ナザリックへと消えた英雄のお話   作:柴田豊丸

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作者はオンラインゲームをやった事がありませんので、どこかおかしい箇所があったら指摘を頂けると嬉しいです。

2015年10月15日
矛盾解消の為の設定変更に伴い、本文の一部を改変しました。

2015年11月17日
ご指摘があった誤解を招く表現を改変、一部文章を追加しました。
追加した部分を見て「あれ? でもこの記述だと、どこそこの文章と矛盾してる気が?」となった場合は、お手数ですがご指摘を頂けたら幸いです。


始まり

「うりゃあ!」

 

 氷雪に覆われた広大な雪原の只中で、冷気の塊が大雑把な人型をとったような敵、ミニマム・フロスト・エレメンタル【小さな冷気の精霊】に拳足を叩きつけながら、イヨは咆哮した。白金の三つ編みを振り乱し、金の瞳で相手を睨み付け、外見年齢にして十五歳未満の小さな身体を全身全霊で駆動する。まるで少女の様な整った顔貌は、溢れる戦意で染められていた。

 

「あーもう、どうせ最後なんだし、適当にアイテムを売って他の武器を買えば良かったかなぁ!」

 

 イヨの武器である肘から先を覆う腕甲と膝から下を覆う脚甲は、共通の素材から作られた揃いの品だ。外見は、灰色の革に荒い研磨がなされた金属のプレートを組み合わせたもの。濁った金色と黄土色が混じりあった金属は加工を経てなお鉱毒を含んでおり、打撃した相手の神経を侵し、動きを阻害する特殊効果を持つのだが──この雪原に主に出現するモンスターはエレメンタル系。つまりは非実体であり、物理無効化と毒を始めとする状態異常無効化能力を合わせ持ったモンスターだ。

 

 武器の相性が思い切り悪い。一応は魔法の武器なので多少のダメージは通るのだが、効率は最悪に近い。腕甲【ハンズ・オブ・ハードシップ】と脚甲【レッグ・オブ・ハードラック】は、特殊効果を持つ分、純粋な威力は同ランク──聖遺物級の一つ下、遺産級の武器の中では低い方なのである。

 物理攻撃に対する完全耐性を有するモンスターにダメージを与える他の方法は魔法か、スキルやアイテムの使用などがあるが、ケチの気があるイヨは消費アイテムや使用回数制限のあるスキルを、ボスでも無い雑魚敵相手には使いたがらない癖があった。その上、随分前に魔法拳士という言葉に憧れて取った一レベルの魔法職で使える攻撃魔法は一つも無く、殆ど趣味のRP用に取った実用性の薄い魔法が三つあるだけだった。

 

 だから結局、効きの悪い武器である腕甲と脚甲で只管殴って蹴る事になるのだ。幸いにして、防具である三段可変鎧【アーマー・オブ・ウォーモンガー】は冷気や魔法に高い耐性を持っているので、受ける分にはある程度神経質にならなくて済むのが救いと云えば救いか。

 

 数十度の殴打の末、ようやく霧散していくモンスターを見送り、イヨは溜息を吐いた──気になった。勿論ここはゲーム内で、イヨは篠田伊代が操作するキャラクターに過ぎない為、表情などは変わらないが。

 

「たしか前もこれで諦めたんだよね、相手は状態異常無効だって忘れてたよ……」

 

 しかも、本来ならこの雪原フィールドは三十台半ばから後半程度のレベルで挑むのが適正とされる難易度だ。イヨはレベルアップを間近に控えた二十九レベルで、しかもソロであった。ボスでもないモンスターに出くわすたびに足止めを食らい、刻々と時間は過ぎて往く。

 

「今は……二十三時五十三分……無理だったかぁー」

 

 目的地はこの雪原の向こう、山脈の根元にある洞窟型のダンジョンだったのだが。あと七分ではどうしようもない。一度も敵と遭遇せずにひたすら走り続ける事が出来たとしても、洞窟の入り口を拝む事すら出来ないだろう。

 

「リタイアしたダンジョンにリベンジならず……今日が最後だったのになぁ」

 

 今日は、かつて一世を風靡したDMMO─RPGのタイトル──ユグドラシルのサービス最終日なのだ。篠田伊代がこのゲームを始めた頃にはとうに全盛期を過ぎ、相当に過疎ってはいたが、それでもマニアにとってはこのジャンルで一番のゲームといえばユグドラシル、と一押しされる古典の名作だった。

 

