カッコ好いかもしれない雁夜おじさん   作:駆け出し始め

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陸続・シリアスは、歩いてこない、だから歩いてゆくんだね

 

 

 

Side In:月村邸

 

 

 

 字面通りならば、〔玄関から出直せ〕。子供の常識的に考えれば、〔顔を洗って出直せ〕。社会人の常識的に考えれば、〔慰謝料と菓子折り用意して出直せ〕。と、大きく分けて三つの解釈が可能な言葉を返されたなのは。

 だが、なのはは何れの解釈もせず、――――――

 

「そんなことはどうでもいいから、早くあの二人をよんでほしいの!!!」

 

――――――見苦しく無視するという行動に出た。

 

 無視という選択をしたのではなく、何も考えずに無視という行動に出たのが丸分かりな態度と発言だった為、その場の全員は少なからず、〔何言ってんだコイツ?〕、と思った。

 特に、家主の忍と忍の婚約者にしてなのはの実兄である恭也の胸中はアリサ達よりも複雑だった。

 だが、話が玉藻達の事であり且つ玉藻の神子であるすずかとアリサが居る以上、忍と恭也は自分達が話しに出しゃばるのは拙いと判断し、応援を要請されるか攻撃を受ける迄黙っていることにした。

 

 そして、すずかは自分がなのはの相手に此の場の全員から認められていると理解したものの、其のことを特に気負ったりせずになのはへ言葉を返す。

 

「色色言いたいことは在るけど、神に対する助数詞は、(ちゅう)(たい)(しん)(そん)()、というものが一般的で、人と同様の助数詞を用いるのは不敬以外のなにものでもないから、急ぎ訂正を求めるよ」

「いいから早く二人をよんでほしいの!

 それに人間じゃないからってそんな可愛そうなこと言っちゃ駄目だよ!」

「…………」

 

 すずかが話し方を切り替えたことに気付いてもいない様子のなのはは、再び頭痛がする様な台詞を炸裂させた。

 そして、そんななのはの言葉を聞いたすずかは、此れ以上なのはと言葉の遣り取りを行っても会話と成るか如何かを真剣に悩み始めた。

 だが、万が一玉藻が此の状況を見ていれば気分を害すのは確実であり、自分とアリサに一応友人であるなのはの滅殺処理が下される事態は避けたい為、今度は諭す様になのはへ警告することにした。

 

「なのはちゃん、彼女達は上位次元の存在で、人と同じように数える事は、1頁2頁って紙面の様に数えられることと同じなんだよ。

 だからね、人と違う呼び方をするのは当然で、寧ろ人と同じ呼び方をするのは侮辱しているのと同じなんだよ。解る?」

「いいから早くあの二人をよんでよすずかちゃん!

 だいたい神様があんな酷いことするはずないんだから、きっとあの二人は神様の偽者なんだから、そんなこと気にしなくてもいいに決まってるよ!」

「………………なのはちゃん。若しもなのはちゃん的に神様だったなら、神様に因縁付けて捕縛しようとしていたなのはちゃんは恐ろしい程の罰当たりになるけど、其の辺は如何思っているの?」

 

 せめて此処で殊勝というより当たり前の言葉を返してくれれば、話を纏めるのではなく濁すくらいは辛うじて出来ると思ったすずかだったが、――――――

 

「因縁なんてつけてないし、捕まえようともしてないよ!

 お話ししようとしただけだよ!」

 

――――――見事に都合の良い主張が返ってきた。

 

 如何いう遣り取りがあったのか詳しく知らない忍達は兎も角、一部始終を見ていたすずかとアリサは一瞬眩暈を覚えた。

 寧ろ、態と的外れな意見を連発し、自分達を体調不良で退場させようとしているのではないかとすずかとアリサは思った。

 勿論そんなことはなく、単になのはが、〔目を瞑って耳を塞いだ儘アクセル全開〕、を地で行っているだけなのは頭に幻痛がする程すずかとアリサは理解していた。

 

 そして説得や注意は無駄だろうと確信し始めたすずかだったが、一応友人な以上簡単に見切りを付けるのは如何なものかと思い、徒労に終わると確信しつつも説得を続けることにした。

 

「……デバイスとかいう携帯支援兵器突き付けてお話も何もないと思うんだけど?」

「兵器なんかじゃないよ!レイジングハートはお友達だもん!」

「……あのね、なのはちゃん。仮に其のデバイスをなのちゃんが如何思ってても、何も知らなければ金属製の杖なんて徒のメイスでしかないからね?

 つまりなのはちゃんがやった事は鉄パイプを突き付けたりしたのと大差無いんだよ?」

「だからお話しようとしてたんだよ!

 こんな話はもういいから、早くあの二人をよんで!」

「………………」

 

 最早なのはの話は論理が破綻しており、此れ以上会話として成立しない言葉の応酬は不毛でしかないとすずかは判断した。

 だが、元から会話が成り立たない程度しか知能や知性が育まれなかったのか、若しくは単に興奮して知能や知性が著しく減衰しているだけなのかの判断は付きかねた為、とりあえず一度落ち着かせる為にもなのはを気絶させようとすずかは考えた(最早なのはが演技していると微塵も思っていないどころか、先天的な知能障害で自制心や其の他諸諸の発育が遅れているのではないかとすら疑いだしていた)。

 

 しかし、迂闊に手を出すと時空管理局よりもなのはにも難癖を付けられるとすずかは判断した為、此処は何か在っても血縁者の問題として押し通す事が出来る恭也に丸投げするのが一番と判断し、すずかは義兄予定の恭也へ振り返り、眼でなのはの対処を任せる旨を告げる。

 そしてすずかとの遣り取りの頻度が少ない恭也だったが、此の局面で察せない程鈍くはない為、即座にすずかへ頷きで返した後になのはの前に移動しながら声を掛ける。

 

「落ち着けなのは。言ってる事が目茶苦茶だぞ?」

「お、お兄ちゃん!? ど、どうしてここにいるの!?」

「……以前からイヴの日は忍の護衛として企業のパーティーに参加するから、その儘忍の家に泊まるって伝えてただろ?

 寧ろ、日付変更前に(こんな時間に)他所様の家で(こんな場所で)ツッコミ入れたい格好で(そんな格好で)ぶち破った2階の窓から(そんな所から)許可(挨拶)もなく乗り込んだなのはの方が何をしているのか訊きたいんだが?」

「うぅぅ…………」

 

 実際は雁夜からの脅迫紛いの電話を受けて急ぎパーティーから退席して戻ってきたのだが、其の辺は話がややこしくなるので話さなくてもいいだろうと、恭也は敢えて省略した。

 対して極当たり前の疑問を返されたなのは、如何やって此の局面を誤魔化せばいいのか思い浮かばず、焦りに焦っていた。

 だが、普段から後先考えずに行動しているなのはが早早妙案など出せる筈も無く、しかも恭也はなのはが何かを考え付く迄という年単位になるだろう長過ぎる時間を待つ気など毛頭無い為、直ぐに恭也は当然の台詞を放った。

 

「直ぐに父さん達へ連絡して連れて帰ってもらわないとな。

 ……本来なら俺も一緒に帰るべきなんだろうが、身内が窓を破砕したのに片付けもせずに帰るのは流石に問題在るからな」

 

 懐から携帯電話を取り出し、溜息混じりにそう言う恭也。

 対して其れを聞いたなのはは顔を青褪めさせながら待ったを掛ける。

 

「ま、待ってお兄ちゃん! お父さんたちには言わないで!」

「そういうわけにはいかん。

 いいか、なのは。仮になのはが夜中にそんな格好で鈍器を持ってたとしても正面から乗り込んできたのなら、俺は父さん達に何も言わずに胸の内に秘めておいたかもしれん。

 だがな、明らかに窓をぶち破って乗り込んだと思えるなのはが、挨拶も無しに無意識にだろうが鈍器を家人に向けて脅迫をしたとなれば、とてもじゃないが俺の胸の内にだけ秘めてはおけん。

