カッコ好いかもしれない雁夜おじさん   作:駆け出し始め

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伍続・シリアスは、歩いてこない、だから歩いてゆくんだね

 

 

 

Side In:月村邸

 

 

 

 脅迫と言うよりも地獄か悪夢かの二択の提案に対し、思う所は在れども答えを返すと直ぐに雁夜と玉藻はアリサとすずかに事後を丸投げして去った。

 そして雁夜と玉藻が去った数秒後、張り詰めるどころか空気が固まったかのような雰囲気だった応接室の空気は一気に弛緩した。

 アリサとすずか外は全員ソファーに倒れ込む様に背を預けるか脱力して肩を落とすかしながらも、全員揃って大きな溜息を吐いた。

 だが、アリサとすずかは然して疲れた様子も見せずに立ち上がり、怪訝な視線を無視して先程迄雁夜達が座っていたソファーの位置へ移動すると、頭を下げて謝罪をした。

 

「パパ、鮫島、それから忍さんに恭也さん、心配かけてごめんなさい」

「お姉ちゃん、恭也さん、それに鮫島さんにアリサちゃんのお父さん、心配かけてごめんなさい」

 

 深深と謝ったアリサとすずかだったが、謝られた側はアリサとすずかが特に悪いことをしたり軽率な行動をしたとは思っていない為、微笑みながら言葉を返した。

 

「気にすることは無いぞ、アリサ。

 まだ事情を全て聞いたわけではないが、お前に非が在るなら彼女がは決して許さないだろう事を考えれば、客観的に見てお前に何かしらの非が在るとは考えられないからな」

「私も同意見よ、すずか。

 特にあなたはちょっと内気で自分から面倒ごとを引き起こしたり首を突っ込んだりするタイプじゃないからね」

 

 忍に続く様に恭也と鮫島も言葉を掛けようかと思ったが其の辺りは代表者に任せ、此れからの対応を迅速にする為にも、今は積もる疑問を素早く解消させる方がいいだろうと二人は思い、沈黙することにした。

 そしてそれを理解したアリサは、素早く話を進めることにした。

 

「えーと、それじゃあ積もる話というか……兎に角早いところ何があったのか聞きたいと思うから、何があったのかダイジェスト風に一気に話すわね」

 

 そう告げたアリサは全員が了承の意を示したので、出来る限り主観を省き且つ内容を纏めて話し出した。

 

 

 

 自分達は八神はやてという友人の見舞いに行った帰り、不思議な所に迷い込んだ。

 訳も解らず彷徨っていると、突如空飛ぶ謎の女性に破壊光線を放たれた。

 だが、偶然通り掛かった彼に危機一髪で助けられた。

 しかし断熱圧縮が発生する速度で動き回れる彼と彼女が議論している間に自分達は焼死してしまう。

 彼女は本来ならば先程死ぬ筈だった自分達を助けるつもりどころか歯牙にもかけなかったが、彼は縁在って助けたならば解放する迄は助け続けるべきだと蘇生を決断する。

 そして自分達は魂の消滅を防ぐ為に大量のエネルギー送り込み続けられた上、身体を未知の物質で補填及び形成される。

 その結果魂は昇格し、身体はそれに見合う在りえない物質へ切り替わり、正真正銘の人外となる。

 

 目覚めた自分達は彼と彼女に状況説明を受ける。

 幾つかの話の後、人外に成った為に狙われる危険を軽減する為、神子に成るか否かの選択を提示される。

 メリットとデメリットを比較した結果、自分達は神子に成ることを決断した。

 その後彼と彼女は自分達が最初に遭遇した謎の女性関連の問題を全て収束させる。

 最後に、自分達の保護者達へ提案を示す機会を用意する為に自分達の電話で連絡を取り、時間迄を神子の何たるかを少しだが指南されながら過ごす。

 指定時間が近くなったので月村邸近辺に転移した後は、其方の知る通り。

 そして今現在に至る。と。

 

 

 

 死亡した詳しい経緯は面倒極まりない展開になると断言出来る為、アリサは嘘にならない範囲で端折って説明した(断熱圧縮が発生する速度で動き回れる(・・・・・)とは言ったが、動き回りながら(・・・・・・・・)とは言っていないなど)。

 更に願いを叶えてもらった事に関しては知られるだけで雁夜と玉藻が侮られ、結果的に全員マイナスになる事態に発展してしまうと判断した為、此の事も又アリサは嘘にならない範囲で端折って説明した。

 しかもアリサは時空管理局や八神はやて辺りの下りは後で詳しく説明すればいいと判断した為、最終的に自分達が如何いう経緯を辿ったかだけしか語っておらず、可也の謎を残した説明となってしまった。

 だが、下手すればなのはが此の場に飛び込んできて場を大荒らししかねないと予想しているアリサは、初めから今此の場で事細かに説明するつもりは無かった。

 

 アリサとしては自分達の経緯を大まかにでも素早く理解してもらい、その次は時空管理局の事を100点満点ではなく70点程度の理解で構わないので急ぎ理解してもらい、相手に話の主導権を握られないようにすることこそが優先すべき事柄だと考えていた。

 又、その考えはすずかも同じであり、特にすずかは自分の義理の兄に成る筈の恭也はなのはの実兄である為、なのは達が恭也に説明をする前に何方側に経つか明確にしておいてほしいという思いが在るので、アリサ以上に内心は逸っていた。

 だが、すずかは別に恭也に自分達の側に立ってほしいのではなく、両方の肩を持つ事を選択した為に状況が泥沼化し且つ他の家族も同調させ、泥沼化した事態を更に悪化させられることを嫌っただけのことであった。

 そしてすずかの家庭事情を聞いたアリサはすずかの考えを十分承知しており、万が一にも自分の家(バニングス家)の対応が遅れるのも拙いが、すずかの家(月村家)の対応が遅れることは断じて避けねばならない事態な為、急いで話を大まかに誘導しつつ進めることにした。

 

「あ、先に補足しちゃうけど、彼女は玉藻の前及び其の略称で呼ばれるのを基本的に認めていないから、彼女に直直に許可を取らない限りは別の尊名で呼ぶのを全力でお勧めするわ。

 後、彼の名前は対外的に、【ケアリー・マキリ】、で通すようにって言付かっているわ。当然、名がケアリーで、姓がマキリだから。

 それと、装弾数100%の拳銃でロシアンルーレットをする覚悟が無いなら、彼女達の私的時間の事柄に首を突っ込む可能性が在る話題は、本当に極力限界一杯迄避けた方が良いと思うわよ。直接面識が有るなら特に」

 

 疑問に答えると言って於きながら、アリサはあっさりと玉藻達関連の話への追及を阻止する言葉を発した。

 尤も、言ったアリサ自身だけでなくソレを聞いた保護者達に加え、更には聞き咎める玉藻達も含めて誰もが得をしない話などはしないに越したことはない為、アリサは紅蓮地獄擬きと焦熱地獄擬きを味わったことは明かさないことにしたのだった。

 そしてそんなアリサの言葉を聞いて尚、玉藻と雁夜とはどの様に出逢ったのかを問い質せる精神構造の持ち主は此の場に居なかった。

 だが、其れ以外にも疑問点は残っているので、忍はアリサの父(デビット)に先んじて話すことを軽く目で告げ、それから――――――

 

「デビットさん、月村の一族としてどうしても確認しなければならない事が有りますので、少し脱線してしまいますが御容赦下さい」

 

――――――と、前置きをした。

 そして忍の発言にデビットは、不快なのか疑問なのか判り難い表情で忍に話を進めるように促し、其れに忍は目礼で返すと話し始める。

 

「アリサちゃん、若しかしてすずかから私達の事を聞いていたりしない?」

 

 探るというよりは確認のつもりで忍はアリサに質問をした。

 するとアリサは、忍は自分が月村家の秘密を知っていると当たりを付けていると判断したので、時間短縮の為に返答だけでなく落とし所迄を一気に話すことにした。途中で会話を止めに入ろうとした場合、先んじて手で制そうと思いながら。

 

「月村家が夜の一族と言う、強い吸血嗜好を持つ人種で、継続的に取り分け異性の血液を摂取することで優に200年以上の時を生き、又寿命に見合うかの如く身体能力や思考能力が常人と比較して非常に優れる傾向にあり、更に催眠等の分野にも秀でた者が非常に多いと聞いています。

 しかし、大多数が魔女狩り等の歴史を重く受け止めている為、自身の存在を知った者に対して催眠等で記憶の封印を施すか、自分達の側に踏み込ませるかを選択乃至強制し続けてきたことも聞きました。

 

 ですが、神子の特性で普段時に於いても核兵器級の攻撃以外では傷一つ負わない耐久性を得ていますので、強制どころか交渉すら成り立ちません。

 そしてあたしは月村家の都合に従う暇なんて無いし、決まり事だからって理由ですずかにずっと友達でいると誓ったりする気なんて全然微塵も無いわ。

 だからと言ってすずかだけでなく、バニングス家と月村家が対立して神子の勤めが疎かになったりしたら、理由が完全に私事なだけに、ほぼ確実に一族郎党纏めて消し飛ばされます。