 受験からの解放感から面白いゲームを探していたかつての篠田伊代は、ゲーム好きの友人に勧められたユグドラシルに一時期嵌っていたのだ。所謂RPを重視するプレイヤーも多く、リアルで経験のあったTRPG的な遊び方が出来る土壌があるというのも嵌った理由の一つだ。道場に通う時と友人と遊ぶ時以外の余暇時間をユグドラシルに注ぎ込んでいたが、高校生活が始まって部活に熱中するようになり、以降今日の今日まで殆ど手を付けなかった。そんな折に友人からユグドラシルが終わると聞き、彼は急にこのゲームが懐かしくなったのだ。

 

 今日で終わり。

 

 友達と一緒に作成したアバターも、ゲームで出会った新たな友人と集めた素材で作った武具も──あのゲームそのものが全て終わる。

 

 思いに駆られるままにユグドラシルにログインした篠田伊代は、久しぶりに分身であるイヨとなって冒険に出た。目的は、サービス終了時刻である二十四時までに、かつて諦めたダンジョンを踏破する事。装備品やアイテム類を点検する時間すら惜しんでフィールドに出たのだが──

 

「間に合わなかったなー」

 

 ただでさえイヨにとっては難易度の高い狩場だ。しかもブランクの間に移動ルートを忘れて無駄歩きをし、戦闘技術まで錆びついているときた。時間が掛かるのも当然である。事前にwikiでルートを調べる事すら思い至らない猪突猛進さのせいもあるだろうが、正直に言ってお粗末であった。

 

 今頃街では花火やらイベントやらで盛り上がっているのだろうし、GMからの通知もひっきりなしだろう。狩場にいて通知類の全てをシャットアウトしているイヨにはさっぱりだが。

 

 終わり際の今になって思うが、イヨはユグドラシルの全てを楽しんだとは口が裂けても言えない。そもそもレベルからしてたったの二十九だ。単純に云ってもあと七十一レベル分の伸びしろがあるし、ゲーム全体の大きなストーリー展開の進行度からいっても初歩の初歩。無数のクエストの一%も熟していない。それらと共にある筈の強大なモンスター。対抗する為のまだ見ぬ武器や防具類、装飾品、特別なマジックアイテム。およそ二百あると云われているユグドラシルで最高峰のマジックアイテム、ワールドアイテム。

 

 ユグドラシルにおいて、イヨはモンスターと戦う事に喜びを見出すタイプのプレイヤーであった。

 

 ユグドラシルに限らず、ダイブ型のゲームでは現実の身体能力や技能が操作するアバターの動作に少なからず影響を及ぼす。無論、それだけで絶対の差がついてしまうほどのものでもないし、ゲーム側からもアシストやサポートがあるが、その少しの差が時として大きく響いたりするものなのだ。この影響は拳や剣で戦う前衛職が最も大きい。前衛職の最高峰たるワールドチャンピオンの一人は現役の格闘技の王者であるほどだ。

 

 現実でも空手道での全国大会優勝経験を持つイヨだが、スポーツ格闘技とは詰まる所、人間と人間が同一のルールを共有し、そのルールを順守する事を前提としたものである。極端に自由度が高い上に敵が人間だけでは無く、プレイヤーさえもモンスターそのものである異形種を選択可能なユグドラシルで、そのまま通用する訳は無い。

 

 だからこそイヨはモンスターとの戦いに嵌ったのだ。対人間とも対動物とも違う、魔法やスキルまでも含めた正に何でもありの戦いに。アーマード・ストライカーやマスター・オブ・マーシャルアーツ等の拳を始めとした五体で戦う系統のクラスを重視して選択し、持ち前の技術と負けん気を発揮して戦ってばかりいた。

 

 ユグドラシルのサービスが始まったばかりの頃、最初期のユーザー達の眼前に広がったのは本物の『未知』であった。何から何まで本当に自分たちで発見し、解明し、解析せねばならなかったのだ。

 最後期世代のプレイヤーであるイヨ達がゲームを始めた時点では流石に定石が確立され、各種別ごとのベターな職業構成、レベル帯や職業ごとのオススメの装備、効率的な自キャラの育成法、アイテムの入手方法などが確立されてはいたが、ゲームをする時に説明書も読まずネットで検索する事も一切しない主義のイヨには何も関係なかった。

 

 ユグドラシルにおいて、レベル九十台後半まではかなり早くレベルアップする。これは『レベルダウンを恐れて未開地を開拓しないのではなく、勇気を持って飛び込んで新たな発見をすべし』という製作会社の願いがあった為と言われている。

 

 特に低レベルの内は本当に早く、適正な強さのモンスターと戦えば戦うほどレベルアップしていくのだ。ユグドラシル全体を覆う未知の中で、眼に付いた部分で遊びまわっていたらどんどんレベルが上がっていった。