 仮に其の鈍器が張りぼてで、シャンパンでも飲んで泥酔しているのだとしても、窓をぶち破っただろう以上、保護者が速やかに詫びを入れ且つ責任を取るのは当然のことだ。

 そしてお前の保護者は俺ではなく父さんと母さんだ。

 

 此処で俺が保護者への連絡を怠って内密に処理しようとすれば、それは保護者である父さんと母さんだけでなく、実害に遭ったすずかちゃんと家主である忍に対する不誠実な行為に成ってしまう。

 見ず知らずの奴なら兎も角、俺は親しい者達にそんな不誠実は働きたくない。

 何より、なのはは自分が何をしたのかを知らなければならない。

 此処で内密に済ませるのは、遠い将来どころか今現在に於いてもなのはの為にならないからだ。

 

 だから、今日は素直に沢山叱られろ。

 安心しろ。父さんも母さんも、叱るのと怒るのをごっちゃにしたりはしないし、なのはの言い分を頭ごなしに封殺したりはしないから、此処最近何をしていたかも含めて沢山話し合うといい」

 

 保護者の立場である忍とデビットは、立場的に完璧とも言える恭也の対応に感心していた。

 特に忍は恭也がなのはを可愛がっているのを知っているだけに、感心だけでなく驚きも多分に混じっていた。

 そしてすずかとアリサも恭也の極めて大人な対応に感心し、之で覗き見している外の連中も一先ずは安心だろうと思った。

 

 だが、すずか達の予想を天元突破と言うよりも地殻突破して下に進み捲くるなのはは、恭也達にとって考えもしない行動に移った。

 

「た、大切なお話してるんだから、関係無いお兄ちゃんは黙ってて!!」

 

 なのははそう叫びながら、魔力で出来た発光体で恭也の四肢を拘束及び固定した。

 

「「「「なっっっ!?!?!?」」」」

 

 如何いう原理で此の様な事態が起きたか解らないことも驚いたが、それ以上にまさかなのはが恭也に対して武力行使を行うとは思わなかった為、恭也達は酷く驚愕した。

 だが、戦闘者である恭也は拘束されたと認識した瞬間、半ば習性の如く即座に拘束から脱しようとした。

 が、確りと手首と足首を固定されてしまい、なのはに言い聞かせる際に中腰の姿勢の儘だった恭也では、皮の拘束帯よりも頑丈な発光体を破壊するどころか緩めることも出来なかった。

 

 一瞬にして成人男性を、しかも実の兄を拘束したなのはは驚愕の視線を向ける恭也達を無視するようにすずかへ振り返り、軽度の狂気が混じった顔でデバイスを構えながら言い放つ。

 

「さあ!これでお兄ちゃんの邪魔もないから、早くあの二人をよんで!」

「「…………」」

 

 恭也達と違い、多分こうなるだろうと思っていたすずかとアリサは軽く溜息を吐いた。

 そして溜息を吐いたすずかは、呆れと言うよりも疲れを滲ませながらなのはに問い掛ける。

 

「……断ったら其のメイスで殴り掛かったり怪光線を撃って威すの?」

「そんなことしないよ!

 ただ、おはなししてもらうために勝負するだけだよ!!」

「…………ストーカーと言うより辻斬の台詞だよね。ソレ」

「全然違うよ!!

 

 ……もういい。初めからこうすればよかったんだよ……」

 

 そう呟くとなのはは構えたメイス(デバイス)の先端に大気に満ちる特定の活力(エネルギー)を掻き集めて球状に集束しだした。

 ソレを見た忍達は、なのはが何をしているかは解らないが何をしようとしているかは察した為、急ぎなのはを取り抑えようとした。

 が、アリサはそれを軽く手を上げて制した。

 そしてアリサに制された忍達は、アリサどころかすずかも全く焦っていないことに気付き、先のアリサの超絶防御力(厳密には遮断力)がすずかにも等しく在るのだろうと判断し、何かしら考えが在りそうなすずか達を信じて不承不承ながらもなのはを取り押さえる事を控えた。

 

 対してなのはは初めから忍達を意にも介していないらしく、すずか以外に一瞥もくれずに大気に満ちる特定の活力を集束させつつすずかに言い放った。

 

「すずかちゃん!これがあたしの最強の魔法。これを撃ちきったらきっと立っていられない。

 防ぎきったらすずかちゃんの勝ち。撃ちぬけたら私の勝ち。

 もし、あたしが勝ったら少しでもいいからお話してもらうからね!」

「あのね、私は勝負の承諾なんかしてないし、然り気に反撃や回避の選択を削ってたり、勝手に賭けたりとか、何考えてるのか小一時間程問い詰めた……くないね。面倒だし。

 じゃあ、私が勝ったら二度と其の話題関連で私達に関わらないでね」

「いくよ!すずかちゃん!! これがあたしの全力全開!!!」

「……聞いてないね。腹立たしい程」

 

 一人で勝手に熱血展開を繰り広げ始めたなのはを半眼で見ながら呟くすずか。

 対して殆ど消耗していない状態で大気に満ちるエネルギーを集束させているなのはは、嘗て無い程に肥大化したデバイス先端に集めたエネルギー球を見、必勝を確信して掛け声を発す。

 

「スゥタァーライットォーーー!!!」

「まあ、記録されてるから構わないけどね」

 

 なのはの振り回しているデバイスという物体の大まかな機能を把握しているすずかは、仮になのはが聞いていないと言ったところで証拠は在るのだから良しとした。

 無論、癇癪を起こす相手の物品だけに証拠が在る状態は拙いが、なのはが居る此の部屋どころか屋敷には無数の監視カメラが在るので、なのはが乗り込んできた当初からの行動は全て記録されているので、其の辺りは抜かりなかった。

 しかも、触らぬ神に祟り無しと思っているのか、はたまたすずか達の戦力を分析する為か、遠くから此方を見ているクロノのデバイスと探査球とでも言うべき物体を通じてアースラでも証拠として残っている筈なので、証拠は十分と言えた。

 

 だが、当然そのようなことを微塵も気にしていないなのは、過去に無い程の威力に内心歓喜しながら力を解き放つ。

 

「ブレーィカアアアアアアーーーーーー!!!!!!」

 

 なのはの其の掛け声と同時に、輝く桃色と言うよりも蛍光ピンクとも言うべき、毒毒しいと言うよりも浮薄な感じの球体が弾けた。

 そして次の瞬間、すずかを丸丸呑み込む程の大きさの怪光線が、間に在ったアンティークのテーブルを消し飛ばしながらすずかに襲い掛かった。

 

 怪光線はレーザーでもなければ電気でもないらしく、光速どころか音速にすら届いていない速度の為か、恭也達はアンティークの机を消し飛ばしながら進む怪光線の先に居るすずかを辛うじて認識する時間が在った。

 無論、思考を挟む余地などは殆ど無く、回避を促すどころか悲鳴すら上げられず、徒漠然とすずかの死を予感する程度しか出来なかった。

 

 だが、恭也達がすずかの死を予感し、なのはが必勝を確信した怪光線は、すずかに当たった瞬間、即座に掻き消えた。

 

「………………………………え?」

 

 防いだり相殺したり逸らしたのでもなく、況してや別の空間に逃がしたのでもなく、解放されずに残っていたエネルギーごと消え去った事実を理解どころか認識出来ないなのはは、呆然とした間の抜けた顔で間の抜けた声を零した。

 対してすずかは溜息を吐きながら四肢を拘束されている恭也の近くに移動し、手首を拘束している発光体は手の指先で軽く撫で、足首を拘束している発光体は足の爪先で軽く小突いた、