 

 とは言え、人間とは完全に別種の、それも完全上位互換と言える存在に成っていますので、どちらも身内に爆弾を抱え込んでいるのは変わりません。

 しかも何方も世間だろうが裏社会だろうが関係無く公表出来ない秘密を抱えてしまっていますし、其の上迂闊に協力体制を崩して仲違いした日には纏めて消し飛ばされかねませんので、此処はお互い密に協力していくことを確認して終わらせるのが妥当だと思います」

 

 邪魔されずに落とし所迄話しきったアリサは、忍と恭也を制止していた左手を静かに下ろした。

 本当ならばアリサは一息吐きたかったのだが、謎の場所に迷い込んだ辺りから現在迄集中力と思考速度が過去に例を見ない領域に突入しており、今気を抜くと再び命の危機に晒されたことに因り高まったであろう集中力と思考速度を再び現在の領域に迄高められるかが疑問な為、一息吐いて集中を切る様な真似はしなかった。

 尤も、一度蘇生された際に集中は確り途切れており、其の後の集中力は人外に成ったアリサの通常を遙かに下回る程度のモノであり、気疲れしている原因は変質した魂と器の摺り合わせが極極僅かばかり完了していないだけなのだが、其のことにアリサは気付いていなかった。

 つまり、今のアリサは集中しているようで性能的には集中していない通常時未満の状態なのだが、アリサ自身は凄まじい思考速度と認識しているので自分は集中していると錯覚している為、無自覚に集中を抑え込んでいる状態であった。

 勿論雁夜は極極微妙に摺り合わせが完了していない事等は察知していたが、ある程度過ごしていれば自然と気付く類の事柄である上、指摘されて自覚するよりも自力で自覚する方が人外に成った自覚が高まるだろうと思い、雁夜は敢て其の事は話していなかった(玉藻は純粋に如何でも構わないので話していなかった)。

 

 そしてそんな状態なのを未だ自覚していないアリサは、若干の気疲れを隠しつつも忍をじっと見据えて答えを待った。

 対して忍はアリサの言ったことは筋が通っていると認めてはいるのだが、自分達の一族の慣習を行き成り無視するのは非常に抵抗がある上、奇跡と言うよりも悪夢の具現と言える先の二名と比べると如何しても存在感が実感出来ない為、忍は今一素直にアリサの提案を呑む踏ん切りがつかないでいた。

 が、ソレを見抜いたアリサは直ぐに解決案を提案することにした。

 

「あ、恭也さん。忍さんがちょっと迷ってるみたいなんで、神の祝福と呪詛(加護)を証明する為に髪の毛でも腕でも眼球でも構わないんで、全力で攻撃してみて下さい。

 ただ、武器が壊れるかもしれませんので、スプーンで眼球を抉る様に掻き出しても構いませんよ」

 

 そう言うとアリサは両腕を広げながら佇んだ。

 すると其の余りにも何気無い言い分と振る舞いに恭也は若干気圧されてしまったが、ソウしないことには話が進まないと理解している為、特に文句も言わずに攻撃をすることに決めた。

 

「……分かった。

 それじゃあ少し髪を斬らせてもらうとするよ」

 

 流石に親であるデビットの前で髪の切断を飛ばして腕や眼球に攻撃を仕掛ける思考を持ち合わせていない恭也は、一番妥当な選択をデビットにも聞こえる様に告げた。

 そして其の言葉を聞いたデビットは、正直髪とは言え娘に攻撃してほしくなかったのだが、かといってすずかに代われと言うわけにもいかない以上、アリサが言い出したならば仕方ないと、髪への攻撃を認めることにした。

 

 目で了承の意を示したデビットに軽く目礼をすると、恭也は既に腕を下げているアリサの隣へと移動し、髪を一本だけ摘み上げて確り指先に捲き付けて握り込むと、腰に佩いていた小太刀を抜刀し、信じられない程に細くて綺麗な金砂の髪へ斬撃を放った。

 すると、車を硬貨で傷付ける様な引っ掻き音を響かせながら、剃刀よりも鋭そうな小太刀がアリサの髪に止められていた。

 

「「「!?」」」

 

 恭也だけでなく忍とデビットも驚愕の表情を浮かべ、急ぎ小太刀の刃先を凝視した。

 すると刃先は確かにアリサの頭部より伸びた毛が当たっていた。

 一瞬何かの冗談かと思った忍達だったが、()の字型に張り詰めているアリサの髪に触れている小太刀とアリサの髪を握り込んでいる拳が小刻みに震えているのを見た瞬間、冗談でもなんでもないと瞬時に悟った。

 

 だが、戦闘者としての矜持のせいで現実を認められないのか、恭也は再び斬撃を繰り出した。

 が、結果は先程と全く変わなかった。

 

「くうぅぅっっっ!!!」

 

 自身の今迄の研鑽が10年生きたかどうか程度の少女の髪の毛すら切断出来ない事を認められず、恭也は連続で斬撃を繰り出す。

 が、その悉くが不快な音を響かせながら、小太刀とその握り手とアリサの髪を掴んでいる手に負担を掛け続け、更にはバランスを何度も崩したりもした。

 対してアリサは微塵もバランスを崩しもせずに悠然と佇んだ儘であり、耐久力だけでなく足腰も信じられない程に強靭だということを示していた。

 

 

 数十秒程斬撃がアリサの髪に放たれ続けたが、結果は恭也の消耗と小太刀の刃毀れだけで終わってしまい、その結果に恭也だけでなく忍達は愕然としていた。

 だが、未だ他の一般的な人体破壊方法が残っているので、アリサはソレを実行してもらう為に忍へと告げる。

 

「ガスバーナーで焼き切ろうとしたり、液体窒素で氷結粉砕しようとしても構いませんよ」

「……分かったわ」

 

 そう言うと忍は護身用なのか携帯工具なのか判別し難い小型ガスバーナーを取り出しながらアリサの元へと移動した。

 そして恭也が握りこんでいたのとは違う髪の毛を摘み上げると小型ガスバーナーを着火させ、鉄すら溶かして切断させられる炎を摘み上げた一本の髪の毛へと向けた。

 

 普通ならば炎に晒される前に炭化するのだが、アリサの髪は炭化するどころか熱で変色することすらなかった(流石に炎の中の髪の毛の様子は忍達には見えないが、炎との境目辺りの髪の様子から判断した)。

 そしてその余りの光景にガスバーナーの温度が気になったデビットは、胸ポケットに差していた万年筆をそっと炎に近付けた。

 すると鉄製の万年筆のキャップは炎に触れると即座に変形し始め、慌てて炎から引き抜いた時には万年筆のキャップは溶けて本体と同化し且つ赤熱化しながら熱気を放っており、直ぐに持っている手が火傷すると悟ったデビットは万年筆を灰皿に投げ込む様に放った。

 

 放り込まれた万年筆と灰皿が音を立てた数秒後、万年筆の中のインクが流れ出したのか、熱したフライパンに水を注いだ様な音と不快な煙が応接室内に充満しだす。

 其れを見たデビットが急いで冷却剤代わりに紅茶を万年筆に掛けると、万年筆の先端は熱疲労で砕け、更にインクと紅茶が蒸発する奇怪な臭いが発生する。が、それも1~2秒程で収まった。

 そして其れを見た忍は、正常に機能しているガスバーナーでも焼き切れないアリサの髪に恐怖を感じつつも、今更ながら碌に熱伝導もしていないことに気付いて更に恐怖を感じつつ小型ガスバーナーを止めて懐に直した。

 すると全く赤熱化していないアリサの髪に忍は頬を引き攣らせたが、最後の試みと言わんばかりに小型液体窒素スプレーを取り出して噴霧した。

 だが、結果は熱疲労で砕けるどころか、凍結すら全くしていなかった。

 忍は念の為に近くの硝子の花に液体窒素スプレーを噴霧してみると、冷却されて脆くなった硝子の花は自重を支え切れずに瓦解したので、間違い無く蛋白質程度は破壊可能な温度だと証明された。

 

 とても信じられない結果を見、忍は液体窒素スプレーを懐に仕舞いつつも軽く目を左掌で覆いつつ椅子に座り直した。

 そして同じ様に常識が瓦解する音を聞いたであろう恭也達も沈黙する中、忍は数秒沈思したかと思うと突然顔を上げてアリサに問い掛けた。

 

「全力で攻撃したらどれくらいの攻撃を繰り出せそう?」

「近くの海岸から桜台を数十mの幅で真っ二つにするくらいは出来ると思います」

「「「………………」」」」

 

 俄かには信じられない答えだが実践させるわけにはいかない為、現時点のアリサの最大出力の攻撃の確認は為されなかった。

 とは言え、先のアリサの超耐久力を鑑みる限り、恐らく単体で核に匹敵する攻撃力を放てる事を在り得ないと片付けることは出来ない上、少なく見積もっても大陸間弾道弾(ICBM)程度の攻撃力は有するだろうと忍達は結論付けた。

