い飯屋などを教えてもらったのが、一番の収穫だったが。

 

「はぁ!? お前、十六歳ってマジかよ、俺の一つ下って! てっきり五つか四つは年下だと──」

「あー、うん。性別と並んで良く間違われるよ。リウルは十七歳なんだ?」

 

 日が傾いた頃になって、二人は活沸の牡牛亭という酒場兼宿屋に入った。中は肉体労働者と冒険者で一杯になっていて、黒山の人だかりの中を死に物狂いの形相で給仕が疾走していた。戦場の如き有様だが、リウル曰く、この時間帯に暇な様では潰れるらしい。混んでいるのは流行っている証拠だとか。

 

「リウルは盗賊さん?」

「お、良く分かったな。そうだぜ、俺がチームの目と耳だ」

 

 かっこいいなぁ、と返しながらイヨは赤身肉を頬張る。噛み締める度に滲む肉汁を楽しみながら、口元を手で隠しつつお行儀悪く喋り続ける。

 

「盗賊っていいよね。音も無く動く縁の下の力持ち。いなくちゃならないスマートな味方。僕なんかぶん殴るしか出来ないからなぁ」

「ぶん殴るって──お前、モンクかよ。聖印を下げてるからてっきり神官だと思ってたぜ。大丈夫なのか? 神官だって務まるか怪しいような細っこい身体して前衛なんてよ」

「モンクでは無いよ。気とか使えないし。相手が死ぬまでひたすら殴って蹴るお仕事だよ」

 

 寝覚めが悪いから死ぬんじゃねーぞ、と言いつつ、リウルは口内に詰め込んだ蒸した馬鈴薯を葡萄酒で流し込み、大きく息を吐く。まるで無頼の作法だが、心底食事を楽しんでいる気持ち良さもあった。周りが荒れくればかりなのも相まって、場に合った食べ方ともいえる。

 

「僕はこう見えて鍛えてるんだよ? 神官としては未熟も良い処だし、殴る方がずっと得意なんだよ。全国大か──えっと、国の武術大会? で優勝した事もあるんだからね!」

 

 強いんだよ、と胸を張るイヨ。場の雰囲気に酔っているせいか、何時もよりも活発だ。

 

「人は見かけによらねぇな、こんな小さいのに」

「身長はこれから伸びるからいいの! お父さんはリウルと同じ位あったし、僕もそれ位まで大きくなるから!」

「十六でその様だと望み薄だと思うがな……ま、希望を持つのは自由だな」

「な、なんて失礼な……!」

 

 所詮背の高い人には分からない悩みなんだ、とイヨは若干拗ねる。実際の所イヨの身長は中学校二年生の段階で成長が止まっているのだが、本人は未だ真摯に希望を抱き続けている。たとえ自分の身体を卑下していなくとも、身長が伸びれば色々と便利なのだ。故に期待してしまう。

 身長が伸びて身体が大きくなるという事は、即ち間合いも伸び筋力も増すという事だ。より遠くまでより強くぶん殴れるようになるのだ。それは素晴らしい事である。

 

「そんなに拗ねるなよ、悪かったって。折角美味い飯が目の前にあるんだから食えよ。しかめっ面してると俺が全部食うぞ?」

「食べるよ、僕だって。……それにしても此処のご飯は美味しいね!」

 

 美味いものを食べた瞬間に機嫌が治る辺り、本当にイヨは御しやすいというかお手軽な奴である。リウルは思わず笑ってしまいそうになるが、また機嫌を損ねられると面倒なので口を開いて誤魔化す。

 

「──だろ? この類の店としちゃ安い方じゃねえが、値段を補って余りある味に、それに量。良い店だろ? 小金が入った日の飯は此処で食うって決めてる連中は多いんだぜ」

 

 店主に認められればツケも効くぞ、と重大な秘密を打ち明けるかの様に小声で囁くリウルに、其処は大事な所だね、と真面目腐った顔で返すイヨ。息がぴったりである。

 

「ちょっと懐が寂しい時はさっき前を通った貧者の灯火亭が良いし、ぱぁーっと散財したい時は貴族街と市民街の境にある金の牡鹿亭が最高だ。あそこの店主は冒険者に恩があるって言ってよ、よっぽど騒いでも追い出されはしねぇんだよ。店の物を壊すと会計が凄まじい事になるけどな」

 

 ははは、とリウルが明るく笑う。何時もの眼付きの悪さや顔つきの鋭さは何処へ行ったのかと、普段の彼女を知るものが見れば疑問に思う位に。

 イヨとの会話が弾んでいる上に、それなり以上の酒精が入って気分が高揚している為でもある。

 