 そして其の瞬間、恭也を拘束していた発光体は呆気無く霧散した。

 

「「「「!!!?」」」」

 

 恭也を拘束したなのはの様に、何かしらの力を揮おうとする意思すら感じられないすずかの行動で恭也の左半身の拘束があっさりと解かれた事に恭也達は驚愕した。

 だがすずかは全く恭也達の驚愕を気にせず、残った右半身側の発光体にも触れて恭也の拘束を解除しようとした。

 が、すずかは触れる必要も無いだろうと判断し、恭也にも感じられない程度の強さで息を吹き掛けた。

 すると、恭也の手首と足首を拘束していた発光体は呆気無く霧散した。

 

 恐らく青銅に迫る頑健さを持っていた発光体を吐息だけで霧散させたすずかを見たなのはは、訳が分からないといった顔で――――――

 

「……………………………………なん……で……?」

 

――――――と呟いた。

 

 

 

Side Out:月村邸

 

 

 

 

 

 

―――――― Interlude In:Yuuno (ユーノ)Scrya(スクライア) ――――――

 

 

 

 今日、僕は悪夢…………でなく、神を拝見した。

 

 

 確かに僕は考古学者の端くれとして、色んな遺跡で神が奉られているのを見る度に、一度でいいから会ってみたいとよく思ったりした。

 勿論、実際には神なんかじゃなくて、ベルカに連なる、若しくはアルハザードかそれに類似する何かの直系か傍流の超科学が現地民には神の御業と映っただけで、実際には神なんていないと思っていた。

 

 仮に神と呼ばれた存在がいたとしても、それは聖王の様に飛び抜けた戦闘力を持っていただけだと思った。

 尤も、いくら飛び抜けた戦闘力といっても、千や万といった数の暴力には容易く屈する程度の強さだと思っていた。

 

 だけど、人知の及ばない、正しく神と形容する以外ない存在は実在した。

 

 

 力を抑えた状態にも拘らず、徒其処に存在するだけで人が生存不可能な空間へ変貌させる存在強度。

 更に時空管理局の切札であるアルカンシェルの直撃を受けても無傷。

 しかも遠隔でアースラ程の質量と体積の物体を、ミッドチルダへ即座に且つ一発で転移させられる。

 其の上生命活動が完全に停止していた数十名を、遠隔からいとも容易く蘇生させる。

 おまけになのはのスターライトブレイカーを無防備に受けても全く効果が無い神子を、恐らく使い走り程度の感覚で容易く生み出す事が可能。

 

 ……攻撃手段は分からないけど、ほんの少し抑えていた力を解放しただけで1km以上先のアースラのスタッフすらも死んでしまう程の存在圧とでも言うべき物を自然に放てる以上、多分僕達が彼方を知覚出来る範囲内はほぼ確実に鏖殺可能な攻撃手段は在る筈。というか、確認した時にはどれだけ死体が積み上がるか分からないから知りたくない。

 

 

 神を拝見したことも死にそうな程緊張して衰弱したけど、今の状況はそれ以上に緊張している上に衰弱もしていっている。

 何しろ、暴走して神子に突撃した挙句、文字通り神を恐れぬ暴言を吐きまくったなのはを回収するだけじゃなくて、神子とその保護者達に詫びを入れる名目で接近し、何とか話し合いに持ち込めという命令があったからだ。

 

 正直、管理局員じゃない僕は従う必要が無いからさっさと帰りたいんだけど、冗談抜きでクロノが泣きそうで心苦しいし、それに此処で揉めて武装隊でも派遣されて戦闘にでもなれば、恐らく神の近くで神が一度手打ちにした事を穿りかえそうとしている面面が騒いでいるわけな以上、気分を害すのは必至。そしてその先は言わずもがな。

 ……此の件が一段落したら、絶対にあの艦長と関わらない様に生きていこうと心に決めた。少なくても命令されないで済むように偉くなるか何処か遠くで暮らすと決めた。

 ついでになのはとも関わらないようにする。多分1日1個命が増えても命が足りなくなりそうだし。

 

 まあ、僕達だけでなく相手も舐めきった命令だけど、少なくてもなのはを回収しないと秒単位で事態が悪化していくから、なのはの回収と謝罪をメインにすればいいと僕とクロノは考えていた。

 当然、話し合い出来ない程に険悪な時は、サーチャーとかを全破壊して即座に帰還するけどね。

 

 

 ……さて、それじゃあ神は此の世に召しましても、神の祝福なんて僕達には全然無いと分かった以上、慎重に慎重を重ねに重ね塗りし過ぎて重力崩壊するくらい慎重にいこう。

 まずは神子の彼女達に神を蔑ろにする罰当たりじゃないとアピールする為にも、供え物を買いに行く……と遅くなるだろうから、此処は現地民のはやてに別行動で購入してきてもらおう。

 監視義務とか拘束要員とか知ったことじゃないから、急いで買ってきてもらおう。

 

 あと、何はともあれ、門のインターホンでアポを取って、玄関から来訪しよう。

 あの金髪の方の神子が、[馬鹿が二人以上になったら強制送還させる(叩き返す)から]、って眼で告げてたしね。

 

 

 

―――――― Interlude Out:Yuuno (ユーノ)Scrya(スクライア) ――――――

 

 

 

 

 

 

Side In:月村邸

 

 

 

 すずかに触れただけで過去最高と自負し且つ必勝を確信した自身の攻撃が霧散し、拘束帯に至っては触れるどころか吐息すら聞こえない程度に息を吹き掛けられただけで霧散するという、文字通り圧倒的な格の差を目の当たりにし、呆然と立ち尽くすなのは。

 

 

 

▲▲▲▲▲▲

 

 幾度も自分以上の存在と遭遇した事のあるなのはだが、易易と自分と同格のフェイトとの同時攻撃すら防いだ相手でもなのは(自分)の攻撃を攻撃と認識して防いでいたが、すずかはなのはの攻撃を攻撃とすら認識せずに無防備に受け、しかも認識通りに毛程の傷すら付いていなかった。

 はっきり言って赤子と大人どころか、蟻と戦車程の差がなのはとすずかには存在しており、不意を突いたり策を弄したり命を賭したりして如何こうなる差ではなかった。

 尤も、なのはは其処迄深く状況を認識しておらず、単に、〔自分の最高の一撃が防がれた〕、と思って呆けているだけであった。

 だが、其れに対してすずかは、本当に大した事をしたとは思っていなかった。

 

 すずかにしてみればなのはが放った怪光線は丸めたティッシュを投げ付ける程度にしか捉えておらず、努力した果てに得た力ではないなどという精神論を抜きにして、単に自分の認識では丸めたティッシュが自分に当たって地面に落ちたという程度の当然の現象であり、驚かれたり慄かれたりするのは本当に居心地が悪いだけであった。

 少なくてもすずかは自分が人間という集団の一員と認識しているので、常識的(と思っている)事象が起きただけにも拘らず、特別若しくは特殊な対応をされるのは本当に微塵も望んでいなかった。

 尤も、ソレが世間の常識から外れた自分が世間の常識を持って生きていく上で起こる問題だとすずかは雁夜に聞かされていたので理解はしていたが、実感したのは今この時が初めてであり、自分が普通ではないのだという実感が遅蒔きながら芽生え、すずかは何とも言えない気分になった。

 

 特に、夜の一族という、普通の人間から少なからず外れていた存在なだけに、普通であることへ少なくない執着を持っていたすずかには堪える出来事であった。

 尚、、アリサは自分が財閥の一人娘だという、少なからず世間一般とは違う存在なのは自覚していたので、普通から逸脱した存在だと自覚しても其処迄大きな衝撃や疎外感は無かった。