 そして其れ等の事実を纏めた忍は、アリサ単独で自分達を無傷で鏖殺出来るだろうと当たりを付けると、今度は抵抗無くアリサの提案の正当性を認める事が出来た。

 

「分かったわ。

 アリサちゃんの言う通り、此の件に関しては私達の都合を優先させるよりも一蓮托生を背景にした対等の協力者として接することにして、選択や誓約の強制は一切行わないことにするわ。

 勿論対象は今此処に居る二人以外はアリサちゃんのお母さんだけになるけど、それで構わないかしら?」

「其の辺りは実際バックアップしてくれる方達で決めて下さい。

 秘密にしていても文字通り致命的な問題が無いなら秘密にしていても構いませんし、逆に致命的な問題が在るなら相手が誰かに拘らず秘密を打ち明けるか別の者を充てて対処して下さるか等をされるならば、秘密を打ち明ける者の人選に関しては一切言及しません」

「……分かったわ。

 デビットさん、後程此の件に関してお話したいのですが、お時間を頂けますか?」

 

 半ば蚊帳の外に置かれていたデビットに、忍は漸く話し掛けた。

 するとデビットは娘の説明的に然程恐れる様な相手ではないと理解していたので、特に気負う事無く軽く首肯しながら答えを返す。

 

「それでは此の質疑応答が一先ず終わった後にしますが、構いませんね?」

「はい。それで結構です。

 

 それでは先に脇道に逸れる質問をしましたので、後は其方の質問が終わる迄は待つことにしますのでどうぞ御自由に質問為さって下さい」

「分かりました。

 

 ではアリサ、地球外の組織の概要と私達に差し迫っている危機について話してくれ」

 

 其の言葉を聞いたアリサは、漸く本題を話せると軽く安堵しながら答えることにした。

 

「分かったわ。

 だけど先に言って置くけど、今から話す内容は、彼女が集めた情報を斜め読みした程度のモノだから、歴史の概略みたいに相手の信念とか努力とか煩悶とかを完全に無視して結果と傾向だけをト書きの様に語るしかできないから」

 

 アリサの前置きに対し、デビットは軽く頷いて了解の意を返した。

 そして其れを確認したアリサは、月村邸の外が俄かに騒がしくなり始めたことを把握出来た自身の感覚に内心で驚きつつも、乱入される迄然して時間が残っていないと予測される為に内心焦っていたが、其れを表に出す事なく話し始める。

 

「地球外組織の名は日本語訳で〔時空管理局〕。

 活動範囲は恐らく私達の居る太陽系を含める銀河群の大半。

 活動内容大別して四つ。

  一つ目は純粋科学兵器、通称質量兵器の全面禁止の強制。

  二つ目は自身達では再現不可能な結果を齎す若しくは再現不可能な技術の結晶である品、通称ロストロギアの強奪乃至徴発。

  三つ目は強力な魔道を扱える者の回収乃至確保。

  四つ目は前途の三つを効率良く実行する為の勢力拡大。

 直面している問題は大別して二つ。

  一つ目は治安維持を生来の個人資質に大きく左右される魔道に拠って成していることに因る、活動不全が常識として認識される域の人材不足。

  二つ目は泥縄的勢力拡大、並びに異文明及び異文化の徹底排斥に因る、顕在潜在問わずに増加し続ける反抗勢力。

 

 文明レベルは空間跳躍による他天体への移動手段の確立、及び異なる位相空間の一時構築以外は地球の文明の僅か先を行く程度。

 文化レベルはほぼ地球と同程度であり、地域に因る差も恐らくほぼ同等。

 組織運営は中央集権形態で、末端での行動へ頻繁に支障が発生する代償に中枢及び中心の即時陥落への対応レベル高し。

 立ち位置は国際刑事警察機構(I.C.P.O)だが、組織の判断で主権を無視しての活動を組織が一方的に自認。

 組織形態は独自の司法と立法と行政を併せ持ち且つ加盟国家へ強制可能な軍隊であり、外部からの行動抑止は上位の三権を独占されている為事実上不可能。

 自浄作用は機能停止状態であり、頂点である最高評議会の三名が寿命は地球人と同程度であるにも拘らず150年以上頂点に君臨し続けているからと推測され、数十年も目撃例が無い事から違法乃至解釈次第で違法にならない程度の手段に拠る延命、若しくは何者かが傀儡にしている乃至成り代わっていることはほぼ確実とされる。

 

 現在地球上での活動は戦艦一隻及び其の搭乗人員のみ。

 但し現地の民間協力者として高町なのはという外部存在在り」

 

 なのはという人物名を聞くと同時にすずか以外の者達は少なからず驚いた。

 特に兄である恭也の驚きは激しかったが、話の本筋でないことを問い質す為に話を中断させる様な真似をするわけにもいかず、後で問い質そうと思いながら周囲の者達と同じく黙って話を聞き続けることにした。

 

「現在の活動内容はロストロギアである夜天の魔導書、通称若しくは蔑称で闇の書と言われる自己防衛機能付きの魔道技術蒐集専用記憶装置。

 機能不全の為に蒐集完了と同時に、一つの天体の文明を崩壊させかねない規模で暴走する為、暴走時迄に持ち主が特定不能だった際、地表の暴走体に半径か直径かは不明ですが百数十kmの範囲を空間反応消滅させる兵器を地球側に通達無しで使用して事態解決を図る算段だった模様。

 しかし彼が所謂オカルト方面から原型の残っていなかったプログラム等の不備を完全に解決して事無きを得る。

 尚、此の暴走体、正確には半暴走状態時の者が不思議空間の作成や私達に破壊光線を放とうとした者であり、当然危険性は消滅している。

 又、夜天の魔導書の持ち主は八神はやてという私達と交流の在る少女であり、更に死なねば持ち主登録を解除不能にも拘らず本人の意思を全く介さず且つ一方的に持ち主として登録されたとのことであり、しかも半暴走状態の時は昏睡状態の肉体を機能不全の夜天の魔導書に使用されていたとの事の為、八神はやて本人の思考も相俟って作為性は皆無と判断される。

 

 そして、破壊光線を放たれる前に時空管理局に捕捉されていた私達は、後程現地民間協力者の高町なのはの証言を下に自宅へ確認に赴く事が容易に予測され、無事な際に身体検査を強要されることは明白であり、その際に神子の特性等とは別に自前の人外性が発覚すれば面倒極まりない事態になる為、彼の提案通り彼女の巫女として振舞うことで抑止効果を得る為に時空管理局の前に姿を晒す。

 力こそ揮っていないものの、存在感を数%解放しただけで1km先の者迄発狂死させ掛ける彼女の神子であると彼女直直に明言され、更に神子とは自身の意思を代行する為の存在であり且つ代行に必要であろう力も与えられているとも明言された為、その場で意識を失わずに拝聴していた者達以外の者達は、早期に気絶した為格の差を理解し切れずに私達に干渉してくるのはほぼ確定と思われます。

 尚、私達が彼女と繋がっていると知った際に相手が採るだろう選択は、恐らく私達の懐柔乃至捕獲。

 相手の組織に所属していないどころか存在すら知らなかった者に対してすら現地法を完全に無視し且つ自分達の法を強制して彼女に罪科を問うて拘束及び奉仕させようとしたことを鑑み、強力な個人能力を持ち且つ彼女達への意思を受け取れる私達を放置するなどまずありえません。

 ですので、彼女と最後迄対面していた者達以外を鎮圧させ、彼女の存在規模の片鱗を知る者達へ私達に過干渉する代償を理解させる、という流れが之から私とすずかが実行することです。

 尤も、拝聴しきった者達は彼女と自分達の格の差を最低限理解しているだろう上、使い走りの私達が圧倒的存在だと示せば相対的に彼女との格の差を説明し易くなるので、過干渉する者達を相手にする意味は十分に在ると思われます。

 

 それと、当然彼女だけでなく彼も時空管理局と関わる気は全く持っておられません。

 と言うよりも、抑神であられる彼女は人の都合で動くという発想自体を持ち合わされていませんし、彼に至っては、[治安維持は警察の、外敵排除は軍の、傷病治癒は医者の、技術革新は研究者の領分で、力及ばない時は其の組織に責任で俺の責任じゃない。まあ、仮に俺の責任と大勢が言っても踏み倒すけどな]、と、彼女とは違う意味で取り付く島も無いです。

 

 話を戻しますが、彼女の意思は、【自分の周りで目障りな真似をさせない】、の一点のみです。

 ですので、時空管理局だけでなく地球の者も此の括りに含まれ、私達の怠慢で彼女が目障りと感じる事態が発生すれば私達にどのような報いが齎されるのかは不明ですが、精神や時間に干渉して私達全員に纏めて無間地獄を体験させることも可能と仰られていましたので、軽率な行動は絶対に慎むべきかと思います。