「イヨ! お前も飲め! 俺のおごりだ、たらふく飲め!」

「ええ? ぼ、僕はお酒とか飲んだことないし──」

「成人してる癖に酒が飲めない冒険者はイジメられるって法律で決まってんだよ!」

「ぜ、絶対嘘だよ、それ! ……でもまあ、興味がない訳じゃないし……ちょっとだけなら」

「良し、決まり! すんませーん、こいつに出来るだけ弱い酒を、果実水かなんかで思いっきり薄めて出してやってくれー!」

 

 やがて運ばれてきたそれは柑橘系の果実の風味が涼やかで、イヨがイメージしていた酒とは全く違っていてとても飲みやすかった。たたでさえ弱い酒を思い切り薄めているのだから当然と言えば当然だが。

 あっという間に一杯を飲み干し、イヨは此処で自信をつけた。つけてしまった。初めて酒を飲んで調子に乗る奴の定型である。

 

 『自分は結構酒に強いらしい』という勘違いだ。

 

「意外と飲みやすいね。……美味しいかも」

「おお! イケる口か、イヨ! じゃあ次はもうちょっと強くしてみるか?」

「う、うん……まあ、ちょっとだけなら」

 

 本来なら止めただろうリウルが先に出来上がっていたのもいけなかった。止める人間がいないのだ。酒が進めば気が大きくなって、まだ大丈夫まだ大丈夫という気分にもなってくる。

 その内に薄めず飲むようになって、酒精で痺れた舌はそれでも美味しく感じてしまう。

 

 結果。

 

 ものの三十分で、完全に寝入った酔っ払いが誕生する事となった。テーブルに突っ伏して寝息を立てており、熱を孕んだ頬は赤く、半開きの瞳は潤んでいる。

 

 相方が全く反応しなくなった事で、リウルの酔いも程良く覚めた。もとから飲み慣れているので、理性を取り戻すのも早かったのだ。

 声を掛けても揺すっても起きず、勿論寝ているのだから自力で歩行など出来るわけがない。まさか置いていくわけにも絶対に行かない。

 

「しまったな、飲ませ過ぎた。……背負って帰るか」

 

 結局はそれしかないのだ。リウルは軽くて細い体を抱えて会計を済まし、すっかり陽が落ちた夜道を歩く。十代の少年少女が夜道を歩くのは危険なのだが、オリハルコンプレートを下げた冒険者を狙う度胸の在る泥棒や暴漢は存在しなかった。

 

 中途で三度ほど『幼い少女を酔わせて何処に連れ込むつもりだね、君』などと言う夜警に捕まったが、リウルは顔が売れているから、彼女が女で少女が男だと説明する事も一応できた。

 『少年のようにも見える少女が、少女にしか見えない少年を介抱しつつ宿まで送っていただけである』という事実を、なんとか夜警に信じさせることが出来たのだ。

 

 ややこしい話になってしまった感は否めないが。

 

 そうして最初にイヨとリウルが出会った宿まで通常の三倍の時間を掛けて戻り、

 

「リウル、お前……」

「なにもしてねぇし、上でコトを始める気もねぇよ。第一男女が逆だろ?」

「ああ、そうだったな……つい、分かり辛くてな。すまん」

 

 店主に断りを入れ、常連客達の好奇の視線を睨み散らして二階へと上がり、

 

「俺も、もう疲れた……」

 

 流石に人一人を抱えて夜間の長距離は堪えたのか、イヨを抱えたままベッドに落下し──意識を手放し、眠りについた。

 

 同じ相部屋を使うはずだった冒険者たちは、その光景に驚愕したと云う。

 




あの世界は法国以外は十五とか十六で成人扱いだったので、ギリセーフという扱いでどうか一つ宜しくお願いします。

今回は、主人公が初対面のヒロインに酒で酔わされてお持ち帰りされるの巻でお送りいたしました。まあ、何も無かったんですけどね。

早く戦闘シーンとかが書きたいです。ただでさえオーバーロードっぽくない二次創作なのに、こういうシーンが続くと書いてる私自身も何を書いてるんだか分からなくなりそうなので。
公国内にいる内はほぼオリキャラしか出ないし、これから王国にも帝国にも行く予定なのに遠いこと遠いこと。

ようやくメインヒロイン登場回でした。ナザリックいきと云うラストを決めた時からイヨには幸せになってもらいたいと思っていたので、本当にやっとって感じがします。

普通に女の子みたいな少女をイヨの隣に並べると女の子二人組しか見えないので、カッコいい系の年上女子をヒロインに設定。弱冠十七歳でオリハルコンプレートを持つ才女です。

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