 尤も、すずかだけでなくアリサも未だ自分が普通から外れただけの認識であり、人外、即ち老いや寿命という緩やかな死の概念から解き放たれたことを実感するには至っていない事は理解しており、今回以上の衝撃や疎外感を何れ味わうことになると思うと、此の程度で落ち込んでいられないと思う反面、未来が少なからず暗く見えて気落ちしてしまった。

 が、アリサは生来の前向きの思考で、【逃げも隠れも先取りも迎撃も出来ないなら、其れ迄楽しく過ごさないと損】、と割り切り、すずかは、【気持ちの問題成る様に成る】、という、諦めというよりは達観した思考で直ぐに気を持ち直した(アリサは斬撃や加熱や冷却された後にだが)。

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 気疲れした感は漂うものの、暗鬱としたモノを一切纏っていないすずかは呆然とするなのはにではなく、再び場の支配権がすずかに渡った以上動いていいのか迷っている恭也へと声をかけた。

 

「あのメイス、……厳密には其のコアが離れれば戦闘力は見る影も無い程に低下します。

 恭也さんが無力化されないなら私が無力化します」

 

 すずかのその言葉と同時になのはは忘我の状態から回復し、急いですずかと恭也の中間辺りにデバイスを構える。

 だが、すずかどころか恭也も特に意に介した素振りは無く、その事がなのはの神経を逆撫でした為怒りの言葉を吐き出した。

 

「ば、バカにしないでっ!!

 魔法を使えないお兄ちゃんなんかには負けないし、ついさっき魔法を知ったすずかちゃんにも負けたりしないんだからっ!!!」

「あ、なのは、一つ忠告しとくわね」

 

 なのはの叫びに恭也達が顔を顰める中、今迄静観(若干余所見も)していたアリサが割って入った。

 

「あたし達とあんた達の魔法の捉え方って根本から異なっているから。

 あたし達の魔法って、【現代の科学じゃどれだけ技術と時間を費やしても再現不可能な結果】、って大前提が在るのよ。

 例えば重力操作は手間が掛かるけれど対象周辺の質量を増減させて操作出来るし、音の数十倍速く動けてもICBMなんか其れ位の速度は出せるし、太陽並の温度なんて水爆の5%程度の温度だから、そういう凄そうだけど科学で再現出来るのは、あたし達では全部魔術というのよ。細かい決まりは省くけどね」

「じゃあ、転送とかだけが魔法だって言いたいの?」

「他の空間を介さない転移は魔法の域らしいけれど、他の空間で距離を短縮する類の転移は全部魔術の領域らしいわ。

 要するに、亜空間だか超空間だか虚数空間だかを介して行われる転移は全て魔術の領域ってわけよ」

「っ!? そ、そんなこと言ったら魔法なんて無くなっちゃうよ!」

 

 自分が魔法だと思っていたモノがアリサ達にとっては全く違うと言われた事が気に障ったのか、すずかと恭也に向けていたデバイスをアリサに突き付けながら大声で反論するなのは。

 対してアリサは微塵も気にせずに話を続ける。

 

「いいえ、魔法は在るわ。

 例えば、無限と言える程の可能性の世界を移動する並行世界への干渉。

 例えば、一時的でなく完璧な容で蘇生させられる完全な死者蘇生。

 例えば、加速や停止だけでなく遡航すら可能とする時間旅行。

 例えば、完全な無より有を発生させる無の否定。

 

 此れ等の魔法の使い手は確かに実在し、世界に少なくない痕跡を残しているそうよ」

「だったらなんだっていうの!?

 アリサちゃんがなに言いたいのかわかんないよ!!??

 きちんとお話しようよ!!!」

「「「「「「…………」」」」」」」

 

 アリサだけでなく、すずかに恭也達も含めた全員がなのはに対し、[我が身を振り返れ]、と思った。

 が、其れを口にすると話が脱線するのは必至な為、誰もツッコまない儘アリサの話は続く。

 

「判り易く言うと、彼女は無を否定する魔法に特別な想い入れが在る。

 そしてソレは少なからず魔法という言葉に対しての想い入れにも繋がっている。

 

 ……分からないだろうからスッゴク分かり易く言うと、〔とある種類の宝石を大切にしている相手の近くで、生ゴミや汚物を宝石だと吹聴する馬鹿が居ると超絶にむかっ腹が立つ〕、ってわけ。

 だから要約すると、終りたくなければ黙ってなさい、ってことよ」

 

 暗に、お前は生ゴミや汚物を大切にしているバカ、と言われたなのはは、声を上げる暇すら惜しいとばかりにアリサを攻撃しようとした。

 が、其の前に恭也がなのはの眼前に移動し――――――

 

「ふっ!」

 

――――――短い呼気を吐きつつ、納刀された儘の小太刀でなのはの手からデバイスを弾き飛ばした。

 弾き飛ばされたデバイスは恭也の意図かどうかは分からぬものの、すずかの足元近くに落ちた為、デバイスが何かしようとしても直ぐにすずかが対応出来る容と成った。

 しかもすずかがなのはを牽制する様な素振りを一切見せていないので、すずかはなのはの無力化に関しては無関係という立ち居地も保持出来ている為、此の件に関しては恭也達家族の問題だけに留められるので、時空管理局が割り込んできてもすずか達の隙になる事はなかった(なのはが攻撃したので謝罪という口実は出来てしまっているが)。

 そして、恭也は今のなのはは錯乱していると判断したので、一度落ち着かせる為にも気絶させることにした。

 

 恭也はなのはのデバイスを振り上げ気味に弾いた体勢から、宛ら踊る様に半回転しながらも左手の鋼線を手放しながら左右の腕を胴に引き寄せつつなのはの左側を通り抜けて難無くなのはの左後方に立った恭也は、黒歴史になるか微妙だった服装から普段着に変わったなのはの後頭部へ右に握った小太刀の塚尻を打ち付けた。

 一応未知の力を警戒して素手での接触を控えた恭也だったが、なのはの後頭部に打ちつけた塚尻は防御行動だけでなく回避行動も一切無かった為、なのはは障害は残らないが検査入院は必須だろう程度のダメージを後頭部に受けて気絶した。

 

 そして恭也は崩れ落ちるなのはを見、目を覚ましても暴れると判断して拘束するべきか、それとも目を覚ませば理性(落ち着き)を取り戻していると判断して介抱するべきか逡巡した。

 が、其れ以前に、此の場には自分以外にデビットに鮫島、更に自分が護るべき忍が居る為、客観的に証拠を示せないにも拘らず安易に信じて安全策を放棄するのは無責任な上に不誠実だと判断し、恭也は即座に左手で鋼線を投げてなのはに捲き付けて拘束した。

 

 一段落付いたと判断した恭也は軽く溜息を吐き、更に緊張を解す様に独り言を漏らす。

 

「……やっぱり戦闘の素人ってだけじゃなくて、反応速度も至って普通か……」

「そうですね。基本的になのは達の技法はパワードスーツみたいな感じで、後付けで駆動出力や飛行能力や近中遠距離の火器や特殊工作具や医療器具一式とかを後付けする感じですから、戦闘論理や中枢神経系は変化しないそうです」

 

 恭也の独り言に対し、後の展開も考えて補足説明するアリサ。

 そして折角だからと先程言いそびれていたことをアリサは言うことにした。

 

「それとさっきの続きですけど、彼女は最高位の神霊であって、魔法使いじゃありません。

 尤も、神霊魔法と神霊魔術を行使可能なんで、決して魔法使いに劣っているわけじゃありません。

 尚、神霊魔術とは人間や其れに順ずる者が使う魔術とは一線を画していて、底辺が人間の行使可能な魔術のほぼ頂点に匹敵する出鱈目な規模と出力を誇ります。

 更に、神霊魔法は現在存在する魔法よりも更に高次元への干渉を可能としています。

 

 後、神霊●●(まるまる)というのは、人間が神霊の能力行使を分類わけする為に生まれた言葉で、単に神霊が行使する能力が魔術の域か魔法の域かで分かれているだけで、神霊魔術も神霊魔法も人間の扱う魔術や魔法と違って別系統というわけじゃないです」

「具体的に人間の扱う魔術や科学とどれほど違いが在るのだ?」

 

 デビットが忍達を代表する容でアリサに問い掛けた。

 するとアリサはサラッと答えを返す。

 

「理論上可能なだけで実質ほぼ不可能な領域が神霊魔術の領域といった感じかしら?