 当然、話し合えば理解出来るという妄言に耳を傾けて彼女と対談を望もうものなら私達は滅びかねません。

 抑、人間が神に話し合いを望む段階で神を対等として見ているという不敬である以上、実力で押し切られると見越してのことでない限り不興を買うのは必至です。

 

 今更ですが敢て言います。

 彼女は単独で人類の全てを超越されている絶対存在であり、断じて人の都合で束縛が叶う存在ではありません。

 そしてソレは単純な戦闘力の問題だけでなく、人が作り上げた法では彼女を縛るにはまるで足りないということでもあります。

 何故なら、人を傷付けようとも癒す事が出来、人を殺そうとも蘇らせる事が出来、物を壊そうとも直す事が出来、物を無くせば同一の物を創る事が出来、精神が傷付いても癒す事が出来、望ましくない記憶が在れば改竄出来るからです。

 つまり、人の世の悲劇を全て祓う事が出来且つ人の欲望を全て満たす事が出来る以上、組織に属して法や律に従う対価に限定的ながらも前途の二つを叶えてもらう必要など無い以上、利の面から見ても従う道理は在りません。。

 しかも情に縋ろうにも種族以前に存在の次元が違うので、人との繋がりの貴さを訴えたところで、人より遥かに貴い存在にはまるで意味を成しません。

 

 

 長くなりましたが、以上が地球外組織時空管理局と当面の私達の危機であり、又、私とすずかが選択する対処法です」

 

 そう言って締めくくるアリサ。

 そして話し終わったアリサは、思ったよりも社交界での経験が活かされていることに少なからず驚き、半透明の膜で人の本性を隠した様なパーティーに出席していたことは損ではなかったのだと思い、内心で皮肉気に笑った。

 

 対してデビット達はアリサの語った情報を何とか処理しきっている最中であった。

 

 

▲▲▲▲▲▲

 

 従者である鮫島は過不足無く会話の全体像を掴むことに力を注ぎ、戦闘者であり且つ待衛でもある恭也は現状の把握よりもいざという時に迷わず行動が出来る様に優先順位で割り切れるように心を切り替え始めた。

 そしてデビットはバニングス家及びバニングスグループのトップとして、忍は月村家及び月村一族のトップとして、アリサが語った概略ながらも全てであろう情報を下に現状を徹底的に理解しようとしていた。

 

 アリサから齎された情報は可也の量であり、後半になればなる程に推測の混じる割合が増えていたが、それでもほぼ確実であろう事は前半の部分の話と照らし合わせてデビットと忍は間違い無いだろうと判断していた。

 一応前半どころか玉藻達と一緒になって自分達を担いでいる可能性も在るのだが、流石に冗談では済まない域のことをアリサとすずかが行うとは思えず、又仮に玉藻達に威されて実行したのならば、どの道戦闘にさえ成らない程に力の差が離れている存在に目を付けられている以上、結局自分達が破滅するのは変わらないだろうと思い、デビットと忍は個人としてだけでなく組織の頂点に立つ者としても話の前提を全面的に信用することにしていたのだった。

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 アリサの語った情報を全面的に信用することにしたデビットと忍は、アリサの言う通りに事態が推移し且つアリサが自らの発言通りに行動した際、自分達が何を求められるかに予測は付いても確証が無かった。

 故にデビットはアリサへ当面自分達に望んでいる事を訊ねることにした。

 尤も、〔アリサ(お前)と同年代の少女の名が何故二人も飛び出すのかは激しく疑問だが〕、という疑問は抑え込みながら。

 

「結局のところ、現時点で私達に望んでいることとは何なのだ?

 時空管理局と不干渉を貫くことなのか?それとも時空管理局を此の地より撤退させることなのか?まさかとは思うが時空管理局勢を鏖殺することなのなら、相手の戦力も知らぬとはいえ、彼女達が目障りと思う展開になるのは必至だろう」

「流石にそういう意思を伝えられることは無いわ。

 神子といっても、所詮は門番と庭師と伝令を合わせた感じなんだから。

 

 具体的に望むバックアップは、現時点では絶対に時空管理局と関係を持たないこと。

 仮に相互不干渉を提案されたとしても、難癖や捏造で干渉の口実を作るだろう以上、排除・排斥・排他等といった行動以外を全面禁止されています。

 又、時空管理局に属する者との交流は控える様に言われていますので、私達との同校に高町なのは達が通うことを認められたりはしません。

 尚、当然此の様な対応の結果で敵対関係に発展して彼女達が目障りと感じようとも、私達が手抜きで行動していない限り彼女は私達を咎めません。

 そして私達の手に負えないと判断した時、時空管理局の壊滅若しくは構成員の鏖殺なりを実行されるそうです。少なくとも組織の維持に深刻な問題が発生する規模での打撃は与えるそうです。

 が、そういう輩を知覚するのは気分を著しく害するとの事ですので、時空管理局と関係を持っている高町なのはの兄である高町恭也を経由して面倒な事態に発展するのが確実で在る以上、その事態を回避する為にも高町なのはに関しては干渉することを認められています。

 但し、生死問わずにとのことでしたので、情に流されて決断を誤るという事態は断じて避けねばなりませんので、最悪の場合は精神操作若しくは地球での事故として行動不能になってもらいます。

 それと、高町なのはの問題が解決したのならば同等以上の危険が無いと判断される限り、時空管理局ゆかりの者であろうとも私達と同校に通学することを認められています。

 

 後、急ぎではないとのことですが、指定された地域へ彼女の神社の建立及びそれに見合った人員の派遣の必要が在りますが、手を付け始めるのは時空管理局との付き合い方が一段落してからで構わないとのことです。

 尚、指定される地域は彼女達の家近辺、若しくは海鳴のバニングス家と月村家を底辺とした三角形の頂点に位置する場所乃至両家の中間にするとのことで、彼女達からの指定前ならば海鳴のバニングス家と月村家の両家からの同距離上か場所も分からない彼女達の家近辺にするかを此方が選択して構わないと仰られていました」

「「「「…………」」」」

 

 アリサが淡淡と返した余りの内容にデビット達は暫し絶句した。

 

 

 

▲▲▲▲▲▲

 

 之から対峙するのが未知の強大な組織にも拘らず基本的に一切の交渉を禁止される旨を伝えられ、場が荒れて相手が武力行使を実行する未来を容易く予測出来たデビット達は愕然とした。

 だが、玉藻達の存在規模や存在価値を考慮すればアリサより伝えられた方針は極めて納得の出来る類であり、寧ろ悉くを屍に変えてでも目障りな要因を潰せと言われなかっただけマシだとすらデビット達は思っていた。

 が、高町なのはに関しての対応はデビット達、取り分け恭也にとっては激しく疑問乃至異を唱えたい内容だった。

 

 何しろ玉藻直直に面倒事の引金と認定されたらしく、更には生死問わずに面倒事に発展しないように対応しろと言われる程の存在とはとても思えず、各各の胸中に疑問が渦巻いていた。

 一応対応方法は自分達への裁量として任されたが、慈悲というよりも高町なのはのことを考え且つその考えを伝える事が不快で仕方ないと言わんばかりなのがヒシヒシと伝わる為、一体何をやらかしたのかデビット達に激しい疑問を覚えさせ、恭也に至っては妹への対応を改善してもらいたいと異を唱えたい程であった(実際に異を唱えれば此の場の全員以外にもとばっちりを食らわせる可能性が高いと理解している為、言えば拙いと理解して言葉を呑み込む程の理性を恭也は働かせている)。

 

 尚、建立する神社の場所はデビットと忍は瞬時に両家の同距離上へすることを目で伝え合った。

 此れは出雲大社や伊勢神宮の買収、果ては天皇家を追い出して神社を建立しろと言われる可能性を潰す為であり、玉藻が天照大神であるならば浅からぬ縁が在るので在り得ないと笑い飛ばせる考えではなく、しかも金銭以前に権力的に不可能と返答した際に示威行為を背景にした暴露をされれば、平穏という文字が地平線の彼方に消え去る事態に発展すると理解しているからであった。

 当然その様な事態に発展した際には自身達で対処出来る限界を遥かに超えてしまうので、実利が釣り合わない事態への発展をバニングスグループ及び月村一族は認められぬ為、即座に両家の同距離上の場所にすることを目で伝え合ったのだった。

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 提案された内容は何方にするか瞬時に決めた為、デビットはソレを伝える序に高町なのはが何をやらかしたのかを訊ねることにした。

 

「私は両家の同距離上の場所に建立することを望むが、月村家側に異論は……ないですね。

 なら、私達は同家の同距離上に建立することを望みますと伝えてくれ。

 

 で、話は変わるが、お前の友達のなのはちゃんは何をしでかしたんだ?

 厄介者という認識とはいえ彼女に記憶されるというのは並大抵のことではないと思うが、どれだけ致命的なことをやらかしたんだ?