 それを、イヨは勿体無く感じた。

 ユグドラシル全体の姿が全く見えていないのに、目の前の戦いを熟していったらどんどん上に行ってしまう。後から通り過ぎていったレベル帯で「実は面白いダンジョンがあった」「変わった外見や攻撃をしてくる珍しいモンスターがいた」という発見があっても、レベル的に離れ過ぎているとそれだけで面白く戦えない。極端に言うと、工夫も何もなく殴っていたらそれで勝ててしまうのだから。

 

 だから、通り過ぎていったレベル帯で新しい発見がある度に、イヨはデスペナルティでレベルを下げて戦いに行っていた。「下から順番に上へ」「見も触れもしない内に通り過ぎていった部分をちゃんと楽しみたいから」という理由で。

 

 たたでさえライト層のエンジョイプレイヤーで、しかもそんな遊び方をしていた訳だから、当然ゲーム自体の進行は遅かった。下の方ばかりをうろちょろと遊びまわっていたとしか言えないだろう。

 最高到達レベルは五十七レベルだった。だから装備やアイテム等はレベルの割に上等なものも多い。その分レベル自体をより下げる必要が出てきた。レベルアップが速すぎて死ぬのが面倒臭いと文句を垂れたのはイヨくらいだろう。異形種の友人が上位種族になる為の前提条件に一定以上のPk数を求めれていた為、良く殺して貰っていた思い出もある。

 

 五十七レベル以上の戦いを、高レベルプレイヤーのみが闊歩できるフィールドを、強力なアイテムを、イヨは経験したことが無い。その分、低レベル帯のダンジョンやフィールドを人並み以上に堪能しはしたが。

 

 遊んでも遊んでも遊び尽くせないほどのボリュームが、ユグドラシルには在った筈なのに。

 

 無論、ユグドラシルではなく現実の世界で時間を過ごしたが故に学べたこと、体験できたこと、獲得できたこと。それらも紛れも無く貴重で素晴らしいものだが、それとこれとは話が別である。

 そんな事を考えている内に、現在の時刻は二十三時五十九分だ。ユグドラシルにいられる時間は、分身であるイヨでいられる時間は、あとたったの一分だけになっていた。

 

「楽しかったー! ……けど、もうちょっと遊びたかったなぁ」

 

 まごうことなき本音。しかし、もう終わりだ。ログアウトしたら直ぐに寝なければならない。明日もいつも通りに学校へ行き、授業を受け、関東大会に備えて部活動に励むのだから。

 ちらりと視界内に浮かぶ時計を見れば、残された時間はあと十五秒しかなかった。

 

 イヨはゆっくりと夜空を見上げる。満天の星々が輝く空。勿論それはそういう風に作られただけの仮想のものだが、今の世では現実に見る事が出来ないものでもある。五十年ほど前の地球環境を撮影した記録機器の映像を学校で見たことがあるが、それでもここまで綺麗では無かった。

 

「そういえば、夜空を見上げるなんて初めてだな……」

 

 こんなに綺麗だったのか。ユグドラシルで遊ぶ時間の大部分を、イヨはモンスターとの戦闘や、戦う為の装備品の充実に費やしていた。

 ──もっと他の、未知を既知とする、誰も見た事の無い景色を見る様な遊び方もしてみれば良かった。イヨは今更になってそう思った。

 

 

『俺、今日はずっとユグドラシルで過ごす!』 と涙目で宣言して学校をさぼったゲーム好きの友人。ユグドラシルというゲームを篠田伊代に勧めてくれた張本人であり、今日がユグドラシルのサービス終了の日である事を伝えてくれた恩人だ。

 

 完全に過疎と化し、街を歩いていても中々人とすれ違わない始まりの街で出会った五人の友達。彼ら彼女らが、ゲーム内で出来た初めての友達だった。このゲームでは街中にもモンスターが出るのか、という勘違いから殴り合いが始まってしまったのが切っ掛けだったが、六人での大乱闘の末に仲良くなれたのは楽しい思い出だ。

 

 フィールドでかち合った他のプレイヤーと口論している最中にモンスターの群れに襲撃され、咄嗟に同盟を組んで戦った時もあった。最初は十七人いたプレイヤーの内、最後まで立っていられたのは、イヨともう一人だけだった。その異形種のプレイヤーとは後々まで続くライバル関係になったものだ。

 

 その他にも無数の思い出が浮かぶ。

 

 記憶の中の輝きと、目に映る星々の輝きが重なって見えた。良い気分だ。

 

 残り五秒。イヨは眼を閉じた。

 

 次に目を開けるときは現実だ。そう思いながら数を数える。五、四、三、二、一──

 

「さようなら、ユグドラシル。楽しかったよ」

 

 ──零。目を開ける。

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 眼を開けると、其処には星空も自室の天井も無かった。其処は──深い森だった。

 


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