 手加減……じゃなくて、制御能力も正しく人知を超えているといった感じがしたから、出力や規模や時間とかの調整も人間が再現不可能な域寸前だと思うわ」

「因みに私とアリサちゃんは今のところ加工していない力、……分かり易く言えば魔力とか生命力を飛ばすのが精一杯で、火を熾したり風を起こしたりといった簡単なことも出来ません」

「そうね。今出来るのは魔力を加工せずにその儘操るのが精一杯。

 言ってしまえばなのはみたいに便利な粘土として扱うくらいしか今は出来ないわ」

 

 自分の技量がなのはと大差無いことに思う所が在り、若干不機嫌そうに肩を竦めながらそう言うアリサ。

 対してすずかはそんなアリサに苦笑いを一瞬向けたが、まだ話す事が在ったのでデビットに向き直って言葉を続ける。

 

「私もアリサちゃんと同じで魔力をその儘操るのが精一杯です。

 

 後、自身の変化にも適応したら魔術だけじゃなくて魔法も扱えるらしいですが、自分の神子(私達)を解剖どころか調査すらするなと仰られていましたから、魔術とかに関しては助言や手解きが私達の出来る限界だと思って下さい。

 徒、今現在は手解き出来る程魔術とかを使えませんから、手解きするにしても結構後の事になりそうですけど」

 

 苦笑しながら話すすずかの言葉を聞き、研究者として色色騒ぐモノが在った忍は双方合意の実験や調査を目論んでいたが早早に釘を刺されてしまい、露骨に意気消沈していた。

 そして其れを眼に留めたすずかは苦笑の儘言葉を続ける。

 

彼女の神子(私達)の調査とかが駄目であって、別になのはちゃん達時空管理局勢や地球の陰陽師や呪術師や魔術師を調査したりするのは構わないらしいから、研究するならそっちの方面から攻めるといいよ。

 但し、抗争とかに発展して面倒な事態に成って私達の時間が削れて、その所為で彼女の意思を遂行出来なかったら色色と終っちゃうから、其の辺は十分に注意してね。

 

 まあ、時空管理局は下手に出ようが普通に接しようが険悪に成ると仰られてたから、一般的な尋問や脅迫や拷問で情報を引き出す程度なら影響は皆無との事で、何かするなら時空管理局勢にするといいと思うよ」

 

 一応デビット達にも向ける言葉ならばもう少し丁寧に喋るべきかと思ったすずかだったが、暗に、[私は貴方達を家族や身内も実験に巻き込むマッドサイエンティストか其の予備軍と思っています]、と言っているのと同じな為、敢えて姉である忍に対する言葉遣いですずかは説明した。

 そしてすずかの其の辺りの心遣いを理解しているので、デビットはすずかが会話の流れを忍へ切り替えたことを特に不快と思っていなかった。

 

 

 会話が途切れ、数秒程場に沈黙が降りる。

 

 だが、黙って過ごせる程余裕の在る状況でないことは忍達も理解している為、誰が何の話を切り出すか視線で問い掛け始める。

 が、其の答えが出るより早く、気を利かせたアリサが話し始める。

 

「あ、恭也さん。時空管理局と話し合うなら御両親……と言うかなのはの保護者を呼んどいた方が良いと思いますよ?

 って言うか、呼んどかないとなのはが話を引っ掻き回して話が進みませんから、直ぐに呼んで下さい。

 

 後、先回りされて接触されると面倒なんで、護衛と牽制を兼ねて一足先にあたしは向かうから、車寄越すように手配しといてね。鮫島」

「はっ」

 

 突如話しかけられた鮫島だったが、自分のするべきことと出来ることを明確に理解している彼は慌てる事無く即座に返事をすると、急いで現在手配可能な優秀且つ信の置ける運転手を装甲車をも超える防御力を持った改造ロールスロイスを高町家に向かわせる準備に掛かりだした。

 対してアリサは、然り気無く雁夜が置いて行った袋の中に在る不思議物質で修復されたので概念武装化している自分の靴を取り出すと(すずかの靴も一緒に入れてある)、なのはが破壊した廊下の窓に歩きながらも振り返りつつ、今度は忍に一声掛ける。

 

「急ぎなんで窓から出入りしますけど、勘弁して下さいね」

「あ、う、うん。

 って、いや、此れ以上人が増えるなら此処だと手狭になるから、万が一暴れられるのも考えて食堂に場所を移すんで、玄関からの方が近いから」

 

 忍の話を聞きながらも床を汚さない様に窓枠の上に靴を置いて靴を履くアリサ。

 当然左右の靴を履くと窓枠の上に立つ事になるが、アリサの超絶防御力を知る此の場の面面は、心情では危険と思いつつも理性では全く危険でないと判断していた為、誰も危ないとは言わなかった。

 

 そして靴を履き終わったアリサは忍へ返事をする。

 

「分かりました。

 それでは片道だけですけど、窓から失礼しますね」

 

 そう言うとアリサは雁夜から貰った、期間限定でしか存在しない使い捨て宝具(概念武装)の髪留め用の輪ゴムで右側頭部の髪を一掴み程縛る。

 すると其の瞬間にアリサは恭也達だけでなく、機械からも全く捕捉されなくなった。

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲

 

 雁夜が創ったにしてはD-ランクと低いが、その原因は魔術的にではなく科学的に捉えられないことを焦点に創った為に宿っている神秘が低いからであった。

 更に、長長と形を持って存在し続ければそれだけで時空管理局が煩いので、一定期間が経つと自壊するように細工を施した為、余り凝った機能を付けなかったことも低ランクである原因でもあった。

 尤も、万一奪われた際は無差別に周囲のオドやマナを吸い上げ、最終的にE10+の破壊を撒き散らす自爆機能はロマンだと言って雁夜はノリノリで付けはしたが。

 

 そして肝心の機能は、科学的捕捉を阻害する代わりに魔術関係へ対しては雁夜的に殆ど阻害しない為、B~Aの探査系魔術で捕捉される代物であった。

 尚、玉藻的には十分過ぎる性能なのだが、何だかんだで子供に甘く且つ少なからず話して情も沸いた上に凝り性の雁夜的には可也不満の出来であった。

 因みに其の遣り取りを見ていたアリサとすずかは、朧気ながらも雁夜と玉藻の関係を把握したのだった。

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 聖夜に貰うプレゼントにしては犯罪臭い上に物騒な機能が付いているが、少なからず自分を心配して創ってくれた実用品だと思うと、[それでもいいか]、と思う自分にアリサは苦笑した。

 尤も、其の時に漏れた苦笑はすずか以外には全く察知されなかった。

 

 そして、自分の苦笑どころか自分の存在すら認識出来ていないデビット達を見、改めて自分が凄い物を貰ったのだと理解したアリサは、そんな凄い品の効果が普通に効かなくなっているすずかを微妙な心境で見ながら一声掛ける。

 

「それじゃ後は宜しく」

「うん。いってらっしゃい、アリサちゃん」

 

 すずかの返事に笑みを返すと、アリサは窓枠が壊れない程度に蹴って飛び出した。

 