 それとも同姓同名の別者なのか?」

「先に両家の同距離上に建立することを希望すると伝えますので、暫し御静かに願います」

 

 そう言うとアリサは立ち上がって椅子から離れた場所へ移動し、畳どころか絨毯という、祈祷するには全く場違いな場所で正座して玉藻の意思に自分の意思を繋げようと試みだした。

 そして其れを見たデビット達は祈祷の様なモノを行って意思を伝えるのだと直ぐに理解したので、押し黙った儘アリサを見守ることにした。

 

 設備も服装も何一つ整っていないが、厳粛さを纏う集中力と真剣さで正座するアリサの姿はそれだけ足りないモノを補って余りある様にデビット達に感じさせ、名前ばかりの神子かと思っていたデビット達はその認識不足を内心でアリサ達へと詫びる。

 だが、デビット達が感嘆する域での集中力や真剣さでアリサが祈祷するのは当然のことであった。

 

 

 

▲▲▲▲▲▲

 

 アリサは月村邸へ訪れる前に、神子の必須技能とも言える玉藻()との意思の接続を試みた。

 結果は初めから其れが可能なようにされていたことに加え、アリサ自身の優秀さも加わり、初回にも拘らず即座に成功した。

 但し、何の精神防壁も展開せずに玉藻の意思に接続した為、8次元以上の域に在る玉藻の思考が大海嘯の如くアリサに襲い掛かり、アリサは一瞬で蹂躙され尽くされた。

 幸いアリサ自身の度を越し過ぎた優秀さに加え、人外に至った魂魄と身体という要因も重なった為、重篤汚染とも言える状態だが辛うじてアリサという存在は消滅を免れていた。

 そしてその惨状を見た雁夜は当然直ぐにアリサを治療しようとしたのだが、そんな御褒美をアリサにくれてやる気など全く無い玉藻は即座にアリサを完全回復させた。

 

 その後何故その様な事態に成ったかを話し合い、解明された原因は、【絶対的な格差】、という一言に尽きるものだった。

 何しろ、8次元以上で物事を捉え且つ干渉可能な存在の意思に3次元の者が触れて理解しきれるわけが無く、それどころかその情報量を受け止めきることも出来ない為、宛ら、漫画の一コマに読み手側が即時で見聞きしている情報を書き込み続ける様なものであり、直ぐにコマが文字で埋め尽くされて真っ黒に変わり果ててしまうのと同じことだった。

 

 解決案は、アリサが受け取る情報量を大幅に制限する乃至抑アリサが玉藻の意思を受信しない、若しくはアリサが玉藻の意思に接続しても問題無い程の域に成る、という二つだった。

 尤も、後者は億年単位の時間を費やしても目処が立つとは思えないので却下であり、前者は玉藻がアリサやすずかの為に意識レベルを大幅に落としたり一定以上の情報が相手に流れない様にする手間を嫌がったり面倒がったので、アリサ自身が受信する情報量を制限する若しくは雁夜が便利な道具を創造するという二択しか対策が残らなかった。

 だが、道具を使わないと意思の接続が出来ないのは神子として問題があるので、自己回復が困難な場合は自分がラインを使って回復させると玉藻が言ったので、結局アリサ達が自力で何とかすることになってしまった。

 尚、玉藻がどういう思惑で道具の使用に反対したのかは三者とも察してはいたが、言っていることは尤もな為、特に反論したりはしなかった。

 

 そして自力でどうにかすることになったアリサは、すずかと一緒に意思を接続しても耐えられるように試行した。

 結果、アリサは都合5回目で、すずかは都合4回目で自己回復が可能な域に被害を止めて意識を接続することに成功した。

 尚、アリサとすずかは一緒に試行しだした1回目に防壁を張った儘接続するも圧倒的情報量に防壁が耐え切れずに全壊して廃人化し、2回目は接続回線を絞って接続するもウォーターカッターに斬り刻まれるかの様に意思を切り刻まれて廃人化し、3回目は今迄の2回を合わせるも2回目の時と同様の結果に終わり、4回目は初めから送受信の回線を閉じた儘接続して此方の意思をコンデンサーで圧力を掛ける様に高めた後に一瞬だけ開いた回線に叩き込むことで漸く成功したのだった(すずかはアリサと違って最初の失敗が無いのでアリサより1回早く成功している計算になる)。

 

 

 とはいえ、いくら玉藻の治癒を受けられる機会がそう在るものでないとはいえ、20分前後で4~5回も玉藻の存在格差が原因で廃人化すれば、魂魄と精神と身体が変化するのは当然と言えた。

 魂魄と身体の人外さは拍車が掛かり、精神は並大抵の痛苦で思考が乱れたり躊躇したりしない領域になり、あっという間に心身ともに超1級の英雄程度の域に迄アリサとすずかは成っていた。

 結果、見た目は子供、頭脳は大人(英才教育の賜物の為元から)、精神は半超人で、身体と魂魄は完全に人外という、最早人並みの身体と魂魄に戻っても、恐らくその頃には超人という人外に至った精神が身体と魂魄に適応出来ずに発狂死か衰弱死を辿るだろう状態と成っていた。

 尤も、肝心のアリサとすずかはそのことについては全く無自覚であったが、両者とも人並みの身体や魂魄に戻ることを望んでいないだろうと雁夜は判断したので、特に指摘したりはしなかった。、

 

▼▼▼▼▼▼

 

 

 

 一度成功しているとはいえ、逆に言えば一度しか成功していない事柄を、しかも失敗すれば自己の喪失という事実上の死が待ち受けている以上、アリサは手を抜くつもりは全く無かった。

 だが、その辺の事情を知らないデビット達にはアリサが凄まじく真摯に祈祷しているとしか映らなかった。

 

 

 施設や服装どころか榊も無ければ清水も無く、神火も無ければ神剣も無く、おまけに祝詞どころか神体すらも無いという、最早祈祷と言えない徒の祈りであったが、アリサから立ち上りだした神性(神聖さ)は、まるでそんなものなど無くても問題無いと言わんばかりのものだった。

 そして数分後にアリサが玉藻へ一方的に意思を伝え終わって目を開くと、アリサから立ち上っていたものは一気になりを潜めた。

 

 尚、傍目からは数分程度だが、アリサ自身は無意識にとはいえ思考加速しているので体感時間は数時間に相当しているので、アリサの精神的疲労は可也のものだった。

 が、自分には遣る事が在るとアリサは気を引き締め直して言葉を発した。

 

「此方の意思は問題無く伝え終りました。

 恐らく此方の当面の危機が一段落した頃に詳しい場所を指定されると思われます。

 

 で、話は変わってなのはのことだけど、解り易く言うなら、〔近付いたら焼死し掛けたアリに気遣って炎どころか熱を通常生物の域迄抑え込んだ鳳凰を、脅迫にもならない脅迫で自分達の組織に所属させた上で働かせようとした〕、ってところね。

 数%……とか割合は分からないだろうけど、徒其処に存在するだけで自分達を死に追い遣り掛けた相手に武器というか兵器を向けたり、挙句には自分達に従わない事が悪であることみたいに言って改心を促そうとしたりする様は、まるで特大の地雷の上でブレイクダンスを踊っているみたいでスッゴク呆れたわ。

 因みに、普通の人でも怒る程の罵詈雑言を吐いた挙句に舐めた真似をし捲くった結果、サクッと発狂死させられたから。あ、心配しなくても直ぐ……か如何かは微妙だけど死者蘇生されたから。

 まあ、詳しいところは今此処に突撃してきてるあの子の話を聞けば嫌でも解ると思うわ。……ホント、厭でも解ると思うわ」

 

 疲れた顔でアリサがそう言った直後、廊下から窓硝子の砕ける音がした。

 デビット達が何事かと扉に視線を向けた1~2秒後、年齢的に黒歴史になるのか微妙な服装のなのはがノックも無しに扉を乱暴に開けて侵入し、デビット達の視線に気付きもせずにいきなり大声で問い質しだした。

 

「アリサちゃん!すずかちゃん!天照って人とお話ししたいから直ぐにここによんで!」

「「………………」」

 

 色色ツッコミたい事が山程在るアリサだったが、自分が言うよりもすずかが言った方がいいだろうと思い、眼ですずかに発言を譲る旨を伝えた。

 するとすずかは一度軽く頷くと、張りぼてを思わせる極上の笑顔でなのはへ声を掛けた。

 

「今晩は、なのはちゃん。

 色色言いたい事は在るんだけど、一先ず玄関から訪ね直してくれないかな?」

 

 宛らサロンでの会話の如く、本心が透けて見える言葉をすずかはなのはへ放った。

 

 

 

Side Out:月村邸

 

 

 

 

 

 

―――――― Interlude In ――――――

  Side:玉藻

 

 

 

 幸せです。

 いや、幸せ過ぎます。

 何しろ、明日遂にご主人様と念願の大人デートです。

 ちょっと順番が普通とは違う気もしますが、愛が在るから全然大丈夫です。セーフです。だから邪淫戒にも触れちゃいません。ご主人様以外とシたいなんて思いませんから。

 