 理性は出来る筈無いと叫んでいたが、直感は出来て当然と平静に告げていた為、アリサは当たり前の様に十数mも跳躍出来た。

 そして、アリサは夜を舞う様に駆け跳ねて行った。

 

 

 

Side Out:月村邸

 

 

 

 







【作中捕捉】

・神霊魔術や神霊魔法の下り

 完全にオリジナル設定です。

 因みに魔術師達固有の単語と設定していますので、呪術や法術に分類される能力を神霊が使用しても神霊呪術や神霊法術と呼んだりせず、結果が奇跡と常識の何方に納まるかで神霊魔術か神霊魔法に振り分けていると設定しています。
 が、作者は呪術と神霊魔術は分けて表記しています。ややこしいので。


   ~~~~~~~~~~


・捕捉阻害の髪留め:E(E10+)

 科学的捕捉の阻害に重点を置いて創られた品。
 だが、魔術的にはB~Aランクの魔術で捕捉されてしまう。
 尚、放水や風の流れ等といった間接的な捕捉は可能だが、それも居ると認識した上でなければ対象を認識出来ず、更に認識の出来ない機械は何かしらの作動条件を満たしていたとしても作動しなくなる。

 因みに盗難された場合は周囲のオドとマナを無差別に吸い上げ、E10+の爆発を引き起こして自壊する恐ろしい機能が付いている。
 だが、真の恐ろしさはアリサとすずかの元からある程度離れると自動で作動することで、持ち忘れたり落としたりしても勝手に発動するという点であったりする。
 しかもこのことをアリサもすずかも知らない為、現在アリサとすずかは小型の核爆弾を複数携帯しているのに近い状態だったりする。

 周囲にとっては危険極まりない代物であっても、肝心の創った雁夜だけでなく携帯しているアリサやすずかにとっても全く無害なだけに、危険であると直感が告げることもない、非常に性質の悪い品。



・強化靴(アリサが履いていた靴):E

 裸足は不味かろうと思った雁夜がとりあえず修復した品。
 純粋に身嗜みの一部の品として修復された為、靴としての機能を強化された以外に特別な機能は無い品。
 尤も、靴の機能とは足の保護と歩行若しくは走行の補助なので、足場を強化して踏み足が足場を破壊しないような事が可能に成っており、空中や水中すらも足場にする事が可能。

 因みにアリサやすずかの衣服一式は全て同じ様な感じであり、全てアリサとすずかの成長に応じて可変したりする。
 尚、立派な概念武装(宝具)だったりするが、如何せんランクが低い為、雁夜だけでなく玉藻も認識し忘れており、特に自壊機能などが付いていないので髪留め等を期間限定品として創った意味を殆ど打ち消していたりする。


   ~~~~~~~~~~



【其の前の桜達 其乃參:原作五次キャスターは冬木外で神殿を築けば幸せに暮らせた筈】



 アーチャーが金魚の糞の様に揺れながら空中遊泳と呼ぶには些か早過ぎる速度で信徒に消えて行ったのをこっそり間桐邸から見送った者は、呆れの多分に籠もった言葉を漏らす。

「無様ね。
 あんなのが三騎士に名を連ねるかと思う頭痛がするわ」

 そして其の言葉を言い終えると窓から離れ、雁夜が創った機織機に戻り、静かに再び機織を始める。
 古めかしいローブに神秘的な顔立ちも相俟り、機織をする様は一枚の絵画の様に美しかった。

 だが、雁夜が創った品が普通である筈はなかった。



▲▲▲▲▲▲

 その機織機は、雁夜が玉藻と共に最高傑作とも言える桜の護身宝具を創り上げる前迄は頻繁に使用されていた物であり、魔力や生命力だけでなくA~A+ランク以下の宝具を原料にして機を織る機械であった。
 当然徒機を織るだけである筈もなく、出来上がった布は原料に比例した神秘を宿しており、更には裁縫と言うか製法された状態へ織る事も出来る為、繋ぎ目の存在しない衣服を作る事が出来た。
 しかも、自動回復や自動修復だけでなく、行動強化や対魔力や気配察知や気配遮断等の機能も付加する事が出来た。

 尤も、星の力を借りて織り上げる為、最低でも冬木の間桐邸並の地脈に接続しなければ使用する事が出来なかった。
 更に、只で星の力を借りられる筈もないので、一織毎に最低でもオドの魔力を数値にして10は機織機を通じて星に焼べる必要があった(オドの魔力は誰の者でも構わない)。

 当然星の力を借りて織り上げる以上、出来上がる品は全て神造兵器であるという、魔術師どころかサーヴァントの宝具という概念に全面戦争を吹っ掛けるような悪夢の一品であった。

▼▼▼▼▼▼



 凄まじく魔力を食う機織機で黙黙と機を織っていたが、突如携帯の呼び出し音が鳴り響いた。
 自分の携帯の番号を知る者は2名だけで、何方の者であっても急いで応答するべき相手の為、直ぐに作業を中断して携帯電話を手に取る。
 念の為相手を確認すると液晶画面に、〔宗一郎 様〕、の文字が表示されており、其れを見た瞬間最速で通話ボタンを押して電話に出る。

「はい。メディアで御座います」

 急ぎながらも優雅さを無くしていない声音で自身の名を告げるメディア。
 だが、相手はそんなメディアの応対を気にした風もなく行き成り要件を告げ出す。

<今し方学園の監視装置から魔術戰の証拠隠滅(――――――業務――――――)を終らせた。直ぐに帰宅する>
「分かりました。通話終了後400秒以内に裏門の方に迎えの者が来る様に手配致しますので、到着する迄暫し御待ち下さい」
<分かった>

 それだけ言うと会話を打ち切る宗一郎。
 だが、電話は呼び出した側が後に切るのが礼儀と思っている宗一郎は、沈黙した儘メディアが電話を切るのを待っていた。

 そしてそれを理解しているメディアは、普段から要件だけ言えばそこで会話を打ち切って立ち去るのに電話だと豪く律儀に思えてしまうことを、微笑ましくも愛おしく思いながら言葉を返した。

「それでは今時分は危険ですので、くれぐれも御気を付け下さい」
「ああ」

 その言葉を聞くと同時にメディアの指が通話を終了する為にボタンを押そうとする。
 が、此の儘もう少し通話を続けて宗一郎と繋がっている時間が欲しかった為、数瞬ばかりボタンを押す指が止まる。
 だが、此の局面で甘えるのは宗一郎を危険地帯に放置する時間が長引くだけだとメディアは理解しているので、名残惜しいもののボタンを押して通話を終了した。

 通話を終え、通話時間が暫し表示された儘であったが、それも数秒で消えて画面が省電力状態へ移行した。
 そしてそれを見たメディアは会話の余韻が消えた為、直ぐ様メールで桜お抱え(全容は桜も把握していないが)の運転手へと連絡した。
 すると、僅か15秒で320秒以内に到着するとのメールが返信された(本来なら路上待機しているのだが、周囲の迷惑になると宗一郎が断っている為、如何しても到着迄時間が掛かる)。

 便利な世の中で堂堂とその便利さの恩恵に預かれつつ幸せを味わえている事に対し、メディアは生前も含めて過去最高の幸せの追い風が吹いていると実感しつつ、数週間前から現在に至る迄のことを思い返していた。



◆◆◆◆◆◆

 召喚された時……いえ、自分を召喚したゴミを見た時、死んでも男に……それも碌でもない男に振り回される自分の運の無さに辟易したわね。

 サーヴァントがどういう存在か理解していたのに、妬むは僻むは蔑むはで、見所なんて何処に無かったわね。
 しかも、キャスターのサーヴァントを召び出したくないならその可能性が在る触媒を使わなきゃいいのに、突出した縁の無いコルキスの文献なんて物を触媒に使ったりする辺り、魔術の腕以前に魔術師として3流という駄目具合。
 おまけに人間としての魅力も皆無な典型的な小悪党で、罵倒するくせに欲情するというどうしようもない屑っぷり。
 さっさと自害でもしておさらばしようかと思ったけれど、どうせ死ぬならせめて数えるのも馬鹿らしい程私に舐めた真似をしてくれた屑を殺すくらいの憂さ晴らしはしたかったから、身体を許してでも骨抜きにされたフリをして、如何でもいいことに令呪を全部浪費させた瞬間、嬲りに嬲ってから念の為に契約殺しの短剣で止めを刺してやったあの時は少しばかり気が晴れたわね。