 まあ、此の世界の何処にも桜ちゃんが居ないことだけが心残りですが、何時の日か並行世界すら移動出来る力を身に付けた桜ちゃんと再開出来るかもしれませんので、いい加減桜ちゃんの影を探すのは止めましょう。

 桜ちゃんが居ないからといって私達が幸せになりきれないなんて事は、お互いの拠り良い未来の為に苦悩に苦悩を重ねながらも決心した桜ちゃんが気の毒過ぎますからね。

 ですから、桜ちゃんを忘れずに、ですけど精一杯幸せに暮らして、何時の日か再開した時は又一緒に暮らして、更に幸せになればいいだけのことですからね。

 まあ、桜ちゃんが彼氏若しくは夫を連れて来たら、確実にご主人様が桜ちゃんの相手と一悶着起こすでしょうけど。

 ……後、あの野郎が経済共同体の方じゃなくて酒池肉林のハーレムを築いてたら、私が軽く無間地獄を体験させますけどね。

 

 さて、それじゃあ気分を一新して組んだ腕を解いて、たった今開けたスイートルームの玄関へ踊る様に一足先に飛び込んで、明日の予行演習といきしましょう。

 

「お帰りなさいませご主人様(あ・な・た)

 今日は掃除が終わってませんから、店屋物の注文と銭湯への来店の何方に為さいます?

 それとも夜通しで、わ・た・し、ですか♥」

「脈絡無く明日の予行演習とかするなよ。

 話がブッ飛び過ぎてちょっと驚いただろが。

 

 後、明日ならとりあえず、[俺は風呂場の掃除をしながら風呂の準備をしつつ、余った時間は脱衣所の掃除と整理をするから、玉藻は台所周りを整理しといてくれ]、だな」

「うわ!? まさかのスルーですか!?

 冗談っぽいですけど新婚に成った時の夢の一つを軽く流されるとスッゴク傷付くんですけど!? 部屋の隅で毛玉になっていじけたくなる程傷付くんですけどぉ!?」

 

 と言うか、ご主人様の呆れた視線がもっと傷付きますからね!?

 馬鹿なのか阿呆なのか判断に迷ってる表情も傷付きますからね!?

 

「新居で暮らしていく始まりを記念すべき第一声の予定がソレとか……さっきの純外国人の娘すら日本人級に空気読めてたのにな……」

新居に初めて入った設定なのに(此の場面で)直ぐに他の女のことを思うなんてあんまりです!

 ご主人様はロリですか!?ペドですか!!?? それとも青過ぎる肢体が好みなんですか!!!???」

「一兆歩譲ってお前がペドな容姿に成ったんなら欲情する可能性は在るかもしれんが、そうでなかったら茶筒に手足が付いた様な子供見て欲情する性癖なんて持ち合わせてないと断言させてもらう。

 と言うか、桜ちゃんと一緒に楽しく暮らしながら成長を見てきた俺的に、大人が子供に手を出すのは断じて許せんから、子供に手を出すのはありえないと断言させてもらう」

「ということは高一辺りからなら手を出すというとことですか!?光源氏計画ですか!?」

「おいおい、落ち着け落ち着け。

 折角之から穏やかで楽しい暮らしを始めるってのに、会ったばかりの子供を警戒してピリピリして過ごすなんて楽しくないだろが?

 それにお前はあの子達がお前を超える程の魅力を持った大人になるとか思ったりしてるのか?」

「いえ…………」

 

 ご主人様の一番は私です。

 コレばっかりは桜ちゃんにだって譲りません(負けも勝てもしていませんけど)。

 そんなご主人様の隣を私達以外が取れるなんて微塵も思っちゃいませんけど、問題なのはご主人様の傍に他の女がうろつき回ることなんですよね。

 

 というか、女の勘があの小娘達は私の最大の敵に成りかねないとばんばん警報を出し捲くってます。

 私の敵であってご主人様や桜ちゃんの敵という感じがしないのでまだマシですが(若しそうだったら遭うと同時に消してますけど)、それでも消したい気持ちは依然燻り続けた儘です。

 というより、元からなんとなーく程度は魂の美醜を感じ取れそうだったのに、人外化して高精度で魂の美醜を感じ取れるように成ったのが痛いです。

 しかも、現状で不老永寿に付き合える異性はご主人様ですし、魂のイケメン度は天元突破ですから、最早勘というより確信ですね。

 

 …………是非とも今直ぐ消したいところですけど、ヤンデレ化すると色色と抜け出せない泥沼に嵌る気がするんで避けたいですから、何か良い案はありませんかねぇ。

 浮気どころかソウいう眼ですら見てないのに何度もご主人様に突っ掛かるのは徒のウザイ女ですし、大した理由無く神子を解雇するのはご主人様の反感を買っちゃいますし、あいつらが死ぬような敵をぶつけるのは良い案ですけどご主人様なら感付きそうですし、…………ホント何か良い案はないものでしょうかねぇ。

 桜ちゃんが居たら相談すら楽しく…………って、そうです!百合に走らせればいいじゃないですか!!!

 容姿も中身もソコソコなんで見ててイラつかないでしょうし、互いに同じ人外だから不老永寿の問題も無いですし、神子ということで一緒に暮らすように仕向けるのも簡単ですし、神社には若い女を巫女として大量に置いて、神主も女若しくは年取り捲くった男にすれば、見事百合促進土壌の完成です!

 

 うわ!私の思考って神ですね!

 というか桜ちゃんのことを考えて解決出来るなんて、桜ちゃんって本当に素敵に無敵です!寧ろ桜ちゃんが神です!

 

 

 よし。悩みの解決案も出ましたから、もうあんな小娘達の事は意識外に投げ捨てて楽しくデート前夜を満喫しましょう。

 

「そうですね。

 あんな小娘達を警戒してピリピリしたって損なだけですし、楽しく過ごしましょう!」

「そうそう。

 ピリピリせずに気楽にのんびり閉じた生活してれば敵なんて作らないし、何より幸せに過ごせるからな」

「安定した微堕落思考ですけどその通りですね。

 

 さて、それじゃあご主人様、結局お風呂にします?食事にしますか? それともわ・た・し、ですか♥」

「…………明日デートするってのに、情緒も何も無いな、お前」

「はうっ!?」

 

 つ、痛恨の一撃です。

 

「と言うか、今日迄ノンストップで10年弱してたのにデート前日も普段のノリって、……お前の辞書にはもう淫戒どころか貞淑って言葉の欠片すらも無いのかよ?」

「うくっっ!?!?」

「そういえばお前の別側面のダキニ天っていうかダーキニーって基本全裸だけど、若しかして徒の痴女だったとかいう伝承や信仰とかでも在るのか?」

「けふぉっっっ!?!?!?」

「ソウ考えるとお前のシリアス維持が恐ろしく短い理由も納得いくんだが、其の辺り如何なんだ?」

「や、止めて下さいご主人様!

 玉藻のライフはもうゼロなんです!!

 狐は甚振られると死んじゃうんです!!!」

 

 

 

 結局、ご主人様の私にとって不名誉極まりない疑問を晴らすことで時間を結構食ったので、今夜は何事も無く抱き合って眠るだけになってしまいました。

 

 

 

―――――― Interlude Out ――――――

  Side:玉藻

 

 

 







 【玉藻達はどうやってスイートルームに泊まったのか?】

 此れは雁夜が適当に宝石を創り出し、其れを適当なところで捨て値で換金しただけです。
 序に適当な戸籍も買いましたので、デート中に不動産を買う前には普通に使えるようになっています。
 因みに此のSSの玉藻は、その程度の金銭は呼吸をする様に手に入れられると思っています。


   ~~~~~~~~~~


 【神咲一灯流とか在るの?】

 死に設定に成るでしょうが在ります。
 現代の当主達はD~C程度で、耕介がC~B程度で、開祖がA前後という感じにしています。死に設定になるでしょうが。


 【HGSの能力の神秘性は?】

 死に設定になるでしょうが、一応有る様に設定しています。が、総じて低く設定しています。
 此れは神秘的な超能力ではなく、疾患の副作用として捉えられているからです。
 つまり、魔術の様に無いとされなれながらも在ると信仰されている存在と違い、遺伝子障害という明確な理由の下に良く解らない原理で特異な能力を使う者という、信仰ではなく認識が在る為です。
 一応未開の地や詳しく事情を知らない人達の存在に加え、原理が良く解らない不思議な力と認識されていることも加わり、神秘的にはE~D-と言った感じです。


   ~~~~~~~~~~


 【雁夜が創ったお馬鹿アイテムの一部】

・無限の便所紙:C ~ A+++
 読んで字の如く、魔力を籠めると際限無く生成されるトイレットペーパーの芯。
 色や香りや幅や厚さや保湿は当然だが、生成する時の魔力次第で強力な滅菌作用及び回復効果も付加される。