 とはいえ、召喚者(現世への楔)を失えば消えるのは自明の理。
 しかもあの屑は常に私が自分に届かない程度にしか魔力を保有出来ないようにするという、宛ら呪いの様なことを続けていたから、魔力供給無しで現界し続けられる時間は恐ろしく短かった。

 小さな達成感を胸に、何故走っているのかも分からず只管走り回り、そして力尽きて倒れた時には、雨の振る中山道近くの林でひっそりと消えようとしている自分に思わず哂ってしまった。
 どうしようもない屑に罵倒された挙句好き勝手される為に召喚され、何とかその状態を打破したら何も出来ずに徒消えていくのは、余りに惨めで悔しかった。
 ささやかな願いどころかその欠片すら手にすることも出来ず、死んでも報われもせずに徒利用されるだけだなんて認められなかった。
 だから、先ずは何としてでも生き延びてやると思ったけれど、思いとは裏腹に私の身体は今にも消えてしまいそうで、魔術どころか立ち上がることはおろか、碌に考えごとをすることすら出来なくなっていた。

 だけど、そんな朦朧とする意識の中、宗一郎様と出逢った。


 きちんと助けを求められたかも今となってはよく判らないけれど、それでも宗一郎様は当たり前の様に私を助けようと行動して下さった。
 だけど、その時桜さんとライダーが山門から下りてきて、最早これまでだと思った。

 消滅寸前だからなのか接近される迄気付かなかったけれど、サーヴァントの域を殆ど超越している人間の()()存在に、サーヴァントなのに神霊という出鱈目な存在が目の前に立った時、仮に万全の状態且つ神殿で迎撃戦繰り広げたとしても逃亡すら出来ないと悟り、最後に自分を助けようとしてくれた存在に巡り逢えたことだけが救いだと思いながらも、僅かな救いをくれた目の前の運の無い男(――――――宗一郎様――――――)を命に代えても記憶を改竄して何処かへ飛ばそうとした。
 だけど、私がキャスターのサーヴァントと知っている筈なのに、あっという間に私はライダーのペガサスに宗一郎様と桜さん毎間桐邸へと運ばれた(後で知ったが、一応人目に付かない様に桜さんが呪術で細工していたらしい)。
 そして間桐邸に運ばれた私は驚愕した。

 現代どころか神代でも片手で数える程しか存在しないだろう規格外の霊地。
 先程ライダーが召喚した天馬を鼻で哂えるレベルの幻想種が跋扈し、更に精霊や神霊が其処彼処に存在していた。
 展開されている結界はサーヴァントを秒殺出来る恐ろしい攻撃性に加え、身内と認められれば死体にさえならなければサーヴァントですら数秒で全快する、信じられない類のモノ。
 生憎身内と認められたわけではなかったから結界の恩恵には預かれなかったけれど、それでも周囲のマナを吸収出来る様には調整してくれていたから、それだけで私はみるみる回復していった。

 僅か数分で消滅寸前の衰弱状態からある程度回復した後、これから如何するかという話し合いが行われた。
 其の話し合いで分かった事は、

1.此の場の三名は私が敵対しない限り私を害す意思は無いということ(ライダーは結構警戒していたけど)。
2.助けると決めたので、宗一郎様が私のマスターに成って下さるということ。
3.宗一郎様と桜さんは教師と生徒だけでなく、護衛者と護衛対象でもあるということ。
4.宗一郎様だけでなく、桜さんとライダーも聖杯を特に望んでいないということ。
5.宗一郎様の御住まいは改修と周辺調査で人が日夜溢れるので拠点には不向きになるということ。
6.優しそうに見えるが桜さんは線引きが明確で、私が敵に回れば容赦というか躊躇はしないということ。

だった。

 とりあえず色色と終わっている感じのする聖杯戦争のことよりも、当座の拠点の問題を如何するかと思案していたら、桜さんが分邸(寧ろ本邸?)の管理者として宗一郎様と一緒に住み込まないかと言い出した。
 更に、依頼する以上は賃金の支払いは当然の上、間桐邸の魔力や設備をある程度なら好きに使用して構わないとすら言ってくれた。
 そして其れを聞いた瞬間、一も二もなく私は食い付き、生徒が家主である家に住むのは教師として如何かと宗一郎様が仰られていましたが、桜さんが正式な契約書を交わせば問題無いと言われると、勤められている学園のオーナーが実は桜さんであるとお知りだったという事もあり、宗一郎様は御納得して下された。

 賃貸契約や私の就労契約も無事に終わったけれど、間桐邸の魔力や施設の使用といった重要なことをギアスも交わさず口約束だけで終らせたことを少なからず甘いと思った。
 けれど、不振な真似をすればライダーどころか至る所に存在する幻想種や精霊や神霊が一斉に牙を剥くと分かり、更に間桐邸自体が牙を剥くと遅蒔きながらに気付いたから、恩も在るし待遇も極めて厚いみたいだから不穏な考えはしないことにした。

 とりあえず何時迄も外で話し込むのも如何かということで、私達が住むことになる分邸(普通なら本邸)へと移動した。
 途中、30mは在るだろう狼や、九つの頭を持つ龍や、見た目は人に似ているけれど頭に角が生えている存在を見たりしたけれど、全力で眼を合わせないようして関わらないようにした。
 そして私達は何事も無く(?)分邸に着いた。


 辿り着いた分邸は、張り巡らされた術式以前に構造材からして魔法の域の神秘を湛えており、即座に神域に類する場所だと理解出来た。
 事実、此の間桐邸の殆どは完全に人外の魔法使いと最高位の神霊が、悪乗りしながらも凝りに凝って創り上げたらしく、殆どが規格外の物ばかりだった。

 驚きながらも私達が住む部屋に移動する途中、一応桜さんの部屋になっていけれど如何見ても倉庫に成り損なった空き部屋へ案内され、鍵が開いていれば指定された範囲迄は勝手に入って置いてある物を好きに持って行って構わないと言ってくれた。
 その言葉は有り難かったけれど、普通に置かれている品の殆どが宝具なのは、はっきり言って眩暈がした。
 何し9割以上がBランク以上で、恐ろしい事にAランク以上は4割前後を占めているという、神秘がゲシュタルト崩壊起こしそうな光景だったのだから。
 しかも、大半が日用品に見えるという、製作者というか創造者の正気を疑う物が大量に在ったわね。

 何度も使える上に使えば口の中を綺麗にする、Bランクの爪楊枝。インクどころか服や肌の染みすら綺麗に消せる、Aランクの消しゴム。雨どころか大海嘯でも平気な、A+ランクの雨傘。200km先まで声が届く様に拡声する、A++ランクの広域破壊メガホン(相手の声は聞こえない)。etc etc。
 ……目録を見せられた時、此の宝具を創った創造者の桜さんへの溺愛が透けて見えたわね。大半が護身用だし。