 ふざけた物品だが立派な概念武装(宝具)であり、セイバーの風王結界すら凌げるゲテモノトイレットペーパー。
 トイレットペーパーなだけに不浄なモノに対しては最高A+++に迄神秘が上昇する。
 一応何処かの最遊記の魔戒天浄の様なことも可能だが、現在は普通にトイレットペーパーとして使われている。
 ウェイバーの常識を粉砕した品の一つ。


・節制の食器:C
 此の食器で食事を行うと胃の大きさや消化速度に関わらず、健康維持に必要な栄養素を摂取した辺りで強い満足感を得る事が出来る。
 和洋中の皿及び箸やナイフやフォークやスプーンが10人分存在し、其の全てがCランク(箸等だけでも効果は在る)。
 又、食材を強化することで様様な代謝効果を高める効果も有り、成長促進や老化予防に極めて高い効果を発揮する。
 尤も、身体を自然に最高の状態に保てる桜には頑丈な食器というだけの代物であり、恩恵を受けているのは大河だけだったりする。


・悠久の乾電池:B ~ A+
 見た目は普通の乾電池だが、魔力を籠める事で充電が可能。
 しかも魔力を用いることで使用している製品の劣化を食い止める事も可能。
 更に魔力次第では防御膜を展開する事が出来、ランサーの刺しボルクすら止める事が出来る。
 因みに乾電池だけでなくバッテリー付きコンセントも在る。

 尚、限界迄魔力を籠めて一度に放出すればA+の電撃を放つ事が出来るが、実は桜が海難事故に遭ってしまった際に鯨すらもビリ漁で仕留める為の機能だったりする。


・桜の自転車:A+++
 地面だけでなく、魔力次第で水中や空中だけでなく宇宙ですら走行可能な、自転車の形をしたナニか。
 籠める魔力に比例して走行可能環境や速度が上昇し、更に高性能の防御効果を可也の範囲に亘って自在に展開可能であり、其の上魔力さえ足りるならば幼児用から某巨大綾波用サイズ迄可変可能。