 驚愕しつつも呆れと感心を抱いた儘倉庫の成り損ないにしか思えない桜さんの部屋を後にし、暫く桜さんの後を付いて行くと、遂に私と宗一郎様がこれから住む部屋へと案内された。
 其処は家具どころか設備すら無い空間で、床と壁と天井は純白というよりも真っ白で、しかもはっきり物が見えるのに影が出来ないという、少なからず気分が悪くなりそうな部屋だった。
 尤も、部屋の主が壁や床や天井の色や謎の発光を調整したり、他にも間仕切りや扉や窓や縁側すらも好きに決める事が出来るらしいけど、術者ではない宗一郎様は上手く行えませんでしたね。
 なので、桜さんは宗一郎様を部屋の主にした儘、宗一郎様の許可が在れば私が部屋の調整を出来るようにしてくれたので、総一郎様の御要望通りに部屋を間仕切りしていった。
 ……水場や風呂場や調理場も間仕切りと同じ感覚で出せたのは驚いたけれど、此の頃から悟りを開けてきたような気がするわね。
 徒、流石に家具までは出なかったから、其の辺りは後日どうにかすることになったわね。

 そして、何時の間にか消えていたライダーが、寝具一式を3組持って現れたのよね。
 真面目なのか無関心なのか判らない顔で、普通サイズ2組か、二人用サイズ1組の何方を選ぶか聞いてきた。
 正直、あの時程ライダーをぶっ飛ばしたと思った事は無かったわね。


 結局、普通サイズの2組を選んだものの、再契約パスやラインの問題とかで、其の日は片方しか使わなかったけど、初対面の者同士の寝具に同衾用のを提案するなんて、デリカシーの無さ的に女として終っているわね。見た目も大女だし。

 そして色色幸せな一時を過ごして夜が明けた頃、再び宗一郎様と一緒に桜さんと話し合うことになった(ライダーと言う置物が在った気はするけれどね)。
 尤もその時の話は、間桐邸の結界に一応身内として登録されたと言うことと、間桐邸で暮らす上での注意事項と、間桐邸に住むことになったことを対外的に如何説明するかと言うことだけで、少なからず肩透かしを食らった感じだったわね。
 後、頻繁に分邸(此処)じゃなくて本邸の方に訪れるという、宗一郎様の御同僚の方と其の教え子の方は身内だと教えられたわね。
 教え子の方の士郎とか言う坊やには特に知らせる必要がないから私達の事は知らせなかったらしいけれど、大河さんは宗一郎様の御同僚だからという事もあって可也詳しく……というか殆どその儘事情を説明していた時は焦ったわね。

 何しろ、

1.行き倒れの私を偶然発見した宗一郎様が助け、そして世話になっている寺の自室で介抱しようとするものの、私の衰弱具合と明日の午前中から始まる寺の改修作業を考えれば余り賢い選択ではないので如何したものかと悩んでいると、寺の住職と改修のことについての話を終えての帰宅途中の桜さんと遭遇し、事情を聞いた桜さんがとりあえず自宅に招いて休ませながらも事情を聞く。
2.私が遠い所から縁の在る男に()び出されたものの、男は絵に描いた様な屑だった為、何とか逃げ出したものの無一文の上にビザも無い状態になってしまう(初めから無いけれどね)。
3.とりあえず桜さんがビザ不携帯の問題をどうにかする迄は宗一郎様が身柄を預かる為、1~2日は急遽御仕事を御休みになられ、私の看病と監視を同時にこなすことになった。
4.無一文だと故郷に戻れないが、抑屑男以外に親兄弟どころか親類縁者が居ない以上、折角だから安全な日本で働きながら暮らしていきたい私の願いを聞いた桜さんが、帰国せずに日本の国籍を得られるように動いている。
5.宗一郎様の見る眼を信用し、桜さんが分邸の清掃と管理を持ち掛け、私が其れを受諾すると、その対価に一足早く部屋を貸してくれた。
6.だが、保証人もいない者に住み込みで働かせるには問題が在るということで、宗一郎様が保証人になり、更には私が回復する迄は自分が介抱するので、暫く厄介になるということ。

と、殆どその儘な上に嘘が一切混じっていない説明なのだから。
 しかも、普通なら誰も信じない様な胡散臭い話に出来上がっていたから、説明と言うか説得失敗かと思った。

 だけど、大河さんは度を超えて良い人だった。というか、純粋だった。
 いや、寧ろ人を見る目が有る人だった。
 何しろ、桜さんは嘘を言うくらいなら初めから話さないから、桜さんが話す以上は嘘じゃないと言われていたし、宗一郎様は自分が嘘の片棒を担がされることを決して許容するような不誠実な方ではないと断言され、あの説明を疑うことなく信じられた。

 しかも、私に親身に接するだけでなく、全く色恋に感心が無さそうな宗一郎様を私がお慕いしていることを見抜き、様様な情報誌だけでなく助言も頂いた。
 お蔭で衰弱から回復しても同棲することを不審がられないどころか、一昨日、簡素な……本当に簡素な…………だけど凄く実直で宗一郎様らしい言葉でプロポーズをして下さった。
 ……余りに嬉しくて翌日になっても気持ちが収まらなくて呆気無く大河さんに悟られたけれど、自分の事の様に桜さんとおまけのライダーと一緒に喜んでくれたのは嬉しかったわね……。

 ただ、三月と四月は卒業と進級と入学で忙しいので、式を挙げるのは七月か八月辺りになりそうだと仰られたのが少し残念だった。。
 だけどそれも、大河さんの、時間が在る時に式と一緒に新婚旅行もする方がロマンチック、という主張を考慮して式を約半年先にしたと聞いて、残念とかいう思いは一瞬にして吹き飛んだ。そして本当に大河さんには頭が下がる思いだった。


 寡黙だけど実直で誠実な宗一郎様の御傍に居られ、素晴らしい友人に恵まれ、恩人(人?)は富と権力を持ちながらも欲に染まっていない聡明な雇い主でもあり、しかも安全な土地に我が家が在り、水も食料も不自由が無いし、着る物どころか娯楽品も充実している。
 ……正しく我が世の春よね。

 はっきり言って聖杯なんてもう全然興味無いわね。
 桜さんがライダーの分だけでなく私の分の魔力迄用意してくれたから、聖杯の完成を目指して襲ってくる奴がいたら、桜さんが渡してくれた高位の神霊すら縛れるギアススクロールで契約を交わして私の分の魔力を渡せばいいだけだし、抑此処に攻め込む馬鹿がいるとは思えないから、適当なタイミングで教会に魔力を持って行って聖杯戦争離脱を宣言すれば、態態桜さんの保護下に在る私達に敵対する馬鹿は現れない筈だから、聖杯戦争も気にしなくて構わないという素敵さ。
 …………幸せの風が吹き荒れ過ぎて飛ばされている感じがするわね。

◆◆◆◆◆◆



 召喚された当初から暫くは碌でもなかったものの、其の後は生前の不幸の帳尻合わせの如く禍福が続いている事に、正気でなかったとはいえ殺めてしまった家族のことを思いだし、キャスターは少なからず複雑な気持ちになった。
 だが、どれだけ自分が幸せになっても決して忘れないと心に誓い、キャスターはそっとの傷だらけの記憶を大切に胸の内に仕舞い直した。


 物思いに耽っていたキャスターだったが、気付けばもう直ぐ宗一郎を乗せた車が此処から一番近い間桐邸の塀に幾つか在る勝手口という名の門に到着する時間だったので、慌てて遅い晩御飯の準備に掛かった。

 本当ならば勝手口迄向かいに行きたいキャスターだったが、宗一郎が従者の様な対応を望んでいないということと、大河から、〔女もだけど男も家に帰った時にご飯と一緒に出迎えてくれたら凄く嬉しい〕、と言われていたので、キャスターは晩御飯の準備をしながら宗一郎の帰りを待つことにした。



 尚、キャスターが作っている晩御飯は、切って煮込むだけで美味しくて様になる、冬の定番とも言える鍋だった。

 徒、鍋に限らず男の喜ぶ料理のチョイスは全て大河であるものの、料理の教授は全て桜であった。



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