 桜の宝具と組み合わせると、実は世界の壁すら突破可能だったりする。



   ~~~~~~~~~~



 【其の前の桜達 其之貮・多分切嗣がランスロットを召喚してたら核を宝具化して冬木を消してた筈】



「それじゃあ先輩も疲れてるでしょうから、教会迄送りましょうか?」
「わ、悪いけど頼む。
 ちょっと……じゃなくて滅茶苦茶疲れただから遠坂にセイバーにアーチャーももう勘弁してくれ」

 文字通り襤褸雑巾の如く成り果てても、其の度に桜に体力は兎も角怪我は全治させられる為、連続でセイバー達の相手をした士郎の体力と精神は死ぬ程ではないが気絶寸前に迄衰弱していた。
 逆に凜とセイバーは士郎を教育出来て清清しい顔をしていた。が、アーチャーは八つ当たりし足りないと言わんばかりの顔だったものの、此の場で不穏な真似をすれば目的を成す前に自分が消されると解っている為、アーチャーは不承不承ながらも双剣を消して凜を守護すべく凜の背後に移へした。
 そして桜は瞼を開けることすら出来ない程に衰弱している士郎に苦笑しながら了承の意を返す。

「解りました。
 それじゃあ戦車砲を打ち込まれても平気な乗り物を用意しますから少し時間が掛かりますんで、其の間に息を整えたりシャワーを浴びるなりして時間を潰してて下さい」

 そう言うと桜はライダーを伴って屋敷の中へと消えた。
 そしてそんな桜を見送ったセイバーは、士郎の教育中にふと思った疑問を凜へと投げ掛けた。

「時に凜。以前此処に住んでいた両者は、何れ起こる聖杯戦争に何故何の対策も採らなかったのでしょうか?」
「へ?」

 若しもアーチャーが今の凜の表情を見れば、[素晴らしい顔芸だな。しかし急に顔芸を披露するとは、もしやバイトで芸人にでもなるのかね?]、や、[100年の恋どころか女性への幻想すら喪失しかねん表情とは恐れ入る]、と皮肉るだろう程に今の凜の呆けた表情は凄かった。
 だが、セイバーは騎士の情けでその顔を敢えて無視して指摘せず、何事も無いかの如く話を進めることにした。

「いえ、敷地内を彼方側の様にすることすらしてのけ、更に桜へ深い愛情を注いでいたであろう者達が、桜が巻き込まれるだろう聖杯戦争を放置して旅立つとは思えませんので、魔術協会や聖堂教会への根回し以外に、聖杯戦争を興した家や近隣の魔術師へ何かしらの根回しをしていると思ったのですが、どうにも凜はその辺のことを知ってもいなさそうでしたので、現場の者に根回しが届いていないとなると未対策ではないのかと思ったのですが、違いましたか?」
「あ゛」 

 又もや顔芸と言われても仕方ない顔へと変化しながら、凜は片手で顔を軽く覆いながら呟きだした。

「そうよ、御三家で近場の私が不戦約定とか持ち掛けられなかったんだから、魔術協会や聖堂教会にも根回ししているとは考えられないわ。
 だけど対策を採っていなかったとはもっと考えられない。
 何しろ聖杯戦争が気に入らないなら、どっちであろうとも多分片手間で儀式を完膚なきまでに壊せるだろうし、遠坂とアインツベルンの文句も対価を払うか力尽くで封殺出来るだろうから、対策を採っていないなんて絶対にありえない。
 なら、端から凄まじく嫌っている魔術師なんて信用せずに護身用礼装の作成や聖杯戦争システムに介入とかしている筈。
 ベルベットさんの話じゃ神霊が複数のマスターの令呪を遠隔であっさり増画したりしたらしいし、間桐が令呪システムを作り出したんなら魔改造して他のサーヴァントに効果発揮可能にしたりとかも出来かねない筈。と言うかそうでなくても令呪が100や200も在るならそれだけで詰むからもうどうしようもないじゃない。
 いや、でも桜は既に聖杯に匹敵する土地を持ってるから、態態危険を冒して聖杯を入手しようなんて考えない筈。
 多分、人型の使い魔が欲しいとかそういう理由で参戦しただけの筈だから、敵対しなければもしかしたら平気かも?
 って、サーヴァントが残ってたら聖杯は降臨しないじゃない!」

 懺悔というよりは降伏する様な雰囲気を纏いながら崩れ落ちて〔orz〕の体勢となる凜。
 最早顔芸だけでなく身体を張った芸をしだした凜だが、凜が此処迄嘆くのもアーチャーは十分に共感出来る為、揶揄うのではなく発破を掛けるだけに収めようとアーチャーに思わせる程に凜の落ち込み様は酷かった。

 だが、アーチャーが発破を掛けようとする前に、セイバーが凜の発言を訂正に掛かった。

「凜。サーヴァントが残っていたら聖杯が降臨しないと言っていますが、それは間違いです」
「HA?」
「聖杯は恐らく1騎の生贄さえ在るならば、残りはサーヴァントに匹敵するエネルギーを注ぎさえすれば起動する筈です。
 又、サーヴァントの中には飛び抜けて高い霊格の者、つまり1騎でサーヴァント数騎分に相当する規格外の者も存在しますから、上手くいけば1騎仕留めただけで聖杯が満ちる可能性すら在ります。
 ですので、必ずしも全てのサーヴァントを屠る必要は在りません。

 無論、通常ならば誰もが聖杯の所有権を主張するので最後の一組になるまで戦いは終わりませんが、場合によっては戦わずに済む可能性も在るというわけです」
「…………」

 凜はセイバーの話を聞き終えると、暫し目を瞑って思案に耽った。



▲▲▲▲▲▲

 先ず凜が真っ先に考えたのは、セイバーが出鱈目を言って自分達を攪乱しようとしていることだった。
 だが、仮に自分がセイバーの話を真に受けたからといって、別にセイバー達を攻撃対象から外すわけでなく、寧ろライダーを放置する事に因り生じる不足分を補う為にセイバーを含めた残りサーヴァントを益益見逃せない理由が増えるだけで桜達以外に対する凜達の方針は変更されず、更にセイバー達も狙われる理由が極極僅かばかり強まった以外に実質環境の変化は無い為、攪乱の可能性は低いと凜は判断した。

 次に凜が考えたのは、単にセイバーには虚言癖や愉快犯の気が在るということだった。
 が、堅物騎士のイメージの塊であるセイバーがそんなことをするとはとても考えられない為、此れも又可能性は低いと凜は判断した。

 其の次に凜が考えたのは、士郎を再教育した御礼ということだった。
 此れだと回復という一番の手間を引き受けた桜は凜達の標的から外れるかもしれないという可能性を得られ、半ばストレス発散に走っていた凜達(自分達)は知らないことを知れるという収穫があり、最後に士郎達は士郎の勘違いが矯正されて生存確率が上がっていた。
 一見して三方とも得をして丸く収まっているのでコレかと凜は思ったが、如何にも違う感じがしたので、一先ず保留とした。

 そして次に凜が考えたのは、迂闊に桜達を攻撃した際に巻き添えを食わないよう、遠回しに注意しているのかということだった。
 だが、凜は如何にも自分の直感が違うと告げているのを無視出来ず、再び保留とした。

 最後に凜が考えたのは、セイバーが血液を対価に桜から食料を購入しているからというものだった。
 すると今度は小難しい理由を考える暇も無く、凜の直感が全力で[コレだ!]と叫んでいた。
 栗鼠(リス)どころか伽藍鳥(ペリカン)かと思う程次次に口の中に菓子を詰め込んで幸せなオーラを振り撒くセイバーを思い返した凜は、理性的にもコレが理由だと確信した。

 だが、凜はセイバーが全て食い気のみで行動しているとは思っておらず、礼や警告も10%くらい混じっていると思っていた。
 つまり礼や警告は完全に食い気のおまけだと凜は認識しており、実際其の認識は正しかった。

▼▼▼▼▼▼



 どういう意図でセイバーが自分に先の言葉を投げ掛けたのかを推測しきった凜は、呆れた眼差しに生温い優しさを混ぜながらセイバーへ言葉を返す。

「た~くさん食べて大きくなりなさいね?」
「…………話に脈絡が無い上、酷く不快な物言いですが、今回に限り目を瞑りましょう」
「衛宮君。自活する猛獣と仲良くするのってスッゴク大変だろうけど、精々頑張ってね?」
「解りました。つまり侮辱しているのですね。いいでしょう。高く買ってあげましょう」

 そう言いながら何かを構える仕草をするセイバー。
 だが、それに対してアーチャーは肩を竦めてみせ、凜は底意地の悪い笑みを浮かべながら言葉を返す。

「こんな魔窟で暴れたいなんて、セイバー、あなたってもしかして自殺志願者なのかしら?」
「…………」
「まあ、これ以上は後が怖いから止めとくとして、……衛宮君。シャワーは時間的に厳しいでしょうけど、身体や服の汚れを拭くくらいの事はしといた方がいいわよ?」
「……お、……おう」

 覚束無い足取りで立ち上がりながら何とか言葉を返す士郎。
 だが、――――――

「あ、なら私が綺麗にしてあげますね」

――――――其処に先程屋敷の中にライダーと共に消えた桜の声が掛かる。
 更に其れとほぼ同時に桜から士郎を丸丸呑み込める程の水球が放たれた。

「!?」

 害意は感じなかったものの、セイバーは反射的に士郎の前に身を投げ出した。
 だが、桜より放たれた水球はセイバーに触れても霧散せず、セイバーを通り抜けてその儘士郎にも命中した。
 が、水球が士郎に命中した瞬間、水球は瞬時に殆ど蒸発して消えてしまい、残った水はヘドロの如く濁った水になっており、大きさも一般的なビー玉程度の大きさであった。

「穢れ……と言うか汚れは取っちゃいました。
 序に体力回復と服も直しましたんで、ちょっと早いですけど出発しましょうか?」

 水滴一つ付いていない士郎の傍を滞空していた汚れの詰まった水球を可也離れた排水溝に軽く撃ち込みながら桜がそう言うと、門から玄関へと続く草一つない道に突如穴が開きだした。

 穴が開く音自体は極めて小さかったが、穴から響く凄まじい風の音の所為で、誰もが開いていく穴の存在を瞬時に把握出来た。
 何事かと思い士郎達がその穴を注視すると、穴の中からヘリコプターの様な戦闘機が現れた。
 何処かの汎用人型決戦兵器の人造人間が活躍する物語の、〔近接航空支援用垂直離着陸対地攻撃機(VTOL攻撃機)〕とそのまんまであり、慎二(友人)と一緒に劇場版を見た士郎は目を輝かせながらはしゃぎだした。

「ぶ、部分的とはいえ可変する戦闘機が実在したなんて、…………今の科学って凄いなっ!」

 唖然とする凜達を置き去りにし、珍しくはしゃぎながらVTOL攻撃機の周りを走りながら眺める士郎。
 対して状況に付いて行けず置いてきぼりされている凜達は呆然とVTOL攻撃機を見遣っていた。
 だが、桜は凜達を無視する様に士郎へと話し掛けた。

「さあ先輩。夜道は他のサーヴァントが待ち構えているかもしれないので危険ですから、コレで冬木教会迄行きましょう」
「乗っていいのか!?」
「吊るして運んでも構いませんけど、冬の夜風は冷たいからお勧めしませんよ?」
「ど、どうしようかな。下からコレを見上げながら空中遊泳するのも捨て難いし、かといって中を見てみたいし……」

 桜の本気か冗談か判らない言葉に対して本気で悩む士郎。そしてそれを凜達は呆れた眼で見ていた。
 だが、其処にVTOL攻撃機を操縦していたライダーが爆弾発言を投げ入れる。

<帰りはアーチャー達と敵対関係になると思いますので、行きの内に吊るされた方が良いと思いますよ。護衛のセイバーと一緒に>
「なっ!? ライダー!私に吊るされた男(ハングドマン)ならぬ吊るされた騎士(ハングドナイト)に成れというのですか!?」
<其処は吊るされた女(ハングドレディ)だと思いますよ。セイバー>

 幻想種ではなく現代科学の産物であるジェット機を駆るライダーと、割と普通に拡声器から聞こえる声に応対しているセイバーを見た凜は、色色と面倒になってツッコミを入れるのを止めた。
 そして開き直った凜は、何でもないかの様に振舞いながら桜に訪ねだす。

「私達もこの大きな子供が作ったとしか思えないのに乗っていいのかしら?」
「機体が安定しない程重くないならいいですよ?」
「あら、この飛行機って凄そうなのは外見だけなのかしら?」
「いえいえ、こう見えて20t以上を積載出来ますよ?
 徒、以前自重でコンクリートを突き破る程の重さになったらしい遠坂先輩ですから、成長した今の遠坂先輩が重力軽減を絶てば如何なるか分からないなぁーと思っただけですよ」
「あらあら、人間が自重でコンクリートを突き破れる程重くなる筈がないと解らないのかしら?」
「そうは思いますけど、ダイエットを意識して重力魔術を使用して暴発させたとか、魔術師に有るまじき理由を鵜呑みするよりは可能性が高いと思ってましたけど、違いましたか?」
「ダイエットじゃなくて、重力増加による恒常的肉体鍛錬を行って自衛力の向上を図るのが目的よ」
「流石は腹筋が割れているという噂が立つ遠坂先輩ですね。
 将来はボディビルダーで生計を立てるおつもりですか?」
「ふっふっふ。いやねえ。私の将来は魔術師に決まってるじゃない。
 その年でボケるなんて、残りの人生はさぞかし暗いでしょうねぇ」
「将来は魔術師希望なんですかぁ。
 幾つものバイトをされているから、私はてっきり便利屋本舗にでも成るのかとばかり思ってましたよ」
「あっはっは。面白い事言うわね、桜」
「本当のことを言われて面白く感じられるなんて、遠坂先輩の思考って愉快そうですね」
「桜って本当にイイ性格してるわねぇ。
 これから仲良くヤっていけそうな気がして仕方ないわ」
「遠坂先輩と仲良くなんて、全然面白くない冗談ですね~。
 はっきり言って真っ平御免のお断りです♪」

 黒い笑みを浮かべる凜と、底知れない笑みを浮かべる桜は、士郎とアーチャーがドン引きする程の遣り取りを行っていた。
 尤も、間桐の敷地内は規格外の浄化作用が存在する為、桜と凜が発する不気味な雰囲気は即座に浄化されて士郎達には届かなかったが、不気味な雰囲気を発しているという事実は察する事が出来る為、士郎はセイバーと一緒にハーネス等を装備して吊り下げられることて桜と凜と一緒の空間に居ないで済むように急いで準備し、アーチャーは見張りと言い張って尾翼の上に陣取った。



 其の後、桜と凜を収容するとVTOL攻撃機は凄まじい勢いで離陸した。
 一応桜が機内の重力や慣性を一定値に保つ術式を事前に掛けていたので、凜は軽く身体を痛めるだけで済んだ。
 だが、機外に吊られている士郎は、負荷の掛かる四肢の付け根を可也痛めた。
 そして、尾翼に命綱無しで陣取っていたアーチャーは、見事に振り落とされることとなった。

 一応アーチャーは急上昇には何とか耐え切ったのだが、急上昇が収まる前に水平方向への急加速に僅かばかり耐えた後、呆気無く振り落とされたのだった。
 だが、振り落とされて墜落した上、地上を走って追いかけるのは余りに惨め過ぎて御免被りたかったアーチャーは、鎖分銅を尾翼に向かって投げ付け、何とか捲き付かせることに成功した。
 結果、アーチャーは金魚の糞の様に尾翼の後方で風に揺られることとなった。

 そして、セイバーが召喚されたことを桜から連絡を受けて知ったギルガメッシュは様子を見ていたのだが、その余りの滑稽さに腹を抱えて爆笑していたのだった。



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